第136話ちょこっと外伝『少年はモノから人に成れるのか』ゴブリン討伐編⑤
まあ余りに相性が良すぎて、不機嫌になると無意識にバリバリと電撃を纏っていた為に付いたアダ名だ。
「このバカ娘の『雷娘』が! バリバリやってんじゃねえ迷惑だろうが! そのバリバリで魔道具壊しやがったらお尻ペンペンだからな!」
「セクハラ! セクハラだわ!」
「なんだ! ほっぺたフニフニの方が良かったか?」
「やめてっ! アレ思った以上痛いんだから! 暫く頬が腫れて大変だったんだからね!」
「あれは結構伸びたな、餅かと思った……えっ餅を知らない? ああ、そうだったな……アレだな今度送ってもらうか? お汁粉とかなら、量も出来るし、お前らも好きそうだからな」
「お汁粉?」
「『餡子』って知ってるか?」
「あっ僕それ一回食べた事ある! ブルンガリに『どら焼き』だっけ? 売ってて中に入ってる黒いのがそんな名前だった」
「ニト! 私のは? 私は食べてない!」
「いや……イチゴとハチと僕とで食べたんだけど、僕達ので最後だったんだ。美味しかったからもう一個欲しかったけど売り切れてて」
「アレは独特の風味で美味かったな、餡子もそうだけど、俺は包んでいたパンみたいなのが気に入ったな」
「餡子って甘い豆じゃねえか? 俺のは『粒餡』ってやつだったみたいで、黒い豆が入ってたぜ?」
「ほう、珍しいな、どら焼きを売っていたのか? カスタードクリームのどら焼きも美味いが、やっぱりどら焼きは餡子だな。ハチの言う通り小豆って豆を砂糖で甘く煮て潰した物だ。俺は少し潰しただけの『粒餡』がどちらかといえば好きだが。潰して裏漉しした『こし餡』も滑らかで美味い」
「何? 何なの? 何その美味しそうなの!」
「まあその『餡子』にな、もち米を潰して作るお餅を入れて作るのがお汁粉だ。食感が面白くて美味い! 甘さ少し抑え目が俺のオススメだ」
「ああぁもうっ! 私の知らない美味しい物の話をしないで!」
「だからバリバリするなって言ってるだろうが!」
「ぶにゃー、ひゃめて! ひっひゃらなひへ! ほっへはほれひゃう!」
「まあお餅っては、このサティのほっぺたみたいな食べ物だ」
「へえ、柔らかそうですね」
「ひゃんへ? ひとーひゃくへて! ひつぅぅぅ!」
「うん、サティ、俺もバリバリは良くない癖だと思う。早めに直そうね? ほら俺も髪の毛長いから逆立っちゃって大変なんだよ」
「ふむ、久しぶりに食べたくなった。送って貰うか」
「うううぅぅ、ほっぺた取れてない? ちゃんと付いてる?」
「大丈夫だよサティ、ちゃんと付いてる」
◇
サティの柔軟な身体と長い脚は蹴り技に向いていた。それが『棒舞』と組み合わさり、更に『魔法格闘術』で威力が強化され、本人が驚くほどの接近戦闘能力を手に入れていた。
だから今、サティは戦いたくて仕方がない。早く試したくて仕方がないのだ。接近戦で試す機会が訪れたと無邪気に喜ぶサティにニトは……
「サティは甘いよね……地雷を撒いて封鎖してるんだよ? 遺跡は頑丈だから背後に回られる事が無い。壁を壊したりは難しいからね。なら、通路とかで正面からゴブリンとぶつかる。良いサティ? ゴブリンと正面から同数でぶつかるんだよ?」
「だから正面から戦うのよね?」
「サティの場合『雷撃』一発で通路の端から端までゴブリンは全滅だね……」
「なっ……!」
そう、ゴブリンは雑魚なのだ。上位種が紛れていれば多少苦労するだろう。ヒーローやロードが居れば、それなりに苦労する。だが騎士見習い達は一匹位ヒーローが紛れていても、囲んで瞬く間に倒してしまう。もうその位は出来るほどに強くなっていた。
「ここはあくまで施設だからな、迷宮じゃあない、洞窟の様に曲がりくねっても居ない、ゴブリンの位置は何処に隠れていようが魔道具で丸見えだ。罠にだけ気をつけていれば後は蹂躙戦だな、時間を掛けてすり潰せば良いだけだ」
ゴブリン相手で気を付けるべきことは、一度に戦うゴブリンの数を如何にコントロールするかである。幅の決まっている施設の通路で、正面からのゴブリンを相手するだけなら『黒狼』部隊でも余裕だ。同数、若しくはそれに近い数のゴブリンに負けたりはしない。一般人の女性でも一対一ならゴブリンに勝てる。まして男性なら、まして訓練された精強な兵士なら……ヒーローすら倒す騎士見習い達なら余裕だ。
特にサティは雷系は大得意、真っすぐな障害物の無い通路で『雷撃』を放てば射程範囲内のゴブリンは一撃で全て黒焦げだ。
「そんなっ!! 近接戦闘は!! 私の獲物は!!」
「まあ施設だ、部屋も多いだろ? 部屋ごとに制圧しながら攻略するから、その時に接近戦もあるだろう……」
言いながらギャンの目がどんどん明後日の方向に向いていく。
「なんで目を逸らすのよ!」
「サティ、部屋の制圧は、前衛の仕事だからね。サティは後衛だよね?」
「……」
サティが半目でギャンを見上げる。
「まああれだ広い部屋だってある! それに纏まってそうな大きな部屋が魔道具の探査で見つかってる」
「あれ? 隊長、大きな部屋の制圧は『睡眠雲』で眠らせて突入でしょ?」
「…………」
そう眠らせたゴブリンにトドメを刺すだけで、戦闘にはならない。
「通路のゴブリンは好きに倒して構わん! ほら、な? サティ『雷撃』が好きなだけ撃てるぞ?」
(まあ……せめて魔法でもぶっ放して貰ってスッキリしてくれ……)
「ヒーロー!」
「ん??」
「ヒーローは私の!!」
「んん??」
「ヒーローが居たら私が一人で倒すから!!」
「んんん? それは如何だろうな……ミツが凄い顔してるからな、サティ、皆と協力して倒せ、な?」
ミツは過保護なのだ。サティが大きなヒーロー相手に一人で戦うと宣言してから、蒼い顔をしてサティを見つめている。
「一人で倒せるわよ! 『電撃』でスタンさせて、『稲妻キック』でタコ殴りしてやるわ!!」
「あっなるほど! 隊長、サティがその戦い方をするなら、返って一人じゃないと無理ですね。アレは周りにいる味方も巻き込むから、離れてないと危険です」
「その戦い方は燃費が悪いだろ? はぁ……ミツ、お前がシッカリ見張って許可を出せ。サティ、ミツの指示に従え。ミツの許可のない場面では例えヒーロー相手でもその戦い方は不許可だ」
ギャンは何故サティがここまで接近戦で魔物を倒したがるのか、その理由を知っているので余り強くそれを止められない。
◇
