第12話 懸念
扉を閉じると、ウィルは未だに廊下に佇むセルファルカに眉を顰め言い放つ。
「何しているんです、さっさと謁見の間に行って下さいよ。俺を待っていて遅れたと言い訳でもするつもりですか?」
目上の者に対しては容赦のない言い様を気にした様子もなく、セルファルカは歩きだしたウィルの隣につくと口を開いた。
「念の為、口止めをしておこうかと思ってね。」
それを聞いたウィルは歩きながらにやりと笑い、指を折って数え始める。
「あの部屋に殿下が居た事、ショーコに触れた事、口説いた事、ですか?すげぇ、いきなり三つも弱みを握れた。」
「君がジェイの任務を遂行しなかった事が私の握る弱みだということも忘れずにね。」
にこりと笑うと、ウィルが慌てたようにこちらを見る。
「あれは仕方がないでしょう!あんな顔のままショーコを出すわけにはいかないんですから。俺に慰め方なんてわかりませんし。」
あのような沈んだ顔を王の前に晒すことは危険だ、と言いたいのだろう。セルファルカを硝子に近づけさせないよう命を受けていたにも関わらずウィルが黙っていたのはそのせいだ。
彼女の様な特殊な立場にいると、例えその気がなくても王に対しての態度如何によっては謀反の疑いありと罰せられる可能性だってある。
それを危惧しての発言だろうが、セルファルカは首を振った。
「彼女の事だ、きっとその時になればいつも通り装えただろうさ。」
「そもそも殿下が余計な事言うから悪いんですよ。」
非難の目を向けてくる弟の部下を、口の端だけ上げながら見遣る。
「でも、君だって気になっていたんじゃないのかい?最近ジェイの様子がおかしかった原因、とか。」
そう言うと、ウィルは図星をさされたように視線を逸らした。
ここ最近のジェイの様子は明らかにおかしい。
時折思い出したように指を擦る弟に、「指がどうかしたのか」と問えば、飼い猫に噛まれたのだと嬉しそうに笑った。かと思えば、今度は不機嫌そうに眉間に皺を寄せ始める。その繰り返しだ。
いつもは冷たい笑みを張り付け、本来の感情を表に出さない弟の、それは劇的な変化だった。
幼い頃は、そこらの子供のように泣き、笑い、怒る子だった。
それが段々と心を閉ざし、いつの間にか、大人受けする「笑顔」という仮面をその顔に張り付け、青の瞳の奥に感情を押し込める術を身につけてしまった弟。
その原因の一端を自分も担っている事は自覚している。弟の為だと思いしてきた行動が、結果ジェイを傷つける行為だということも分かっていながら、あえてそうしてきた。
たとえ憎しみでもいい、感情というものを取り戻してくれたら。
そう願いながらも、ジェイに変化は見られなかった。
だというのに、彼女が来てからというもの、ジェイの表情は豊かになった。
自分に対して真っすぐに憎しみの感情を向けてくる弟に正直驚いた。
何年たっても成しえなかった事を、たったの数日でやってのけた「猫」。
噂を聞き早速会いに行こうとしたが、思いの外固いジェイのガードに益々興味は湧く。
そうして一騒動起こして会ってはみたが、どうということはない、そこに居たのはただの若い娘。
確かに変わった毛色をしているが、「魔」と言われてもいまいちピンとこなかった。
そして同時に危惧した。
この娘もまた、弟を傷つける要因になりえるのではないかと。
だから試すことにした。
この造作はジェイに及ばずとも女には受けるから、ほんの少し甘い声を出せば簡単に口説き落とせる。
いつものように、ほんの僅か魔力を滲ませながら、名を求めた。
が、彼女の答えは「否」だった。
力が通用しなかった事よりも、王族に人としての礼儀を説く彼女に、呆気にとられながらもどこか安心した。
彼女なら大丈夫かもしれない。
そう思ったのに、謁見用のドレスに身を包んだ彼女の表情は悲しげだった。
つい先日までは真っすぐ前を見据えていたはずの黒の瞳は不安定に揺れ、軽口を言っても応じない。
儚げに窓の外を見つめる彼女は、感情を押し殺しているようにしか見えなかった。
セルファルカは確信する。
ジェイの自覚のない行動が、彼女を傷つけたのだと。
(余計な事を言ったか…)
自分の忠告が逆手に出てしまったらしい。
自分に憎しみを向けてくるのは良いが、それに煽られ彼女を苦しめてどうする。
ジェイがどう思っているのかはわからないが、彼女はただの人間だ。
そこらの人間と価値観は違えど、人間なのだ。
獣扱いされれば傷つくし、他の女を抱かれても傷つく。
そうして悲鳴を上げる彼女の心にどうして気付かない!
抱きしめた彼女の肩は細く、柔らかい体は力いっぱい抱きしめれば折れてしまいそうだった。
このままジェイの側に置いておいたら、彼女が駄目になってしまうかもしれない。
――いっそ奪ってしまおうか
凶暴な考えが頭を擡げる。
今まではただ弟の為を思ってしてきた行為を、今度は自分の意思で。
「遅いぞセルファ。何処へ行っていた。」
謁見の間で自分達を出迎える弟に謝罪する。
「ごめんごめん。留め具が見つからなくて、偶然会ったウィルに探すのを手伝ってもらっていたんだ。」
「…さっさと席につけ。後はお前だけだ。」
椅子に肘をつくと、無意識のうちに指を擦る弟に苦笑する。
神々に愛されしその顔が悲しみに歪む様を見てみたいような気もしたが、とりあえず今は、彼女のドレス姿を先に見られただけで良しとしよう。
「――呼べ。」
席に着くと、隣に座る王の声が厳かに響いた。