第135話ちょこっと外伝『少年はモノから人に成れるのか』ゴブリン討伐編④
『セータの大森林』
この森はブルンガリ平野の南に続く恵豊かな森だ。豊かな森の恵みは生き物を育み、人々に生きる糧をもたらす。
しかし同時この森は魔物にも糧を与え育てる……
大ディオーレ王国は長年に渡り、豊かな穀倉地帯に続くこの森の北側に開拓村を設け開発してきた。だが……まだまだ耕作可能な土地はブルンガリ平野中央に幾らでもある。態々手間を掛けてまで森の木々を伐採して耕地を拡げる必要はなく、開拓村でも耕地は森の北側、ブルンガリ平野に向かって拡げていた。そう、本来なら森付近に開拓村を設ける必要は無い。
ならば何故そこに開拓村を設けるのか?
開拓村を平野への魔物の侵入を食い止める為の人身御供にしているのだ。森で発生した魔物に対し、先ず開拓村を襲わせる事で、魔物侵入を報せる鳴子とし、また、魔物が開拓村を襲い、それを貪る事に夢中になっている間……魔物を開拓村に足止めし、魔物に対抗する討伐軍を準備をする時間を稼ぐ。その為の人身御供、生贄だ。
開拓村が犠牲になる事によってブルンガリ平野の中央の町が守られ、穀倉地帯が守られる、結果として最小の犠牲で魔物の穀倉地帯への侵入を防ぐ。そんな目的の元開拓村は設けられていた。
この事実は開拓村の村民には知らされていない。誰が好き好んで人身御供、生贄になるだろう。彼等は何も知らされる事なく、与えられた土地を耕し、森の恵みを採取し、幸せな明日を夢見て日々を過ごす、そこには人々の営みが確かに存在していた。
開拓村の村民も馬鹿では無い。森の魔物に対応すべく、結界や柵で村を守り、魔物に対抗すべく弓や鉈、斧などの武具を備える。各村の村長の家には鳴子の役割とも知らず、砦へ魔物襲来を告げる信号を発生させる魔道具も備えている。
それに少数の弱い魔物で有れば開拓村の村民だけでも撃退出来る。彼等は軟弱な町人ではない。日々肉体労働に精を出す、ある意味鍛えられた、逞しい人々だ。狩猟なども行なっている彼等は町人出身の一般兵よりは遥かに強い。
国も『セータの大森林』の魔物のブルンガリ平野への侵入を防ぐ為に砦を築き、兵を常駐させている。そう、主たる目的はブルンガリ平野への魔物侵入を防ぐことで、開拓村の防衛の為ではない。しかし、それを誰も喧伝しない。付近の開拓村の村民は誰も知らない。砦に詰めている一般の兵士も知らない。
開拓村の村民が、いざという時には、砦の兵士達が助けてくれると、勝手に勘違いして、安心しようと、その勘違いを誰も正さない。それに魔物が発生し、それを討伐可能で有れば、砦の兵士達は実際に魔物を討伐し、魔物から開拓村を救ってきた。
砦の兵士達は討伐出来る魔物を討伐しただけ、その結果として開拓村が守られただけ、決して開拓村を救ったわけでは無い……だがその事実を知る者は極一部……上層部の人間のみ。
それ故に彼等は逃げ遅れた……今回も大丈夫だと、今回も平気だと、自分達でも対応可能……最悪それが無理でも頑丈な建物に立て篭もり、暫く耐えれば、砦の兵士が助けに来てくれる……そう思い逃げなかった……それが思い込みとも気付かないで……
そもそも何故、不便で危険な開拓村で村民の彼等は生活するのか?
彼等は農家の長男以外の男子、次男や三男など親からの農地が継げない者達、町の町人達の長男以外の男子、次男や三男など家を継げない者達、そんな色々な所であぶれた者達だ。
彼等には村や町に住む場所が無い。だから開拓村で暮らす。住んでいた村や町で城壁が拡張され耕す畑や住む土地が確保出来なければ彼等の住む場所は村や町には無いのだ。
また、職人の様に腕だけで食べていける者は流れの職人になる事だって出来るが、彼等にはそれが無い、国の募集に応じて、畑を耕し作物を育てれば、取り敢えず食うに困らない。だから開拓村の村民になるしか無い。
更に農奴出身者も多い。この国では親が農奴でも子は違う。性奴隷で有れば、性奴隷とその主人との間の子は、その性奴隷の主人のモノだ。しかし、農奴同士間の子は、その農奴の主人のモノではなく農奴の夫婦のモノで、それは育てば国に買い取られ、買い取られた子供は農奴から解放されて開拓村に送られる。
それに農奴はある程度働けば解放される。この国の農奴は様々な理由から奴隷に堕ちた借金奴隷だ。豪農に買い取られ、買い取った金額の最大三倍。規定額まで働けば解放される。
これはそれを目指して懸命に働かせる事で生産性を上げる目的もある。解放という餌をチラつかせて農奴にやる気を起こさせているのだ。
ただ彼等は解放されても生きる糧を稼ぐ術が無い、それ故に彼等は殆どが開拓村の募集に応じて開拓村の村民になる。
またそんな彼等の元に嫁いだ女性達もあぶれた者達だ。町人の家や農家で生まれた彼女達は口減らしも兼ねて、器量の良い者以外は開拓村に嫁に出される。この国は見た目が全て、器量の良く無い者は普通の村や町では嫁ぎ先がないのだ。
更に女性の借金奴隷の場合、器量が良ければ性奴隷、悪ければ農奴だ。農奴となった彼女達に取れる選択肢は農奴の嫁になるか、農奴として働くかだ。
この場合もある程度働けば解放される。また子供が出来れば、その子を国に売ってその代金で解放される事も多い。彼女達も解放された後は開拓村に行く事が多い。
そして年嵩となった性奴隷も、解放されて開拓村に嫁に行く事が多い。開拓村では年嵩であろうと器量の良い元性奴隷は、子供さえ産めれば需要が多い。
そう彼等は多少の危険を承知で、しかし、開拓村で暮らすしか無い人々だ。
無論全ての開拓村の村人がそうではない。二世・三世と世代を重ねた開拓村も有る。開拓村出身の彼等の子は開拓村の村民となる場合が多い。
その様に開拓村の村民の供給は常に有り、開拓村の村民自体も子を産み育て増えていく。だが何事も限界がある。人の供給も、世代を重ねる事による人口増加も限界が有る。
今回、国もイタズラに彼等に犠牲を強いた訳ではない。いや、国ではなく、『ブルンガリ』領主代行の『黒剣騎士団』大隊長、エリック・フォン・バートレイ準男爵は、今後に備えて開拓村の村民に逃げるように布告を出し、村民の犠牲を抑えようと最大限努力した。
彼等を慮った訳では無い。今回は既に鳴子の意味がない、足止めの意味がない。故に『人材』の損失を防ぐ為に最大限努力したのだ。
大ディオーレ王国の南方領、ブルンガリ平野全体の人口は約120万人、中央穀倉地帯の開発も常に続けられているが、西方や東方に比べ発展途上で人口が少なくい。また人口における職種の割合はその殆どが農業、酪農業だ。
その内、開拓村と呼ばれる辺境の村の人口は約18万人、今回の『ゴブリンの大軍による北侵』に対して、避難して無事だった者が約7万人、ただこの避難してきた者の内、男性で労働可能な人数、働き盛りの人数は約3割、2万人程だ。避難してきた者は、老人や子供、それに女性が多い。
更に出身開拓村の構成が、その結果に拍車を掛ける。今回避難してきた者は、比較的新規の小さな開拓村が多い。大きな開拓村の者は、下手に自分達の村の備えに余裕と自信が有った為か逃げ出さず、被害を拡大していた。
◇
バァンッッ!!!
「11万人だ!! 11万人だぞ! これほどの数の人材を何処から補充できる! 無理だ……南方領域の開拓村は……終わった……」
エリックはブルンガリの領主館で、執務室の机を叩いて激情を吐き出す。上から何度も無理難題を押し付けられた。そして何度も無理を推してその無理難題に対応してきた。しかし、今回ばかりは無理過ぎる。
各地から上がって来る今回の被害を纏めた報告書により、被害の詳細が判明すればするほど、頭を抱えたくなる。
「ギャン中隊長から、ミスリル鉱床の発見が報告されております。暫くはそちらで……」
彼の前に並んで報告していた参謀がそう意見を口にする。確かに今回ミスリル鉱床が見つかったのは僥倖だ。絶望的な状況下で唯一の光と言っても良い。しかし……
「私だって報告は読んでいる! あれで難民の生活の手当は出来るだろう……しかし!! 『セータの大森林』からの魔物の北侵に対する第一防御線が完全に崩壊してしまった……再構築に何十年かかる? ……そもそも再構築など出来るのか?」
報告されたミスリル鉱床は、避難してきた難民に、生活の糧を与えるだろう。新たにミスリル鉱山が開発され、その鉱山町が建設される予定だ。避難民はその町の建設の労働力として仕事が出来る。
だがそれだけではダメなのだ。
それで避難民は助かるかもしれない。だが崩壊した防衛線の再構築にそれは一切寄与しない。寧ろ仕事と住処を得た避難民は開拓村に戻る必要が無くなる。
しかし、開拓村は必要なのだ。この広大な平野を防衛するには、兵士だけでは人数が圧倒的に足りない。
「ブルンガリ平野全体の魔物による被害が拡大しそうですな……」
最小の犠牲で、最大の効果を上げてきた、開拓村という人身御供が無くなったことにより。魔物の被害を防止する防衛線の一つが壊滅してしまった。
砦による防衛線は穴だらけだ。その隙間を埋める開拓村があってこそ、その防衛線が生きる。
エリックは、この開拓村のシステムを知った時、それ生みだした遥か昔のこの国の役人の事を、人の情の無い冷血漢かと疑ったものだが、実際に機能してその効果が実証されると、その有難さが身に染みて分かる。
今回の『ゴブリンの大軍による北侵』は、この国の開拓村システムが無ければ、この程度の被害では済まなかった。ブルンガリ平野にある町や村全てに壊滅的な被害をもたらしていた可能性がある。そうこのシステムは11万人を犠牲に残り109万人を救ったとも言えるのだ。
それだけに事態が収束後は、速やかに防衛線の復旧の必要が有る。有るのだが……開拓村の復旧は絶望的だ。一度魔物の襲来で滅びた場所に、同じように人が戻ることは無い。次に何かあれば、死ぬのは自分だ。そんな事くらい、学の無い開拓村の村民だって分かる。
(強固な城壁に囲まれた開拓村……そんなものは在りはしない! 精々が魔物避けの結界と塀、柵で村を囲む位だ。そしてそれが役に立たんことを今回実証した。少数のゴブリンの群れ程度は防げても、大きなゴブリンの群れは防げん! 村の穀物倉庫、石造りの頑丈な建物に籠城したところで気休めにもならん! 砦は魔物に囲まれれば自分達だけで手一杯、開拓村に救援に駆けつけたりなどせん!)
そう、明らかになった。今まで勘違いを元に仮初の安全を信じていた開拓村の村民に、それが偽りの安全だったとバレてしまった。彼等は死地である開拓村には戻りはしない。
数を絞って、防御を固めた開拓村を幾つか復興する。
(どこにそんな金がある!! 石造りの塀を! 城壁を築くのにいくらかかる! 何年かかる!! 魔物の襲撃に怯えながら、森の近くでそれを行う? 現実的ではない! かつて砦を築くのにどれほど苦労したか……今それだけの事を行う余力はない!)
