表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
∞D - 夢想幻視のピグマリオン -  作者: 漆野 蓮
第4章 調査期間
22/39

3. 世紀末

挿絵(By みてみん)

Illustration by Daken

 2100年10月18日

 夜久と凪から相次ぐ調査期間延長の知らせを受け取った柊は寂しさを感じつつ、事が前進していることを素直に喜んだ。しかしそれと同時にタイムリミットもまた、速度を緩めることなく着実に忍び寄るのであった。


「お待たせあまねっち!」

 柊がヤドメクラウドに近況報告を送信すると、『異次元』の女子更衣室から着替えを終えた大空光が忙しげに飛び出してきた。

「お疲れひかりん。じゃあ、行こうか」

「今日はいよいよ裁判の日ですな! 準備はオーケー?」

「もち! ちょっと緊張してるけど……」


 地下2階から地上3階までを擁する壮大なコンセプト・カフェ『罪と罰』のコンプリートを目指していた柊と光は、最終エリアとなる3階の裁判所に訪れる約束をしていた。つまりそれ以外のエリアは、既に()()()をしていた。

 アンダーグラウンド・ダウンタウン・アキバ、通称UDAと呼ばれるマニアックな地下街に魅せられた柊は、しばしば仕事帰りにここを訪れた。中でもVTL、バーチャル・タイムトラベル・ランドに設置された時代遡行体験ゲームは、VRLのクリア経験を持たない柊の、乾いた心を潤した。

 VTLに設置されているゲームの特徴は短縮されたダイジェスト人生であるが、歴史上の偉人としてプレイすることも可能であり、むしろ柊はVRLにはないこちらのシナリオを好んでプレイしていた。

