終末世界で幼児退行した元女兵士さんをペットにしてみた。
警告です。
暴力的及びグロテスクな描写を含みます。
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電灯のない世界の夜は、月明かりの眩さが際立つ分、明るくすら錯覚する。闇を切り開き、たどり着いた戸をゆっくりと開ける。
5年に渡って立て続けに起きた天変地異で、人類の歴史は意外なほど呆気なく終わりを迎えようとしていた。大地震や干ばつ、未知の感染症を発端に、バイオテロによる改造生物の散布によって文明はあっさりと無言のまま終わりを告げた。国家滅亡時に流れるアナウンスなんてどこにも聞こえないまま、身の回りからは一人、また一人と人の影は消え去った。
私の唯一の肉親で嫌いだった姉は解放軍とやらに志願して以降、私からは連絡を取ってない間に音信不通になったし、当の私は傭兵なんて、死にゆく世界を傍目に争う醜い人間の手伝いなんかをしている。世界が終ろうがお構いなしに、その日暮らしを続けていたら誰よりも長く生き残ってしまったという皮肉。今は治安が終わっている部落ではなく、その外れの風力発電施設跡に誰にも気づかれないようにひっそりと住んでいる。
「……はぁ? また金スッたん?」
「…………ごめんなさい。」
風車の根元に立つ小さな小屋。終わりの見えない雨季が続いたことで風車がすっかり錆びついて以降、夜はぐっすり静かに眠れるようになったはずの私の家。去年の末からその代わりに、いやそれ以上に騒がしくなった。
「毎回ごめんなさい言うけどよ、何回目よ?」
「…………覚えていません。」
私が戸を開けたまま家に踏み入れられなかったのは、玄関で女が1人土下座していたからだ。
世界を元あった緑色に染めていく終末に抵抗した解放軍、去年解散した最後の希望、その元構成員を名乗る女。今は居候として私の家に住み着くニート野郎ともいう。
何でも解散間際の解放軍では、彼女を含め多くの構成員が悲惨な羽目に陥ってたと彼女自身の口から語られていた。そして彼女はそのせいでパニック障害やらなんやら拗らせてしまってまともに動ける状態ではないとか何とか。
そもそも彼女自身、既に片腕片足失っているから健康であっても働きようがないのは明らかだが。
「AI賭博って、還元率7割から逆算されて作られているんだってさ。知ってた? 賭ける側の努力に関わらず、賭ける側が損をして運営側が得をするっていうバカみたいなシステムってこと」
「でも、今回は研究しててっ……何も考えなしにやると7割だけど、この理論でやれば上振れが期待できるって、根拠をもって……!!」
何より彼女自身問題なのは、病気云々の前にこの自堕落ぶりにある。
もともと成績優秀容姿端麗の完璧人間だった彼女は危機に直面した世界を救うべく解放軍に志願して人類の英知と自然の脅威との最前線で戦っていたらしい。解放軍の錚々たる戦果や構成員の来歴を見れば、確かに彼女がもともと姉のようなエリート側の人間であったのは間違いないだろう。つまり、完璧で繊細なハイスペックロボのようだった彼女は戦いの中で物理的、精神的に疲弊し、そして解放軍解散の直接的な原因となった暴行事件で完全に壊れてしまったのだろう……なんて、勝手に人の不幸大好き人間な庶民側の私は邪推しては楽しんでいたりする。
私は土下座する彼女を無視して部屋に入ると、彼女が今日一日嚙り付いていたであろう備え付けの分厚いパソコンをたたき、彼女の本日の悲惨な戦果を確認し、そのAI賭博ゲームとやらの分析を始める。
「へー、理論だなんて眉唾な……あー、このアルゴリズムじゃ、駄目だこりゃ、完全に運ゲーだってさ。」
「え?」
「だ、か、ら、理論とか何とかの要素もそもそもこの賭博の結果を演算する関数に含まれてないから、完全に的外れだったってさ。無駄ってことよ、無駄」
「そ、そんなはず……」
彼女が砂となって崩れ、風に飛ばされていくような錯覚を覚える。擬音語にするとぽへー、って感じ。
彼女や私のような愚かな人間は嘘をつけど、機械や自然のような純粋な現象は嘘をつくまい。これで正真正銘私の必至で稼いできたお金はどぶに捨てられたわけだ。今頃は管理者がいなくなった電子口座に、この転がり去ったお金は振り込まれていることだろう。電子の海にサヨウナラってわけだ。