八方塞がりだ。資金も人材も資材も全てが不足し、時間すら与えられていない。
「ギャンは何と言っている……?」
エリックが尋ねる。参謀たちにも既に意見を求めたが、彼等は明確な答えを返せなかった。状況は絶望的、資金も無く、人材も無く、資材も無く、時間も無い。エリックが縋る相手はもうギャンしかいない。
『あの男なら何とかしてくれるのではないか?』
そんな英雄に縋る様な行為は、仮にも騎士団から南部を任されたエリックに取って恥だ。だが恥や名誉など構っていられない状況だ。それに既に彼には何度も縋り助けられている。今更だった。今更恥や名誉などどうでも良かった。兎に角、対応策を、何らかの手を打たねばならない。その事だけは分かっていた。
「ハッ! 『自分達でちったあ考えろ!』で有ります!」
こんな身も蓋も無い報告を年若い参謀に伝えさせるギャンに、エリックは苦笑いが漏れる。この参謀もこの報告を伝えるのに迷ったのであろう……顔には緊張から脂汗が浮かんでいる。
(ギャンに一言一句違えるなと命令されたか? ……全く可哀そうな事をする)
「…………なっっ!?」
「我らも遂に見捨てられたか……」
「しかし……しかしですな!」
「だが無理を言うものではあるまい」
「左様、今のこの状況でさえギャン殿が居なければあり得なかった」
「ブルンガリの穀倉地帯が守られたのだ、文句はいえん」
あんまりなギャンの言い分を聞いても、他の参謀に余りギャンを悪く言う者はいない。これ迄の実績がそれを言わせない。それ程の実績をこの短期間にギャンは示していた。
「静まれ! 続きは? それだけではあるまい?」
参謀達の騒ぎを鎮めたエリックが、報告した参謀に先を促す。
「ハッ! 『ブルンガリ平野全体の人口はまだ102万人も無傷で残ってるだろ? 活用しろ! 訓練しろ! 武器を与えて自警団を組織させ魔物を狩らせろ。戦闘可能な男子だけでも最低24万人はいる。4班に分けて自警団任務は1週間の交代制にして、弱い魔物からでいいから狩れ!』との事であります」
「……一般人を戦わせるのか!?」
「それに開拓村の農作物の収穫の減少分を補う意味でも、農業を疎かには……」
「確かに……それでは農業は? 酪農は? 交代制……行けるのか?」
「……だが一般人は魔物を恐れている、一般兵を見ろ! 使いモノに成らん!」
「武器と言っても……どうなっている?」
「『L・L』から大量に入ってきている、数は何とかなると思うが……既に購入資金がない」
参謀たちは無能ではない。これでも選ばれ教育されたエリートだ。ギャンの提案に対してその実行の可能性を瞬く間に検討する。
「更に続きがあるのではないか?」
だがエリックは、ギャンが参謀たちが考えるような問題点を見逃している様には思えなかった。
「ハッ! 『武器は各自に購入させろ! 最悪鍬や鋤で構わん! 魔物を倒せばその素材が売れる。その金で武器を購入させろ! 但しこれだけは保証してやれ、自警団での戦闘中の怪我は国が責任を持って治療するとな! クラリス達、治療看護師は救出した女性患者のリハビリやケアを含めて暫くブルンガリに滞在させる。その間に別の治療看護師を手配しろ、バーキンと直通になったんだ他の治療看護師も呼べるはずだ! 彼女達が治療するから大丈夫だと保証しろ! それだけで戦えるように成る! 『黒狼』で実証しただろ?』以上で有ります」
バーキンに有る修道院は、クラリス達の居る修道院だけではない。多くの貴族が多くの高級性奴隷を育成している。引退した高級性奴隷もそれに比して多い。バーキンとブルンガリ間の直通街道が通行可能になった今、他の修道院の治療看護師を雇い、護衛し、このブルンガリまで呼び寄せる事は可能だ。
「クラリス殿達、治療看護師を暫く残して置いてくれると! ありがたい!」
「治療薬も『L・L』と『五街地域』からだったか供給されていたな?」
「24万人か、各町、各村で4班制にして魔物を狩れば少なくとも常時6万人が魔物を狩る様になるのか?」
「訓練か……復帰した騎士のリハビリを兼ねて、教官に赴かせますか?」
「それも良いな……いや、それしか有るまい。少なくとも今砦の兵の人員は割けん!」
「砦の資材の備蓄状況はどうなっている? 今までの支給品の武器が余るのでは無いか? それも当面貸し出したらどうだ?」
「治療看護師殿か……救出した女性の状況は?」
「治療中、リハビリ中の者を含めて1587名が救助されております! 既に半数近くが欠損箇所の治療も終わり、リハビリ中、残りの者も後2週間ほどで治療終了予定となっております。又、死亡者の内、1089名は『五街地域』に送られ『蘇生』予定との事です。その内、既に257名が『蘇生』済みと報告されてます。ただし彼女達は、本人による『蘇生』費用弁済の為、今後5・6年は彼の地に留まるとの事です」
(『蘇生』がこれ程気軽に行えるとは、彼の地域はやはり異常だ……どれほど神々に愛されていればそんな奇跡がそれだけ行える?)
現在のこの国の神官では絶対に無理な事を易々とこなしている。偉そうに威張り散らし寄付ばかり強請るこの国の神官との差に絶望する。
(だがまあ良い……『蘇生』した彼女達に関してはギャンが責任を持つと言っている。治療看護師並みに育てるとの事だったが……1089名も?)
ギャンは『蘇生』した女性達を全員教育して送り返すと伝えている。全て見習い冒険者にするつもりなのだ。
(本当なら当てにならん神官の代わりになる。それに身体の弱い治療看護師殿の助手だって勤まるかもしれん。これ程有難いことは無いが……ギャンの事だ、また上層部と賭けでもしたのか? ギャンの連戦連勝で流石に上層部のジジイ共の財布も空だろうに……)
助かった命がある事は大変喜ばしい。しかし、助かった命があると言う事は助から無かった命があるという事だ。
「他は……全滅か……」
『蘇生』で助かった命が有ることは本当に僥倖だが、それはごく一部だ。犠牲者11万人の内半数が女性として、その内助かったものは3000名に満たない。残り約52000人の女性は今回の災害『ゴブリンの大軍による北侵』で犠牲になり灰となって消えた。開拓村の村民の過半数が死んでいる。それは軍隊では全滅と呼ばれる犠牲者の割合だ。
「現在攻略中の、敵ゴブリン最後の巣からも女性が救助されるものと思われます。最終的な救助者は3000名付近では無いかと予測されております……」
「これも不幸中の幸いか、で? 彼女達は復帰できそうか?」
「日常生活、農作業などは問題ないかと……ただ、心の傷が深く、治療看護師殿は出産と幼い子供に関しては、数年単位で様子を見る様にと……」
ゴブリンに囚われ、あの忌わしい魔物に良いように嬲られる……大人の女性でも辛い、耐え難い屈辱だ。人としての尊厳を徹底的に踏みにじられる。まだ精神的に未成熟な子供の耐えられるようなものではない。
「ゴブリンは、オークと違って、帰還率が0%なのがせめてもの救いなのか……いや不幸なのか……折角助け、治療した命だ、自殺だけはさせない様に、無理をさせるな!」
オークに襲われた場合、男性は殺されるが、女性はオークに大事に囲われる為、助け出しても女性自らオークの元に戻る帰還率が高い。オークはゴブリンと違って清潔なのも女性受けが良く。女性は一生大事にされることが確定している為、救助されても差別され生き辛い人間社会より、オークと暮らした方が遥かにマシとの理由でオークの元に戻ってしまう。
その点ゴブリンは徹底的に女性を拷問し犯す。しかも汚く臭く、扱いも酷い。ゴブリンの元に戻る女性は皆無だ。ゴブリンに凌辱され、人の世を儚んだ女性も、ゴブリンの元に行かずにオークの元に逃げ込む事の方が多い位だ。
今回助かった女性達はギャンが湯水の様に資金を投入して治療している。その治療費の大半をギャンとその部隊で賄ったという驚愕の事実も有るが、それは取りも直さず、残りは国庫から支出された事になる。
エリックとて、こんな事は言いたくは無い。しかし、彼女達には国が掛けた資本、その価値があった事を示す義務があるのだ。
「治療看護師殿が施術で、心の方もケアしてくれているとの事です。改善の兆しが見られる者も居るようですので……」
一般の治療看護師に、ここまで知識と技術のある者は居ない。『手当』『回復』『治癒』これらが使えるだけでも優秀とされる。更にちょっとした手術が出来れば一流だ。
だが今回ギャンと共に来たクラリス達、治療看護師は手足の欠損を治療する手術や、あらゆる拷問による負傷を、奇跡の様な手腕で手術、治療して見せた。その上、心の傷の手当までしている。優秀どころの騒ぎではない。
手足の欠損は単に『部位欠損回復ポーション』を使えば治るものではない。適切に傷跡を処置したのちにポーションを使うのと、そうでないのとでは治り方がまるで違う。
また、目や内臓などの治りにくい欠損も、彼女達は癒している。その欠損修復部位と元の身体との接合部の綺麗さは特筆に値するものだ。少し日に焼ければ傷痕の見分けが付かないなど普通あり得ない。
元々、治療看護師の信奉者の多い実戦経験豊富な『黒剣騎士団』の騎士達だが、彼女達に対する態度はその比では無い。
治療を受け復帰した騎士達が、聖女の様に彼女達を慕っているとの報告もある。彼女達の護衛部隊は影で『親衛隊』と呼ばれ、その部隊への転属願いが後を絶たない……甲斐甲斐しく彼女達の世話を焼いている戦闘騎士が大勢いるらしい。
「傷跡が殆ど残っていないと聞く、今回の治療看護師殿は本当に腕が良い、超一流ですな」
「リハビリ期間は長いが、見た目無傷にまで治療できた者も居るのだろ? 全く信じられん」
「治療出来た者には美形も多いそうだ。例えゴブリン共に慰み者にされようと、美形ならば嫁に行けよう」
「処女のままの者もいるようだぞ? 犯さずに手足を食っただけなのか?」
「子供か? 幼過ぎて犯せなかったのか?」
「拷問を受けた恐怖は残ろうが……復興の為にも立ち直って欲しいものだ」
『美少女化』の魔法による治療はエリック他極一部の者を除いて秘密にされている。特にこの魔法は貴族に知られた場合、多いに悪用され高級性奴隷に更なる悲劇をもたらす。またサティやニトに至っては不幸しかもたらさない。その為『誓約』を掛けた一部の者にしか知らされていない。
「だがまだ終わった訳では無い! 後一か所か……」
そう……だがゴブリンの巣はあと一か所、最大規模の物が残っている。しかも場所が『セータの大森林』奥深く……
「ハッ! 他の小さなゴブリンの群れは『ゴブリンスレイヤー』殿達が虱潰しにしてくれております。そこさえ潰せば取り敢えず今回の作戦は完了との報告です!」
「しかし……3000匹のゴブリンの巣を、ギャン達はあの人数で潰す気か? いや今更か……既に2.5万匹以上、『ゴブリンスレイヤー』が狩ったものを含めれば10万匹か……自分で言っていて信じられん数だ」
ギャン達はあれからも連日ゴブリンの巣を潰して回っていた。その後は初日程、救助出来た女性の数が多くないが、こればかりはギャン達にはどうにもならない。助けられる者は全て助けているが、こればっかりはどうにもならなかった……
「今回の『ゴブリンの大軍による北侵』では『セータの大森林』中のゴブリンが纏まっていたようですが……数が流石に多いですな」
「魔結晶で討伐数は明らか、誤魔化しもない。第一その数を我らが実際に体感している」
「今回はゴブリンだった事もあってか、余り統率が取れていなかったのが幸いだったな」
「あの数の群れが一気に襲い掛かって来ていたら、砦に籠っていても一溜まりも無い!」
「これ程の大規模な群れをイヤ……大軍勢か……統率者は噂に聞く『ゴブリンキング』か?」