「ねえ、ひかりんはVTLのゲームはやらないよね。どうして?」

「え? んー、何でだろうね。リアル過ぎるからかな。私はあの筐体に全身をゆだねるのが怖いのですよ……」

「なるほど。確かにあればリアルな体感を伴うからね。ホラー系のシナリオなんて凄く臨場感があって怖いけど、あれだ、お化け屋敷のVR体験って感じだね!」

「確かに。あ、2人同時プレイ可能な筐体作ってバーチャルデートとかできれば楽しそうだね」

「それいいね! 全然難しくないしメーカーにメールしてみようかな」

「うんうん、いいと思うよ! もっとほっこりできる遊び方があってもいいと思うのですよ、VTLには! 殺伐としすぎ!」

「違いない!」

「……あまねっちまで使うようになっちゃったんだ、それ」

「いやあ、なんか使い勝手いいよね、この言葉」

「違いない! よし、言えたぞ私も」

「自分だけ言えないと欲求不満になりそうだね」

 たわいもない雑談に花を咲かせながら、ふたりは目的の『罪と罰』が入るビルの前に到着した。


「よし、行こう。僕は無罪だ」

「おう! 柊周は無実の罪を着せられている! いざ晴らそうぞ、その汚名」

 ふたりは冤罪を主張する被告人の気持ちになって、ビルのエレベーターへ乗り込んだ。

「こんばんは。被告人はこちらへどうぞ」

 エレベーターのドアが開くと、裁判所の職員らしきコスプレ店員が法廷を模した店内へ案内した。

「あ、被告人はこの人で、私は弁護士です」

 光は会員カードを渡しながらふたりの設定を伝えた。

「承知いたしました。では弁護人はこちらに、被告人はこちらに主張を書いてください」

「へぇ……オーダーはこの紙に書くんだね。メニューがまた面白い」

「そう。裁判に関係するセリフや作品をもとにしているんだよね」

「じゃあ、僕は被告人メニューから……あ、これいいな。『それでも僕はやってないオムライス』と『正当防衛ドリンク』にしよう」

「私は……まあ、やっぱり定番の『意義ありメシ』と『リーガル・ハイボール』っしょ! もう20歳過ぎたしね!」

 柊と光はそれぞれの注文を書いて職員風のスタッフに手渡した。


「ひかりん、そういえば今日凪さんと夜久さんからメッセージが入ってさ、帰国予定が遅れるって。調査が長引いているんだけど、それだけ重要な情報に近づいているみたい」

「そうなんだ……遅れるのはちょっと残念だけど、前進しているようで良いじゃないですか!」

「うん。でも、あと1年だな、ってしみじみ感じちゃって。早いよね。あっという間だよ」

「そうだねぇ……私も来年就活かぁ……んー……する気がおきない!」

「就活ってあれか……」

 21世紀生活も2年を数える柊には、就活が何を意味するかを理解していた。

「全体主義時代の名残なんだけどね。早くこんなのなくして欲しいな」

「大丈夫だよ。あと数年でなくなるから」

「そうなの? 近い将来なくなるのかな?」

「多分。このままいけばね」


 柊は店内をゆっくり見回した。法廷を再現している、とはお世辞にも言い難いが、雰囲気は内装によってうまく演出されていた。

 柊は被告人専用の席に座り、目を閉じて最終弁論を聞く姿を想像した。

「そういえば、木佐貫黙示録には『来たるべき日に、僕たちは裁かれることになる』って書いてあったけど、その僕たちって7人のことなのか、それとも12使徒全員に対してなのか、もしくはドクターとその友達だけとか……」

「裁かれちゃうんだ。どんな罪だろう?」

「何だろうね……まあ、それが分からないから調査してるんだけど」

「お待たせしました。ゆっくり噛み締めて罪を味わいください」

 料理とドリンク、そして督促状に模した伝票がテーブルに置かれた。

 柊は『それでも僕はやってない、これは正当防衛だ』、というオーダーを介して主張を試みたが無条件に却下され、冤罪の辛苦を味わうこととなった。

「ひかりんは就活嫌みたいだけど、やりたい仕事ってないの? それともお母さんと同じ不動産屋さんとか」

「いやいやいや、それはないない。不動産って歴史的に面白いと思うけどね。私は愛のある家庭が欲しいかな。ひとりっ子だし、母子家庭で育ったからね。笑われるかもしれないけど、愛のある家庭に憧れているの」

「……そうだね。愛は未来でも重要だよ。僕のいる未来ではね、お金も労働も必要ない世界だけど、それで愛が消滅しないようにうまいこと設計されているんだ。シンギュラリティ後のAIが統治する世界、というと21世紀ではディストピア感あるんだけど、実際未来はそうなっていない。ドクター木佐貫はそこまで考えてセントラルドグマを作ったんだ、と言われている」

「へー、それは確かに凄いですな」

「ひかりん、まじめに聞いてる? 僕は本気で話しているんだけど」

「聞いてるよ。何だか夢のような世界だよ。そんなこと、本当にあり得るのかなって」

「ひかりんにはあまり未来の話はしなかったからね。とはいえあと1年。みんな凄く頑張ってるし、僕も何かしないと、ってちょっと焦っているのかも……」

「あまねっちはこの世界を楽しむって言ってたよね。それもうやめちゃうの?」

「……分からない。このままずっと遊んでていいのかなって、それはやっぱり思うこともあるよ」

「ははん……あまねっちはたった2年でこの時代を分かったおつもりですか? 私的にはまだまだ足りてないと思いますよ!」

「そうかな? 結構遊んだよ、この2年。凪さんたちには申し訳ないけども」

「いいえ! あまねっちはまだしていないことがあります!」

「え? 何それ! 教えてよ!」

「それはズバリ! 恋です! キャッ……恥ずかしい……」

「自分で言って恥ずかしがってどうするんだい」

「3年間しかない21世紀なのに恋をしないなんて、それで何を十分楽しんだと言えるんですか!」


「…………」


 柊は無意識に恋愛感情を持たないよう努めていた。それは自分がインフィニット・ワールドの人間だからであり、デッドエンドの可能性を完全には否定できなかったからだ。

「ひかりんなら分かると思うけど、君が信じようと信じまいと僕は24世紀の人間で来年死ぬかもしれない。現実的に考えれば恋なんてできない。まあ、その分ゲームではしてるけどね……」

