第138話ちょこっと外伝『少年はモノから人に成れるのか』ゴブリン討伐編⑦
『銀の一番槍』の騎士見習い達、それに『黒狼』部隊の面々は、ギャンの合図で、一斉にその部屋に突撃した。
床にはミツの『睡眠雲』で眠った多数のゴブリン、部屋の奥の方に、床に倒れ同じく眠りこけるホブゴブリンにゴブリンシャーマン。一段高くなった場所に、膝をついて辛うじて起きているロードとヒーローが数体、そして……
それは巨大だった、近くにいる3メートルもあるヒーローが華奢な子供見えるような圧倒的な質量、圧倒的な筋肉量。黒鉄色の肌には血管が這い回り、筋肉の繊維が肌越しに見える。身体に比して巨大な頭部の額の左右に、それだけで小柄な女性ほどもある大きな黒い角が二本天を突き、燃えるような赤い髪がそれを彩る。人を丸のみ出来そうな大きな口からは牙覗く。人の白目部分が黒く、漆黒の洞の様だ、金色の光を放つ虹彩が威圧的にこちらを見つめる。
赤い豪奢な生地の白い縁取りのあるマントを翻し、何かの柱の様に見える巨大な大剣を床に突き立て、その柄の上に両手を添えて泰然と立つ。
6メートル近い巨人、圧倒的な強者の風格。存在感が重い、空間が軋むほどの重い気を放つ。
『王者』
誰も、誰一人身動きさえできない。そうそこにその存在を見つけて、それを見つめて動けない。身体が竦む。
それが徐に口を開く、地の底に響く様な重低音……
「フハハハハッ! よく来たな冒険者! 我こそはゴブリンキングッ……」
「オーガじゃねえかっ!!!!」
ギャンが思わず突っ込んだ。突っ込まずにはいられない。伝説の『ゴブリンキング』がどれほどの存在か、そんな事は分からない、だが目の前にいるのは……
「オーガだよね?」
「オーガだ初めて見た!」
「オーガってガチムチだな!」
ギャンの放った突っ込みに硬直が解けたのか、騎士見習い達が口々に感想を口にし始める。
それは一つ場違いに咳払いをすると、構わず。
「ウォッホン……フハハハハッ! よく来たな冒険者! 我こそはゴブリンキングッ……」
「オーガなのか?」
「オーガだろ?」
「オーガの特徴はあるよね?」
「オーガ! これがオーガか!」
「オーガか思ったより大きいな」
「オーガ? これノーマルオーガ?」
咽る様に咳払いを繰り返し、今度こそと気合を入れて……
「ゲフンッゲフンッ……フハハハハッ! よく来たな冒険者! 我こそはゴブリンキングッ……」
「オーガが怖いのかフィフ?」
「オーガ……えっ? ビビッてないから!」
「オーガだから仕方ないよフィフ」
「オーガ何だよな? ゴブリンキング?」
「オーガが何でゴブリンキング?」
「オーガ? 可愛くないわ」
その化け物が切れて喚く、
「ちょ! 喧しいわ貴様ら! 大人しく名乗らせんか!!」
威厳や雰囲気が台無しだ。
「ほう、なら言ってみろ!」
ギャンは頭が痛い、そうコレはオーガだ、しかも……
「良いの? もう邪魔しない? OKだよね? 言ったからね?」
「サクサク名乗れ!!」
しつこく確認をして来る、間違いなくコレはオーガだ。オーガの伝統である名乗りに拘ることからも間違いない。だがこの大きさのオーガは……
「フッ! ならば聞くが良い! フハハハハッ! よく来たな冒険者! 我こそはゴブリンキング! ウォマァ・ンコ・スキー! 女性をこよなく愛する、ゴブリンの王!! ここまで辿り着いたことを褒めてやろう! フハハハハッ!」
「オーガだろ? お前オーガじゃねえか!」
ここまでオーガまんまなのに、その化け物は『ゴブリンキング』を名乗る。
(名乗った……名前を……名前を名乗っただと!! クソが!!! どうなってやがる! 最悪だ、最悪の相手だ!)
ギャンにはそれが『ゴブリンキング』を名乗ろうと、その名前が酷い内容だろうが、名乗りの内容が最低だろうとどうでも良かった。
「ヌオオオォォォ!! 兄者ぁぁぁぁ!!」
部屋の奥の扉が開いて、そこから地響きを立てて、そのウォマァ・ンコ・スキーと同じような巨大なオーガが現れる。髪は青く、額の黄色い角が短く太い、肌の色は若干薄く褐色。そうそれ以外の違いと言えば着ている服位だ。右肩を隠す様なマントに、巨大な戦斧を背に担いでいる。こちらも地に響く様な重低音が響き渡る。気の弱い者ならその声を聞いただけで気を失いそうだ。
「騒ぐなっ!! ア・ヌァル・スキー! 何事だ客人の前だぞ!」
大声を上げて走り寄る新たなオーガをウォマァ・ンコ・スキーが片手を上げて制止する。
「ヌオオゥ! 客人? ヌオゥッ! 客人では無いか! ならば名乗らねばなるまい!! ヌオオゥ! 聞け! 我こそはゴブリンジェネラル! ア・ヌァル・スキー! 女性のお尻をこよなく愛する、ゴブリンの知将!! 尻こそ至高!!!」
二匹目のオーガが名乗る。
(なっっ! 名乗った! こいつも名前を名乗った! なんだ……どうなっている……)
「二匹目だ! オーガが二匹!!」
「ゴブリンジェネラルって何?」
騎士見習い達は既に状況に慣れ始めたのかきゃいきゃい騒いでいる。
そう知識、知識は武器だ。知らない……この場合は幸せなのだろうか……
「ア・ヌァル・スキー!! 貴様! 女性は尻だけでは無いわ!! この愚か者がぁぁぁ!」
「例え兄者でも、異論は認めん!! 尻最高ぅぅぅ!!」
オーガの兄弟はギャンの苦悩も知らず、お気楽なやり取りを始める。
「くうううぅぅ、この……いやそれどころでは無いな、何事だア・ヌァル・スキー!」
「ヌオゥッ! そうじゃった。兄者ぁぁ! メルル殿達が、奥の部屋から出てきてくれんのじゃぁぁ、ルナちゃんまで一緒に! どないしようぅぅ」
「ええい、狼狽えるな! 土下座だ! 土下座して頼み込め!」
なんとも情けない解決策を弟に授けるウォマァ・ンコ・スキーは本当にオーガなのだろうか……
しかし、その時またしても部屋の奥の扉が開かれる。
「フォオオォォォゥ!! 兄者ぁぁぁぁ!!」
またしても今度は巨大な錫杖を手にしたオーガが現れる。こちらは金獅子の様な金髪に、反り返った銀色の角。肌の色が白い。
「次から次へと! 今度は何事だオゥ・パイ・スキー!!」
「フォオオゥ! 客人がいるではないか! ならば名乗らねばな! フォオオゥ! よく来たな客人! 我こそはゴブリンウィザード! オゥ・パイ・スキー! 女性の胸をこよなく愛する、ゴブリンの大魔術師!! たわわに実る双丘に勝るものなし!!」
名乗りはオーガの伝統だ。こうして名乗りの上げて己が何者であるかを示し、無駄な争いを避けるためと言われている。ここまで酷い内容の名乗りは聞いたことが無いギャンだが……
(冗談じゃねえぞ!! 三匹目だと! しかもまた名前を名乗りやがった!!)
「三匹目! おい三匹目だぞ!!」
「いやだからゴブリンウィザードって何?」
「オゥ・パイ・スキー!! 貴様! 女性は巨乳が全てでは無いわ!! この愚か者がぁぁぁ!」
「笑止!! 貧乳など無いのと一緒!! 有り無しならば有が良いのは当たり前!!」
「バ・カ・なぁぁぁ!! 貧乳であろうと、そこに乳が有る限り無限の可能性を秘めておるわぁぁ!!」
「そんな事より兄者ぁぁぁ!!」
「そんな事だと!! くうううぅぅ、だが今は……何事だオゥ・パイ・スキー!!」
「フォオゥ、そうだっ! 兄者ぁぁぁ! メルル殿達が大きすぎて痛いって! だから一緒に来てくれないって!! ティアちゃんまでおっきいのもう嫌だって!! なんでじゃぁぁぁ!!」
「な・ん・だ・とぉぉぉぉ!! くぬうううぅ、致し方なし! 小さくする魔法が有るからと泣きつけ!!」
オーガの兄弟の会話の内容が惨い、只管惨い。このオーガ達は状況を理解しているのだろうか?
そして四度、部屋の奥の扉開き、巨大なオーガを吐き出す。今度のオーガは巨大な戦槌をその背に背負う。金属の様な光沢を放つ銀髪に、白い角を生やし、赤銅色の肌を晒す巨人。
「ウォオオォォォゥ!! 兄者ぁぁぁぁ!!」
「ま・た・かぁぁぁぁ!! 何事だオォ・クチッ・スキー!!」
「またとは何だぁぁ! ああぁ兄者たち!! こんな所でなにしてるんじゃぁぁ! 何故戻って来んのじゃぁぁ! ん? 客人か? ならば名乗ろう! ウォオオゥ! 聞け客人! 我こそはゴブリンパラディン! オォ・クチッ・スキー! 女性のお口をこよなく愛する、ゴブリンの神官騎士!! 口技に比べたら他なんてカスじゃぁぁ!!」
(ま・た・かぁぁぁぁ!! どうなってやがる四匹目だぞ、なんでこんな……クソッ、どうやってこいつらを逃がす? 俺一人でどうやったらこいつらを逃がせる……チャンスを伺うしかないか……)
「何匹いやがる四匹目だぞ!」
「なんでみんな無視するの? ねえゴブリンパラディンってなに?」
「この大バカ者がぁぁぁぁ!! 独りよがりな口技など愚か者の極みよ!! 何故下の口も愛せんのじゃ! この未熟者がぁぁあ!!」
「兄者ぁぁぁ! 当然やるならシックスナイン!! 下の口も忘れておりませぬぅぅ!!」
「フッ、勘違いであったか! 許せオォ・クチッ・スキー! 兄が未熟であった!」
「ウォオオォォォゥ!! 兄者ぁぁぁぁ!! 俺はまだまだ未熟ぅぅぅ! 兄者が居らねば俺などぅぅ」
「くうぅぅぅまだ兄と呼んでくれるのか弟よぉぉぉ!!」
「ウォオオォォォゥ!! 兄者ぁぁぁぁ!!」
「何この三文芝居? 何時まで続くの?」
「まあちょっと黙って見てましょ」
「女性の名前が出ているから何かヒントになるかも」
「おおぅ!! 兄は幸せ者じゃぁぁ!! フッ、して何用じゃあぁぁオォ・クチッ・スキー!」
「ウォオォォゥ!! 助けてくれぇぇ兄者ぁぁ!! メルル殿達の閉じこもった部屋に鍵が掛かってしもうたぁぁ! 開かんのじゃぁぁ! フレニちゃんが御トイレ行きたいって泣いておるんじゃぁぁ!!」
「な・ん・じゃ・とぉぉぉぉ! 鍵はどうしたぁぁ?」
「見つからんのじゃぁぁぁ! 奥の部屋は危険じゃから保管して居ったのに宝箱の中が空じゃぁぁ!」
「ま・じ・で・かぁぁぁ! クゥゥゥゥ壊せ……いや、あそこは……」
「おいっ!! もういいか? お前らそれで全部か?」
様子見しようと思っていたギャンだが流石にイラついてきた。
オーガの名乗り、それは、己の役割、一族の姓と一族での続柄、己の主張となっている。
『我はオーガの里の戦士! ○○家の次男坊だ! 百の魔物を屠りし歴戦の戦士、肉だ! 肉を食わせろ! 贈り物には是非肉を!』
例えばこんな感じだ。
だがこの四匹のオーガは、己の役割、己の名前と一族の性、己の主張……そう名前を名乗っている。
これはこのオーガ達が『ネームド』だと言う事だ。
この四匹のオーガは全員『ネームド』! 一般のオーガとは隔絶した実力を持つ特殊な『オーガ』! そうもうこのオーガは『オーガキング』『オーガロード』だとかの上位種の壁を超えている。
(地上に『ネームド』だと? しかもオーガで、更に四匹とかどんな悪夢だ!)
