5話 私の就職先は裏ボスだったみたいです
次の瞬間、ソニアが見たのは巨大な王座だった。
王座には20メートル近い途方もない大きさの剣が突き立てられている。
ソニアが知る巨人タイプのモンスターの身長が2~5メートルほど。
モンスターがありふれたこの世界でも、これほど巨大な剣を扱うような存在は地上にはいないはずだ。
次にソニアは周囲に目を向ける。
寒々とした印象を受けるほどに、とても広いホールだ。
見たこともない光沢のある石材で作られた床には継ぎ目もない。それどころか壁と床の間にすら継ぎ目がなく、まるで1つの巨大な石の塊をくり抜いたようだ。
「すごい」
思わずソニアはしゃがんで、床を指で触れた。
意外と摩擦があり、滑って転んだりはしなさそうだ。
「そうですか? ……失礼しました、奥へどうぞ」
ガネットはまたなんだか嬉しそうだ。
だが、表情を戻すとソニアを奥へと促した。
巨大な王座の裏に、高さ3メートルほどの大きな扉があった。
だがこのホールにあっては、まるで小人が使う扉のようだ。
ガネットは大粒のダイアモンドで装飾された鍵で扉を開ける。
扉の先には暗く長い廊下が。
ガネットの後を付いて歩くと、2人の歩みに合わせて壁の燭台にボッと火が点いた。
燭台の光に導かれるままに廊下を歩き続け、2人はまた扉へと突き当たる。
その扉には何かはめ込むようなくぼみが3つあった。
「ソニア様、この扉を開けて頂けますか?」
ガネットに言われて、ソニアは扉を押して見る。
何の抵抗もなく扉は開いた。
(うーん……これは)
まるで魔王のいるラストダンジョン。
扉を開けた先には、またすごく広い部屋に出た。
部屋の奥には祭壇があり、見たこともない祭具が並ぶ中心には、ちょうど何かを置けそうなスペースがある。
これまたそれっぽい仕掛けだ。
「ここもソニア様が」
「ええっと、どうすれば?」
「祭壇の中央のスペースに手を置いてください」
「こう?」
ソニアが言われた通り手を置くと、光の柱が降りてきた。
「本来はこの柱からソニア様が降りてくることになります」
「そうなんだ」
何のためにとかそういう話は後でいいかとソニアは割り切った。
ここは結構寒いので、早いところ暖かい部屋に入りたかったのだ。
光の柱に入ると、ソニアとガネットの身体は厳かに浮き上がり、天井へと吸い込まれていった。
「おおっ」
次の部屋はまるで王族が住むような豪華な部屋ではあったが、常識的な広さで、ようやく人間らしい部屋へ行き着いた。
暖炉では火が揺れており、部屋は心地よい温度に調整されている。
ソニアはガネットに促され、ふかふかのソファに座った。
「お飲み物は何がいいですか?」
木目の美しい棚の中には様々なガラスのボトルが並んでいる。
世界中のお酒もあれば、茶葉もあり、果実のジュース、透き通った水までいろいろある。
「あ、ええっと、オレンジジュースで」
「産地はどちらのものがよろしいですか?」
「お任せします」
「かしこまりました」
ガネットはオレンジ色の液体をグラスに注ぐと、テーブルに置いた。
何か魔法を使ったのかグラスはしっかりと冷えている。
口にすると、上品な甘さがソニアの口の中に広がった。
前世は現代日本で暮らしていたソニアも、これほど美味しいオレンジジュースは飲んだことがないと思えるような味だ。
「それにこのガラスのグラス。すごい綺麗ですね」
ソニアはグラスを少し傾けて言った。
そのグラスは透き通るようなガラスが綺麗な曲線を描き、食器の良し悪しが分からないソニアにも「これはいいものだ」と思わせる美しさがあった。
「そうですか?」
やはりガネットは少し口元をニヤけさせ嬉しそうにそう言った。
「これらはすべて、ソニア様のものになりますので、どうぞご自由にお使いください」
ガネットは飲み物を飲むことはなく、そのままテーブルを挟んでソニアの向かい側に座った。
どうやらここで話をするようだ。
「あの、さっきから気になってたんですけど」
「そうですね、色々説明しなくてはなりません。どうぞ、ご質問ください、私の知る限りのご説明を致します」
ガネットの表情は少し緊張しているようだった。
「もしかして、このグラスやホールの床とか、ガネットさんが作ったんですか?」
ガネットは少し口を開けて固まった。
「そ、その……違ったらごめんなさい」
「い、いえ。たしかに私が作ったものです」
「やっぱりそうだったんですね!」
ソニアはスッキリした様子で、また手にしたグラスをしげしげと眺める。
ガネットはそんなソニアを見て、頬を少し赤くして……照れていた。
(なんかガネットさんって、きっちりしてそうで意外と親しみやすいのでは)
もちろん、これだけのものを作るからには高度なスキルを持っているのだろう。
だが自分の作ったものを褒められて喜ぶというのはレベルに関係ない感情だ。
ソニアは前世の小学生だった頃に図工の授業で描いた絵が市のコンクールで入選し、周りから褒められたことを思い出してちょっと懐かしくなった。
「まさか最初に私の作った物について聞かれるとは思いませんでした」
