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3話 アットホームなお仕事らしいです

 その後ハーラは先に立ち上がり、ソニアの分まで支払って先にカフェを後にした。

 次は馬に乗ってレオポートの東にある村を襲ったトロール達を倒さなければならないそうだ。

 前世の記憶を取り戻す前までソニアはそういうものだと思っていたが、記憶が蘇ってからは次から次にモンスターが現れるこの世界の異常さに、ソニアは若干引き気味だった。


(やっぱり戦わずに平和に暮らせる仕事探そうかなぁ)


 だがそれもなかなか難しい。

 農業、林業、物づくり、商い、サービス業。

 何をするにしてもスキルの存在が大きく、スキルを得るためには戦って、モンスターを倒して、レベルを上げなければならない。


「変な世界だよね、ここって」


 さっきのハーラと話したカフェの料理人は魔王軍との戦争で活躍した元冒険者だ。

 彼が美味しい料理を作れるのは戦争でレベルを上げたから。

 料理の研究をしたわけでも、だれかすごい料理人の弟子だったわけでもない。だからカフェのメニューにある料理の種類はとても少ない。

 それでも、さっき食べたサンドイッチとコーヒーの味は、前世の記憶を含めてもソニアが食べた最上級のものだった。

 料理の味を決めるのはスキルなのだ。


 そうした考え事をしながら歩いているうちに、ソニアは町の中央にある冒険者ギルドへとたどり着いた。

 冒険者ギルドでは飲食店と、大部屋に雑魚寝ではあるが簡易宿泊施設が併設されており、拠点を作らず儲け話を探して街々を巡る流浪の冒険者や、田舎から出てきたばかりの新人冒険者などが寝泊まりすることもできる。

 ソニアはクランの書類をよく届けたり、冒険者ギルドでの連絡事項をクランに持ち帰ったりしていたので、ここへはよく来ていた。


「こんにちは」


 ソニアが扉を開けて挨拶する。

 冒険者はすでにみんな出払ってしまったようで、冒険者ギルドの中は閑散としていた。


「ソニアさん? この時間に来るのは珍しいですね」


 受付に座る眼鏡を掛けた受付のエルドは、ソニアの顔を見て少し驚いた様子だった。


「今日はどんなご用件ですか? ペガサスオーダーの先月の実績報告書は受け取りましたし」

「ううん、今日はこれ」


 ソニアが差し出した、一枚の簡素な書類を見てエルドの表情が変わる。


「ペガサスオーダーをお辞めになるんですね! おめでとうございます!」


 ソニアの手を取るとブンブンと振って喜ぶエルド。

 予想外の反応にソニアは呆気にとられてしまった。


「ギルドでも心配してたんですよ。あんな小さい子が悪名高いクランに入ってやっていけるのかって。でもギルドはクランの方針に干渉しないのが決まりですから」

「う、うん、昨日過労で倒れて寝込んでた」

「やっぱり! じゃあ早く書類処理して帰してあげないといけませんね。また病み上がりでしょうし。あとはこちらの作業になるので座って待っててください」


 そう言ってエルドは腕まくりすると、必要な書類を取りに行った。

 ソニアは依頼の張り紙が貼られてある掲示板の前の椅子に座る。


「お疲れ様」


 白い湯気を立てるコップが、ソニアに差し出された。

 振り返れば、額に大きな傷跡がある筋骨隆々の大男がじろりとソニアを見下ろしている。


「ゆずと蜂蜜入りのドリンクだ、疲れに良い」

「ヴェルヌさんありがとう」


 ギルドの酒場のマスターであるヴェルヌは、膝を怪我して引退した元冒険者だ。

 現役だったころは、“ハリケーン”ヴェルヌと呼ばれた豪傑だったらしい。


「美味しい、ホッとする味だね」

「クランに所属していない冒険者は優遇できる規則がある。食事に困った時は来い」


 エルドもヴェルヌもソニアをずっと心配してくれていたようだ。人の優しさに触れ、ソニアはジーンと目頭が熱くなってきた。


(2人とも雑魚専の私でも心配してくれるなんて、いい人だなぁ)


 ソニアが感動している間に、ヴェルヌはカウンターへと戻っていった。

 手持ち無沙汰になったソニアは、ドリンクをちびちびち飲みながら、壁に貼られた依頼書を眺める。


「闇色沼での薬草採取や大イノシシの狩猟、ゴブリン退治、大根農家リンさんのレベル上げの協力依頼、闘技場に使うモンスターの捕獲……あ、教会の臨時治療師募集の依頼が残ってる。普通ならすぐに持ってかれちゃうのに」


 とはいえこれは必須スキルに治療魔法があるのでソニアには受けられない依頼だ。

 やがて視線はクラン勧誘の依頼書へと移る。


「シルバードラゴンはまた新人勧誘か、あそこは人の出入りが激しいね。スライムハグは条件がいいけど高レベル限定。キングスは従軍経験者が条件、また人を集めて戦場に行くのかな……そしてペガサスオーダーの募集もいつもどおりと」


