9話 魔王達の会談
大陸北部。骨の庭。
人間と同様に魔王たちも一枚岩ではない。
魔王同士の戦いも、人間同士の戦いと同じくらい数え切れないほどに記録されている。
ここは300年前、17国を治める大魔王として君臨していた強欲の魔王マモンとグリードデーモンの軍を、当時3国を治めていた爪の魔王アンリが打ち破り魔王の階級に大変動を引き起こした場所だ。
戦いは苛烈を極め、この冷たい荒野には今なお無数のデーモンの骨が埋まっている。
その荒野の中に花崗岩をくり抜き作られた要塞がある。
大魔王の血と呪いで動物も植物もモンスターでさえ生存できなくなったこの地は、今は中立地帯として魔王達の交渉や会合の場として使われていた。
要塞の一室。
テーブルを囲むように、人間勢力との前線で戦果を上げている「剣の魔王ダージェンス」と「鎧の魔王ライエン」、最大の領地を持つ「牙の魔王バルゼ」、そして旧世代の生き残りで最後の大魔王とも呼ばれる「嫉妬の魔王レビヤタン」など有力者達が集まって座っている。
剣の魔王は資料を手に、テーブル中央の地図を指差しながら魔王達に自分の発案した作戦を説明していた。
「過去の気象データと比較したとき今年は不作が予想される。このままではどちらの軍も攻勢限界に予想より早く達する。ならば一度前線を下げ、補給が滞り始めた頃に反攻すべきだ」
牙の魔王は剣の魔王の戦略を鼻で笑う。
「臆病者め。もしその貴様の大層なデータとやらが外れたらどうする? 我々の方が戦力では勝っているのだから踏み潰せば良いのだ」
「後方の国でふんぞり返っているだけの魔王には戦争のことなど分からんか」
「なんだと? 兵卒からの成り上がりが、誰に向かって口を利いているのか分かっているんだろうな!」
「確かに私は兵卒上がりだが、ならば貴様は番犬上がりだろう牙の魔王よ」
2人の魔王から殺気が溢れる。
牙の魔王の顔が本来の狼のものへと戻り、剣の魔王は背中の大剣の柄に手をかけた。
「どうして貴様らは毎度まともに話し合うことすらできんのだ」
うんざりしたように老人の姿をした嫉妬の魔王が首を振る。
それを聞いて鎧の魔王は骸骨の顔でカタカタと笑った。
「あんたらの躾が悪かったんだろう、最後の大魔王サマ?」
かつての下僕から挑発され、嫉妬の魔王は深い溜息を吐いた。
「報告! 報告!」
部屋の扉を乱暴に開け、外の警備をしていたソルジャーデーモンの隊長が飛び込んできた。
「どうした」
「ご、ご報告します! 爪の魔王アンリ様ご到着なさいました! 繰り返します、爪の魔王様ご到着です!」
魔王達は諍いを止め、言葉を無くして押し黙った。
「確かか?」
剣の魔王の言葉に、報告しに来た隊長はコクコクと何度もうなずいた。
「おい鎧の、どこへいく」
「あの化物がくるって? 冗談じゃない、俺は帰らせてもらう」
だが鎧の魔王が帰るより早く、小柄な影が魔王達ですら目で追うのがやっとなほどの速度で現れる。
「おー、本当に集まってる」
テーブルの上に座り、呑気な声を上げてアンリは部屋の面々を見渡した。
大半の魔王は俯いて、アンリと目を合わさないようにしている。
「久しいな爪の魔王、相変わらず行儀が悪い」
付き合いの長い嫉妬の魔王のみがアンリへ声を掛けた。
「あんたまだくたばってなかったのか。冗談よ、レビヤタンの爺さんも元気そうでなにより」
「お前さんが会合に来るとは珍しいな」
「遠出した帰りでね。そういえばここで会合をやっているらしいと思い出して、ちょっと寄ってみたのよ」
「なるほど、何か良いことでもあったようだな」
「分かる?」
ニィとアンリは口を歪めて笑う。
それだけで、何人かの力の弱い魔王が意識を失い倒れた。
「で、話し合いはどうなっているの」
「誰か説明してやれ」
嫉妬の魔王は牙の魔王と剣の魔王へ視線を向けるが、2人は黙ったままだ。
アンリの機嫌を損ねるのが恐ろしいのだ。
そもそも、アンリが戦えばこんな会合も作戦も必要ない。
彼女が参戦すれば人間の国々など簡単に滅ぼせるだろう。
そしておそらくは魔王の国々も同様に。
だがアンリはかつての野心をどこかへ忘れてしまったのか侵略や権力闘争から身を引き、自由気ままに行動していた。
この天災のような制御しようのない魔王とかかわるなど、誰も望んではいない。
しかし説明を求めるアンリを無視するのも危険だ。
剣の魔王は覚悟を決めた。
