表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界迷宮物語 ~剣聖少女はハーレムを夢見る~  作者: 綾女
二章 大魔王迷宮 その1
54/56

第137話ちょこっと外伝『少年はモノから人に成れるのか』ゴブリン討伐編⑥

 肥料プラントの有った部屋のゴブリンは翌日朝には空になっていた為、ギャンは通路側の扉を開けてゴーレムを施設内部に解き放った。


 ゴーレムはまさに『ゴブリンキラー』だった。胴体後部にオプションなのか籠を背負い。その籠が満載になるまでゴブリンを詰め込み。装置に籠の中を放り込んで空になると、また満載になるまでゴブリンを詰め込んだ。


 前日に更に500匹ほど狩って、残り700匹程になっていたゴブリンは、その日の夕方には100匹を残すのみとなっていた。もう一つのゴブリンの巣となっている大部屋の中には入り込まなかったゴーレムだが、それ以外は残らず回収していった。


 余りの光景に一行はゴーレムにゴブリン回収を任せて、大量に残された資料を検討をする事にした。最下層地下四階に居る何かの資料が無いか探したのだが、見つからなかった。


 ただそれ以外で色々判明した事が有った。


 先ず研究所の周囲に生えている巨木はやはり研究所の実験体だった様だ。


 しかもエントだった。


 そうエントだ。植物だって生きているがエントは更に自分で動き話せる木の巨人だ。どう見ても巨木なのだが……その事実を知ってよーく観察すると、遥か上空に顔が有った。


 古代帝国人は木が半分精霊化している妖精よりも精霊に近い存在の彼等を改造して、果樹園の守護者とするつもりだったらしい。


 具体的な改造内容はその大きさだ。一般に50メートル程のエントでさえ珍しい、そんな大きなエントは極偶に見かける程度だが、このエントは500メートルだ。凡そ10倍に巨大化している。


 ただしここ迄の巨大化は研究者の意図したものだったか不明だ。資料には『100メートル程に成長するかもしれない』としか書かれていない。


 また果樹となる様に改造され、この巨大なエントは美味しい果実を数種類実らせるらしい。

 そう普通の果樹は一種類だけだ。林檎と蜜柑が一つの樹になりはしない。桃と柿が一つの樹になるわけが無い。種類が違うのだから当然だ。

 しかし、どんな改造を施したのかそれを可能にしたらしい。


 その他にも様々な果樹が改造されていて、調べてみると、このセータの大森林の樹木はほぼこの研究所産だった。より美味しく、甘く、実り多くなる様に改造された果樹。


 魔物の要素も組み込まれ魔素すら吸収して成長する。病害虫に強く、普通の果樹に見えるのに殆どの果樹が食虫植物だ。虫に食われるどころか虫を食べる。


 この逞しすぎる木々が古代帝国が滅んで数百年の間に、セータの大森林と呼ばれる程に繁茂したらしい。


 エント以外の果樹は研究結果として元々研究所周辺に植えられたものが繁茂したもので、エントはまだ研究途中だったらしく、研究所内で育成されていた様だが、この研究所が放棄され、世話をする人がいなくなった為、研究所から逃げ出した様だ。記録では当時はまだ樹高6メートル、身軽に歩きまわれた様だ。


 この研究所の目的は、やはりこの肥沃なブルンガリ大平原に果樹園を作る事の様で、様々な研究がなされていた。ただやはり古代帝国と言うか目的の為なら手段は問わない所があり、生み出された植物は全て植物キメラだ。様々な生物や植物をデタラメに混ぜ合わせていた。


「隊長、やはり地下に封印されているモノの資料はありませんね」


 ニトが資料を手にため息をつく。騎士見習い達は本当に優秀だ。ギャンやミツに教わりながら古代帝国語の読みが多少出来る様になっていた。まあ大ディオーレ王国の文字は古代帝国語が元になっている為、違いも多いが教われば多少は読めた。


「資料では無いし、具体的な記述は無いが、この研究所の研究者の日記によると、研究中に偶然生まれたと書いてある。ヤバイから取り敢えず封印したそうだ」


 ギャンの手にしている片手サイズの本はどうやら日記だったらしい。変色も少なく当時のパステルカラーも鮮やかだ。


「日記に? 他には?」


「食事の話や、好きな人の話に、それに……ポエムだな。偶に上司への恨みごとも書いてる。同僚に好きな奴がいて、上司にセクハラされていた様だ」


 どうやら日記の記載者は女性らしい。


「数百年後に他人に自分のポエムを読まれるとは思ってなかったでしょうね……」


 この日記も古代帝国の歴史的資料だ。今後回収されて、おそらく研究者によって当時の文化的資料として研究される事になる。

 秘密にしたい黒歴史を研究される恥辱。日記の主は天国で『燃やしてーーお願いだからーー!!』と叫んでいるかもしれない。


「他の資料も具体的な記載は見つからないな、『我儘なお姫様』『イケメン大好き』『美少女大好き』とか書いてあるが、意味が分からん」


 ギャンの手元には昨日、居住区で回収した日記らしきものが山積みだ。


 一方のミツは古代帝国時代の通信演算魔法球と格闘中だ。魔力供給が復活して起動出来るようになったのだが操作方法を含めてまだ試行錯誤を繰り返している。割と頻繁に赤いエラー表示が出るのだが、どうやら大元のサーバーが停止中でそことの通信の必要な操作をする度にエラー表示されるらしい。


「封印されているモノは一体では無い?」


 ギャンの示したキーワードは『イケメン好き』と『美少女好き』で相反している。両方好きな両刀使いな可能性もなくは無いが、二体いると考えた方が自然だ。


「研究中に偶然生まれたヤバそうなのは全部封印したって可能性も高いな。資料を見る限り手当り次第に研究してた感がある。実験して役には立ちそうだが、研究に時間がかかりそうなのは全部後回しにしていたみたいだからな」


 紙媒体で残っていた資料からの流し読みだが、その傾向が有った。肥料製造プラントもそうだが、植物に関わることなら何にでも手を出している。


「そうなんですか?」


「何か成果を上げる必要が有ったんだろ。具体的に成果を発表出来そうな研究内容を優先している。形になったってだけの果樹を研究所の周りに即植えるあたり相当『キ』てる。従来の植物へ与える影響とか完全に無視してるからな」


