4. 臨時戦略会議
寒さも綻びを見せる3月の中頃、柊の心には微かな、しかし力強い希望の灯が燻り始めていた。
この半年間、定例戦略会議は不定期開催となっていたが、それは会議に割くだけの時間と、それに見合う収穫が得られないという合理的判断からであった。
柊は誕生日パーティからひと月が経過した3月11日、自ら会議の開催を宣言し、海の向こうで調査に勤しむ仲間を招集した。
柊と霧靄は『異次元』の定位置に陣取り、開会時間を待った。
「カスミンはさ、誕生日って特別な日だと思う? この前はそう受け取れるような発言をしていたけど……」
「人間的な、という意味でそう言いました」
「カスミンの場合、それはいつになるの?」
「アンドロイドにそういった概念はありません。記念日を作りたいオーナーであれば作っているでしょう。ただ、ボクに関しては確定的な、誕生日とよべる日があります」
「それって……」
柊には心当たりがあった。
「2101年11月11日です」
「なるほど。やはり君はその日に誕生するんだね。シンギュラリティ宣言と共に」
時刻は午後9時を回り、柊はヤドメクラウドにアクセスして専用回線を開いた。
「皆さん、今日はお時間いただきありがとうございます。メッセージで済む内容かもしれませんが、たまには仲間とのコミュニケーションも必要だと感じましたので……」
「いや、柊くんすまない。俺もその辺りを疎かにしていたようだ。そろそろ日本食が恋しくなってきたよ」
夜久昴はこの会議をある種の息抜きとして参加しているようにも感じられた。
「アマネくん、こっちのホムちゃん、結構成長したと思うよ! 帰ったらカスミくんと会話をさせよう!」
朝来野春は専ら霧靄霞の育成に力を注いでいるようだった。
「柊君、久しぶりね。変わらず楽しめているかしら、21世紀。あ、もう22世紀ね」
洗練された美の内奥に微かに残っていた幼さは消え、威厳を纏った凪雫に接すると、抱えている難題すら易しく思えてしまう。
「やあ、柊くん。俺は唯一の現代人だがそれなりにお役に立てていると思うぜ。俺が知りたいのは真実だけだ。ひかりんは元気かい?」
一波鋭はエルサレムにおいて期限付きの調査協力を結んだ別世界の住人だが、彼の木佐貫を追い詰める信念が無ければ調査はもっと難航していたに違いない。
「元気ですよ。ひかりん。就活頑張ってます」
「そいつは安心したぜ。で、大事な話ってのは何だい?」
「皆さんの誕生日を教えてください。それが今日、僕が聞きたかったことです。くだらない質問かもしれませんが、解答によっては、無視できない可能性が出てきます」
柊がこの単純な問いをメッセージではなくビデオチャットを選択したのは、彼なりの決意と覚悟があったからだ。
「ほう……何だか面白そうじゃねえか。俺は1月11日だ」
現代人である一波鋭は11の符合に合致した。
「あら偶然ね、私は3月の11日、あ、今日じゃない。忘れてたわ」
凪雫もやはり11日であった。
「凪くんおめでとう。しかしこれは……ちょっと驚きだな、3人連続とは。俺も11日だ。12月のな」
夜久は偶然にしてはやや高い確率だと思う程度だったが、月が違うためそこまで意味のあることには感じなかったようだ。
「ちょっと、言いにくくなっちゃったじゃない。はるさんは嘘つきませんよ。なんと4月11日なのですよ!」
朝来野春の11日発言に夜久が口を挟んだ。
「おい春、お前、桜のプロフ作成のときは4月18日って言ってたよな。俺はてっきりその日がお前の誕生日だと思って祝ってたんだが」
「だってあれは桜ちゃんじゃない。すばちゃんが勝手に同じだと思い込んでいただけなんだよね。わざわざ言うのもめんどかったんで流してただけ。ごめんご」
「それで、柊君は?」
予想を裏切る回答が無いことを知りつつ、凪が問うた。
「はい。僕も11日です。2月11日です。そしてひかりんが5月11日、カスミンが11月11日です」
「キリモヤさんはなぜその日だと言い切れるのかしら」
凪もこの恐ろしいまでの符合の一致に驚きを感じていたが、冷静さを失ってはいなかった。
「それについてはボク自身がお答えします。この世界に降り立ったときお話ししましたが、ボクは21世紀試験に合格した方を回想モードへ案内し、特例モードの発令を宣言する任務が課せられていました。ボクは何を以てボクの誕生の日と認識するのかといいますと、その任務がインプットされたときです。その日は2101年11月11日でした」
「何? 300年も前じゃないか。というかその日はシンギュラリティ宣言が発せられた日……」
夜久は霧靄霞の謎が一つ解けたように感じた。
「はい。ボクはそれからずっとセントラルドグマのシステム内に存在していました。人体を纏うことになるのは、AIが21世紀試験を公開した時点です」
