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第八章 八人目 騎士の板金鎧と宙に浮く靴の呪い

 血の色の空、荒れ地にそびえ立つ魔王の城。

勇者たちが魔王の討伐に挑み消えていった後、

今度は騎士の男が魔王の城にたどり着いた。

たった一人で戦い抜いた末のことだった。


 騎士とは、分厚い金属板で作られた板金鎧プレートアーマーを着た前衛。

板金鎧は四方八方からの攻撃に耐えることができる。

さらには分厚い盾も構えていて、防御に特化された前衛である。

相手の攻撃を分厚い盾で受け止め、鎧で受けた衝撃は逃がし、

時には魔法の支援効果により、魔法の攻撃からも身を守ることができる。

代償として、板金鎧は重く動き難く、

視界が兜や盾により遮られて狭くなるのだが、

歩く盾として、集団パーティーには頼もしい存在。

しかしその騎士は、集団ではなく一人っきりでこの魔王の城までやってきた。


 その騎士が魔王の城に入ろうと、

ガシャガシャと板金鎧を打ち鳴らしながら歩いていると、

その音に釣られるように、岩の魔物などの小ぶりの魔物たちが行く手を遮った。

重い板金鎧を着ている騎士には、動きが素早い小ぶりの魔物たちは手強い相手。

魔物たちはぐるぐると周囲を取り囲み、時折体当たりなどの攻撃をしてきた。

だが、騎士は全く動じない。

分厚い板金鎧は、多少の攻撃にはびくともしない。

攻撃の衝撃は分散され、振動による音や熱などに変わり、

中の騎士には傷一つ負わせられない。

魔物が何度も攻撃して疲れたところを、逆に騎士の剣で真っ二つにしていった。

板金鎧の兜を叩こうが、重さが足りない攻撃は中の騎士には響かない。

背中を攻撃しても、分厚い板金鎧は動じない。

生半可な攻撃では、板金鎧以前に盾で防がれてしまう。

やがて魔王の城の周辺にいた魔物たちは、

自分たちではその騎士の足を止められないと知り、

遠巻きにするだけでもう攻撃をしてこなくなった。

「なんだ?もう諦めたのか?

