3話 姉弟
ハーウッド王国の首都の郊外にある我が屋敷、ハワード大公家に帰って来た私は入浴を済ませると夜着に着替えて部屋でくつろいでいた。
毎晩寝る前には長椅子にもたれ掛かり侍女が用意してくれたリラックス効果のあるハーブティーを飲のが日課だった私は、今夜もハーブティを飲みながら先程の王宮での事を思い返していた。
ルークの意識がしっかりしても建国祭の最中だから、すぐに何か動きがあるとは考えられないわね。
国王陛下が何か動くにしてもきっと明日よね。
考え事をしながらハーブティを飲んでいたためか、私はカップが空になった事に気が付いていなかったが、侍女は空いたカップに再びハーブティーを注いでくれた。
「ありがとう。」
侍女にそう言った時に部屋の扉がノックされた。
「ディア、僕だよ?入るよ。」
声の主はエドワード兄さまだ。すぐに扉が開くとエドワード兄さまと義理姉のイザベラが腕を組んで入って来た。
兄さまも義理姉さまも建国祭に出席していたが私より後に王宮を後にしたのだろう、今帰って来たようだった。
「ディア、首尾はどう?」
義理姉さまは早く結果が聞きたいようで、わくわくした顔で部屋に入るなり聞いてきた。だが義理姉さまと違い冷静な兄さまは、私の部屋にいた侍女達に部屋から出るように手で合図を出して侍女達が部屋から出て行くのを待ってから、私の前の長椅子に2人で並んで座った。
「上手くいったと思います。」
「そう!良かったわ!!」
「お母さまは?」
「まだ宮殿だよ。」
「国王陛下から足止めをされないでしょうか?」
「もし国王陛下がこの一件をお知りになられたら、母上を呼び出すだろうけど…
今夜すぐに動くとは考えられないね。」
「そうですか。」
「それでディア!殿下のご様子はどうだったの?」
義理姉さまのは興味はそんな事より、ルークを上手く騙せたかの方にあるようだ。
「そうですね…薬が効いていらしたので朦朧としていらっしゃいましたが…
あ、でも息を荒げていらっしゃいました。」
「まあ…!」
義理姉さまは口の前で両手を合わせて楽しそうだ。
「…殿下…お気の毒に。」
義理姉さまとは反対にエドワード兄さまはルークに同情しているようだ。
「今からディアを王宮に呼び出すなんて事はないだろうから、今日はこれで休もうか。明日からまた大変だぞ。」
「はい。」
「エド、ディアはどうなるかしら?まさか不敬罪で投獄とかにはならないでしょう?」
「ルークが国王陛下にどう報告するかによるけど…
まぁご自分が年端も行かないディアに襲われたなんて話すとは思えないから、恐らくディアと関係を持ったと報告されるだろう。」
「そうよね。一国の王太子が16歳の小娘にいいようにされたなんて言えないでしょうからね。」
兄さまは義理姉さまを見つめながらこくんと頷いた。
「そうなると後はディアの懐妊が問題になる。国王陛下は今夜殿下の婚約者候補を発表されたけど、もしディアが懐妊したら身分などを考えてもディアを王太子妃に据えるのが普通だ。
だけど母上との確執を考えると、国王陛下はディアを王太子妃ではなく側妃に据えるように考えられるだろうね。
でもこれはないからね。」
「そうよ、ディアと殿下は本当は何もなかったのだから。」
義理姉さまはご自分で言っておいてはうんうんと頷いている。
「だが懐妊していないと判明するまでは王宮の監視下で過ごさなければならないだろうね。でもそれが終われば僕達の目論見どおりディアに求婚するような者は現れなくなるよ。」
「それはそうよ。この国の王太子殿下の手がついた令嬢を娶ろうなんて、恐れ多くて出来ないわ。」
「…良かったです。」
私は苦労してやり遂げたこの狂言がほぼほぼ成功した事に心底ほっとした。
♪♫♬ ♬♫♪
しばらく今後の話しをした後でエドワード兄さまとイザベラ義理姉さまが退出したので、私はベットに入った。
明日には社交界で私が傷者になったと噂が広がるでしょうね。
普通の令嬢なら致命的な事だけど、私はこれが目的だったから良いのだけど…
エドワード兄さまと私の母、オリビア・マーガレット・ハワードは現国王の姉だ。
母・オリビアは天性の政治の才能を持つ政治家と言われ、弟で国王であるジュドは武芸に秀でているそうだ。
ジュド叔父様が国王になった頃はお母さまが宰相となり深く政治に携わっていたが、そのせいでお母さまこそがハーウッド王国の国王という声が貴族の間で高まってしまったと聞いている。
世の中では戦はなくなりすっかり平和な御世となっているので、武芸に秀でたジュド叔父様よりお母さまを推す勢力が力をつけ始めたため、次第にお母さまとジュド叔父様の関係は悪くなってしまったそうだ。
ジュド叔父様は自分の地位を守るため国王派の派閥を取り入れ、反対にお母さまを推す推進派の派閥に圧力を加え始めると、お母さまはこのままでは国を2分する争いとなるとお考えになられ、お父さまをバウデ王国の大使に任命し一家でバウデ王国へと移り住すむ事にしたのだ。
ジュド叔父さまとお母さまの仲が良好だった頃は宮殿でよくルークと一緒にお勉強をしたり遊んだりしたものだったわ。
一番年上の兄・エドワード、そして1歳下のルードヴィク殿下、私は更に1歳下だった。
従兄妹という関係もあり、私達3人は王宮で一緒に勉強を学び、そしてよく遊んだものだ。
だけど5年前、エドワード兄さまと私が突然バウデ王国へ行ってしまうと、ルークとは全く連絡が取れなくなってしまった。
手紙のやり取りも考えたけど、ジュド叔父様とお母さまの関係を考えるとそれも出来ず、それにルークの方からも一切連絡はなかったから、ルークの方も止められていたのかもしれない。
だけどもともと政治に疎くお母さまに任せっぱなしだったジュド叔父様は、お母さまに帰国命令を出した。
お母さまがハーウッド王国を去ってから少しづつ国は傾き始め、5年が過ぎた現在では叔父様の手には負えないような状態にまで陥ってしまっているらしい。
王后陛下や大臣達がお母さまを呼び戻すようジュド叔父様に進言したそうで、さすがに叔父様もここは折れてお母さまに帰国命令を出したのだ。
お母さまはご自身と叔父さまの関係を良好にする為に私とルークの結婚を考えていたけれど…
帰国するとすぐに私達の耳にルードヴィク王太子殿下とデズリー伯爵令嬢の婚約が決まるという情報が届いた。
デズリーの父・ビンコット伯爵は国王派の中心人物で一番勢力がある人物だそうだ。
そのビンコット伯爵の娘と王太子・ルードヴィクの結婚を決めたという事は、これはジュド叔父様がお母さまに対して牽制したという事だ。
そうなると推進派も確実にお母さまを推進派に引き込む為に、派閥の中の有力な貴族で年頃の令嬢や令息をオリビア・マーガレット・ハワードの子供であるエドワード兄さまや私との結婚を模索し始めたが、兄さまはバウデ王国に行っている間にバウデ王国のイザベラ・ケイト・シュバリエ侯爵令嬢と結婚してしまっていた。
だから推進派の方々の矛先が私に向いてしまって、お母さまはこれ以上国を分断させない為にも私を外国の殿方と結婚させようとお考えになられたのだわ。
「私は誰とも結婚はしません。」
建国祭の数日前、私は父と母、そしてエドワード兄さまに向かってハッキリと宣言したのだった。
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