「そうかな」
「普通は自分のことを真っ先に尋ねるものですよ。ご自身のレベルは確認したのでしょう?」
「うん」
今のソニアのレベルは9999。
ソニアの知る限り、レベルを上げる方法は地道に敵を倒し続けるしかない。
「こんなレベルの上げ方があるなんて知らなかった」
「レベルが上がったのではなく、置き換わったと言ったほうがいいでしょうね」
「置き換わった……なるほど」
レベル11から上がったではなく、ソニアが元々持っていたレベル11が無かったことになったということだろう。
「ソニア様はこの世界のレベルの上限であるレベル9999になりました。これで、ソニア様はもうレベルを上げることができません」
「……ん?」
そういえば依頼書にも契約書にもレベル上げなしという文が書いてあったことをソニアは思い出した。
「レベル上げがないのではなくて、レベル上げできなくなるって意味だったの?」
「ない」と「できない」は意味が違ってくる。
(てっきりレベル上げする必要がないって意味だと思っていたけれど、レベルが上限9999に置き換わるから、これ以上レベルが上がらなくなるって意味だったのね)
「その……」
ガネットは少しうつむき、ソニアを上目遣い気味に話しかける。
「私が意図的に説明を省略したことは事実です。レベルを上げることができなくなることをしっかりご説明しなかったことは申し訳なく思っています」
「え、あ、まぁ別に」
レベルが上がることは確かに達成感や爽快感を感じるのだが、そのために何十体とモンスターを倒し続けるのは楽しい作業ではない。
ソニアは前世でゲームのチートプレイをやるタイプではなかったが、自分が当事者となれば楽な方法を取る。
なので。
「私なら大丈夫です、気にしていませんよ。むしろレベル上げの苦労が無くなって嬉しいくらいです」
それに、とソニアは頭を切り替える。
「この見たこともないようなレベルで私に何をさせるかのほうが重要ですし」
レベル20を超えればBランク冒険者になれる実力があるといわれ、レベル40を超えれば英雄と呼ばれるようになる。
そして、現在人類最強とされる勇者王ハイレディンがレベル93。
レベル9999なんて、ソニアの14年の人生において見たことも聞いたこともないものだった。
だがそこまで取り乱していないのは、やはり前世の記憶があるからだろう。
「それで、私は何をすれば良いんですか?」
「最初に説明した通りです。この巨人の夢跡の扉を開く資格のあるものが侵入し、すべての仕掛けを突破して祭壇の前にたどり着いた時に、ソニア様はその侵入者と戦い倒して欲しいので」
「それって魔王みたいな?」
「いいえ違います。魔王にはそのような手順は必要ありませんし、魔王も勇者もレベル1から成長することに意義がある存在です。終のものとは違います」
「その終のものって一体?」
ガネットは自分の唇に人差し指と中指を当て、どう説明しようか考えている様子だ。
彼女は1分ほど考え込み、言葉を選ぶように口を開いた。
「私もどう説明すれば良いのか悩みます……終のものとは、世界の上限。勇者が魔王を倒し、或いは勇者を魔王が倒した後、それぞれが目標を見失い堕落しないように神が作られた絶対の目標なのです」
それはソニアの生きてきた世界の知識の外。
“終のもの”だの、神が作られた絶対の目標だの、新人冒険者ソニアに理解できるはずがない。
しかし、前世の千佳はそうではない。
「なるほど、裏ボスなのね」
「うらぼす?」
「要するに他にやることがなくなった人達への最後の目標なんでしょう? 私がいる限りレベルを上げる意義が消えないって感じの」
「ご理解いただけたようで安心しました」
ソニアは前世の知識から、その存在がRPGにおけるラスボスより強い裏ボスに近い存在だと理解した。
むしろガネットの方が「裏ボス」という聞いたことのない単語に戸惑っているようだ。
(さて、どうしようかな)
理解は出来ても、想像もしていなかった状況なのに変わりはない。
ソニアは腕を組んで考え込む。
(シンプルに考えてみよう。仕事内容は、たどり着いた敵と戦うこと。それから……それから?)
これが魔王なら、勇者がいない間も王として国を管理し軍を動かす仕事があるだろう。
だが裏ボスは他に何をすればいいのか、ソニアは思いつかなかった。
「あの、侵入してくる敵を倒す以外の仕事って何かあるんですか?」
「いえ、何もありません」
無いようだ。
しかし考えても見ればそれも当然かと、ソニアは思い直した。
もし裏ボスが世界を破滅させようとすれば、それを止めなければ物語は終わらない。
だがあくまで裏ボスは物語とは別に存在するものだ。倒しても倒さなくても世界は救われなくてはならない。
裏ボスが世界を行く末を左右してはいけないのだ。
つまり。
(普段は本当に施設を管理するだけなのね)
想像していた仕事とは全く違ったが、ソニアが求めていたホワイトな仕事という意味では大きく外れてはいないのでは?
そうソニアは考え始めていた。