 眺めてはいるが、ソニアはまたクランに入るつもりはまったくない。

 冒険者を辞めて、何かのんびり暮らせるような仕事を探すつもりだった。

 ドリンクを飲み終わり、コップを返しに立ち上がろうとした時、ソニアの視線に一枚の張り紙が映った。

 それはクラン募集の張り紙の中に紛れていた一枚で、本来なら通常依頼側に貼るべき内容だろう。


「レベル不問、休日あり、レベル上げなし、アットホームな職場でのんびり楽しくお仕事?」


 ソニアは描かれている文字を小声で読み上げる。


「食事付いて給料も悪くないし、レオポートから1分のところにある職場で、外での仕事は原則なし……これは」


 ソニアの知識、そして前世の千佳の知識が告げる。


「これがホワイト企業ってやつね!」


 なによりアットホームという言葉が良い。怒鳴られたりするギスギスした職場ではなさそうだ。

 ソニアは張り紙をすばやく掲示板から剥がすと、ウキウキした様子でエルドを呼びに行ったのだった。


☆☆


 仕事の内容は直接会ってから説明するとのことだった。

 エルドとヴェルヌからは「やばそうなら、ギルドの信用なんて気にせずすぐに逃げ出してこい」と、何度も言われたのをソニアは不思議に思っていたが、そこは素直に「逃げ足には自信がある」と答えておいた。


 レオポートの北の外れ。

 貰った地図を頼りに住宅街を抜けると、閑散とした空き地が目立つ未開発の地区にでる。


「こんなところに事務所があるんだ」


 ソニアもここに立ち入ったことはなかった。

 市場や港からも遠いし、こんなところを拠点にする理由がすぐには思いつかない。

 ソニアは首を傾げながらも、迷わず地図の示す目的地へと向かう。


「ここ?」


 たどり着いた目的地には、町の木々がまだ残る小さな森の中にポツンと佇むちょっとしたお屋敷だった。

 3階建てで、たくさんのガラス窓からは赤い絨毯と銀の燭台がある廊下が見える。


「ほへぇ」


 ソニアの口から変な声が漏れた。

 こんな町外れに、こんな立派な屋敷があったとは知らなかった。

 玄関に近づいてみれば、ドラゴンの頭を模した銀製のドアノッカーが備え付けられている。

 盗まれはしないだろうかと、ソニアはちょっと心配してしまった。


 ゴンゴンとドアノッカーを叩く。

 樫の扉が立てた音は、耳に不快感を感じさせない気持ちの良い音だった。

 ソニアがドアノッカーから手を離すと、すぐに扉が開いた。


「何か御用でしょうか?」


 扉の隙間から、綺麗な女性の青い瞳がソニアを見ていた。

 美人だがなとなく冷たさを感じる顔だ。

 ヴァンスのように分かりやすい強面こわもてではないが、思わず逃げ出したくなるような奇妙な迫力があった。


「あの、私ソニア・カルヴァリと言いまして。ギルドで張り紙を見て来た冒険者です」


 だがソニアに女性の視線に臆した様子はない。

 前世で死んだ記憶を取り戻したことで、一種の達観というか、「まぁ一回死んじゃったし」という気持ちが、ヴァンスにさんざん怒鳴られいつも萎縮していたソニアの精神をリセットし、マイペースな精神状態を作っていたのだ。


「依頼書を」


 女性に言われてソニアは鞄からギルドから依頼書を取り出し渡す。


「確認しました」


 そう言うと、女性はニコリと笑った。

 完璧な仕草で扉を開ける。

 メイド服に身を包んだ銀色の髪の女性は上品な物腰でお辞儀をした。


「ようこそお出で下さいましたソニア・カルヴァリ様、どうぞこちらへ」


 女性に案内されるまま、ソニアは屋敷へと入る。


「わっ……」


 玄関を進むと、キラキラと煌くシャンデリアに照らされたホールへと出た。

 床一面に敷かれたふかふかの絨毯には、芸術の知識を持たないソニアにも分かるくらい素晴らしい出来で、勇者を背に乗せた黄金鱗のドラゴンが無数のデーモン達と戦う伝説の一場面が刺繍で描かれていた。

 交易の盛んなレオポートでも、こんな上等な芸術品は見られるものではない。

 ソニアは靴を履いた自分の足で踏むのが勿体ない気がして立ち止まろうとするが、気にせず歩いていくメイドに置いていかれそうになり、無意味につま先立ちになってちょこちょこと追いかけていった。


「すごい絨毯ですね。上のシャンデリアもすごく綺麗ですし」

「そうですか?」


 ソニアの言葉にメイドが立ち止まって振り返った。


「うん、すごいと思います。シャンデリアは宝石の中にロウソクが溶け込んでいるようなデザインで綺麗ですし、絨毯の刺繍はすごい迫力があってこの上を歩くのが勿体無いくらいです」

「なるほど……ありがとうございます」


 メイドはにこやかに笑うとまたお辞儀をした。


「よろしければ差し上げましょうか?」

「へ? いやいや、私の住んでるところは部屋を借りてるだけで、それに置く場所もないですし!」

「そうですか」


 なぜかメイドは残念そうにしている。

 その姿を見て、ソニアはつい。


「でも、小さいのなら」


 と言ってしまった。

 メイドの顔がパッと輝き、頬を赤くした。


「では、あとでご用意しますね……!」


 やたら嬉しそうなメイドに、ソニアは少し面食らいながら……。


(何だかアットホームっぽい)


 とアットホームの意味もよく知らずにそう考えていたのだった。


 メイドの手がぐねぐねと変形し、小型で、精巧で、ルビーやダイアモンドをあしらった見事なシャンデリアを形作っていたことには、ソニアは後ろを歩いていたので気が付かなかった。



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[一言] (゜_゜ )ゴーレム?(笑)
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