「ああ……それは相当ですね」


「まあ今のセータの大森林を見る限り、一応問題は無さそうだが……この森の果樹は他に出さない方が良い気がするな……だがもう手遅れか、数百年も経ってるからな」


 この森は鳥の楽園でもある。食べられる果実や種子が大量にある。それを鳥が食べにきているのだ。空を飛ぶ彼らはその種子を腹に入れ、遠方でフンと共に排出する。そこでまた植物が芽を出し育つ。


 長距離を移動する鳥もいる。古代帝国が滅んで数百年も経っている。もう国中に広がっている可能性があった。


「ねえ隊長、このゴブリンの巣穴、相当変よね?」


 部屋に入ってきたサティが開口一番、ギャンにそう尋ねる。


「まあ古代遺跡だからな」


「違うそうじゃ無い! おかしいの! 臭くないのよ」


「ん?」


「ここってトイレが有るじゃない? シャワーだってある」


「まさか使えるとは思わなかったな、けど水は飲むなよ?」


 この遺跡、水回りの設備が生きていた。上水処理、下水処理をどうしているのか不思議だが、水道も生きている。簡易検査では特に水質に問題も無い。魔力供給が復活したからか、それ以前からなのか知らないが温水も出る。昨夜は交代で見張りをしながらシャワーを浴びて、サッパリとした気分で気持ち良く寝られた。


 ゴブリンの巣を攻略中の筈だが、生活インフラの整ったこの遺跡は野営よりもよっぽど快適だ。


「そう普通に使えるわ! しかも綺麗なのよ! 『洗浄』機能付のトイレよ? 魔力供給が戻ったからかとも思ったけど、以前から使ってた様な気がするの、だって芳香剤? ポプリみたいなのが置いてあったわ」


 どうやらサティはトイレに行っていたらしい。この辺りは完全に制圧済みで『黒狼』部隊が警備にあたっている。サティ一人でトイレに行っても安全だ。


「そんなモノあったか?」


 思い出しても記憶に無い。何ヶ所かトイレは有るが、その何処でもそんな匂いを嗅いだことは無い。流石にそんな事が有れば覚えている筈だが……


「隊長、僕とサティは女子トイレの方使ってるので……綺麗ですよ女子トイレの方が」


 ニトは最初、男子トイレを使っていたが、サティに誘われて女子トイレを使って以降ずっと女子トイレを使っている。


「男子トイレってあれ絶対ゴブリンが使ってるわよね? 偶にお掃除ゴーレムが掃除してるからまだ一応綺麗だけどなんだか薄汚れてるわ」


 男子トイレも汚い訳では無い。女子トイレが圧倒的に綺麗なだけだ。お掃除ゴーレムは一応掃除してくれているが、どこか丁寧さが足りない。それでも普通に使えるのだがその程度だ。


 女子トイレはその点、完璧だった。とても丁寧に手入れされていて、明らかにお掃除ゴーレム以外の、人の手で掃除されている感がある。


 女性が捕らわれている筈なので彼女達の手によって掃除されているのだろうか?


「ああ、言われてみれば、そうかこの遺跡、ゴブリンのフンや食べ残しやゴミが殆ど落ちてないな? 普通、何処にでもションベンするのにそれが無い。ゴブリンの癖にちゃんとトイレ使ってる風だな」


「ね? 変でしょ? だから臭くないのよ」


「ゴブリンの上に付いている奴が躾たんだろ? 折角トイレがあるからな、ゴブリンはバカだがその程度の知能はある。ゴブリンの巣だって一応トイレ部屋が有ったろう?」


「そうか! ここのトイレはボタン一つだから、座ってやれって教えればゴブリンだって使えるんだ!」


 治療看護師の使っている鳥馬車のトイレと同様に『洗浄』の魔道具付なので完全ペーパーレス、ボタン一つで綺麗さっぱりだ。

 ニトの言うように座ってしてボタンを押すだけならゴブリンにだって出来る。


「そういや、この巣はゴブリン自身も少し小綺麗だな……もしかしてシャワーも使ってるのか?」


「ゴブリンって水浴びとかするんですか?」


「普通しないが、シャーマンやロードは呪術の儀式の為に水浴びすると言われてる。だから出来ない訳じゃ無い。面倒で不潔の概念が無いからしないだけだ」


「ならなんでシャーマンやロードは水浴びするの? 不潔だと思って居ないんでしょ?」


「ゴブリンの呪術は精霊魔法の一種でな、精霊は余りに汚いと力を貸してくれない。儀式では良い匂いのする香木を燃やし、精霊を喜ばせて力を高めるんだが、臭いと折角の香木の匂いが掻き消される。だから儀式の際には水浴びするらしい」


 一般に精霊は美しい清らかなものを好む。ゴブリンの使う精霊は精神的な精霊が多く、闘争心や恐怖心、苦痛といった精神的な精霊を使役して術を掛ける。


 闘争心の精霊を使役して群のゴブリンの闘争心を煽る『戦意高揚』

 恐怖心の精霊を使役して群のゴブリンの恐怖心を麻痺させる『集団暴走』

 苦痛の精霊を使役して的に『痛み』を投げつける『激痛』


 これらの精霊魔法を精霊を使役して行使する。これらの精霊は、悪戯好きで少々頭の足りない邪悪なゴブリン相手でも力を貸す。しかし、悪臭漂うのはイヤらしく、香木の香りを好む。その為ある程度綺麗で無ければならない。だからそれらのゴブリンは他のゴブリンに比べて比較的綺麗だ。


「へえ、匂いなのね、精霊……私もその内『精霊契約』したいわ。ねえ隊長、精霊ってどうやって契約するの?」


「あっ…………」


 サティの言葉にギャンが固まる。


「ん? どうしたの?」


「しまったっぁぁぁ! 忘れてた!!」


 急にギャンが頭を抱える。


「何? 何よ? どうしたの?」


「ヤスから指輪を貰ってたんだった!!」


 そうギャンはヤスから指輪を貰った。ギャンの可愛がっている騎士見習い達の為にと指輪をヤスが造って譲ってくれたのだ。


「ヤス? 指輪? 誰? それに指輪が何?」


「クソッ、途中で呼び戻されたり、その後忙しかったりですっかり忘れてた……あるぞサティ、『精霊契約』が直ぐに出来る指輪が有る!」


「そんなものが有るの?」


「僕も聞いたこと無い。『精霊契約』は精霊王との謁見が必要でしょ? 先輩精霊使いに精霊王を紹介して貰って謁見して、精霊王に認められると精霊を授けられる。それが指輪で可能なんですか?」