 では、私は魔王の城に入らせてもらうぞ。」

そうしてその騎士は、魔物たちの妨害を跳ね除け、

魔王の城の門から内部へと入っていった。


 魔王の城の内部は、捻くれた骨のようだった。

壁も床も柱も捻れていて、青い松明が薄暗く照らしている。

ただでさえ薄暗く見通しが悪いのに、

板金鎧の兜の狭い覗き穴越しの光景は、尚更に狭く見辛い。

その騎士は視界に慣れるのにも一苦労、だったのだが、

やがてそれは不要であることを悟った。

魔王の城の奥から、大量の足音が近付いてくるのが聞こえたから。

板金鎧の覗き穴の向こうを見ると、

大量の骸骨の魔物や鎧の魔物が、剣や盾で武装して近付いてきていた。

どうやら魔物たちは、その騎士の動きが鈍いのに目をつけて、

数で押しつぶす作戦のようだった。

その騎士は板金鎧の中でフッと笑った。

「なるほど、城の外での戦いを見て、作戦を変えたか。

 魔物たちも中々考えているではない。

 しかしそんな有象無象が集まったところで、

 私の板金鎧を貫くことができるかな!?」

雄叫びを一つ上げて、その騎士は剣を携えて魔物の群れに切り込んでいった。

板金鎧は重く動きが鈍いとはいえ、その騎士は訓練している。

鈍さを感じさせない斬撃で、手近な骨の魔物の体を打ち砕いた。

すると、倒れた骨の魔物後ろから、さらに魔物たちが押し寄せてくる。

騎士は押し寄せる魔物の波を、大きな盾で受け止めた。

ガツンと強い音と衝撃が加わるが、しかし盾と板金鎧が衝撃を分散して無傷。

初撃を外した魔物が態勢を整える前に、騎士は横薙ぎに剣を振るった。

攻撃直後の無防備な魔物たちが、数匹まとめてなぎ倒された。

そうしていると、今度は後頭部に強い衝撃が。

いつの間にか後ろに回り込んでいた骸骨の魔物の棍棒だった。

並の人間ならば後頭部への一撃は致命傷になり得る。

しかし、分厚い板金鎧は致命傷になる一撃を、全身に分散させて無効化する。

狭い視界の死角からの攻撃は、多少なら受けてしまっても問題はない。

致命傷を与えたと確信していた魔物は、次の瞬間、自分が致命傷を受けていた。

そうしてその騎士は、魔物の大群をもろともせず、

魔王の城の奥へ進んでいった。


 魔物の大群を打ち倒し、魔王の城の内部を進んだその騎士の前に、

三叉の通路が姿を現した。

通路は三つに分かれ、真ん中、左右に通路が伸びている。

どの通路も捻くれていて、あまり先は見通せないが、

どの通路にも魔物たちの集団が待ち構えているのが見て取れた。

真ん中と左右のいずれに進むべきか、その騎士に迷いはなかった。

「私は魔王と対峙するためにここに来たのだ。

 回り道をする必要はないだろう。」

まっすぐの道が最短かどうかはわからない。

しかしその騎士は根拠のない確信を持って、

三叉の通路の真ん中を進んでいった。

重い板金鎧を引きずった跡が、床には残されていた。


 その騎士が三叉の通路の真ん中を進むことしばらく。

行く先に、魔物たちの集団が待ち構えているのが確認できた。

魔物たちは前衛に盾を構えた魔物を揃え、

後衛に弓矢や魔法の杖を携えた魔物たちが待機している。

きっと、前衛の魔物が盾で攻撃を防ぐ間に、

後衛の魔物が遠距離攻撃を行うつもりなのだろう。

騎士はニヤリと感心して笑った。

「ほほう、魔物たちも考えるではないか。

 しかし、そんなボロの弓矢や魔法で、私の鎧を傷つけられるかな。」

その騎士は魔物の集団相手に、身を隠すことすらしない。

悠々と姿を晒すと、大きな盾を構え、前傾姿勢になってゆっくりと足を進めた。

すぐに気がついた魔物の集団たちが編成を整え、雨のような弓矢が飛んでくる。

しかし、降り注ぐ弓矢は、板金鎧の中のその騎士には、にわか雨のようなもの。

板金鎧がコツコツと叩かれる程度で揺らぐことはない。

時には矢や魔法が、兜の覗き穴や鎧の繋ぎ目に飛んでくることもある。

そんな時は熟練の腕が物を言う。

兜の狭い覗き穴越しから矢の軌道を先読みして、ギリギリで逸らしたり、

あるいは鎧の繋ぎ目の中は鍛え抜かれた肉体で、

多少の傷など物ともしなかった。

盾を構え、弓矢の風雨に逆らうように進むことしばらく。

すると今度は矢の代わりに魔法が多く飛んでくるようになった。

魔法使いの魔物が放ったであろう魔法だ。

火炎の魔法、氷の魔法、雷の魔法などが飛んでくる。

しかしどれもか細く貧弱なもので、その騎士の脅威にはならない。

その騎士が着ている板金鎧には、内部にいくつもの魔法陣が書かれていて、

複数の魔法の支援効果が付与されている。

その魔法の支援効果のおかげで、魔物が放った魔法が板金鎧に当たっても、

分散して弱めてくれるようになっている。

今、魔物たちが放っている魔法は、

その板金鎧の魔法の支援効果すら不要なほど貧弱なもの。

