6話 最初の侵入者です
その時、カランカランと部屋の壁に吊るされた鐘がひとりでに鳴った。
「何事?」
微かに金属が擦れ合う音がしたかと思うと、漆黒の全身鎧で身体を覆った騎士と、雪のように白い毛並みの狼がガネットの側に現れた。
「ガネット、竜の門まで突破された」
「これで三門すべて陥落ですね、直に祭壇までくるでしょう」
「こちらが今上の終のものか?」
「はい、ギリギリ間に合ったようでホッとしました」
なにやら不穏な会話がなされている。
ソニアは背中にゾワゾワとした悪い予感が走った。
「あの、もしかしてお仕事ですか?」
ソニアの言葉に、ガネット、騎士、狼は一斉に振り向く。
ガネットは一度頭を下げてから口を開いた。
「こちら二名の紹介が遅れまして申し訳ありません。彼はダークナイトのエーギル。そちてこちらの狼は、フェンリルのスコール」
「よろしく新たな主よ、我らは貴女の忠実な下僕だ」
「ど、どうも」
エーギルとスコールは頭を下げると、まだ微かな音だけ残して消えていった。
「2人ともソニア様に仕えることになりますので、何かご用命のさいは遠慮なく申し付けください」
「それで侵入者なの?」
「はい、もうじき祭壇の部屋に到達すると思いますので、ソニア様がご準備を」
「ご準備をって言われても」
裏ボスというにはソニアの姿は平凡過ぎた。
背中の大鎌も魔法のかかった武器どころか、在庫処分セールで売られていた安物。防具は冒険者の服と呼ばれる、布の服の急所の部分を厚手の布で当てただけのもの。
どこから見ても金属製の鎧も買えない駆け出しの新人冒険者にしか見えない。
「装備はこちらに」
ガネットがまた別の棚をスライドさせると、奥には部屋があり、古今東西様々な武器や鎧、魔法の指輪やアミュレットなどが見える。
奥はさらに広いようで、ソニアの使う大鎌の魔法の武器もあるだろう。
ソニアは不安を残しつつも、見たこともない伝説級や神話級の装備につい心を踊らせてしまう。
「これ、本で見たことある! 剣の魔王ダージェンスが使っている魔剣ソウルスティーラーだよね? 空飛ぶ絨毯に踊る剣、矢除けの護符に透明化の指輪……どれもすごい魔法の品々だ!」
「どうぞお好きなものをお取りください」
冒険者にとって魔法の装備は夢である。
松明程度の炎を出す剣でも、持っていれば一流の冒険者として尊敬される。
それに現代日本では物語の中にしか存在しない魔法の詰まった品々だ。
ソニアが憧れるのも無理はない。
(まぁ、戦うのは分かってたものね)
いきなりとは思わなかったが、裏ボスなら侵入者を迎え撃つのは当然だ。
今のソニアはレベル9999。
あらゆる魔法や武技のスキルを使え、普通は特定のクラスしか取れない耐性のスキルも大量にある。
(それに……“滅び運ぶ風”ていうチートスキルもあるみたい)
滅び運ぶ風は魔法でも武技でもないスキルで、触れるだけで即死する風を周囲に引き起こす。
風はもちろん無色透明。物理的に避けるのは困難だろう。
また魔法ではないのでマジックバリアなど魔法から身を護る魔法でも防げない。
この即死は抵抗の余地もないもので、風に触れたらどんな高レベルであろうとも耐性を貫通して問答無用に即死。
こんなものを初見で対応できる人なんてそうそういないだろう。
ソニアは装備選びに意識を集中することにした。
☆☆
死神の鎌、地獄の鎧、死霊王の兜、絶望のマント、邪眼の指輪……その他禍々しい装備をガチャガチャと鳴らしながらソニアは部屋へと戻った。
呪いを反転させ強化に使えるスキルもあったので、せっかく裏ボスなのだからとありったけの呪いの装備を持ち出したのだ。
魔法で鏡を作り出し、自分の姿を確認すると、悪役っぽいコスプレをした少女にしか見えなかった。
ソニアはなんだか恥ずかしくなり、やっぱり別なのにしようかなと考え直すが……。
「侵入者は玉座の部屋を通過し、最後の廊下を進んでいるところです」
「最後の廊下って、あの勝手に点く燭台が並んでたところ?」
「はい。もうすぐに祭壇へと到着します」
どうやら着替える暇は無かったようだ。
ソニアは仕方なく、このまま戦うことにした。
「侵入者の情報は必要でしょうか」
「誰だか分かっているの?」
「はい。侵入者は爪の魔王アンリ、北方11国を所有する魔王で、世界で3番目にレベルの高い存在です」
「3番目!」
「ちなみに2番目は世界の均衡を司る調停竜ゾルネクス、そして1番目はもちろん終のものソニア様です」
「う、私の方がレベルは高いんだよね」
「魔王アンリのレベルは6900前後と予想されます」
「思ったより高い……でも約3100もレベル差があったら大丈夫ですよね」
「能力は隔絶していますね」
冒険者達の一般論では、レベル差の半分の人数があれば戦力は同等になるとされている。
つまり、レベル20のモンスターとレベル10の冒険者が戦う場合、差は10なのでレベル10の冒険者が5人集まれば、レベル20のモンスター1体と同等に戦えるというわけだ。
その法則を適応すれば、約レベル3100の差は1550人の魔王アンリと1人のソニアが同等だということになる。
そう思ったら、ソニアの心の中にも自信が湧いてきた。
「負ける気がしない」
溢れる自信をドヤ顔に変えて、ソニアは腕を組むと呼び出されるのをボスっぽく待つことにしたのだった。
ソニアは割とノリがいいタイプなのだ。