「この数は……あの伝説の『ゴブリンクィーン』では?」
これほどのゴブリンの大軍を纏めた存在、その存在を皆想像する。そう今回の『ゴブリンの大軍による北侵』は別個のゴブリンの大軍がバラバラに動いたものではない。
だがそこはゴブリンだ。統率が取れて居なかった為、組織だっての纏まりのある軍事行動ではなかった。だが組織だって動こうとした痕跡はある。背後にそれを推し進めた者がいる事は確実視されていた。
「しかし、よりにもよって古代帝国の遺跡とは厄介な……南方領の英雄達だ。万が一はあるまいが……無事に戻って来てくれ!」
ギャンはその何者かが潜む巣穴の討伐に、『銀の一番槍』部隊と『黒狼』だけで挑むという……
◇
その遺跡は、元はなんの為の施設だったのか、今となっては知る者はいない。『セータの大森林』の中ほどにある広大な施設……
恐らくは古代帝国時代の、今から数百年も前に造られた施設だ。古代帝国が滅んで数百年、施設を訪れる者も居なくなり放棄された……朽ちた遺跡。
巨木の森に飲まれ、森と一体化した様な朽ちた遺跡だ。辺りには樹高500メートルを超える巨木が点々とその巨大な幹を晒す。最大で直径50メートルにもなるその巨木は、その巨大さに相応しく大きく枝を張り、またその根はそれに相応しい極太の大蛇の様に地表を這い回る。
元は頑強な扉で閉ざされ、あらゆる侵入者を拒んでいた施設も、時の風化には抗えなかったのか……その巨木の森の木々の根に侵食され、所々崩れていた。頑強な扉が木の根に破壊され、口を開けている箇所が散見される。
その施設をゴブリン達は根城、巣に利用していた。広大な施設は、そのままゴブリンの広大な巣に様変わりしていた。
魔素をコントロールし、制御していたと伝えられる古代帝国の施設だけあって、今では考えられない、広大な地下空間を持つ施設。それはゴブリン達にとって格好の巣穴となった。
地下空間には魔素が溜まる。
魔素さえ有れば、たいして食事の必要もなく、魔素を吸収するだけで魔物は過ごせる。そこはゴブリン達にとってとても都合の良い地下空間だった。多くの古代帝国の遺跡がそうであるように、この遺跡も地脈の交わるポイントに建設されている。近くに魔族の住む迷宮が無いにも関わらず地脈に乗って魔素が流れ込み、魔素が濃い。
巨木が立ち並んだ地上部分は、巨木の枝と葉が作り出す木陰で昼尚暗い。そんな遺跡の施設の彼方此方でゴブリンの見張りが、昼だと言うのに表で見張りをしている。
それを『拡大鏡』で遠目に眺めていたギャンは背後を振り返る。
「ふむ、上から観察した通り出入り口が分散しているな」
今回『ゴブリンスレイヤー』にも協力してもらって、ワイバーンを使って上空から『セータの大森林』を虱潰しに魔道具で探査した。
どんなに退治してもちょっとした魔素溜まりに湧くのがゴブリンだ。だがギャンは今回全滅とまでは行かないが目につくゴブリンの巣は全て潰すつもりだ。
規模さえ小さくなれば一般の騎士達でも対処可能で有るし、冒険者でも対応可能になる。それに規模が小さくなればゴブリンを餌にする別の魔物がゴブリンを狩る事も有る。バランスさえ取り戻せばゴブリンにここまで好き勝手にされる事は無い。
そして上空からの調査で見つけていた最後の大規模なゴブリンの巣がこの遺跡だ。
遺跡は洞窟では無く施設だ。複数の出入り口が点在しており、その出入り口を閉鎖しようにも洞窟と違って容易に崩れない。
「厄介ですね、出入り口を一か所に絞り切れない。しかもこの遺跡、結構頑丈そうです。落とし穴が掘れない」
ミツが試してみた結果を報告する。遺跡の石畳は分厚く、容易に落とし穴は掘れない。拘束系の魔法も巨木が多く、地面が硬い石畳の為、拘束力が弱く使い辛い。
「如何しますか隊長? まだ奴等、此方の存在には気が付いていないようですが……」
サンジがギャンに指示を仰ぐ。風下側からの偵察だ。十分に距離もあるためまだゴブリンに気付かれていない。
「どう? どうもしない。取り敢えず表に出ている見張りの奴らを弓で狙撃だ」
アッサリとギャンが告げる。
「三千匹からのゴブリンの大軍が潜んでいる巣ですよね? 正面から仕掛ける気ですか?」
ニトの持つ魔道具は、見るのもイヤになるゴブリンの大群が遺跡地下いる事を知らせている。
「ここにくる前に罠は準備しただろ? 『黒狼』の連中にも準備を続けさせている。それにまだ午前だ、昼飯までは嫌がらせをして精々巣の中の連中を興奮させるさ」
ここに偵察に来る前に、騎士見習い達はギャンの選んだ場所に罠を仕掛けて来ていた。それに『黒狼』部隊が追加で仕上げを施すために作業中だ。今の段階でもある程度の効果はあるだろう、だが進捗度は『黒狼』部隊がどんなに頑張っていたとしても70%といったところだ。
今仕掛けるのは時期尚早だ。相手は3000匹の大軍、こちらは100人に満たない中隊規模の部隊。更にここには敵の攻撃を防ぐ城壁は無く、囲まれて数で押しつぶされれば、幾ら相手がゴブリンであろうと、一溜まりもない。地上での集団戦において数の差は埋めがたい……それを拮抗させるための罠や仕掛けだ。完成前に仕掛けるのは無謀だ。
ニトは今回も何時も通り、ギャンはゴブリンの大軍相手に正面から仕掛けるつもりは無いと思っていた。だが今ギャンは矢を射掛けろと命じる。しかも目的は嫌がらせだ。
「嫌がらせ? それに昼飯?」
今ここに昼飯が出てくる意味がニトには分からない。
「飯も食わないで働く心算か? あと嫌がらせは何時もの事だろ? 折角表で見張ってくれている。なら挨拶してやるのは当然だろ?」
腹が減ったから飯を食う。狙い易い的があるから撃つ、ギャンの命令は単純明解だ。
「アリの巣を突く事になりませんか? 大騒ぎになりそうですが……」
見張りのゴブリンは複数、しかも複数箇所に分散している。その全てを同時に狙撃する事は不可能だ。
そうなれば見張りのゴブリンはその本来の役割を果たし巣の中に敵の来襲を告げ、巣から大量のゴブリンが飛び出して来る事は容易に想像できる。
「別に困らんな、こっちにはライドラがいる、余裕で振り切れるだろ? ただ周囲の索敵だけは怠るなよ? 囲まれても面倒だ」
そんな事は折り込み済みで、それで全く構わないとギャンは告げる。今回『銀の一番槍』部隊は全員ライドラに騎乗している。逃げ切るのは容易だろう。巨木の根がのたうつこんな足場の悪い場所でも、ライドラの疾走に何も支障は無い。ライドラは足場の悪さをモノともしない。ライドラ達は直径5メートルを超える、壁として行く手を阻む巨木の根も、一息に飛び越えていく。この足場だからこそ、その機動力は圧倒的だ。
「で、どうするんです?」
ニトとしてはその目的、意図を知りたかったのだが……
「だから弓で狙撃だ。手あたり次第射殺せ! ある程度殺したらとんずらするぞ? 一端ベースキャンプに戻って昼飯だ。その後午後からもここに戻って、嫌がらせを続行する!」
ギャンは最初から真面に仕掛ける気がないらしい、ニトは少しホッとする……しかし、ギャンのやろうとしている事、それはあくまで嫌がらせ、イヤ、これはピンポンダッシュだ。子供の悪戯に近い。
「…………何だろう、スッゴク嬉しそうなんだけど隊長……」
ギャンはゴブリンが右往左往する様を眺めるのが楽しみで仕方ない子供の様な顔になっている。アリの巣を突いてアリが大量に右往左往するのを見て楽しむ悪ガキとやっている事が一緒だ。
「悪戯を仕掛ける子供みたいよね」
サティが呆れて肩を竦める。
「ふん、ほっとけ! どうせ本番は夜だ! あの糞野郎共を精々寝不足にしてやるさ!」
そうゴブリンは夜行性だ。だが襲撃を受けたら寝てなどいられない。起き出して警戒せざるを得ない。だが仕掛けたギャン自身はその間のんびり昼ご飯を食べるつもりなのだ。
「悪質だ!!」
ニトが呆れる。本当にタチが悪い嫌がらせだった。
「本当に底意地が悪いわね」
ギャンの敵に対する意地の悪さは慣れてきたサティも、今回の作戦には本当に呆れた。
「人聞きの悪い事を言うなこの小娘どもが! 夜までに精々頭に血を昇らせ無いと駄目だからな。必要だからやっている!」
「それって?」
「今回は遺跡だろ? 少し間引きたいからな、最初から篭られると面倒だ。なら誘い出して始末すりゃあ良い。仕掛けも作ってるんだ。あそこまで追いかけさせるには怒らせた方が確実だろ?」
遺跡の場合、出入り口が多過ぎて催涙ガスの煙玉作戦が使えない。かと言って出入り口が多く有る今の状態で、正面から遺跡内部に侵入しても、囲まれて数で押し潰されるのがオチだ。
見張りが昼間から居るこの状態では、出入り口付近に罠を仕掛ける事も出来ない。それに気が付かれては意味がない。
なら誘い出して罠に掛ける。この場合、場所の選定も重要だ。最大限の効果を発揮できる、自分達に有利な地形を探し、そこに罠を仕掛け敵を誘い込む。
そう今回ギャンが行う作戦には敵を自分達の有利な場所に誘い込む、『誘導』が重要な意味を持つ。
ギャンは相手の有利な場所で戦うつもりは更々ない。相手を怒らせて自分達が有利な場所に誘い出す。ゴブリンは夜は自分達が優位だと思い込んでいる。なら夜に巣穴に仕掛ければ確実に釣れる。『誘導』出来る。ならそれをより確実にする為に布石を打つのは当然だ。
「しかし隊長、3000匹ですよ? 全部釣れますか?」
「無理だな」
これまたあっさりとギャンが認める。ギャンとてこの巣穴にゴブリンロード以上の何かが潜んで居ると思っている。魔道具の探査でも複数の上位種が確認された。そんな群れが全て単純に誘いに乗るとはギャンも思って居ない。
「けどそれでは……」
「何最後だ。少しばかり時間が掛かっても今さらだ。まあ今夜は1000匹ばかりでも構わん。取り敢えず数を減らす。数が減ったら、臆病なゴブリンの事だ。より自分達に有利な巣穴に篭るだろう。だがその時はその時だ。幾らでもやり様があるからな。やれる事から確実にいくぞ、先ずは叩けるときに叩いて数を減らす!」
今回の巣穴も女性が囚われている可能性が高い、早く救出したいが、焦ってこちらが倒されては目も当てられない。ギャンはここは慎重にいくつもりだ。
そもそもこの古代帝国の遺跡がギャンは気に入らない。遺跡内部には蛮族撃退用に様々な仕掛けがある場合が多い、この遺跡にもそれが有った筈だ。アイアンゴーレムでも居ればゴブリンではヒーローでも対抗出来ない筈だ。それが目の前でそんな遺跡を平然と巣穴にしている。
(何だろうな、罠の解除やゴーレムの撃退をゴブリンが出来るとは思えん。ヒーローではアイアンゴーレムはどれほど数が纏まろうと倒せん。古代帝国の罠を解除? ロードでも無理だろ……壊れたていた? この規模の施設なら複数体ゴーレムも居た筈だ。その全てが壊れていたなどあり得ん)
対蛮族用の自動撃退装置は、その施設が放棄されようと、主が居なくなろうと、半永久的に動き続ける。メンテナンス用に専用ゴーレムが配されている事も珍しくない。古代帝国の『貴族』達は極めて優秀だ。その他の人類を蛮族として見下す傲慢な彼等だが、その技術力は、その傲慢を支え、数百年に渡る栄華を古代帝国にもたらしていた。
(そんな自動撃退装置をゴブリンが容易に突破できるものか! あり得ない……)
既に冒険者が荒らした古代遺跡なら、罠が解除され守護者も倒されている。ゴブリンが住み着く事もまだあり得たが、この古代遺跡が発見され調査された記録は少なくとも大ディオーレ王国には無い。場所がセータの大森林中央だ。どうやらこの国には魔物の巣窟に態々入り込むモノ好きな冒険者はいなかった様だ。にも関わらずゴブリンの巣になっている。
(……何か有る。そもそもこの施設の目的は何だ? こんな場所にこの規模の施設……しかも広大な地下空間が有る。何かの実験施設か?)