ギャンの実力なら四匹相手でもギリギリ勝てない事も無い。だが、騎士見習い達を守って勝つ、『黒狼』部隊を守って勝つ。
(物理的に無理だ。こっちは一人、あっちは四匹だぞ!)
一匹に切り掛かった段階で、フリーの三匹にギャン以外が襲われたら瞬殺だろう。
そしてもう一つ問題が有る。『ネームド』の魔物は、倒しても暫くすればその場で復活する。『ネームド』の魔物は退治できない。封印して閉じ込めるやり方や、迷宮の場合『下層送り』など、対処法が有るにはある。可成り特殊な魔法式で『ネームド』の魔物の復活を阻止した事例もある。だがこの場では何れの方法も不可能だ。なにも準備をして来ていない。
「おぅっ! 忘れておったわ、待たせたな冒険者! ちょっと取り込んでおってな、許すがいい!」
「で? 貴様らがゴブリン共を率いていたのか? 目的はなんだ!!」
ギャンは最後の手段に出る。『ネームド』の魔物に対する最終手段、コミュニケーションだ。口でやり込めて騎士見習い達と『黒狼』部隊を逃がす。
「目的? ……決まって居ろう! 女性だ!! 女の子! お嫁さん探しだ!! ゴブリンに命じてお嫁さん候補を連れて来させておったんじゃが?」
「はぁ?」
「フハハハハッ! オーガの里は深刻な嫁不足! ならば!! 他で探すしかあるまい! 我ら四兄弟はお嫁さんになってくれる女性を探して旅する者じゃぁ!」
「そうじゃあ、兄者ぁぁ、あのままでは我らは一生童貞! ヌオオオォォォ! そんなのはイヤじゃぁぁ!」
軽い、目的が只管軽い、本人達は結構真剣かも知れないが、そんな目的の為に11万人も死んでいる。釣り合う目的とは思えなかった。
「我ら四兄弟は長き、長き苦難の旅の果てにこの遺跡に辿りつき! フォオオォォォゥ! 結構快適だったから住み着いたんじゃぁぁ!」
とても快適だったそうだ。森には豊かに果実が実り、食べ物に困らない。その上この遺跡の施設は上下水道完備で温水まで出る。こう見えて文明的なオーガにとって、とても快適な住空間だったそうだ。
「住処は見つかったが暇じゃ! ウォオオォォォゥ! 仕方ないから遺跡を探検してたら変な装置が有ったんじゃ!」
快適過ぎて嫁探しの旅を一時中断して、暫くここに住み着くことにしたらしいのだが、今度は暇で困ったらしい。で、住処でもあるこの遺跡を探検して色々調べている内に、あの装置を発見したとの事だ。
「フハハハハッ! そうゴブリンを作り出す装置がなぁ! 手下がポコポコ出来た! ならば誰かが率いねばならん!」
「「「兄者ぁぁぁ!! 兄者しかおらぬぅぅぅ!!」」」
「弟よぉぉぉ!! このように推挙されたのでなぁ我はゴブリンキングとなったのだ!! フハハハハッ!」
ゴブリンはオーガにとって手下の小間使い、余り賢くないのが困り者だが、命令すれば一応言う通りに動く。色々躾けながら果物の収穫やらやらせていたとの事だ。
「いやオーガだろ?」
「フッ、ゴブリンを束ねる者、即ちゴブリンの王、ゴブリンキング! オーガがゴブリンキングを名乗ってはならん理由は無いっっ!!」
「「「流石じゃ兄者ぁぁぁ!!」」」
頭痛して来る。
(まあ本人達がそれでいいなら好きに名乗れば良い、だがならこいつらが指揮官だろ?)
「で? ゴブリンに命じて人間の村を襲ったと?」
「「「「何の事じゃ?」」」」
「はぁ? 惚けてんじゃねえぞ! 何十万人死んだと思ってやがる!!」
そう11万人も死んでいる、惚けて済むような人数ではない。だがオーガ四兄弟はポカンとした顔をしてお互い見つめ合う。
「なんじゃあそりゃ? お嫁んさん候補だと献上されたが……ま・さ・か・攫ってきたのか? 人が生贄として差し出してきたと聞いたんじゃが?」
「兄者ぁぁぁ!! だからゴブリンはダメだって! こいつら女の子に酷い事ばっかりするんじゃぁぁ」
「兄者ぁぁぁ!! 女の子達をゴブリンのバカから引き離して本当によかっただろぉぉ」
「兄者ぁぁぁ!! やっぱり候補以外の女の子こいつ等食ってたんじゃないのかぁぁ?」
弟達はゴブリンに不審な点があることに気が付いている。
「フハハハハッ! あり得ぬ! 可愛くて優しくて良い匂いがして気持ちいい女の子に、そんな酷い事など出来る筈が無かろう! 何度も尋ねたがそんな事はしていないと誓ったぞ、こ奴らは!」
馬鹿だった。『ネームド』は普通知能が高い。この四兄弟も知能だけは相当だろう。だが、ゴブリンの言葉を信じていた。ギャンの脳裏に純朴な田舎の青年といった言葉が浮かんだが、仮にも『王』を名乗るものがそれでは許されない。ウォマァ・ンコ・スキーはゴブリンの言葉を信じる馬鹿野郎だった。
「兄者ぁぁぁ!! 家に返したと言っていたがそれが嘘だったんじゃぁぁ!!」
「兄者ぁぁぁ!! お土産に渡した宝、ネコババされたんじゃぁぁ!!」
「兄者ぁぁぁ!! お手紙書くねって言った女の子からお手紙こないんじゃぁぁ!!」
「フハハハハッ! 弟よぉぉぉ! 何時からそんな人を信じられぬ漢になったんじゃぁぁ兄は悲しいぞぉぉぉぉ! なあ弱き者よ! 人間の村など襲ってないし、女の子は攫ってない、女の子を食うなんてそんな……しておらぬよな?」
「ハイ、キング、シテオリマセン」「メッソウモゴザイマセン、キング!」
周りのゴブリンロードは正座をして大人しく『王』の言葉に追従する。明らかに嘘だがウォマァ・ンコ・スキーは疑わない。
「なっ? フハハハハッ! 分かったか冒険者! 主らの勘違いじゃ!」
他の三兄弟は、ゴブリンの言葉を疑っている様だが兄がこの調子なので強く主張できないのだろう。
(ダメだこの馬鹿! 話にならねえ!)