サティはミツを安心させたくて接近戦の訓練を頑張っている。ミツに褒めて欲しくて接近戦の訓練を頑張っている
サティは常にミツに護られている事を知っている。常にミツの庇護下にいる事を知っている。
サティはミツに甘えたい、けど甘やかしてほしいわけではない。
『ミツの隣に居たい、ミツと一緒に居たい』
しかし、サティはミツの足手纏いになりたいわけではない。共に歩んで行きたい、だから『おんぶ』に『だっこ』はイヤなのだ……自分だって戦えるのだと、自分の身は自分で守れるのだと証明したい……自分の脚で立ってミツの隣に居たいのだ。
ミツのサティに対する教育基本方針は『褒めて伸ばす』だ。ミツはサティが頑張ると何時も褒めてくれた。施設でサティはミツに色々な事を教えて貰い、訓練し、学んで、何か出来る度にミツに褒めて貰った。それが……ミツに褒めて貰えるのが嬉しくて、サティは頑張ったのだ。
女の子のしかも最年少クラスのサティが男子に混じって勝ち残る。
それは並大抵の事ではない。ミツの保護も確かにあった。そもそもサティは勝ち残る予定だったこともある。しかし、ミツが明らかにおかしいと気が付くまで、サティはそれでも自分の実力で勝ち残って来た。あのミツがおかしいと思わないだけの実力を持つほど、努力していた。
サティが負けず嫌いな性格なのも一因だが、
『ミツに褒めて貰って頭を撫でて貰いたい』
これが、最大の要因だ。
サティは褒められて甘やかされると、もっと褒めて欲しくて自分で努力する。ミツの方針はサティに限って言えば最大の効果を発揮していた。
……だが、騎士見習いに成ってから、サティは褒めて貰っていない。甘えさせてもらっている、甘やかされている。けどミツはちっとも褒めてくれない。偶にサティを他の騎士見習いに自慢している。けどミツ自身に褒めて貰えない。頭を撫でて貰えない。
飢えていた、サティは褒めてもらいたい……ミツに褒めて欲しい。それに飢えて、飢えて、飢えて、努力した。しかし、騎士見習い達はサティの努力を嘲笑う様に優秀な者ばかりなのだ。他の騎士見習いよりもサティが優れている点は少ない……
美貌だけは圧倒しているのだが、その美貌だって……ニトが居る……そうニトだ。自分と同じ立場なのに才能でも実力でも遥か自分の上を行く、この美しい友人は、常にサティよりも上にいる。サティだってニトも自分と同様に努力している事を知っている。
『同じ女の子なのだ』
悠々とその立場に居るわけではない事を知っている。だが……この友人に勝てない……勝てるところが見つからない。ニトに負けている……それが悔しい、とても悔しい、悔しくて悔しくてたまらない。
『負けたくない!!』
ミツがサティを褒める事のなくなった理由、ミツ本人は気が付いていないだろう、だがサティは知っている。サティと同じ立場のニトが平然と熟す事を、サティが努力に努力を重ねて漸く熟しても、褒めるに値しない。
『出来て当然』
優秀な騎士見習い達にとって、それは出来て当然。そう出来ている者が傍にいるのだから、出来ないのは劣っているだけ、劣っている事を褒めたりはしない。
だからサティは色々努力した、何かニトに勝てるものが無いかと、ミツに褒めて貰えるところが無いかと……そして辿り着いた、そうやっとニトに勝てるものが見つかった。
それが『魔法格闘術』と『棒舞』だ。
『魔法格闘術』と『棒舞』ならニトに勝てる。サティの『魔法格闘術』における雷系の発動速度は圧倒的だ。無意識に発動できるほどなのだ。その発動速度と努力で、圧倒的な攻撃力を手に入れた。それはニトが『サティならゴブリンヒーローを一人で倒せる』と認める程だ。
それまでの積み重ねてきた努力の下地があるからこそだが、僅か二週間でそこまで使いこなせるまで修練したのだ。
だからこそ、サティは、その技をミツに見て貰いたくて仕方なない。ミツに見せ付けて……
そして安心して貰って、褒めて! 褒めて! 褒めて! 褒めちぎって貰って! 頭を撫で貰う!!
それをギャンは知っている、サティから色々相談されているギャンは知っているから……余り強く止められない。その実力を既にサティが備えている事も知っているのだ。
◇
「隊長が監視するんじゃないんですか?」
ミツは今ではすっかりギャンを信頼している。最初はこの化け物の様な人物を警戒したが、警戒するだけ無駄だと認めた。天才で化け物だと、自分に勝てる人間など居る筈がないと思い込んでいたミツが、どうやっても勝てないと匙を投げた相手。だからこそ、サティを安心して任せられる。
そう取引した。
ミツが大人しく従っている限り、決してサティに害を及ばさない。ギャンに勝てないと悟ったミツが、サティを連れて逃げようとした時に、そう取引を持ち掛けられ、それに従った。この化け物を相手にサティを守り切るにはそれしかなかった。
付き合いが長く成り、ギャンの事をより深く知ったミツは、今ではその取引そのものが、自分達を気遣って行われたものだと理解している。だからこそサティを任せて一番安心な人物だ。
「『黒狼』部隊の指揮もある。あと、ゴブリンは探査魔道具で発見できるが、他の魔物は魔道具では分からん。ゴーレムや、他の魔物が潜んでいる可能性もある。こちらは魔道具では見つけられんからな。俺はフィフ達とそこら辺を一緒に探る予定だ」
「なる程……サティ、出来るだけ大人しくしてね?」
サティはミツに隠れてこっそり訓練していたのでミツはサティの実力を知らない。何かしているのは知っている。だが、この部隊で最年長のミツには他にも色々やることが有る。
サティの監視と守護は、サティに対する危機以外には反応しない。常に何割かそちらに魔法制御と思考領域を割り振っているが、マルチタスクなど天才のミツには大したことじゃない、もうすっかり慣れてしまって、意識からそれを追い出している。しかし、それに容量を取られている事も確かなのだ。他の仕事が忙しければ、意識下でサティの事を見張っていられない、だからミツはサティの今の実力を知らない。
「やったわミツッ! 狸ジジイが居ないわよ!」
「……」
満面の笑みでそう叫ぶサティが心配で仕方がない。サティは自分に甘くて厳しいギャンより、色々甘いミツだけの方が好き放題出来るので喜んでいるのだが、それがミツには不安だ。
