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三度目の夜会

一話まるっと追加しました。

後日談にとも考えたのですが、ここの方が収まりがよくて。



 三度目の夜会にして、アリソルはようやく俺が贈ったドレスを身に着けている。

 まあそもそも俺が何にも贈っていなかったのが原因なんだが。


 冬仕様の露出の少ないドレスは、実のところデザインはほとんどレンジャー夫人とアリソルが決めている。ベルベットの生地を大胆に二色で切り替えた、バイカラーとか言うデザインは否応なく人目を引く。きっと今夜もたくさんの令嬢達の心を鷲掴みにするだろう。

 彼女の魅力でもある肩のラインや鎖骨が隠れてしまっているのはちょっと残念だけれど、彼女を暖かく覆うドレスは見ているこちらも安心する。


「‥‥やっぱり変ですか?」

 俺があまりにもまじまじと凝視したものだから、彼女は居心地悪そうに小さく尋ねた。

「いや、似合ってるなと思って。きれいだよ」

 素直に口にすると、不安そうな表情がふっとやわらぎ、安堵したような吐息が聞こえた。

「ん?いつもの自信はどこにいったの?」

 軽い口調でからかうと、

「既婚者となって初めて一から仕立てたドレスですもの。不安にもなります」

 その台詞に俺の笑顔がピキリと固まる。本当に俺は今まで何をやってたんだか‥‥。


 ドレスのリメイク事業を中心に彼女もそれなりに人脈を築いており、今日の夜会では挨拶が必要な相手が結構いる。それでも今日はずっと二人離れないでいようと決めていた。


 お互いまだまだ悪い噂(まあ俺の場合は真実だが)もある中、一人になるのは得策じゃない。不安要素は出来るだけ排除しておきたかった。


 もちろんそれだけじゃない。

 すっかり以前の輝きを取り戻したアリソルは、控えめに言って女神だった。美しすぎる。軽く笑みを浮かべただけで男どもは絶対堕ちる。堕ちるに決まっている。どんな輩に目を付けられるかわかったもんじゃない。一瞬だって傍から離せない。


「ハーディン伯爵夫人」

 ほらきた。

 夫である俺が彼女の腰に手を回しているにも関わらず、不躾に彼女に声をかけてくる男がいた。

 誰だこいつ。

 ‥‥確かどこかの伯爵の弟だったか。

 俺を無視して妻に声をかけられるほどの立場じゃないだろう。


 むっとして見返すと、そいつは下心を隠そうともしないにやけた顔つきでこちらに近寄ってきた。


「お久しぶりですご夫人。相変わらずお美しいですな」


 その気安い口ぶりに思わずアリソルを窺い見たが、彼女は怪訝な顔で彼を見返していた。全く心当たりがないという表情に思わずほくそ笑む。


「申し訳ありませんが、以前どこかでお会いしましたでしょうか‥‥?」

 アリソルは小さく首を傾げた。

 言外にお前なんか知らんから近寄るなと言われているのがわからないのだろうか。


「以前、夜会でお声かけさせていただきました。確かすでにご婚約されていたのに一度もエスコートしてもらえず、お一人で立っていらっしゃって」


 ‥‥むかつく。

 むかつくが、当時のことを持ち出されるとこちらも弱い。

 アリソルをちらりと見下ろすと、彼女も明らかに困惑していた。


「それは‥‥。覚えておらず失礼しました。ですがおかげさまで今はこうして夫にもよくしていただいていますので」

 社交辞令の笑みを浮かべたアリソルだが、その笑みはメガトン破壊級で完全に逆効果だからやめて欲しい。


 案の定、彼はぐいっと距離を縮めてきた。

「あの時もそうやってご主人‥‥当時の婚約者殿を庇っておられましたな。なのに結局夫となったその相手には虐げられ、ひどい噂までまき散らされるとは‥‥」


 突然詰められた距離に、アリソルの肩がビクンと竦む。

「そう怖がらずとも。私はただ当時を懐かしんで話ができればと思っただけですよ」

 さらにぐいぐい近寄る男に、腕の中のアリソルが怯えるように俺に縋りついてきた。


 肩をきゅっと縮こまらせ、薄い身体を震わせる姿はあまりにも可憐で、返って庇護欲をかき立ててしまう。

 俺は男から彼女を守るように腕の中に抱え、男を睨んだ。


 ここで彼女の盾となれなければ男が廃る。

 しかし言葉を間違えれば俺だけじゃなく彼女にも傷がつく。


 ‥‥と、抱きかかえた胸から小さな囁き声が聞こえてきた。


『懐かしいも何も、妻は其方を覚えていないようですが?』


 ん?