 そう普通ニトの言う手順が必要になる。そもそも精霊王に逢うのに精霊界に行かないとダメだ。


「まあ滅多に見かけねえ可成り特殊なモノだが、そんな指輪が有るし、それで『精霊契約』が出来る。精霊王との間を指輪を作った精霊使いが取持ってくれる。その証がその指輪になる、指輪の魔法式を発動すると、指輪を目印に精霊王がその者を確認して、精霊を授ける。精霊界に赴いて謁見をする手間を省くが、それは王に対して、可成り礼を失する行為だ。精霊王に本当に気に入られた奴にのみ与えられる『お主が認めた相手なら』って奴だ」


 精霊王によっぽど認められない限りそれは与えられない。そして例え与えられても、それを作ろうとする者は殆ど居ない。リスクが余りにも高すぎるからだ。


 その魔道具は指輪の形態をとっている、その指輪を作った者と、その指輪を使う者が知り合いとは限らない。そう、顔すら知らない相手に自分の『信用』を預けるのだ。故に『精霊契約の指輪』は制限が有る。ヤスからギャンに預けられたその指輪は、ギャンに認められた者以外使用できない。ヤスはギャンを『信頼』し、ギャンの認めた指輪の使用者をギャンを通して『信頼』して『信用』を預けている。


「それって、その指輪を作った精霊使いにはリスクしかないような……」


 そう例え使用に制限を設けてもそれはとてもリスクの高い行為だ。顔すら見たことのない人間に。自分の『信用』を全て預けるのだ。一度失った『信用』は戻って来ない。


「うーーんどうだろうな、そもそも精霊使いの師匠ってのはリスクしかないからな。弟子が下手を打つと、全てその弟子を紹介した師匠の責任になる。まっ、指輪の場合そこに無礼が加わる」


 そう精霊使いの師匠とは、常にリスクと隣り合わせだ。弟子の不始末は全て師匠が責任を負う。


「だから余り精霊使いは居ないだろ? 一応他にも方法が有って、自ら精霊王に謁見できるほど精霊を感じられる才能のある者。偶然精霊に出会い、気に入られ、その精霊に仲介して貰って精霊王に謁見するって二つの方法が有るが、そんな連中は滅多にいない。そうなると師匠に紹介してもらうしかない訳だが、リスクしかない行為だからな、普通の精霊使いは師匠に成りたがらない。だから精霊使いは弟子を持つ師匠そのものが少ない」


 精霊使いは滅多に弟子を取らない。己が長年かけて築きあげた『信用』を弟子に、一瞬で無にされる危険が有る。当然弟子を厳選する。精霊使いを目指す者にとって、師匠が居る、弟子入り出来る、それだけでもとても幸運なのだ。


「精霊使いが少ないのは、そんな理由だったんですね」


「エルフが精霊使いばかりなのもこの理由からだ。そもそも精霊に気に入られやすいのがエルフだが、エルフの場合、親が精霊使いだろ? 子供の師匠として親が精霊王を紹介する。自分の可愛い子なら、リスクとか関係ないだろ? そんな感じで精霊使いの親から子へ、精霊使いが引き継がれていくから、益々って奴だ」


「何かあって親の居ないエルフはどうなるの?」


「エルフは親が居なくなることが無い、実親が死んでしまったエルフは別の大人が育てる。エルフにとって子供は貴重だ。エルフの宝物と言えばエルフの幼子の事だ。彼らは全員で幼子を見守って育てようとする。何らかの災害でエルフの集落が滅んで、最悪たった一人になっても、今度は精霊が見捨てない」


 精霊に愛された妖精の種族、それがエルフだ。愛する妖精を、一人泣く妖精を精霊は見捨てない。


「精霊に育てられたエルフの子供の話は枚挙にいとまがない位多い。エルフってのは大雑把なんだ、エルフであろうと精霊だろうと妖精だろうと、誰か幼子に付いていればそいつに任せる。困った事があれば手を貸してくれるが、あとはそっと見守るだけだ。放任じゃあねえんだが、『元気に育っていればそれで良し』って奴らだ」


 親がいた場合でも、そこに精霊が居れば、世話を任せるのがエルフだ。彼等は若木が芽吹き、育つのを見守る様にエルフの幼子を育てる。水を与え、日の光を浴びる、それで若木は大樹に育つ。エルフにとって水を与えるのは誰でも良いのだ。『我らの大樹の子』そうエルフの幼子は呼ばれる。


「放任でしょ?」


「何だろうな、時間の間隔が俺達とは違うんだよ。教育なんて何時でもできる、時間なんて幾らでもある。元気にスクスク育って、気が向いたら何かすれば良いって感じだ。大らかというかのんびり屋というか気が長い、大人のエルフはそんな連中ばかりだからな……」


「イメージと違いますね。高潔で孤高、そして気高い。もう少し厳しいイメージでしたが、なんとものほほんというか……」


「この国の人間の持っているエルフのイメージはそうだろうな。なにせエルフってのはヤンチャなガキ位しか人の国には来ないからな。森のエルフの集落にいったらビックリするぞ? 日がな一日、日向ぼっこしてる様な奴ばかりだ。一年位約束に遅れても『あら? 遅れたの?』とか言う連中だそ? エルフのちょっと待っては年単位だ」


「隊長、苦労したんですか?」


 ギャンの話には実感がこもっていた。実際に一年待たされたのかもしれない。


「もうな散々だった! しかも連中悪気が無い! それだけに質が悪い!」


 エルフにとって『一年位の遅刻は常識』ならまだ救いが有るのだが、エルフにとって『十年位の遅刻は常識』なのだ。その位の遅刻は遅刻とも思ってない。『気が短すぎないかしら?』とのほほんと言われたら怒るに怒れない。


「ハーフエルフっているじゃない? エルフにとってハーフエルフってどうなの?」


 この国にはハーフエルフすらいないが、美しく気高い、それでいてエルフ程儚げでないハーフエルフは女の子の憧れだ。エルフ程華奢でないのが良いらしい。


「可哀そうな子だな、とても憐れんでいる。手も貸してくれる。けど決して受け入れられることは無い」


 ミーナの身体の治療にはエルフも大分力を貸してくれた。だからこそ助け出されて、あの年月生きて来れた。それはジュンも同じだ。あの大きなホームはエルフが用意したものだ。身体が弱く働けないミーナ、そしてハーフエルフのジュン、あの親子の生活資金は全てエルフが出していた。


