クレア説得
そうよ、こういう人だったわよ。
ショーナ・トールマーレは、煮えくり返る腹を前頭葉の冷静さで、押さえ込んだ。
「ショーナ。あ、れ、先生?お二人で今日はどの様な?」
ヴァレリオーズ別邸の応接室で、挨拶も省略して、クレアは大型犬を抱き抱きしながら尋ねてきた。
ボッサボサの髪!をひっつめて、
よれよれの大きなシャツに、ダボっとしたパンツ。ウールのカーディガンに袖を通さず肩にかけて、ふにゃふにゃしている犬にペロペロ舐められて、へらーっと笑っている。
幸せそーに。
のどかーに。
「……クレア、貴女昨日ベットで寝た?」
「ん?えーと、ソファが気持ちよくて」
「そして、何時間寝たの?」
「さ、さあ。」
「こんな隈作って!何よ、この肌!王都に来ると、厳しい侍女さんがいないからって!」
そうなのだ。
クレアは元々が山猿で、私が目を光らせないと、ばあやと気の弱い侍女さんを黙らせて、すぐに身嗜みが緩むのだ!
(可愛いけど!)
そう。こういうクレアをぱぱぱっと変身させるのが快感でもあるのだけど。
今はまずい。
これだけ緩み切ったクレアをブラッシュアップできるだろうか。
「クレアさん。一大事です。」
女教師がティーカップをソーサーに戻してテーブルに置いた。
その言葉に、女主人は犬を放し、椅子についた。
真剣な表情。
(これこれ)
トールマーレは腹が落ち着き出した。いつものクレアだ。
「アゼリアが公爵令嬢に決闘を申し込みました。」
「……なんと」
「アゼリアと貴女の例の一件が歪んで漏れたらしいの。それで彼女は貴院の生徒会で糾弾されて。」
ガタッと立ち上がったクレアは、燃えるような瞳で女教師を睨んだ。
「…かわりに私が相手をする!
じいや!剣を!」
「「待って!!」」
トールマーレと女教師は同時に立ち上がり同時に叫ぶ。
「決闘といっても、淑女試験よ!」
しゅくじょ?
ぽっかーん、のクレアも可愛い。
「第2王子は分かるわね。王子が助け舟を出した形で、アゼリアに淑女試験を受けろと。
貴院に相応しい淑女かどうか試すと。
あの子以上のレディといったら、王家の出のカムル公爵令嬢を置いて他にないわ。
その公爵令嬢と競って、勝負しているの。」
「して、いる?現在進行なのですか?」
やや落ち着いたのか、クレアは再び腰を下ろす。じいやがバタバタ出て来たので、クレアはお茶を求めた。
「現在進行中よ。
先日は茶会を開催して、勝利。」
「ふむ。」
「そして先日は、サロン対決で朗読が互角。楽器演奏は、勝利。」
クレアは、はっ!と一息吐いて、にゃっと笑った。
「当たり前ですよ。何せ未来の王妃だ。」
(うん。完全に身内意識)
なんか、妹か元彼女か、といった感じで自慢を入れている。でも、クレアも一応女なのだが。
「今の処、2勝1分け。
最後の勝負が夜会らしいわ。」
「それで、決着を」
「おそらく、夜会が一番の大一番でしょうね。生徒はおろか、貴族達も押すな押すなで招待をせびっているらしいわ。何でもサロン勝負が素晴らしくって、社交界を巻き込んだ大一番になるって。でも」
「でも?」
「アゼリアが怪我を。いえ、怪我をさせられたそうなの。階段から突き落とされて。」
再びクレアの形相が美しい鬼と化す。
「犯人は!怪我の程度は!」
だん!と分厚いテーブルの天板がしなる程だ。
…っこいー。
本当男前だよ。こんな彼氏に守られたいよ。
「落ち着きなさい!
犯人は分からない。右腕を打ち付けたらしいわ。運動神経がいいから、うまく落ちたようよ。」
シリアスな女教師は、生徒を諭すように適切に説明する。
「怪我を隠して左手だけでピアノを弾いたそうよ。右手に王子からの薔薇を抱えての演奏にサロンは沸き立ったらしいわ」
「王子の。」
クレアは少し首を傾けて長い指で珊瑚の唇を弄び出した。
(う。クレア反則。)
「……フェーベルトの最上の気働きだな。そうか。殿下でも、その程度しか援助できないと言う事か」
流石は回転が速い。
貴院の出来事にうかつに手を出せない事を瞬時に理解している。
「貴女なら、アゼリアを助けられるわよ」
女教師が切り出す。
「えっ?」
「クレアさん。貴女がアゼリアととても、とーっても親密であると見せつければ、醜聞は払拭できるでしょう。そして、アゼリアを勝利に導く事ができるはず。」
女教師は、生真面目な表情のまま、瞳が爛々と光り出す。
「一石二鳥!天下無敵!
クレア!踊るのです!」
「は?」
女教師は、がばっとテーブル越しに身を乗り出す。
「貴女こそアゼリアの救世主!
あの絶世の美少女も、メロメロになるのも当たり前!ってな男装の麗人となり、社交界を魅了するのです!右手をフォローし、美少女を美しく舞わせ、そして自らも、その色香と男っぷりで、貴婦人をノックアウトするのです!」
「え、えと、」
「なるのです!クレア!
この国の女がみーんな失神し
男達も頬を染める
女を超え男を超えた
夜会のパートナーにっ!」
…たじろぐクレアに、しゅたっ!と、女教師は指をかざす。
「これこそが唯一無二のアゼリア救済作戦!
超絶美男子クレア!
月にかわってーお仕置きよっ!!
」
…何かが違う気がするが、それが何であるのかわからないまま、トールマーレも加担する。
「クレア、もう時間がないの!
怪我をした侯爵令嬢をリードして踊り、会場の目を奪うだけのパートナーなんて、もう貴女しかいないのよ!そして、フェーベルト殿下すら嫉妬するような相手が貴女である事こそ、肝心なのよ。」
「な、るほど。
王子の嫉妬で転校という醜聞にすり替えるわけだ。王子には悪いが、アゼリアの美貌ならさもありなん、と。
その美貌を輝かせ、かつ右腕をフォローできるパートナーを私に、と。そういう事ですね、先生。」
若干違っているが、本人がその解釈で納得できるのであれば、好都合である。
女教師とトールマーレは、こくこくと首を縦に振った。
「分かりました。クレア・レア・ヴァレリオーズ。アズーナの女神にかけて、この作戦に乗りましょう。」
やた!
よしっ!
2人はクレアの手をとり、ぶんぶん振って、
「あ、ありがとう、ありがとう!」
「では、行くわよ、クレア!」
「え」
「学院よっ!皆さんが待っているわ!時間がないのよっ!さー馬車馬車!」
エステに採寸、お風呂と、ダンスレッスン!
化粧もっ!
あらっ!悩殺ポーズもよっ!
ドタドタと玄関へ引きずられるクレアは、かつてのアゼリアお泊まり会を思い出していた。
…あ、あれをやるのか、あれを!