「私が発案した作戦なのですが……ご説明させていただきます」
剣の魔王は歯を食いしばると、刃の上を歩くような繊細さでアンリに自分の考えを説明する。
「ふーん」
説明を聞き、テーブルの上に広げられた地図を見て、アンリはうなずいた。
「いいんじゃない」
牙の魔王はわずかに肩を震わせた。
アンリの言葉で、これまでの話し合いはすべて無かったことになる。
ここで異を唱える勇気を、牙の魔王は持っていなかった。
アンリがその気になれば、いつでも牙の魔王を領地ごと消し飛ばせるのだ。
「分かった、剣の魔王の作戦を採用しよう」
牙の魔王は震える声でそう言うしかなかった。
アンリは、いつもは超越者を気取る魔王達の怯えた様子にフンと鼻を鳴らす。
「やっぱりあの子は面白かったな」
アンリは会合に興味を失うと、来たときと同じような気軽さで部屋を出ていったのだった。
☆☆
ソニアはまた上の部屋に戻り、ガネットと向かい合って座っている。
テーブルにはオレンジジュースの入ったグラスと、クリームの乗ったパンケーキが置かれていた。
「いつの間に料理を」
ソニアは不思議に思いながらも、出来たてフワフワのパンケーキを美味しく食べた。
「では、ソニア様以前の終のものについてご説明致します」
「うん、お願いします」
「終のものは人間かエルフなら誰でもなることができます。ただし、同時にこの世界に存在できる終のものは1個体だけです」
「まぁそりゃそうですよね」
これだけの施設とシステムがあるのに、ソニアが最初なはずがないことは、少し考えれば分かることだ。
となれば気になるのは。
「前の人も元は私と同じような一般人? その人はどうして終のものでなくなったんですか?」
「……先代の終のものは辞められました」
意外と普通の回答だとソニアは驚いた。
「てっきりやられちゃったのかと」
「いいえ。先代は一度も敗れることはありませんでした……ただ飽きたのです」
「飽きた?」
「はい。終のものはレベルを上げることができません」
「うん」
「つまり未来がないのです。終のものである限り、永遠に終のもの以外の存在にはなれません。世界の上限として、他者が生きる目的を失わないための終のもの自身に生きる目的が存在しないのです」
この世界に生きる人々にとって、レベルとはその人の本質そのものである。
ソニアがサンドイッチを食べたカフェの料理人のように、成功するのに必要なのは知識でも経験でも教育ですらない。
モンスターや他の人を倒し、レベルを上げてスキルを取る。
それがこの世界の基本原則だ。
だから、これ以上レベルの上がらない終のものは未来がないと、ガネットは言っている。
「先代は、生きる意味を無くして終のものを辞めたのです」
「ううん?」
ソニアは腕を組んで、「むむむ」と考え込んでいる。
そんなソニアを見て、ガネットは少し表情が暗くなった。
だが。
「うん、私は大丈夫かな」
ソニアは軽い口調でそう言った。
「しかしソニア様、今は実感が無いかも知れませんが……」
「ううん、そうじゃないんです。確かにガネットさんの言う通り、私にはもう自分の能力を高めるという意味での成長はなくなりましたけど……他にも人生の意味とか未来とかいくらでもある思いますから」
ソニアにとっては当然の結論だ。
美味しいものを食べに行くでも、いろんなところに旅行へ行くでも、何かコレクションするでもいい。せっかく剣と魔法のファンタジー世界に転生したのに、ソニアが行ったことあるのはレオポート付近だけだ。
ソニアの前世でたとえるなら、国内旅行どころか県内旅行すらしたことがない状況だろう。
あるいは友達の夢を一緒に目標とすることだってできるだろう。一緒に猫カフェ作るとか。
前世で興味はあったのだが、毎日疲れ果て先送りにしているうちにソニアは死んでしまい、今思い出して心残りを感じたのだ。
さっきの「むむむ」という唸り声の8割くらいは猫カフェに行けなかった無念さだったりする。
とにかくレベルを上げる以外にも、ソニアにはやってみたいことが色々思い浮かび、これが絶望するとは思えなかった
「大丈夫だと思います。それに今悩んでも仕方ないですよ」
「……それもそうですね。失礼致しました」
なにか対策を考えるならともかく、今から不安がっても仕方がない。
そうソニアは考え、気楽な表情でパンケーキの最後の一切れを食べたのだった。