探査魔道具の計測から遺跡の地下に広くゴブリンが分布している事が分かっている。その分布の規模から推測出来る遺跡の地下空間は広大だ。
地上の遺跡もちょっとした城よりも広い範囲に構造物が広がっている。ただその高さはあまり無い。長年の風化の果てに崩れた様子も無い事から、この遺跡の施設の主な設備は地下に有ると思われた。
地上ではなく地下空間が必要な施設。なんらかの実験施設では無いか? とギャンは予想した。
(古代帝国の地下実験場、まともな実験じゃあねえだろ? しかし……ゴブリンが巣穴にしてるって事は実験結果もモルモットにされていたものも大半は死に絶えたか?)
危険なモノがいれば逃げ出すのがゴブリンだ。それが住み着いている以上、未作動の罠以外は危険は無さそうにも感じるが……
(けどなぁ、以前何処かの似たような地下実験施設の有る古代遺跡で、コールドスリープで眠らされてた実験サンプルの魔物が起き出して大暴れたって報告が有った筈だ。碌な事になるとは思えんな……)
余り古代遺跡の調査、発掘が進まない理由もこれだ。下手に突くと態々寝た子を、封印されている魔物を解き放つことになりかねない。自動撃退装置でさえ厄介なのに、それをクリアしても、結果得られるものが、より強力な破壊者。リスクが大きすぎる割に、得られるリターンが少ない。
そもそも、古代帝国が滅んだ時に、容易に略奪出来るものは、彼等『貴族』が蛮族と呼んだ者達によって奪い去られている。現在遺跡として残されているモノは、危険と判断されて放棄された施設が大半だ。あの人類が滅亡するかもしれない戦いにおいても、頼ることなく放棄された施設だ。人の役に立つよりは、人に危険なモノの方が多い。
ゴブリンにはその危険性も価値も理解できないだけ、だから平気で巣穴にしているだけという可能性が拭いきれない。
「隊長? どうしましたか? 急に黙り込んで……ポンポン痛いんですか? おトイレですか?」
珍しく難しい顔をして黙り込んだギャンを見てニトは腹痛を疑った様だ。
「もう! 我慢しないでよそんな事、待っててあげるから早く済ませてよね! ほら周囲は警戒しておくから……けど出来るだけ離れてしてね? あの辺の木の陰とかどう、おススメよ?」
サティが巨大な木の陰を指差す。騎士見習い達は野外活動にも、もうすっかり慣れた。ちょっとした木陰で用を足す事は良く有る事だ。ただ小なら兎も角、腹痛の大なら少し気を使って離れてして欲しい。
「便意じゃねえ!! ちょっとこの遺跡がなんの施設だったか考えてただけだ!」
幾らなんでもちょっと考え込んだだけでこの扱いは如何なのだろう?
「そう言えば……地下実験施設か?」
ミツもやはり広大な地下空間からそう予想した様だ。
「古代帝国の地下実験施設? イヤな予感しかしねえな」
サンジが顔を顰める。古代帝国の末裔を名乗る大ディオーレ王国では有るが、血の高貴さを謳っているだけで、古代帝国への尊敬の念は薄い。古代帝国時代の悪行、狂気の実験の数々は有名だ。人の古代帝国時代の記録は比較的多く残っている。
人類が滅び掛け、強力な魔物が地上に跋扈する原因を作り出し、結果として魔族が迷宮を作って地下に篭らざるおえない現在の状況を生み出したのも、古代帝国時代の実験の結果だ。
巨大な魔結晶炉の暴走とそれに伴う『狂化』した魔物の暴走が、宇宙に進出するまでに栄華を誇った古代帝国を滅ぼしたと言われている。
人の歴史だけなら半信半疑の伝説だが、エルフや魔族と言った、その時代の生き証人、実際に体験した者達が数多く生き残っている為、間違いの無い史実だと一般の人々にも認識されていた。
そんな古代帝国の実験施設だ。碌なものではないとの認識が誰の頭にも有る。
「ゴーレム系を態々地下で実験するとは思えない。やはり魔物系の改造実験か?」
地下でゴーレムの実験をしない訳では無いと思うが、古代帝国時代、兵器として用いられていたゴーレムを実験する程の広さは、この施設には無いと思われている。比較的にゴブリンの分布が地下の浅い位置に広がっているからだ。その分布から予測されるこの施設の地下空間は広く浅い、兵器の実験施設としては高さ方向で手狭だと感じる。
そうなると一番に考えられるのが魔物の改造実験のための地下施設だ。万が一の際にも地下区画ごと封印すれば良い為、この手の地下実験施設は地下に造られる場合が多く。また実際にそういった施設が発見されている。
「なあ、ちょっと良いか? 関係ねえ話かも知れねえが、俺、前から不思議だったんだ」
「不思議? 何ハチ?」
「この森の事なんだがな、山脈から森が平野部に続いているってんなら良く分かる話だけどよ? なんで『セータの大森林』はブルンガリ平野の草原挟んで南側が森なんだ? 普通逆じゃねえか?」
一般的に山脈から平野、そして海に繋がる地形の場合。山脈の途中から木々の森が広がり、徐々に平野に至って森が広がり、そこから平原になり、海に至る。森のまま海に至ることは有っても、森の途中に平原が生まれる事は稀だ。
それにブルンガリ平野の平原は規模が大きい。更にここは北半球、南から日の光を浴びるこの地域で、海に至る大森林があるのに、その途中に大草原のあるこの植生の配置は奇妙で有った。
「ハチは時々本当に鋭いな……ふむ、植物系の実験施設か? この施設周辺が森の中心で生えている木も巨木……まあ森中央だから当然だと思っていたが、言われて見れば少々不自然だ」
「不自然?」
「古代帝国が滅んでから1000年も経って居ない。だがこの巨木はそれ以上経っているくらい大きい。施設の壊れ方もそうだ。根が施設の扉を破壊している様に見えるが、外側からと言うより内から外に押し出されて壊れている」
そもそも巨木の生えている場所に、大規模な施設を、巨木をそのままに建設することが奇妙だ。なら施設建設後にこの巨木が生えたと思うのが自然……
「言われてみるとそうですね」
ニトが周りを見渡す。今は巨木の枝がドームの様に覆うこの空間の、巨木を取り除いて施設の往時の姿を想像する。
大草原の中央に造られた巨大な植物実験プラント。
辺りは今穀倉地帯になっているほど肥沃な土地だ。そこを活用しようと、食糧生産の為の植物を実験する為の施設……しっくりと馴染む。
「植物系の改造施設だったのなら納得がいく現象が多い。ブルンガリ平野の続きで大草原だった場所に後から出来たのが『セータの大森林』だったとしたら、植物の植生的な不自然さにも説明が付く」
ギャンの言葉がニトの想像を肯定する。
「この施設の植物が繁茂して出来たのが『セータの大森林』って事ですか?」
『セータの大森林』はちょっと珍しい程豊かな森だ。その森の木々はその殆どが食用出来る果実や種子を実らせる。この実験プラントで研究されていた植物が、何らかの原因で実験プラントから外へ、周囲に広がっていったと考えれば、その偏った植生にも説明がつく、この肥沃な大地に目を付けた古代帝国の『貴族』達は、ここを広大な果樹園にしようとした可能性がある。
「普通は海側に草原で山側に森だろう? ちょっとした野原が森の中に広がる事は有るが、ブルンガリ大平原もセータの大森林も広大だ。不自然と言われれば不自然だ。だが……結果としては良かったのかもしれんな、山脈側からの栄養素がセータの大森林に阻まれて、ブルンガリ平野に留まる。それにセータの大森林が南からも肥沃な大地を作り出している。そこに挟まれたブルンガリ平野はまさに大穀倉地帯だ。水源に恵まれ、海からの風も巨大な森が防ぐ、穏やかな気候をもたらすのに一役買っている」
「森の果実や種子も食べれますからね。この森の周辺に開拓村が作られたのも、ある意味では正しいのかもしれませんね」
「はっ、魔物の脅威をコントロール出来てればな。現状は単なる人の壁、人の防壁、人身御供だ。全く下らんことを考える!」
「隊長はどうする心算ですか?」
「俺が考える事じゃないだろ? 上が考えればいい!」
「けどミスリル鉱床も見つけたし、町がセータの大森林内部に出来るって事ですよね?」
「アレだけ大規模な鉱床だ。今後200年以上は採掘できる。当然町も出来るだろ。ゴブリン共が荒らしたおかげで周囲に魔物が少ない今がチャンスだ。護衛を付けた状態で城壁さえ築ければ、後はどうとでも成る。それに開拓村からの避難民っていう人手もある。ミスリル鉱床付近は岩場も多い、積み上げる石にも事欠かない。食料は贅沢を言わなければ、それこそそこら中に生えてる果実や種子を採取すれば……まあやるしかない。やらねば彼等には生きる糧が無い」
ギャンと騎士見習い達は、ゴブリンの巣穴退治の途中、そのうちの一つの巣穴の中で、大規模なミスリル鉱床を発見した。ミツの計測でも広大に広がるミスリル鉱床は比較的地面から浅い箇所に膨大に埋まっていた。硬い岩石層の中に有るため、掘り出すのに手間はかかるが、その手間を考えても採掘するだけの価値がミスリルには有る。
開拓村からの避難民、今は避難民だが、既に難民になることが確定している。戻るべき開拓村はもうない。死ぬのが分かっていては戻る事も出来ない。ブルンガリ平野の各町で彼等を労働力として受け入れるにも限界がある。魔物を防ぐ為には城壁が必要だ。人々の住める場所は城壁内部に限られている。受け入れたくても場所がない。城壁の拡張は常に行われているが、それが済むまで、城壁外に住まわせる。そんな事が出来る筈もない。
結果彼等は難民だ、行く当てがない。そこでこのミスリル鉱床が生きて来る。町を作るための労働力として、またそれが終われば鉱山での労働力として、彼等の労働力が必要になる。予算もある。
ギャンはミスリル鉱床が無かった場合。ブルンガリ平野の比較的安全そうなブルンガリの周辺に、彼等の為の町を新たに造る計画だった。ブルンガリの街の周辺は地竜が城壁代わりをしてくれる。少し離れた場所に耕作地を設けて、町を作るのも容易だ。
一応ミスリル鉱床が発見されてからも、規模は縮小して建設を進める様に手配している。女子供、老人に、セータの大森林での城壁建設作業はキツイ。彼女等にはそちらで農作業に従事してもらう予定だ。
地竜と交渉して、耕作の手伝いをお願いしている。腕力ない女性でも十分開墾できる。作物さえ選べば、この秋にある程度の収穫も可能だろう。ギャンはミスリル鉱床発見者の利権の利益を全てその町の建設に充てる予定だ。国ともそれで交渉済みだ。
エリックは防衛線の再構築、現状の維持に目がいっているが、ギャンはその先、もっと先を考えている。その為にこの地を王国直轄地にしたと言っても過言ではない。ギャンは自分の後ろ盾の力を使うのを遠慮するつもりはない。ブルンガリの地形的、またそこで生み出される将来的な利益を最大限活用する。その為に今此処でこうして居る。
国もこのミスリル鉱床には大いに注目している。既に調査の為の予算や町の城壁を作る為の予算が認可され、その動きの速さはギャン達を呆れさせた。
『ゴブリンの大軍による北侵』に対してあれ程腰の重かった国の官僚の動きが早い。領地を取り上げられても、文句一つ言ってこなかった貴族達が、その巨大な利権に噛むことが出来ずに悔し涙を流しているそうだ。
「だがそうか、ミスリル鉱床も合わせて考えれば、この施設ももしかしたら、あの鉱床の採掘拠点に食料を供給する為に整備された施設だったのかもしれんな、現地で食料を自給しながらミスリルを掘り出す。考えられん話じゃあない。現に俺達はそれを活用しようと考えているからな」
「隊長……隊長は何を企んでいるんですか? 隊長って今回の『ゴブリンの大軍による北侵』も利用して何かしようとしてますよね? 何をする心算なんですか?」
ニトは幾ら裏で色々画策しているギャンでも、流石にこの正式に『ゴブリンの大軍による北侵』と呼ばれる事が決定した災害を引き起こしたとは思っていない。