ならば言い逃れ出来ない様に問い詰めるしかない。
「俺達は巣穴の外でお前らの軍団とやり合ったが? あの時はお前らの誰かが率いていただろ?」
あの指揮官は明らかにゴブリンでは無かった。
「ヌオオオォォォ!! 兄者ぁぁぁぁ! それは俺じゃあ!!」
「ア・ヌァル・スキー! 何故じゃあぁぁ、人間に手出しするなと教えられたろうぅぅ!!」
「ヌオォォォ!! 兄者ぁぁ! 別のゴブリンの群れが襲ってきたのじゃと言われたんじゃぁぁ、けど違ったから途中で返って来たんじゃぁぁ!! こいつ等勘違いしたってぇぇ」
ア・ヌァル・スキーも相当な馬鹿だ。聞けば自分達と敵対しているゴブリンに散々仲間達が殺されたそうだ。そのゴブリンが攻めて来たと聞いて、張り切って指揮をしていたが、どうやら相手はゴブリンでは無い。問い詰めると人間とゴブリンを間違えたというので、とっとと巣穴に引き返したそうだ。
「ア・ヌァル・スキー!! 冒険者が近くまで来ているとしか言わなかったではないかぁぁぁぁぁ!!」
「ヌオオオォォォ!! 兄者ぁぁぁぁ! 怒られるのがイヤで黙っておったんじゃぁぁ!!」
ア・ヌァル・スキーはダメ男だった。
「ア・ヌァル・スキー!! ホウレンソウは正確にとあれほどっっ!! この愚か者がぁぁぁ!」
「ヌオオオォォォ!! 兄者ぁぁぁぁ! どうせ引っ越すから関係無いと思ったんじゃぁぁ!!」
「ん? オオッ! そうか! そうであったな! 怒鳴って悪かったな、ア・ヌァル・スキー! だが次からはしっかり報告するんじゃぁぁ! 良いなア・ヌァル・スキー!」
「ヌオオオォォォ!! 兄者ぁぁぁぁ! 了解じゃあぁぁ!! すまぬぅぅ!」
「この通りア・ヌァル・スキーも反省しておる、許せ冒険者ぁぁ!」
「はぁーー……まあ良いコッチに今回は犠牲者は出てねえからな」
(いや報告ミスを反省してるだけだろ! って一応仕掛けたのはコッチか? いやそもそも仕掛けたのはこいつら……いやぁ、ゴブリンか? ふむ……)
「そういやこの巣穴に罠も仕掛けてあったよな?」
「フォオオォォゥ!! 兄者ぁぁぁ! それは俺がこいつらに頼まれてしかけたんじゃぁぁ!」
「オゥ・パイ・スキー! 何故じゃあ、危ないではないかぁぁ!!」
「フォオオォゥ!! 兄者ぁぁぁ! こいつらが用心だってぇぇぇ!」
「ふむ防犯か? クウゥゥ、アイアンゴーレムを全部壊したのは失策であったわ!」
「フォオオォゥ!! 兄者ぁぁぁ! だから直せる程度に壊そうってぇぇ!」
「まだ予備が有ると思ったんじゃぁぁ!!! まさかあれだけしか無いとは、それに今はゴブリンが居るではないか!」
(こいつ等、壊れて無ければ、アイアンゴーレムの命令を上書きできるのか? 古代帝国の技術をほぼ使用できるのか! いや、それもそうか、こいつ等この施設の設備を使いこなしてやがるからな……)
ギャンが当初思っていた以上に知能が高い。下手をしなくても普通の人間よりも賢い。
「防犯? 誰から身を護るんだ? 俺達か?」
「フォオオォゥ!! キラーベアやらオークに襲われてなあぁ! コブリン供が大分食われたんじゃぁぁ!」
「フハハハ! うむ! 何度か補充したがあやつらバカスカ食いおる! これだけ果実があるんじゃ何でゴブリンなんぞ食うんじゃ? 全く困った奴らじゃ」
「その報告は誰から聞いた?」
「コヤツらじゃ、全く弱き者にも困ったものじゃぁぁ、キラーベアやオーク如き、これだけ数が揃えばどうにかならぬのか……」
コブリンロード達は目を合わせようとしない。不甲斐なさを恥じている様にも見えなくは無いが、これは嘘をついている目だ。
(あのアホみたいな数のゴブリンは、こいつ等を騙して揃えたのか? なる程減ったから補充と称して数を増やしていたという事か)
この場に居るゴブリンロード、特にウォマァ・ンコ・スキーの左右に居るロードは可成りの知能が有りそうだ……他と見るからに違う。
(アレは……ハイロードか? もしかしてゴブリンハイロードに進化してる? 激レアだが、有りうる)
このオーガ達の元で力を蓄えて進化した可能性がある。この特殊過ぎる環境は、特殊なゴブリンを生みだすには十分すぎる。
「ゴブリン製造装置で補充したのか? しかし今も稼働中だったが何故だ?」
「ウォオオォォゥ!! 兄者ぁぁぁぁ! それは俺じゃあぁぁ!」
「クウゥゥ! オォ・クチッ・スキー! 何故じゃあ、引っ越しするからもう要らんのじゃぁぁ!!」
「ウォオオォゥ!! 兄者ぁぁぁ! こいつらが引っ越しの人手がいるってぇぇ!」
「ふむ……少し減ったのか? ゴブリン共は顔の区別がつかんのじゃぁぁ、いや冒険者が居るから倒されたか? まあ良いかこやつらは数がおらねば旅もできまいぃぃ!」
少しではなく激減している筈だが、このオーガ達は余りゴブリンに興味がないらしい。居ても居なくても困りはしないが、居ると少しだけ便利位に考えているようだ。
「旅? そういやお前ら引越しって、何処かへ逃げるのか?」
「うむぅぅ! お主らが来たからなぁ冒険者ぁぁ! ワシらは人とは争わぬ! それに土地は幾らでもある!」
地上の魔物としては上位の存在、集団になれば最強といっても良い。更にこのオーガは『ネームド』地上に他の魔物の脅威は無い。何処にだって住めるのだから土地に執着が無い。
「豊かな森と快適な住処を捨てるのは惜しいぃぃ! じゃがこの住処も元は人の物、空き家を間借りしておったが戻って来たのなら仕方が有るまいぃぃ!」
「オーガの掟って奴か?」
「フハハハ! そうじゃぁぁ! 人と違って我らオーガは何処ででも生きられるんじゃぁぁ! 無駄に争う必要も無い、我らが引っ越せば良いだけの事じゃぁぁ!」
「ねえ隊長、オーガって人を食べるんでしょ? 人里から離れて生活出来るの?」
「「「「人を食うぅぅ? なんでじゃぁぁ?」」」」
「オーガは大鬼で人食い鬼って意味でしょ? 違うの?」
サティはもうすっかりこの状況に馴れたのか、巨大な鬼、四匹を相手に普通に話しかける。間違いなく騎士見習い達の中で一番肝が据わっている。そしてサティの認識も間違いではない、迷宮に湧くオーガは倒した冒険者が男であれば食う。地上でも人里で暴れる乱暴者は人を食う事もある。
「なんでお主の様にめんこい女子を食うんじゃぁぁ! 食うよりやりたいんじゃぁぁ!」
「ヌオオオォォォ!! 兄者ぁぁぁぁ! その通りじゃぁぁ! 女子は可愛いじゃぁぁ!!」
オーガは例外なく女性は食べない、性的に犯す事はあっても食べようとしない。食欲よりも性欲が勝っていると言われていたが、この四兄弟の話だと単に女好きなだけだったようだ。
「じゃあ男は?」
「むうぅぅ、固そうで不味そうじゃぁぁ! なんでこんなもの食うんじゃぁぁ!」
地上のオーガにとって、人間の男性は余り食欲をそそらないらしい。
「フォオオォォゥ!! 兄者ぁぁぁ! 果実の方が美味いんじゃぁぁ! 俺は肉は苦手じゃぁぁ」
「オゥ・パイ・スキー! 好き嫌いはダメじゃぁぁ! たまには動物性のタンパク質も取るんじゃぁぁ!」
「ヌオオォォォ!! オゥ・パイ・スキー!! スペードエルクの干し肉がまだあったはずじゃぁぁ! アレは女の子にも人気じゃあぁぁ」
「フォオォォゥ!! 兄者ぁぁぁ! ティアちゃんの作るお菓子が旨いんじゃぁぁ! アレだけ有れば良いんじゃぁぁ」
「ウォオオォゥ!! 兄者ぁぁぁ! それでは糖尿病一直線じゃあぁぁ」
オゥ・パイ・スキーは甘いものが大好物らしい。ティアちゃんとやらの作るお菓子に、騎士見習いが誇る甘味モンスターが反応している。食べてみたいらしい。オーガをも虜にするそのお菓子……
(確かに少し興味が有るが、先ほどから出ている名前は……捕らえられている女性か? 生贄?)
「これって貴方達が特殊ってことは? 他のオーガはどうなの」
「オーガは人と関わらぬ! 人里から離れて暮らして出会うことも無いのに、どうやって食べるんじゃぁぁ!」
「あれ? そう言えばそうね?」
「フォオォォゥ!! 兄者ぁぁぁ! 女の子とやる事を人は『女の子を食べる』と例えるそうじゃぁぁ!」
「ウォオオォゥ!! 兄者ぁぁぁ! それは舐め回すからかぁぁ? ならワシらも食べられとるんじゃぁぁ」
「貴方達が人の女性とやるの? 死んじゃうでしょ? どう考えても死んじゃうわよね?」
サティの視線はオーガ達の下半身に集中している。何かの魔物の革で造ったパンツを履いているが、そこには巨大なモノが治められているのが分かる。6メートル近い巨体のオーガ、今の状態がノーマルでいざとなればそれ以上になるのかもしれないが。現在の状態でも間違いなく人には入らない。ギャンの胴体よりも太いモノが入る様な女性は居ない。
「フハハハハッ! あり得ぬぅぅぅ! このような状態でやるわけが無かろう! 女の子が死んでしまうではないかぁぁぁ! メルルちゃんに怒られてしまうわぁぁ!」
「ヌオオォォォ!! その通りじゃあぁぁ、ルナちゃんとする時はちゃんと人型モードでやるんじゃぁぁぁ!!」
「フォオオォォォゥ!! 兄者ぁぁぁぁ!! しかしメルル殿もルナ殿も人型モードでもまだ大きいと言っておったんじゃぁぁ!!」
「ウォオオォォォゥ!! 兄者ぁぁぁぁ!! だから最初から魔法でもう一段あそこを小さくしろと言っておたんじゃぁぁ!! フレニちゃんのお口にピッタリサイズがベストじゃぁぁ!」
このオーガ達程では無くても、普通のオーガも身体が大きい。だが基本オーガは女性を傷つけようとはしない。力加減を間違えて怪我をさせる事はしょっちゅうだが、直ぐに治療する。だから自分達の巨大なモノを女性に無理やり入れたりはしない。ただギリギリでも入るなら、それを入れようとするので女性からの受けはオーク程良くない。力加減を直ぐ間違えるのと、大きすぎて痛いと、苦痛ばかり伴うので評判が悪いのだ
「貴方達もしかして小さく成れるの?」
「フハハハハッ! 違うぞ小娘ぇぇ!! 我らは進化した時コンパクトになったんじゃぁぁ!!」
「ヌオオォォォ!! しかしそのままのサイズではそれまで使っていた装備が使えんのじゃぁぁ!!」
「フォオォォゥ!! 仕方ないので進化前の姿に成れる様に魔法を開発したんじゃぁぁぁ!!」
「ウォオォォゥ!! 流石じゃぁぁぁ! オゥ・パイ・スキー兄者ぁぁぁぁ!!」
一般的にオーガは魔法を使う。迷宮のオーガは発生直後から魔法が使えるが、地上のオーガは、親や他のオーガに教わって勉強するのだそうだ。更にこのオーガ達は魔法まで開発できるらしい。
「じゃあ今の姿の方が仮って事?」
「なっ!! 進化した! しかも小さく成っただと!! 『ネームド』が更にか!」
魔物の進化は、巨大化の進化が一段落すると、今度は小さく強くなる段階に入る。このオーガ四兄弟は既にその段階だ。強さが巨大なオーガとは比べ物にならない。
「フハハハハッ! おおぅ! 客人への名乗りも済んだ、そろそろ戻っても良いのではないかぁぁ!」
「ヌオオォォォ!! いきなり斬りかかって来んようじゃぁぁ、話の出来る文明人じゃぁぁ」
文明人と程遠い姿の巨大なオーガがそう宣う。
「フォオォォゥ!! 野蛮人は嫌いじゃがぁぁ、この冒険者は大丈夫そうじゃぁぁ、兄者ぁぁぁぁ!!」
見た目は自分達が最も野蛮人なのだが……
「ウォオォォゥ!! 可愛い女の子もおるんじゃぁぁ! 元の姿で悩殺して彼女になってもらうんじゃぁぁ!」
「おおぅ!! オォ・クチッ・スキー!! 浮気はいかんのじゃぁぁ、フレニちゃんに嫌われてしまうぞぉぉ!」
「ヌオオォォォ!! オォ・クチッ・スキー! 先ずは結婚せねば第二夫人は娶れぬ掟じゃぁぁ忘れたのかぁぁ!」
掟でも何でもなく第一夫人が居なければ第二夫人も居ない。だがオーガには手を出した女性と結婚してからでないと別の女性に手を出せない掟があるようだ。
(結婚しているのに他の女性にって、その方が大問題だろ? ……文化の違いか? 嫁不足らしいし、一人の男が女性を独占しない為の知恵か?)
