あぁ、あれ、弟です
「アルレット・トレムレ、非道なる貴様との婚約は破棄だ!! そして、新たな婚約者をクレール・ティエールとする!!」
ん? 待って、私の名前が聞こえた気がする。普段食べられないデザートの数々。それを厳選し、味わっていた私は聞こえてきた名前に顔を上げる。そして、声の聞こえた方を向けば、人だかり。背の低い私では出所まで見ることはできなかった。多分、出所はちょっと頭が見えてる人たちのところなのだろうけど。
うーん、どうしようかな。私の名前が聞こえたってことは御指名だということだろうし、行った方がいいのだろう。嫌だな。行きたくないな。
だって、これはかの有名な断罪イベントというやつでしょう? えぇ、前世の記憶はバッチリあります。バッチリあるからこそ、嫌なんです。しかも、舞台が整えられたように卒業式後のパーティなのですよ。
一応、攻略対象者という人たちには近づかなかったはずなのになぜなんだろうね。これがゲームの強制力というものなんだろうか。嫌だなー。
そんな風に考えている間にも高らかに罪状が述べられている。うん、私そこにいないのだけれど、もしかして、誰か間違われているのかもしれない。そうとわかると無視はできない。仕方ないと溜息を吐き、私はまだ食べきれてないデザートに別れを告げて人だかりの中に飛び込んだ。
なんとか通してもらいながら進み、中心に来た時、全貌がはっきりして私は思いっきり頭を抱えたくなった。背筋を伸ばし、前を見つめる茜色の髪の淑女。それに対峙するように金髪碧眼の王子とその側近。王子の傍には顔を俯かせて震えている茶髪に小麦色の瞳の女性。そして、どういうことか納得した。今まであった様々なことが腑に落ちる。
さて、私がすることといえば、名乗り出ることからだろうか。
「御前、失礼致します!」
片手を上げて、そう言えば皆の目がこちらを向く。そして、その顔は驚きに変わる。
「お呼びと聞き、ティエール家のクレールが参りました。ご用件はなんでしょうか」
習った淑女らしいカーテシーをすれば、どういうことだと困惑する声。王子に腰を抱かれた女性と私を交互に皆が見る。えぇ、良く似ているでしょう。そちらの方は私には出せないか弱さを漂わせてますけど。
「貴女がクレール嬢?」
「はい、そうです。お初にお目にかかります」
「え、えぇ」
数々の罪を言い渡されていたアルレット・トレムレ公爵令嬢は恐る恐る私に話しかける。そんなに驚かれなくても別に取って食いませんよ?
「では、あちらの方はどなたなのでしょう」
「あぁ、あれ、弟です」
けろりと言えば、騒めきが大きくなる。まぁ、私にそっくりなので男に思えないでしょう。喉仏も見えないし、ほっそりとしてるしで。手なんかを見ればと思ったけど、手袋をしてるんだった。見えないわね。
「あ、もう、バラしちゃうんだ。面白くねぇーの」
「いいから、クロード、帰ってらっしゃい」
「へいへい」
女性だと思った人から漏れたのは低い男の声。王子がバッと離れた。何その動き、面白い。そんな風に思っていると私の帰ってこいという言葉にクロードは適当に返事をしながら、私の隣に立つ。
「なんでそんな格好してるのよ」
「んー、義兄さんと国王陛下の依頼」
ニィッと意地悪そうな私の顔で笑う。なぜ、国王陛下!? どこで、陛下が出てくる要素があったのさ。ないでしょうよ。いや、それよりも、私の顔でそんな顔されるは嫌だわ。
「着替えてらっしゃい」
「えー、面白いからいいじゃん」
「なんか、嫌。それにどうせ、用意してるんでしょ」
「まぁ、ね」
パチンとクロードが指を鳴らせば、女は青年に変わる。ただ、化粧が落ちて、髪が短くなって衣装が変わっただけなのだけど印象はガラリと変わる。