その騎士は風雨を受ける程度の抵抗で、前進を止めることはない。

重い板金鎧と大きな盾を構え、一歩一歩確実に魔物の集団へと近付いていく。

やがて、騎士の切っ先が届くほどの距離になって、魔物たちは慌て始めた。

逃げるのか、このまま戦うのか。

迷う魔物が攻撃の手を緩めたところで、

すぐそこまで近付いていた騎士が剣を突き出す。

前衛だった骸骨の魔物は、その重い突きに盾ごと貫かれてしまった。

慌てて後衛の魔物が矢を放つ。

すると騎士が大きな盾で矢を受け止め、

弾き飛ばされた矢は別の魔物の頭を射抜いた。

騎士の足止めに失敗した魔物の集団は大混乱。

逃げようとする魔物は騎士の攻撃かあるいは味方の攻撃に巻き添えに遭い、

戦い続けようとする魔物は、味方を巻き込みながら、

騎士の剣によって倒され、重い板金鎧で踏み潰されていった。

そうして騎士が落ちていた魔物の剣を拾い、

逃げる魔物の背中に投げ当てたところで、

魔物の集団に動いている魔物はもう残ってはいなかった。

「ふぅ、やっと止んだか。」

まるでにわか雨でもやり過ごしたかのような口調で、

騎士は魔物たちの死骸を踏み潰し、三叉の通路の真ん中の奥へと進んでいった。


 三叉の通路の真ん中をしばらく進むと、

行く先に、大きな何かが見えてきた。

それは、大きくて豪華な扉だった。

部屋の中にどんな大事なものがあるのか、伺い知れるような扉だった。

「この様な豪華な扉、中はきっと魔王の玉座なのであろうな。

 だから、すんなり入れてもらえるとも思えないな。」

大きくて豪華な扉を見上げ、その騎士は剣と盾を構え直した。

その扉の前に、魔物の姿を認めたから。

最初、それは飾りか何かかと思えた。

見上げるような大きさの鎧が、大きくて豪華な扉の前に飾られていた。

しかし、飾りにしては扉を塞ぐように立っている。

さらには、侵入者の姿を認めて、真っ黒な鎧の奥に赤い目を光らせたところで、

その騎士はそれが飾りではなく魔物なのだと確信したのだった。

その大きな鎧の魔物は、大きい、とても大きい。

今までに打ち倒した通常の鎧の魔物の四体分の大きさはあるだろうか。

重さもそれに見合ったもののようで、

踏みしめた小石がくしゃりと潰れて砂になった。

その騎士は板金鎧と大きな盾で武装した重量級、

そして大きな鎧の魔物も、同じく大きな鎧と盾でできた重量級。

武器の大きさは、魔物の剣の方が四倍は大きいだろうか。

鎧と盾は互角だが、武器の大きさは騎士に不利を感じさせるものだった。

大きな鎧の魔物が、のっしのっしとその騎士の方へ歩いてくる。

ゆっくりと、確実に。

魔王の城の内部は狭くはないが、それでも移動範囲は限られている。

多少の間合いは測りながらも、

結局はお互いに正面から相対することになった。

ドスン!

大きな鎧の魔物の剣が振り下ろされ、通路の床に突き刺さる。

その剣に、騎士の剣が横薙ぎに振り下ろされた。

ガキン!

あの大きな剣を破壊できればと期待した一撃だったが、

しかし剣は大きなだけではなく頑丈なようで、

破壊するどころかその騎士の手が痺れただけだった。

すると今度は大きな鎧の魔物が剣を引き抜き、瓦礫が散らばる。

振り上げられた大きな剣が、騎士の方に狙いを定める。

それはわかっているのだが、板金鎧の重さが仇となり避けられない。

ブオン!ガツン!

確実に狙いを定めて振り下ろされた大きな剣は、盾で逸らすのが精一杯。

下手にまともに受け止めていれば、

いくら板金鎧と言えど無事では済まなかった。

そんな様子で、大きな鎧の魔物とその騎士との戦いは、

魔物に有利に進んでいった。

まともに打ち合えばその騎士に勝ち目はない。

かといって、動き回るには板金鎧が重すぎる。

攻撃を受け止め続ける盾には傷が溜まっていった。

もう長く打ち合いをすることはできない。

気が付くと、騎士は追い詰められていた。

背中には壁。

周囲には戦いでできた瓦礫が散乱し、足の踏み場もない。

目の前には大きな鎧の魔物が立ちふさがり、大きな剣を振りかぶっていた。

とどめの一撃。

しかしそれは、騎士にとっても言えることだった。

大きな鎧の魔物が、最後の一撃を放つために、一歩踏み出した先。

そこには、激しい打ち合いで出来た瓦礫が転がっていた。

大きな鎧の魔物は、踏み出した一歩で瓦礫を踏んでしまい、態勢を崩した。

ヨロヨロフラフラと揺れ動く様は、まるで子供のおもちゃのよう。

そこでその騎士は動き出した。急いではいるが、ゆっくりと。

行く先には、尖った形の瓦礫が落ちていた。

それを抱えて起こし、更に自分もしがみつく。

「ここだ、ここに来い!」

騎士が叫んで見上げると、丁度そこには、

大きな鎧の魔物が倒れ込もうしていたところだった。

ドシャーーーン!

