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∞D - 夢想幻視のピグマリオン -  作者: 漆野 蓮
第2章 A.D. 2098
12/39

4. 2098年の真実

挿絵(By みてみん)

Illustration by Daken

 カフェ&バー『異次元』では、各エリアのスタッフがコンセプトに準じたトークを客に披露することを『モノ語り』と称して認められており、その時間は他のスタッフによるヘルプで営業をカバーした。


「それでは大空光、語らせていただきます!」

「…………」

「…………」

「……どうぞ」

ふたりの沈黙に気まずさを感じ、柊だけが言葉を返した。


「木佐貫一さんは2057年に生まれました。そこから2080年ころまでは『ネオ・ルネッサンス』といわれています」

「ちょっと待って……あの、僕の知る歴史と違ったときは突っ込んでもいいの?」

「もちのろんです! なんか面白いですね、もう一つ、私の知らない歴史があるようで、それも是非聞きたいです!」

「ひかりん、お前真実とかどうでもいいって思ってるだろ……」

 真実を追求するジャーナリストが呆れ顔でつぶやいた。


「え……と、僕が知る2057年から2080年はちょうど『ネオ・グローバリズム』と呼ばれているんだ。まあいいや、続けて」

「ふむふむ……分かりました。で、なんで『ネオ・ルネッサンス』なのかといいますと、2031年に|COVIMS(コビムス)-31という感染症パンデミックが起こり、翌2032年には食糧危機が発生します。それにより世界は極限まで疲弊し、文化活動も低迷しちゃいました。それを復興させる運動が2057年くらいから起こったというわけです」

「……僕の時代では2082年に起こるCOVIMS-82のことかな……」

「ほう……それはまた随分後ですね。で、そんなルネッサンスの最中に何と日本は国連を脱退してしまいます。順を追って説明しますね。まず2032年に世界緊急事態対策会議、通称、世界会議という組織が発足しましたが、諸問題が解決した2057年に解散しました。その世界会議が持っていた資産の配分方法に、日本は納得がいかなかったようです。40年近く開かれなかったオリンピックが2064年、東京で開催されることになっていたため、それが終わるまでは国連に留まっていました。東京オリンピックが無事に終わった翌年、日本は不満を表明し、国連を脱退したのです」

 光は持参したグラスに水を注いで喉を潤した。

「驚いたな……どうやらドクター木佐貫が誕生する前から、僕らが知る歴史とは大きく違うみたいだ……」

「それでルネッサンスが終わった後の2081年、『サイレントテロ』なる事件が起こります! 静かなるテロリズムですよ!」

「ひかりん、曲がりなりにもテロと名の付く行為だ。ワクワクするな」

 一波が釘をさす。

「はい! 気をつけます! で、先に登場した世界会議はCOVIMS-31のパンデミックを収束させるため、人々のプライバシーを犠牲にすることを決議し、権力による監視レベルはマックスに達しました。がしかしです、パンデミックが収束した後も恒久平和維持を口実に、2057年の解散後も巨大監視システムは解体されずに残ってしまうのです!」

「まあ、いつの時代も権力者は大衆を監視していたいものさ……」

 一波はぶっきらぼうに言い放った。

「そこで木佐貫さんは、この監視システムを根こそぎ破壊する超絶やばいコンピューターウイルスを作ってばらまいちゃったんです! それが『サイレントテロ』です!」


 光の『モノ語り』から彼女自身の政治思想を感じさせる発言はない。彼女は明るく、そして楽しそうに好きな歴史について語っているに過ぎない。

 一波が続く。

「監視によって守られていた世界、それはそれで一つの秩序を形成していたわけだ。そいつが一晩のうちに無くなっちまったもんだから各国大慌てさ。必然的にプライバシー問題が再燃する。疑心暗鬼ってやつだな。大衆の不安は一気に噴出したんだ」

「フォローありがとう鋭ちゃん! さて、この後がですね! 重要ですよ! 何と! 木佐貫さんはさらに人工のウイルスを開発して世界にばらまいてしまうのです! それが2082年です」

「!」

 木佐貫信者は絶句した。

「そ、その人工ウイルスって……まさか、人が、たくさん死んだとか……」

 想定外の展開にも幾分慣れを感じていた柊であったが、このバイオテロ発言に対しては心穏やかでいることなど不可能であった。


「えっとですね、そのウイルスというのはですね、『COVIMSANIA(コビムサニア)』といいまして、何といいましょうか、それに感染すると特殊な鬱状態になってしまうようです。私はそれについて科学的な説明はできませんが、このウイルスが人を死に至らしめるとか、その鬱によって自死が誘発される、というのは無かったみたいです」