だが確実にこの災害を利用して南方領域にギャンは足場を固めている。『黒剣騎士団』は大隊長のエリックを含め、いまや完全にギャンの言いなりだ。
団長と副団長さえギャンの支持者なのだ。誰も文句を言わない、言えない。バーキンの北、旧王都クロコに居る『黒剣騎士団』の双璧、団長『双刀』デルン、副団長『麗人』カルロスから支持を取り付けてギャンは此処に居る。
クロコから動くことのできない彼等から『自分達の代理だと思え』との、彼等の署名入りの命令書がエリックに届いていた。
そして上げた数々の実績によってギャンと騎士見習い達は南方領域を救った英雄と既に呼ばれ始めている。
◇
最初にゴブリンの巣を退治してから二週間がたっていた。その間、巣を潰して回り、ゴブリンを駆逐して回ったが……
(実際は『ゴブリンスレイヤー』達が倒した数の方が多いんだがな……まあ国からあいつらに特別報償と勲章が授与されるそうだから、あいつらにはそれで勘弁してもらうか……ただなぁ、あいつらが国王陛下への拝謁なんて喜ぶかね? 面倒だって、報奨金すら放棄して逃げ出しそうだが……)
五街地域の冒険者は昔から、他国の王や皇帝といった権威を歯牙にも掛けないことで有名だ。そういった権威に対する畏敬の念がない。あの地域には貴族が居ない所為かもしれないが、そういった性分なのだろう。彼らは名誉など欲しがらない、ならば金かと言えばそうでもなく、面倒ごとがあるならそれすら放棄する。
彼等の行動原理、それは、彼等独自の正義感……英雄願望と言い換えても良い。彼等は何時だって自分達が英雄になりたいと望んでいる。彼等の望む英雄は、国に認められた英雄ではない。弱き者の英雄に、虐げられた者の英雄に、窮地に陥った者の英雄になりたい……そう望んでいる。
『正義の英雄』に憧れそうなりたいと願う。
(まるで子供の夢だ。子供が憧れる物語の中の英雄だ)
しかし、彼の地の冒険者達は、そうとしか思えない行動を繰り返している。中には例外もいるが、傾向としてこの特徴がある。そう……子供がそのまま大きくなったような、他国の大人たちが鼻で笑うような正義感を、頑なに貫き通す。
『正義の英雄』に憧れそうなりたいと願う熱血馬鹿が多いのだ。
今回『ゴブリンスレイヤー』達は大活躍だ。救い出した女性への応急手当、五街地域への蘇生可能な遺体の転送、女性達の治療の為の手術まで熟している。そして仮の部下として与えられた、女性の搬送などを行う部隊まで指揮している。
(まさに英雄だな、俺達なんかよりもよっぽど英雄だ。それを誇る事さえしない。本当に……気持ちのいい馬鹿野郎共だ)
コノミへはその辺も含めて報告し、貢献として認める様にお願いしている。下手をしなくても彼等の冒険者ランクは上がるだろう。
◇
そしてこの『ゴブリンスレイヤー』の活躍もギャンの功績として数えられていた。彼等を呼び寄せたのはギャンだ。その評価もあながち間違いでは無いが、他人の功績を掠め取ったようで、ギャンとしては余り面白くない。
だが、それを利用してでもやるべきことがギャンには有る。今はニト達、騎士見習いにその目的を告げる事は出来ない。だが、ギャンはそれをする為にこの国に帰って来たのだ。利用できるものは全て利用する……しかし平時よりも危機の方が動きやすいのは何とも皮肉な事だ。
(約束は十年だが……今回で計画が数年早まったか? まあ失敗は許されん。今は足場固めだ)
「ふむ、まあ気にするな。時期が来たら話す。それまでは、まあやれる事をやるだけだろ? 先ずは目の前の事を片付ける! やるぞお前ら! 狙撃だ! 出来るだけ狙撃して射殺して、サクサク引き返して昼飯だ!」
「あっ! 誤魔化した! 本当にその内教えてくださいよ? 何だか大事になりそうで嫌な予感しかしないですけど……」
どうもニトにはギャンが何かしようとしている様にしかみえない。そしてそれに巻き込まれる未来しか想像できない。
「この狸オヤジがそう簡単に口を割るわけないでしょ? どうせ私達は良いように利用されるだけよ、あーあ全くいい迷惑!! って事でお詫びにクッキーは無いのかしら?」
ある意味サティは大物だった。
「ええっ! サティはそれで良いの?」
「何もないよりはマシよ! ほらサクサク差し出しなさい! 『バラエティギフト』が追加で届いているのは把握してるんだからね!」
「クソッ!! あの色物店長喋りやがったな!!」
『ウェポンショップ ジョンスミス』を通して、転送品の遣り取りをしている関係上、ケニー・ロジャースにはその品物を全て把握されている。情報が漏れるとしたらそこしかない。なにせケニー・ロジャースは……
「オホホホホッ、おじ様は私にメロメロよ、甘いわね隊長!」
完全にサティにメロメロだ。別に性的な対象というわけではない。ただただ小さな娘を慈しむ様にサティとニトを可愛がっている。一応何度となく男だと知らせているが、効果がない。
ケニー・ロジャースは一流の冒険者だ。
ニトやサティの正体にとっくに気が付いている。そして彼女達の身に降りかかった不幸も把握している。そして彼の正義感はそれを許さない。故に彼女達を慈しむ。彼女達の溢れる才能を知るだけに、余計にそれが彼には許せない。
彼の情報網は想像以上に大ディオーレ王国に深く食い込んでいる。アメリカ人召喚者は、想像以上にこの国の中枢に入り込んでいる。彼は『L・L』建国メンバーの一人だ……単に自分の嫁に頼まれたからこの国に来たわけではない。
「何だかサティ最近『魅了』を使うことに躊躇いが無いよね?」
サティはケニー・ロジャースだけではない。『黒狼』部隊の隊長カーディスも、各部隊長ラッセル、アディール、ワーレン達も、それどころか最近知り合ったばかりの戦闘騎士部隊、隊長ライナーからも可愛がられている。ほぼストール砦の全ての兵士のアイドルの様なものだ。一応皆サティを男だと認識している筈なのだが……
「男だから『魅了』なんて使えないわよ? ミツにも確かめたけど、あの『魅了』は女の子になった時限定の能力みたいよ? そうでしょミツ?」
「まあハッキリとした能力としての『魅了』はね……けど……サティの場合、どうもその美貌そのものが『魅了』の効果が有るから、男の子の場合でも『お願い』を乱用したらダメだよ、良いね?」
美しさ、それはそれだけで人を魅了する。男の子に戻ったサティは迸る程の『魅了』は失っているが、その美貌は健在だ。男性ホルモンの影響で抑えられた美貌、それでもその美貌に勝る美少女などほぼいない。それは男だと聞かされても砦の野郎共の心を掴んで離さない事で証明済みだ。
「ニトと違ってそうなの? ……ニトの場合美乳で『魅了』するから、男の子じゃあ使えないものね」
ニトのそれは本質的に女性である筈のサティにすら効果がある程の『魅了』だ。だが男に戻ったニトにその美乳は無い。
「ああっ!! サティそれヒミツ!! ヒミツだってば!!」
慌ててサティの口を塞ぐが手遅れだ。ニトが元女の子で有ることはミツのサティの性別に関する告白の折に、同時に騎士見習い達に把握されている。しかし、その詳細、ニトが美少女に戻った際の詳細は、その場に立ち会ったサティとギャンしか知らない。
「まあ待てサティ、ニトは美乳だけじゃないぞ? 美貌でもお前と同様に『魅了』出来る。……ただな美乳のほうが『魅了』の効果が数段強いだけだ」
『魅了』されかけたギャンの言葉なので恐らく真実だ。『女体化』したニトの美貌はサティに劣るものではない。男の子の時との変化の大きさはサティ以上だ。その美貌と共に発揮される『魅了』の力もサティに劣るものでは無かった。ただその美乳に込められた『魅了』はギャンの抵抗力をもってしても抗いがたいほどの力を持っている。他の『魅了』とは桁が違っていた。
「そうなの? そうなんだ……じゃあニトも今の状態で『魅了』出来るのね?」
「っま、そういう事だ、けどニトはそんな事はしてないだろ? サティも気を付けろ! それは乱用して良い力じゃない! 一歩間違えば不幸を呼び寄せる力だ、分かったな?」
本人にその気が無くても、サティが見つめてお願いすれば男性は大体魅了される。サティの美貌はそれ程だ。並みの美少女など足元にも及ばない。
そしてサティはそれをする事に最近は躊躇いが無い。
サティにはミツがいる、ミツの守護と監視は魔法的に24時間サティを護り続けている。サティが少々魅了し過ぎて、男性が暴走した場合でも何の心配も無い。ミツが不心得者からサティを守る。ただそれでもリスクのある行為を平気でするサティをギャンは窘める。
一方ニトの場合、可能な限り、女性を感じさせない立ち振る舞いに気を使っている。
ニトにはミツの様な守護者は居ない。イチゴやハチが大体傍にいてくれているが、ミツの様な真似は二人には出来ない。そしてニトも二人に頼る心算が無い。ニトとて本気を出せば、砦中の男性を魅了出来るだけの力を秘めている。だがそれでもし万が一、男性達が暴走することを思ったら……そんな危険は冒せない。またその必要性をニトは感じていない。
それ故の砦内での立場の違いだ。ニトはギャンの参謀として認められ、サティはマスコットとして、アイドルとして認められていた。
別に不満無い、ニトはアイドルになりたいわけではないのだから……
「なあニトの美乳ってどうなんだ?」
サンジが隣のイチゴに小声で尋ねる。
「どうと言われても、見たことあるのサティと隊長だけだからな」
そんなものはイチゴも見たことがないから答えられない。ただ、
(ララさんやナナさんみたいなのかな?)
と想像するだけだ。
「うっわ見てみてえぇ!」
イロクが興奮気味に呟く。それを聞いたハチが、
「俺達だって見たこと無いんだぜ? なあニト、こいつ等に見せる位なら先に俺達に見せろよな!」
あっけらかんとニトに告げる。ハチもイチゴの様にララやナナの美乳から想像しているだけで詳細は知らない。だからこそ見れるものなら見てみたい。
「ハチ、ニトが睨んでるから! 涙目で睨んでるから! ヤバいぞこれ」
ニトとの付き合いは長い、生まれた時からの付き合いだ。ニトが本気で怒っている事など手に取る様に分かる。
「えっ? わっ! ……あれだニト、万が一の話だぜ? もしそんな機会が有ったらの話だ、今見たい訳じゃねえ!」
「ああ……ハチ、それ藪蛇」
「ハチ!! 君とは暫く口を利かないから!!」
ニトは本気で怒っていた。こういった事を話題に上らせないために秘密にしていたのだ。
どうしても騎士見習い達にはニトを男性だと思っていた時の感覚が残っている。まあそれも仕方がない。ニトはサティと違い女性だと感じさせない様に振舞って居るのだから当然とも言える。
しかし、ニトは無理をしているだけで『女体化』の影響で精神的にはサティと同様に女性に戻っている。
故に下方面、さらに身体の特徴といった繊細な問題に触れて欲しくない。そんな触れて欲しくない話題に、兄妹で更に親友の筈のハチが積極的に乗っかったことで堪忍袋の緒が切れた。
「今のはハチが悪いわね! まったくデリカシーってモノがないのかしらね?」
「サティ、君が原因だよ!」
完全に自分の事を棚に上げたサティにニトの厳しい突っ込みが入る。
「うっ……悪かったわよニト、ゴメン、ね? 許して、クッキー余分に一枚あげるから、ね?」
「わっ、珍しい、サティが自分のクッキーを一枚とはいえ譲ったよ!!」
フミが驚く、無理もない、サティの甘いもの好きは散々思い知らされている。
前回だってフミは、サティ達が食べ過ぎた所為で、クッキーの取り分が少なかった。フミは美味しいクッキーだっただけにちょっぴりそれを恨んでいるのは秘密だ。
それにフミは偶にギャンに、サティとニトの二人が、食べ物、恐らくオヤツを強請っている事を知っている。
(二人だけズルイ!!)