「ウォオォォゥ!! そうじゃったぁぁ! 残念じゃぁぁぁ!!」
「ねえそんな事より、そのフレニって人、御トイレが不味かったんじゃないの? 大丈夫なの?」
「…………!!!!! ウォオォォゥ!! すっかり忘れておったんじゃぁぁ! ああああぁぁどないしようぁぁ!!」
「おおぅ!! オォ・クチッ・スキー!! 落ち、落ち、落ち着くんじゃぁぁ……多分もう……あああぁぁぁ!」
「ヌオオォォォ!! 女の子はっ、女の子は漏らしても可愛いんじゃぁぁ!!」
「フォオォォゥ!! 兄者ぁぁぁぁ! だが絶対に激怒しておるんじゃぁぁ!」
「ウォオォォゥ!! 兄者ぁぁぁぁ!! どうしたらいいんじゃあぁぁぁ!!」
巨大な鬼が女の子に怒られると頭を抱えて唸る。
「鍵がないの? どんな鍵なの?」
「おおぅ!! 鍵じゃあ、ちっこい指輪じゃぁぁ何処にいったんじゃぁぁ!」
「指輪? 鍵?」
「アレ? ココノツ確か最初のゴブリンの巣でそんなの拾ったよね?」
「あるぜ? これか?」
ココノツが指輪を『収納魔法』から出して右手の掌の上にのせてオーガ達に見せる。
「「「「それじゃあぁぁぁぁ!!!」」」」
「すまぬがそれを返してくれぇぇ! まだ、まだ間に合うかもしれんのじゃぁぁぁ!」
「ウォオォォゥ! フレニちゃんは良く締まるんじゃ! 我慢出来ているかもしれんのじゃぁぁ! 頼むぅぅ!」
このオーガ達は何故か頼む、ココノツから奪い取っても良さそうなのにそれをしない。元々自分達の物で盗まれたものだ。にも拘らずそれをせずに許可を求める……本人達が言う様に文明人なのかもしれない。
「隊長?」
「ああ、もういい渡してやれ! どうせ手癖の悪いゴブリン共が盗んで行ったんだろ?」
ギャンが周囲のゴブリンを睨みつけるが、ゴブリン達は目を逸らして惚けている。
「ウォオォォゥ! 冒険者ぁぁぁ、感謝するんじゃぁぁ! では行ってくるんじゃ、礼は後じゃぁぁ!」
一瞬でココノツの前まで移動したオォ・クチッ・スキーは、またしても一瞬で身長2メートル程の角を生やした美少年の姿になると、ココノツの手から指輪を受け取って奥の扉から駆け出して行った。そう美少年だった……眼つきは鋭く整った顔、白銀の長い髪も艶やかだ。白目部分が黒く、金色の瞳、額に優美な白い角を生やした、赤銅色の肌の美少年。
「なっっ! 嘘! あれがオォ・クチッ・スキー?」
「フハハ、そうだが? どうかしたか? んん、小娘、我らの姿に惚れたか! だが我にはメルル殿が居るのでな! 今は付き合えぬ!」
そこにも美青年が立っていた。黒い肌に赤い髪、整えられた顎髭、落ち着いた瞳の威厳すら感じる整った顔、額に黒い角を生やした美青年だ。体は良く鍛えられているのか締まっている。そうガチムチではなく鍛え絞られた、動くための筋肉だ。スタイルが抜群に良い。
「嘘よね、これがウォマァ・ンコ・スキー?! 別人過ぎるでしょ?」
「ヌオォ、まっ、惚れてしまうのは分かるが、我にもルナちゃんが居るのでな! オーガの男は身持ちが堅いのじゃ許せ!」
褐色の肌に、艶やかな青い髪、額の金色の角が優雅だ。鬼のイメージからは程遠い知的な美青年がサティに軟派に声を掛ける。
「へえ、これがア・ヌァル・スキーさんなんだ。ビックリだね」
絶句したサティの代わりにニトが感想を述べている。
「フオゥ、こちらのお嬢さんも可愛らしい、だが我にもティアちゃんが居るのでな、まったく、もう少し早く知り合いたかったものだな」
優しい顔の美少年、そうもう鬼のイメージの欠片すらない、長い金髪をサラリと無造作にかきあげる色白な美少年。額に生えた銀色の角が無ければ、誰もオーガだとは思わない。種族の特徴の目は白目が黒いがそんな事さえ忘れるような美少年。
「お前が一番化けたな? ガチムチから優男だと? オゥ・パイ・スキー」
「ねえ隊長、これって弱くなってる? 弱くなってますよね? コンパクトに進化って小さくなり過ぎでは?」
「2メートル近く有るだろ? 小さいか?」
「でもガチムチから細マッチョよ隊長!」
「……そうかお前らにはまだ分からんか……」
見た目以外から相手の力量を感じ取れるほど、騎士見習い達はまだ強くない。
「もしかして大鬼の時より強いとか?」
「フハハ、そうだな、以前よりもこの姿の方が断然強いな」
「ヌオォ、然り、しかしこの姿では武器が体格に合わぬ」
ア・ヌァル・スキーは元の姿に戻った時に『収納魔法』に納めていた巨大な戦斧を取り出して片手で掲げる。余りに体格が違い過ぎてバランスが悪い、柄の太さも今のサイズの手には全く合っていない、しかし、そうそれでも片手で軽々と扱っている。
「フオゥ、素手で殴り合うなど野蛮人のする事、この姿で使える武器が出来る迄は戦う時は以前の姿に戻るしか無い」
大鬼サイズで口にすれば『お前が言うな!!』と突っ込みたくなるが、今の姿だとその言葉がとてもしっくりくる。
「武器? 人間サイズなら幾らでもあるんじゃない?」
「フハハ、サイズの合う武器は有っても、我らのパワーについてこれぬ、一撃で砕けては意味が無かろう」
「ヌオォ、このサイズではどうしても細い、脆すぎだな」
「フオゥ、アダマンタイトかヒヒイロカネが良いのだが、まだ我らの腕では加工が出来ぬ。困ったものだ」
どうやらオリハルコンまでなら加工ができるようだ。
「ふん、まあ良い、サイズも小さくなって話しやすい。ウォマァ・ンコ・スキー! 俺達はここにゴブリンを討伐に来ている。お前が把握していようといまいと関係ない。お前の配下のゴブリン共は人の村を襲い、お前の大好きな女性だけで5万人以上殺している。手足を食われたり体の一部を食われて治療中の女性も二千人以上いる。良いか? 絶対にゴブリン共は赦さない」
「な・ん・だ・と!!! 5万人?! しかもそんな惨い状態の女の子が二千人以上!!?」
「お前らにも責任を取らせたいが、今回はどうにもならん。だがゴブリンは赦さん、お前の部下なのかもしれんが、この場に居るゴブリン共は皆殺しだ!」
「ヌオォ、兄者! やはりゴブリン共は……しかもなんじゃその数は……」
「フオゥ、兄者! 帰した女の子達……全部喰われてる! なんて酷い!」
「クゥゥ、そんな馬鹿な! だが……」
「ウォマァ・ンコ・スキー! その方達が言っている事は本当よ! 間違えたとか言って、ここの女性達も傷つけてたでしょ?」
部屋の奥の扉が開いて、そう叫びながら美少女がこちらにやってくる。少し小柄な金髪碧眼の美少女だ。長い綺麗な金髪を編み込んで後頭部に纏めている。可憐、その言葉が相応しい。色白で若干細身だがスタイルが良い。胸は大きすぎず小さすぎず。濃紺に白のアクセントのシンプルなワンピースを着ていて、清潔感があり、とてもこの場にそぐわない可憐な美少女だ。
「オオゥ、メルルちゃん! 出てきてくれたのか!」
ウォマァ・ンコ・スキーは凛々しい顔を弛緩させて、その美少女の登場に喜んでいる。
「ウォマァ・ンコ・スキー! 言ってるでしょ? そこのゴブリン達は貴方を騙しているのよ! 良い? 討伐隊が送り込まれているのよ? この方達が嘘を言っている様に見えるの? ゴブリンは人を、女性を食べるのよ!」
一方の美少女、メルルは歩みを止めることなくウォマァ・ンコ・スキーに近寄ると、下から指を突き付けてウォマァ・ンコ・スキーを糾弾する。小さくなったとはいえウォマァ・ンコ・スキーは2メートル程、小柄なメルルとでは身長差が可成りある、子供が大人を叱っている様な奇妙な図だ。
「クゥゥ、しかし、自分達は教育されたからそんな事はしないと……」
圧倒的な身長差にも関わらずウォマァ・ンコ・スキーはメルルに気圧されて、既に正座だ。立場的にはメルルの方が上なのか……尻に敷かれている。
「ウォマァ・ンコ・スキー! まだそんな! 貴方がそんなだから大勢の女性が死んだのよ! 『女性をこよなく愛する』どの口がそんな事を言うのかしら?」
ウォマァ・ンコ・スキーは大きな身体を小さくしてメルルの指摘に青い顔している。もしそれが真実ならと考えて目の前が真っ暗になっているのかもしれない。
「ちょっと良いか? メルルさんで良いのか? 尋ねたいことが有るんだが」
「メルルで構いませんよ、騎士様。何でしょうか? 私の知っている事でしたら、なんでも質問に答えますよ」
スッとスカートの端を摘まんだ優雅なカーテシーでギャンの問いに応える。メルルはその洗練された所作の端々から優雅さを感じる。
(上流階級の女性の教育を受けている? 田舎の開拓村の娘じゃないな)
「ふむ、なら遠慮なく、メルル、お前はこいつ等に捕えられているのか? お前の様な者があと何人ここにいる」
「んんーん、何て答えたら良いのか……私は元々冒険者です。『セータの大森林』近くの開拓村に商隊の護衛で訪れて、丁度その時ゴブリンの大軍に仲間と共に襲われました。可成り奮戦したのですが数の不利から追い詰められて……そこでゴブリン達と取引をして、村人達の命と引き換えに捕らえられてここに来ました」
メルルは冒険者だったようだ。
(どう見てもお嬢様だが、冒険者? 後衛か? それに仲間……さっきから名前がでている連中か?)
