EP01
あれは何時だったか。確か、小学校に上がってすぐ、つまり六歳か七歳の頃。
従姉妹が死んだ。交通事故だそうだ。友達と遊びに出かけた時の事、曲がり角から迫って来た車に気が付かず、赤色の軽自動車に跳ねられた。当たりどころが悪く、ほぼ即死だったらしい。苦しみを伴わぬ分、まだましだったのかもしれない。
まだ幼かった僕は、母親と父親と共に葬式に訪れ、母親に付き添われながら死体に花を添えることとなった。
棺の前に立ち、顔の横に花を添えようとした。その際ほんの少し手元が狂い、顔の上に重ねられた白い布がずるりと落ちてしまった。
こそり、と小さな声で母親に注意を受けたのは、ほとんど覚えていない。というか、意識の外だった。耳に入ってすらいない。
温度の感じられない、蝋を塗りたくったような真白色の肌。
元々黒かった髪は更に黒く、闇よりも尚昏く漆黒に染まり。
可愛らしいと評判だった顔はぐちゃぐちゃで、額が大きく陥没していた。
何より、何より。
その虚ろに見開かれた瞳が、何も映さぬ、光の灯らぬ黒い水晶が。
何よりも美しいと、そう思えた。
それが、僕の初恋。歪んでる、と思われても仕方ない。けれど、僕の脳裏に浮かぶのは、あの漆黒の瞳だけだった。
後から、瞼が閉じていなかったのは、その状態で既に死後硬直が終わってしまったからだと知った。その後も曾祖母の葬式に参列した事はあったが、あの死者の眼差しを見ることは叶わなかった。
僕が死体性愛であると気付くのに、そう時間はかからなかった。何時までも初恋の幻影を追い続ける僕は、まだ子供なのだろうか。
ああ、もういちど。もう一度だけでいいから。
温度のない眼差しに、全てを見透かされる様なあの感覚を、味わいたい。
そう心から、願った。
──だから、僕は。
▲▲▲
「周、おい周ったら、聞いてんの?」
「ん?ああごめん。駄菓子屋さんのお婆ちゃんって可愛いよね、分かる。」
「誰もそんな話してねぇよ!こん畜生!」
騒がしいな、と思いながら、友人のその声を聞き流す。彼の名前は、森野穂高。小学生から現在、高校二年生に至るまで、連続で同じクラス。少し気持ち悪い位の、所謂腐れ縁という奴である。
「だから、相馬さんがお前に気があるって噂、知ってるか?」
「いや、知らないけど。」
「……かぁっ!やっぱりモテる奴の余裕は違うねぇ!……いやいや、実の所どうなのよ。相馬さん、結構可愛いって噂だけど。」
モテる奴は違う、と抜かす此奴の顔はそこまで悪い訳ではない。寧ろ、そこそこ整っている方だ。ただその飄々とした何処か戯けたような態度のせいで、少し距離を置かれているだけ、と僕は思っている。彼から話しかけられた事で、少し嬉しそうな様子を見せる女子は、案外少ないない。
モテたいのなら、それ相応の行動に移るべきである、という事実くらい理解しているだろうに。まさか心に決めた女がいるとでも言うつもりか。
「興味ないかな。」
少し、ほっと安堵の表情を覗かせたように見えたのは、気のせいだろうか。もしかすると、彼の言う相馬さんに気があったのかもしれない。誰か知らないけれど。
「ふぅん。ま、いいけど。いや、それはともかくとしてさぁ。お前、彼女作んねぇの?」
お前なら選び放題だろ、と続ける彼に、鬱陶しい、という意図を込めて視線をふいと投げかける。まあ確かに、墓地か死体安置所に行けば選び放題だろう。墓から死体を掘り起こす勇気があれば、だが。
何処かに、体温のない女子はいないものか。できればその視線が虚ろであれば尚良い。
「……今の所は、良いかな。」
ふぅん、と直ぐに興味なさそうにそっぽを向いた彼に、興味がないなら聞くな、と抗議したい気持ちをぐっと堪える。
息をしていない子がタイプです、だなんて言えるわけないではないか。
ホームルームの開始を告げるチャイムと共に、担任の教師、刑部辺里。若手の女性教師ということもあり、生徒からもそこそこの人気を得ている。
「はーい席着いてねー。」
一部の陽気な男子生徒が、はーいと大きな声で返事を返した。その後に辺里ちゃんと聞こえて、その声にこら、と小さく叱る。
最早定番のやり取りで、彼女も困ったような笑みを浮かべこそするものの、どこか楽しげにも見えた。
「おはようございます!えっと、連絡事項だけど、今日は──。」
授業変更やらもう少し後の修学旅行の実行委員選出やらについて話し、それから簡単に今日も頑張ろう、という趣旨の言葉を言いホームルームは終了となった。
終わった後、彼女がこちらにちらりと視線を投げかけ、視線がかち合った瞬間、さっと視線をあくまでも自然に反らした。何か気不味い事でもあるのか、なんて問いは愚問である。
それからなんら恙無く何時も通りの日常が繰り返され、学校での一日は幕を閉じた。
▲▲▲
「ひっ」
ぐ ちゃ り 。