とは言え二人は女の子だ。甘いものに目が無いのは知っている。そんな大の甘党で、美味しいお菓子だけは絶対に人に譲らないサティがそれを譲る。
「マジか!! 雪でも降るのか!」
「サティ、熱でもあるのか!?」
イロクとサンジがそれを茶化す。空気の読める男、それがイロクとサンジだ。ニトの不機嫌の原因を作ってしまった事を気に病んで、ハチに対してそれでパスを投げたのだが……
「まてお前ら! 『黒狼』の連中も居るんだ。お前らだけにクッキーとか配れるわけないだろ? もし出すなら一人一枚だぞ?」
ギャンの言葉にサティが固まる。ギャンは一般兵を騎士見習い達と可能な限り区別しない。取り分は平等になる様に今までしてきた。これからもそうだろう……
「…………」
「サティが悩み始めたぞ?」
「一枚だとな……譲ったら食べられないからな」
サンジとイロクがサティに同情する。サティは前回同様、クッキーを複数枚食べれる、その前提で、そのうちの一枚を涙を呑んで譲る気だったのだ。それを……
「ミツゥゥゥ」
「サティ……すまない、俺だって一枚くらいは……半分で勘弁してくれないか?」
可愛いサティの頼みなので是非聞いてやりたい、が、前回ミツはサティ達が食べ過ぎて3枚しか食べれていない。是非もう一度食べたいと思っていただけに、半枚で勘弁してくれるように逆にサティに頼む。ミツでさえ魅了する、それがレイム特製クッキーだ。
「ウウウゥゥ……」
「分かったよ睨むなよ! 俺も半分やるから!」
無言でサティに見つめられたココノツも折れる。サティのお兄ちゃん達は今日もサティに激甘だ。
「ん? 何だ二人とも? あっ!! ニト、分かった、俺のもやるから! な? 悪かったって!」
イロクとサンジに肘で突かれて漸く、ハチが察した。ニトのお兄ちゃんもデリカシーは無いがニトに甘い。
「むぅぅ、今回だけだからね! 次は無いから!」
お詫びの二枚が加わってニトは三枚になった。素っ気ない振りをしても笑顔を隠し切れていない。ニトもサティ劣らず大の甘党なのだ。
(ふむ、アレだな、ベースキャンプに戻る前にクッキーを出させて、自分達だけで食べるって発想は無いのかねコイツらには?)
騎士見習い達は、本当に善良だ。
「ほれ話は纏まったか? 命令は出してるんだから雑談してねえでサクサク済ませろ、クッキーは食後のオヤツに出してやるから」
因みにハチは1/4づつ、サンジ、イロク、イチゴから分けて貰った。
◇
昼尚暗い巨木の森、そこは夜ともなれば、星明りすら見えない漆黒の闇に包まれる。その夜の暗闇の中、ゴブリン達は糞忌々しい憎い敵を追いかけ一本道を駆け抜ける。
そこは雨が降れば川になる、そんなちょっとした森の中の溝の様な場所だ。そこを走って追いかけるが、敵は追いつけそうな距離と速度なのに一向に距離が縮まらない。そんな忌々しい追いかけっこ。だが敵は少数、自分達は大軍勢。
(人間共は夜の闇の中では目が見えない! 昼間の様に逃げられると思うなよ!!)
前方の逃げる人間共からはメスの匂いもする。
(フヒヒヒッ、散々犯した後、手足をもいで食ってやる!!)
仄暗い欲望に股間を滾らせゴブリン達は敵を追う。
◇
昼間、見張りが殺され、人間の来襲を知った彼等は、その人間共を殺そうと追いかけた。しかし、明るい昼間は人間共の脚が早く、取り逃がし見失ってしまった。暫く辺りを探したが人間共は見つからず、諦めて巣に引き返した。
(全く無駄骨だ!! クソ間抜けな見張りがシッカリ見張らないからだ!)
運の悪い馬鹿に見張りを押し付け、巣の中に戻って寝ようとした……その時だ……またも見張りが殺され、人間共と追いかけっこだ! そして又も逃げられた! 二度も人間共にまんまとしてやられた!
余りの怒りで巣に戻っても寝付けない!
(憎い! 憎い! あの人間共が許せない! そもそも誰の所為で巣穴に引き篭もっていると思ってる! 奴らの所為だ! 奴らが悪い!)
『間抜けな仲間が大勢殺された、だから巣穴に篭る』そう偉そうな連中が命じる。全く忌々しいが逆らえない。下手に逆らって殺されるのは間抜けのすることだ。
(精々偉そうにさせて、旨い所をこっそり頂けばいい)
奴らの目を盗んで、散々人間のメス共を犯し、食った。そう一応奴らも役に立つ。犯して食える人間のメスを沢山手に入れられた。もっともっと欲しいのに、今は無理だと言いう。
何を言っているのか全く理解出来ない。間抜けが何人か死のうと関係ない。巣穴にはまだこんなに居るでは無いか!
(それに奴らだけメスを確保しやがって!! こっちに寄こせ! 奴らは人間のメスの手足を食おうともしない。犯すだけだ! メスの楽しみ方も知らない間抜けが偉そうにしやがって!!)
愚図な仲間は放っておいても勝手に増える。メスなど仲間を増やすのに必要ない!
(楽しまないで何のためのメスだ! ああ……滾る!! 犯したい!! 苦しむ顔が見たい!! 悲鳴が聞きたい!)
暗い妄想に股間を滾らせ、メスを甚振る想像だけでイった。すると少し落ち着いて漸く眠れた。
(今日はもう面倒だ。このまま明日まで寝てしまえ)
そう思って寝た……なのにまた起された、そう三度起された! だが……
(今は夜だ……そう今は夜だ! 暗闇だ! 我らの時間だ! 馬鹿め!! 馬鹿な人間め!! 調子に乗ったか? ハハッ! 間抜けが……思い知らせてやる)
そして暗闇の鬼ごっこが始まった。今度こそ逃がさない……
◇
煌々と照らし出されたすり鉢状の広場、円形劇場の様なその窪地、その最下段の舞台に似たその場所に、ゴブリンが舞台奥から次々と登場し、そして舞台に登場した途端退場させられる……
暗い闇夜の乾いた川底の道から、昼間の様に明るい舞台に突然放り出されたゴブリンは、光に目を焼かれ、混乱し驚き立ち止まる。そんな大根役者に周囲からは矢のブーイングが浴びせられ、次々とゴブリンが倒れ伏す。
(アレ……? 何……故ぇ? 明る……ぃのに……暗い…………くら…………ぃ)
そのゴブリンは股間をいきり立たせたまま息絶えた。
◇
今回ギャンは岩場の窪地をベースキャンプに選んだ。雨が降った際、周囲の雨水が集まり池になる場所だ。そこから川となって流れ出る、今は枯れた川が丁度遺跡の方向に向いていたため、その枯れた川を辿る様にゴブリン達を誘導した。
窪地周辺をココノツの『遮光』の魔法で覆い、明かりが漏れないようにする。そしてその窪地から川のへ水の出口となっている、切り欠き部から侵入してくるゴブリンを、窪地周辺に配した『黒狼』部隊が弓で射殺す。
砦で使った城門を開け、ゴブリンの侵入を制限して射殺すやり方の再現だ。今回、この場に城壁は無い。だから罠を仕掛け、窪地から川への水の出口以外の侵入口を塞いだ。
要は壁など無くてもゴブリンがこちらの意図した侵入口以外から侵入してこなければ良い。それだけで平地であろうとこの機構は有効に機能する。
「ニト、奴らの様子は如何だ?」
ゴブリンの誘導し、窪地を駆けあがり左右に展開した騎士見習い達は、ライドラから降り立つと早速弓を構える。その間も『黒狼』部隊は、ギャン達に続いて窪地に侵入してきたゴブリン達を射殺している。
ニトはライドラを降りるとすぐに魔道具を取り出し、ゴブリンの動きを監視する。
「中央と左右、三方に別れました。左右から回り込もうとした連中は罠に掛っているようです。中央は順調に此方に向かってますね」
幾ら誘い出しても真っすぐ川底だけを伝って自分達を追いかけて来る事など無いだろうとギャンは予想していた。左右から窪地を包囲させない、その為の罠だ。
「更に外周を回り込もうとしてないか?」
前方正面部は左右にある程度幅を持たせて罠を張ったがそれを回り込まれるほど左右広域に展開されると厄介だ。窪地の周囲にも罠を展開しているが、前方に展開した罠よりは、厚みが薄い。
「少数が更に左右に流れてますが……どうしますか?」
「少数ならここに辿り着く前に左右の罠で食い止めれるか? 引き続き監視を……イヤそっちはサティが監視しろ」
今回ギャンは複数の罠を仕掛けたが、一度きりの使い切りの罠が多い。
『氷槍地雷』の罠は最も外周に設置した地雷型の罠だ。大量に入手したゴブリンの魔結晶を触媒・魔力源にした魔法地雷で、ゴブリンがその地雷の反応範囲内に侵入すると発生した氷の杭が爆発的な勢いで周囲に飛び散る。同じ魔結晶を持つ魔物にしか反応しない欠点は有るが、今回の敵はゴブリンなので問題なく反応する。一度きりの使い切りの罠だが、人間には反応しない為、未使用の罠の回収も容易だ。今回外周の地面に広く、且数多く埋めている。
『斬糸』はゴブリンの巣穴退治でも大活躍した罠だ。今回も周囲の木々の間に張り巡らせ、身を切り裂く糸の結界として張り巡らせている。『氷槍地雷』と混在させて設置しており。『斬糸』に気が付いて躱そうとすると『氷槍地雷』が反応するように、可能な限り嫌らしく設置した。ただ周囲に巨木が多く、隙間なく設置とはいかなかった、その為隙間に『氷槍地雷』を設置したのだ。
『落とし穴』は最も古典的な罠だ。『落下穿孔』で穴を掘り、その底に木の杭を設置し、表面を布で隠して、落ち葉で覆った。『斬糸』の結界よりも少し内側に設置しているが数が少ない。窪地周辺は比較的岩場が多く、余り多く穴が掘れなかったのだ。
『爆炎地雷』の罠は最も内側に設置した地雷型の罠だ。こちらも大量に入手したゴブリンの魔結晶を触媒・魔力源にした魔法地雷だ。基本的な仕組みは『氷槍地雷』と一緒で、『爆炎地雷』は反応範囲内にゴブリンが侵入した場合、爆発的に炎を噴き上げ、範囲内のゴブリンを炎に包む。延焼の恐れがある為、周囲に燃えやすいものが有る場所では使えない。今回は岩場で燃える物の無い窪地周辺に設置した。
この地雷にはこの罠が作動し上げる炎を、ゴブリンの侵入の目印とする目的もある。炎が上がればその周辺からゴブリンが窪地の陣に近寄っているのが分かる。一度きりの使い切りの罠だが、未使用の罠の回収が容易な点も『氷槍地雷』と同様だ。
この四種類の罠を手分けして設置したのだが、『斬糸』以外は一度きりの使い切りだ。その設置した罠も正面が厚く、窪地周辺は少し薄い。余り回り込まれるのはよろしくない。何方も十分余裕を持った厚さで設置したが、薄い方に大量に回り込まれると少し不安だ。その為、ニトだけ監視させるのでなく、窪地周囲はサティに監視させることにした。
