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episode.3


「で、なんで遊園地なの」

「いいじゃん、俺の考えたデートプランで一日恋人として過ごすって願い事してくれたでしょ?」



白いTシャツしか持っていないように見えたが、朝起きたらボーダーのTシャツに変わっていた。

特段お風呂に入ったりした様子はないのにいい匂いがした。さすが妖精。生活感は全くない。


レンタカーを借りてすいすいと運転する。私の免許で借りているんだから、事故られたら最悪では済まされないけれど、相手は妖精だし、深く考えないことにした。




順番待ちの列にいる間、キャラメル味のポップコーンを片手にジーニーは本当に嬉しそうにきょろきょろしていた。


「そういえばさ、気になってたんだけど何歳なの?」

「俺?1206歳」

「いや、リアルな年齢じゃなくて、身体年齢とかそういう話」

「あー、一応もし何か聞かれた時のためにあるよ、人間としての身分は。」



ポケットからおもむろにカードケースを出す。



“桐生颯 1997年9月13日生まれ…”



「持ってるじゃん!免許!そして爽やかすぎる名前!!」

「もちろん偽物だよ?ばれたらもっとまずいからここぞというときだけね、これは」


最後の一粒をぽいっと私の口に放り込みながら、ジーニーは笑った。



「俺今、22歳だから、乃梨子さんとは5歳差かなあ」


“22歳の時、乃梨子さんは何してた?”



柔らかい声の向こう側にぎゅうぎゅうに押し隠していた懐かしい感情がよみがえっていくのを感じていた。


「あ、ちなみにおとめ座のB型、身長は181cm、体重は…体重はどうでもいっか。」



がたんがたんとジェットコースターは上を目指して登っていく。

私は絶叫マシーンが得意ではない。おまけにこれは7分も走行時間があるから、考えただけで憂鬱だ。ふとジーニーを見ると、同じように顔をこわばらせていて思わずおかしくなった。



ぐるんぐるんと回りながら私たちは大騒ぎし、久しぶりに感情が大きくぶれて解放されていくのを感じていた。

平穏じゃない日も悪くない。平穏を壊すような驚きも、ときめきも、悪くはない。



やっぱり何度考えたって絶対嘘に決まっていた。アロマディフューザーにから出てきた妖精といきなり一緒に暮らし始めるなんて、そんなメルヘンみたいなことがあるわけがない。


とんだ大嘘つきだから、いつかは豹変して怖い目に合うのかもしれないし、油断して目を離した隙に貯金を根こそぎ持っていかれたりするのかもしれない。



もしくは、これは全部夢なのかもしれない。



もしも夢なのだしたら。

本当に自分でも訳が分からないけれど、覚めないでほしい。そんな風に思った。

平穏でいい暮らしをしていた私だったけれど、ジーニーのいる生活が経った二日で覚めない夢になってほしいと、バカみたいにほんの少しだけ思ったりした。



「乃梨子さん、ソフトクリームの味、どっちがいい?」



チョコと苺のソフトクリームを両手に持ってジーニーは笑った。妖精だからなのかもしれないけれど、彼は本当に無垢な笑い方をした。


日の落ちていく中で観覧車に乗った。

二日目の夕焼けもじんわりとジーニーの肩を照らしてた。ゆっくりと伸びをして、見慣れた街を見下ろしてみると、ミニチュアみたいに小さい生活が、その中でうごめいているみたいだった。





月曜だ。仕事には行かないとならないけれど、ジーニーをどうしたらいいのだろう。


むしゃむしゃと私の作ったおにぎりを頬張りながら、ジーニーは朝のニュースを見て、ああだこうだと私に同意を求めてきた。



「乃梨子さん、おとめ座、今日占い1位だったよ」

「ジーニー今日はどうするの?」

「どうするって?」

「会社行かなきゃいけないからさ」



キョトンとした顔をしたジーニーは当たり前のように言った。



「うん、行ってらっしゃい」

「今日は連れてけないよ?」

「うん、だから中に戻っとくよ」



ああそうか。スイッチを切ればいいのか。

相変わらずジーニーはむしゃむしゃとおにぎりを食べながら、楽しそうにしていた。


玄関先までアロマディフューザーを持って、のそのそと出てきたジーニーはふわふわの髪にちょっとだけ寝癖ができていた。



「行ってらっしゃい、仕事がんばってね」



私はスイッチを切った。イランイランの香りがぱあっと広がってジーニーの姿は見えなくなった。


二日ぶりに一人になった。なんだかぽっかりと心に穴が開いたみたいに、ちょっぴり寂しかった。


玄関の鍵をかけて、ふと思い出し、またドアを開けてアロマディフューザーのスイッチを入れた。



「ん?もう帰ってきたの?」

「いや、そうじゃなくて…」


きょとんとした顔で覗き込んでくる。

不覚にもかわいいと思えてしまったから私はきっとちょろい。



「晩ごはん何食べたい?」

「えーそのためにわざわざ戻ってきてくれたの?遅刻するよ?」


嬉しそうな顔をしてジーニーはその瞬間、私を0.02秒ふわっと抱きしめた。



「乃梨子さんのハンバーグ美味しいから、ハンバーグで。」





夢を見た。通っていた大学にいた。

私は22歳の頃みたいに長い髪を緩く巻いて、誰かと自転車を並走していた。



穏やかな午後だった。夜は鍋にしようと話していたから、材料を買いに業務用スーパーに向かっていた。



「なんで挽肉も買うの?」

「乃梨子のハンバーグ美味しいから」

「え、だって鍋でしょ?」

「ダメなの?俺どっちも食べたい気分なの、今日は。」



笑いながらカゴをひょいと持ち上げていく後姿はふわふわとした柔らかい髪の毛をしていた。ふいにその後姿がくるっと振り向いた。窓から差し込んだ夕陽が柔らかく照らしている。




「…亮太が食べたいなら作るよ、もう仕方ないなあ」

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