6. 大空光の生誕祭
2101年5月11日
大空光の誕生日と共に凪、一波の帰国を祝う会が『異次元』ヒストリーエリアの一角で催された。各々の都合もあり、柊と霧靄を加えた5人のささやかな宴となった。
「ひかりん、誕生日おめでとう、そして凪さん、一波さん、長期の海外調査お疲れさまでした。お互い色々とやることはありますが今日は楽しみましょう! 料理は異次元の定番に加え、僕のオリジナルメニューもありますので是非感想を聞かせてください! では乾杯!」
主催者の柊は開会の挨拶と乾杯の音頭をとったあと、自作料理を振舞うためにキッチンへ向かった。
「おめでとうひかりん! ところで就活はもう終わったのかい?」
一波は22歳になった光に訊ねた。
「ありがとうございます! 就活は……諦めました!」
「え? 出版社とかゲーム会社とか、向いている仕事結構あるじゃない」
「そうですかね……どうも仕事にしちゃうと楽しめなくなっちゃう気がして……だから私、卒業したら世界一周旅行に出ます! いろいろな文化を肌で感じて、そして未来と自分について考えたいな、と思ってます」
「そっか……ひかりんも大人になったな。いいんじゃない、22歳からの自分探し」
「22歳なんですよね、私も。自分で自分が信じられないよ」
「気持ちは永遠の17歳だろ」
「もちのろんです! あ、雫氏お疲れ様でした! あまねっちからお話いろいろ聞いてます。その影響もあって世界を旅したくなったんです。観光地、というよりも何の変哲もない普通の街、そこにこそリアルがあるように思えて……」
「光ちゃんおめでとう。そうね……私も観光って何が面白いのか分からないわ。いいと思うわよ、そんな視点で世界を廻るのも」
「そうそう、真実こそが重要だ。ところで柊くんとはどうなんだい?」
ほろ酔い気分の一波が光をからかった。
「もう! 何ですかみんなして! あまねっちとはオタク友達というだけですよ!」
「ん? 僕が何だって」
柊が特製オリジナル料理を運んできた。
「何でもないです! あ、何これ、超おいしそうじゃん! あまねっちすごーい!」
「あ、ありがとう。とりあえず見た目は合格かな。さ、食べてください。『かれいの蒸し焼き香味野菜ソース』と『トマト味のロールキャベツ』です」
「お、待ってました! いっただきまーす」
一波は勢いよく白身魚にかぶりついた。
「へえ……いいじゃない。さっぱりしているけど味わい深くて旨味もある。おいしいわ」
柊渾身の逸品は天才の凪も舌鼓を打つ完成度のようだ。
「このロールキャベツの味付けはらーめんの出汁にも使えそうです」
ラーメン大好き霧靄霞も絶賛のようだ。
「そう言っていただけるとほんとうれしいです。ありがとうございます……って今日の主役は僕じゃないですよ! さ、食べて飲んで、また明日から頑張りましょう!」
テンション高めの光と一波、クールな凪と霧靄に挟まれた柊は主催者としての任を全うし、場を盛り上げた。
たわいもない談笑から話題は半年後に迫る運命の日へと、必然的に移行していった。
「ひかりん、誕生日の今日だからこそ言いたいことがあるんだけど、聞いてくれるかな」
「お、柊くんついに観念したか!」
「一波さん、茶化さないでくださいよ」
「すまんすまんつい……」
「な、何なんですか……そんな改まっちゃって……」
「僕たちのこれまでの調査によれば、ひかりんは選ばれし7人のひとりである可能性が高いんだ」
「え? ああ、あのサバゲ―設定のお話……」
「そう。現代人の一波さんもそのひとりだ」
「ええ! 実は鋭ちゃんそっち側のヒトだったの? まさかのカミングアウト展開ですか!」
「いやいや、俺は未来人じゃねえよ。期間限定でその設定とやらを無条件で受け入れただけだ」