 しかしミーナもジュンもエルフの里に戻ることは無かった……エルフから見たら既に死ぬ寸前のミーナを受け入れる事が出来なかったのだ、またジュンも同様だ、自分達の宝物であるミーナをここまで痛めつけ、そしてその子供、同じく宝物のジュンにここまで惨い事をした人が許せない。彼女達を見る度に悲しみに胸が締め付けられ、耐えがたい怒りが身を焦がす。狂気に取りつかれ、人を滅ぼしてしまいそうになるからというのが理由だ。


 エルフは穏やかな種族だ。だが決して仲間を傷つけた者を許さない。エルフの怒りはミーナをあの状態になるまで救い出せなかった自分達自身にも向いている、自らを滅ぼしてでも相手の息の根を止める、必ず、仲間の屈辱を晴らす。一度怒りに我を忘れたらそんな風になる、激しい一面も持った種族……


 ミーナはそんなエルフの仲間が悲しまない様に、怒りに我を忘れる事が無いように、あの家でのほほんと笑って死ぬのを待っていた。自分は今は幸せだから、怒らないで、人を滅ぼさないでと、のほほんと笑って死ぬのを待っていた。


 ジュンもそれを知っていた、自分達がエルフの支援で生きている事を、自分達親子がエルフの暗い怒りを刺激してしまう事も知っていた、だから母を見習ってのほほんと笑って過ごした、私は幸せだからと……


 レイムはそんな優しい親子が大好きで大好きで大好きで、だからあの家に現れた。彼女にとっての全てはあの親子だけ……


 後にそれに薬草バスターズの面々が加わったが、それはあの親子が幸せに、のほほんと笑って過ごせるからだ。


「何故? やっぱり差別してるの?」


「差別じゃないな、生きて行く時の流れが違うんだ。ハーフエルフはエルフにとっては直ぐに死んでしまう、悲しい仲間なんだ。折角仲良くなったのに直ぐに居なくなる。それが悲しい、だから最初から余り仲良く成ろうとしない。優しく見守るが積極的に関わろうとしない」


「ハーフエルフでも300年位は普通に生きるでしょ?」


「エルフは千年単位だ。下手すると万単位で生きる。人間だってそうだ。彼らが人間と積極的に関わろうとしないのは、見ているだけで悲しくなるからだそうだ。日に日に老いて直ぐに死んでしまうのが悲しくて仕方ない、だから関わろうとしない。エルフは十年前の事を昨日の事の様に話す。中にはついさっきとか言う奴もいる。時間の感覚が違い過ぎててな……」


 エルフは寿命が長い、それは死ぬものが殆ど居ないという事だ。彼等は仲間を大事にする、仲間の子は自分の子も同様、そんな彼等は、仲間の死に耐えられない。深く深く悲しむ、付き合いが、関係が深ければ深いほど、その悲しみが深くなる。だから直ぐ死ぬものとは関われない、その死に心が耐えられなくなる。


「四季が有るでしょ? あれはどう感じてるの」


 サティにはエルフのその時間感覚がどうにも理解しがたい。穏やかな春の日差し、地を焼く夏の暑さ、実り豊かな秋、極寒の雪の降る冬、そんな季節の変化は感じていないのかと不思議になった。


「朝日が昇れば温かくなって、夜になれば日が沈む、俺達が一日の変化を感じている様な感覚で一年を過ごすのがエルフだ」


「凄いわねエルフ、そんなのんびり屋で生きて行けるの?」


「……何だろうな、精霊の介護が無ければ日常生活が儘ならなくて、とっくの昔に滅んでいると思えるような奴らなんだが……化け物の様に強いからな……」


 生きて行く限り人は成長していく、肉体の成長が終わっても、その精神が、その心が成長する。それはエルフも同様だ。この世に変わらないモノなんて無い。僅かな変化でも千年成長すればどうなるか? その答えがエルフだ。


「隊長がそう思うほどなの? 何だか怖く成って来たわ」


「この国は以前一度そんなエルフを怒らせて断交されてるからな、この国に居る限りエルフと会う事はないだろ……気にするだけ無駄だな」


 そうこの国はかつてエルフの怒りを買っている。ミーナと他に数名、この国はエルフの少女を捕え、高級性奴隷としていた。だから二度とこの国にエルフが協力することは無い。決してこの国をエルフが許すことは無い。だからこの国でエルフを見る事は二度とない、有ってはならない。



 だがそれはエルフだけではない、ダークエルフも同様だ。カナミの母親も同様にこの国に捕えられ、高級性奴隷だった。その結果生まれたのがカナミとその姉だ。だから二人はハーフダークエルフなのだ。


 カナミもこの国の事は嫌いだ。幼い時救い出されるまで、イチゴ達、騎士見習いと同様に施設で育った。そしてそれは姉も同様だ。救い出されるまでカナミは姉がいる事さえ知らなかった。こんな国、こんな酷い国なんて無くなってしまえと願って育った。


 カナミはハーフだ。エルフと場合と同様、その寿命の違いからダークエルフの里では受け入れて貰えない。カナミの母親はミーナと違い、そこまで身体が弱っていなかった、だから……母親だけはダークエルフの里に戻った。カナミが母親に会ったのは一度きり、母親はカナミと姉の存在を救い出されるまで知らなかった。


「ごめんなさい……」


 母は幼いカナミと姉を抱きしめて、泣いた……しかし、一緒に行こうとも一緒に居ようとも言ってくれなかった。


 カナミが母から貰ったものはこの命と『エウレカ』の家名のみ……


 だからカナミは姉と二人、アイとヤヨイの元で育てられた。本当の母をよく知らないカナミにとって二人は本当の母親みたいなものだ。二人は姉と自分に名前を付けてくれた。それまで番号で呼ばれていた自分達に名前をくれた……『カナミ』この名前は二人が付けてくれた……カナミのたった一つの宝物だ。


(アイ様とヤヨイ様、二人には本当に感謝している、好き、大好き)


 しかし、カナミはハーフダークエルフだ……見た目が他の施設の子供と全く違う。カナミは嫌いだった、自分の容姿が大嫌いだった。


(私は……私はハーフだから、ハーフダークエルフだから母親に捨てられた……)


 姉が護ってくれる、だから、施設で虐められることは無かった。しかし、幾ら見た目を綺麗だと褒められても少しも嬉しくない。


(この血が、このダークエルフの血は私に不幸しかもたらさない! 何故……なんで……アイ様もヤヨイ様も本当の母親じゃないの! 何で私はあの二人の子供じゃないの! なんで……あの二人みたいに白くないの!! イヤだ……こんな肌の色はイヤだ!! 汚い……穢れてる!)


