13話 仕事が終わったのでシロと一緒に散歩しました
「新しい終のものを迎えて、一ヶ月を過ぎたわけですが……」
発言したのはメイド服を着たガネットだ。
場所は巨人の夢跡の奥にある機密会議室。
時刻はすでに定時を過ぎており、ソニアはレオポートへと帰っていた。
「皆様はどう思われます?」
エーギルがまず手を上げた。
「問題はないように思える。力を振りかざして暴走する様子もないし、我々へ攻撃を加える様子もない」
「私もそう思うぞ」
スコールもエーギルの発言に同意した。
「施設を良く観察しているようだ。この1ヶ月ですべての部屋を見て回ったのではないか?」
「ずいぶん仕事熱心な方ですなぁ」
ゴブリンナイトのカルンは腕を組んで感嘆しているようだった。
「ただいろいろと不思議な知識をお持ちのようだ。ただの冒険者なのではなかったのかね?」
「そのはずですが」
ガネットは少し自信なさげな様子だ。
一番近くで見ているガネットには、ソニアの特殊性を一番理解している。
モンスターであることが判明しても、ソニアの態度は変わることがなかった。この世界の価値観では極めて珍しい反応だ。
「でも不思議な部分は今の所、我々にとっても良い方向に働いている。ここまで取り乱さなかった終のものはソニア様が初めてだ」
「それは私も認めますがね。私も別にソニア様に問題があると言っているわけではありませんよ」
エーギルに言われて、カルンは慌てて訂正した。
カルンも、ソニアとの交流を興味深く感じているのだ。
「お風呂も好きみたいよぅ」
真青竜のサスールルはのんびりと付け加える。
「お風呂好きは関係ないだろ」
呆れたようにスコールが言い返した。
サスールルはチッチッと爪を振って笑う。
「関係あるよぅ。お風呂に一緒に入れば仲良くなれるの。私のドラゴン達からは評判いいんだから」
「それを言うならフロストウルフ達の方が付き合いが深い。ほぼ毎日共に訓練しているからな」
サスールルとスコールが言い合いを初めたのを見て、ガネットはクスリと笑う。
「ソニア様が終のものを継続されることに異議を申し立てる方はいなさそうですね」
会議の参加者達は顔を見合わせると、頷き合う。
全員を代表してエーギルが立ち上がった。
「異議なし。我ら一同、ソニア様を新しい主として認める」
エーギルの言葉に、参加者たちはみな拍手で同意を示したのだった。
☆☆
「みんな優しいし、お仕事楽しいなぁ」
レオポートに戻ってきたソニアは城門を抜けて郊外に出ていた。
明日は休みなので、ちょっと遠出しようと考えているのだ。
「ワオン!」
「シロを連れてきちゃったけどいいのかな?」
ソニアの隣を歩くのは最初にソニアのところへ来た人懐っこいフロストウルフ。
他のフロストウルフに比べて一回り身体が小さいその子を、ソニアは勝手にシロと名付けていた。
その日、いつものように魔法で帰ろうとした時間に、シロがソニアのところへやってきてやたら身体を擦り寄せてきたのだ。
最初、ソニアはまだ遊んで欲しいのかなと思いフリスビーを取り出すが、シロは首を横に振って違うと意思表示していた。
ソニアはしばらく遊び道具や食べ物などを見せてコミュニケーションを取っているうちに、ようやくシロがソニアと一緒にレオポートに行きたいのだと理解したのだった。
「まぁシロもずっと部屋の中にいたら飽きちゃうよね」
「ワン!」
シロは楽しそうにソニアの回りをクルクル回っている。
あんまり尻尾を激しく振るので、勢い余って尻尾が取れてしまわないかと思ってしまい、ソニアはおかしくなって笑った。
「クゥン?」
「なんでもないよ、それじゃあ行こうか」
目指すはソニアが生まれ育ち、今は奪われてしまった領地だ。
とはいえ別にソニアは領地を取り返そうという気はない。
ソニアが知る貴族である父の姿は、王からの重税に苦しみ、少しでも領民に課す税を少なくしようと努力しても増税は避けられず、領民から恨まれることはあっても感謝されることは滅多にない。
ソニアの父は心労からいつも胃薬を懐に持っていて、溜め息が癖になってしまっていた。
贅沢な暮らしなどソニアには縁はなく、服も何度も仕立て直していたし、ご飯も常に小腹がすいている程度の量だった。
衣食に限定すれば、冒険者となった後の方が豊かだったかもしれない。
なので、いまさら領地を取り返して領主になりたいという気はソニアには無かった。
「でもそれはそれとして」
生まれた故郷には、それなりに思い出がある。
ソニアは冒険者になってから一度も帰ってなかったが、この機会に一度見て回ろうと思い立ったのだった。
「特に面白いところでもないんだけどね」
「ワン」
それにレオポートの町の中を歩かせるには少々シロは目立ちすぎる。
フロストウルフというモンスターがどの程度知られているのかソニアは知らなかったが、フロストウルフが狼の姿をしているだけでも、衛兵に呼び止められる理由として十分すぎる。
「でもいつかは一緒に食べ歩きとかしたいね」
「ワンワン!」
ソニアが笑顔でそう言うと、シロは嬉しそうに吠えて応えた。
☆☆
「あそこの橋を渡った先が私の生まれた土地だよ」
「ワン」
森の小川にかかる小さな橋。
小川の向こう一帯が、かつてソニアの家族が治めていた土地だ。
橋を渡って少し歩けば森を抜ける。
その先には、なだらかな丘に小規模な鉄鉱石の採掘場があった。この領地の経済を支える鉱山だ。
だがこの鉱山の産出量は少ない。
地下深くまで掘り進めれば産出量は増えかなりの収入になりそうなのだが、先立つお金も技術も人もない状況では、それも望めない。
それでも丘に掘られた横穴から手作業で運び出される程度の鉄鉱石がなければ、ソニアが生まれる前に領地の経営はパンクしていただろう。
「うーん、そういえば何だか人が増えてるような」
鉱山労働者用の小屋の数が、ソニアがいた時より増えていた。
少し疑問を感じつつも、ソニアは丘を横目に先へと進んだ。
シロは白い蝶々を見かけて、首を傾げて追いかけている。ソニアも面白がって蝶々を追いかけるシロを追いかけて、後ろからシロの首に抱きついた。
「ワン! ワン!」
シロはピョンピョンと飛び跳ねながら、ソニアとじゃれ合う。
「あはは! シロすごい!」
ソニアの小さな身体をくっつけたまま軽やかにジャンプするシロの身体をソニアはワシャワシャと撫でた。
「ワン!」
ソニアに褒められ、シロはますます楽しそうに吠えたのだった。
そうして遊びながら進んだので、移動に少し時間がかかり丘を越えるころには夕日は沈み夜が迫っていた。
越えた先では夕日の残照に照らされ畑と村と小さな屋敷が見えてくる。
そこがソニアが生まれた場所だ。
村では、ちょうど家の中で明かりがポツポツと灯され、ぼんやりとした光が窓から漏れている。
「なんだか明かりが少ないような」
ソニアがこの村を見るのは2年と数ヶ月振りなのだが、前に見た時よりもどうも寂れているような気がする。
「ちょっと寄ってみようか」
最初は村の中まで立ち寄るつもりは無かったソニアだったが、気になったので軽く覗いてみることにした。
(このまま帰ると、夜寝る時にモヤモヤしそう)
ソニアとシロは、村人達を驚かさないようにそっと気配を消して村へと近づいて行った。