「へえ……そうなんだ……まさか鋭ちゃん、人に言えないようなことを雫氏にしちゃったとか?」
「おいおい勘弁してくれよ。まあ、俺が他人に従うなんて考えられないだろうからな。そう思われても仕方ねえが……ただな、この世にはまだ解明されていない現象は山ほどある。この自称未来人たちが嘘をついているのかどうかは11月11日になれば判明する。俺は木佐貫一を見つけ出すことが目標だから利害関係は一致する。少なくとも自称未来人たちはマジだ。マジな奴は嘘をつかねえ、というのが俺の真理だ」
「ふーん、そうなんだ……」
木佐貫失踪事件はジャーナリスト一波にとっての原点であり、それゆえ彼の人生において乗り越えなければならない大きな壁となっていた。その壁が今、手に届く位置まで迫っている。一波は確かな手ごたえを感じていた。
光は柊たちが置かれた環境をある種のサバイバル・ゲームと想定し、深入りすることはなかった。ところが今、柊から自分が当事者であることを告げられ、少なからず戸惑いを感じていた。
「僕の誕生会で少し話題になったけど、今ここにいる人は全員11日が誕生日なんだ。そして昴さん、春さんも11日、そしてドクター木佐貫はもちろん、その友達のひとりも11日だ」
柊は自説である11の関連性について話すと、数字の神秘に触れた光が真剣な面持ちで口を開いた。
「それ、凄いよ。まちがいなく意味がある。そっか……私も実はそっち側のヒトだった展開ですか……うん、分かった。協力するよ。そもそも相談があったらそうするつもりだったしね。当事者であれば参加しない理由はない。就活も諦めたし、ちょうどいいや」
光は数字が好きだった。数学という術よりも数字遊びが彼女のゲーマー心をくすぐるのだ。謎めいた11という符合は彼女の好奇心を大いに刺激した。
「ありがとう、ひかりん。じゃあ、とりあえずこれまでの資料を見られるようにしよう。昴さんに頼んでひかりんからのアクセスを許可してもらうね」
柊は光がヤドメクラウドへアクセスできるよう、ローマの夜久昴にメッセージを送信した。
………………
「……おかしいな。すぐに反応する人なんだけど」
10分が経過しても応答がなかったため、通話モードで発信を試みた。
「……だめだ。コールすらしない。電波が遮断されたところにいるのかな」
「考えにくいわね、あの人に限っては。何かあったのかしら」
夜久が通信を自ら切るとすればそれなりの理由が考えられるが、事前の連絡を怠るとは皆思えなかった。
「捕まったな。あ、これジャーナリストの勘ね」
一波はすぐにピンときたようだ。
「誰に……ですか」
「深入りしすぎたのかもしれない。木佐貫の本丸へ迫った可能性があるな……」
一波は夜久の勇み足の可能性を指摘した。
「昼埜星と朝来野春は木佐貫さんと共にいる可能性が高い。夜久さんは優秀だけど相手がこの3人では分が悪いわ」
凪は夜久の能力を認めた上で現実的な見解を述べた。
「あいつ過信するところあったからな。未来人がオールドピープルに負けるわけがない、ってね」
「夜久さんと朝来野さん、どちらも不通です。物理的な遮断というよりはもっと別の次元で制限がかけられていると思われます」
霧靄は別次元の干渉を示唆した。
「……といってもまだ10分くらいですからね……とりあえず明日まで待ってみましょう。あ、ひかりん、資料は僕の端末で確認してくれるかな」
「了解!」
柊は祝いの場が重たくなるのを嫌ってこの問題を先送りし、メンバーとなった光にこれまでの経緯を説明し、資料を提示した。
「……これは……ふんふん……なるほど。ふんふんふん。そうかそうか」
資料に目を通す光の表情は晴れ渡り、それはまさしく謎解きに挑むゲーマーのそれであった。
「どう? ひかりんは何か感じる?」