大きな音が轟いて、土煙が舞った。

大きな鎧の魔物が床に倒れ込んだのだった。

板金鎧を着た騎士が転ぶのは珍しいことではない。

すぐに起き上がって態勢を立て直せばよい。

しかし、大きな鎧の魔物は、起き上がらなかった。

いや、起き上がることが出来なかった。

騎士が抱えていた大きな瓦礫と、着ていた板金鎧に、頭を射抜かれていたから。

それはまさに、その騎士が狙っていた通りのことだった。

板金鎧を着た者同士の戦いとなると、お互いの動きの遅さから、

通常とは異なる戦い方が必要になる。

相手の二手三手先を読むだけでなく、状況を作り出す行動も必須。

大きな鎧の魔物は、攻撃を一方的に連続して有利かと思われていたが、

実際には、騎士が思い描く盤面を用意する手伝いをさせられていたのだった。

大きな鎧の魔物は、最後の一撃で踏み出す先に瓦礫を仕掛けられ、

転んだ頭の先には、尖った瓦礫と固い板金鎧の棘を仕掛けられていた。

もちろん、頭だけとはいえ大きな魔物の下敷きになった騎士も無事ではない。

「くぅ~、今のは中々に効いたぞ。

 頭がクラクラするし、口の中に血の味がする。

 後で手当てをしなければな。

 ともかくも今は、この部屋の中を確認してみよう。」

そうしてその騎士は、大きな鎧の魔物を打ち倒し、

大きくて豪華な扉を押し開けて中に入っていった。


 大きくて豪華な扉の内部は、その騎士の予想とは違った。

魔王の玉座どころか、魔物の姿も見られない。

代わりに、きらびやかな金銀財宝が山のように詰め込まれていた。

どうやらここは、魔王の城の宝物庫のようだった。

「魔王め、こんなにたくさんの財宝を溜め込んでいたとは。

 この財宝を奪われた人々の怨嗟が感じられるようだ。

 いずれ討伐した暁には、皆に返還するとしよう。

 しかし今は魔王の討伐が最優先。

 私は財宝には用はないな。」

その騎士が財宝の間を素通りしようとして、

ふと、何気なく飾り棚を目にして立ち止まった。

「・・・おお!なんとあれは、宙に浮く靴ではないか!」

その騎士が見つめる先、棚には布の小袋のような物が二つ置かれていた。

それは、宙に浮く靴という魔法の靴だった。

宙に浮く靴。

見かけは布の小袋のようだが、れっきとした靴である。

布の袋状になっているのは、靴の上からでも履くことができるようにするため。

この靴を履くと、体が宙に浮くことができるようになる。

空を飛ぶものではないので、地面からあまり離れることはできない。

しかし、宙に浮くことで、床に仕掛けられた罠を回避したり、

重い荷物を軽々と持ち運ぶことができるようになる。

板金鎧や大きな盾といった重い装備品を扱う騎士には、有用な靴と思われた。

もちろん、その騎士にとっても、憧れの逸品だった。

「宙に浮く靴が、魔王の城の宝物庫にあったとは。

 随分前から行方不明だったのだが、魔物に略奪されていたのだろうな。

 それであれば、この靴を私が使っても問題はないだろう。

 この靴があれば、板金鎧や盾の重さを大きく軽減できるはずだ。」

その騎士は早速、宙に浮く靴を履くことにした。

布の靴なので、板金鎧の上から履くことが出来た。

すると、ふわっと体が浮く感覚。

今まで岩のように重かった板金鎧が、盾が、剣が、

まるで重さを失ったかのように軽く感じられた。

足元を見ると、板金鎧の足が床から少しだけ浮き上がっていた。

その騎士の体が、宙に浮いているのだ。

鎧の覗き穴からそれを確認して、その騎士は感嘆の声を上げた。

「おお、本当に体が宙に浮いている!

 板金鎧も盾も、まるで木の板切れのような軽さだ。

 これならば、板金鎧と盾の防御と、足を活かした動きを両立できる。

 なんと頼もしいことだ。」

そうして、その騎士は、軽くなった体で飛ぶように軽々と動き、

頭上にあった宝物庫の飾りに、板金鎧の頭をぶつけたところで、

目の前が真っ暗になった。


 体が重い。それなのに浮くように軽い。

目の前は真っ暗で、でも何かの気配を感じる。

その騎士が目を覚ますと、そこは大きくて豪華な扉の前の通路だった。

辺りには瓦礫が残され、そして倒れている騎士の顔を、

魔物たちが周囲を取り囲み覗き込んでいる。

「まっ、魔物!?しまった、気を失っていたのか!何故だ?」

原因を考えるよりも早く、その騎士は体を起き上がらせた。

気を失ってもなお両手には剣と盾を握り、体は板金鎧の中にある。

足には宙に浮く靴も履いたまま、気を失う前と何も変わらない。

どうやら魔物たちは、気を失っている騎士を見つけたが何もできず、

宝物庫の外に運び出したところだったらしい。

とにかく魔物は討伐しなければ。

その騎士は剣を振りかぶり、目の前の骸骨の魔物に振り下ろした。

ガツン!