 んんんん!!??


 これは。俺にその通りにしゃべれってことか!?

 怯えて震えてたんじゃなかったんかい!?

 ‥‥まあ確かに、俺が考えてしゃべるより、弁の立つ彼女の言う通り伝えた方が効果的だが。


 んんっ!と咳払いして、俺はいかめしい表情を作り彼女のセリフを繰り返した。


「懐かしいも何も、妻は其方を覚えていないようですが?」

 眉を顰めて男が一瞬たじろぐが、すぐににやけ顔に戻った。


「そんな風に言える資格が果たしてあなたにあるのですかな?」


 そんなこと、顔も覚えてもらっていないお前に言われる筋合いはない。


『‥‥過去はともかく、今は真摯に妻と向き合っている。少なくとも、公衆の面前で人妻に手を出そうとする其方よりはよっぽど誠実だと考えるけどね‥‥』


 また胸の中から囁きが聞こえてきた。

 はいはい。その通りにしゃべらせてもらいますよ。

 

 どすの効いた低い声で台詞を繰り返すと、周囲の視線が集まってくるのを感じ、男がバツが悪そうに一歩下がった。案外チョロいな。


「いや、なに、ちょっと交流を楽しんでいるだけじゃないですか」

 しどろもどりになりながら言い訳を繰り返す。


『見てわかりませんか?妻は貴方に怯えているのですよ』


 怯えてるって‥‥自作自演にもほどがある。

 俺はもはや笑いをかみ殺す方に必死だった。


 彼女のセリフを繰り返す。笑いで震える声がいい感じに凄みを醸し出してくれた。


 彼女は俺の胸を掴んだまま、縋るように俺を見上げた。

「エドモンド様。私、なんだか恐いです‥‥」


 消え入るような声で呟くその様子は、誰が見ても守ってあげたくなるほど華奢で可憐で。ただ立っているだけのこの男がとてつもなく悪者に見えてしまう。もう笑いを堪えるのも限界になってきた。


 周囲からの鋭い視線に、その男は「ああそう言えば挨拶をしなくては‥‥」とかなんとか呟きながらそそくさと消えていった。

 ほっと安心して見下ろすと、震える振りをしていたアリソルが俺の胸の中で小さく親指をあげた。

 いや、グッジョブ、じゃないから!


 可笑しくて愛しくて、ぎゅうううっと抱きしめると、くすっと声が漏れた。

「‥‥ありがとうございました。助かりました」


 いやいや。アリソルなら一人で十分対峙できると思うけど!?


「こちらこそ」

 一応礼儀を返すと、彼女は俯いて少し躊躇した後、ぽつりと漏らした。

「‥‥これまでずっと一人で参加するのが当たり前でしたけど」

「‥‥‥‥」

 自分のしてきた行いに何も言い返すことが出来ない。


「エドモンド様が隣にいてくれると、安心します」

 そして小さく頭を下げた。

「これまで何度もひどいことを言って、ごめんなさい」

 俺は驚いて見返す。彼女に罪など何もないのに。

「ちっとも。俺がしてきた仕打ちを考えたら、比べるまでもないよ」

 目を瞠って見上げる彼女がかわいくて、更に抱え込むように抱きしめた。

 彼女が俺を頼ってくれる。それだけで心が満たされるのがわかった。


「もう、帰ろうか。主な客人へのあいさつは終わっただろう」

「そうですね」


 二人で同じ場所に帰ることが出来る幸せをかみしめながら、俺達は早々に会場を抜け出した。




二人の歩み寄り(というよりギャグ?)を加えてみました。

もう少しお付き合いください。

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