「誰が狸だ!! ミツはサンジ達と、ハジメはニト達を連れて巣穴攻略に当たってもらう予定だ。斥候は探査魔道具だけに頼り過ぎるなよ? ゴブリン以外の存在も常に念頭に置いて、慎重に行動しろ! こっちが地雷系の罠を使用したからな、相手が意趣返しで罠を多数仕掛けてくる可能性がある。知性のある魔物と戦う際の基本『罠の探知』だ、散々口が酸っぱくなるまで教えたんだから皆当然訓練してるな? 教本全部読んだか?」
ギャンはゴブリンと戦うにあたって、今までゴブリンが仕掛けた、使用したと記録の有る罠だけでなく、あらゆる種類の罠の探知、解除、その仕組みを教えている。実際に出来る様になるにはもっと訓練が必要だが、知っているのと知らないのでは天地の差だ。
知識は力だと言うのがギャンの教えだ。斥候系のニト、イロク、トゥエ、それにフミは解除もある程度出来る様になっている。
「何で一番に目を逸らすのかなサティ……ミツ、サティは罠が無い事が確認されるまで前に出したらダメだよ」
ただサティにも言い訳がある。『魔法格闘術』と『棒舞』の修練が忙しく、他に回すソリースが無かったのだ。だが遺跡探索に置いてそれは致命的だ。ニトはミツに釘を刺して置くことを忘れない。
「分かってる……ココノツ、悪いがサティを押さえてくれ、サンジ達も居るからあまり問題ないと思うが、一応こっちの指揮は俺だ。サティだけ見てる訳にはいかない」
サティに万が一が有るとミツは死んでも死にきれない。
「はいよ、まあ何時もの事さ。それにお前はこっちのリーダーなんだ、ドジとウッカリだけは無いようにしてくれよミツ。一応フォローはするけど……」
「まあ俺の方でもフォローはするさ、ミツ、お前は全体を見てくれ、戦闘指揮は俺がする」
サンジもそう言って応える。全てを一人に頼り切ったりはしない。誰かに何かあってもすぐに別の者がフォローする。騎士見習い達は指揮の役割分担も自然に出来るほど成長していた。
「ならこっちはニトが全体指揮で俺が戦闘指揮だな、ニト任せて良いか?」
ハジメも戻って来ていた。ギャンの方針を聞いてハジメはニトに全体指揮を任せる。自分が年上だから全体指揮を自分がする。そんな発想はハジメにはない。歳など関係なく、最も相応しいものに全体指揮を任せる。これが出来るのがハジメの魅力だ。そして頼り切るわけでなく、戦闘指揮は自分がする。当たり前の事を当たり前に熟す。
「あれハジメ達も戻ったの? 良いよ、全体は僕が見るよ、フミ、斥候のメインは任せるよ。僕も一応見るけど、こっちの斥候はフミがメインだからね」
一方全体指揮を任せられたニトも無理をしない。様々な事を考え、判断する全体指揮では思考に意識が集中して注意力が散漫になる。斥候としてそれは致命的だ。だから任せられる者に任せた。
「っ!! っうん! 僕頑張るよ!!」
「肩の力を抜けフミ、明日の予定の話だ。今から肩に力を入れてどうする」
「ううぅだってジュウゾウ……」
「ほら、深呼吸だ」
任せられたフミはジュウゾウと何時ものやり取りだ。この二人は本当に良いコンビになっている。
「あれ? ハジメ達が戻ったって事は……」
だがニトには気が付いた事が有る。そうハジメ達が戻ってきている。
「ん? なんだ?」
ハジメはニトが何を気にしているのか分からない。
「ああぁぁぁあ! 私の獲物! 私の獲物がぁぁ!」
「弓? ああ、サティ、終わったぞ?」
サティの掲げる弓をみてハジメは事情を察した。
「隊長の所為だ!! 隊長が引き留めるから!」
「ふむ、ゴブリンの死骸の片付けも終わったか、まっ、こんな事もある」
サラッとサティの抗議を無視して、ギャンは周りの様子を眺める。『黒狼』部隊の移動準備も終わりつつある。結界石で結界を張り、その中にゴブリンの死体を山と積んで、ゼリースライムを召喚する。その全ての作業が流れる様にスムーズだ。
(ふむ……もう『黒狼』部隊も一人前か……この件が終わったらどうするかな? なんとかこっちに取り戻したいが……エリックから借り受ける事にして、こいつ等のフォローに使えねえかな?)
そもそも、その為に育てたのだが、現状中々難しい。育ったからこそ南方領に今一番必要な戦力だ。
(ゴブリンが終わった次か……クロコ辺りで対人戦をしっかり学ばせるか? あそこなら一般兵のフォローも余り要らん。『ラットマン』と『エイプマン』相手か……もう平気だろ? この装備と成長具合なら、そうそう遅れは取らねえと思うんだが、まあなんにしても一度バーキンに戻るか?)
ギャンは今後に思いを馳せる。確かにゴブリンの指揮官が何者なのか気になる。それに、ゴブリンの上位種が少ない事も不可解だ。だが負けるとは思えない。
(この面子なら正面からゴブリンの大軍、3000匹とやっても勝てる。だがその場合は犠牲者が必ず出る。ここまで育った連中を死なせる? あり得ねえな。誰一人欠けることなく勝つ! だからこその作戦だ。まあ巣穴に篭ってくれたら勝ち確だ。囲まれない限り怪我すらしそうにない……問題はゴブリン以外の何者かだが……こればっかりは慎重にやるしかないな)
ギャンが思索に沈んでいると……
「お汁粉!! 絶対お汁粉!! 今日のお夜食は絶対お汁粉!!」
突然サティが騒ぎだす。お汁粉は一度ギャンが作って食べさせて以来、サティのお気に入りだ。どうやら昼間の『バラエティギフト』が一枚だけだった所為もあり。甘いものに飢えているらしい。それとストレス発散の機会を奪ったギャンに対してお詫びも兼ねてご馳走しろと強請っているのだ。
「サティ、アレは飯じゃない、何方かと言えばオヤツだ」
これから食べるのは夜食だ。余り寝る前に甘いものはどうかと思うのだが……
(まあ、こいつらダイエットが必要ねえから平気か? しかしなあ、昼間クッキーだろ? またお汁粉って、このペースで出してると俺の持っている甘味が直ぐに尽きちまうんだが……どうしたもんかなこの我儘娘は……)
「イヤッ!! 材料まだ一杯有るの知ってるんだから!!」
「……」
又も色物店長から情報が漏れたらしい。
「お汁粉! お汁粉ぉぉ!」
「…………」
「ううっ、おしるぅ……」
サティが半泣きになりながら強請ってくる、しかもその隣で、同じ顔をしてこちらを見つめる甘味モンスターがもう一人……
「…………ああ、もう分かった! そのウルウルは止めろ! 後ニトも! 夜食後だ。良いな? 一人一杯だけだからな?」
両手を合わせて黄色い歓声をあげる二人を見ながらギャンは頭を抱える。
(この我儘娘共の相手の方がゴブリン相手よりも疲れるんだが……気のせいか?)
