夜明け
宝くじ当たった
いちまんえん
夜が白白と明ける。
王都の晩秋の夜明けは遅い。冷え込んだ空気の中、吐く息が白く上がる。
「……終わりました」
最後のラインストーンをつけ終わった家政学部2年生が呟いた。
「お、わっ、た。」
出来ましたわ~~~!
糸切りばさみの音を息を呑み込んで待っていた一同が、吐息の様に唱和する。
人形に着せられた衣装。
それは、華奢な上半身にたっぷりとしたポールガウンドレス。
淡いシフォンの碧を幾重にも重ねた下半身部分に不自然はない。優美なカーブを描き、トレーンに繋がっている。絹の重なりとカーブが妙なるグラデーションを作り素晴らしい色合いを作り出す。
そこに、部長は出来たてのジャケットを羽織らせる。
ライトブルーのベルベット。
普通の男性用より長い。そして前を短くして、前から見ればジャケット、後ろからは短いドレスのように見える。
その上着は、ブルーの糸で丹念に複雑な模様が施され、銀糸の刺繍とラインストーンが袖や立ち襟、胸、ボタンたてなどに豪華に付けられている。これ程の仕立てと豪華さは、王族も掠れるのでは、と、皆が感じた。
その横には、パンツ。
ジャケットと合わせれば、どれほど魅力的かが想像できる。
細身の長いパンツは、紫紺のサテン地。そして縦に銀糸が走り、細く長い脚が更に長く見える。
「……完璧ですわ。
高貴で中性的。華奢で豊潤。豪華で端正。」
「ああ、まるでクレアを形容する様なお言葉。」
「早く、お着せしたいですわー。」
それぞれがため息と共に満足さを口にする。皆寝ていない。家政学部総力をあげて取り組んだ達成感に高揚するお嬢様方は、眠る所ではない。
さあ!
監督は、どこ?
クレアはどちらに!
「……ようやく男性の歩き方をマスターしましたわね。」
エリー部長はしどどにかいた汗をぬぐいながら、賞賛した。
ダンス練習場。
はあーっと吐いた息とともに、クレアが床にへたり込む。
隣で、バルト・アズ・ミズリが、黙って座った。こちらも汗がダクダクである。
ずっと伴奏に付き合った音楽科の女子たちも、ピアノにしなだれてへばった。全面鏡ばりの壁には、屍のようにうち伏した女子生徒達が塊になっている。
ダンスのステップは、直ぐにマスターした。
何せ運動神経は抜群だ。あっという間にワルツもフォックストロットも、あれもこれも覚えた。
女子生徒をターンさせることも、音楽に合わせて場所を移動するリードも、クレアの音感と卓越した運動能力によって、乾いた土に水が染み込むように上達した。
しかし。
初め危惧したその基本中の基本、男性としての筋肉の使い方がなってない。
このままでは、かっこいい女子が可憐な女子と踊る図になってしまう。
いや、それも美味しいのだけれど。
世間がそうは見てくれない。
夜会では、クレアは男にならねばならない。
仕草、足の向き、腰の使い方、
歩くこと、立つこと、座ること、会釈……何気ない動きに女を感じさせない、しかも自然であらねばならない。
それこそが、押し込められた色香となるのだ。
深夜。
そこからは、呼び出しを食らったフェーベルト王子の腹心、バルトがモデルとなった。
歩く。
クレアと共に。
立つ。
会釈する。手をかざす。
ステップをふむ。
女性を回す。
様々なバルトの仕草、歩幅、腕の動き、腰の位置、首、頭の角度、
それら全てを模倣する中で、クレアは自ずと身体に男の動き方を入れていく。
実に根気のいる、単調な、しかし身体中が軋むようなレッスンだ。
モデルのバルトやパートナー役の女子たちも、まるでフルマラソンを5回は走れと言われたように、疲れ、汗をかき、呼吸もままならず、体のしびれを時折マッサージし、付き合った。
そして夜明けが近づく空気の怜悧な中、ようやく部長は、よし、とした。
「……終わっ、たんで、すね。」
「終わりなんだ、な?」
ゼーハーしながらクレアとバルトが床に寝そべる。
「凄いですわ。食べたら寝てしまうと、水分だけで、お二人共」
「かわりばんこにパートナーをしたわたくし達ですら、へとへとですのに。」
扉を開ける時、音楽が無いことに気づいたトールマーレは、部屋に入るなり、
「仕上がったのね?」
と、部長に尋ねた。
こくり、と頷くエリーから、クレアに視線を動かし、トールマーレは指示をだす。
「クレア、お風呂を沸かしてあるわ。上がったらマッサージがあるから。それから少し寝なさい。美容のためにも。」
「……うん。…風呂で溺れるかも、だ。」
半眠りのクレアは脱力しながら、微笑む。
「ほら立って。うにゃうにゃしないの。可愛いけど!」
「ショーナ、抱っこ」
「……眠いと可愛くなるの我慢なさって!ほら、行くわよ!エリーありがと。皆様ありがとうございます。バルト、感謝するわ!では!」
赤面しながらズリズリとクレアを引きずって、トールマーレ副監督が去っていく。
パンパン!
「皆さんも一休みなさいまし!
クレアが復活したら、リハーサルいたしますからね!」
鬼のような笑顔の部長が飴とムチをばら撒く。皆ははーい、と返事をしつつ、次の戦に備えよう、と覚悟した。
「ミズリさん、ご協力ありがとうございます。やはり本物の男性でないと、手本にはなりませんでしたわ。」
どこにこれだけの体力があるんだろう、とバルトはエリーを上から下まで失礼にも眺めて、はっと気づいて、かぶりを振った。
「いえいえ。王子の一大事ですからね。恩を売るのは美味しい、いえいえ。」
疲れた頭は思わず本音を溢してしまう。
「しかし、クレアの人気は凄いですね。皆さんクレアの親衛隊なのでしょう?」
部長は温かいお茶をカップに入れてバルトに手渡す。蜂蜜を入れて甘くしたお茶がありがたい。
「勿論。中等部高等部は愚か、市井にも親衛隊は広がっています。王子の婚約者様も、この度入会いたしました。」
ほう。アゼリア嬢も。
「ミズリさん。親衛隊は貴方のご協力に報いますわ。困った時には、これらの者が」
バルトの悪い頭が閃いた。
……無償の協力も大事だが、見返りを貰うのもいいかな。
「部長。」
「はい。」
「親衛隊の長はどなただ。」
「学生なら、トールマーレさんですわ。顧問は、リーゼンバーグ先生。」
ふうん。
腹黒バルトは、ちょっと楽しくなった。
…一儲け、しよーかな……
バルト君は、クレア同様王子の学友です。父は宰相のミズリ伯爵。ゆくゆく王子の腹心として、政治に関わることを嘱望されています。
腹黒なんですが、わりといい人です。
記憶のマーレ持ちで、どんな事も覚えちゃう才能の持ち主です。