「それは分かるよ。でも恋はしようと思ってするものじゃないと思うな。恋しちゃうってことは未来とか死ぬとか超越した、人間的な、あまりに人間的な衝動なんだと思うよ」

「いや、それは……そうなんだけどさ……」

 柊は答えに窮した。そして冷汗をかいていることに気づいた。

 彼が無意識下に閉じ込めていたのは紛れもなく大空光への恋心であることを自覚したからだ。

「そ、そういうひかりんは……こ、恋してるの?」

 焦りを隠せず、上ずった声で問いを投げ返した。

「え? わ、わたしは……い、いいんだよ! だって3年縛りなんてないし……あまねっち達が無事に問題を解決してからだって……お、遅くはないし……」

 ブーメランは見事に投げた本人の元へ戻ってきた。

 光は柊に告白を迫っているように受け止められたと思い、困惑した。

 光は柊が恋愛対象として意識に上ることはなかったが、それは柊と同じくお互いが傷つかないために、その感情を無意識下へと押し殺してしまっていたことに気づいた。

 柊周と大空光は自ら放った言葉によって、意識の奥底でひっそりと待機していた恋愛感情を、残酷にも掬い取ってしまった。

「な、なんだよそれ……ず、ずるいな……」

「――そ、それよりほら……あ、これ、ごはん。早く食べないと冷めちゃうよ!」

「た、確かに! これは急いで食べないとね! 美味しくなくなっちゃうね!」

「い、異議なし!」

 光は宣言とは逆の『異議ありメシ』を頬張った。

 ふたりは黙々と食事を平らげ、ドリンクを一気に流し込んで店を後にした。


 ――雲ひとつない澄み切った夜空には大きな満月が昇り、煌々と青白い光を放っていた。

「今日は満月か……綺麗……藤原道長の歌を思い出すなぁ……」

 鮮やかな月光がふたりの沈黙を破った。

「ほんとだ! いいよね、お月さん。私はやっぱりかぐや姫かな。月から連想するのって」

「切ないけどいいお話だね。あ、今年はどうする? クリスマスと正月。何か企画するなら手伝うよ。去年は凪さんがエルサレムに、夜久さんたちも渡航準備で忙しそうだったから誘えなかったし。今年もこの調子だとみんな日本にはいないんだよな……」

「あ、そうそう、今年の年末年始は母と海外旅行へ行くのです!」

「わぉ! いいじゃない! 親子水入らずの旅行なんて。で、どこ行くの?」

「メインはギリシャ! やっと入国許可下りたんだよね。誰かさんのせいで海外旅行全然できなかったし」

「あ、こっちのドクター木佐貫ね……それはまあ、あんなことをしてしまったら仕方ないけど」

「ごめんね、一緒に遊べなくて」

「何言ってるの、親孝行は大事だよ。僕は……そうだな、僕も旅をしてみようかな。調査という名目の」

「どうせVTLでしょ」

「その手があったか! というのは冗談で、アキバからは離れようと思う」

「きりもちゃんはどうするの」

「ああ、カスミンも連れて行くよ。どちらかというとそれが目的かな」

「お仕事以外はずっとあの場所に座ってるもんね」

「まあ、あの子はただ座っているだけじゃないんだけどね。でも気晴らしも必要だし、謎解きのヒントもどこに転がっているか分からないからね」

「ふーん。そうなんだ。というかさ、今年の年末年始って世紀末&新世紀じゃん!」

「確かに。100年の終わりと始まりか……何だか感慨深いものがあるね」


 柊は大きな満月を見ながら、霧靄霞をどこへ連れていくかを考えた。

 気まずい雰囲気は完全体となった月光によって浄化され、いつもの調子に戻ったふたりは秋葉原の駅に到着した。

「ありがとうあまねっち。そして『罪と罰』全ステージ制覇おめでとう! また新店もちらほらできているし、偵察兼ねて行こうね!」

「もちろん! あ、ひかりん、僕はね、このサバゲ―に勝利したら恋ってやつに目覚めてみようと思うよ」

「あ、それ死亡フラグってやつですよ」

「はっ! しまった……縁起でもないことを……」

「何か行き詰まったら私にも相談してね。こう見えても歴女のゲーマーですからね。攻略にかけては並々ならぬ闘志を燃やしますよ!」

「うん。ありがとう! 本当に困ったら相談するよ!」

「よろしい! じゃあまた!」

 柊は光を見送った後、見晴らし良好の神田川明神へ向かい、満ちた月が放つ優雅な輝きとその余韻をひとり楽しんだ。



挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