◇
ゴブリンの巣穴を攻略が始まって、三日目、昨日から巣穴である遺跡に入り込んでゴブリン達を殲滅していっていた。
数多く合った出入口を全て地雷と罠で封鎖、これにはゴブリン以外の存在も考慮して、普通の対人地雷魔法も混ぜておいた。『氷槍地雷』『爆炎地雷』共に通常の物より魔結晶を三倍消費するが、ゴブリンから手に入れた魔結晶が腐る程有るので特に困らない。
それらを設置して、『黒狼』部隊に周囲を警戒させながら遺跡の攻略を進めていく。順調だ、順調な筈だ、昨日だけで800匹近いゴブリンを新たに倒している。幾つか仕掛けられていた罠も順調に解除しながら、奥へ、奥へと歩を慎重に進め、地上部分を捜索し終わり、地下への出入口の階段も見つけ、襲い掛かって来るゴブリンを倒す。
昨日の内に地下一階の部屋の攻略も終わり、さあ今日から地下二階の攻略だと張り切っていた。
しかし……
「隊長!! やはりおかしい! これ絶対変です! 数が……ゴブリンの数が合わない! 倒した、間違いなく倒した筈なのに……」
遺跡内に確保した拠点となった部屋でニトはゴブリン探査用の魔道具をもう一度操作してそれを確認する。
「こっちの計測でも同じだ、隊長、魔道具の故障じゃない! これ絶対ゴブリンが増えてる! しかも半端な数じゃない……」
サンジも自分の魔道具を操作している。そう今この場にある近距離用の魔道具が全て同じ数値、同じ反応を示している。
数が数だ、女性に寄生したゴブリンが生まれた。若しくは地下空間に自然発生したなどの可能性は低い。そもそもこの巣穴には、他の巣穴には割と大勢居た、ゴブリンの子供の反応が少ない。
「なんだ? 既に1800匹程倒しているのに、何故残り1200匹じゃなくて2200匹も居るんだ?」
ハジメも難しい顔をして、腕を組む。計算が合わない、3000匹程のゴブリンの巣穴の筈だ。初日に調べた時は間違いなく3000匹程しか居なかった……そして約1800匹倒した……なのに魔道具はこの巣穴にはまだ2200匹程のゴブリンが居ると示していた。念のため倒したゴブリンの魔結晶を数え直して見たが、それに間違いなど無かった。
「いきなり1000匹……この遺跡は何処か別の遺跡と繋がっていて、そこからゴブリンが転移してきてるんでしょうか?」
ニトがギャンにそう尋ねる。この遺跡の周囲半径20キロにこれほどの数のゴブリンは居なかった筈だ、広域型の魔道具にもそんな反応はなかった。
それに昨日から今日まで、自分達はこの遺跡の近くで野営している。『この遺跡にゴブリンの出入りは無かった』間違いなくそう言い切れる。誰か一人必ず魔道具で監視していたのだ。それだけのゴブリンが巣穴に侵入して探知できない訳がない。
忽然と1000匹ものゴブリンが湧いたとしか思えない。
「転移か……」
誰となくそう呟く、一番可能性の有りそうなのはそれだ。別の場所からこの遺跡内部にゴブリンが転移してきている。
「確かにこの古代遺跡なら、その程度の装置は有りそうだが、それにしたって何処からだ?」
ゴブリンに『転移魔法』が使えるとは思えない。しかし、サンジの言う通り、転移魔法装置は五街地域にだってある。それどころか治療看護師の鳥馬車内部にだってあった。
ならこの古代帝国の施設内部にも転移魔法装置が設置されていて不思議はない。その転移魔法装置をゴブリンか、それを指揮していた何者かが操作し、それを使って遺跡内部にゴブリンを呼び寄せているとしか思えない。
「問題はそこじゃないサンジ、何処からじゃなく、後何匹居るのかだろ?」
ハジメが指摘する。そう問題は何処からこのゴブリン達が転移してきているのかではなく、後何匹倒せばこの戦いが終わるのかだ。1200匹が2200匹になろうと大した問題じゃあない。その程度は、倒すのに掛かる時間が少し増えただけ、後二日で終わったものが後三日に代わった……それだけの問題だ。しかし明日、また1000匹増援が転移して来るのだとしたら……
「このペースで増援が来たら……ゴブリンを殲滅し終わる前にこちらがバテてしまう……」
『ところてん』の罠を使って自動で倒しているわけではない。今回は『雷撃』を使ったり近接戦闘で倒したりと、自分達が直接倒している。
相手は雑魚だ、このペースで倒しても後一週間位は平気かもしれない。だがそれ以上は無理だ……食料の問題もある、疲労だって溜まる。後一週間で撤退するしかない……女性達が捕らえられている可能性が高いのに……撤退する以外に選択肢がない。
南方領では既に10万匹以上ゴブリンを倒している。『セータの大森林』は上空から隈なく探査済みだ。幾ら大雑把な広域型の魔道具でも1000匹もの群れを見逃す事は無い。
『セータの大森林』以外の場所、遠方から転移させているとしても、転移は距離が離れればそれだけ多く魔力を消費する。更にそれを1000匹分だ。消費魔力量を考えても無限に増援が来ることはあり得ない。
しかし、今この状況で今日まで1000匹もの戦力を隠し持って行った。この巣穴が発見され、自分達が巣穴に取り憑いた段階で、そんな風に戦力を隠している様な余裕はゴブリンにはない筈だ。にも拘らず隠していた……では後何匹戦力が隠れているのか……不安……そう騎士見習い達は不安なのだ。
その時ミツとココノツが部屋に戻ってくる。
「どうだった?」
それまで黙って騎士見習い達の会話を聞いていたギャンが二人に尋ねる。
「下です! 恐らく地下三階、ここより下の階に大きな魔力反応が二か所ある。昨日までは無かったものです。一か所は魔結晶炉だと思う、この魔力波動はそれしか考えられない。しかし、もう一か所は魔法装置としか……『転移魔法装置』かどうかは分かりません。しかし、何らかの魔法装置が魔結晶炉からの魔力供給で稼働している。それは間違いない」
先ずミツが報告する。
「魔道具の反応からしても間違いない。その装置周辺だ、増えたゴブリンはその装置周辺に居る。ならその装置が原因でゴブリンが増えたと考えるのが妥当だ」
それに対してココノツがゴブリン探査魔道具の結果と合わせて報告を追加する。
「ふむ、まっ、やることは一つだな。今回は戦力の分散は避ける。魔結晶炉は取り敢えず放置だ。もう一方の魔法装置の場所に行くぞ、騎士見習い達はそこに戦力を集中! 『黒狼』部隊は引き続き探査終了済み領域を守れ! 仕掛けてきたゴブリンを狩るだけ良い。深追いはするなよカーディス!」
報告を受けたギャンに迷いはない。ミツやココノツの報告前に既に方針は決定していたのだろう。
「しかし隊長、その装置の操作方法が分かるのか?」
ハジメがそれを訪ねる。停止させる。言葉で言うのは簡単だが……『もしかしたらギャンは古代帝国の装置を操作可能なのだろうか?』そうハジメの顔に書いていた。
「操作? 壊せば良いだろ?」
「しかし、ここまで状態の良い古代遺跡の装置だ。研究資料としてだけでも価値は計り知れん」
「まあ装置その物を壊さないでも、魔力の供給を止めるだけで装置は止まる、そうだろ? 確かにこの遺跡は状態が良い、だがそれを惜しがって女性を見捨てる気か?」
操作方法が分からなければ壊す。大規模に壊し尽くす必要は無いのだ。魔力が供給されて可動している装置なら、その動力線を切断すれば良いだけ。
◇
