ブラッシュアップ!
クレアの採寸は事細かに行われた。
「つまり、上半身はそのままに、下半身を早替わりさせるということね。」
女教師は嬉嬉として、身振りを交えて家政学部長に伝える。
「ええ。確か貴院の学生以外は、出自が分からないように、仮面を付けるそうよ。
貴族の貴婦人が、淑女に踊りを申し込む。周りが不思議に戸惑うその時!
マントを翻すように、ドレスの膨らみをばあっと取り、仮面を外すと……
ほうら!なんという事でしょう!
そこには、会場の誰よりも麗しい貴公子が!的な。」
「面白いわね…とすれば、最初のドレス使様も違和感なく豪華にしないと。
貴婦人から男装の麗人があらわれる……そのギャップのためには、女装男装どちらも極上の仕立てが必要ね。」
家政学科のお姉様方は、燃えていた。
詳細は分からないが、ともかくクレアを変身させろというのだ。制作時間は1日。
「任せなさい!教師仲間の貴女の頼みよ、こんな面白い挑戦、断る訳がないわ!」
キラキラした部長が言語学教師の手をとる。
「感謝するわ!」
「明日の朝、来てちょうだい!」
言語学教師は手を振り、急ぎ次のミッションの為にロングスカートの裾を翻して、バタバタと去っていった。
さて。
家政学部女教師達と、女子生徒の精鋭達をぐるっと眺めて、部長は切り出した。
「皆様、宜しくて?」
皆は黙って頷く。
「生地 は」
「…ベルベットで?」
「ジャケットはそれで。モールは金。」
「ラインストーンにラピスラズリを」
「いいわね。」
「ドレスは…ローレイナ家夜会のドレスをリフォームしましょう。時間がございません。」
「では、あのお色に合うもので。」
そのお姉様方の呟きに、下女と侍従がさっさか動く。そして家政学部女子総動員によるパターンニング、カッティング、縫製、装飾、が分業で成されていく。
「一昼夜との命!私達の底力見せますわよ!」
部長の一声に、やりますわ!という黄色い唱和がなされた。
「…ダンスをサボってましたわね?」
ダンス部のエリーがわずか2分で見抜いた。
「…えと、夜会はまだ正式にデビューしてないんだ。」
えへへ、と言い訳するクレアに、多少のイラついた空気が漂ったが、流石は部長である。
「そうでしょうとも。それでこそクレア。真っ白の方が教えがいがあります。」
そう言ってエリーは、ガッチリとクレアに向き合い、後ろから細い腰をホールドした。
「殿方の踊りは女性をいかに踊らせるか、です。この体幹と四肢ならば
、わたくしが必ずや、素晴らしい男性パートを仕込んでみせましょう。」
そして、グイグイとクレアのポージングを矯正していく。表情は崩さずに、腕、首、背中、腰、と、クレアの矯正がなされる。
う!とか、ぐ!とかの呻きは無視。
クレアの筋肉は、全身のあちこちで軋んでいるはずだ、多分。
鬼のような微笑でエリーは
「ふ。まるきり武術の筋肉。……困難は大きい程楽しみですわ。
クレア様、徹夜をお覚悟なさいまし!」
周りが凍りつく。
部長の本気がどれほど冷酷で非情であるか、部員は嫌という程知っている。
彼女にかかれば、猿だってワルツを覚える。
ただし、その後四足に戻れない程の過酷な特訓によって、なのだ。
―水分補給とタオルと栄養補給の飲み物を準備して!―
―わたくし達の分もよ!
多分わたくし達も踊ることになりますわ!―
下級生が物資調達に駆け出した。上級生達は怖いもの見たさに、クレアを見る。
「さあ!ワルツから参りましょ!
都合5種類このお身体に叩き込みますわよ!」
こわばったクレアに、生徒達は、
どうかご無事で、と哀れんだ。
「スケジュール的にはどう?」
総監督のアオイがトールマーレに尋ねる。
「今、ミュージアが衣装のお色を確認して、髪型と化粧を決めています。家政学部の皆様は物凄い速さで仕立てていますわ。ダンスは流石はクレア。飲みこみが良いようです。
……先生。」
スケジュール表に書き込みながら、トールマーレが尋ねる。
「これならば、余裕では?衣装はもう少しゆとりをあげてはいかがですか?」
女教師はかぶりを振った。
「……甘い」
そして、チッチっと、人差し指を振る。
「トールマーレさん。只の美男子がアゼリアと踊るだけでは、周りをメロメロにできますか?」
「……」
「あの麗しのアゼリアよりもクレアに目を集めるためには、気品と美しさだけでは駄目。」
「……」
「色気よ!周りを悩殺する色気!
ひょっとしてあの方に抱かれているのは、わ・た・し、でわっと、いう妄想を引き出す色気!」
何と深い……
流石は大人。流石は人妻。
「悩殺ウインク!
S男必殺、壁ドン!
トキメキの、顎クイ!
ドキュンの、流し目!
これらを適時放つことによって、ギャラリーを虜に!
その場の女性陣に妄想を沸き立たせるパワーとテクニックをクレアにマスターさせないと。」
言葉一つ一つに、ジェスチャーを交えて語る女教師の伝達力に、トールマーレは舌をまいた。
壁ドン……俺様クレアが、お前は俺のものだと…
顎クイ……俺様クレアがいけないことを今から……
流し目……そんな角度で見られたら、わたくしの身体がゾクゾクしちゃいますわ……
ぼおっと赤くなったトールマーレに女教師は
「やるわよ!ダンスをマスターしたら衣装を付けて、全ての所作を会得させます!」
トールマーレは、このミッションの奥に隠された、親衛隊のための美味しい部分を察し、歓びに打ち震えた。