 だから孤独だった、姉と二人、そう二人で生きて行くしかない、カナミと同じ時を生きてくれるのは姉しかいなかった。アイとヤヨイ、それに姉、その三人以外とは殆ど口も聞かず、自分の中に閉じこもって過ごしていた。


 お世話になった『シスター』が神官交流で『風と商売の神』の神殿に出向する際に、姉と二人、引っ越しのお手伝いで『風と商売の神』の神殿を訪れたのはアイとヤヨイの元に引き取られて二年ほどたったころだ。


 その時初めて『風と商売の神』の神官長バサラにあった。


「ようお嬢ちゃん達、何だ二人して暗い顔して! それじゃあ美人が台無しだぜ!」


 そんな風に突然、バサラに声を掛けられた。


「ほっておいて! おじさん誰よ!」


「不審者かしら? 人を呼びますよっ!」


「ハハッ! 不審者か! 確かに不審者だ! だがそんな事は如何でも良い! 嬢ちゃん! 歌を聞け! 俺の歌を聞いて笑え!」


「はぁ?」


「頭がおかしい?」


「頭がおかしい? いいなそれ! 最高の誉め言葉だぜ! そうだろ? それで楽しいなら良いじゃねえか!」


「何コイツ、ロリコン? 何で私達に構うの!」


「見て分からないの? 私達はハーフダークエルフ。貴方だって大人ならそれがどう言った意味か知ってるでしょ?」


 そうハーフダークエルフ、ダークエルフじゃない、ハーフなのだ。


「何だ? ハーフダークエルフだとどうかしたのか? ああ、勇者のジジイが潰したって奴か! はっ、良かったじゃねえか」


 ハーフダークエルフはあの国で高級性奴隷されたダークエルフの女性の子供である証。性奴隷となるべく生みだされた子供である証拠。


「良かった? 性奴隷にされなくてよかったねって? そういう事?」


「そうね、その通りね、けど、それだけよ」


 そうそれだけ、助け出されても、自分達が性奴隷にされるはずだったモノであることに変わりはない。母親からも捨てられたモノ……


「はぁ? そんな事はどうでもいい、嬢ちゃん達は今此処にいる! だから運が良い! 良い風が吹いたな! 嬢ちゃん達はツイてるぜ!」


 同情された事はあった。憐れまれた事はあった。だが、それを、如何でも良いとうっちゃられたのは初体験だった。しかもこちらの事情をある程度把握しているのに、それを、自分達の不幸を、運が良い……


「何? 何言ってるの? ツイてる? 馬鹿にしてるの!」


「運が良ければ、そうね、母親には捨てられていない。そもそもハーフダークエルフに生まれてきてないわ!」


 そうカナミだけではない姉も、姉のシズカもそう思ってた。誰だって分かる。生んだ実感も無い二人の娘、しかもハーフだ。存在そのものが忌まわしい過去を思い出させる。母親も不幸な目に遭った。


(お母さんは強い人ではない、心が強くない、だから私達とは一緒に居られない)


 分かっていた、彼女に強くあれと望むのは不幸な目に有ったことのない人だけだ。誇り高いダークエルフが性奴隷にされて、子供まで作らされる。尊厳を踏みにじられ、辱められた彼女には静かな、穏やかな時が必要だ。血を流し続ける心の傷を、せめて血が止まるまで癒すだけの時間が必要だ。


 それに自分達の生活費は全てダークエルフたちが出してくれている。何不自由なく暮らしていける様に支援してくれている事も知っている。


 エルフもダークエルフも基本的に変わらない。肌の色が違うだけ、若干ダークエルフの方が肉体的な能力に恵まれているだけ……その気性、怒りに対してこらえ性が無いだけ……人との対立を避けるため、ダークエルフは全て『カンサイ』近くの森に移り住んだ。この地域が全力でその暴走を抑え込んでいる。


「関係ねえな! そんな事は何も関係ねえ! 嬢ちゃん達二人が俺の歌を聞いて笑うのにそんな事は全く関係ねえ!」


 だがバサラにはそれすら関係なかった。目の前に少女が二人いる。彼女達が暗い顔をしていた。それだけの事だった。


「意味不明過ぎるんだけど」


「何故貴方の歌を聞いて笑うの?」


「嬢ちゃん達は今、俺の目の前にいる、だからラッキーだ! 俺の歌が聞ける、だから笑える! ならラッキーだろ? 良いか? 嬢ちゃん達が何者であろうと、今までどうであろうと、今この瞬間、そうこの時! 嬢ちゃん達は最高にラッキーだ!」


 どれほどの傲慢、どれほどの自信があればこの様な言葉を紡ぐことが出来るのか『自分の歌が聞けるから、お前たちは最高に運が良い』良い笑顔で、本当に最高の笑顔でそう宣う。


「なっっ!」


「刹那主義なの?」


 そうこの瞬間さえ幸せなら他は如何でも良いのなら、それは刹那主義だ。


「違うなあ! 今まで何が有った、今までがどうだった、下らねえ! 今幸せだ! 今幸せな事の為に今までが有った! これからだってラッキーは続く、そうだろ! 良いか! 嬢ちゃん達には今良い風が吹いてる! 風は自由だぜ嬢ちゃん! 嬢ちゃん達は今自由だ! 自分で自分を縛ってんじゃねえ! そうだろ! 何暗い顔してんだ美人が台無しだぜ? だから俺の歌を聞け! 俺の歌を聞いて笑え!!!」


 今が有るのは過去が有るから、だがこの男は違うと言う、今の為に過去があっただけ、そして今この瞬間から未来も変わった。

 その後三時間にわたってバサラの歌は続いた。


「どうだ俺の歌は! 最高だろうが! ハハッ! 良い顔だ! そうだ笑え! 歌は自由だ! そうだろフリーーーダムッ!!」


「もうオジサン無茶苦茶! でもなんで……楽しい!」


「うう……逃げたいのに、逃げられない、嘘でしょ? 何で、何て……」


 その歌は抜群だった。


 歌を聞いたことはあった、自分達も歌ったことが有る。『大地母神』の神殿でも『聖歌』を歌う。


 だがこれはそのどれとも違う。美声にのせて自由に出鱈目に、しかしリズムに乗って歌う。何時の間にかギターを掻き鳴らしながら、声を限りに、滔々と歌う。心に、歌が、リズムが響いてくる。特等席だ。目の前で良い大人が、少女二人だけの為に、三時間も熱唱だ。


「良い風だ! 良い風が吹いてる! そうだろ? 嬢ちゃん達は今最高に楽しい! だから逃げられない! 心だ! そう心が俺の歌を欲してる! 俺の歌が聞けて幸せだ! 運が良い! だから幸せだ! なら次だ、もっとだ! もっともっともっと!! もっと寄こせと心が叫ぶ! だから逃げられるわけがねえ!!」


 そうだ、逃げられない。


(もっともっと、そうもっと! 不幸になりたいわけじゃない。不幸になりたかったわけじゃない。不幸だっただけ……けど……そうだけど……幸せになりたい!)