「手が離せないんですけど? 弓を撃ってるでしょ? 見えませんか?」
一方のサティはその命令が大変不服だ。救助した女性の治療では大活躍したサティだが、戦闘においての活躍が少ない。それがとても不本意なのだ。今回はやっと弓が撃てると喜んだのも束の間、またしても監視業務だ。無駄でも何でも反抗し、不服だと意思表示だけはする。
「見えているから命令をしてるんだがな? 弓を撃つのを止めて監視だ、良いな?」
「折角魔法弓を買ったのに!! 活躍殆どしてないんだから少し位撃たせてよ!」
『騎士見習い』は騎士にはなっていない見習いだが、騎士団に所属する軍人だ。そんな我儘など通る筈もない。本来なら抗命罪が適用され懲罰ものなのだが……
「はいはい、また今度な」
ギャンは相手にしないで軽く流す。
「ああもう! 隊長のバカァ!」
「喧しいバカ娘! 大人しくしろ! ニト、敵の数は?」
これでも軍隊には規律と言うものがある。『黒狼』部隊は大分サティの言動には馴れた様子だが、軍規を乱れさせない為にも最低限の規律は維持しなければならない。ギャンは自分で甘いのは自覚しているが、甘い事ばかりは言っていられない。サティに余り好き勝手喋らせるわけにはいかないので叱って黙らせる。
サティはこれ以上は抗議しても無駄だと悟ったらしく不満たらたらだが魔道具を取り出して監視を始める。サティは言いたいことを言った後は割と早く切り替えるのが長所だが、その前に言いたいこと言うのが短所だ。
「中央が約300、左右に約200づつですね」
「左右が少し多いな……上位種が混じっているのか?」
昼間二度も仕掛けて煽ったわりに、中央から仕掛けて来るゴブリンの数が少ない。そして待ち伏せを警戒して左右から仕掛けて来るゴブリン数が異常に多い。それは指揮官となる上位種の居る可能性が高い事を示していた。
「ロードらしき反応が左右に有ります。あっ! 敵中央後方から急速接近する反応100!」
「ライダーか? まあ良い、引き続き動きを監視しろ。ハジメ、サンジ、左右に展開! 突破してくる敵に備えろ! ミツ、敵の位置は把握しているか?」
『ゴブリンライダー』に中央から突撃されるとその速度から少々厄介だが、中央にはゴブリンの中央部隊がいる。川底の道幅から考えてもその部隊を避けて『ゴブリンライダー』が中央から仕掛けてくる可能性は低い。
なら左右どちらに流れるだろう。ただ流れても、『ゴブリンライダー』は『斬糸』の罠に弱い。その速度故に『斬糸』を見極め、躱す事が出来ない。
(ならライダーは何とかなる)
だがギャンは念のため二班と三班を左右の防衛に付かせる。そして更に……
「はい、把握済みです。どうします? 左右どちらから仕掛けますか?」
ミツはサティの手元の魔道具を隣で見て答える。
「最初に右、続いて左だ。右の部隊がこれ以上回り込まない様に部隊の更に右に一発、後方にも砲撃して罠に追い込め。左も同様だ。罠に追い込んで数を減らす!」
ギャンはニトの手元の魔道具を確認して『ゴブリンライダー』が右に逸れ出したので先手を打つ様に指示を出す。ミツが早速魔法砲撃を準備する。
「カーディス! 少し無駄撃ちが多い、もう少し一度に撃つ人数を減らせ!」
「了解! 総員釣瓶撃ち用意! 二班交代から一班順次交代へ移行する! 次の射撃から番号の若い班から順次交代!」
「「「「おう!!!」」」」
もうすっかり『黒狼』部隊もベテラン、バーキンを出発した当初からは想像もつかない練度の高さだ。射撃の順番移行もスムーズだ。
「隊長! ゴブリンの中央部隊、一部部隊が停止してます! これは……弓か!! 矢が飛んできます! 総員、正面と頭上注意!!」
「騎士見習いで手の空いている奴は全員『暴風陣』用意!! 吹き飛ばすぞ!! 『黒狼』はそのまま矢を絶やすな!」
敵ゴブリン部隊の侵入は続いている。弓を絶やせば、窪地の上にゴブリンが駆け上って乱戦になる可能性もある。ギャンは防御は騎士見習いの魔法に任せ、『黒狼』部隊には攻撃続行を指示する。
『暴風陣』の魔法は単なる強風を発生させる魔法だが範囲が広く、ゴブリンの小弓から放たれる矢程度なら、吹き飛ばすに足りる十分な風量があり、燃費が良い。一度発動すると30秒程、強風が継続的に吹くのも利点の一つだ。
「隊長タイミングは!」
だがこの暗闇では何時敵の矢が飛んでくるのかが分からない。イチゴは当然の様にギャンに指示を仰ぐ。
「まだだっ! 引き付けろ……今だ!!」
そしてギャンはこの真っ暗闇のなか、当然のように矢の降り注ぐタイミングを当てる。『暴風陣』によって煽られた矢が窪地の手前にパラパラと降り注ぐ。
「隊長、敵弓部隊吹き飛ばします!」
「ヨシ! やれミツ!!」
再びサティの魔道具を確認したミツは動きを止めた部隊に大して魔法砲撃を加える。
「敵弓隊反応消失!」
「こちらの位置がバレたのか? だがどうやってこのポイントが……奴らの中にここの地形を把握しているモノが居るのか?」
『遮光』で光を一切漏らしていない。窪地の舞台に登場するまで相手からこちらの位置は分からない筈だ。実際今だにゴブリン達は登場しては強制退場を繰り返している。
にも拘らずこちらに向かって矢を放った。相手の指揮官はこの辺りの地形を把握している。この窪地の地形を知られている可能性が高い。
「ニト、『ゴブリンライダー』はどうなった?」
「右で罠に掛ってます。右舷『斬糸』領域に突入してますが……反応消失中、突破はされないと思われます」
『ゴブリンライダー』達は『斬糸』の結界内部に真面に突っ込んでいる。大半が『斬糸』に気が付かず切り裂かれ、生き残った者も、『斬糸』の位置が把握できず身動きが取れていない。
髪の毛よりも細い『斬糸』はゴブリン自慢の暗闇でもモノが見える目でも見えない。昼間、人が目を凝らし漸く見える蜘蛛の糸の様な『斬糸』だ。赤外線の反射を読み取る彼等の目では極細の糸の反射光を見分けるだけの精度が無い。それ故に『斬糸』を避ける事が出来ない。
動けば切り裂かれる、だからゴブリンは動うごかない。しかしこのまま動かなければ助かるか? そんな訳がない、ギャンは正面から侵入してくるゴブリンを撃退したら『斬糸』結界内のゴブリンも弓で射殺す満々だ。
「サティ! どうだ?」
「回り込んだ部隊も罠に掛って反応消失中……まって今全部消えたわ」
仲間の犠牲に罠の存在を知り、大きく迂回して移動していた部隊も、結局『氷槍地雷』に引っかかり、体中を穴だらけにして死に絶えている。
「ニト、残りは?」
「ミツが吹き飛ばしたのと、罠で左右部隊は半数の反応消失、中央も7割の反応消失」
『氷槍地雷』の地雷原は想像以上の効果を上げていた。
ギャンはこの地雷を、周辺を疎らに、進めば進むほど蜜になる様に配置した。最初が疎ら故に敵は地雷源に深く入り込み。密な地雷原を仲間が踏んで、危険を察知して後ろに下がった瞬間別の『氷槍地雷』を踏んで発動、被害を拡大させるといった現象を引き起こしていた。ギャンの悪辣さが良く表れた地雷配置だ。
またこの『氷槍地雷』は周囲に氷の杭を飛び散らせ効果範囲が広い。一つ一つは大した威力ではないが、散弾の様に散らばり、負傷箇所を広げる。一回『氷槍地雷』を踏んで負傷し、逃げ出したところでまた『氷槍地雷』を踏んでトドメを刺されたり、仲間の踏んだ『氷槍地雷』の余波で負傷したりと。そこに阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出していた。
「逃げ出す様子は?」
「今の所……いや左右の部隊から一部離脱中、中央も後方が逃げ出し始めました!」
「討伐数は『ゴブリンライダー』を入れても500程度か? 少ないな……」
反応消失から予測できる討伐ゴブリン数はその程度だ。予定の半分で、ちょっと少ない。
「追撃しますか?」
敵は半壊して潰走中だ。今背後から仕掛ければ更なる戦果を挙げられる。しかし……
「いや、今夜は奴らが巣に帰ってから、もう一度嫌がらせをしにいってお終いだ。今度は道中にも地雷を撒くぞ! フィフ後方は如何だ?」
「探査してますが、ゴブリン及び魔物反応有りません」
「予定通りベースキャンプを第二ポイントに移す! 『黒狼』はこの窪地の後始末をして準備出来次第移動! 四班は『黒狼』と移動しろ、周囲の索敵だ。他の者はこちらも準備してからゴブリンの巣穴に移動する。魔道具での監視を怠るな、待ち伏せが居るぞ!」
ギャンは位置を把握されたこの場所に留まる事なく、予め準備しておいた第二のポイントへの移動を指示する。何の為に? ゆっくり眠る為だ。相手の安眠はトコトン邪魔をしたが、だからこそこちらはそれを邪魔させない。
それにこの場の罠はそのままにして行く。窪地への侵入口にも地雷を撒いて封鎖すれば、このポイントは無人なのに囮に使える。
罠を突破しない限りこの窪地にゴブリンは侵入出来ない。ゴブリンはこちらの移動に気が付かず、無人のこのポイントを攻略しようと、罠しか無いここへ仕掛けてくる可能性が高い。そう勝手に罠に掛かって自滅してくれる、設置した罠も無駄に成らず一石二鳥だ。
フットワークの軽い中隊規模の部隊構成ならではの囮罠作戦だ。
それにギャンは潰走中の敵を追撃する心算はない。まだ敵ゴブリンは2500匹は居る。自分が敵の指揮官なら、今回、仕掛けてきたゴブリンの部隊を強行偵察及び囮として、潰走を装い敵を誘導、別動隊にて敵の追撃部隊を途中で待ち伏せ、今度は逆にこれを包囲殲滅する。
なら敵も同じ事を考える。このまま追撃しては敵の待ち伏せを受ける。相手指揮官には地形を読んで、この窪地に攻撃を仕掛けるように命じた知恵者がいる。
(厄介な奴が居るな! 相手の部隊には纏まりが無い、これはゴブリンだから何時もの事だ……しかし、そもそも巣穴から誘導できたゴブリンの数が少ない。敵の待ち伏せ、罠である事を警戒して追撃するゴブリンを偵察程度の規模に留めた奴がいる……何者かが指示してゴブリンを抑えている……ロードか?)
