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episode.5

8月なのに肌寒い。

窓の外はしとしとと雨が降っていた。アロマディフューザーの充電を忘れていて、ジーニーはすぐには出てこれないので、私はぼんやりと本を読みながら一人の時間を過ごしていた。



点滅ランプが光っているので、そろそろ充電終わるかなあとスイッチを入れてみたけれど。まだダメみたいだった。



「つまんないなあ…」



ジーニーはいつだってテンションが高いし、すぐに調子に乗るし、ずけずけと人の心に入ってくるし、洗面のドアはいきなり開けるし、妖精のくせに唐揚げは最後の一個の取り合いで殺伐としてくるし、喧嘩して腹が立って、スイッチを切ったことも何回もあるけれど、なんだかんだ、いないと寂しい。



基本的に平日は私が起きる時間に合わせて起きて、化粧してる私の横から、ああだこうだと文句をつけたり笑ったりしながら話しかけてきて、朝のニュースを見ながら一緒に朝ご飯を食べて、アロマディフューザーのスイッチを切って私は出かけて、仕事が終わって帰ってスイッチを入れたら、またマシンガントークが再開して、晩ごはんを作る傍らずっと何かしら同意を求めてきて、ドラマを観ながらご飯を食べて、順番にお風呂に入って(妖精だから入らなくても大丈夫だけれど、私の愛用のシャンプーの匂いが気に入ったらしく、ここ2か月ぐらいは毎日入るようになった)、私はベッドで、ジーニーはソファで就寝する。アロマが切れて低電力モードになってジーニーがうとうとし始めるのと、私が寝るのとどっちが先かは日による。



そうして休みの日はどっちか一日はゆっくりお昼まで寝て家でのんびり過ごして、もう一日は遠出している。

最近だったら江の島のほうまで足を延ばしたり、全国唐揚げフェスに行ったり、美術館に行った日もあった。ドライブも結構していて、ジーニーは意外にも運転が上手なのでドライブは私が希望することが多いかもしれない。



そんなところだ。年下のヒモ彼氏と暮らしているアラサー女みたいな生活をしているけれど、それもまあまあ板についてきたし、現に楽しい。


意味の分からない出会い方をしたけれど、ジーニーは、よく懐いてかわいい奴だし、あと、ちゃんと言っていなかったけれど、実はジーニーはものすごく綺麗な顔をしていて、スタイルも抜群なので、単に目の保養にもなる。


現実では、こんなかわいい若い男の子と付き合えるようなスペックではない私にとっては、毎日の癒しとしては全然悪くない話なのである。

(お風呂に入るのが日課になってから、濡れ髪をわしゃわしゃやりながら洗面から出てくるけれど、思わず眼福…!となっているのは本人には内緒である)



2つ目のお願いをしてからもう3か月以上経っているけれど、ジーニーは亮太を探すことについて、うんともすんとも言ってくれない。


きっとそういうことなんだ。考えないようにしていた。ずっとこころにもやもやしていた亮太の存在がこれで終わったってわかっただけでも、ジーニーには感謝しないといけないんだ。



「ふぁああ~よく寝た。」



いつの間にか充電が終わって、ジーニーが起きてきた。薄い水色のTシャツが良く似合う。小さく跳ねた寝癖がかわいくて、まだぼんやりしているジーニーを思わず愛おしいと思ってしまった。