この遺跡は状態が良かった。外観の風化の割に、内部、特に地下空間の状態が良い。単に放棄されただけ、人が居なくなっただけの様に、様々な部屋の状態が良いのだ。机や椅子、それ以外にも古代帝国語で書かれた資料など、驚くほど手付かずで残っている。古代帝国の技術を研究している者が見たら涎を垂らして喜びそうな資料の山だ。
それらの資料はゴブリンにとって興味のない価値のない品、故に放置されていたのだろう。何かが有ったと思わしき棚や壁に何かを掛けていたような跡が残っている場所は有るがそれ以外は何も壊れていない、時の流れを感じさせない程の状態だ。
地下に続く扉は何箇所もあり、その全てが何者かによって開かれていた。騎士見習い達が調べた結果、破壊痕が無い事、また魔道具となっていたことから地下への入り口は魔法的に閉じられており、それを何者かが解除して開いた……そう考えられた
地下の部屋の中には何かの研究室だったのか紙の資料やフラスコや試験管、顕微鏡なども残って居る部屋もあった。研究室だったからだろうか? その部屋には魔法的に鍵が掛かっていた。そしてこの遺跡の封印を解いた何者かは、その部屋に興味が無かったためか放置され、ゴブリンには部屋を開けられなかったのか本当に何一つ荒れていない状態だった。
今拠点としている部屋もそうだ、地下一階にある元々は会議室だった様な部屋だ。大きな備え付けの机に、椅子が幾つもあり、丁度集まって話すのに便利だったのでそこ拠点とした。そこでギャンは先ほどまで読んでいた古代帝国語で書かれた資料を机の上に投げ出して出発を宣言する。
「では行くぞ! ミツ、場所は何処だ? 施設の地図が有ったろ? あれでその装置の反応があった付近に最短で案内しろ」
この施設は本当にしっかりした施設だったらしく、案内板らしきものが至る所にあり、騎士見習い達は昨日見つけた研究室で、紙媒体のこの施設の案内地図も入手していた。魔道具の反応からゴブリンの大半は地下三階の広大な部屋に分散している、そこを住処としている様だ。
一行は遺跡の地下に入ってからも、侵入者を撃退すべく襲い掛かってくるゴブリンに、散発的に襲撃されていた。しかし、この施設は余りにも真っ直ぐな通路が多く、物陰らしい物陰が無い、奇襲の出来ないゴブリンは、そこを正面から数にモノを言わせて襲い掛かって来るだけ……『電撃』の良い的だった。偶に小部屋に潜んでいたゴブリンが襲ってくるが、探査魔道具のお陰でバレバレだ……問題なく殲滅している。
昨日の段階では、今日・明日は遺跡の探索を進めながら、地下三階のゴブリンのメインの巣となっている大きな部屋から可能な限りゴブリンを誘い出し、それを殲滅、ある程度数を減らし、明後日位に『睡眠雲』をその大きな部屋全体に放ってゴブリンを眠らせ、『黒狼』部隊と共に一気に部屋に突入。騎士見習い達で上位種を、『黒狼』部隊で通常のゴブリンを狩って女性達を救出という手筈になっていた。
「隊長、それではゴブリンに囲まれませんか?」
ギャンの指示は最短だ。途中の部屋の探索もしないで、一気に階段を駆け降り、その装置が有るであろう部屋付近を目指す。手前に大きな部屋が有り、ゴブリンばかりが1000匹程居る反応が有る。それすら無視するように指示が有る。
「前後を挟まれるくらいなら余裕だろ? それに新たに湧いたゴブリンの反応に上位種は居ない。ここは比較的しっかりした施設だ。洞窟や迷宮じゃあない。罠にさえ気を付ければ特に問題あるまい」
通路は真っすぐだ、少し位ゴブリンが多くても『電撃』で一掃できる。
「自動撃退装置はどうなんですかね? こんな風に魔力供給が復活して何か動きだしたりは?」
部屋の出入り口付近にあったスイッチをココノツが押すと部屋に明かりが灯る。大型魔結晶炉が稼働して施設全体に魔力供給が復活している証拠だ。
「そんなモノは既に稼働中だ。そもそもアレは独立可動だ。それに魔力供給も重要施設には元々されて居る。小型の魔結晶炉は作動してたろ? 地図だと最下層四階か? あの付近には昨日から反応が有った、そうだなミツ」
自動撃退装置はスタンドアローン、独立可動の場合が多い。自動撃退装置は警備装置なのだ、例え魔力供給が断たれても稼働しないと意味がない。ゴーレムなどが良い例で、内部に魔力タンクと魔力吸収装置が付いている。普段は魔力吸収装置で魔力を蓄え、侵入者を発見した場合は蓄えた魔力を消費して侵入者を撃退するのだ。
「ええ、この施設は元々幾つか大きめの魔法反応が有る。一番底の方に何か……何か居る? いや封じられているのか? そんな反応が有る箇所が有る、地下四階付近だな……あの付近には近寄りたくないけど、地下三階までなら平気かな? 昨日地下一階に壊れたアイアンゴーレムが有っただろ? 上層階の自動撃退装置は既に壊されている可能性が高いな。地下三階までなら大丈夫だろう、そうでなければゴブリンが真っ先に襲われている」
そうアイアンゴーレムが破壊されていた。それでほぼゴブリン以外の何者かがこの施設に居る事が判明した。それはその何者かがアイアンゴーレムを破壊できるほどの実力がある事を同時に示していた。その為より警戒して探索していた。
「まあそういう事だ。それよりもその魔法装置を再起動した連中の方が問題だな。昨日まで動いていなかった魔法装置が動いている。これはそいつが魔法装置を操作したって事だろ? この資料を読む限り、ここは古代帝国で植物関係の研究をしていた施設で間違いない」
ギャンの読んでいた資料は植物の育成に関する研究資料だ。肥料について研究していたらしい。
「俺も最下層に何かが居るってのはミツと同意見だが、それらしい事が書かれていそうな資料がない。地図でも機密区画扱いで詳しい事が書いていない。そこはヤバそうだがそれ以外は特に問題はない、この施設は大半が一般区画だからな」
「その再稼働した魔法装置に付いて何か書かれていないんですか? って隊長、古代帝国語が読めるんですね?」
「ミツだって読めるぞ? なにそれは大したことじゃない。でだ、そこの部屋は農業用のプラントとしか書かれていない。大部屋で何か植物を育てていて、その為の何かをする部屋だったようだが……物資や設備の搬入用に転移装置が有るのかもしれんが……分からんな」
「にしても……操作出来ているという事は、連中も古代帝国語が読めるって事でしょ? 何者でしょうか?」
「ちょっと待って? 隊長、ミツ、さっきから連中って言ってるよね? 単体じゃなくて複数?」
「昨日のアイアンゴーレム残骸を見ただろ? アレは一人で壊した物じゃない。一人で壊したんじゃなくて何人かで破壊したんだ、傷の種類が違う、武器の種類が違うって事だ。なら相手は複数だ。
しかも連中はあの出来のアイアンゴーレムを何体も壊している……複数人って事を考慮しても相手の戦闘能力は『オーガ』クラス以上だな……魔法で破壊した痕もあった。アイアンゴーレムが溶ける程の熱量だ……全く中々厄介そうな連中だな」
「ではその何者かは『オーガ』ですか?」
「分からん、アイアンゴーレムとの戦闘痕と破壊されたアイアンゴーレムだけだとな、それ位の相手だとしか分からん。少なくても腕力と魔法力は『オーガ』並だ。油断するなよ? このクラスの相手の攻撃は下手をしなくても一撃食らったら終わりだ」
(ただ地上のオーガは人との争いを嫌う、ゴブリンを使って人と戦争をしようなんて考える馬鹿がいるかね? 下手したら自分達の里が人間に集団で襲われる危険性を理解している。可能な限り人と関わらない様にするのがあいつ等の基本だろ?)