 心が叫ぶ。


(アイ様とヤヨイ様の娘だと心の底から叫びたい! 私達のお母さんだとそう言いたい! けど違う……違っても、もっと、もっと、少しだけでも二人に似ていたら……娘だとそう思いこむ事だって出来たのに……見た目の所為でそう思いこむことも出来ない!)


 母親に愛して欲しかった、捨てないで、一緒に居て欲しかった!


 数字で呼ばれたくなかった! あんな国に生まれたくは無かった! 普通の家庭で普通に普通の子として産まれたかった!


(違う……違う……そうじゃない! 幸せに! 幸せになりたい! 今、ここにいる私が幸せになりたい! どう……どうやったらこんな私でも幸せになれる!! どうやったら幸せだと言える!!)


 バサラの歌は心に響く……心を裸にしていく……心の底に響いていく……


(私は幸せになって良いのか! 母親に、周りに迷惑しかかけていない……私さえいなければ……私なんて居なければ……私の存在が周りを不幸にしている……そんな事は分かってる……)


 けど……


(それでも私は……こんな私でも幸せになれますか!!)


「なれる! なってるだろ! これからずっとラッキーだ! そうだろ? 悪い目は出尽くした! なら後は当たり目だけだ! だから笑え! 幸せなんだから笑え! 笑う門には福来る! そうだろ! 風は追い風だ! 笑い飛ばせ! 笑いが止まらない! そうだ! 最高だ! 最高の笑顔だ! それで良い! 美人には笑顔が最高に似合う! 最高だぜ二人とも! 最高に良い女だ! 神様だってメロメロだ! そうだろ? 神様が味方に付いてくれた! なら後は幸せになるだけだ!」


 どうやって……


「笑え! 笑ってりゃいい! それだけでなれる! 嬢ちゃん達はそれだけで幸せになれる! ああ賭けるか! そうだ賭けてやる! 命を賭けた!! それだけでお嬢ちゃん達は幸せになれる、それに賭けてやる!! そして俺の歌を聞けぇぇぇぇ!!!」


 もう……笑うしかなかった、一緒に歌いながら二人は笑った。


「オジサンは誰? なにもの?」


「名乗りなさい! 聞いてあげる」


「ハハッ! そうだな……不審者! そう不審者だ!!」


「なにそれ、もうっ! うふふふ」


「ふふ、でも、ありがとう不審者なおじさん」


 翌日、アイとヤヨイにその事を話したら、嬉しそうに頭を撫で……


「そう、そうなのね、フフ、じゃあもう一度変なおじさんに逢いに行きましょうか?」


「そうですわね、お礼を言わないといけませんものね」


 そう言って『風と商売の神』の神殿にもう一度連れていかれた。二人は神殿の奥の立派な扉を開けてその部屋に入る。


((あれ? ノックは?))


「あらバサラ、ごきげんよう」


「フフ、昨日は私達の娘の相手をしてくれたんですって?」


 二人はごく自然に自分達の娘だと紹介してくれる。そう『私達の娘』だといってくれる。


(今までは……そう今までだって何時もそう言ってくれていた。私がそれを聞こうとしなかっただけ……)


「ん? 昨日の嬢ちゃん達か、なんだアイとヤヨイの娘だったのか、おう良い笑顔だ! 笑ってるな二人とも!」


 バサラは本当にカナミ達が誰か、何者か知らなかった様だ。


「フフ、だからお礼を言いに来たのよ」


「偶には役に立つのね貴方も」


「こりゃまた酷いお礼もあったもんだな、まあいい、折角だ一曲聞いていけ!」


「んんっ? 一曲?」


「あら? バサラ、貴方熱でもあるの? 治療しましょうか?」


「はぁ? ああ、これからちょっと『カンサイ』に歌いに行ってくるんだ。暫く帰らねえから後はよろしくな!」


 これから出かける、だから一曲しか歌えない。


「『カンサイ』に? そう……」


「まあ残念ね……ん? どうしたのカナミ?」


「おじさん行っちゃうの? 歌は? 歌はもう聞けないの?」


「散々歌っておいて、それで……」


 暫く帰らない……そう暫く歌が聞けない……あんなに楽しかったのに……もう楽しい時間はお終い。


「まあシズカ、貴方まで……」


「なんだ嬢ちゃん達、なんでそんな顔してる、それじゃあダメだな、幸せが逃げていく! なんだ俺の歌が聞きたいのか?」


「けど……」「だって……」


「ハハッ、なら来るか? 一緒にくりゃあ良い! そうだろ? 風は自由だ、どこに行ったって風は吹いてる! 一緒に『カンサイ』に来て、俺の歌を聞け! そうだそれが良い!!」


 バサラは自由人だ、何物にも縛られない、自由な歌人!


「はぁ、バサラ……貴方ねぇ」


「でも……そうですわお姉さま、偶には良いかもしれませんわ。『転移魔法』が有るのですから」


「あらっ? それもそうね、ねえ、貴方達はどうしたいの? ちょっと『カンサイ』でも観光してくる?」


 二人は『可愛い娘には旅をさせろ』とカナミ達の頭を撫でて笑い合う。


「えっ!!」


「けどそんな急に?」


「ハハッ、嬢ちゃん、前に進むか立ち止まるか、迷ったら進め! 風は待ってくれねえぜ? 追い風に乗るんだろ?」


 バサラはサムズアップしてそう尋ねる。


「いいの?」


「ええ、貴方達がそう望むなら」


「何も準備してない!」


「バサラが揃えてくれるわ、そうでしょ?」


「嬢ちゃん達、もう一度だ! 俺と来るか! 俺と来たいか! 俺の歌が聞きたいか!!」


「「行く!!」」


 答えは決まっていた。大好きなアイ様やヤヨイ様と離れるのは寂しい、けど何時でも会いに戻って来れる。


(なら行きたい!!)