「お初にお目にかかります。クレールが弟、クロードと申します」
そう名乗り、お辞儀をするクロード。そのクロードの喉元には喉仏もある。どうやって、隠してたのよ、それ。私の興味は目の前の王子や公爵令嬢よりもそっちにむかってしまった。ツンツンと喉仏をついてしまう。
「ちょ、クレール、くすぐってぇ」
「どうやって、隠してたのかなって気になって」
「ほんと、クレールって変」
「変で結構よ。それにケロッと女装してしまうクロードだって変よ」
ケラケラと笑うクロードはこうやってと言って目の前で喉仏を隠してくれたけど、原理が分からなかった。普通、チョーカーとか襟とかで隠すもんじゃないの。なんで、すぐにできるの。
「観察したい気持ちはわかるけど、今いる場を思い出せって」
「はっ、そうだった。つい、人体の神秘に夢中になってたわ」
そうして、向き直れば憮然とした人々。すぐに持ち直したのは王子とトレムレ様だった。
「貴様、俺を騙したのか!? 不敬だぞ!!」
「それは騙された殿下が悪いでしょう。そもそも、彼女いえ、彼は仰ったではありませんか“陛下の依頼”と」
騒ぎ立てる王子にトレムレ様は呆れたとばかりに溜息。それから、わかりやすく陛下の依頼を強調してくれる。
「なんで、陛下?」
「なんでも、義兄さんと陛下、親戚らしくてさ。クレールの悩みを相談したらしいよ」
「え、私の悩み相談しちゃったの!?」
「そうそう、それで息子らの適性を測るのに丁度いいって」
確かにあの人は私の前世の話を信じてくれたし、もしかしたらの先のことも真剣に考えてくれてたけど。まさか、国王陛下と親戚だとは知らなかったよ。いや、可能性としてはないということはなかったけど。にしても陛下がそれを利用するとは思わなかったよ。
「流石にクレールを使うのは嫌だ許さんと義兄さんがいうものだからさ、双子の俺に白羽の矢が立っちまったんだよな」
売りたくない媚を売らなきゃいけないからしんどかったというクロード。うん、お疲れ様。そんな意味も込めて頭を撫でておいた。
「父上からの依頼な訳がない!! だって、それならば――」
「それならば、俺が抱いたのは誰だってか??」
「貴様!!」
「あぁ、俺じゃないのは間違い無いですよ。俺、そういう趣味ないんで」
顔を真っ赤にして怒鳴る王子。いや、婚約者がいるのに堂々と肌を重ね合わせたのか。どっちが誘惑……あー、向こうからか。こっちじゃねぇよって睨まなくてもいいじゃない。
「でも、その点は確かに気になりますわ。私が調べたところ何度も殿下方が睦まれていたとあるわけですし」
「あー、それは義兄さんが用意した娼館の女性ですよ。背格好と瞳さえ合ってれば、あとは髪を染めるなり、部屋を薄暗くするなりで誤魔化せるそうなので」
協力してくれた方は臨時収入が入って喜んでたらしいですよと要らぬ情報まで与えるクロード。愕然とする王子達に追い打ちをかけるように唇を吊り上げたクロードは言葉を口にする。
「あ、ちなみにこの光景とか別室で陛下方が確認してるから」
ないものにできねぇですからとクロード。その言葉に青くなっていく王子方。
「それから、トレムレ嬢は冤罪な。嫌がらせした奴らも向こうで確認されてるから」
嫌がらせをしてたらしい令嬢達が悲鳴をあげる。嫌がらせ、あったんだ。私は何も知らないな。
「クレールが知らないのは当然だろ。だって、偽りのクレールがいたのは一学年だ。実際のクレールは飛び級して今日の卒業式のためだけに来たわけだし」
なるほど、だから飛び級飛び級と急かされたわけだ。深く考えずに学校に通う時間を研究に費やせると喜んだり、あの人につきっきりで勉強見てもらえたのは嬉しかったけど。いや、待って、そうなるとだいぶ前から計画されてたってことよね??
