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銀のMaZe  作者: fatum
ディオスクロイ編
12/24

第9話 無意識下の意識

日も落ち、闇が辺りを支配する時間。

ジェイランディスの執務室は、丸い石が放つ白い光に満たされていた。

ディオスクロイに限らず、普通は火で明かりを取るのだが、書庫や重要書類といった燃えては困るものがあるような場所にはこの光る石が使われていた。


この石は太陽の下に置いておくと、夜になったとき自然と光を発する。


数が少ない為まだ市場にはあまり出回っていないが、この石を知る者はこれを「陽呼石ようこせき」と呼んでいる。

昼間はそこらに転がっているただの石と何ら変わらぬそれが、夜になるとまるで太陽を呼び寄せるかのように強く発光することからその名がついた。

触れるとほんのり温かく、まるで小さな太陽を内に宿しているようなそれは、この執務室で硝子が一番興味を持ったものだ。

「ソーラーパネルシステム」とかなんとか言っていたが、それがどういう意味なのかは分からない。

ただ、あの深淵を宿す黒い眼が、新しい遊び道具を見つけた子供のようにきらきらと輝く様を見ていると、この石にも愛着が湧いてくるような気がする。


ジェイランディスは書類から顔を上げると、右手で陽呼石をそっと撫でた。


削りだしてから球体に形を整えられたそれは、手触りとしては申し分ない。

そのさらりとした感触は、あの黒い髪を連想させる。

表面をなぞると僅かに伝えてくる熱が、人肌には少々遠すぎるのが残念だが。

「…神殿への手配は終わったのか?」

ジェイランディスは陽呼石から手を離すと、来賓用のソファーに視線を向けた。

「勿論。王への謁見立会人選定に一週間は短すぎると少々ごねられたけどね。」

そこには、音もなく入室してきた長兄の姿があった。

長い銀髪をゆわえもせず、だらしなくソファーの背もたれに両腕を預け、その上に顎を乗せているセルファルカは、その深い緑の瞳を笑みの形に歪めた。

「そんなことより、随分と愛しそうに撫でるんだね。女が見たら嫉妬しそうな愛撫だ。」

王と魔の謁見を「そんなこと」と言い切ったセルファルカは、口元に笑みをたたえたまま首をかしげた。

「けれど、何か不満のようだ。それの何が気に入らないんだい?」

「お前には関係ない。」

そう言い捨てて無表情のまま再び書類に視線を落とすが、セルファルカはしつこく言葉を重ねる。

「私は、これの光が少々強すぎるように思うんだけどねぇ。明るすぎて目が痛い。」

そのまま目が潰れてしまえばいいのに、と内心で呟く。

「それから、小さいくせして重すぎる。おかげで持ち運びには適さない。」

持った拍子に腕が折れてくれないだろうか。

「あとは…そうだね、欲を言うならもう少しあたたかければ良かったかな。そうしたら他の使い道もあったろうに。」

セルファルカはたっぷり間をおくと、にんまりと笑って言った。

「例えば、弟に冷たくあしらわれた日に抱きしめて眠るとか。」

「殺されたいか。」

至極真面目に聞くと、セルファルカは「いいや?」と首を振った。

「それは嫌だね。だってまだあの娘の名を聞いていないもの。」

あの娘、と言われて、思い当たる人物は一人しかいない。ジェイランディスはすっと青い目を細めると、冷たく問うた。

「あいつに何をした。」

この日初めてジェイランディスからまともな質問を受けたにもかかわらず、セルファルカはわざとらしくやれやれと額に手を当てた。

「昼間に見たろ?何もしていないよ。ただ話をしていただけ。」

どうにもセルファルカの言を信じられず眉を顰めると、それに気付いたセルファルカは残念そうに付け足した。

「正確には何も出来なかった、というべきだね。名を教えてくれと言ったのに、最後まで突っぱねた。」

その言葉にほっとする。

もしこれが貴族や市井の女達相手だとしたらセルファルカの虚言だと断定したが、あの娘なら十分にあり得る行動だ。

出会った当初から予想を裏切り続ける黒の女。

王族に喧嘩を売る程度の事なら、普通にやってのけるだろう。

知らず笑んだジェイランディスを黙って見ていたセルファルカは、唐突に何かを思い出したように口を開いた。

「あぁそうだ、一つ言っておかなければと思っていたことがあったんだ。」

現実に引き戻され不満そうな雰囲気を漂わせるジェイランディスに、セルファルカはそれまでの笑みを消し、案じるような表情を見せた。

「色遊びもほどほどにしなよ。でないとお前が後悔する。」

「貴様に言われたくはない。」

いつもの調子で取り合わないジェイランディスに溜息をつくと、セルファルカは仕方がなさそうに立ち上がった。

「一応忠告はしたからね。」

去り際、部屋の隅にちらりと視線をやると、足音をたてずセルファルカは退室した。

(色遊びもほどほどに、だと?)

