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プロローグ 鬼①

 さて、とりあえず今日は人喰いの話だ。


                ◇


 そこは小さな部屋だった。窓のない六畳ほどのスペースにロッカーが三つ。中央には事務用のデスクが三つ置かれ余剰のスペースはほとんどない。壁も無地のままでどこか薄汚れているようで、照明だけでは照らしきれないほどにその部屋は澱んでいた。


「…………ふう」


 そんな部屋の中で男が一人溜息を吐く。年齢は二十代後半くらいだろうか。だらしなく椅子にもたれかけ、その両足はデスクの上を占領していた。表情にはやる気がなくぼんやりとした視点で手に持った小説を眺めている…………就業時間中であろうにそれを咎める者は誰もいない。机は三つあるがこの部屋には他に誰もいないのだから。

 綾咲燈あやさきとう。それが彼の名前であり職業は刑事である。それはつまりこの部屋は警察署内に存在するということでもあった…………しかし彼を含めてそのような雰囲気は微塵も感じられない。


「…………面倒だ」


 呟く。本当に面倒くさそうな表情で…………ちらりと時計を見てさらに嫌な顔をする。予定の時間がすでに差し迫っていたからだ。

彼の知る限りその時間は計ったように正確で、いつまで経ってもその事実には慣れそうにない。


 バンッ


 そんな燈の憂鬱をよそに部屋の扉が勢いよく開いた。


「おはようございます!」


 明るい声と共に若い男が部屋に入って来た。年齢は二十代前半くらいで純朴そうな表情の青年。容姿は良く悪くもなく、特徴のないどこにでもいるような青年だった。しかしどこか諦観のようなものを感じる燈とは違い未来への希望に溢れたような表情であり…………それが殊更忌々しく思える。


「本日よりこの部署に配属されました高坂昇太郎です! よろしくお願いします!」


 実にシンプルで元気のいい自己紹介だった。


「…………」


 それを燈は無言のまま一目して、何事もなかったように小説へと視線を戻した。


「え、あの……?」


 それに困ったのは高坂だ。熱烈な歓迎を期待していたわけではないにせよ、まさか相手にされないとは思っていなかったのだ。他に助けを求めようにも部屋にいるのは燈だけであり、彼に無視されてはどうしようもない。


「ほ、本日よりこの部署に――」

「聞こえてる」


 視線は戻さずに燈は口にする。そのままデスクとロッカーを順に指で示す。


「お前のだ」

「え、と………はい」


 尻すぼみの返事で頷いてそそくさと高坂はロッカーへ荷物を仕舞い、その後にデスクへと腰を落ち着かせる。しかしその気持ちまでは落ち着くことはなく、そわそわと周囲を…………主に燈を中心にさ迷わせる。


「…………」


 それに対して燈は無言。むしろ積極的に高坂の存在を忘れるように小説に集中しているようだった。


「あ、あの……」


 恐る恐る声をかけるも


「あ?」

「い、いえ……なんでもないです」


 メンチの効いた返事にあっさりと引き下がる。


「あ、あのっ!」


 しかししばらくして意気地を回復したのか、今度は少し勢いをつけて高坂が声をかける。


「じ、自分に何かできることはありませんか?」

「ない」


 だが燈は即答する。


「…………」

「…………ちっ」


 再びすごすごと引き下がる高坂に舌打ちし、燈は手の小説を閉じた。


「おい」

「はっ、はい!」

「お前そもそもなんて説明を受けてここに来た」


 彼はとてつもなく面倒そうな表情で尋ねる。


「え、ええと……係の人からここが配属場所だと」


 恐る恐る口にする。


「ここの説明は?」

「先任の方から聞くようにと…………」

「ちっ」


 燈は大きく舌打つ。わかってはいたが丸投げかよと内心で毒づいた。


「…………おい」


 いらだちを押し殺すように彼は息を吐き、口を開く。


「ここはな―――」


 プルルルルルルルルル


 しかしそんな説明する気持ちを削ぐように内線が鳴り響いた。そのタイミングが絶妙で電話機をぶん投げたくなかったが、燈はなんとか堪えて受話器を取る。


「…………もしもし」


 応じると聞きなれた声が聞きなれた内容を口にする。


「了解。直ちに現場に向かいます」


 答えて内線を切燈は立ち上がった。その視線を高坂へと向ける。


「おい」

「は、はい……」

「現場に向かうぞ、着いて来い」


 そのまま返事は聞かずに扉へと向かった。


「あ、あの!」


 背中に掛けられた声に燈は振り向く。その表情には説明が面倒だという意思がありありと込められていた。


「話は現場でだ」


 それだけ告げて彼は再び高坂に背を向ける。


「見たほうが早い」


 お読み頂きありがとうございます。

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