「あぁ、そうだ、トレムレ嬢」
「何かしら」
「貴女の心を傷つけてしまったこと要らぬ心労を与えてしまったことを謝罪させてほしい。依頼だったとはいえ、大変申し訳ありませんでした」
クロードは私のそばから、トレムレ様の所に移動し、頭を下げる。私もクロードの隣に立ち、我が家の問題にと頭を下げた。
「ティエール家は辺境伯所属の男爵でしたわね」
「「はい」」
トレムレ様の言葉に私たちは頭を上げずに返事をする。陛下の依頼とはいえ、慰謝料の請求とかあるだろう。それは謹んで受けなければならない。
「慰謝料を、と言いたいのだけど、それよりも有用なものを持ってるわよね」
そんなトレムレ様の言葉に私たちは顔を見合わせて首を傾げる。そんなものあったっけ?
「品種改良をしたという作物の数々があるでしょ!!」
「あぁ、それは確かにありますが」
「それを我が領地に提供しなさい。それでいいわ」
「そうだな。それはいい」
聞こえた声に私は思わず顔を上げて、振り返ればあの人の姿。
「テランス様」
「遅くなったね、クレール。卒業おめでとう。本当なら、もう少し早く会場に入れたんだけど、国王陛下が離してくれなくてね」
王子と同じように金髪碧眼だけどイケメン度が違う。普段はもっさり髪に分厚いメガネをかけてるというのに今日はメガネもなければ、髪は綺麗に整えられている。服装だってピシリとしたもので見慣れない姿に私の目がやられてしまう。そんな私の傍に来てくれたテランス様は私の腰を抱き、顔にキスを降らせる。その間に変な単語が聞こえた気がするけど、私は聞こえなかったことにした。親戚って言ったのに、言ったのに、だいぶ近い親戚じゃないか。
「トレムレ嬢、詳しい話は別室で構わないね」
「えぇ、かまいませんわ。それにしても、貴方様と彼女達はどういう関係なのです?」
「あぁ、そうか、忘れてたよ。今の私は君よりも下だったね。申し訳ない、ありません、か」
「はい?」
「僭越ながら、私から。テランス様は私の、その、夫なのです」
自分で、夫だというのは照れる。照れてしまう。それすらもテランス様には嬉しいのだろう頭の上にキスが降らされる。
「つまり、次期男爵ということだよ」
テランス様は本来辺境伯を継がれる方。でも、本人としては研究をしていたいらしいし、弟の方が優秀だということもあってさっさとこの座を降りてしまった。そして、なぜか、地質調査という名の雑用ばかりしていた私たちの父に目をつけ、美味しくない作物を美味しくしようと品種改良を始めた私と出会った。辺境伯領は正直に言って寂れた土地だった。テランス様はそれをなんとか豊かにしようと研究していたのだ。
「……夫、貴女、結婚してたの」
「はい、籍だけでも入れておきたいとテランス様に言われて。結婚式は十六の時にと」
照れ照れという私にトレムレ様は驚いた様子だった。そりゃそうだろう。辺境伯令息たるテランス様が一雑用の男爵家に婿入りしてるなんて思わないだろう。
「そう、確かに籍だけでも入れおけば、安心ね」
「えっと」
「貴女にはそれだけの価値があるということよ。貴女に婚約者がいないのであれば、私の弟でも兄でも薦めようと思ってたもの」
「いやいやいや」
まさか、公爵令息とかを薦められるとかない。いや、夫がそれに並ぶ地位にいたにはいましたけども。ぶんぶんと首を振る私にトレムレ様は自己評価が低いのをどうにかなさいと言う。低くないよ。それに私は自分の好きなことをやって楽しんでるだけだから。
「奥方にしっかり、彼女の重要性を教えておく方がいいですわ」
「あぁ、それはこれからしっかりするつもりだとも」
ふっと笑うテランス様。え、どういうこと!?