オーガの中には腕白な暴れん坊がいて、偶に人里で暴れる。しかし、今回の相手は複数人だ。そういった分別のないオーガは大体一人だ。だから手下代わりにオークやゴブリンを率いてお山の大将をするのだが……
「あっ……わっ! なんだ閉じ込められた!」
突然、部屋の扉が閉まり、ココノツが慌てる。
「何やってんだココノツ? それは単に扉が閉まっただけだろ? ノブに触ったろ? 多分それがスイッチになってるんだ」
そう自動的に閉まっただけだ。ギャンの言う様にノブにココノツの身体が触れたのだろう。魔力供給が始まり、照明だけでなく自動ドアも動くようになったようだ。
「えっ……それだけ? あっ! 本当だ、もう一回触ったら開く!」
閉まった扉のノブに触れると再び扉が開く。そしてもう一度触れるとまた扉が閉まる。
「お前ら自動ドアも知らんのか? ……まあそうかこの国にはないのか……カーディス、『黒狼』部隊の連中にも使い方を知らせろ。扉が閉まってもあわてるな、あとそこのスイッチは恐らく施錠のスイッチだ」
大ディオーレ王国には自動ドアは無い。五街地域にも余りないが、無いことは無い、商店などに偶に付いている。ギャンはヘルイチ暮らしが長い為、それほど珍しいと思わなかったのだが、よく考えれば、自動ドアなどこの国の人間が知るわけが無い。
「これですか? ん? 色が変わった?」
ココノツがノブの根元のスイッチを押すと、スイッチの色が白色から黄色に変わる。その状態でノブに触れるが扉が開かない。
「施錠の表示なんだろうな、もう一度触ってみろ」
「元に戻った!」
色が白色に戻ってから、ノブに触れると、再び扉が開く。カーディスはそれを確認してからギャンに敬礼すると、部屋を出て『黒狼』部隊の元に行く、この辺りの通路で見張りをしている者と、他の部屋の中で休息している者がいる。彼等に自動ドアの説明をするのだろう。
「やはりそれが施錠だな」
「よくわかりますね隊長」
「同じ人間の作ったものだ、人間に操作出来ない様に作ると思うか?」
同じ人間が作るもの、しかも生活道具だ。誰にでも分かりやすく操作しやすいように作るのは古代帝国でも変わりはない。この程度なら、それが何かを知っていれば説明書など無くても分かる。
「しかし、罠の可能性は無いんでしょうか? 不用意に触れるのは危険では?」
ニトが万が一何か仕掛けられていた場合の心配をする。
「この辺は一般区画だぞ? 侵入者撃退用のゴーレム以外に何か一般区画に仕掛けていたら、危なくてこの施設使ってた奴が生活できないだろ?」
ギャンの言う様にこの辺りは一般区画だ。人々の利便性を第一に考えられて作られている。下手に罠でも仕掛けて施設職員がそれに掛かったら目も当てられない。古代帝国人は馬鹿ではない。その辺はちゃんと考慮して施設を作っていた。
「そんなものなんですか?」
「そんなものだ。何か仕掛けが有るとすれば特別区画か機密区画だ。明かりが点くのなら通路の明かりも点けさせるか? ニト、罠は調査済みだったな?」
古代帝国人は罠などしかけなくても、この遺跡に入り込んだ何者かは、罠を仕掛けているかもしれないので一応確認する。昨日仕掛けられていた罠は床に設置された魔法地雷の罠だけだ。元々何もない通路に、不自然に小岩が転がっており、それで魔法地雷が隠されていた。
明らかにゴブリンが仕掛けたとは思えないそれは、魔法地雷で苦しめられた意趣返しだと思われたが設置場所がよろしくない。閉ざされた部屋の出入り口や、部屋の中に椅子や机で隠して設置すれば、まだ探知漏れで作動させてしまう事も有るのだろうが、これでは誰も掛からない。
(まあゴブリンがウロウロしてるからな、変な所に仕掛けたら、ゴブリンが掛かるんだろうな、『通路の小岩に近寄るな』と命じる位しか手が無いか……)
無能な味方は、有能な敵よりも恐ろしいとよく言われるが、まさにそれだろう。魔法地雷を設置した者の嘆きが聞こえてきそうだ。
「はい、昨日の探索範囲までは全て調査解体済みです」
「ラッセル、アディール、ワーレン、通路にそこの壁に有るのと同じスイッチがある筈だ。押して明かりを点けておけ。ゴブリンも明かりが有ればあまり襲ってこないだろ」
スイッチに罠が仕掛けられていないのなら触っても問題ない。明かりがあっても有利にはなっても不利にはならない。態々『明かり』の魔法で無駄に魔力を消費する必要は無い。三人の各部隊長も部屋を出ていった。
「ほら、俺達も出発だ、行くぞ」
ギャンの号令の元、騎士見習い達が部屋を出る。
◇
ゴブリンを蹴散らし、慎重に、しかし急いでその部屋にたどり着いた一行は、部屋の中で茫然と立ち竦んでいた。
「隊長……これってどう言う事でしょうか?」
ニトが部屋の外を見ながら呟く、他の騎士見習い達も一様に部屋の外を眺めている。
「どうって見たとおりだな」
防音がシッカリしているのか、単に壁が厚いだけなのか、音も振動も伝わってこないその情景は酷く現実感が無い。
「はぁ……見た通り……閉じ込められてる?」
いまも何やらガラス窓を叩いているがビクともしていない。流石は古代帝国の施設だ、頑強さが半端じゃない。
「違うだろ? 扉の開け方が分からんだけだと思うぞ?」
ゴブリン達は元々醜い顔を、ガラス窓に押し付けている所為で更に醜い。
(余り眺めて楽しいモノじゃないだろ? 皆何をそんなに夢中になって眺めてんだ? 珍しいのか?)
「この扉はノブが有りませんね?」
分厚い左右開きの扉にはノブは無い。この小部屋側もそうだが、通路側に有った扉も同様だった。部屋の前の通路を横切った時も、延々通路側の窓に張り付いて何やら騒いでいた様だが、この部屋と同じく音が一切漏れてこなかった所為で、酷く現実感が無かった。目には見えているのに、音が聞こえないだけで、その部屋の中に1000匹ものゴブリンが居るとは思えないのが不思議だった。
「ここは恐らく、研究中の実験サンプルを植えて、それを育てていた、地下の実験用植物栽培プラントだな、どんな植物を育てていたのかは知らんが、一応特別区画扱いだ。部屋の開閉も別手順になっているんだ。ほら壁にパネルが有るだろ? あそこで操作して扉の開閉をするんだろうな」
何やら冊子を読みながらギャンが指し示した壁には少し高い位置にパネルが埋め込まれていた。
「外からしか開かないんでしょうか?」
「中にも似たようなパネルが有ると思うがな? まあゴブリンは背が低い、それでも偶然触れる事もあるだろうが、開閉手順が三段階だからな、偶然で開いたりはしない。それにそもそもそれが開閉パネルだとゴブリンは思ってない。で、ああして俺達が居るのを見て部屋の中で騒いでいるんだろ?」
先程ギャンが確認した限りでは、この扉は三段階の手順を踏まないと開かない。『施錠解除』ボタンで一定時間でロックされる扉の施錠を解除して、『動作確認開/閉』の二つのボタンから一つを選び、『自動開閉動作開始』ボタンで開閉動作を開始する。横に『一時停止』と『緊急停止』ボタンもある。ゴブリンが偶然触れても早々開きそうにない。
「これってガラスですか? 頑丈ですよね?」
壁には所々ガラス窓が設置されていて、分厚いそれは透明だ。パッと見る限りで50センチ以上あるガラスが二重になっている。
(ガラスにも強いガラスが有るって聞いたことが有るが、これがそれか? まあだが、ただのガラスでもこれだけ厚みが有れば強いか? ナイフでガンガン叩いているが傷すら付いてないな)
「もしかしたら植物系魔物の改造もしていたのかもしれんな、部屋の中で暴れてもガラスが破壊されて逃げ出さないように頑丈に造ってんだろ」
古代帝国の実験施設だ。真面な植物の実験をしていたとは思えない、特にここまで厳重にされていると、より一層そう感じる。
「で? この装置はなんなんでしょうね?」
ニトがガラス窓越しに聳え立つ、その大きな装置を見上げて尋ねる。
「ふむ、見て分かるのは『ゴブリン製造装置』でもあるって所だが、本来の目的は別だろうな」
今もその装置は稼働中で、ゴブリンを生みだし続けていた。そう、ゴブリンを製造していた。
「これってどうやって? これ、どこからか転移されているだけって事は?」
ニトの目にもその製造工程は見えている。だが信じられないのだ……まだ転移装置の方が現実味が有る。ゴブリンだって一応命持つ者、生き物だ。それが装置から生みだされる……
「見えてるだろ? あのタンクに魔素が貯まってるんだろ? で、その魔素をあそこで魔結晶にして、下に送ってゴブリンを生成。今はそのままあの……シュレッダーか? あれが動いてないからそのままゴブリンが出てきてるが……」
巨大なタンクを備えたその装置は、ギャンの指し示すように、魔素が吹き出して、魔結晶を発生させる部分が上の方にあり、魔結晶は生成と同時に下に落下、次の工程では魔結晶を中心にゴブリンが生成され、生成の済んだゴブリンは巨大な二本のローラーの上に吐き出されている。
今はローラーは全く動いておらず。そのままローラーの上を歩いて、装置から飛び降りると地上にいる仲間のゴブリンにまぎれている。
「あれ……シュレッダーですか? ゴブリンのミンチ製造機に見えるんですが……」
溝が刻まれ反対側のローラーと重なり合っている。あれが回り始めたら、間違いなく生みだされたゴブリンはミンチとなってローラー下部から吐き出されるだろう。そう見ただけでそれが分かる位あからさまな目的を持ったローラーだ。
「そうだろ、あの形状だぞ? あのローラーが回り始めたら、あの生成されたゴブリンがそのままミンチになって下に溜まるんだろ」
「これって……」
「ゴブリンで肥料を作ってたんだろうな」
ギャンはアッサリそう告げる。生みだして直ぐに潰して肥料にする。そこに命の尊厳は欠片も存在しない。死ぬために生み出される命。この装置で磨り潰されるゴブリンの寿命は2・3秒だろうか?