「冒険者だったのか……しかし、良く取引なんて出来たな?」
ゴブリン相手の取引……自殺覚悟だったのだろうか?
「先に村の女性を『転移魔法』で逃がしてたんです。あの村に残っている女性は私達だけ、でもゴブリン達はどうしても女性を連れ帰る必要があったんでしょうね。それにもし騙していたら自殺する心算でしたから、私達はゴブリンに囲まれただけで、一切触れさせる事無く、この場所でウォマァ・ンコ・スキー達と引き合わされたんです」
「肝が据わってるな、自殺……『自爆魔法式』か?」
女性冒険者は五街地域でそれが実施されるようになって以来、他地域でもそれを行う様になっていた。今回のメルルではないが、女性の場合、この魔法が必要になる場合が不幸にも多いのだ。五街地域の様に『蘇生』は出来ないが、死ぬよりも辛い事は起こるものだ。
「ええ、万が一を考えて施してましたから。けどそれはゴブリンには分からないでしょ? 喉元に短剣を突き付けてここまで来たんです」
「しかし……何のために?」
「『自爆魔法式』が有りますからね、ゴブリンの群れを操るロードでも居るのなら、逢って刺し違えてやろうかと。上がいなくなれば群が瓦解します。取り敢えず次の上位種が現れるまでは、村を襲わなくなるでしょ?」
メルルは見た目に反して相当肝が据わっている。並の男よりも豪胆だ。例え同じ立場になっても、それを実行しようと考える人間がどれだけいるだろう。
「それで、こいつらが居たって訳か……『自爆魔法式』じゃあ無理だわな、威力が足りねえ」
だがメルルの死を覚悟したその試みは水泡に帰す。ウォマァ・ンコ・スキー達はメルルが吹き飛んでも如何ほども痛痒を感じないだろう。
「全くね、普通のオーガなら吹き飛ばせたんですけどね……でもこの人、ウォマァ・ンコ・スキー達には『自爆魔法式』の脅しが効いたので、魔法が使えるからそれが分かるんです」
痛くも痒くもないが、可憐で美しいメルルを死なせるのが惜しいと、ウォマァ・ンコ・スキー達はメルル達を丁重に扱ったそうだ。
「で? 取り敢えず捕らえられていたと?」
「その後、直ぐに別の村からも女性達が捕らえれて、ここに来たんです『お嫁さん候補』だって大勢。だから私達はウォマァ・ンコ・スキー達と取引しました。私達がウォマァ・ンコ・スキー達に身体を差し出すから、他の女性に酷い事をしない様にと、彼等はその取引に乗ってきました」
己の純潔を捧げて、その他の女性を守る。その気高さ、その健気さ、その覚悟。並の女性に出来る事ではない。
「……豪胆すぎるな……メルルお前さんは……貴族か?」
メルルの美貌はこの国の貴族としても通じるレベルだ。しかし、恐らくこの国の貴族ではあり得ない。メルルほどの美しいモノをこの国は絶対に冒険者などにはしない、政略結婚の道具として利用する。
(他国の貴族の娘だな、家を出て冒険者に成ったのか、相当のお転婆だな)
才能の有る女性であればある程、貴族という、女性を美しいだけの人形の様に扱う社会からはみ出す。
「家は捨てました。今は冒険者です。ってもう冒険者ですらありませんけどね。だから私達はここに居るんです。私達以外の女性には手出しさせてません。私達4人を除いて103名女性が捕らえれてますけど全員無事です」
ウォマァ・ンコ・スキー達の力は強大だ。このサイズになった彼等はギャンでもキツイ。刺し違える覚悟で仕掛けても全員を倒しきれる自信がない。薬草バスターズの面々が居れば勝てるだろうが、今この場に彼等は居ない。
そんなウォマァ・ンコ・スキー達を自らを差し出して抑える。犯され穢され様と少しも高貴さを失わない、ウォマァ・ンコ・スキー達が彼女達を大事にしていたのだろうと思うが、やはりメルルはその心が強く気高い。立場が貴族なのでなく心が、その行いが貴族だ。
「それだけか……他に女性は?」
「他にも捕らえられた女性は大勢いるのですけど、ウォマァ・ンコ・スキー達が村に帰す様にゴブリン達に命じて、殆どの娘は……けど話を聞く限りだと、その人達はもう……」
ウォマァ・ンコ・スキー達は村に帰した心算になっているようだが、その女性達はゴブリンによって犯され、穢され、食われた。メルルにもそんな予感はあったのだろう。だがこの場に残っても周りはゴブリンだらけだ。ウォマァ・ンコ・スキー達の目を盗んで、それらの行為をやったであろうから、運命に差は無かったのかもしれない。
「帰した娘と、残ってる娘の差はなんだ?」
そう、お嫁さん候補で手を出しているメルル達以外にも残している。その差は何なのか?
「残っている娘達は、私達の予備ですよ。私達がお嫁さんに成らなかった場合に備えて、自分達好みの綺麗な子達を残してるんです。中には村に帰りたいと泣くからって理由で村に帰した娘もいるみたいですけど……」
返って残っていた方が安全だっただろう。犯されている筈のメルルでさえ健康そうで少しも汚れていない。村に帰すと騙されて、ゴブリンの巣穴で襤褸雑巾にされるより余程マシだ。
「そうか……所でお前さん達はなんで奥の部屋に閉じこもってたんだ?」
「冒険者が来たから引っ越すって言うんです。だから私達以外の娘は冒険者に引き渡してってお願いしてたんですよ」
メルル達はまた取引をしていた様だ。今の立場からすると、メルル達が強くお願いすれば願いを聞き届けてくれる可能性が高い。ウォマァ・ンコ・スキー達は確実にメルル達に惚れている。
「こいつ等女性を全員連れて行く気だったのか? 呆れたな……そんな人数の女性を連れて旅なんて出来るのか?」
ここは流石オーガというか女好きというか、彼等は残していた女性を全て連れて引っ越す予定だったようだ。
「フハハ、新居の当たりは付いている。ここと同じ人間の古代帝国遺跡だ。彼方も中々快適そうだ。ここ程、周辺の森が豊かではないから、少し食料が少ないが、肉を少し多めにすれば何とかなろう」
「フオゥ、『転移門』が有るから、移動自体は楽なモノ、ゴブリン達は数が多いから徒歩の移動になるが、まあここから東に2000キロ、大した距離ではあるまい」
既に引っ越し先も見つけていたようだ。だが徒歩で2000キロの移動をゴブリン達が承諾したのだろうか?
「貴方達は少し黙ってなさい!」
メルルはぴしゃりと言ってウォマァ・ンコ・スキー達を黙らせる。他の二人も何故か正座だ。メルルの立場は相当高いらしい。
「後、奥に居たのは……以前は遺跡内であれば自由に歩き回っていたんですけど、最近はゴブリンがその娘達を度々襲いそうになって、危ないから奥に引き篭もってたんです。この奥にも居住スペースが有るので生活には困りませんから。食料はゴブリン達がウォマァ・ンコ・スキー達に献上してきますし、偶には彼等も狩りをして色々持ってくるので、自由が無い事を除けば快適ですね」
「まあ大体事情は分かった。で? ウォマァ・ンコ・スキー、どうするよ? まだ部下を庇うか?」
「クゥゥ、我の監督不行き届きであったわ! 弱き者よ、ここは潔く散るが良い。我を騙していたことは我の不覚、されど女性を傷つけていたことは許せぬ! 冒険者! 主らがこ奴らを討つ邪魔はせん! 我はここで己の未熟の結果をこの目に焼き付けよう」
ウォマァ・ンコ・スキーも漸く己の過ちを認めた様だ。しかし騙されていた事に怒り狂い、己で処刑する気は無さそうだ。人の怒りを知り、その怒りを鎮めるために誰かが犠牲にならなければならない事を、オーガである彼等は知っているのかもしれない。
「キング、ソヤツラガダマシテオルノデス」
「キング、ダマサレテハナリマセヌ」
ゴブリンハイロード達はまだ言い逃れをする心算の様だ。
「オオゥ、弱き者よ、ならばその証拠はあるのか? 我は女性の顔は忘れぬ、ここに、村に帰した女性を連れてくることが出来るのか? 治療中の女性の中に我の知る顔が無いと言い切れるのか? 今この場でその顔、確かめる事も出来るぞ」
「ヌオォ、弱き者よ、『遠見』がある、これ以上謀ることは不可能と知れ!」
「フオゥ、もっと早くに確認すべきであった! 女の子に夢中で後回しにした我らが不覚」
「綺麗な子達に囲まれて鼻の下を伸ばしているからよ! 何がオーガの掟よ! 手を出さないだけじゃない!」
メルルに掛かると、相応しい威厳を持ってゴブリン達に沙汰を下していたウォマァ・ンコ・スキー達も形無しだ。
その時、ゴブリン達が動いた、一斉に騎士見習い、『黒狼』部隊に襲い掛かり、ゴブリンハイロード達は、サティ、ニトを人質に取ろうとその手を掴む。
「ウゴクナニンゲン、コノムスメノイノチガオシクバ、オトナシクスルガイイ!」
「キング、イママデオセワニナリマシタガココマデデス! ワレラハココヲデテコレカラハオトナシククラシマス、ゴヨウシャクダサイ」
「ウウウ、モウワルイコトハシマセン、イノチバカリハオタスケヲ、キング」
「ウミガワニウツッテシズカニクラシマス、キング」
そんな白々しい命乞いをウォマァ・ンコ・スキーにする。そうゴブリン達にとって恐ろしいのはオーガ達だけ、この場に居る人間は人質を取った段階でどうとでも成ると踏んでいた。
「サティ、僕達随分甘く見られたものだね」
「全くね。私達を人質って……舐めてるのかしら?」
彼女達は騎士見習いだ。この場に人質になる様な者は居ない。唯一居るとすればメルルだが、メルルに手を出して命が有るとはゴブリンハイロードも思わなかったのだろう。そこで最も手近なニトとサティを狙ったのだろうが……相手が悪かった。
「汚い手は放して貰いますよ? まあ返事なんて待ちませんけどね」
そう、ゴブリンハイロードのニトを掴んでいた手は既に凍り付いていた。寄りにもよって手を掴んだのだ。『魔法格闘術』を使える者の手を掴む。