「乃梨子さん、今日は家でやることある?」

「特にないよ、ジーニーが起きるの待ってた」

「そか、んじゃちょっと出かけよう」

「こんな雨降ってるのに?明日にしようよ」



いいからいいからと急かされてメイクして、服もいつもよりお洒落をするように言われて何度も着替えて外に出た。

ビニール傘を差すジーニーの顔は曇っている。空の灰色と同じぐらい、悲しそうな顔をしている。


カフェに入った頃には雨は止んで、雲の切れ間から虹が出た。でもジーニーの顔はまだ暗いまんまだった。



「乃梨子さんは俺との暮らし、まだ嫌?」

「なんでそんなこと聞くの?愚問だなあ」

「…嬉しい」



ふっと笑ったのにまだ顔が暗くて私は焦っていた。



「何なの?充電切らしたから怒ってる?」

「俺さ、」


質問には答えないでジーニーはまっすぐ私を見た。薄い茶色の目が透き通っていて、ぐぐっと見つめられると眩しくて、少しだけくらくらする。



「いや、何でもない」

「今日変だよ、体調悪い?」

「いや、妖精は風邪ひかないからさ。アラジンは、主人公が男でしょ?だからちゃんと描かれてはないんだけど、他にもなんだかんだルールがあるのね、」



寂しそうな顔のまま、ジーニーはアイスコーヒーにシロップを足した。



「今さ俺、思い誤って、自分から乃梨子さんとの毎日を消そうとしちゃった、危な。」




「ジーニーの願い事って何?」

「俺の?」

「そそ、私は妖精じゃないから逆に物理的な願い事しか叶えられないだろうけど、なんか力になれることあったら言って?」


あんまり元気がないジーニーだから、私は焦っていた。

と、同時に急にジーニーが私の手を離れてふっと消えてしまうんじゃないかって考えたら怖くなった。



亮太みたいに。



ふっと、進む道が変わってしまって、私だけが毎日が続くと信じていたら…と思ったら、本当に苦しくて、頭が痛くなった。



「そうだなあ~今日の晩ごはんは唐揚げがいいかなあ」

「本当好きだね、唐揚げ。じゃあそれは叶えてあげる」

「あとは…そうだなあ」



雨はすっかり止んで蝉の声がじわじわと暑さを掻き立てていった。道路がゆらゆらと揺れて、ジーニーの透き通った白い肌をこんがりと焼いていく。



「なんかこう、普通の生活してみたいかも。人間みたいな。」

「普通の生活って?」

「ちゃんと働いて、買い物とかも一人で行って、自立する、みたいな。」

「今ヒモだもんね、ほとんど」

「うわあ本当その言い方嫌だ」



やっと笑顔が戻った。

この時のふにゃっと優しそうに笑うジーニーの目じりのシワを、なぜだかわからないけれど、ずっと忘れたくない、忘れないだろうなって、私は確信した。




9月になってもまだまだ外は暑いままだった。長袖を着るにはうんと暑い。週末はジーニーの架空の誕生日だから、お祝いしてやろうと思っていた。


ケーキはさすがに買うとして、チキン好きだし大きいのを揚げようかなと思っていた。

最初こそ、なんか亮太と同じ味覚のようなふりをして、ハンバーグと肉じゃがが好きって言っていたけれど、一緒に暮らすうちにジーニーの好みは全然亮太と似てないことに気付いた。


例えば、亮太は私のシャンプーの匂いはそんなに気に入っていなかったけれど、香水の匂いは乃梨子らしいって言ってほめてくれた。でもジーニーは香水をつけるとちょっと機嫌が悪くなる。服装も亮太はパンツルックが好きだったけれど、ジーニーはスカートの時のほうが嬉しそうに見える(見えるだけだけれど)



声がそっくりだから、勝手に関係があると思い込んでいただけで、本当は全然違うんだろうか?

そんな風にも思ったけれど、やっぱり4か月経っても何も言ってこないのは亮太を探すことができないからであって、生き返らせるのはできない、と私に言うことで傷つけるとかなんとか、ジーニーなりに考えているんだろうなって思った。

まあこの考えのループをするのももう100回目ぐらいなんだけど。



「乃梨子さん、今日の夜は空けといてね」

「うん、空けといてっていうか定時で上がるようにするよ」

「え、なんで?」


ジーニーはびっくりした顔をして、箸を止めた。


「わかってないの?ジーニーにとっては架空の誕生日かもしれないけど私は思い入れあるよ」


一瞬ジーニーが嬉しそうな顔をしたのを見逃さなかった。本当に一瞬ですぐに消え去ってしまったけれど。


「まあ、でもね、俺の勘では乃梨子さん、今日は定時に上がっても、帰れないと思うよ。」

「何?予知までやり始めたの?ヒモ妖精」

「ヒモはやめてってば」



ぎこちない笑顔のままトーストをむしゃむしゃとした。



「仕事がんばってね、行ってらしゃい。」



ジーニーの予知は外れて私はきっちり定時に仕事を終わらせて、スーパーにいた。

早く帰ってスイッチを入れて、ジーニーの喜ぶ顔が見たい。私はうきうきしていた。


「…!」


スーパーを出たところで、走ってきた自転車とぶつかりそうになった。

すみません、そう言って謝る顔に見覚えがあった。見覚えどころじゃなかった。




「…乃梨子?」

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