セルファルカが出て行った扉を睨みつける。

一体どの口がそのようなことをほざくのだ。

(自分は散々、俺の周囲の人間を口説き落としてきたくせに。)

ちっ、と舌打ちすると、ジェイランディスは普段身につける刺繍の施された外套ではなく、無地の黒い外套を手に取った。それを乱暴に肩にかけ、扉へと進む。

「どちらへ。」

陽呼石の光が届かない部屋の隅、紺の髪を揺らして自分の配下が現れる。気配を消せるリガロは、外に護衛として連れて出るには都合がいい。

けれどこの日は、気配がなくとも人を連れていく気にはならなかった。

「期待には答えねばな。お前は来るなよ。」

「しかし」

「来るな。」

有無を言わさぬ声音で言えば、リガロは黙って頭を下げた。

それを確認すると、ジェイランディスは一人で夜の街へと降りた。


◆◆◆


向かったのは、夜でも昼間のような明るさが絶えることのない、女の園。

いくつも立ち並ぶ店の入口に必ず立てられている二本の柱は、色とりどりの塗料で規則性も何もなし塗られている。

ただ華美に見せる事を目的としたそれらは、自分の妓楼みせを目立たせ儲けようとする店主の金に対する欲そのものだ。

本来なら王族がこのような場所へ出入りするなど命の危険を伴うように思われがちだが、妓楼店主の金への執着が強ければ強いほど、ジェイランディスの身の安全は保障される。

彼らは他国に協力して王族を捕え、褒美にその国で重用されようなどとは考えない。


欲しいのは目の前の金。ただそれだけだ。


ここに妓楼を構える店主は皆、金にがめつい。

仮に自分の店に賊が入れば、何が何でもジェイランディスを守るだろう。


ジェイランディスは、目に痛い柱の中でもひときわ目を引く、真っ赤な柱の店へと足を運んだ。

中へ入ると、両手を擦り合わせながら、この妓楼の店主が出迎えた。さっとこちらの全身に視線を這わせ、値踏みをする。いくら搾りとれるか、この髪の薄い頭の中ではすさまじい速度で計算がされていることだろう。

被っていたフードを取ると、男はわざとらしく飛び上がった。

「おや、旦那じゃあありませんか!いいときにいらしてくださった!今日は新しい娘が入ったんですよ!」

民にあまり顔は知られていないが、この国に銀髪を持つのは王族しかいない。わざと「旦那」と伏せてはいるが、当然この男もジェイランディスが王族だと分かった上で対応している。

「ツァルイはいるか。」

一人の女の名を挙げると、店主は先程の勢いとは打って変って、怪訝そうな顔をした。

「へぇ、今は丁度()いてますが…もう既に何度か会っているんじゃありませんか?」

それでも宜しいので?と問う店主に頷くと、ではこちらです、と先導して歩き始めた。

いくつか階段を上り、目的の部屋へと向かう。

この店では、上の階へ行けばいくほど女の価値が高くなる。

売上、評判、外見、それぞれを総合して評価し、選ばれた者だけが上の階へと行けるのだ。上へ行けば、当然待遇も良くなる。その逆に、使えなくなれば降格も有り得る。故に、ここの女たちは皆躍起になって男を誘う。その分手は抜けないので、全体の質は高い。

店主は三階建ての建物の最上階、一番左の扉の前に立つ。

扉の中央にぶら下がる青い札を裏返し、赤の札を表にすると、「それではごゆっくり」と体を横へ滑らせた。

ジェイランディスが扉を開けると、むっと熱い、妓楼独特の甘ったるい空気に包まれた。

天井には、白い煙が霞みのように漂う。その煙の先に、ベットに腰かけ、煙管きせるをくゆらす一人の女がいた。

「あれ旦那、また来たの。」

女はジェイランディスに気付くと、驚いたように口を開いた。

「また、とは随分御挨拶だな、ツァルイ。」

外套を脱ぎ歩み寄ると、ツァルイは気怠るげに笑った。

「だって、旦那は一度抱いた女は抱かないって有名じゃないか。ここの子達だってとっかえひっかえだったし。それが最近はあたししか指名していない。初めにあたしを指名したのがただの偶然だったとしても、何度もあたしを選ぶのはなんでだい?」

