二話 ドッペルゲンガー④了
「おはようございます!」
どこか間の外れたような元気のいい声で高坂が部屋へと入ってくる。いつもであれば燈は無視するが早苗は律義に挨拶を返していた…………けれど流石に今日は彼女も喉から言葉が出てこなかった。昨夜の高坂の死に様とその後の出来事…………伝え聞いた話のいくつもが頭の中で重なり合って表情を取り繕うことも難しい。
「先輩も宮藤さんも昨日はありがとうございました。栄養剤すごく効いたっす!」
昨日までは無視されながらも明るい声を出し続ける彼を気の毒に思っていた。しかし今はその明るさが不気味にしか思えなかった。普通の人間であれば何のショックも受けることなくこんな態度を続けることはできない…………それを健気なのだろうと早苗は思っていたが、今は違うように彼女には見える。
そもそも彼には感情があるのだろうか?
こちらが一喜一憂しているように見えるそれも、ただ自身を普通の人間のように見せるための擬態に過ぎないのではないかと思えてきた。
「宮藤さん、どうかした?」
「!?」
そんなことを考えているうちに彼が彼女に近づいてきていた。純粋そうなその笑顔がとても不気味に見えて早苗は体を震わせた。
「宮藤、訓練の時間だろ。射撃場に行ってこい」
「え、あ…………」
「早く」
「はい!」
戸惑うも、助かったと思い早苗は立ち上がる。訓練の時間なんて定められていない。しかし刷り込まれた以外の情報を持たない高坂にはこれまでの記憶はないのだろう。特に疑問を口に挟むことはなかった。
「あ、先輩! 俺の訓練は?」
「お前は病欠だろうが。今日はそこでじっと大人しくしていろ」
「あ、でも今はもう元気なんですけ…………ど」
その反論を聞くことなく燈は手にした小説へと視線を戻す。それはこれ以上話を聞く気は無いという意思の表れだった。高坂は反論したい様子ではあったが、それ以上何も言えずに押し黙る…………ああそうか、あれはそういうために使うのかと早苗は見て思った。ただ無視するだけでは自分に石を向けさせようとされるかもしれないが、別の何かに集中しているのを邪魔するのは憚られる。高坂にそういった感性があるかないかは別として、それはいけない行為だと認識しているのだろう。
「どうした、早く行け」
「あ、はい!」
本に目を向けたまま促す燈に返事をして、今度こそ早苗は部署を後にする。
明日は自分も適当な本を持って来よう、そう心に決めながら。
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