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第四章 四人目 治癒師が神を見失った聖者の魔除け

 血の色の空の、荒れ地にそびえ立つ魔王城。

その魔王城に、一人の治癒師がたどり着いた。


 治癒師とは、人の傷や病を治癒する術を操る者。

魔法使いが操る魔法は、自然界に存在する魔素を操るものだが、

治癒師が操る治癒術は、神の加護の賜物たまものとされている。

だから治癒師は毎日の祈りと修行を欠かさない。

より厳しい修行を自らに課すために、一人っきりで行動してきた。

先に魔王の城へ赴いた勇者たちは、その後は姿を消したと聞く。

きっと自分にとっても厳しい修行になるに違いない。

しかし、その治癒師に恐れるところはない。


 治癒師は戒律により刃物を扱うことを推奨されない。

しかしそれ以外は特に制限はなく、盾や鎧を扱うこともできる。

現にその治癒師は筋骨隆々で、その体格の良さはまるで戦士のよう。

切れ味に劣る棍棒メイスを扱う以外は前衛と変わらない。

それどころか、神の加護による治癒術により、怪我も治癒するのだから、

単独での行動では前衛以上の戦力とも言える。

現に、魔王の城の前に並み居る魔物たちを棍棒で蹴散らして、

魔王の城の門を潜り、中へと入っていった。


 魔王の城の内部も、外と同じく魔物たちで一杯だった。

骸骨スケルトンや生けるゾンビ

死霊などの低級だが群れると厄介な魔物が立ち並ぶ。

しかし骸骨などの不死者アンデッドは、

神の加護によって保護された治癒師の敵ではない。

治癒師は目を瞑り、静かな祈りを捧げる。

すると、目の前の不死者たちは活力を失って倒れていった。

不死者ではない魔物たちは残っているが、

魔王の城の通路という限られた空間での接近戦ならば、

治癒師が引けを取ることもない。

腕力にものを言わせ、棍棒で魔物を叩き潰していった。


 その治癒師が魔王の城の内部を進むことしばらく。

進む先に、三叉に分かれた通路が見えてきた。

分かれ道のどちらに進めばよいものか、治癒師は考え込んだ。

結論を見い出せず、通路の先をそっと覗き込んでみた。

正面と左右に伸びるどの通路の先にも、

魔物たちが複数、集団パーティーを成して待ち構えている。

「ええい、仕方がない。神よ、我を護り給え!」

そう呟くと、治癒師は愚直にも、

端から三つの通路全ての魔物を倒すことを選んだ。

まずは初手に距離を詰める前に、神への祈りを捧げる。

そうして神の加護を得て、不死者の魔物を減らしておく。

その上で、魔物の集団に一気に駆け寄っていった。

「とおおおおお!ふん!」

不死者が倒れて空いた集団の穴を埋められる前に、

乱れた編成の穴を広げるように魔物を打倒していく。

遅れて、後衛の魔物たちから矢や魔法が乱れ飛ぶ。

遠距離攻撃は盾で受け止めつつ、魔法は専門外だが魔法の障壁を使い、

返って動きを封じられた前衛の魔物に打撃を与えていく。

どうやら魔物にも同士討ちの概念はあるらしい。

集団内での遠距離攻撃など、射線が前衛の動きを遮り、

一人っきりのその治癒師には返って動きやすいというもの。

初撃を外した後衛の魔物が次の的になった。

魔法使いの魔物をボロの法衣ごと粉砕し、

弓矢をつがえた魔物に引き絞る間を与えずに棍棒をぶつける。

そうして通路の魔物の集団を空にして、次は隣の通路へ。

祈祷から始まる戦闘の再現だった。

不死者の魔物たちは治癒師の祈祷により抜け殻にされ、

残った魔物たちは屈強な治癒師との接近戦に倒れていった。


 三叉の通路の魔物たちが一掃されるのに、大した時間はかからなかった。

一人生き残った治癒師は肩で息をしていたが、それもやがて整った。