ニトが軽く手を引くとゴブリンハイロードの右腕がボキリッと二の腕の真ん中から折れる。そしてニトの手を掴んでいた腕は地面に落ちて砕け散った。ゴブリンハイロードが慌てて逃げようとするが足が動かない、足元は既に凍り付いて地面に縫い留められている。
シュッとニトの綺麗な上段回し蹴りがゴブリンハイロード鳩尾を蹴り飛ばすと、両足が膝から下を地面に残して宙に浮く。そのままガキリッと硬い音を響かせて地面に背中から落ちた上半身が一度弾んで、二つに割れた。
サティの方はもっと劇的だ。ゴブリンハイロードを見上げてニコリッと笑う。
「あはっ♪ ……キモッッ!!!」
バンッッッ!! 衝撃波を伴う破裂音と、全身を包む青白い発光、身体の端々から放電の稲光を伴ってゴブリンハイロードの身体が震える。
サティは捕まれた手を振り払って、ペペと汚いモノを払うように腕をふる。掴んでいた腕を振り払われたゴブリンハイロードはそのまま後ろに倒れそのままピクリとも動かない。
「ほれ総員ボサっとするな! 目の前のゴブリンをぶっ殺せ! もたもたしてたら獲物無しだぞ? 獲物の無い奴はオヤツ抜きだ!」
◇
ゴブリン達の討伐は無事完了した。多少怪我人が出たが既に治療済みだ。元々同数程度のゴブリンに後れを取る様な騎士見習い達や『黒狼』部隊ではない。
『黒狼』部隊が一般のゴブリンを始末して、騎士見習い達が上位種を始末した。急に不意打ち気味に襲われて攻撃を受けた者がいるが、ジョンスミスお薦めのアンダーアーマーは本当に良い仕事をした。関節を狙って攻撃を仕掛けられたが、打ち身以外に怪我も無く、刃もそれに付いていた毒も防いだ。
数匹居たヒーローは先を争うようにして騎士見習い達倒された。サティやニトが更なる得物を狙って動き始めたので、それを押しとどめて始末したのだ。
「ヤバい、オケラになるところだった」
イチゴは最初ヒーローを狙ったのだが、獲物の取り合いに負けて、取り敢えずの様にシャーマンとホブを一匹倒していた。
「一匹始末したんだからこっちに獲物を譲れよ! ズルいぜニト!」
ヒーローは最初からあきらめ、残っていたロードを狙ったハチだが、止めをニトに取られた。
「サティ、油断して前に出過ぎだよ、腕を牽いてるのに、なんで無視して前に出るかな?」
ミツは必死でサティの手を引いていたが、サティがガンガン前に行くのだ。幾らミツが天才で化け物でも今回のオーガ達は相手が悪すぎだ。最悪サティだけでも護ろうと気を張って、サティの背後で構えていたのだが、オーガが案外真面なので少し油断した。
その隙をゴブリンハイロードに突かれ、サティを奪われた時には心臓が止まるかと思ったほどだ。直ぐに助けようとしたが、サティに手で制され、そのままサティは何事も無かったようにミツの元に戻って来た。サティが手元に戻った時、ミツはへたり込んでしまった。安心し過ぎて腰に力が入らなかった。御蔭でミツはオケラだ。
「あれだサティは目を離したらだめだ。オーガ相手にガンガン前に出て話すとか、ニトもそうだがどうなってんだ二人とも?」
ココノツもサティを止めようと最初は頑張っていたが、下手に相手の強さが分かり、オーガ相手に足が竦んでサティの手を離してしまった。その事をゴブリンハイロードにサティを奪われたことで死ぬほど後悔した。
だがココノツにも言い訳がある。この二人は少しおかしい。ニトの方も、イチゴとハチが前に出るニトに置いていかれて頭を抱えていた。あの状況で前に出る二人に付いていったミツが少し異常なだけ……
イチゴとハチは一応ギャンが傍にいるからまだ安心していた。この化け物の様な漢なら大丈夫だろうと油断していた。ゴブリンハイロードに攫われたニトを見て死ぬほどその油断を後悔した。何故? とギャンを見ると、ギャンはオーガ達を抑える位置で動けずにいた。そう幾らギャンでもオーガ達の牽制で手一杯でニトにまで手が回って無かったのだ。
「メルルさんも相当豪胆だけど、二人とも女の子だから? 女性は強いよね……僕には真似できないよ」
「フミは……まあ女顔ってだけで豪胆には成れないのか?」
「五月蠅いよイロク!」
ワイワイと騎士見習い達はすっかりリラックスモードだ。
「おい、ウォマァ・ンコ・スキー、こいつ等の武器だが、お前らが与えたのか? 前から気になってたんだがヒーローの武器とか立派過ぎる」
だがまだギャンは油断しない。先程、ゴブリンが動いた際にオーガ達は動かなかった。だが今でもその気になればオーガは騎士見習い達を殺せる。咄嗟に騎士見習い達を庇ったギャンを見て、このオーガ達はギャンの弱点を察した筈だ。ギャンには騎士見習い達を見捨てられない。例え自分が不利になろうと騎士見習い達を庇う。そこを突かれたら……
「フハハ、部下を労わるのは上司の務めだ。こ奴等、木の棍棒位しか装備してなかったからな、我が作って与えたのだ」
「余計な事を! お前ら絶対侘び入れさせてやるからな!」
知らなかったでは済まされない事が世の中にはある。だがこのオーガは、五街地域の冒険者がレイドクエストで倒すレベルの化け物だ。何とかしたいが手持ちの戦力では無理だ。
「フオゥ、その件だが冒険者! これを取り敢えずの侘びにやろう。オーガの秘薬だ。治療に役立てるがいい。少し位の欠損は治る筈だ」
それはギャンの知らない種類のポーションだ。だが内包魔力容量がずば抜けている。
(これは……一度タクに預けて解析してからでないと危なくて使えない。なんだこれは? オーガの秘薬……これ程の物をオーガは作れるのか!)
オーガの文明レベルは、人とあまり関わらない為、ほとんど知られていない。しかしそれは人に劣るものではない。そのポーションがそれを示していた。
「ヌオォ、これも受け取れ! ヒヒイロカネとアドマンタイトだ。我らには不要の品だ遠慮は要らぬ」
見るからに純度の高い品だ。アダマンタイトは兎も角、この量のヒヒイロカネはちょっと見かけない。20キロは有る結晶だ。そこに有るだけですさまじい存在感だ。
(ヒヒイロカネだと……加工できねえから渡してきたのか、しかしこの量は……何処で手に入れた?)
「おおぅ、死した女性も救ってやりたいが……『復活』は兎も角、『蘇生』成らば魂も耐えよう? 新鮮な死体があるなら連れて来るが良い」
「お前らそんな物まで使えるのか?」
「フハハ、我らは鬼神様の信徒ゆえ。その程度はな」
この世界には六柱神以外にも神がいる。人を中心に信仰されているのが六柱神だと言うだけだ。他の神を信仰しても当然『加護』は受けられる。このオーガ達はその神の信徒で『復活』まで使える。そこで末弟が神官騎士と名乗っていた事をギャンは思い出す。
「鬼神?」
「こいつ等オーガとかが信仰している神だ。邪神には分類されていないが……まあそんな神様も居る程度の知識で良い」
◇
話を切り上げたギャンは目の前のパネルを見上げる。ここは地下四階に封印されているモノの封印を管理している部屋だ。
ココノツの持っていた鍵によって開けられた部屋から続くの最奥の部屋。今この部屋にはギャンと騎士見習い、それに4匹のオーガ達と、その彼女? メルル達四人がいた。
オォ・クチッ・スキーの赤銅色の頬は、その肌の色よりも赤くクッキリ手形が付いていた。
隣に居るフレニと紹介された、青い髪に金色の目の色白の美少女は、その白皙の頬を真っ赤に染めて俯いている。メルルよりも若干背が高いが彼女も小柄。よく手入れされているセミロングの髪が上品で、小さめの口元が可愛らしい。少し大人びた雰囲気の有る優しそうな美少女だ。胸が若干メルルよりも大きいこと以外はそれほどメルルとスタイルに差がない。立ち姿と所作の美しさから彼女も貴族では無いかと思われた。彼女はメルルのパーティメンバーで、今回彼女と共に捕らわれていた。
その様子から、間に合ったのか間に合わなかったのか……恐らく後者であろうが誰もその事は口にしない。
ア・ヌァル・スキーは隣に居る、ルナと紹介された美少女のお尻を撫でようとしては、その手を彼女に叩かれていた。
ルナは活動的なミディアムヘアの黒髪に健康的な薄い褐色の肌の美少女だ。背はメルルと同じく小柄だが、肢体の隅々まで元気が溢れている様な活発な感じがする。胸は少し小さめだが、ア・ヌァル・スキーが夢中になるのも分かる様なツンと持ち上がったプリプリしたお尻の持ち主だ。だが決して大きい訳ではない、鍛えているのか締まっているのだ。身体全体にそんな感じが有る。全身が鍛えられてしまっている。動作が機敏で動きに無駄がない。彼女もメルルのパーティメンバーだ。小柄な少女には珍しく前衛だったのだろうか? 毅然とした雰囲気がどことなく騎士っぽい。
オゥ・パイ・スキーも隣に居る、ティアと紹介された美女の肩に手を回そうとして振り払われていた。
ティアは燃えるような赤い長髪を上品に首の後ろでリボンで纏めた。少し背の高い姿勢が綺麗な美女だ。涼しげな目元に凛々しい鼻筋、少し大きな口が魅惑的。他の三人に比べて年上なのだろう、雰囲気がお姉さんだ。ルナと同じく褐色の肌で良く鍛えているのか、とても締まった身体をしている。お尻もルナと同じく素晴らしいのだが、それだけ鍛えているのに自己主張をして止まない大きな胸の方が目立つ。そして服の上からでも形が良いのが分かる様な美乳だ。鍛えられている所為か張りが有りそうな胸がツンと上を向いていて大きいのに垂れている感じが無い。そしてそんな巨乳なのに動きが機敏で隙が無い。ルナもそうだがティアもどこか騎士の様な気高さがある。
最初メルルに他の三人を紹介された時……
「メルルさん達は四人でパーティを組んでたんですか?」