「クレール様、また後日ね」
そういうトレムレ様は会場から出て行かれた。いや、別室に向かったのだろうけど。それに続くように王子様方も誘導されていた。多分、彼らが向かうのはまた別の部屋だろうけど。
「彼女との交渉は私が行っておこう。まだ、食べてないデザートがあるのだろう?」
「……そんな食い意地張ってないわ」
「向こうに戻ったら、食べられないかもしれないよ?」
「……ちょっとだけ、食べてきてもいいかしら」
「あぁ、行っておいで。クロード、クレールのこと頼んだよ」
「へいへい」
「見て、クレール、花が咲いたわ」
「えぇ、見事に咲きましたね」
「長かったわ。本当に長かったわ」
私の目の前で小さな花を見て少女のように喜んでいるのはアルレット様。その花が咲いたことが嬉しかったのか目尻には涙が溜まっている。一生懸命育てましたもんね、わかります。
あれから、驚くことに私はアルレット様と交流することが増え、こうして名前で呼ぶことも許可された。交流が多くなった理由はトレムレ領の一部枯れた土地に作物を植えられるようにするという契約から。ただ、どうにも私の品種改良した子達ではダメだったようで、その土地に合うように地質調査から始め、土地に合うように品種改良を行った。そして、その実がようやく結ばれた。
そして、私とアルレット様が友人のように親しくなれたことにも驚きだが、もっと驚いたのは――。
「アル、領民のことばかり考えるのもいいが、自分の体も考えろよ」
「クロードは心配性だわ。少しくらい運動しなきゃダメなのよ?」
クロードがアルレット様の猛アタックの末に婿入りしたことだろうか。うち、男爵なんだけど。
まぁ、王家も所属する辺境伯も全押ししてくれたので、大きな反対もなくクロードが結婚できたのは嬉しいかもしれない。ヒロインに転生したと知った時はどうしようかと思ったけど、丸く収まってよかったわ。あぁ、王子様方は丸くは収まらなかったらしいけど、彼らとは今後関わることはないと思う。
「クレール、帰ろうか」
「はい」
多分、迎えにきてくれた彼が色々と裏で工作をするだろうと思うし。私はこれからもそんな夫の隣で品種改良をするのだろうと思うから。
「あの子達が首を長くして君の帰りを待ってるよ」
「あら、お父様達はどうしたの?」
「あの子達に敗北してたよ」
うちの子達は誰に似たのか大変元気で遊び相手になってくれたはずの父や義父は途中でリタイアしたらしい。多分、帰ればじいじ寝ちゃったとか言って、私たちに抱きついてくるのだろう。トレムレ領にある屋敷に向かってそんなことを語り合いながら二人歩く。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!!
フッと思いついてババッと楽しく書き上げてしまいました。こういう短編を今年はもっと増やせたらいいなと思います。
軽い設定。
クレール:転生者。男爵令嬢で乙女ゲームのヒロイン。王子様とかに夢は見なかった。ただ、美味しい作物が食べたくて品種改良に夢中に。後にテランスに見初められ、ゲーム開始の入学前に婚姻を結ぶ。結婚式や初夜などは十六歳になってからと約束を交わしていた。国として手放すわけにはいかないほど重要人物に本人の知らぬところでなっていた。
クロード:クレールの双子の弟。容姿はそっくりなため、少し化粧をするだけで見分けがつかないほどに。テランスにはどうしても見分けられてしまう。なお演技派。卒業後には身長が伸び、クレールよりも頭一つ分くらい背が高くなった。後にアルレットと結婚。公爵補佐になる。
アルレット:元王子の婚約者。ゲーム上では悪役令嬢。転生者ではない。婚約破棄はそのまま王家有責で認められた。一応、王子らの素行調査は行っていた。後にクロードを女装させて楽しむ。彼の身長が伸びてからは嫌がられることが増えたのでどうにかしてさせようと企んでいる。クレールとは親しい友人に。
テランス:クレールの夫。十歳ほど離れている。辺境伯の嫡男。美形であるが通常はもっさり頭で分厚い眼鏡をかけて生活している。服装も綺麗とは言い難い。領地を豊かにしようと研究する中でクレールと出会い、彼女に惚れ、囲い込んだ。父や弟はそれに大変協力的で彼が男爵になってからも色々と融通してくれたとか。実は娼館の女性を用意するのに多少抵抗があった。自分はクレールにまだ手を出してない(キスはノーカン)のにと。
少しでも楽しんでいただけたのであれば、幸いです!
それでは最後まで読んでくださり、ありがとうございました(*´ω`*)