改めて三叉の通路の先を見てみる。

どの通路も捻じくれていて、一見しただけでは先がわかりにくい。

「さて、どちらへ進めば良いものか。神よ、導き給え。」

治癒師は祈りを捧げ、おもむろに真ん中の通路を進んでいった。

確信はない。神に導かれたという気がしただけだった。

捻じくれた骨のような魔王の城の内部を進んでいく。

すると、遠くに大きな扉のようなものが見えてきた。

さらに近付いてみると、それはただ大きなだけではない、

他とは明らかに異質な、大きくて豪華な扉だった。

中に何があるにしても、重要なものに違いない。

扉の前には、多数の不死者を含む魔物の集団が待ち構えている。

まずは祈祷で不死者を倒し、としようとして、治癒師ははたと気がついた。

魔物たちの中に、禍々しい紋様の法衣を身に着けた者がいる。

あれはきっと邪教徒、それも治癒師だろう。

この世界には神に仕える人々がいるように、

魔王を神と崇める者たちもいる。それが邪教徒。

神と邪神では賜る加護の作用が正反対であり、

邪教徒の治癒師は屍を不死者に変える。

であれば、このまま遠距離から祈祷により不死者を無力化しても、

接近するまでに再び不死者とされてしまうだろう。

そうなると、使役する者がいない一人っきりの治癒師は不利になる。

ではどうするか。

治癒師は一考すると、神に静かな祈りを捧げた。

それに従い、遠くの大きな扉の前の不死者が数体、抜け殻になって倒れていく。

邪教徒の治癒師がそれに対応し、祈祷を始めた、その時。

治癒師は、カッと目を見開いて祈るのを途中で止めた。

全力で駆け出し、魔物の集団との距離を一気に詰める。

邪教徒の治癒師は突然のことに祈祷を止めることができない。

さらには他の魔物たちも、祈祷の邪魔になる行動が取れない。

それは例えば詠唱を伴う魔法であったり、飛び道具であったり、

治癒師が近付くのを妨げる行為だった。

邪教徒の治癒師が状況の変化に対応しかねている間に、

治癒師は魔物の集団に近づき初撃を叩き込んだ。

魔物が構える粗末な盾ごと粉砕する。

床にめり込んだ棍棒を持ち上げる勢いで、更に次の魔物を下から叩き上げる。

邪教徒の治癒師が祈祷を終えたところで、新たに動き出した不死者よりも、

治癒師に倒された魔物の数の方が多いくらいだった。

しかし魔物たちも治癒師に先んじられているだけではない。

力自慢の大柄な魔物が治癒師の前に立ちはだかった。

その魔物の膨れ上がった体は、治癒師よりも二回りほど大きい。

正面からのぶつかり合いでは力でも数でも不利になる。

それでも治癒師は慌てない。

棍棒と盾を構えたままの両手で略式の祈りを捧げる。

その祈りがもたらすのは治癒術。

しかしその治癒術の対象ターゲットは治癒師自身ではない。

治癒術が発動した証である光の粒は、大きな魔物の体に集まっていく。

すると、治癒術の対象になった魔物は苦しみ始めた。

偶然や誤射ではない、治癒師の狙い通りのことだった。

治癒術とは、神の加護により治癒の効果を与える。

ということは、神とは真逆の邪神を崇める邪教徒には効果も真逆になる。

魔物にとって治癒師の治癒術は、治癒ではなく害、毒に相当する。

大柄な魔物は体に毒を受け、思うように動きを取れない。

その隙を見逃さず、治癒師は棍棒による打撃を複数叩き込んでいった。

打撃は確実な攻撃ながら、叩き潰せない相手には決定打になりにくい。

すると治癒師は懐からサッと何かを取り出すと、大柄な魔物の胸に突き立てた。

短剣だった。

治癒師が戒律で推奨されない短剣を扱ったことに、

大柄な魔物は驚き目を見開いていた。

治癒師はニヤリと笑って耳元で言う。

「治癒師の私が刃物を扱って驚いたか?

