クレア覚醒
ヴァレリオーズ別邸には、親衛隊と共に沢山の荷物が運び込まれた。
「皆様!おはようございます!」
おはようございまーす!
トールマーレ嬢の一声に可愛らしい唱和が続く。
「衣装係の家政学科のお姉様方、お疲れ様でした!素晴らしい出来栄えに、胸キュンです。」
トキメキますわー☆
「ダンス部の皆様そしてエリー部長!お疲れ様でした。あの山猿クレアに叩き込んで下さった事賞賛に値します。」
見ものですわ〜〜
「ここで!スケジュールを確認します。只今クレアは爆睡中です。この打ち合わせ後、叩き起こして、メンテナンスを施します。化粧部の皆様、スタンバって下さい」
かしこまりましたわっ!
「ピッカピカのテッカテカにすると同時に、体のメンテナンスも行います。ダンス部のメンバーで施術出来る方は、マッサージとストレッチをお願いします」
勿論、お触りいたしますう☆
「一度夜会仕様に仕上げます。
皆様の確認をお願いします。」
「質問ですっ」
「はい、どうぞ」
「……写真絵師を呼んでも?」
トールマーレはややたじろぎ、ごはんと咳払いののち、
「クレアの肖像ですね
親衛隊活動の一環として、許可します。」
やた!素敵!
「はい、質問」
「どうぞ」
「一緒に写していただくお時間を下さいます?」
「……仕上がりと、お直しの有無によりますが…」
すかさずダンス部長が挙手。
「提案がございます。…男性の所作ができるか、その時にポージングのチェックを行うという条件では?」
「おお、ナイスな提案です、エリーさん。では…皆様との撮影を許可しましょう!」
おおーっ!!!
素敵ですわ〜〜〜
「正午きっかりに、このホールに集合です!爺やさんには伯爵の居室以外は使ってよいとの許可をいただいております!仮眠を取りたい方は一旦学院にお戻り下さい。それ以外の方は各リーダーより指示を受けて御活躍下さいっ!」
任せて下さいっ!
皆様!やりますわよ!
やりましょう!!
親衛隊の皆様は、わらわらと元気に散った。
「……はぁ〜〜っ♡」
(皆様あばたもエクボですわ)
トールマーレは頭を抱えてクレアと親衛隊を見比べた。
かたや寝起きのクレア。
昨日の寝起き以上に、ボサボサのダレダレのヨレヨレである。
無理もない。完徹のハードワークに睡眠時間は3時間。
しかし。
(昨日のは、たまたまじゃなく、この子はこーゆー子なのねえ)
つまり、クレアは寝起きが物凄く悪いわけだ。
白いシルクのダブダブの寝巻きは大柄なクレアでも布が余っている。すでに肩はしどけなくはだけて、抱えた枕にばふっと顔を半分預けてヘニャヘニャして床にお座りのワンコポーズ。
かたや
そのぽんこつクレアを取り巻いて、
「……眼福ですわーっ!レアですわぁ」
と、悶えている皆様。
これを眼福と言えるくらいに親衛隊は腐っているのである。
「……ふあぁぁぁぁぁ〜〜」
ああっ。そんな可愛い声でのびのびしないでえ!
あっ、寝巻きが大きくて袖から、指がちらり。も、萌えますわ。
やめて!首筋をなぞり上げて髪をかきあげないでえ〜
(ううむ)
このグダグダに妄想できる親衛隊が凄いのか、きりっとしようがぽんこつだろうが、女心を鷲掴みにするクレアが凄いのか。
(そういうことか)
女教師が言った事が、なんとなくわかってきた。
クレアの天然っぷりで、親衛隊が結成されたけれど、やはり嗜好というものは閉鎖的である。
この有り様を汎化させる。それにはクレアの無自覚の色気では足りない。山猿クレアを見慣れたトールマーレにとって、今のぽんこつは可愛いし庇護欲を沸き立たせるが、萌えたり悶えたりする対象にはならない。親衛隊の皆様は、わたくしよりもそういう意味では腐っている。
しかし。
きりっとしたクレアには、わたくしもくらっとする。ちょっとした仕草にドキドキすることもある。
では、一般的な貴婦人方は?