「もちのろんですよ! 正直驚きました。よくここまで調べたね。これだけ情報が揃っていたらあとはパズルみたいなものじゃないかな。あとね、数字遊びの要素もあるかな。あの木佐貫さんですしね。数字に対する愛は並々ならぬものがあるかと」
「そういえばひかりん、文系なのに数学が得意だって岬ちゃん言ってたよね」
「えーっと、得意というかゲーム要素に特化した数字遊び、って感じだけど……」
「ならちょうどいい。これは一種のゲームさ。少なくとも俺たち現代人にとっちゃな。未来の君たちには悪いが、俺たちが命を奪われることはない」
一波は残酷ではあるが、ひとつの真実を述べた。
「ねえあまねっち、6月11日はまだ確定してないけど、昼埜星さんという人の誕生日と考えていい?」
「うん。その線で考えていいと思う。僕たちはこれらの素材をあと半年の間に調理し、7人の12使徒の謎を解かなければばらない。そして来たる11月11日、富士山頂でドクターと対峙する」
「ふむふむ。だがその時節の富士山には登れないんじゃなかろうか」
「………………」
光の全うな指摘に一同言葉を失った。
「この時代の登山道はどうなっているのかしら」
凪が問う。
「残念ながら富士の登山道はこの時代も変わっちゃいねえよ。11月ともなれば通常冠雪してるし、普通に登ろうとしたら無理だな。まあ、その辺は俺が何とかするよ。いろいろと伝手はある」
「それって非合法?」
「グレーだな。背に腹は代えられんだろう」
「すみません、一波さん。頼りにしています」
「とはいえ山頂付近が大雪にでもなったらどうしようもねえけどな」
「ねえねえあまねっち、この日本の霊峰ってさ、まあ普通に考えれば富士山だろうけどさ、富士山とははっきり書いてないよね」
「……それはそうだけど、これは富士山で間違いないと思うよ。木佐貫黙示録はキリスト教のメタファーに満ちている。この富士山はイスラエルのシナイ山を意味すると思う。モーセがヤハウェより十戒を授かった伝説の山だ」
「待って。これに関しては光ちゃんの疑問も無視できないと思うわ。日本の霊峰としか書いていないわけだから。それに、木佐貫さんがクリスチャンだったかは知らないけど、この木佐貫黙示録自体、単なる記号遊びのようにも感じる。例えば榛名富士のように、富士山を代替する存在はいくつもあるわ」
凪は『木佐貫黙示録』を読み解くにあたり、霊峰を富士山と断定することに当初違和感があった。調査に忙殺されて忘れていたが、光の素朴な疑問によってそのことを思い出した。
「2099年の初詣のとき、神田川明神の御神殿から裏参道へ抜ける途中に獅子山という石山があるのを確認したけど、これは元々富士塚だったもの。富士塚というのは江戸時代に富士講が流行した際、各地に造営された人工の山のことね。まあ、山とは呼べないほどのミニチュアもあるけど。そういうのも含めれば江戸七富士だってありうる」
「……そういえばあのとき凪さん、神田川明神へ一度引き返しましたよね。それを確認しに行ったんですね。おみくじがどうとか言っていたようでしたけど」
「ええ。よく覚えてるわね。私も光ちゃんの話を聞くまではすっかり忘れてたわ」
「ふむふむ。そうだったんだ。富士講は富士山信仰だけど、富士塚に上って富士山を拝むのもありなんだよね。横着もんだよ江戸庶民。インスタント信仰とか日本人らしいっちゃらしいけど」
「わかりました。あらゆる可能性は排除しない。初志貫徹しましょう。一波さんは本物の富士山へ行くことになった場合を想定し、準備をお願いします」
「了解だ」
大空光は22歳の誕生日を迎えると共に、柊ら未来人の仲間に編入されることとなった。
夜久と朝来野とはその後もコンタクトが取れないまま宴の幕は閉じられた。
 




