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クレア・レア・ヴァレリオーズ

週一しか書けない私になりました

なんでこんなに忙しいのだろう

強さが欲しかった。


私の二人の兄は死産で、やっと授かった私を産んだ母上は、力強い産声に涙を流して喜んだ。


父上は、次は男子をと祖父に謝った。


けれど弟も妹も生まれる事はなかった。


私が3つの時、父上と母上は、流行病に倒れたからだ。

幸い私は祖父の館にいて難を逃れた。ヴァレリオーズ領の最大の危機だった。

祖父はまだ爵位を譲ってはいなかった。国境から戻った祖父は、病原体の宿主がネズミである事を知るや否や、領土全てに王院からの医療団を中心とした根絶班を派遣し、治療と感染防止の策を徹底した。ひとしきり領は貧窮したが、伯爵は戦に備えた備蓄や財をほとんど放出し、枢密院からも借金した。


領民を救うために、祖父は王国での立ち位置を大きく下げた。


幸い流行り病は鎮静し、ヴァレリオーズでの経験がアズーナを救った。病は蔓延することなく収束し、さらには王院で病を叩く新薬が開発され病は根絶の道を辿った。


ヴァレリオーズの犠牲のもと。


祖父は王都に行く事がなくなった。

領民を豊かにするためには納税を薄くするしかなかった。農業と鉱物掘削に従事する民を増やし、まずは人を増やす事が先決となった。


道路の整備、貨物の鉄道の整備、水道の整備、祖父は働きに働いた。息子を失った事実から逃れるかのように。


そして5年


気がつくと、息子によく似た子供が館にいることに気づいた。


クレア8歳。


侍従たちと育った彼女は、下男の息子たちと変わりのない格好で、剣のかわりの棒を振り回す餓鬼だった。


およそこの子の母親が望んだ、花のような姫君から程遠い。

祖父は頭を抱えた。


しかし、小汚いながらも聡明な瞳をもった孫は祖父に言ったのだ。


「強くあらねばなりません。病にも敵にも打ち勝つ強い人間に。貴方のように、お爺さま。」

放置していた孫娘は、花より剣、刺繍より体術を好む子供となっていた。それは本人の望みであり、幼いながらも強い意志で、館の者たちに命じ、教育を受けていたのだった。


おのれの不徳を悔やみつつも、孫の優秀さに心が動いた。


そして、辺境伯は、跡継ぎとしてクレアを育てた。望むままに。


強く強く

力と、しなやかさ、知恵と狡猾さ、硬軟取り揃った騎士に。国境を任される戦士に。兵を動かす策士に。


こうしてクレアという稀なる人物が出来上がった。


伯爵の全てを注ぎ込んだ彼女は、しかしながら母親の遺伝子もしっかりと持っていた。成長するにつれて、彼女が大変な美人であることに、周囲が気付き始めた。


艶やかな黒髪。しなやかな四肢。細い首。日焼けしない肌。珊瑚の唇。濡れる瞳。憂うような長いまつ毛。


しまった、と、祖父が慌てた時には、既に貴公子然としたクレアに淑女教育など無理だった。


限界を感じた祖父は、学校での教育に望みを繋いだ。

地頭のいい彼女は難なく最難関の学院に合格した。


田舎の領地から初めて都に放り出されたクレアは、突然「女」という壁に激突する。


履いたことのないスカートやドレス。女とあらねばならない苦痛。剣も体術も、学校社会では通用しない。


そして、社会が、世間が女に求める役割からは程遠い自分に気付かされた。ここに至ってクレアは、おのれの望む姿とヴァレリオーズ家の一員として望まれる姿との乖離に慌てた。


クレアの初めての挫折

そして、コンプレックスへと育つ奥深い闇となった。


淑女らしさ

女らしさ


しかし

田舎者の自分を受け入れ、親しくしてくれるのは、その女子生徒達だった。彼女達は、クレアというキャラクターを丸ごと包容するしたたかさを持っていた。


女の不自由さ制約の多さの中、女性達は掻い潜るような柔軟さで、世の中を泳いでいることを知った。


王子との出会いと、性別を超えた絆も、クレアの自尊心を修復した。


そんな時


アゼリアをみた。


淑女の象徴のような彼女にクレアは打ちのめされる。

対極に位置する彼女は、遠く遠く、クレアの生い立ちからを全否定する存在だったのだ。


なりたかったわけではない。


私は私にしかなれない。


理詰めで言い聞かせても、立ち返ってしまうのだ。

(母上が生きていたら)

(父上が跡目を継いでいたら)

私はアゼリアになっていたかもしれない……


そして事は起きた


そして共に手を繋いだ事で、私は私だと自分に言い聞かせた。

彼女と自分は違うのだ。一人一人、違うのが当たり前なのだと。



アゼリアが戦っている。

持てる力で全力で。


なんだ。

同じ戦士ではないか。

化粧とドレスの女戦士。


ならば、同じ土俵で、支援しよう。

化粧とドレスで戦って見せよう。

戦場で、彼女を救い出して見せよう。


ちり

と、心が痛み、甘くうずく。

ローレイナの館で、アーボルトにエスコートされたあの時、私は思い描いた淑女であった。私に惹かれる殿方が、私の腰をとり、ダンスに誘った。

あの時感じた自分の女の部分に、驚きそして喜びを感じた。


日頃男と女の中庸に生きて、どちらともつかない自分の軸に苛立つ感情が霧が晴れたように薄らいでいった。

私は姫にもなれるのだ。

その自尊心をくれたのは、他ならないアゼリアだ。


彼女を救いたい!

友として、心許したかけがえのない同輩として。


そのためにはなんでもする。

男以上に男になれ、というなら、なってみせよう。


寝不足にただれる頭で、クレアはこの端末における自分の意志を正確になぞっていた。


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