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銀のMaZe  作者: fatum
ディオスクロイ編
6/24

第5話 魔の取り扱い

投下された爆弾に対する被害は甚大。

水に濡れて体が冷えたのも手伝い、一気に私の具合は悪化した。

馬に揺られるたびに世界はぐわんぐわんと周り、有りえない程に鳥肌が立った。

「直に着く。もう少し我慢しろ。」

ジェイの声に答える元気も無い。

不本意だと思いながらもジェイの背中に体を預けていると、目的の宿らしいものが見えてきた。

馬が止まり、ウィルの手を借りて降ろされるが、足に麻酔がまだ残っているせいか上手く地面の上に立つ事が出来なかった。危うく転びかけたところを、後ろからジェイの手が伸びて支えられる。

「ありが…」

『ここから喋るなよ。』

それだけ言うと、ジェイは私の足裏に腕を差し入れ、横抱きにする。

反論も何もかも抑え込み、そのまま宿の扉へと歩を進めると、夜中だというのにやけに慣れた様子で一人の中年男性が出てきた。

恐らく宿の主人だと思われる男性は、ジェイの腕の中にいる私を見た瞬間硬直し、震える声で問いかけた。

『旦那、それは…』

“それ”って物扱いか、と言ってやりたかったが、喋るなと言われたので黙るしかない。喋った所で相手には通じないのだが。

『俺の新しい飼い猫だ。』

さもなんでもないかのように振る舞うジェイだが、宿の主人は困惑の色を隠せない。

『猫、ですか…』

『あぁ。この通り池に落ちてずぶ濡れ、そのまま遊びまわったせいで熱がある。くれぐれも丁重に扱ってくれ。』

くれぐれも、と強調して、ジェイはにこりと笑んだ。

その反論を許さない笑みに、宿の主人はこくこくと頷く。

それから二階の一室に通され、ベットに降ろされると、すぐに中年で茶髪の女性が現れた。多分、あの宿の主人の奥さんだろう。ふくよかな彼女は、部屋にいたジェイとウィルに頭を下げると、湯を張ったたらいをその場に置いた。

その時私に向けられた視線には、怯えがはっきり見て取れた。

『噛みつきはせん。人を敵とは思っていない。何かあればこいつを外に置いておくから呼ぶといい。』

こいつ、とウィルに視線を向けると、ジェイはさっさと部屋を出て行った。それに続いて、ちらりと一度だけこちらを一瞥すると、ウィルも部屋を出て行った。


部屋には私と、たらいを運んできた彼女だけになる。


どうにも気まずい空気が流れた。この髪と目の色を警戒しているのだろう。

ふぅと気付かれないように小さく息をつくと、自ら進んで服を脱ぐ。冷えたそれをいつまでも着ていては、治るものも治らない。

動き出した私に、彼女は慌てて手を貸した。

ジェイが猫などと言ったせいで、猫が化けて人の姿になっているとでも思っているのではないだろうか。手つきが恐る恐るといった感じだ。だから、なるべく目を合わせないように、されるがまま抵抗はしなかった。

(どうして私が気を遣わなくちゃならないのよ。)

こんな時まで空気を読もうとしてしまう己の国民性に打ちひしがれていると、よほど具合が悪いとでも見えたのか、そこからはこちらの様子を窺いつつも甲斐甲斐しく世話をしてくれた。


運んできた湯で身体を拭き、持ってきたクリーム色のワンピースを着せてくれる。

流石にそれは自分で着るとジェスチャーで伝えたのだが、ジェイの『くれぐれも』を旦那に聞かされたのか、彼女はぶんぶんと頭を振った。とんでもないとでもいいたげだ。あまり駄々をこねて困らせるのも悪いので、仕方なく従うことにした。

思わず苦笑が零れた。

この年になってまさか服を着させてもらうことになろうとは。


背中の中ほどまである髪も、丁寧に拭ってくれた。

その時彼女の手がほんの一瞬止まったので、疑問に思い首を傾げると、見られたことに驚いたのか、ぎこちなく笑って『きれいな髪ですね』と言ってくれた。


カラー代をケチって染めたことのない黒々としたそれは、乾いても尚ずっしりと重い印象を抱かせる。元々水分量が多いせいで、パーマをかけてもすぐに取れてしまう、ある意味頑固で真っすぐな髪。きれいにウェーブのかかった友人の髪をいつも羨ましく思ったものだ。そんな派手な外見の友人たちを見ているうち、いつからか自分の髪に頓着しなくなった私は言われた言葉の意味が一瞬分からなかったが、褒められていると気づくと、お礼の代わりににこりと笑って見せた。魔を恐れる彼女が、実際どう思っているのかなどわからないけれど。


最初の緊張感がほんの少し和らぎ、食事が取れるかという彼女の問いに頷く。

一度部屋を出て温かいスープを運んできてくれた彼女とともに、ジェイとウィルが再び入室してきた。

こんな大勢に見られているところで食事をするなど落ち着かないが、恥より空腹のほうがまさった。スプーンで芋を掬い、口に運ぶ。

『食べられるか?』

それは具合を心配してのことだろうか、それとも動物ペットの餌として食えるかという意味だろうか。口元にたたえられた笑みを見ると、どうも後者のような気がしてならないが、無言で頷く。

もくもくとスープを口に運んでいると、視線を感じて顔を上げた。

「?」

こちらを見ているようで見ていないジェイの視線の先には先程拭ってもらった髪しかないが、何故かそれをじっと見つめる。よっぽど「どうかしたのか」と聞いてやりたかったが、日本語は喋らないという約束。仕方なく、ジェイをそのままに食事を再開することにした。

食事を終えると、『早く寝ろ』とだけ言い残して部屋を出て行くジェイの背を見送り、首を傾げる。

(なんだったんだ?)

そう思いつつも、熱を持ちはじめた体をベッドに横たえると、間もなく訪れた睡魔に抗うことなく身を委ねた。

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