赤い唇を孤に歪ませ問う彼女に、ジェイランディスは心外だと笑い返してみせた。

「そんなもの、かったからに決まっている。」

「そりゃどうも。」

ツァルイは適当に相槌を返すと立ち上がった。

腰ほどにも届く波打つ髪は、リガロよりもさらに深い濃紺。

日に透かさなければ黒に見えるほど深い色をしているが、所々に赤が混じっている。

瞳も、髪と同じ紺。

そしてこの色素をもつ人間の最大の特徴として、肌がほんの僅か黒かった。


西のベルトナート。

北に位置するディオスクロイからは山脈を挟んだ向こう側にある国である。

北のディオスクロイは大陸でもっとも発展した国だが、山脈のせいで同大陸においても隔絶されているベルトナートは、ディオスクロイとは異なる文化と産業によって発展していた。

つい最近になってベルトナートとディオスクロイは交易を始めたが、互いの国を行き来するためには必ず魔の泉を通らねばならず、今でもわざわざ命をかけて他国へ行こうとする者はそう多くはいない。


そもそも一昔前まで、ディオスクロイは山脈の向こうに国があるとは知らなかったのだ。


それはベルトナートも同じだったが、山を越えようとするつわものが、ベルトナート人の中から現れた。

ベルトナートは狩りを主流とする民族だったため、武器の扱いに長けていた。

果たして山の向こうへと辿りついたベルトナートの民は、ディオスクロイの民と出会った。


が、互いに初めて見る色素をもつ彼らは、一種の恐慌状態に陥る。


ベルトナートの民は、魔の泉を越える為に持っていた武器を、ディオスクロイの人間に向けたのだ。ベルトナートの民からしてみれば白い肌こそ異端で、自分達と異なるそれらは必然狩りの対象となった。

無益な殺戮が行われ、ディオスクロイの民は疲弊した。

もともと農耕を主とするディオスクロイに、戦闘民族である彼らに対抗する術などなかった。

その彼らの強さに目を付けたのが、ディオスクロイの上層部だ。

自分達が敵でないということを分からせると、彼らを戦の道具として起用したのだ。

そのしなやかで俊敏な肉体は、おもに暗殺として使われた。

自分たちの民を殺されたことに憎しみも勝り、彼らに汚い仕事をさせることに抵抗はなかった。

ベルトナート側も、狩りで狩り以上の報酬が貰えるならと、納得した。


そういった経緯もあり、今でも暗殺稼業を営むベルトナートの民がいる。

今でこそ白い肌を持つ人間も自分たちと同じ人間だと認識し、そう簡単に人を殺すことは無くなったが、それでもやはり裏で暗躍する者たちがいるのも確かだ。


そして、この女もその一人。


閨で寝首をかくのが彼女の暗殺業としての常套手段だった。

けれど最近では特に貴族同士のいざこざもなく、本業(あんさつ)の依頼は無い。その間はここで男達の相手をして金を稼いでいるのだ。

彼女の様な暗殺者を抱きたい、などと思う輩がいるのかと疑問に思うところだが、どこにでも変わった趣味を持つ人間はいる。

彼女のもとに通う男たちは、情事の最中彼女に殺されるかもしれないという危機感を、快楽に変えるのだ。

暗殺の技として男を悦ばせる手練手管は当然の事、拘束の類も心得ているので、それ目的で通う男達も居るとかいないとか。

「旦那がそういう趣味の人だと思わなかったよ。」

鏡台の上の灰皿に煙管の灰を落として火を消すと、ツァルイはジェイランディスの外套を受け取った。

「俺も知らなかったな。」

上着も脱いでシャツのボタンをいくつか外すと、両手を後ろについてベットに腰かけた。外套を壁に掛けたツァルイは、その後ろからしなだれかかる様にジェイランディスの首に腕をまわした。

