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銀のMaZe  作者: fatum
ディオスクロイ編
17/24

第14話 思惑

つややかな黒髪。

白き衣を染める鮮血。

天へと突きだす琥珀色の

陽の光を受け輝く金の矢羽。

あるべくしてそのように配色されたかのような、神への供物として申し分ない一種の芸術がそこにはあった。

(なんて美しい)

リガロはその光景に見入った。

元々芸術面には疎いためこの光景を褒め称える言葉を持たないことが悔やまれたが、どんなに美をうたうことを得意とする吟遊詩人でも、この場を占める神聖さには圧倒されるに違いない。

全ての、ありとあらゆる物質の時が止まった。

先程まで煩いほどさえずっていたはずの鳥の声も今は聞こえない。

どこか遠い世界の出来事の様に、感覚が麻痺する。

神の領域をけがしてしまうような恐怖に駆られ、誰も動けなかった。

成り行きを見守る王の呼吸音と、芸術の一部となった女の浅く上下する肩だけが時を刻む。

けれど、永遠と思われたその空間を現実へと引き戻したのは、自分のあるじたるジェイランディス第二王子であった。

ジェイランディスは、神の涙と称された青い瞳を呆然と見開いたまま、ゆっくりと隣の玉座へ視線を向けると、おもむろに腰の剣に手を伸ばしたのだ。

リガロははっと意識を浮上させると、自分よりジェイランディスに近い位置に居る友人に向かって衝動のまま叫んだ。

「ウィリアム!殿下をお止めしろ!」

鋭く名を呼び付けると、ウィルは夢から覚めたようにびくりと肩を揺らし、驚いたように玉座へ目を向け、状況を察すると同時に駆け出した。

がん、と柄を上から無理矢理抑えつけ、ジェイランディスの抜けかけていた剣を押し戻す。

それに抵抗するように、再び剣を抜こうとするジェイランディスの手の甲には血管が浮かんだ。

その目は、茫然と見開かれたまま。

「殿下、自刃はお止めください!」

ウィルが叫ぶと、わけがわからず右往左往していた謁見の間の者達に一気に驚愕が走る。


本当は自刃ではない。


あれは絶望を宿し、獲物を殺そうとする目だ。


けれどこのような衆目に晒された状況で王殺しの疑いがかかれば言い逃れは出来ない。しかも、ここにいるのは王の側近や重役達ばかり。彼らが団結すれば、処刑とまではいかなくてもジェイランディスを王宮から排除することさえ可能だろう。ウィルはそれを危惧したのだ。

幸いにも、会場に居る者達の意識は完全に硝子へ向けられていた為、ジェイランディスが王へ斬りかかろうとしていた事に気付けた者はいない。

ジェイランディスの方はウィルに任せると、リガロは王の前へ出て膝をついた。

「陛下、」

い。」

皆まで言わせず、リガロの言わんとしていた事を王が引き継ぐ。

「手当も何でも好きにしろ。その結果生きようが死のうが一向に構わん。わしが知りたいのは『その後』だ。」

「…御意。」

硝子を傷つけておきながら手当てを許す王の真意を測りかねながらも頷くと、リガロは硝子へと駆け寄った。

大量の汗をかき、浅く呼吸する硝子に意識がない事は一目でわかった。

ドレスを引き裂き患部を確認する。

(やはり…)

硝子の二の腕から伸びる矢の末端、金に一本黒の混ざった矢羽の色に、リガロは見覚えがあった。

「皆の者!」

王は立ち上がると、おろおろと視線をさまよわせる配下全員に聞こえるよう声を張り上げた。

「今ここに、この場で起きた一切に於いて緘口令かんこうれいく。もしどこかから噂が漏れようものなら、その出所がわかり次第それなりの処罰を下す。」

「陛下、それはあまりに」

「暴挙に過ぎる、か?」

立ち直ったらしい一人の大臣がおずおずと進言すると、王は揶揄するように口角を上げた。

「このような噂一つ隠せぬようでは、わしの配下は務まらぬわ。たまにはこうしてふるいにかけんと、平和ボケしていざというとき役に立たぬ。」

噂一つ流しただけで降格、最悪二度と王宮には上がれなくなるかもしれないことを悟ると、大臣だけでなくその場に居た全ての人間が慌てて姿勢を正した。それを確認すると、王が言う。

「本日の謁見について聞かれたら、魔か人か判ずるため王自ら選定に入った、とでも言っておけ。…皆の忠義に期待する。」

王は玉座を降りると、硝子とリガロの側を一瞥もせず通り過ぎ、悠々と謁見の間を出て行った。

(一体何をお考えなのだ。)

王の言動から、硝子を害したのは王の意思であることに間違いはないが、噂が流れる事を嫌ったのは王の振る舞いが民に知られる事を恐れたためではないだろう。民に知られたくなければ、わざわざこのような公の場所で事を成さねばいいだけのこと。王ともなればその方法などいくらでもあるのだ。

側近たちを脅してまで緘口令を布いたのが、自分の為ではないとすると。

(…殿下の為?)