「そうですね、私とフレニが幼馴染なんです。その後ルナとティアと魔術学園で知り合って、それで仲良くなって学生時代から四人で近所の魔物を狩ったりしていたんです。でもウチの方では嫁に行けと五月蠅くって……元々それが嫌で魔術学園に入ったのに……もう本当に面倒になったので、国を出る事にしたんです」
「メルルちゃん一人で行こうとしたから私達も一緒にって追いかけたんですよ。私だって同じなのに……ちょっとメルルちゃんは薄情なんです」
「私はさ、二人と違って家は騎士じゃない? しかも三女だからね、放任されてたから好き勝手出来てたんだけど、まあこの二人だけじゃあ危ないからね、一緒に付いてきたの」
「私の家も騎士なんだけど、私はルナと違って長女なのよね、私は女騎士に成りたいのに親は嫁にって勝手に縁談進めるし、丁度良かったら一緒に国を出てきたわ」
中々に行動力のある、ある意味無謀な少女達だ。魔物を狩っていたらしいので腕に自信があったのだろう。
「で、冒険者に成ったは良いけど、女ばかり四人でしょ? 人数が足りないから他の冒険者の人と野良でパーティを組みながら、色々クエストを受けたりして、これでも私達モテたんですよ?」
間違いなくモテただろう、四人とも美人揃いだ。どこの国の出身か分からないが、どの国でも上流階級は高級性奴隷の購入の結果か、この世界は美女が多い。中でもこのメルル達四人は飛び切りだ。
「ランクも順調に上がって、私達こう見えて『黄金』なんですよ」
フレニが告げる。優秀だ、メルル達の年どころか、ティアの年でも『黄金』まで上がっている女性は珍しい。この四人は可成り優秀な冒険者なのだろう。女性ばかりの四人組が変な連中に騙されることもなく、この年で『黄金』まで上がっている。魔法学園でも優秀なエリートだったのかもしれない。
「そんなころかな、良く一緒に冒険していた男性冒険者が居たんだけどさ、そいつら出身が『ブルンガリ』で、ちょっと地元がピンチだって、この国に戻るっ聞いてね、なら観光がてらついていくかって」
冒険者は拠点を余り定めないで世界中を旅してまわる者も多い。新しい世界を見てみたい。世界を旅してまわりたいと冒険者になる者も多いのだ。冒険者証は世界中どこに行っても通用する身分証明書だ。ランクの高い冒険者は入国でも有利に働く。一応他国に行った場合、ランク審査が行われるが、一回か二回、クエストを熟せばその国でも同じランクが認められる場合が多い。
ルナの言うようにクエスト受けて路銀を稼ぎ、観光がてら他の国を訪れる冒険者も多いのだ。魔物は世界中に居るので、それを倒す手段さえあればお金に困ることが無い。飛空艇もある為、飛空艇の航路のある所なら、他国に行くハードルは低い。
そして南方領も当初からこの危機的な状況では無かった。オークを狩り過ぎてゴブリンが増え始めた当初は冒険者達が大勢、この南方領にゴブリン退治に来ていた。自分達の地元だ。ゴブリンをちょっと狩る位、ベテラン冒険者にとっては朝飯前。そう思って最初は冒険者達もこの地で増えたゴブリンを、ボランティアのような感覚で狩っていた。メルル達の知り合いもそんな冒険者だったようだ。
「それで『ブルンガリ』を訪れたの、だけど来てみたら中々にゴブリンの数が多くて、人手が足りないって騒いでるし、私達もお手伝いをしましょうかって」
観光の心算だったのだが、路銀を稼ぐのにも丁度良いとティアは軽い気持ちでクエスト受けたようだ。
「巣穴退治は私達女性は危険でしょ? だけど開拓村への護衛任務位なら平気かなって、開拓村を廻る行商人の商隊の護衛任務を引き受けたんです」
そう一応ゴブリンが危険だと認識はあった。無謀な事はしない、他の冒険者と共に商隊の護衛任務。鳥馬車やライドラに乗っての護衛任務だ、いざとなったら鳥馬なりライドラで逃げれば良いのでリスクは少ない。
「けど……運悪く、立ち寄った村がゴブリンの大軍に襲われてしまって。他の冒険者の方と協力して範囲魔法で薙ぎ払ったり、罠に掛けたりと村の男性とも協力して抵抗したんですけど」
幾ら地竜でも囲まれてしまっては逃げ出せない。もしかすると商隊が来るのを待って包囲したのかもしれない。略奪出来る獲物は多い方が良い。しかし流石フレニ達は『黄金』だ。実戦で実用できるレベルの範囲魔法まで使用できるようだ。
「『転移魔法』で女性を逃がした連中が、救援を要請してくれたはずなんだけどさ、結局間に合わなかった……」
恐らく騎士団に砦から救援に出れないか、要請したのだろう、しかし……
「500匹位は倒した筈なのよ。でも一人、また一人と男性冒険者の方達も倒れて……あんなに倒したのにゴブリンの数は一向に減らないし」
本当にメルル達は優秀だ。開拓村の防衛で、碌な準備もなくそれだけの数のゴブリンを倒す。しかも他の冒険者達が倒れるなか最後まで生き残っている。
「その時です、ゴブリン達から要求があって、私達四人が大人しく付いて来れば村人の命は助けると」
メルル達には他に選択肢が残されていなかった。全滅するか、四人を犠牲に生き残る可能性を探るかだ。
「で後は先ほど話した通りです。このおバカさん達とも交渉して、何とか他の女性達を守って生き残ってきましたが……」
「出来れば、あんた達も助け出したいんだがな」
ギャンはメルル達の説得と、粘り強い交渉の結果。他の103名の女性の解放を勝ち取っていた。
「おおぅ、他の女の子は断腸の思いで諦めてもメルルちゃん達だけは!! 成らん! 想像しただけで胸が張り裂けそうじゃ!」
「ヌオォ、愛してるんじゃルナちゃん! 捨てないでくれ!!」
「フオゥ、ティアちゃん、一生尽くす! 他の女性など今後一切目もくれない! だから!!」
「ウオゥ、フレニちゃん、キミの為なら死ねる! キミの為なら何時でも死ねる!」
オーガ達は其々の女性に縋り付くようにお願いを敢行している。どうやら本当に立場は女性の方が上らしい。
「あれ? さっき私を口説いてきたよね、オォ・クチッ・スキー?」
サティの余計な一言に、強烈なビンタが往復でオォ・クチッ・スキーに決まる。結果、オォ・クチッ・スキーは両頬を腫らして土下座を敢行した。
「フハハ、オォ・クチッ・スキー、この未熟者が! 浮気などしようとするからじゃ!」
「ヌオォ、オォ・クチッ・スキー、この馬鹿者が! 我はルナちゃん一筋だ」
「フオゥ、オォ・クチッ・スキー、この若輩者が! 浮気など100年早いわ!」
「ウオゥ、兄者! ちょっとした気の迷いじゃ! フラニちゃん許してくれ!!」
「若干一名不心得者が居ますが、まあこの通り根は素直なので、ここでまた『お嫁さん候補』を探して他の方に迷惑を掛けても……」
ウォマァ・ンコ・スキー達の目的は徹頭徹尾嫁探しだ。他に何もない。
「このおバカさんは兎も角、メルルちゃん達は愛されてますものね。それにメルルちゃん達だって」
これはフラニも含めてだが彼女達も嫌っていない。何故か嫌っていない、愛すべきバカとして何か心に触れるものが有ったのかもしれない。
「だってさ、もう散々やられちゃってるからさ私達、元々男の所に嫁に行くつもりは無かったし、魔物に散々犯された私達を嫁に貰う奴もいないだろ?」
ルナの性格はさばさばしている。この状況に悲観的なところが無い。
魔物に犯された女性は、やはり差別される。それが未婚の女性なら尚更だ。嫁に行くにも条件が色々厳しい。彼女達程の美人なら嫁の貰い手は幾らでもあるだろう。しかし、もう実家に帰っても真面な貴族や騎士の家に嫁には行けない。
オーガに犯された女性の帰還率は50%だ。これは相手のオーガによるところが大きいからだ。オーガは色々力加減が下手だが、基本女性に優しい文明人だ。良いオーガは良いオークに勝ると言われている。少なくとも彼女達は一生大事にされるだろう。
「元々四人だったのよ、で、今も四人なのよね……一緒に楽しく暮らせるなら、まあオマケが居ても構わないかな私は」
一人では耐えられない様な事も四人でなら耐えられる。彼女達は今までそうして来た。そしてこれからもそうしていく。
「まあそんな訳で、無理に助けなくても大丈夫ですよ、これでもまあ可愛い所もありますから」
そう言ってメルルは微笑む。
(もっと早く助けていれば、こんな決断を彼女達にさせることは無かった)
彼女達は決めて、後戻りが出来なくなっているだけの可能性もある。
「まああんた達にそう言って貰えて、こっちも助かるんだが……お前ら本気で引っ越す気か?」
「おおぅ、仕方なかろう?」
「出来ればこのままここに居ろ! 何時か助け出すにしろ、そのままにするにしろ、彼女達を連れて消えられると連絡が取れん!」
ギャンは万が一彼女達が心変わりした際には全力で助け出す心算だ。今回は無理だったが、昔の仲間を揃えて、準備さえすれば不可能ではない。その為にもここに居て貰った方が何かと都合が良い。
「おおぅ? 良いのか?」
「この遺跡もそのままにすると変なのが住み着く可能性が高い、誰かに管理させた方が良い。表向きはメルル達に管理させて裏でお前らが彼女達を守れ! あとゴブリンの手下は不許可だ、ってか手下は全部不許可だ」
既に自動撃退装置のアイアンゴーレムも居ない遺跡だ。またゴブリンでもオークでもそれこそ別のオーガが住み着く可能性だってある。マンティコアは特にこの手の古代遺跡が大好きだ。自らの知的好奇心を満足させる為。遺跡に好んで住み着く。マンティコアの知能ならゴブリン製造装置だって使えるだろう。悪用する未来しか見えない。
ただ手下は不許可だ。この騙されやすいオーガ達は、手下にした魔物にまたコロっと騙されるだろう。
「フオゥ、ならばゴーレムはどうじゃ? アイアンゴーレムの解析がもうじき終了する。新たに見つけた遺跡からも持ってこれるかもしれん」
オゥ・パイ・スキーは本当に優秀だ。魔法の開発も行っている様だが、アイアンゴーレムまで解析しているらしい。
