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episode.2

「願い事決めた?」


ジーニーが来ようが来るまいが、今日はフレンチトーストを朝から焼く気でいたので、昨晩から仕込んであったタッパーを開けた。


「すごいね、一人暮らしなのにこんな凝ったもの作るの?」


どさくさに紛れてむしゃむしゃと頬張っていた。どうせ作りすぎたからいいんだ。

ジーニーはブルーベリージャムが気に入ったようでそればかり付けていた。



「特に今困ってることないんだよね。」

「なにそれ。すごく妖精甲斐のない主人なんだけど」

「だって願い事叶えてもらうために買ったんじゃないもん、これ。」



私が叶えてほしい願い事?


宝くじが当たったとしても半分は税金で持っていかれる上に、宝くじが当たった人はそのあとの人間関係はものすごく歪むらしいと聞いたことがある。

人間の欲は怖い。私は今の自分の収入で欲しいものを買うことも、したいことをすることもできるので、宝くじは全然魅力的ではなかった。



長生きしたい、というのも違うなあと思った。周りがみんないなくなって、一人だけ千年も万年も生きたって空しいのは明らかだ。そりゃあ今すぐ死んだら嫌だけど、そこそこの天寿を全うできるのが本望だった。



昇進したい、というのも、仕事にプライドを持ってやっているからこそ、こんな妖精に叶えてもらっては不完全燃焼だ。



見た目にも、そりゃあ全然満足はしていないけれど、今更顔が大きく変わったら、整形したと陰口を叩かれているのが目に見えているし、そんな苦労を追うほど自分がブスだとは思っていない。




「…今みたいな平穏な毎日がずっと続くこと、かな。」


考え尽くした末に、そう言った私を見て、ジーニーは大笑いした。


「乃梨子さんさ、俺がいるの嫌なんだよね?」

「そりゃね、慣れないのは事実だよね。」

「アラジンでは最後まで描かれてないから、知らないと思うけどさ、」



いたずらっぽく笑って、また残りのフレンチトーストをむしゃむしゃとやった。


「妖精って3つの願い事を叶えたらお役御免だから、次の主人のところに行くんだよ」

「それが何?」

「乃梨子さんがさっき言った願い事だと、たぶん俺はずっと一生、乃梨子さんと暮らすことになると思う。」



いつの間にか私の真似をして、杏のジャムをつけながら、さも楽しそうに笑うジーニーは、どことなく懐かしい声をしていた。



「…じゃあもっと叶いやすい簡単な願い事考えるよ。」

「あ、ちなみにそこにあるもの取ってとか、そういう物理的な願い事もダメだからね。俺たちは妖精であって、執事ではないからさ。魔力使える感じの願い事にしてね。」



意外と難しい。どんなに考えてもジーニーに特別叶えてもらいたい願い事はなかった。


それならスイッチを切ってしまえばいいのだろうけれど、どうしてか、そんな考えは浮かばなかった。



買い物に出かけたかったけれど、家にジーニーを置いていくのはどことなく不安だったので連れて行くことにした。


まだ信じていないわけではないけれど。いやむしろ、どうしてこんな話を信じてしまったのか自分でもわからないけれど。




アロマディフューザーはまあまあ大きい。重くて辟易した顔をしたら、トートに入れてジーニー自らが持ってくれた。


「私が持っとかなくていいんだ。」

「いや、本当はダメだけど、三メートル以上離れなかったら大丈夫。」

「思ったよりルール緩いね。」

「時代の流れってやつかな」



地下鉄に揺られながら街へ出た。欲しかった春服を買っている間、ジーニーは普通の顔をして試着が終わるのを待っていた。

周りの人はみんな、私たちがカップルだと思うだろう。最後に恋人だった人と買い物に来たのは、もう5年も前のことだったから、薄ぼんやりとしてむずかゆかった。



「いいじゃん、似合う。俺そっちの色のほうが好き。」


カフェに入って会計しようとしたらジーニーが電子マネーで決済したので唖然とした。

これも時代の流れらしい。多少は収入があるから無理のない程度に、こんな風に男がおごったほうがよさそうな場面は全然払うからと涼しい顔で言われた。



コーヒーをすすりながら時計を見るともう夕方の4時だった。そろそろ帰ろう。雑貨屋を見ていてかわいい平皿とマグとグラスと、小さい丸皿があったので全部2つずつ買った。



「ねえねえ、それ俺用?」

「うちあんま食器ないからさ」

「すっごい嬉しい」


レジをしている私の肩に顔を乗せるみたいにして嬉しそうに笑った。


「なんか本格的に同棲、って感じだね!」

「同棲ってものすごい嫌な響きだね」

「どうして?」

「だって恋人同士じゃあるまいし」

「そっかあ…」


ジーニーはころころと表情が変わる。嬉しそうにしたり、悲しそうにしたり。

感情が若い、という感じがした。出たばかりの新芽みたいに、柔らかい感情が惜しげなくほとばしっていて、なんだかとっても眩しかった。



「ジーニーは私の前に主人っていたの?」

「なにそれ嫉妬?」


しょぼんとしていたのに急に嬉々として聞き返してきた。まったく。本当にめんどくさい奴だ。



「単に質問」

「なんだ。乃梨子さんが初めてだよ。ってか一個のアロマディフューザーに一妖精ってシステムだからさ、これ新品だし、俺も新人ってわけ。まあ、乃梨子さんがこれを、壊れる前に誰かにあげたりしたら、新しい主人ができるわけなんだけど…」


手放されるのが嫌と言わんばかりに、小さな声でそう説明するジーニーは恐る恐る私を見た。


「そうだ、全然願い事思いつかないんだったらさ、俺考えていい?」

「そういうのもありなの?」

「乃梨子さんが最終的には決めるからさ、」


振り返った爽やかな笑顔を、夕陽が柔らかく照らしていた。爽やかに見えた笑顔はどことなく寂しそうに見えた。



「俺がどうやって生きていくかは全部、乃梨子さんが決めることなんだ。」

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