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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おじさんのサングラス 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは、ファッション用グラスて持っているかい?

 サングラスとは似ているが、別物扱いみたいなんだよ。どうも日本のサングラスには規格があるらしくてね。詳細は割愛するけれど、こいつを満たさないものはファッション用グラスに分類されてしまうんだとか。

 サンとくっつくくらいだから、想定される相手は日光。特に白人は太陽光によるダメージを受けやすいようで、そのために被害をおさえることのできる道具として、サングラスは発明されたのだと。

 しかも、起源がはっきりしていないらしいから、よっぽど昔から愛用されてきたんだね。


 その黒い見た目からして、ほぼみんながグラサンと判断するファッション。

 これもまた絶好の隠れみのとして、僕たちの社会に溶け込めているのかもしれない。

 僕の昔の話なんだけど、聞いてみないか?



 僕はおじさんの顔を知らない。

 なにかの作品のタイトルっぽいし、もしや僕が生まれる前に亡くなったのか? とも思えなくもない文句だけど、事実だった。

 親戚が一堂に介するとき、おじさんはいつもサングラスをつけていたんだ。

 あいさつをするときからずっと、サングラスを外す様子はない。僕はおじさんの目元を中心とした素顔を、見ないまま付き合い続けていた。

 おじさん本人に理由を尋ねると、「あまりおおっぴらにしたくない、ワケがあってね」とかわされ、おそらく事情を知っている父さんやおばあちゃんに関しても、大差ない答えが返ってくる。


 サングラスをかけ続けるとは、どのような時か。

 ぱっと考えられるのは、その下に隠しておきたいキズなどがある場合だ。そうだとしたら、誰かに見られるのも好まないはずだ。

 とはいえ、興味のある僕は家にある古いアルバムなどを探してみる。

 ここはおじさんにとっての実家。小さいころのお父さんの写真が入ったアルバムもたくさんある。ということは、おじさんが写っているものも残っているはずだ。

 そう踏んで、家の奥にあるものなども引っ張り出し、僕が生まれるより前。お父さんやおじさんが子供だった時の写真を注意深く探している。


 結果、おじさんは子供のころから、サングラスをかけていたんだ。

 いまに通ずる面影を見せる、若いおじいちゃん、おばあちゃんに、小さいお父さん。その横に立つおじさんは、その両目を黒いサングラスの内に隠してしまっている。

 子供のころからこの状態とは、のっぴきならない事情があるのは確かだろう。他の写真たちを見ても、おじさんはどれも目元を見せないままで写っている。

 つぶさに観察し、おそらく遠景に写りこんでしまったものでも、サングラスを外さない徹底ぶりだ。


 探ってみたい気持ち。探ると失礼なんじゃないかという気持ち。

 子供なりに揺れながらも、僕はおじさんの挙動をついつい目で追ってしまう。

 食事、お風呂、トイレ……。

 ややもすれば、自分から取らなかったとて、うっかりずれてしまいそうな局面。そこでもおじさんはサングラスを手で直す仕草さえ見せず、平然と過ごしていく。

 これも長年の暮らしが成せる技術なのか。室内ではおじさんにまったくスキはない。

 考えられるとしたら、屋外での機会だ。


 おじさんは、この実家に来た時でも散歩を好む。

 天気のいいときは、みんなへ声をかけてふらりと一時間前後、外をぶらついては帰ってくるみたいだった。

 調査しようと、それに続いて散歩に出るのはいかにも目立ちすぎ。自重していたのだけれど、そのときはたまたま外へ出かけなくてはいけない用事があった。

 その帰り道で、たまたま車道をはさんで向かい側の歩道をおじさんが歩いていくのを見る。ポケットに手を入れ、大股でずんずんと進む、迷いなき足取り。


 声をかけてみようかとも、最初は思ったけれど、これは調査に絶好の機会とも考える。

 信号が青になると、僕はおじさんのいる側へ渡り、後をこっそりつけていった。

 尾行の心得なぞ皆無だけど、おじさんは構わずに先へ進む。

 僕も知っているお店の並びを抜け、歩道橋も渡り、これまで沿って歩いていた国道も、ついと右折して脇にそれ、おじさんの足は地域最大規模の公園へ向かっているのが分かったよ。

 球場に併設されているその公園は、家族連れにとって格好の遊び場。

 おじさんはその一角の、ひときわ日当たりのいいベンチへ、どかりと腰を下ろす。僕もかろうじておじさんを観察できて、容易には見つからないだろうなと思われる、立ち木の影に隠れる。