「……ということは、木佐貫さんはシンギュラリティ宣言時、既にVRLという概念を想定していたってこと?」
凪はVRLシステムの誕生に木佐貫一が関与している可能性について問うた。
「わかりませんが、否定はできません」
一波と柊を除くインフィニット・ワールドの3人は、VRLシステムが2101年の時点で既に想定されていたことを示唆するホムンクルスの言葉に、少なからず衝撃を受けた。
「ちなみにドクター木佐貫の誕生日は9月11日です。彼の誕生日は非公表でしたが、僕は木佐貫オタクなので知っています。僕は『選ばれし7人』が11日生まれである可能性は非常に高いと考えます。それを踏まえて、木佐貫黙示録が提示した年に目を向けましょう」
柊は夜久がピックアップした出来事の一覧を画面に表示させ、説明を始めた。
「これは昴さんたちが異次元にやってきたとき、僕らに見せてくれた出来事一覧です。もうお分かりかと思います。2011年は3月11日の東日本大震災で凪さんの誕生日、2031年は12月11日、COVIMS-31の発生で昴さん、2032年は5月11日、世界会議発足でひかりん、2036年はおそらく6月11日のはずです。これが誰かはまだ分かりません。2040年、4月11日の世界大恐慌が春さん、2051年は1月11日、量子コンピュータ実用化宣言で一波さん、2057年は11日がピックアップされていませんでしたが、間違いなくドクター木佐貫の誕生日です。そして僕ですが、この時代では2月11日が建国記念日であり、神武天皇即位の日です。日本にとって大事な日です」
柊は一連の符合について語り終えた。
「なるほど……これは確かに興味深いし、意味があるだろう。だが柊くんも気づいているだろうが、これではまだロジックとしては未完だ」
夜久は冷静に分析した。
「そうです。僕はただ一つの関係性に気づいたにすぎません」
「いや、それだけでも凄いぜ。よくやったよ」
「キリモヤさんを入れないとちょうど7人になるけど、それが12使徒だといえる根拠が何もないわね」
凪が皆の思いを代弁した。
「はい。ここからは僕の勝手な思い込みですが、言わせてください。僕は12使徒を成立させるには11という数字に絡む人全員が関わっていると思います。つまり、カスミンも人数に入ります。そしてドクターのお友達という昼埜星さんともうひとりも、おそらくは11日が誕生日ではないかと考えます。夜久さん、凪さん、今その人を追っていると思いますが、誕生日も調べていただけますか?」
「もちろんだ」
「ええ。そうするわ」
「ひかりんと一波さんはインフィニット・ワールドと関わりのない方ですが、僕たちの抱える問題に深くコミットしています」
「ん? 柊くん、ひょっとしてひかりんのこと好きなの? てかもう付き合ってるとか!」
一波がこの時代の人間ならではの反応を示した。
「い、いえいえいえ! そんなことはないです!」
慌てて否定する柊を怪しんだ一波はさら問いをした。
「だってさっき深くコミットしてる、とか言ったよな。それってそういうことなんじゃないの? いや、いいと思うぜ、君たちお似合いだと思ってたしよ、なあ凪ちゃん」
「いえ、そういうの興味ありませんから……」
凪のそっけなさに救われた柊が再度弁明を試みた。
「関係は良好ですが、付き合ってなんていません。そういう仲じゃないです。ただのオタク友達です。深くコミットしてるっていうのは僕が異次元で働けるよう紹介してくれたことや住宅の斡旋に関してです。この世界では、少なくとも僕が一番多く接している人なんです」
「ふーん、そういうもんかね。ま、後悔しねえようにな!」
一波はなぜか楽しそうにしている。
「この時代の人間は恋や愛に過剰な期待をし、そして失望し、忘却してまた期待する。何とも非効率な世界だな」
夜久がボソッとつぶやいた。
「ふんふんふん。これもVRLのせいですかな? 恋も愛もできなくなるとは罪なシステムよのう……」
「なに達観したようなこと言ってるんだ。春も同じだろうが」
「さあ、どうでしょう? すばちゃんの理屈なら忘却できればそんなこともないんじゃない?」
「……ほう、春はたまに面白いことを考えるな」
夜久は天然のようで侮りがたい鋭さを持った朝来野春という人間に、やはり特別な関心を寄せていた。
「僕はこれから11の謎を解明するための材料を集めたいと思います」
「了解した。俺と春はローマで木佐貫フレンズ探しとアマゾニカへのハッキングを継続する」
「私と一波さんも引き続き木佐貫フレンズの片割れについて調査を続行するわ」
柊周の招集により復活した戦略会議は、謎に包まれていた『木佐貫黙示録』のある側面を暴き出した。しかし希望の背面で、薄気味悪い笑みを浮かべた絶望が、ゆらゆらと彷徨っていることをこの時、誰も気づくことはなかった。