仕掛けがいる。
クレアの意志が必要だ。
クレアの意思で、勘違いさせなくてはならない。
この人はわたくしを誘っていると。
この人はわたくしに魅せられていると。
親衛隊同様、よろめかすには、クレアが「そのつもり」にならなくては。
「さあ、皆様!時間がございません!とっととかかって下さいまし!」
トールマーレの宣言に、どっと人が動いた。
ばふ、と、クレアはカウチにうつ伏せにされる。
ある者は、四肢のマッサージ
ある者は髪のブラッシング
ある者はパックの準備
(皆さま、お気張りくださいまし)
「わあっ!ショーナっ!
ううう、いていて、きゃああ!
と、どこいく、ぐっ!」
やっと目が覚めたクレアは親衛隊に取り巻かれ組しだかれつつ、後ろ姿のトールマーレを呼んだ。
リーゼンバーグが到着するのと、クレアが仕上がったのとは、ほぼ同時だった。わちゃわちゃと女子が待ちわびる中、扉が開いて、クレアが入ってきた。
「おお」
「まあ」
「ふあ」
様々な感嘆と桃色の吐息が、ヴァレリオーズ邸のホールに広がった。
「お直しは不要です。細かな採寸のお陰ですわ」
「髪型は、一旦これで進めましょう。」
「メイクはいかがでしょう。素材が良いので目力を大事にいたしました
。」
それぞれのチーフが、冷静に確認できるのも、パーツを見ているからであって、周りの者は皆、すでに妄想の域に跳んでいる。
クレアの正装は、なんと見事な事か。
その黒髪は柔らかく結い上げ、後毛が長く白い首筋にかかる。
ジュストカール(上着)のあるドレスというのは斬新で、もっともっさりするかと思いきや、上着のデザインのおかげで、ポールガウンドレスの膨らみを抑えつつ、上着のラインと繋がって、まるでつがいに仕立てたかのようだ。
クレアのスタイルの良さのお陰であろう。腰が高く、華奢で、しかも四肢が長い。形の良い胸は上着によって隠され、それなのにウエストは細い。
このままでも、夜会の貴婦人として逸品の仕上がりだ。素顔をさらせば、我も我もと紳士が踊りを申し出るであろう。そのくらい、清楚で色香のある極上の仕上がりとなった。
そして!
「クレア、下を取って。この合わせ目のところよ。」
「ん」
ふぁさっ
無造作にドレスの膨らみを外すと…
「「「きやぁぁぁぁぁあ!」」」
♡♡♡♡♡
ホールに響き渡る黄色い悲鳴!
「に、似合い過ぎ」
「ううっ!怖い怖いですわ、嬉しすぎて!」
「……も、悔いはございません」
男装の麗人
細身のパンツとブーツが長く形良い脚に纏い、上着とのバランスはこれまた黄金率。
「クレア、立ち方」
エリーの声に、クレアは条件反射で、
「……こう?」
と、前髪をかき上げて、少し膝を開けて立ち直した。
おお
男の色気全開!
なのにその顔は、華やかな繊細さが微妙に女を残す
入り混ざった魅力が倍返しだ。
「……愛してます!」
わたくしも!わたくしだって!
混濁した無調和の中で、トールマーレはガッツポーズを軽く取った。
よしっ!
後はクレアの本気を注入よ!
「さあっ!皆様!
写真絵師を入れて差し上げて!
撮影会を開催します。
まず功労者のエリーさんとミュージアさん、そして家政学科部長先生!どうぞ!」
皆様っ!メイクは?メイクよっ!
列をお作りになって!
ダメですわ、学年の序列はお守り下さいまし!
様々な声と女子の動きを面白そうに見ていたクレアに、トールマーレは
「クレア。この女子全員に男として撮影に付き合いなさい。1時間ね。それができたら、ご褒美を差し上げるわ。何がいい?」
「……コーヒー。それからクリームいっぱいのパンケーキ。熱々のソーセージ。」
そういえば昼食がまだだった。
「ショーナ。この子たちは、何が楽しいんだ?」
「……貴女が仮想彼氏なのよ、全員。一人一人理想があるの。試練よクレア。それぞれが求めるポーズで理想の彼氏を演じなさい。」
りそーのかれし……
リーゼンバーグの目がきらっと光る。
「クレアさんっ!」
「は、はいっ」
「これは貴女の淑女試験よっ!
アゼリア同様闘いなさい!
このフロアの女子全員の理想の彼氏となるために、千の仮面を会得するのです!」
時折女教師はわからない単語を使うが、その迫力は伝わった。
「闘い……」
「そーです!倒しなさい!
演じるのです、あなたは女優!
千通りの彼氏を体現すること!
それができたら」
「で、できたら」
昼食です
と、言い放って、女教師は次のミッションの準備を始めた。