2. 定例戦略会議
定例会議がシェアハウスではなく、カフェ&バー『異次元』で行うことになったのは、霧靄霞が口にする電波がいいことが理由であった。しかし電波状況はどこも良好であったため、凪が霧靄を詰問すると、「次元間通信用の電波が存在する」という回答が返ってきた。
霧靄霞はAAI(拡張AI)搭載のアンドロイドであるため、この者にしか探知できないことがあっても不思議ではない。そのためふたりは会議の場を『異次元』に定めたのである。
「これより定例戦略会議を始める。まずは近況報告、そのあと黙示録の解読に入りたい」
凪が進行役となり、霧靄が議事録をインプットした。
「では柊君からお願い」
「はい。とりあえず仕事には慣れてきました。料理って中々奥深いですね。今日はひかりんとUDAを回ったんですが、その一角にVTLというゲームスペースがありまして、VRLの原型を思わせる、中々興味深いコンセプトを持っていました。時間の都合でプレイはできませんでしたので、今度試してみたいと思います。黙示録については手付かずですが、毎日あのメッセージは読んでいます」
「ありがとう。私は料亭の他にメッセンジャーも掛け持つことにしたわ。この世界の実態を把握するためには移動範囲を広げ、懐深く潜入することが必要。それで仕事を通して感じたのは、この世界の21世紀末はある意味で20世紀半ばの大戦後に近いこと。3年後にシンギュラリティが到来するとは思えないわね。雑感は以上。キリモヤさん、カフェの雑用なんてやってるようだけど、何か感じることはある?」
凪には霧靄霞そのものも調査対象の一つとなっていた。
「掃除や皿洗いは問題ありません。しかし客の対応をしたところ『不愛想』と言われました」
凪と柊は込み上げる笑いに耐えきれず、思わず吹き出した。
「カスミン! そりゃ傑作だ! いや笑っちゃいけないけどさ、そうだ、今度笑う練習でもしよう。ニコニコできればそんなこと言われないよ!」
「別にいいんじゃない? キリモヤさんはクールキャラで」
「そうですか? カスミンは笑ったほうがかわいいと思うよ。あ、でも霧靄霞は性別属性がないタイプみたいだし、かわいい、よりも魅力的といった方がいいのかな……」
「……承知しました。笑顔のパターンをダウンロードしておきましょう」
ふたりは爆笑した。
「さ、雑談はこれくらいにして本題に入るわ。まず、木佐貫さんの命題について、今一度メッセージの内容について精査したい」
凪はどこで入手したのか、ホログラム表示が可能な端末を取り出し、メッセージの内容を表示させながら持論を述べた。
「見ての通り、ここにはキリスト教を暗示させる表現が随所に散りばめられている。そういう意味で黙示録には違いない。いずれにしても3年後、7人の12使徒を連れて富士山頂を目指さねばならない。この解釈だが、7人で12使徒分と仮定しよう。この7人には少なくとも私と柊君、それと残りふたりのプレイヤーは含まれていると思うが、どうだろう?」
「4人は確定路線でいいと思います」
「了解。とすると、夜久昴と朝来野春の他に少なくとも3人。ふたりのプレイヤーに関しては、わざわざ探さなくてもいいだろう。目的が同じであればいずれ会える。ところでキリモヤさん、あちらのふたりにも次元立会人はいるのよね?」
「います」
「それってどんなホムンクルス?」
「霧靄霞です」
「え?」
凪と柊はシンクロした。
「21世紀ライフツアーの次元立会人は霧靄霞と定められているからです」
「それは分かるけど、もうひとり同じのがいるってこと?」
「そういうことになるはずです」
「じゃあ、連絡とか取れるんじゃない? その次元間通信ってやつで」
凪も柊も、それによりふたりのプレイヤーとのコンタクトは容易ではないかと期待した。
「そう思って試みていますが、できません」
淡い期待は一瞬にして瓦解した。
「まあ、そうだよね。できていたら言ってくれるよね……でも驚いたな、あちらもカスミンなんて! 双子みたいなものなのかな?」
柊はスペックが気になって訊ねた。
「わかりません。お会いしたことはありませんし、情報もありません。しかし規定されているので、霧靄霞以外には考えられません」
「あらそう、あなたの想像だったのね。じゃあまだ確定事項じゃないわ。見てみないと分からない。実際連絡も取れないのだから」
凪は謎がまたひとつ増えたように感じていささか落胆した。
「ねえカスミン、僕たちに見せてくれたドクターのメッセージだけど、あっちのふたりも同じ内容を読んでいるという確証はある?」
「いい質問ね、柊君」