「あっ…………やっぱり」
ニトにだって分かっていた、そう見たら分かる。どう考えてもこの装置はゴブリンを生みだす為の装置ではなく、ゴブリンを利用する為の装置だ。
「他にねえだろ? ここは植物を育てる為のプラントだ。この装置が全体で肥料生成プラントだったんだな」
そう……今は一部だけ、ゴブリンを生みだす行程だけ稼働させているが、この装置の操作室の小部屋には、他の装置を稼働する為のパネルが、魔力の通った状態で設置されている。ボタンさえ押せば何時でも稼働できる。それほどパネルのボタン数は少なく。パネルの表示は分かりやすい。ボタン一つ一つに何のボタンなのか分かる様にシンプルなイラスト付きだ。
「はぁ……態々ゴブリンから肥料を?」
だが何故ゴブリンから肥料を作るのかがニトには分からない。ゴブリンを作り出すのが無駄な一手間思えるのだ。錬成するのなら、直接肥料を作った方が早い気がする。
「まあここは地脈の合流地点みたいだし、魔素は大量にある。ゴブリンの生成は何か適当な土でも周囲に有ればいいからな、それと魔素で合成していくって所か? 土くれから肥料を合成するのに、このゴブリンの生成を利用した方が直接錬成するより魔力消費量が少ないんじゃないか? 魔物の生成の仕組みを利用しているからな」
「今だに魔結晶炉が動くのも不思議だったんですけど……魔結晶を魔素から生成できるんですね、魔結晶炉の方にもこの魔結晶生成装置は付いていそうですね」
古代帝国の技術力も万能ではなかったようだ、態々魔結晶にしてから使用しなくても、そのまま魔素を魔力に変換した方が効率が良さそうなのに、一旦魔結晶を生成してから魔結晶炉で魔力を取り出している。余計な一手間に思えるが、その方が効率的だと判断されたのかもしれない。
「だな、あと変わっているのはゴブリン生成の工程だな、最初から受肉した状態は中々珍しい。どんな仕組みか分からんが、まあ何とも、合理主義? ゴブリンを憐れむってのもなんだが……古代帝国の『貴族』にとって他の人間は蛮族らしいからな、ゴブリンは単なる肥料って事なんだろ」
普通発生型のゴブリンは死ぬと魔結晶を残して魔素に分解する。しかし、これは肥料を作る為の装置だろう。魔素に分解したのでは肥料にならない。恐らくどうやってか、最初から受肉した状態で発生させているとギャンは予測した。
「これ、どうします? 壊すんですか?」
装置は今もゴブリンを製造中だ。これ以上ゴブリンを増やさない為にも、停止させなければならない筈だが……
「パネルを見る限り、操作方法は単純だな、それにあそこに作業用っぽいアイアンゴーレムが有るだろ? 装置の横にマニュアルが有ったんだが、これを見る限り、あのゴーレムは装置から逃げ出したゴブリンを捕まえて、あの装置に放り込む役目っぽいな。見てみろここにイラスト付きで解説してある」
脚が四本に手が六本もある何とも奇妙な形のアイアンゴーレムが部屋の中の装置の隣に四機も駐機している。特に壊れた様子もなく、ゴブリンに集られて、多少汚れているが、今にも動き出しそうに見える。
地下一階にいた自動撃退装置のアイアンゴーレムはもっと甲冑の騎士の様なスマートな人型だった。それと比べたら、このアイアンゴーレムは作業用に見える。
またこのゴーレムは地下施設内部に湧いたゴブリンを回収する役割も担っていた様だ。魔素の溜まり安い地下施設だ。偶にゴブリンが自然に湧いていた様だ。それも回収してあの装置に放り込んでいたらしい。
「分かりやすいですね、このマニュアル。文字は読めなくてもイラストだけで大体わかる」
ギャンから手渡された冊子をニトはパラパラ捲ってみる、全頁イラスト付きのフルカラーなので、文字が読めないのに何を説明しているか分かる。デフォルメされたゴブリンや装置、それにゴーレムなどが描かれ、大変分かりやすい。古代帝国語の教科書に出来そうな完成度だ。
「ミンチにした後は乾燥させて粉にして、武具の欠片とかの不純物を分離したら出来上がりか……」
冊子の内容とパネルの情報を照らし合わせながらギャンは操作方法を確かめる。冊子自体はニトからミツに手渡され今度はミツが読んでいるので手元に無い。だが、あの程度の内容なら一度見ただけで覚えている特に問題はない。
冊子にはミンチ後の工程も詳しく書かれている。更に『魔結晶入り高級肥料で豊かな実りをお約束』との文言も踊っていた。
(まあミンチにする際に一緒に魔結晶事砕くんだろうが、魔結晶が入っていると実りが良くなる? ふむ、興味深い)
「隊長? 何考えてるんですか?」
「ん? まあ一度全部稼働させてみるか? あのゴーレム達が動き出したら、少なくとも部屋の中のゴブリンは全部アレが始末してくれるだろ?」
ギャンは全ての装置を稼働させ、この装置本来の役割を果たさせようとしていた。特にこの装置から作り出される肥料に興味があった。
「あのゴーレム、人間まで襲いませんか?」
ニトはどう考えても碌なものじゃないこの装置を稼働させようとするギャンを思いとどまらせる為に、リスクを指摘する。
「こっちのイラストにゴブリン以外は襲わないから安全ですって書いてるぞ? 魔結晶の反応で区別してるみたいだな。なるほど、実験サンプルを引っこ抜かれても敵わんから、識別装置も付いているんだな」
古代帝国のゴーレムは優秀だった。魔結晶の有無だけでなくその種類まで判別、ゴブリンだけをあのローラーに放り込むようだ。手が多いのはより多くゴブリンを捕えるためだろうか?
