バルト君暗躍
ご無沙汰しました。
ちょっと風邪ひいてました
ミズリ邸で仮眠を取っていたバルトは、爺やに叩き起された。
徹夜のダンスでヘトヘトの身体は早くも筋肉痛を訴え、適度な柔らかさのベッドから起きるのも、カクカクする。
「申し訳ございません。
急なご訪問に至急坊っちゃまをと旦那様が」
ほうもん。
芒とした頭をマーレで覚醒させる。
冴え冴えとした空気が霧を払うように、前頭葉をクリアにした。
こういった時、マーレ・コントロールは便利だ。寝不足のぼんやりした頭をスッキリさせた後、身体の隅々を活性化させるよう脳が指示を出す。
「……王宮よりご訪問です」
フェーベルト?
いや、彼なら俺を呼びつける。
「ムシュカ王女であらせられます」
王女。
バルトの脳がフラッシュして、瞬時に回答を叩き出した。
「客間から書斎にお連れして。
侍女はいい。人払いを。」
かしこまりました、の低い声を背に、バルトは急いだ。
多分。
アゼリアの淑女試験をタネに、王宮のバランスを操る魂胆が東の宮にはある。公爵と侯爵が手を合わせなければ、それぞれの姫が危うい。かたや王の姪、かたや次代の王太子妃。国を担う2人の姫のどちらをも救済するとなると、誰かを貶めなくてはならない。
東の宮が画策するとなれば、羊は西の宮。
これを機に、西の権勢を削ぐ。王妃には理由がある。そして、動けるのは王女。フェーベルトは、迂闊な動きはとれない。婚約者が当事者だから。
王女が自分に会うとなれば、自分の記憶のマーレを頼ったという事だ。そして、組する事はフェーベルトの立場に有利になると言うのだろう。
友情と将来を考えれば、ここは王女に恩を売っておくのが得策。
そして、午前の早い時刻に王女が忍んで来訪したという事は、
かなり際どい、提案なのだろう。俺の記憶を使って、何を成すのか。
いずれにせよ、秘密裏に、俺の能力を使って、西の宮に不利な証拠をでっち上げる気だ。
かつかつと靴音をさせて、書斎の戸口に立つ。ノックをして、
「バルトです。失礼」
と、扉を開けた。
書斎には、ひとり王女が座っている。髪を三つ編みに結え、地味なドレスの王女は、その容貌を知らなければ、ムシュカ王女とは悟られない装いだ。
「ご機嫌よう。貴方の家です。失礼はわたくし。」
彼女の声は心地いい。柔らかく深い声質だ。そしてこの短い言葉からも、その聡明さが感じ取れる。
「御用は第2王子ですか」
ムシュカは目を見開いたが、程なく微笑み
「流石ですね。はい。証拠が欲しいの。」
「謀反の?」
「そうね、不敬罪かしら。兄の廃嫡に動いた証拠を」
さらさらと淀みなく答える王女に、おや、とバルトは思う。
今まで王宮で出会う王女と、目の前の王女は別人だ。賢く可愛らしい、そして慎ましい王女。それが、昏い影と狡い瞳でバルトに向き合っている。
「具体的には」
「直筆が欲しいわ。野心を書いて。腹違いの兄の直筆。」
彼女は広い袖口から、白い封筒を取り出して、手袋の指に挟んだ。
もう一つの手でそっと中から便箋を抜き出す。手袋の手が、開いて中を見せた。
「記憶のバルト。貴方のマーレで、兄の筆跡で書き加えて欲しいの。
インクは兄の私室から持ってきました。」
羊は王子か。
「出来ない事ではないでしょう?
限りない記憶から兄の書を取り出し、複製する事は。そしてわたくしの共犯者として、永遠に秘密にしてくださるでしょう?貴方なら。」
やはり。
読みは正しい。
そして、王女の読みもまた、正しい。
王女の提案は、バルトには可能。
さらに、この陰謀に乗ることも、誰にも黙することも、バルトには可能なのだ。
「……兄のためです。母ではないわ。」
「配慮はご無用。
全て承知です。
半刻ほど、お待ちいただけますか?」
こくり、と、王女はうなずき、バルトはハンカチーフで彼女からインク壺と便箋を受け取った。
(流石はミズリの嫡男)
その回転の速さ、推理と判断の正しさに舌を巻いている王女が、未来の宰相にとって、大きな存在となった事には考えが及んではいなかった。
その物語は後日また。
クレア大作戦の裏側で、シリアスな陰謀も密かに進行していた。
そしてすべては、夜会に繋がっていく。
ティーブレイク。
でもシリアス。
次はクレアと先生大騒ぎ