あれだけ近くに居れば、ジェイランディスが自分に殺意を抱いた事など容易に知れる。

――もしかして、ウィリアムと同じことを懸念したのだろうか。

「リガロ、彼女の傷はどうだ。」

見えそうで見えない真実に陥りそうになった思考を、側に寄ったセルファルカが引き戻した。

「傷自体は深くありませんが…」

あきらかに急所は外されている。にも関わらずこれほどの症状が急激に表れるとなれば、思い至る原因は一つ。

リガロは引き裂いたドレスで矢の刺さっている傷口の上をきつく縛ると、慎重に矢のに手をかけた。患部を注意深く観察しながら、ゆっくりと引き抜く。痛みに硝子が呻くが、目を覚ますことは無い。

幸いにも矢じりにかえしはついていなかったが、その造りにリガロは確信した。

反しが『無い』のではない。『必要無い』のだ。

眉を顰めながら黙ってリガロの言葉を待つセルファルカに告げる。

「これは恐らく…西の毒が塗ってあります。」

それを聞いたセルファルカは表情を険しくした。


西の毒は、ベルトナートの民が狩りに用いる技の一つである。


主に矢じりの先に塗られて使われることが多く、その形状は肉を抉ることではなく食い込ませる事が目的なので、やじりに反しがないのが特徴だ。

毒は複雑な調合により用途や効能が異なり、解毒剤は専門の店でしか取り扱っていない。矢羽の色で毒の種を特定し、その矢羽を専門の店に持っていけば解毒薬を調合してもらえる仕組みになってはいるが、残念ながらその店自体がディオスクロイには無い。

「一刻も早く毒抜きを。」

西の出身とはいえ、暗器の扱いには慣れていても毒の知識を持たぬ自分には応急処置しか成す術がない。

場所を移動すべきだと訴えると、セルファルカは勢いよく振り向いた。

「ジェイ!」

未だに剣を抜こうとしているジェイランディスを呼ぶ。

いくらジェイランディスの剣の腕が立つとはいえ、力では上のウィルが額に汗を浮かべながら、必死に動きを封じている。一方ジェイランディスは無表情のまま、青い目はからになった玉座だけを視界におさめ、セルファルカの呼び掛けには全く反応しなかった。

セルファルカは舌打ちして立ちあがると二人のもとへツカツカと歩み寄り、…思い切り拳を振り上げた。

ガツン、という鈍い音が響き、よろけるジェイランディスの胸倉を両手で掴むと、セルファルカは普段の優雅さからは考えられない程、ドスを利かせて言った。

「この馬鹿が!!自分の感情を優先している場合か!!早く彼女を医務室へ運べ、さもなければ死ぬぞ!」

セルファルカの言葉に、初めて青の瞳が揺れた。

「…死ぬ?」

「そうだ、二度とお前を見る事も、名を呼ぶ事もなくなる!それでいいのか!?」

セルファルカの声が反響する。

ジェイランディスはようやく床に倒れる硝子へと視線を戻すと、吸い寄せられるように歩を進めた。

硝子のかたわらに膝をつくと、その頬を撫でる。

痛みに強張り、毒の作用か体温の低いそれに唇を噛むと、すっと体の下に腕を差しこんだ。

小揺るぎもせず立ちあがると、野次馬と化した人々をひたと見据える。

「…退け。」

通路を塞ぐ彼らに、低く、唸るような声をあげた。

「我が視界から今すぐ立ち去れ。我の前をさえぎる者あらば、我が力の全てを持って血縁者ともども永久の苦痛を与えてやる。」

ジェイランディスは愛おしそうに意識のない硝子の額へ口づけると、そのまま視線だけを前方へ向けた。

甘く、恋人を見つめるような眼差しの奥、燃え盛る怒りの炎が垣間見える。

「…死して土に還ることさえ許さぬ。」

美しい造作から告げられた呪詛の言葉に人々は凍りつく。

見かねたセルファルカが、ジェイランディスの横に並ぶと言った。

「大公方々、己の身、もしくは家族が惜しければ今すぐ立ち去られよ!」

その言葉に我に返ると、慌てたように大公達は扉へと駆けこんだ。

その後に、硝子を抱えたジェイランディスとセルファルカ、そしてウィルが続く。

自分も続こうと一歩踏み出した時、視線を感じて顔を横へ向けた。


下卑た笑いを浮かべる、痩せた男。


肌は浅黒く、髪と瞳は紺に近い灰色。


西の特徴をもつ男は、壁に背を預け腕を組んだまま口を開いた。

「わからないねぇ。なんであそこまで執着するのか。たかが猫一匹だろうに。」

「貴様の仕業か。」

「おっと、刃傷沙汰にんじょうざたは無しだぜ。俺は頼まれただけだ。」

わざとらしく両手を上げひらひらと振る男に苛立ちながら問う。

「あの毒は貴様が調合したものか。」

すると男は、もったいぶるでもなくあっさりと答えた。

いや。向こうなら普通に手に入るもんだ。ちょっといじったが、毒の性質自体は変わってねぇよ。店へ行きゃぁ解毒薬はすぐ手に入る。」

「それでは間に合わない。あの毒のこんはなんだ。」

性質さえ分かれば毒の効き目を遅らせる事が出来る。

すると男は、細い目をさらに細め、にぃと笑うと言った。

「蛇さ。」

「蛇…?」

毒の知識が無い自分でも知っているその効果に首をかしげる。

「何故そんな毒を。」

「近いうちにわかるさ。」

男は壁から背を離すと、リガロが持っていた血のついた矢を顎でしゃくった。

「俺は毒を作る専門だから解毒薬の調合は出来ないが、その矢羽に黒い模様が一本あるだろう。そこだけは鳥の羽根ではなく木の皮だ。それをコップ一杯の水に一日浸しておくと、痛み止めが抽出できる。あんまり症状が酷いようだったら、それを十倍量の水で薄めて少量飲ませてやんな。あ、ちなみにこの事は毒を扱う者のトップシークレットだから言いふらすなよ?」

「何故射かけておきながらそのような事を教える。」

殺意を込めて睨みつけたが、男はやはり笑って答えた。

「それも、頼まれただけさ。」

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