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7話 侵入者は最強の魔王でした


「我を呼び出すのは誰だ」


 光の柱からゆっくり降り立ち、ソニアは精一杯小さい胸を張った。

 祭壇の前でソニアを睨みつけている魔王アンリは、ソニアの想像と違いソニアより少し年上に見えるくらいの少女の姿をしていた。

 着ている黒い鎧はやたらトゲトゲしており、組み合いになったら痛そうだ。

 髪は炎のように赤く、瞳は透き通るような灰色。

 また両手は見るからに恐ろしい鉤爪になっていて、やはり人間ではないことが伺える。


(お風呂入るときに時に苦労しそう)


 ソニアはアンリの鉤爪を見て、そんなことを考えていた。


「余の名は爪の魔王アンリ! 六獣氏族が筆頭、爪のデーモンの長にしてノトン、ガディフォネク、ヴェレリオンの大地十一国の王、世界最強の魔王である!! 絶対者にして神の国の門番よ、終のものラストワンよ、余が武名と魂は汝と戦うに値するか!? 余の前に立て終のものラストワンよ! さすればこの爪を貴様の喉に突き立てて見せよう!」

(全力でお断りしたい)


 誰が好き好んで自分の喉に爪を突き立てられにいくというのだ。

 ソニアは心の中でブーブー文句を言っていた。

 が、そこは割と空気を読める方であると自負しているソニアは、ノリに合わせて裏ボス風の言葉を続ける。


「なにゆえ滅びに向かうのか、だが滅びこそが我が喜び、魔王アンリよ、その力を持って精々足掻き我が興となれ……なれ……」


 ちょっとセリフが足りなかった。

 ソニアが思っていたよりこの光の柱による移動は遅かったのだ。

 まだソニアの足が床につくには5秒ほどあった。


「…………」

「…………こほん」


 わざとらしい咳払いを1つして。


「さあ来い魔王アンリよ!」


 ソニアはバサリとマントを翻しながらそう叫んだ。


「そしていきなり滅び運ぶ風発動!」


 開幕即死のクソゲー展開だが、負けたら死ぬのだ。

 ソニアは容赦なしに勝負を決めにいく。

 ソニアの周囲に暴風が巻き起こり、祭壇に並んだ神具や神像を吹き飛ばした。

 そして風はアンリにも向かっていく。


「効かないな!」


 だが触れれば即死の風は、アンリを避けるように逸れた。


「エアバブル……!」


 ソニアの魔法解析のスキルがすぐに起きた現象を解析する。

 それは中堅くらい冒険者も使う毒ガス対策の魔法。自分の周りを空気の膜で覆い、外気と遮断する魔法だ。

 アンリはすぐに走りだし、両手の爪でソニアへと襲いかかる。

 それは音を置き去りにするほどの速度だったが、ソニアは手にした鎌の柄で正確に防いだ。


「だったらフレアオブサン!」


 ソニアが次に使ったのは太陽にも匹敵する超高熱の炎の魔法。

 火系統の魔法の最高位の火力をソニアはアンリにぶつけた。

 だがそれもアンリは平気な顔で突破する。


「グレータープロテクションフロムファイア!?」


 火への完全耐性を与える魔法を、アンリは事前に使っていた。

 再びアンリの爪がソニアを襲い、ソニアはまた鎌で受け流す。


「どうした終のものラストワン! こんなもんじゃないだろう? もっと力を見せてみろ!」


 アンリは叫びながら、爪と魔法で攻撃を続ける。

 それらすべてを捌きながらソニアは歯噛みした。


「どうしてこうも後手に……ハイドオーラを使っているのね」


 なぜかと問えば、ソニアに宿った無数のスキルが答えを見つけてくれる。

 アンリは自分に掛けられた魔法を隠す魔法を使っている。


「だったら……抵抗不能の虚無属性! ボイドスクリーム!」


 空間を歪ませ吐き気のするような奇妙な色彩を残しながら、虚無の渦がアンリへ向けて飛ぶ。

 アンリの口がニヤリと歪んだ。


「リターニングマジック!」

「しまっ!?」


 反射の魔法を使ったアンリを見て、ソニアの背中に冷たいものが走った。

 虚無の渦は方向を変え、ソニアのところへと戻ってくる。

 空間ごと引き裂く虚無の魔法が直撃し、ソニアはその痛みをこらえるために歯を食いしばった。


「貰った!」


 ソニアの意識が魔法を耐えることに向いた隙を付き、一気にソニアの背後に回り込んだアンリが、両手の爪をソニアの首筋へと突き出した。

 しかし、ソニアの強化された身体能力は必殺のタイミングにすら反応し、急激な身体の反転とともに繰り出された大鎌の一撃がアンリの両爪を弾く。


「……あ!?」


 アンリの顔が笑っていることに気が付き、ソニアは慌てた。

 ついにアンリの攻撃はソニアの反応速度を超える。

 不意にアンリの足の爪が刃となって伸び、ソニアの身体を貫いた。


「ぐっ!」


 ソニアが大鎌を振るより早く、アンリは飛び退いて後退する。

 ソニアの鎧には穴が空き、腹部から血が流れているのを感じていた。


(だ、ダメージを受けた!?)