「じゃあ、それを知る『きっかけ』ってなんだったんだい?」

甘ったるい香水が鼻孔をくすぐるのを感じながら、「きっかけ」について考える。

「最近、猫を拾ったんだが。」

「へぇ。」

「その猫の毛色が、お前とよく似ている。」

初めてツァルイを指名したのはそれが理由だった。

黒髪に近い色を持つ女はいるか、と聞いて紹介されたのが彼女だったのだ。

一度抱いた女は抱かない。それは事実だ。

何度も同じ女のもとに通うと、己が娼妓だという事を忘れ、女としての感情を向けてくるようになる。それがジェイランディスには煩わしかった。

ツァルイとて例外ではない。ほんの僅かでもそんな素振りを見せれば、ジェイランディスは迷わず彼女を切り捨てるだろう。

しかしツァルイは、男を男として見ていない。

昔は閨で、真の意味で男を殺し続けてきたのだ。一々感情を伴わせては身が持たない。

男など、ただの標的で財布。彼女の認識などその程度だろう。その考えがジェイランディスにとっては好都合だった。

「随分可愛がっているんだねぇ。」

猫という言葉が意味することを的確に読み取りながらも、ツァルイに嫉妬という感情は全く見られなかった。

「まぁな。」

「で、その猫、どこの子だい?ヴァルシャー公爵の娘?それともブラネル伯爵?」

ただの興味で身を乗り出してくるツァルイに首を振る。

「さぁ。」

短い返答に、ツァルイは一瞬呆気にとられた。

「さぁって…まさか知らないのかい?」

「知らんな。」

硝子に出生や出自、出身について尋ねたことはない。

するとツァルイは信じられないものでも見るように目を丸くした。

「あんた、そんなんでもし逃げられたらどうするんだい。追いかけられないじゃないか。」

それには鼻で笑って見せる。

「逃がさぬさ。」

寝転がり、首に絡みついていたツァルイを腹の上に乗せると、紺の瞳と視線を合わせる。

「何故、鳥が籠から逃げるか分かるか?」

唐突な問いに驚きながらも、ツァルイはしばし考えるように間を置くと、答えた。

「…そりゃあ、籠を開けるからだろうね。」

「それもある。だがその前に、鳥が『籠』を『檻』だと認識するから逃げるのだ。」

「?」

「森で生きる鳥は海の上では生きられない。それは即ち、森という檻に鳥が縛られていることを意味する。だが奴らは森から出ようとはしない。森を檻とは認識してはいないからだ。そもそも森の生き物は檻の外――海を知らない。知らない場所へは行きようがない。」

「つまりそれって、旦那が拾ったっていうその猫を、外の世界から遮断するってことかい?」

その答えを肯定するように、ジェイランディスは笑んだ。

硝子が時々発する「日本」という言葉が彼女の故郷であること以外、ジェイランディスは硝子に関して何も知らなかった。知ろうとも思わない。

だがそれで良いのだ。

城へ迷い込んだ鳥に、森を思い出させるようなことをわざわざする必要がどこにある?

ジェイランディスが彼女の情報を引き出すことで得られる利益などないのだ。

効果があるとすれば、せいぜい彼女の郷愁を強めるだけ。

そんなことは無意味だった。

ツァルイは「恐いねぇ」と笑むと口を開いた。

「だったら、かせをつけといた方がより確実じゃないのかい?良ければあたしのを貸してやろうか。ここではただ男を喜ばせるための道具だが、中々良いのが揃ってる。表では出回ってないやつだ。」

「実際、仕事でそれを使った事はあるのか?」

「あるね。身動きをするたびに締まる首輪とか。それを使ったやつは腰を振るのに一生懸命で、息が出来なくなっているのに気付かないまま死んだけど。」

ふふ、と妖艶に笑うと、ツァルイはジェイランディスの上に覆いかぶさった。

「今日は“そういう”趣向でいくかい?なんならあたしが縛られてやってもいいよ。」

それにジェイランディスは「否」と答えた。

「今から拘束することに慣れたくはない。一度(かせ)を嵌めれば、やがて一つでは満足できなくなる。」

「よくわかってるじゃないか。」

ツァルイはもう一度笑うと、その豊満な体を押し付けてきた。

それを合図に、ジェイランディスはほとんど脱げかけていたツァルイの服に手をかけた。

現れた大きな柔らかい胸を鷲摑み、その頂を捏ね繰り回す。

もう片方の手で丸い尻を撫で、その奥の茂みへと指を伸ばすと、そこは既に十分に濡れていた。

自らに温かな肉壁が絡みつく感触を楽しみながら、だがジェイランディスの青い瞳はツァルイを見てはいなかった。


ジェイランディスは女に口づける事をしない。

その体に跡を残すこともない。


けれどこの日だけは、ツァルイの首もとで緩くうねる濃紺の髪を手で除けると、そこへそっと唇を落とした。


戯れに触れた、あの黒いとばりの向こうの首筋を思い出しながら。

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