「人を襲わせるなよ? あと肥料を取りに人を寄こすから、その時は人間にでも化けて対応しろ、こっちで手続きや手配はする」
「おおぅ、肥料! あれはどうなんじゃ? 我はあれは酷いと思うがな? 野蛮じゃ!」
アレはオーガの目から見ても、いや、同じ魔物のオーガだからこそ野蛮と感じるのかもしれない。
「ゴブリンの仕出かしたことに対する迷惑料だ! 後お前らは一度、五街地域に連れていく、あっちで冒険者登録をしろ」
「ふぅぅぅむ、メルルちゃん達と離れるのはイヤじゃ! 断る!」
本当にウォマァ・ンコ・スキーは徹底している。メルルにべた惚れだ。自分の留守にと思うと離れられないのだろう。
「一緒に来れば良いだろ! お前らは『ネームド』だ。野良の『ネームド』などあり得ん!」
『ネームド』を放置はあり得なかった。冒険者登録をすれば、様々な特典と共に義務も負う。その一つに居場所が把握できるというものが有る。それで登録していざという時、居場所を調べられるようにする為に、ギャンは冒険者登録をさせようとしていた。
「むぅぅ、メルルちゃん達と一緒ならばよいか?」
「隊長、冒険者登録って、そんなの出来るんですか?」
ニトが遠慮がちに尋ねる、どう考えても公に出来る話ではない。
「あそこなら『ネームド』の魔物の冒険者が結構いるからな」
五街地域には大魔王迷宮が有る。世界一のこの迷宮には数多くの魔物が潜む。当然世界一『ネームド』の魔物が多いのだ。その為、その対策、こちら側に引き込むことも多くやっている。
「五街地域ってなんでもありですか?」
「なんでもありだ。それにそもそもこいつらみたいに、話の出来る強力な魔物と一々戦っていたら犠牲者が増えるばかりだ。戦う必要が無いなら放置する。他に戦わなきゃダメな魔物が沢山いるからな!」
これも必要に駆られてやっている。無駄に争う様な余裕がない。他に倒さなくてはならない強力な魔物は幾らでもいるのに、多少便宜を図れば敵対せずに済む魔物の相手などしていられないのだ。
「まあ確かに仕出かしたことはアレですけど、ウォマァ・ンコ・スキーさん達くらい良い人なら付き合えそうですものね」
ウォマァ・ンコ・スキー達は『ネームド』の魔物としては可成り良い部類に入る。こちら側に引き込んだ『ネームド』の魔物としても善良な方だ。扱いやすいともいえる。
「こいつらが特殊な例外だ。それだけは忘れるな。魔物は敵だ、そう思って事に当たれ」
だが魔物の中でこのオーガ達は例外だ。こんな例外はそう滅多にいるものではない。
「フハハ、小娘、野蛮な魔物と一緒にしてはいかんぞ!」
「ヌオォ、我らは文明人じゃ、他の魔物とは違う」
「フオゥ、思い違いをして怪我をするのはお主じゃぞ?」
「ウオゥ、綺麗なお嬢さんがケガをしては大変じゃ、気を付けよ」
「オォ・クチッ・スキー! 反省が足りないのかしら?」
「ウオゥ、今のは何がダメなんじゃ! 兄者! フラニちゃんを止めてくれ!」
オォ・クチッ・スキーは本当に未熟者だ。己の好きな娘の前で、御世辞であろうと他の娘を褒めたらどうなるか分からないらしい。
「はぁー……地上の魔物街も紹介しておくから、必要な物の買い出しとかはそこでしろ。迷宮で他の魔物を倒せば金になる。ここで造る肥料に余りが出来たらそれを売っても良いかもしれん。まあなんにしてもメルル達は人間だ。色々買い出しが必要な物も出て来るだろ。そっちならお前らと連れ立って買い物していても誰も咎めんから活用しろ」
「そんな物まであるんですか?」
「『ネームド』やそれの子供達が住んでいる街だ、一般の冒険者もいるが、五街地域の者で更に許可が無いと入れん。妥協の産物だが……まあ気にするな、普通は関係ない」
大魔王迷宮の迷宮内の地下街には元々魔物が闊歩している。しかし、偶には地上の空気も吸いたいとの『ネームド』の魔物達の我儘から生まれた地上の街がある。
「まあこの話はここまでだ、で? この遺跡の地下四階には何が封じられている?」
ギャンは目の前のパネルに向き直る。パネルは二種類あり、それぞれ『イケメン希望! 不細工ノーサンキュー』と『プリティ美少女ずっきゅーーん』と書かれていた。
「フハハ、なに大したものではない。エントだ」
「エントだと? エントが何で封印されている? 外にも特大のが居るだろ?」
「ヌオォ、このエントは恐らく小さい、だが強力だ。周囲の環境にもよるだろうが我ら以上かもしれぬ」
「エントが? エントの主たる強力さはその大きさ故だろ? ってまてよ……魔物と一緒で一定値を超えると今度は逆に小さくなるのか?」
「フオゥ、察しが良いな、そう、こ奴らはエントはエントでも特殊、『エントプリンセス』
そうでなくても珍しいエント女で更に『姫』じゃ」
「エント女だと? 実在したのか! しかも『姫』! ならこいつ等はその強力さ故に封印されたのか?」
実在すら疑われ、エルフ達でさえ『滅んだのでは?』と言っているのがエント女、女性のエントだ。エントは半精霊の為、女性が居なくても自然発生して滅んでは無い。だが極端に数が少ないのはエント女、女性が見つからず繁殖できない為と言われている、エントの嫁不足はオーガどころではない。
「ウオゥ、違う、こ奴らは引き篭りじゃ! 『運命の人』が現れるまでずっと引き篭もっておるだけだ。パネルに書いておろう?」
自ら引き篭もって運命の人を待つ。王子様のキスで目覚めるお姫様の様に……まさに『姫』!
しかも引き篭もり、古代帝国が滅んで、更に何百年も経つのに引き篭もり続けるその根性は大したものだ。
「んん? ちょっと待て『姫』でイケメン希望は分かる。こっちのプリティ美少女ってのはなんだ? 『姫』じゃなくて『王子』か?」
そう『姫』なのに何故美少女を求めるのか? そもそもエントなのに何故エントでなく他種族のイケメンと美少女を求めるのか、謎だ。
「フハハ、両方『姫』だ! まあ片方はそういった趣味だ! 気にするな」
片方は所謂『百合』らしい、まあ百合は植物、エントも植物。
ギャンは本当に頭が痛く成って来た。
どうやらこの遺跡周辺には真面なやつはいないらしい。
「……で? 封印じゃない? 引き篭もっているだけ? なら何時でも出て来れる?」
「フハハ、その通りじゃ、だが余り不細工ばかりパネルに触れると激怒する。一度ゴブリンロードが触れて一瞬で枯れ果てた。危ないのでこの部屋には近寄らんようにしていたのじゃ」
「で? なんで俺達はここに連れてこられたんだ?」
「フハハ、こ奴らの希望だ。『運命の予感がするから連れてこいガチムチ』としつこいんじゃ」
「ヌオォ、一度パネルに触れるとパスが通って『念話』が五月蠅いんじゃ」
「フオゥ、我ら兄弟は枯れる事は無かったが合格は出来んかった」
「ウオゥ、イケメンの筈なんだが何がダメなんじゃ?」
「因みに私達も、一応合格は出来ませんでしたが『キープだな』っていわれてます」
「で? その危ないパネルを触れと?」
「貴方達はイケメンさんに美少女揃いなので、死ぬことは無いと思いますよ?」
「拒否は?」
「フハハ、しても構わんが、パネルに触れぬ場合、こいつ等の機嫌が悪くなる。最悪周囲の者が全て枯れ果てる事もあり得るぞ?」
「厄介な連中だな!! そうかそれで我儘なお姫様か!!」
日記の文言に全て得心が言った。我儘もここまで徹底しているといっそ清々しい……訳が無い。迷惑なだけである。
「ヌオォ、触れるイケメンもそこの金色と銀色の二人だけで良かろう?」
「フオゥ、そうだな、美少女の方は元々二人しかおらぬ」
「イチゴとミツ、それにサティとニトか……まあこいつ等なら死ぬことは無いのか?」
「取り敢えず俺から触ってみます。他に手は無いんでしょ?」
ミツがパネルに触れるとパネルの表示が代わる。
「なっっ! 『残念ドジっ子! あともうチョイ!』ってなんだ!」
不合格ではないらしいが合格でもないらしい。
「情けないわねミツ、次は私ね!」
今度はサティが美少女側のパネルに触れる。パネルが光輝き!!
「『違う! そうじゃない、何か後少し!』……壊してやろうかしら?」
バリバリとサティが放電し始める。こちらも不合格では無いが何か少し足りないらしい。
「落ち着いてサティ、まあダメもとでしょ? じゃあ次は僕が触ってみるよ」
ニトがパネルに触ると……虹色に輝き始める。
「おお! 合格かニト?」
「いや? 『ラブミープリーズ!!』? なにこれ?」
直訳すれば『私を愛してください』だ。
「まあ良いか、俺も触ってみるよ」
イチゴがパネルに触れる。またも虹色に輝き。
「『愛を囁きなさい、起きてあげても良いわ』? えっとなにこれ?」
ツンデレだ。
「取り敢えず愛を囁いてみたら?」
「サティ、無茶言うなよ! 誰に向かって? このパネルを愛せと? でパネルに愛を囁くの? 倒錯し過ぎじゃないか?」
「ねえイチゴ?」
「何だニト?」
「この子誰だと思う?」
「えっ?! ってあれ? わっ!! この子誰!!」
ニトの足元では、黄色く色づいた葉の様な髪の裸の美幼女がニトの脚に抱き着き。イチゴの足元では、赤く紅葉した葉のような髪の裸の美幼女が足に抱き着いてイチゴを見上げている。
「えっっっと、お嬢ちゃん誰かな? 何となくわかるんだけど教えて欲しいな?」
ニトがしゃがみ込み視線を合わせてその美幼女の髪を撫でながら尋ねる。
「ずっきゅーーん!!」
そう叫んで美幼女はニトを押し倒した。
「んん? えっと君が『エントプリンセス』?」
イチゴは美幼女を抱き上げるとそう優しく尋ねる。
美幼女は次の瞬間イチゴにキスをした。
「アイシテルって言いなさい!!」
目を白黒させるイチゴに指を突き付けて美幼女が叫ぶ。