「けど何故装置は大部屋の中なのに、操作パネルがこの小部屋なんでしょう?」
ニトは諦めた……ギャンは他はまあ普通なのだが、グロに対する許容値が異常に高いと言うか、知的好奇心を優先させ、グロを気にしない傾向がある。特にゴブリンに関しては『ゴブリンハンバーグ』や『ゴブリンソーセージ』また『ところてん』でもそうだったが容赦がない。
ニトだって散々女性達が悲惨な目に合っているのを目にしているから、ゴブリンを容赦する気は一切ないが、グロい物はグロい……話題を逸らして考えないようにした……
「だから中で植物系魔物でも育ててたんだろ。そこに操作パネルとか危なくて置いておけないだろ? 装置自体も、ああしてゴブリンが逃げ出す事が有ったから、部屋の中に入れて、逃げても閉じ込めて平気なようにしてたんだろうな」
「ねえ隊長……」
「何だサティ?」
「これ作動させたらグロくない? グロだよね?」
サティはまだ諦めていなかった様だ。ニトは心の中でサティを応援する。ギャンは何のかんの言ってサティに甘い。まあニトは気が付いていなかったようだ……ギャンはニトにだって甘いのだと言う事を。
「だがゴブリンの始末は楽になるな、それにゴブリンの肥料ってお土産が大量に手に入る。一度『肥料玉』とこの肥料と、どっちの方が植物の発育が良いのか比べて見たいところだな」
この肥料プラントは設定さえすれば肥料を袋詰めまでしてくれる、『収納魔法』に幾つか入れて持って帰ろうとギャンは考えていた。
「うぅ……」
サティが凄く嫌な顔をしているが構わずギャンは話を続ける。サティとしてもグロいから意外に理由は無い。それで止められないとお手上げ状態なのだ。『ゴブリンが可哀そう』そう言えたら、もしかしたらギャンを止められるのかもしれない。しかし、実際に女性を治療したサティには、ゴブリンに対するそんな慈悲の心は欠片も無い。
「まああのゴーレムが故障している可能性もある。四機か、どれか一機で良いから動いて欲しいが? ん? これがゴーレムの状態か? 魔力は四機とも満タンか、ならやってみるか、特に異常は表示されていない」
ギャンはなんだかはた目には新しい玩具を手に入れて、ウキウキとそれを動かす準備をしている様に見える。騎士見習い達は全員ドン引きしているが気が付いていない。
「ねえ隊長、部屋に戻って良い?」
ギャンは止まらない、それは諦めた。しかしせめてこの場にだけはいたくない。そんなサティの願いは……
「外には別のゴブリンが居るだろ? ほれ見てみろ、部屋の前に沢山きてる。まあ皆で纏まって部屋に帰った方が安全だ、ちょっと待ってろ」
あっさり不許可になり、そしてギャンはリズミカルに全てのパネルの稼働スイッチを押していく。
「ああぁ……押した! 隊長躊躇いなく押しましたね!!」
そう押した、本当にあっさりと、何の躊躇いも無く押した。
「おお、動き始めた! ローラーは順調、ゴーレムは? おおっこっちも全機可動中! 優秀だな古代帝国の魔道具は、何百年も経ってるのに普通に動くのか!」
順調に稼働し始めた装置を前に、ギャンは一人ご満悦だ。
「あああぁぁぁ」
「うわぁぁぁぁ」
「うううぅぅぅぅ」
これで音が聞こえていたらと思うと……
目の前で繰り広げられる光景は音がしないだけで、酷く現実感が無い、だからまだ耐えられる。
ゴーレムたちは容赦なくゴブリン捕まえて、装置に放り込んでいく、泣き叫び逃げ惑うゴブリン達を、大きな図体なのに意外なほど機敏な動作で捕らえて行く。捕らえる際に少し位潰れてもゴーレムは全く意に介していない。そんな意思を持っていない、また細かい制御は出来ないし無駄なのであろう。本当に無造作に掴み上げて骨が砕けようが手足が折れようと関係ない様だ。まあ全てミンチに代わるのだからそれで良いのだろう……
「ふむ、問題は無いか、これで明日朝位まで放置してれば、この追加の1000匹は肥料になって片付くだろ。ミツ扉の前のゴブリンを眠らせろ、その後ここを出たら一度上に戻るぞ。それでミツ、全員退出したら全力でこの部屋を『施錠』しろ。誰かは知らんが連中に操作をされて稼働を中断させられては面倒だからな」
また何者かがこの部屋で余計な操作をしない様にギャンはこの部屋を封印する心算だ。ミツの魔力で全力で『施錠』した部屋を、オーガ程度の魔力では『解錠』出来ない。ただし『施錠』したミツ本人と、その解除キーを知っている者は簡単に『解錠』出来るので問題ないだろう。
「うっぷっ……了解しました。今後どうします?」
大部屋の惨状は中々に胃に来るものがある。
ミツでさえ少し戻しそうだ。
「取り敢えず戻って飯食ったら、地下二階の掃除だな。居住区画みたいだから大して何もないと思うが、部屋数が多い。また手分けして探査、制圧する」
騎士見習い達は、もう隣の大部屋を見ない事に決めた様だ。これから出て行く通路側の出入り口に注目する。だが通路側にも動きがある。大場屋の中で繰り広げられている惨劇は、通路側のガラス窓からも見えている。それに恐怖したゴブリンが逃げ出していた。
しかし、それでもこの光景を見た後で平然と昼食の予定を話すギャンに……
「ご飯……食べたくないなぁ……」
「吐くかも……」
ニトとサティは小さく呟いた、元々食が細いのに、これでは一食抜かないとダメだ……恨めしそうにギャンを睨む。
「はぁ、いい加減慣れろお前ら! それに色々判明しただろ? 今回の災害を引き起こした厄介な装置だが、これはこれでこの辺りの魔素を減らしてくれて、他の魔物の発生率も下がる。正常に稼働している限り、問題は無い。可能ならある程度の……鉱山町が完成するまでは稼働させたままの方が良いかもしれんな」
「今回の……なる程、ここでゴブリンを製造して今回の大軍を用意した。って事ですか?」
「この装置だとゴブリンだけしか製造できないからな、だから上位種が余りいなかったんだ。それに異常な数も説明がつく、魔素の貯蔵量にもよるのだろうが、一日で1000匹も製造できるんだ。あの10万匹の元はこれだな」
「ここで製造したゴブリンで周囲のゴブリン達の群れを統合していったって所ですかね?」
「森の中に他の魔物が少なかったのも、ゴブリンが暴れていた所為だけじゃなくて、ここで魔素を消費していたから魔素が少なかったんだろう。今回の災害を引き起こした馬鹿には鉄槌を食らわせてやるが、道具に罪は無い。この装置は今回の災害からの復興に必要になる。今度はこちらが精々利用させてもらうとしよう」
肥料の出来によっては今回の災害で落ちた収穫量の補填が出来るかもしれない。肥料に魔結晶を混ぜる発想は今までに無い画期的なものだ。
それにこの施設の魔結晶炉の稼働も続けたい。魔素を容易に消費しながら魔力供給出来るこの施設の魔結晶炉は非常に都合が良い。
「隊長、ですがこの施設の地下には何か居ますよね?」
ニトは一応念押ししておく。
「だろうな、だが、この装置の有無はその件とは関係がないだろ? 封印なんてものは解けるときは解ける。気にするだけ無駄だな」
ギャンは利用できるモノはトコトン利用する。そして考えても無駄な事は考えない。
(成るようにしかならん、それに封印なんざ何れ解ける。それが今か百年後か千年後かは知らねえが、今解けたって、やることは一つだ。なら気にするだけ無駄だな)