 だがな、戒律で刃物を推奨されないというのは、所詮は推奨。

 絶対ではない。

 実際に、神に仕える高位の者でも、料理や裁縫で刃物を扱うこともある。

 所詮は人間が考え従っている戒律ルールだ。

 人間の都合でどうにでもなるというわけだ。」

治癒師の高説を、相手の魔物は最後まで耳にすることはなかった。

主力の魔物が倒れれば、集団と言えど後は脆いもの。

治癒師は残った小物の魔物を叩き伏せ、

邪教徒の治癒師は腕力としては後衛に相当する程度で、

屈強な治癒師の敵ではなかった。

「ふぅ。これで終わりか。

 さて、この扉の先にあるのは、果たして何なのか。」

そうして、立ちはだかる魔物を一掃した治癒師は、

大きくて豪華な扉を開いていった。


 大きくて豪華な扉の先は、魔王の玉座ではなかった。

部屋の中に仕舞われていたのは、美しい金銀財宝の数々。

どうやらその部屋は、魔王の城の宝物庫のようだった。

普通の人間ならば目も眩むような金銀財宝の数々。

しかし治癒師は神に仕える修行中の身。

財宝の類に惑わされるような弱い心は持ち合わせていない。

部屋の中のものに目をくれることもなく素通りしていく。

が、部屋の中の一角を見て、はたと立ち止まった。

「あれは・・・!」

その一角にあったのは、魔除アミュレットけ。

治癒師には見慣れた魔除けの一種だった。

「これは、聖者の魔除けではないか!」

聖者の魔除け。

それは、中に聖者の血が封印された魔除け。

聖者の血の祝福により、神の加護を大幅に高める効果があるとされる。

聖者の血はおいそれと採取できないため、数少ない貴重なものである。

もちろん、その治癒師も知っているものだった。

「この聖者の魔除けは、魔物に略奪されたと聞いていたが、

 まさか魔王の城の宝物庫にあったとは。

 通りで今まで見つからなかったわけだ。

 ここで私がこの聖者の魔除けを見つけたのも、きっと神の思し召しだろう。

 回収して使わせてもらおう。」

治癒師は祈りを捧げると、聖者の魔除けを手に取った。

すると、その時。

腕から数滴の血が流れ出ていることに気がついたのだった。

どうやら、先程までの魔物たちとの戦いで傷を負っているようだった。

「おっと、流血するほどに傷を負っていたとは。

 治癒師ともあろう者が、自分の傷にも気が付かないとは失策だ。

 ここは先に進むよりも前に、傷の治癒をした方が良さそうだ。」

傷を治癒する治癒師は何者よりも先に倒れてはならない存在。

自らの傷に無配慮だったことをその治癒師は恥じて、

ここで休息を取ることを選んだ。

手近な場所に空間を見つけ、腰を下ろす。

鞄を広げ、包帯や薬草など薬品の類を取り出していく。

神の加護はあれど、傷の手当てにはそれらが欠かせない。

そこで治癒師は、先程手に入れたばかりの魔除けの存在に気がついた。

「そういえば、この魔除けは神の加護を高めてくれるのだったな。

 丁度いい。傷の手当てにお力をお借りしよう。」

治癒師は魔除けを手にすると、目を瞑って祈りを捧げた。

静かに祈りを捧げることしばらく。

治癒師の腕を滴っていた血の流れが薄っすらと収まった。

「・・・うむ、神の加護に感謝致します。」

治癒師は腕に残る傷に薬草を塗り込み包帯を巻いた。

しかしまだ傷は全身に残っている。

次に治癒師は、額から流れる血の傷に祈りを捧げた。

「神よ。我が祈りに応え給え。」

すると、額から流れる血がやはり収まってきたように感じた。

残った傷の手当てをしつつ、治癒師は考えていた。

・・・妙だ。

確かに治癒術の効果は感じる。

しかし、魔除けの効果を感じない。

仮にも聖者の魔除けともなれば、

あるのと無いのとでは歴然とした差があるはず。

それが感じられない。

治癒術で出血を軽減する程度であれば、通常と変わらない。

試すなどと言うのもおこがましい行為だが、

試しに、ほんの試しに、聖者の魔除け無しに祈りを捧げてみる。

すると、体に残る別の傷からの出血が薄っすら弱まった。

・・・変わらない。

聖者の魔除けがあっても無くても、祈りの治癒術の効果が変わらない。

これはどういうことなのか。治癒師の思考は止まらない。

この聖者の魔除けに不備でもあるのか?