 様子をうかがい出してほどなく、おじさんが手を入れっぱなしのポケットから出したのは、たばこの箱とライターだったんだ。


 意外だな、と思う。

 家ではおじさんがたばこを吸う姿はついぞ見たことがなく、吸わない人なのかなと感じていた。

 遠くて銘柄は分からないものの、箱はそうとうクシャクシャになっている。そこから一本取り出してくわえ、ライターの火をつけていくのだけど、すぐ僕は妙だと思ったよ。


 このたばこ、緑すぎる。

 包む紙こそ他のたばこと大差ない白色ベースだけど、その燃える先端が出す煙も、おじさんが口から吐く煙も、僕の知るたばこのものより、ずっと色合いがケミカルすぎる。

 空へ立ち上りつつも、その色はなかなか薄まる様子を見せない。やがて真っ白く輝く太陽の姿を、すっぽり覆ってしまうほどになる。


 じゅうう、と油をひいた鉄板のゆだる音が響く。

 まわりに、その手のものを扱う屋台などはない。音も小さいし、ややくぐもっている。

 おじさんだ。おじさんのいるあたりから、この音は漏れ聞こえてきているんだ。

 そして、僕の聞き間違いでなければ、出どころはおそらくおじさんの顔面のあたり。

 あの、サングラスをかけたあたりからしているように思えるのだけど……。


 鉄板の音に、新しく混ざってくるのは、種々の小鳥たちの鳴き声だった。

 スズメやつばめといったポピュラーな種から、僕が見たことのない小鳥まで。おじさんの足と、それを乗せるベンチまわりへ我先にと集まってくる。

 いったんたどり着いた彼らは、ぴょんぴょんとその場で跳ね回り、いかにも催促するようなさえずりを、おじさんへぶつけ続けていたよ。


 それに対し、煙を吐き終わったおじさんは、ちょんちょんとたばこの灰を小鳥たちの一部へ落としていく。

 ぱっと見、虐待にだって思えるその所作だけど、当の灰を受ける鳥たちは逃げ出すばかりか、次々と口を開け、自ら灰を食べんとする動きを見せてきた。

 僕はあっけにとられるよりない。

 おじさんが口にしているもの。あれはたばこの形をした、たばこではない何かには相違ないだろう。

 色もさることながら、ああして音を立てるのに役立ち、鳥たちを集めさせて、しかも彼らが嫌がらない。


 ――色のついた煙が、鳥たちに伝えるもの……合図とか、のろしなのか? なら、鳥を呼んで何をする?


 その答えは、ほどなくもたらされた。


 おじさんが空いている手で、くいっとサングラスを持ち上げたんだ。

 とたん、ぽろりぽろりとサングラスの裏からこぼれ落ちるものがあった。

 卵だ。

 ちょうどサングラスの裏へこぼれるほどの大きさのものが、転がってはおじさんの足やベンチに落ちていく。

 どどっと、左右合わせて5、6個くらい落ちただろうか。そのいずれもが落下するや、たちまちそばにいた小鳥たちに群がられる。

 彼らのくちばしで幾度かつつかれると、それらはあっけなく割れた。

 中からは半熟状態の黄身と白身が流れ出し、囲んだ彼らはそれをどんどんついばんでいく。割れ落ちた殻さえも、同じようにつついて砕き、食べつくしていくんだ。


 おおよそ10秒ほどだったと思う。

 鳥たちがわらわらと飛び立ち始めた時、割れた卵たちの姿はなかった。

 代わりに先ほどまでの卵とは違う、ヒビひとつ入っていない新しい卵たちが、おじさんのまわりに残される。

 それらを、おじさんは拾い上げてどんどんとサングラスの奥へしまっていくんだ。

 出すときもそうだったけど、どこにこの5、6個の卵をしまえるスペースがあるのだろう。

 おじさんは、いつもサングラスを顔にくっつくくらい、ぴっちりとはめているんだ。

 眼球があることを考えれば、そのような余裕など……。



 そう考える間に、おじさんは卵を余すことなくサングラスの裏へ取り込むや、ぐっと顔へ押し付ける。

 いつも目にしているように、顔とのすき間も残さずにサングラスはそこへおさまってしまったんだよ。

 あたかも、余裕しゃくしゃくといった感じでね。


 それ以来、おじさんの素顔を探ろうという気は、起きずにいる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 目玉焼き……なんて言わないですよね。 おじさんは本当におじさんなのか。もしかしたら、「おじさん」と認識させられているだけかも。 もし、サングラスとった姿ですれ違ったとしても、おじさんとは気づ…
[一言] おじさん...一体何者なんだ!?
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