「確証はありません。しかし、同じである確率は99.99パーセントです」
「じゃあ、それは確定路線で行きましょう」
「了解です!」
「では次に、木佐貫さんは情報提供として7つの年をあげている。単純にこの年に起こった出来事が関係していると考えるか、それとも別の意味を持つ数字なのか、これはどうだろう?」
「僕は出来事だと思います。とはいえ、当てもなく闇雲に調べても繋がらないですよね……」
「そう。時間の無駄になってしまうわ。目星をつけてピックアップくらいはしておきましょう」
「僕たちの知っている歴史とこちらとでは色々相違がありますから、その対比も必要になると思います」
「両方調べましょう」
「それ、僕がやります。歴史好きですし、この店にいると色々なアングラ情報も得られます」
「そう、じゃあそれ柊君に任せるわ。私はキリスト教を中心に宗教全般について調べたいと思う。VRLで古代ローマや中世ヨーロッパのシナリオは幾度となく旅をしたけど、聖書を学問的に研究したことはないわ。私はそれを補完する作業をしていこうと思う」
「そうですね、キリスト教が関係ないとは考えにくい命題ですから重要だと思います」
「キリモヤさんは……」
「笑顔の練習と、もうひとりの霧靄霞との通信手段を模索する」
「……そ、そう、まあ、笑顔の練習は優先しなくていいわよ」
「いや、僕はそうは思わないな。残り3人の中にカスミンが入っていないとは限らないですよね。より人間的な何かを獲得することで、その資格を得るかもしれません」
「……面白いね、それ。でも、あちらにもキリモヤさんがいる可能性が高いのよね。だとすると残りはあとひとりってことになるわ」
「ん……それはどう定義するかで変わってきますね。カスミンをひとりとカウントするか、ふたりとするか、どちらも考えていいと思います。もちろん、人数に数えない、という選択肢も捨てずに」
「そうね……期限までは3年ある。それが長いか短いかは分からない。解にしても一つに絞るより、いくつか用意して最終日に臨みたいわ」
「はい。弾は多い方がいいですからね」
「ただ、解とよべるほどのハイレベルなロジックがいくつも完成するとは考えにくいけど」
「ですよね……」
「初めの1年はすべての可能性を捨てずに検討材料を集めましょう。絞っていくのは後からでも遅くないわ」
「僕もそれがいいと思います。ところで、このメッセージの最後ってちょっと意味深ですよね。『大いに学び、考え、そして楽しんでくれたまえ 』ですよ? 解を導き出すためには学ぶし、考える。でも楽しんでくれたまえ、というのは何ですかね?」
「……単純にマッドがデフォルトなのよ。木佐貫さんは。署名にも人をおちょくったような団体名が書いてあったじゃない」
「M-HSG(Mad Honest Scientist Group)のことですね。僕の知る限り、こんな研究グループはありません。僕としてはマッドを装った正義の科学者、であって欲しいですが……」
「はい、信者乙」
「おつ? それどういう意味です? そういえばひかりんも使ってたな……」
「……何だったかしら……多分20世紀を旅した時に……あ、そうそうネットワーク上のスラングだわ。お疲れ様の意味だけど、転じてアイロニックな表現としても使われていたわ」
「へえ……そういえば、20世紀のシナリオって少なかったですね。21世紀を超えて生きることはできたんでしたっけ?」
「20世紀シナリオは20本。生まれる年は1920年までと決められていたわね。私は2006年まで生きたから21世紀を少し見てるけど、その6年間に関してはこの世界の歴史と違いはないと思う」
「そうですか……確かに双方の年表を見比べると2020年くらいから違いが出てきますよね」
「20世紀のシナリオは100年生きた場合を想定していたんでしょう」
「シナリオ自体がゼロでなかったからノーマークでしたね。変ですよね、よく考えれば」
「ええ。確かに」
話題は自然とVRL関係へと移り、柊は凪の体験談を童心に帰ったように聞き入っていた。
「そろそろ閉店です」
霧靄が『異次元』の終わりを告げた。
「もうこんな時間か……ありがとうございます。VRLのこと、いろいろ聞けて楽しかったです。早く普通のVRLがプレイしたいな……通常モードでクリアしたいです」
「そのためにはインフィニット・ワールドへ戻らないとね」
「はい!」
木佐貫一が残したメッセージにぜい肉はない。
学び、考えるだけではなく、楽しむことも重要に違いない。
柊は口にこそ出さなかったが、それを固く信じていた。