 一緒に行きたかった。


「良い答えだ!! そうだ! その笑顔だ! それで良い!」


 カナミ達は一緒に『カンサイ』へ行った。『カンサイ』は自由だった。そう明るい。良い事も悪い事も笑い飛ばす。思いのほか相性が良く、何時の間にか関西弁になっていた。笑顔のカナミとシズカを見て、ダークエルフ達も少しずつ穏やかになる。そして……


(アイ様とヤヨイ様はお母さんや、ウチのお母さんや! でもって、バサラ様はウチのお父さんや!)


 そうバサラは何時の間にかカナミ達の父だと名乗っていた。シズカがケニー・ロジャースと結婚した際も、


「俺の娘を泣かしやがったら許さねえぇ! シズカ! 何時でも帰って来い! ってか嫁になんか行くな! でもって俺の歌を聞けぇぇぇ!!」


そう言って結婚式で歌いまくった。


(あの国は嫌いや! 滅んだらええ! けどあの国に住んどるんが全部悪人ちゃう! まだ不幸になっとる人がおんのなら、それをギャンが救うゆうんなら、手助けする。お父さんみたいに笑顔になる手伝いする、ウチはお父さんの娘やからな!)


 しかしそのバサラは娘二人が関西弁に染まったことをとても悲しんだ。


「おかしいじゃねえか! 俺だけ違う! 何故だ! 歌か? 歌が足りないのか!」


「可愛くて良いと思うわよ?」


「私は好きですよ関西弁」


「……クッ!! 歌だな! 歌の力で標準語に戻って来い娘ぇぇ! ああぁぁ! 俺の歌を聞けぇぇぇぇ!」



「怒らせた? なんで?」


 サティは何故エルフが怒ったのか見当がつかない。今まで一度も見た事がない。話に聞くだけで、この国と元々あまり交流が有った様に思えない。なのに何故怒ったのか?


「自分の顔を見てみろ? 分からないか?」


「顔?」


 鏡で見る自分の顔を思い出す。


(うん今日も私は可愛い! ミツだって満足な筈よ)


「ニトの顔でも良い、普通の人間の顔に見えるか?」


 ニトの顔、そうニトも昨夜はスッキリして気持ち良く寝られたのか健康そうだ。


(ニトは今日も可愛いわ! 食べちゃいたいくらい! ……アレね一度ニトに魅了されたからかしら? チョットおかしいくらいニトも好き!)


 サティはもしかして自分は両刀なのかと密かに疑っていた。


「あっ……」


 そんな惚けたサティよりも早くニトは何か察していた。


「何割混じってるかは分からんが、お前らにはエルフの血が混じってる。他にも色々混じり過ぎて訳が分からんが……お前らは自分達が普通の人間位の寿命だと思わない方が良いぞ? 下手をしなくてもハーフエルフ位は寿命が有るぞ、特にお前ら二人はその傾向が顕著だからな」


 様々な種族を掛け合わせ、混ぜ合わせて作られたのが騎士見習い達だ。その中でもトップクラスに美しいサティとニトには見る者が見れば一目でわかる程エルフの血が現れている。


 華奢な肢体、美しい瞳、きめの細かい肌。そもそもその美貌、人間の範疇を超えている。


「エルフの血……」


「正直俺は、お前ら二人だけは絶対エルフに逢わせたくない。言ったろ? エルフにとって子は宝物だ。例え何割か、例えハーフでも、それは変わらん。お前らをエルフが見たら、お前らを救い出して、その後、絶対にこの国を滅ぼそうとする。良いか? 前回断交された事を人は昔の事だと思っているかもしれんが、エルフにとってはついさっきだ。一度最大限の自制心を発揮して見逃したのに、また直ぐにお前らの様な存在を見たら、今度こそ切れる。万歳越えのエルフどころか千歳程度でもミツが可愛く見えるような化け物だ」


 30年前などエルフにとって昨日の出来事だ。昨日の今日で約束を破る人間をエルフが許す謂れがない。


「うわぁーー」


 ミツよりも化け物……そうミツ自身がエルフの血も引いている。それでも純粋なエルフには及ばない。それほどなのだ……寿命の長さはそれだけの力を蓄えさせる。人に攫われる、人に捕えられる。そんなエルフをみて人はエルフを侮る。


『人よりも少し魔法が使えるだけ、美しい人形とさして違わない。こちらの方が数が多い、恐れるほどの事も無い』


 違う!! それはエルフの子供だ、幼子だ、雛なのだ。大人のエルフに有ったことのある者は殆ど居ない。だからエルフやダークエルフの大人がどれほどの化け物か人は知らない。


 操られる超重力の力場は原子を崩壊させ灼熱の太陽を生みだす。時間さえ凍てつかせ刻を停止させる。圧縮した空間の砲弾は山脈すら消し飛ばす。触れる者全てを原子の塵に分解する。


 圧倒的な魔力容量と魔力から繰り出される魔法、精霊王を幾人も従えるその精神力。魔法と区別のつかない自然に溶け込ませたその技術と技術力、人が魔物に滅ぼされかけたその時ですら、悠然と森で長閑に過ごしていた彼等に、人が勝てると何故思えるのか……


 人の恐れる魔族、竜種、魔物、そんな人からすれば神にも等しい圧倒的な存在が溢れる地上で、悠々と暮らしてきた彼等は、それらに何ら劣らない存在だ。普段、穏やかに、のんびりと暮らしている。人と生活圏が交わらなかった……だから殆どの人が知らないだけ……


「僕ちょっとエルフに憧れ有ったんだけど……」


「この話聞いたら会えないわよね……」


 会えばエルフが激怒する。30年前、捕らえられていた人族以外の種族の者達は全て解放された、それにはハーフも含まれる。


 しかし、そこには既に色々改造された卵子は含まれなかった。既に様々な種族と掛け合わされた、元が何なのかも判然としない実験体も含まれなかった。当時から魔物と掛け合わされた者達もいた。だが彼等は『解放』そこに含まれなかった、秘匿され、見逃された。見てもそれが何か判断が付かなった者も多い。この国の貴族達は、その残された残滓を執念深く、渾身をこめて集め掛け合わせた。足らない部分は魔物からさえ継ぎ足し、そして完成したのがニトやサティだ。