専門外なことだが、見たところ魔除けに異常は見られない。

では祈りを妨害する結界の類でもあるのか?

もしそうなら、魔除けのある無しに関わらず妨害を受けるだろう。

どうして魔除けの効果だけが得られないのか?

・・・わからない。

治癒術の効果はあるのに、魔除けの効果が無い理由がわからない。

その治癒師は、どっかと腰を下ろすと、首を左右に振って言った。

「どうして聖者の魔除けの効果が無いのだ?治癒術の効果はあるのに。

 私にはそれがわからない。」

すると、どこからか、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。

「お前には理由がわからんのか?」

「何っ!?誰だ!魔王か?」

「お前たち人間にはそう呼ばれているが、そんなことはどうでもいい。

 お前は、神とやらの加護を高めるはずの魔除けの効果が無い、

 その理由が気になるのだろう?教えてやろう。」

「どういうことだ。」

「元より、神の加護など無いのだよ。無いものは高めようがない。」

「馬鹿な!」

治癒師は頭を振った。

治癒術とは神の加護がもたらす奇跡の術。

これはずっと昔から伝えられること。子供でも知っている。

自然界の魔素を操る魔法とは根本的に違う。

そのはずだ。

しかし一方で、聞こえてくる主張に筋が通っていることも感じていた。

もしも治癒術が魔法と同じく神の加護に依らないものであれば、

聖者の魔除けの効果が無いことも説明ができる。

魔除けは人の心にだけ作用するのだから。

あるいは、聖者の魔除けの効果があったとしても、

それは魔除けにすがる人間の内面の問題かも知れない。

魔除けが集中を高めたとか、その程度の効果。

そもそもが神の加護とはそのようなものなのかもしれない。

そんな不遜な考えが頭をよぎって、その治癒師はぎょっとした。

神の加護が無いわけがない。気のせいなわけがない。

今はたまたま加護が得られなかっただけだ。

では何故、神は加護を与えてくださらなかった?

邪教の神たる魔王と戦おうとする自分に、神は何故加護を与えてくださらない?

自分が崇める神は、本当に存在するのか?

考えてはいけないことが頭の中をぐるぐると廻っていく。

治癒師は猛烈な恐ろしさを感じていた。

神の加護がなければ、自分はこの魔王の城で一人ぼっちになってしまう。

たった一人で立ち向かえるような相手では、魔王はないはずだ。

現にこのように遠く離れたところへ声を届ける術まで使うのだから。

「神は、神はどこに御わす?

 何故、私に加護を与えてくださらない?」

道に迷ったその治癒師は、広げた薬草なども拾わずに、

ふらふらと宝物庫を出た。

神はどこにいるのか。

見つからない答えを探して、その治癒師は魔王の城から姿を消した。

後には、魔王の高笑いがこだましていた。



 そんなことがあった後。

魔王の城から迷い出たその治癒師は、見失った神の加護を求めて、

今も孤独な旅を続けている。

もう魔王を討伐するなどという目的はとうに見失っている。

あるいは、魔王を討伐する方が、旅を続ける理由としては楽だった。

神を信奉する者にとって、神の加護を見失うということは、

あまりにも辛すぎることだったから。

今もその治癒師は町や村などで、人の傷や病を治療し続けている。

治癒術を使うために神に祈りを捧げる度に思う。

こうして治癒術は効果を発揮しているのだから、

神の加護はあるはずなのだ。確実に。きっと。

それを見つけられないのは、聖者の魔除けが機能しなかったのは、

きっと自分自身の修行不足によるもの。

そうしてその治癒師は、今日も旅を続ける。

まだ見ぬ神の加護を求めて。



終わり。


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