「補足しよう」

 ここは自分の出番だ、とばかりにジャーナリスト一波が割って入った。

「コビムサニアってやつは人々の、言うなれば『やる気』を挫くんだよ。君たち空想世界の歴史がどうか知らんが、日本はCOVIMS-31発生後に全体主義化した。まあ、その後世界がパンデミック収束のためとはいえ監視社会を選択しちまうんだから皮肉なものさ。そしてこのファシズム日本を始め、共産主義や中東の専制国家などはAbandoned People、略してアブダプ(ABDP)と呼ばれるようになる。棄民って意味だ。まさか国民のプライバシーを奪った自称自由民主主義国家に非民主国家の烙印を押される日がくるとはな。だが現実としてアブダプは経済も停滞し、貧富の差も酷かった。そこで木佐貫一というマッドサイエンティストが妙なウイルスを作ってばらまいた。報復のためか知らんが、それにより自称民主国家をある意味で無力化させることに成功した。だが人を殺してはいない。それは確かだ」

「――ふう、よかった……」

 ひとまず人を殺めていない、という敏腕ジャーナリストの言葉に柊は安堵した。

「はいはい、鋭ちゃんそこまで。私が話せなくなっちゃうでしょ!」

「わかったよ。でも2087年までな。その後は俺が話す」

 2087年は木佐貫一が失踪した年であるため、それ以降の真実に関しては彼を追い続けている一波に分があることは光も自覚していた。

「はいはい。分かりましたよ。あ、すみません、柊さん」

「い、いえ、続けてください……怖いけど、先が気になります」


「そのコビムサニアウイルスですが、実はアブダプには効果がありません。なぜならばアブダプは集団免疫を獲得しているからです! 準備万端で事に及んだってやつです。にくいですね、木佐貫さん。それであっち側諸国の経済成長が停滞する中、アブダプは勢力を盛り返して、気づけば経済力も軍事力もあっち側諸国に追いついてしまいました。あ、これ余談ですが、我が国は基本的にファッショ(全体主義)脳なんで質素倹約的な精神と、古き良き慣習が今もあえて選択されているのです!」

「なるほど、それでアキバがこんなにも前時代的だったり、紙の名刺が使われているんだね。でも全体主義って……本当なのかな……」

 これまで抱いていたいくつかの疑問は解けたが、喜べる状態にはほど遠いことを柊は理解した。


「さていよいよ終盤です。コビムサニアのアウトブレイクが収束したのは2087年です。あっち側諸国の人たちはもう、それはもうお怒りになりましたが、既に経済も軍事力も拮抗していましたので、制裁よりも和解を模索します。しかしです、やはり世界の混乱を招いた責任はとらせなければならない、となりまして、木佐貫さんは国際指名手配をされてしまったんです。はい、鋭ちゃんタッチ!」


 ジャーナリストは深呼吸をし、気持ちを鎮めてから話し始めた。

「君たちが何者かは知らないが、少なくともふざけているとは感じないし、大空光に歴史を語らせるためのサクラとも思えない。だが未来から来たなんて、そんなことは信じない。俺がこれから話すことは紛れもなく真実だ。もちろん、大空光がこれまで話したことも真実だ。それは揺るがない。だから、俺が話し終わったら、君たちの真実を聞かせてくれ。隠さずにだ」

 柊たちを信じない、と言いつつも彼らの未来に興味を示すのは、事件の真相を暴くためには些細な情報も取りこぼさない、というジャーナリストポリシーを一波が持っていたからである。

「僕たちのことを信じられないのは当然です。一波さんと光さんが嘘を話す理由なんてどこにもありません。僕はあなた達に、僕たちのことを話したいと思っています」

「問題ないわ。この世界ではあなたたち、木佐貫さんのこと詳しそうだし。いいんじゃない、話したって」

「ボクも構いません」

 凪も霧靄も同意した。

「ありがとう。では話そう。2087年、木佐貫一は失踪した。指名手配は想定内だったのだろう。俺が記者になったのは11年前、つまりそれ以来ずっと奴を追い続けている。しかしいまだその姿を捉えることはできない。国連サイドはコビムサニア収束後に再び監視システムを復活させたが、眠れる国民を目覚めさせてしまった後で元に戻すことなんて不可能だ。案の定、人権団体がプライバシー保護を叫び、人々は扇動され、世界情勢は混沌とした。この日本も奴の失踪を機に全体主義勢力が衰え、民主主義の再生が始まることになる」

 木佐貫を追って11年のジャーナリストは一呼吸置いてから続けた。

「世間じゃもう奴は消されちまってるんじゃないか、なんて噂がまことしやかに囁かれているが、俺がこれまで掴んだ情報から察すれば木佐貫一は生きている。確実にな」

 柊は当然だ、と思ったが、11年も行方不明であればそう思われても仕方がないと納得した。

「そして近い将来、また何かとんでもないことをやらかすだろう。君たちは未来から来たんだろ? だとすると、この先に起こることを知っているんだよな」

 未来人の存在を否定する一波が問い詰める。

「俺が君たちに聞きたいのは過去ではない。未来だ」

 一波にとって真実とは自分が生きてきた世界、ただ一つである。その世界で刻まれた歴史の延長線上に、つまり未来に何があるのか、興味の関心はそこにあった。

「……ええ、もちろん知っています。しかし、ここは僕たちの知る歴史とは異なる世界です。それを前提に聞いていただけるのであればお話しします」

 柊は断りを入れる。

「木佐貫黙示録、柊くんはさっきそんな言葉を口にしていたよね? 俺にはそう聞こえたんだが、聞き間違いじゃないよな? 黙示録ってことは、そこには何かしらの終わりが書かれているはずだ。奴が記す終わりとは……何だ」