固い音がして、悲鳴を上げたのはその騎士の方だった。

「ぐあああああ!手が!何故だ?攻撃が効かない!

 どうしてこの魔物はこんなに固いんだ?」

すると今度は、鎧の魔物が肩口に切り込んできた。

板金鎧であればどうということはないはずの攻撃。

しかしその一撃は、板金鎧の中にいる騎士の体を激しく揺らした。

「ぐわっ!何だこの攻撃は?まるで板金鎧を貫通してくるようだ。」

攻撃も防御も、板金鎧がまるで意味を成さない。

その理由に、騎士もそして魔物たちも気がついてはいない。

全ては、宙に浮く靴の効果によるもの。

宙に浮く靴は、履いたものを宙に浮かべて地面から離す。

するとどうなるか。

板金鎧は、受けた衝撃を消す魔法の鎧ではない。

板金鎧は、受けた衝撃を分散させ、足元から地面に逃がしている。

それが宙に浮く靴で地面に足をつかなくなったのだから、

受けた衝撃を逃がすところがなくなり、鎧の衝撃は着ている者に及ぶ。

それこそ、不意に頭をぶつければ気を失うほどに。

これは武器も同じこと。

魔法の支援効果がない武器は、

地面についた足からの衝撃を相手に伝えて攻撃する。

それが宙に浮く靴で地面に足をつかなくなったのだから、

与える衝撃は小さくなる。

攻撃でも防御でも関係ない。

宙に浮く靴は、ぶつかった物同士で均等に衝撃を分け与えるだけ。

板金鎧や盾は重さを感じなくなった代わりに、その防御力を大きく損なった。

剣は重さを感じなくなった代わりに、その攻撃力を大きく損なった。

しかしそんなことはもちろん、ただの騎士にはわかるものではない。

攻撃して傷つき、攻撃され傷つき、

板金鎧の効果が無くなったことに混乱するばかりだった。

「何だ?これはどうしたことだ?

 板金鎧の効果がない。攻撃の反動が大きすぎる。

 もしや、魔王の呪いか?そうとしか考えられん。

 いずれにせよ、これでは魔王と戦うことはできん。

 出直しするしかあるまい。」

騎士は魔物たちと距離を取り、鞄から魔法の巻物を取り出して広げた。

「帰還魔法!我を安全な場所に運び給え!」

すると風がびゅうびゅうと吹き溜まり集まったかと思うと、

騎士の体を包みこんで魔王の城から運び出したのだった。

そうして、その騎士は、板金鎧や剣の効果が無くなった理由の謎を携えて、

魔王の城から王都へと帰還したのだった。


 王都に帰還してから、その騎士はあらゆる学者や魔法使いのもとを訪れた。

魔王の城で突然、板金鎧や剣や盾の効果が無くなってしまった。

その謎の理由は、しかしどんな学者や魔法使いにもわからなかった。

この世界の人々には、魔法どころか物理現象のことすら、

まだ正確には理解できていない発展途上の学問なのだ。

その影響を調べるだけでなく、原因と対策のこととなると千差万別、

予想をするのも困難なことだった。

やはり魔王の呪いではないか、そう推察するのが精一杯。

ではどうすれば?それはわからない。

求める答えを得ることも出来ず、その騎士は途方に暮れるのだった。



 それからしばらくの後。

魔王の城に再び挑もうとする者がいた。

それは、あの宙に浮く靴を手に入れた騎士だった。

その騎士はあの後、自らに鍛錬を重ねた。

魔王の呪いの正体と解除の方法がわからない以上、

自分にできることは鍛錬しかなかったから。

そうして今では、あの時よりも二回りも大きな板金鎧と剣と盾を、

扱えるようになるにまで至った。

もちろん、そんな重装備で魔王の城にたどり着けたのは、

履くものの重さを感じさせない、あの宙に浮く靴のおかげ。

大きな鎧や剣を見て、魔物たちは恐れおののいたのか手出しもしてこなかった。

ただ歩くだけとはいえ、こんな遠方に再びたどり着けたのは、

宙に浮く靴がなければ成し遂げられなかった。

今やその騎士にとって宙に浮く靴は、ますますなくてはならない存在。

そうして今、その騎士はもっと強くなって、再び魔王の城に挑む。

その結果、這々の体で魔王の城から逃げ帰り、

魔王呪いの恐ろしさを吹聴してまわることになるとは、

今は想像もしていなかった。



終わり。


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