 色々掛け合わせ過ぎて、種族の特徴の尖った長い耳は持っていない。しかし、そこには色濃くエルフの特徴が現れる。サキュバスなどの魔族、氷の女王などの妖精族、牝牛人族など獣人族、そして魔物。それらが混ぜ合わされ、調整され、結晶化された完成体。


 様々な種族の特徴、能力を受け継いだ彼等、騎士見習い達は、因子の中に元が女性しかいなかった種族が多い事もあり、より女性の方がその特徴が濃い。


 しかし、どんなに混ざり合っても、美しさを追求した結果、エルフの因子が強い。


 エルフはニトとサティの二人を見た場合、同族と見做す。そう自分達の宝物『我らの大樹の子』だと認識する。

 その二人が男子に改造されている……切れる……完全に切れる、この地には何もない更地しか残らない。


 普段、温厚なエルフは一度怒ると我を忘れる。怒り慣れていないからその怒りを制御できない。その地に罪なき人々がいる事を忘れる。そして、冷静なってそれを思い出し、悲嘆にくれ、自ら命を絶つだろう……双方に悲劇しかもたらさない。


 だからミーナはヘルイチで一人死ぬのを待っていた。だからカナミとシズカの母は一族の里に二人を連れて行けなかった。


 里でミーナが死んで、ジュンが一人残されれば、日に日にエルフの怒りは増していき、何時か溢れ、人を襲う邪神と化す。

 里にカナミとシズカの二人が居ても同じだ。そして彼等は二人の母を里の外に置いてはおけない、彼女を思う度に人への怒りが身を焦がす。カナミの母はそんな彼等の怒りを治める為に里に一人戻った。それしか方法が無かった。


「まあそんなわけでお前らは、可能な限り精霊界にも連れて行きたくない。万が一あっちでエルフに逢うと、あいつ等血眼になってお前らを探す。そして見つけ出し、救い出し、この国を亡ぼす。後には何も残らん」


「あっちで逢う?」


「精霊界にこっちの距離は関係ない。精霊王は何体かその存在が確認されているが、偶々、同じ精霊王に謁見しようとしているエルフに逢う可能性は高い。だから指輪を使う。この『精霊契約の指輪』なら精霊界に行かないで済む」


「精霊から情報が伝わってバレたりは?」


「それは無い、あいつ等はお喋りだが、本当に好きな人達が不幸になる位なら自分が滅ぶことを選ぶ。良いか? 精霊はお喋りだったり、悪戯好きだったり色々有るが、愛が深い、本当に何処までも愛が深い。一度契約したら決して精霊側からそれを破棄することは無い。良いか? 本当に良く聞け、例え自分が滅んでも主を守ろうとするのが精霊だ。だが精霊王は精霊を滅ぼした者を決して許さん」


 精霊の愛は深く深く、その精霊の全て、全身全霊で愛を注ぐ……それが精霊だ。現象が、想いが結晶化した存在が精霊だ。

 精霊は想いが意思を持った存在。故に一度契約したらそれを、その愛を手放すことは無い。


「この指輪で精霊と契約は出来る。だが一度結んだ契約は破棄できん。人の側から破棄する事は可能だが、それはその精霊が滅ぶことだと思え。二度と新たな精霊と契約することは出来ん」


 精霊の愛は一途だ。その愛を拒否されて、存在を維持できる精霊は居ない。悲しみに暮れて滅んでしまう。


 では主が死んでしまったら?


 主を失った精霊は契約を果たしたことより開放され、深い深い『浄化の眠り』につく、『浄化の眠り』で記憶を知識に変えて、主を失った悲しみに耐えて、精霊はより高次の存在になる。


「契約する精霊はどうやって決められるの? 勝手に選んで与えられるの? 自分で候補から選ぶの?」


「違うな、自分の『想い』を込めて願う、心の奥底から願う、その想いに精霊は応える。その想いを核に、その想いを契約として精霊が現れる」


「既にいる精霊が選ばれるわけではない?」


「いや……難しんだが、こう様々な精霊が混然一体となっているのが精霊界だ。それの管理をしているのが精霊王なんだが。『契約精霊』はその精霊の海の中に放たれた『想いの核』を元に、その想いに応えた精霊が結晶化し、現出した存在だ。だからその想い次第で現れる精霊も違う」


「選ばれるわけではなく、その場で現出する。では精霊の属性もその想いが強く影響する?」


「そうだ、想いに相応しい精霊になる。だから相性は抜群に良い筈なんだ。契約した人側の想いが変わらない限り、その想いを諦めない限り、その精霊との契約が破棄されることは無い。だから願え、心の底から願え、精霊と契約する時は、何処までも何処までも深く深く、心の奥底の願望を、想いを込めろ」


「『精霊契約』は直ぐに出来るんですか?」


 想い、ニトは自分の想いが何なのか朧げだ、しかし、想いはある。ならそれを見てみたい。


「時間は問題じゃあ無いな、ふむ、いい機会だ、今日はこれからお前ら全員『精霊契約』をするか、一度身を清めて、香を焚くぞ。二つ隣の部屋が丁度良いか? 一端シャワーを浴びて準備してこい。だれから……」


 精霊界に行かない『精霊契約の指輪』による精霊契約だが、準備は必要だ。身を清めて、精霊の好きな香を焚く。これは想いを込めるのを補助する役割もある。集中し、己の心を見つめ。想いを確かめる。声に出す必要はない。ただ願えば良い。その為に集中する。それを補助するのがギャンであり香の匂いだ。


「ハイ! 私! 私が一番!」


 あれだけギャンに脅されても、サティに躊躇いは無い。サティはとっくの昔に覚悟を決めている。想いも決まっている。そこに今更躊躇いなど無い。


「まあいいか、じゃあサティからだな、さて俺もシャワーを浴びて準備するか」


「えっ! 隊長と一緒に入るの?」


「お前は女子用を使え!! 一緒に入るわけないだろ!」


 この施設はちゃんと女子用と男子用で分かれている。驚きはしたが、もうすっかりギャンをお父さん位に思っているサティはギャンと一緒にシャワーを浴びても嫌じゃない。サティはちょっぴり残念そうにギャンの下半身を見つめる。


(ちょっと興味あったんだけどなぁ)


 噂のギャンの物を確認した騎士見習いはまだ居ない……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