 一波が知りたかったことは、柊が『木佐貫黙示録』と名付けた木佐貫本人からのメッセージについてであった。

 柊が霧靄に承諾を得ようと視線を向けた時、ヘルプキャストが大空光の名を呼んだ。

「ひかりーん! もういいかな? こっちも忙しくなってきちゃって」

 ディナータイムのピークを迎えた店内は、どのエリアも満席近くになっていた。

「あ、ごめーん! もう話し終わったんで大丈夫でーす!」

『モノ語り』を終えていた光は既に満足の様子であった。

「すみません、お店混んできちゃいましたので戻りますね! 柊さん、またお話聞かせてください!」

「ええ、是非! 長々とありがとうございました!」

 光は一礼すると、ヒストリーエリアのカウンターへ急ぎ足で戻っていった。


「一波さん、『木佐貫黙示録』というのは本来、というか僕の住む世界では2101年の11月11日、ドクター木佐貫が発した『シンギュラリティ宣言』と共に公開された論文の別称です。限られた人しか読むことができない論文でしたけどね。そしてドクターはこの宣言の後に失踪します」

「シンギュラリティって……あの、AIが人知を超えるとかいう、あれか?」

「はい。僕がさっき読んだドクターからのメッセージ、まあ本当に彼が書いたかどうか真偽は分かりませんが、そうだと信じる以外に僕たちがここから未来へ戻れる希望がないので、真であると仮定しますが、そのメッセージを読んだ僕が勝手に命名しただけです。だから本来の『木佐貫黙示録』ではありません」

 霧靄霞は木佐貫からのメッセージが表示された端末画面を一波に見せた。


「………………」


 5分ほどの沈黙が流れ、一波が重たい口調で話し始めた。

「これを完全に理解するためには君たちの話を全て聞く必要がありそうだな……だがあいにく俺はその手の話には興味がないし、おそらく理解できないだろう。しかし、こういう現象が実際に起きている、それは紛れもない真実だ。現にそれを信じる君たちがここに存在する」

「一波さん、さっきおっしゃった『ドクターが近いうちに何かをする』というのはシンギュラリティ宣言のことです。おそらくは」

「それは……無いとはいえない。量子コンピュータが実用化されて既に50年近くが経つ」

「そうです。ドクターはきっとどこかで研究を続けているはずです」

「ほう、なるほどな。それで、シンギュラリティ宣言が出された後の、本当の『黙示録』とやらには何が書かれていたんだ」

「それは先ほど言いましたが、限られた人しか読むことができない論文でした。その後も恒久機密文書扱いとなっており、残念ながら僕の住む未来に至っても開示されていません。しかし世界はそこに記された指示に従い、AI統治による社会システムの構築を始めました。なぜなら、ドクター木佐貫は若干26歳でCOVIMS-82の特効薬を開発した天才であり、世界をパンデミックから救った英雄だったからです」

「何? 奴が……英雄だと?」

「世界会議と呼ばれた組織はこちらにもありましたが、それは最先端科学チームによる 『シンギュラリティを想定した世界会議』のことです。ドクターは特効薬開発の功労者として、29歳の若さで議長になりました」

「そりゃえらい違いだな……」

「その後、世界はどうなったか、という問いの答えですが、僕たちは西暦でいいますと、2397年から来ました。つまり、そういうことが可能な世界になっている、ということです。もちろん色々端折っているのであまり伝わらないでしょうが……」

「……なるほど……その仮説は面白い。君たちが未来人であることの完全否定はできないわけだ。SF小説が1本書けそうだな」


「一波さん、あなた木佐貫さんを探しているんでしょ? どう? 私たちと協働しない?」

 話がひと段落したところで、もうひとりの天才、凪雫が一波に協力要請を打診した。

 およそ十数秒、考え込んだ一波が返答しようとしたとき、胸ポケットの携帯端末が振動した。

「あ、一波です。すみません、今店内でして……後程かけ直します!」

 通話を切り上げた一波は柊らに告げた。

「今日は木佐貫一に関する情報の提供をありがとう。内容の真偽は別として興味深い話が聞けた。協働自体は構わない。だが俺は俺の方法で木佐貫を探すし、共に行動するつもりはない。ジャーナリストはひとりの方が取材に好都合なことも多くてね。俺に聞きたいことがあったら名刺を見て連絡してくれ」

 一波にとって柊らは特殊な存在であり、完全に切り捨てるには早いと判断した。

「そう、構わないわ。ではそうさせてもらうわ」

 凪にとっても一波が持つ情報は貴重であると判断し、関係を保持する意思を表明した。


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