 傷は軽症だ。

 今のソニアの肌は鋼鉄の剣をたやすくへし折るような防御力を得ており、アンリの必殺の一撃ですらわずかに血が流れる程度で防いだのだ。

 だが。


「どうやら余の爪は終のものラストワンの守りを貫けるようだな」


 圧倒的格差があると思っていたのに、アンリはソニアを倒す可能性がある。

 アンリの言葉を受けて、ソニアはドクンと心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


(どうする? 何を使えばいい?)


 裏ボスとなったソニアには無数の手札があったが、どれを使ってもアンリに対策されているようにソニアは思ってしまう。

 無数の手札が逆にソニアの判断を鈍らせていた。


「どうした! 貴様の戦いとはこんなものか!!」


 攻撃を躊躇するソニアに、アンリは次々に攻撃を加える。

 ソニアは必死に防ぎ続けるしかなかった。


 だがソニアは次第に落ち着きを取り戻していく。


「いや待てよ」


 何十回と攻撃を受けただろうか。その中で3回、アンリの攻撃はソニアの防御をすり抜け、ソニアの身体に軽症を負わせていた。

 しかしソニアはそれでも大した傷を負わない自分の身体を見て、脳裏に前世で戦った数々の裏ボス達の戦いの記憶が蘇ってきた。

 その姿と今の自分の姿を比べ、ソニアは間違いに気がついたのだ。


「どうやって勝つかを考えるのは裏ボスの仕事じゃないよね」


 それは裏ボスに挑む側の思考だ。


「パージ!!」


 ソニアは装備着脱の魔法で魔法の武具をすべて外す。

 そこには、駆け出しの冒険者に見えるいつもの服を着たソニアがいた。


「何のつもりだ?」


 アンリの言葉には答えず、ソニアは構えを変える。


 攻防一体の構え。


 それは身を守りながら攻撃を行うというスキル。

 “雑魚専”と揶揄されるソニアの戦い方で、弱く、だが数の多い敵に対して戦い続けるために、ダメージを防ぎながら、ひたすら持久戦に持ち込み相手の数を減らしていくというスタイルだ。

 相手は世界で3番目にレベルの高い存在で、世界最強の魔王。

 しかし。


「相手が世界最強の魔王でも、私の方が強いんでしょ」


 だったらいつものスタイルでいい。

 ソニアは慣れない超高レベルのスキルよりも慣れ親しんだ基本スキルでの戦い方に頼ることにしたのだ。


「…………」


 アンリが再び跳んだ。

 だがソニアも落ち着いた様子で攻撃を受け流し、反撃する。


「ぐっ!?」


 ソニアの攻撃はアンリの着ている鎧によって阻まれたが、鎧には深い傷が残っていた。


「ならば! マキシマイズ・ライトニングファランクス!」


 アンリは無数の稲妻の槍を作り出し、ソニアに向けて一斉に射出する。

 どれも並の魔王なら一撃で沈める破壊力を持つアンリの持つ最強の攻撃魔法だ。

 さらに一発ではなく無数の攻撃により、リターニングのような反射や、プロテクションフロムライトニングのような防御の魔法も削り切ることができる。

 対人、対軍、対城あらゆる場面で障害を消し飛ばすアンリの切り札である。

 だが、ソニアは稲妻の槍を全身で受けながら、強引に突破し距離を詰めた。


「何っ!?」


 魔法の発動に集中していたアンリは防御が遅れる。

 ソニアの大鎌が一閃すると、アンリの肩から赤い血が溢れた。


「く……グレーターヒール」


 間合いを取ったアンリは回復魔法で傷を塞ぐ。

 ソニアは深追いせずに、構えたままだ。


(私の方が基本スペックで遥かに上回っているんだ、特別なことは何も必要ない。“雑魚専”ソニアの戦い方で十分勝てる)


 ソニアの顔に浮かんだ悠然とした笑み。

 対照的にアンリの表情にはもう余裕はなかった。

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