「あーあ、勿体ないね。私が稼いだ金なんだけど。まあ、別にもうお前にあげたものだし、良いよ。」
「ほ、ほんとっ!?」
彼女は幼児のように目を輝かせて、私に向けて犬のように前のめりに屈みこんで尋ねてくる。ゆるゆるのシャツ一枚で書かみこんでくる彼女の服はすっかりはだけて色々と危ない事態に陥ており、私は直情的で場違いな感情を彼女に対して抱いてしまう。
そんな様子を彼女に悟られないように彼女を押し返しているうちに、一つ、彼女の様子のおかしな点に気が付いた。
「で?」
「ぇ、へ!?」
彼女はぎくりと肩を震わす。この類の予感は昔から鋭いのだ。
しょうもない小悪党の悪だくみとかそんな類の。
「んで、本題は何?」
「ぇ、ぇえ、ぇえっとぉ、……ご、ごめん、おこらないで聞いてね?」
「約束はしない」
彼女はひぃんと涙目を浮かべ私を見上げる。
すっかりカスニートに落ちぶれた彼女のことだ、きっとこれも私を誘惑して話を通しやすくしようだなんて、わざとを狙っているわけではないのだろう。彼女はそこまで計算高くない。
私のような狡いクズではなく、純粋な後先に頭が回らないカスなのだ。
「お前みたいなカスの願い事なんて見え透いているけどな。今すぐ全部正直に話すってんなら怒らないかもな?」
「わ、わかった、話すから!!」
彼女はオーバーなほどブンブン右腕を振り回すが、左手と片足がないからすぐにバランスを崩して転倒する。そして仰向けに転がったままの彼女と目が合うと、彼女は困ったように笑った。
「……あ、ぁの、もう十万、貸してほしぃ……」
「へー、十万だけでいいんだ。」
「ぃ……いやッ、や、やっぱり二十万!! おねがい、します」
「二十万ねぇ。去年の『お姉ちゃん』だったら余裕で稼いでいた額だけどねぇ。」
あんまり考えずに、そう、言った。
彼女がヘラヘラしてて、なんだかムカついたので言ってやった。
そして、その効果はテキメンだった。
部屋の空気が一変する。
「ウゥッ、あ、ぇ……コハッァ、ゔ、ヴぉ、……うえぇぇえええぇええええぇぇぇ」
一瞬鋭い沈黙が場を突き抜けたような痛みを感じた刹那。
彼女はその場で、思い切り吐瀉した。
私はそんな彼女を傍目に、起動したパソコンを閉じ、ため息を一つ分零す。
「……生憎私は腕が立たない一匹狼だから。二十万ってお前や『お姉ちゃん』以外にとっては大金なんだけど。知ってた?」
「…………ごめんなさいごめんなさい」
彼女は呪詛のように謝罪を繰り返し、再度の吐瀉を繰り返す。
よくもまあ、吐いたり喋ったり忙しい奴だ。私はそう思いながら席を立ち、部屋の端に干してあった布切れを手に取る。
「いぃや、お前はまだ理解ってない。解ってないからカスなんだよ。ホント救いようがねえな?」
「……ぅう、ごめんぁ、ぅ、ぅうぅううう」
「私から『お姉ちゃん』に電話してみようか? まあ繋がんねえんだけどなw」
「……ぇ」
呆然とする彼女に向けて布切れを放る。ひらひらと宙を舞った布切れは彼女の吐瀉物を覆い隠すように力なく落下して。
「だってさァ」
「やめて!!」
「いいや、止めない。」
私は目をキチガイみたいに開いて声を枯らして叫ぶ彼女の静止に踏みとどまることなく、流暢に思いのままを説く。
「だって、お前が『お姉ちゃん』を殺したんだからなァ」
「あああぁあぁぁぁぁぁぁぁああぁあああああ!! いやだいやだいやだいやっだいやだいやだ聞きたくないききたくないぎきたくないききたくない」
耳を覆ってもなお片耳しか音を遮れない彼女に逃げ場を与えない。彼女は苦しむべき星の下に生まれている。私は一種の諧謔心すら伴ってそう思った。
気が付くと私の両手は彼女の首を、気道を潰さんと目一杯の力を込めていた。
「自分は散々迷惑かけるのを何とも思っていない癖に、自分が痛い目に遭うときは弱者被害者面しやがってよ。ホント救いようのないカスだよな、お前。さっさと死んじまえよ。お前が死んでも悲しむような奴はもうこの世にいないからさ」
「ぅゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔゔぅぅぅうぅう……」
「……ダメダメだもんな。もう取り返しつかないもんな。一生酒と薬と性欲に溺れて、緩慢に無様に死んでいくんだね。誰にも愛されないし、人様に迷惑かけていくしかないもんね。私みたいなクズ女に生殺与奪を握られて、気まぐれな私の言いなりで殺されるんだね。ほら、言え。死にたくないって言え。じゃないと本当にしんじゃうよ? 今すぐ、早く、死にたくないって、そう言いなよ? 私ほんとうにお前のこと、殺してやるよ」
「や、っや、いやだ、し、しにたくない、死にたくない、コヒュっ、ヴォエ、ぉ、こさないで、なんでもするから、ゔ、ォカ、ッカ、じ、しにたくないですっ……ヴォァ、しにたくない、」
彼女は行き途切れ途切れに藻掻き、辛うじてあおむけの状態で私と対面する姿勢を確保する。そして暴れる彼女は地面に転がりながら私を恨めしそうに睨みつける。戦場で憎たらしい敵を殺しにかかるときの彼女の目もきっとこうであったのだろう。
しかし今の彼女の手元には、もう銃などはない。
「へぇ、こんな無様でも、尊厳なくなっちゃっててもそう言うんだ。ホント、お前は何のために生きているんだろうねぇ。生きてて楽しいの? 死んじゃったほうが楽じゃない? 私なら、今すぐ、苦しまずに楽にしてあげるのに、ほら」
「ヴオォォエ、ぁ、やだっ、ゔ、いたい、こわいっ、ぉ、カハッ!!」
そして抵抗は徐々に薄れ、彼女の身体から緩慢に力が抜けはじめる。
彼女の片方しかない腕と足が次第に痙攣し、瞼は酩酊したように垂れ、その様子は明瞭に死を暗示していた。
私はそこで、はっと気が付く。
「ははっ」
衝動的な恐怖から、思わず脱力した彼女の身体を空中で話してしまう。
ゴンッ、と痛々しい音を立て彼女の身体は後頭部から地面に激突する。
彼女は顔を紅潮させ完全に気を失っており、今は荒い呼吸を繰り返している。
私も荒いだ息のまま無言で彼女を見下す。
危ないところだった。気が付く。
私はやはり、このままではいつか彼女を殺してしまうだろう。
完全に気を失い唾液やら涙やらに穢れた彼女の頬は真っ赤に紅潮しており、私はその瞬間に私自身の奥に潜む卑大で不可解な感情と目を合わせてしまい、ぞくりとした。
◇
私のベッドに寝かせた彼女はしばらく動き出す様子を見せなかったが、三十分もすると彼女はゆったりと目を覚まし、何事のなかったかのように欠伸をしていた。
「もう飽きたから、勝手に寝てていいよ。」
「……ぅん、……ぁりがとう。」
私はなるべく無感情で、原稿を読み上げるように彼女に声をかける。
しばらく寝起きでぼおっと天井を眺めていた彼女は数秒挟んで私の声に気が付き、なんとも読み取れない微妙な表情で私を見つめている。私は作業を片手間にしているように装って、ドキリとしながら彼女を横目に観察しつつ、尋ねる。
「……何さ?」
「……あのね、ん-。……おやすみ。……今日も楽しかったよ。」
「……あのさ」
「何ー?」
この時ばかり、私の口は私の意思と乖離して、流暢に疑問をありのまま紡いでいた。
「楽しいって、……去年とか、一昨年とかより?」
「うん、人生で一番!!」
「あー、……そっか、そんじゃあ、お休み。」
「うん、おやすみー。」
彼女はそのまま私のベッドで眠りに落ちる。
布団もかぶらず、はだけたシャツ一枚で。
もっと言えばそのシャツは私の姉からのおさがりで。
「暖かくして寝ろっつったのによ。」
登場人物
『私』
落ちこぼれ傭兵で真っ当な稼業がないため後ろ暗い仕事をしている。発電施設跡に住んで自由気ままになかなか快適に暮らしている。
なんでも完璧にこなす姉に劣等感を持っている。捻くれており、人間嫌い、冷めた見方をするダウナー系。黒髪ロング(ストレート)。
『彼女』
解放軍に所属する歴戦のエリートだったが戦いの中で腕一本と足片方を失っている。その後守るべき一般市民から不意打ちの形で暴行を受け、その際に尊敬する師匠である、『私』の姉を失う。
元々は人懐こく快活で手際がいい陽キャだったが、暴行の以後は記憶を封じるため思考を意図的に鈍らせているので幼児退行やカスな言動が多い。白髪ショート(ウルフカットっぽい)。