知恵のあるゴブリンの代表格は『ゴブリンロード』だ。このゴブリンの知能はほぼ人並みだ。人語を解し、話す『ゴブリンロード』は珍しくない。ゴブリンを率いる統率力にも優れ、一般のゴブリンは『ゴブリンロード』には逆らえない。これは特殊な信号を『ゴブリンロード』の脳が発し、その信号を受けたゴブリンがその信号を発した者に従う性質ゆえと判明している。
ただこの性質と能力は、ゴブリンの群れの長としては十分な能力でも、軍を率いる指揮官としての能力には不十分だ。
ゴブリンロードは性格に極めて難があり、その利己的、また短絡的な思考から、攻めには強いが反撃に弱い。
一方的に相手を攻めて居る時は部隊を鼓舞し、突撃と掠奪を命じ攻撃箇所を指示する。その程度の指揮は出来る。
だが相手の反撃に対する反応が鈍く、自らの判断ミスの修正、及びその後の対応能力に欠ける。
ゴブリンとは利己主義で楽天的でジャイアニズムの塊の様な魔物だ。
反撃など状況の変化や想定外の出来事があると、マイナスとなる要因を全て他者の所為とし、他者を間抜けと非難する。そんな暇があるなら対策を考え対応するのが基本だがそれをしない。
自己弁護をしないと他のゴブリンから非難され叩かれるからだと思われるが……そんな無駄な事で対応が遅れる。
更に致命的な状況になるまで、なんとかなるだろうと楽観視して手を打たない。自分の都合の悪いことから目を逸らす、現実を直視しない。
そして一旦劣勢が判明すると、全てを放棄して真っ先に逃げる。己の保身が第一であり。自分以外の他者は全て己の為の捨て駒だ。
この特徴は例えロードであろうと変わらない。およそ軍隊の指揮官に最も向かない魔物、それがゴブリンだ。それを思い出し、ギャンはロードの可能性を自ら否定する。
(ロードでは無いな……相手の指揮官は率いたのがゴブリンで無ければ、こっちがもっと苦戦させられるような野郎だ……だが情報が足らんな……)
今回ゴブリンの軍勢は最初から三部隊に分かれた。これは明らかにこちらの待ち伏せ、罠を警戒し、更にそれを包囲殲滅する為の行動だ。こちらの誘導の意図を見抜いている。恐らく敵指揮官はもっと大きく左右の部隊を展開したかった筈だ。本来はもっと大きく左右から回り込ませ側面を突く作戦だろう。
しかしゴブリンは他者に獲物を取られることを恐れる。それ故に中央の部隊に遅れる事を嫌い迂回せず、中途半端な左右の部隊展開となり、ほぼ正面から罠に突撃しただけになった。
これは指揮官の意図ではない筈だ。少数だが命令に従って側面に回り込もうとしたゴブリンが居る事からもそれがうかがえる。
また、『ゴブリンライダー』も本来はその機動力で中央に強引に突っ込み、こちらの陣形に楔を打ち込もうとした意図が見える。
中央の先行部隊の反応が無くなったことで、その先に待ち伏せ部隊が居る事を確信し。早々に手を打つ様なタイミングで『ゴブリンライダー』は投入されている。
ただこれも獲物を奪われまいと中央の部隊が道を譲らず失敗。ならばと右翼から後背に機動力を生かして回り込ませる様に指示した筈が、これも誰よりも早く獲物に辿り付き、他者より多く利益を得たいゴブリンの心理が働き、『ゴブリンライダー』達は右に僅かに経路をずらしただけで正面から罠に突撃したのではないかと思われた。
言う事聞かないゴブリンに悉く足を引っ張られ兵力を無駄にすり潰しているが、こちらの左右への魔法砲撃の意図を察して、地形と合わせて正確にこちらの位置を予想。そこに向けて矢を射かけさせた手腕は見事だ。
ただこれも一部の部隊だけしか命令に従わず、弓を射かけるゴブリンの数が少なすぎ、牽制射撃程度の中途半端な攻撃となっている。
この弓部隊は逆に集中的に魔法砲撃されて壊滅させられたが、この段階で相手指揮官はゴブリン相手の指揮の難しさを実感したのだろう。あっさりと攻めを諦め引いた。この判断力は流石だ。
「隊長! ゴブリンの巣穴手前にゴブリンの纏まった反応があります。半包囲陣! 数600、待ち伏せ部隊で間違いないかと」
「ふむ……賢い奴が居るな……ニトどう思う?」
そしてやはり定石通り待ち伏せ部隊まで準備している。こちらの待ち伏せの罠を正確に見抜いて、自分達の有利な場所に、逆に敵を誘い込む……ゴブリンとは思えない敵指揮官の有能ぶりだ。当たり前の事を当たり前にやってのける敵の指揮官。ギャンはニトの意見を求める。
「ロードにしては敵の対応に違和感を感じます。軍隊的な、組織だった作戦行動をしようとする意図が見える……何者でしょうか?」
ニトもギャンと同意見の様だ。組織だった行動を命じている、それが端々からうかがえる。
「分からん。だがまだまだ甘い部分も多い。ゴブリンの馬鹿さ加減、弱さ加減を見誤っている部分がある」
相手はゴブリンなのだ。将棋で言えばゴブリンは歩か香車だ。真っすぐしか進めない。ゴブリンとはそういった物だと理解して指揮している感じがしない。あくまで自由に動かせる駒の心算で動かそうとして失敗している感じがする。ロードを左右の部隊に配したからある程度は大丈夫だと勘違いしているのかもしれないが、所詮ロードもゴブリンだ。
仮に他の部隊が居なければ、左右の部隊も命令通り側面に回り込んだだろう、『ゴブリンライダー』の部隊も後背に回り込んだ。
(ゴブリンを指揮するなら、最初に中央の部隊を凸出させるべきではなかったな。敵のおおよその位置が判明たら、一度全軍を停止させ後退、距離を保ったまま左右の部分を展開させて、『ゴブリンライダー』の部隊をあらかじめ大きく後方に回り込ませ、全ての準備をととのえてから一斉に突撃させるべきだ。敵との交戦が始まればゴブリンは目の前の事しか見えん)
ゴブリンを指揮するなら戦闘前に駒を配置し終わってないとダメだ。それなら戦闘中の駒の移動は前に進めるだけだ。
「確かに……ゴブリンを率いて戦うのに不慣れなんでしょうか?」
「不慣れか……成る程な、まだ慣れてないだけか……」
ニトの着眼点はギャンに新鮮な驚きを与える。ゴブリンを率いる者がゴブリンに不慣れ……
(少なくとも今ゴブリンを指揮している何者かがゴブリンでは無い可能性が高まった……)
その方がしっくりくる。相手指揮官はゴブリンの部隊を指揮することに慣れていない。逆に言えば慣れる前に叩かないと歩兵の数の差で此方が不利になる可能性もある。
今日も優秀な人の兵士をこの指揮官が指揮していたら、もっとこちらは苦戦させられていた。罠で造った進入禁止区域は、所詮侵入できないだけで防壁ではない。相手指揮官の意図通り、窪地周辺を距離を取って囲まれ、弓を射かけられていたら可成り不利な戦いを強いられていた筈だ。
(相手指揮官は無能じゃない、なめてかかると痛い目に合いそうだな……)
対ゴブリンを想定して作戦を立てずに、ゴブリンを操る指揮官を想定して作戦を考えないと思わぬ被害が出そうだ。
「隊長、ゴブリンの大軍の規模は結局10万匹を越えてましたよね? 以前聞いた『ゴブリンキング』の可能性は?」
今までにないパターンのゴブリンの行動に、今までに居なかったゴブリンの発生をニトは疑う。
「少ないと考えている。今まで潰した巣穴でゴブリンのメスやゴブリナを一切見かけん。『ゴブリンキング』が発生したので有れば少しくらい見かけている筈だ。最後の巣穴、この内部にゴブリンのメスやゴブリナが居る可能性はある。だが他でゴブリンのメスすら見かけないのは不自然だ」
『ゴブリンキング』の特徴に女性を囲い、ゴブリンのメスやゴブリナを生ませて、それを保護すると言うのがある。これは『ゴブリンキング』の発生目的が最終的に『ゴブリンクィーン』を発生させる事に有るからだと言われている。本能的に『ゴブリンキング』はそれを行うのだ。
「キングが全て囲っているのでは?」
「率いているゴブリンロードに不満が出ない様に、キングは物でロードを釣る傾向がある。ゴブリンに忠誠心など無いからな。光り物もそうだがゴブリンのメスやゴブリナをロードに与えている場合が多い。だが周辺の巣穴にはそれらが一切居なかった」
『ゴブリンキング』の率いる群れでは、複数の上位種を部下に引き連れる。特に『ゴブリンロード』にゴブリンのメスやゴブリナを与えれば極めて高い確率で上位種のゴブリン、『ハイゴブリン』が最初から生まれる。『ゴブリンキング』は群れを強化する意味でも配下の『ゴブリンロード』にそれらのメスを与えることが知られている。
「そうなんですか? けどそうですね……あと気になる点が一つ、今回の『ゴブリンの大軍による北侵』でのゴブリンの構成は上位種の数が異常に少ない……いや、普通のゴブリンの数が異常に多い気がします。今までこの地域で討伐されたゴブリンの報告書の数値と比べても異常です。この国の記録に有る、全てのゴブリンの群れの記録と比べても極端です」
ゴブリンは地上で最も討伐されている魔物だ。今回の規模のものは珍しいが、様々な記録が残っていて、統計データも整備されている。
ニトはその統計データと比べて不自然な今回のゴブリンの構成を訝しむ。
「ふむ、ホブもシャーマンもロードも確かに少ないな、初日に潰した巣穴は前日までに普通のゴブリンを間引いていた為か上位種が多かったが、アレ以降の巣穴は1000匹規模でもホブを入れても5・6匹……」
「ヒーローも殆ど見かけない。『ゴブリンスレイヤー』さん達の方にどれだけ居たのかまだ把握してませんが、僕達の方は2.5万匹倒して8匹、これは少な過ぎませんか?」
「一般に約1000匹に1匹と言われているからな、半分以下は少し異常だな」
統計データはあくまでも統計だ。バラツキはある。しかしニトの言う通り今回の『ゴブリンの大軍による北侵』のゴブリンの構成には明らかに偏りが見受けられる。
普通のゴブリンはポコポコ増える。自然に発生する。元々数が多いだけに、気にしてなかったが言われてみれば不自然だ。
(ニトはやはり優秀だな、普通の者なら見過ごす点に気がつく……この最後の巣穴も魔道具の反応を見る限り上位種の数が多いとは言えない。3000匹の群れならもっとホブやヒーローが居ても良い。キングの発生まで疑われる様な規模なのに上位種が少な過ぎる……何かあるのか?)
今回倒したのは、ほぼ普通のゴブリンだ。この数のゴブリンの部隊なのにホブすら居ない。
魔道具の反応で判明した上位種は左右の部隊を率いたロードだけ……
「ミツ、ココノツ、すまないが、ちょっと行って待ち伏せ部隊に範囲魔法で砲撃してこい、一発ぶち込んだらサクサク引き上げろ。サンジ、二班は護衛に付いて行け。巣穴への嫌がらせは中止だ、他の者は適当に『斬糸』の所のゴブリンを射殺ろして始末、目に付いたゴブリンの死骸を片したら今日はもう寝るぞ」
「了解! 範囲魔法の規模はどうします?」
「好きにしていいだろ? ミツ、お前細かいこと気にし過ぎだ」
「フンッ、ココノツ、なら思い切り吹き飛ばしていいのか?」
ミツが本気で吹き飛ばすと地形が変わる。
「ミツ、いい加減は丁度良い加減だ! ココノツの言うように好きにして構わんが手加減しろ」
まあ口で言うほど無茶はしないと思うが頃合いというものがある。一応ギャンからも注意しておく。
(しかし、待ち伏せ部隊が600匹か、これで追加で500匹位仕留められれば、ノルマの1000匹達成だな、そうなれば後が楽なんだがな)
「ねえ隊長! 私はもう好きにして良いのよね?」
「なんだ? 何が言いたい? サティ命令が聞こえなかったのか?」
既に命令したのにサティがわざわざ確認してくる。
「聞こえたから聞いてるの! もうここに居なくても良いんでしょ? 私も『斬糸』の所のゴブリン射殺してくる!」
「…………」
出来ればサティは、ミツの後顧の憂いを無くす為にも、目に入る範囲に置いておきたい。
だがサティは弓を構えてヤル気、いや殺気マンマンだ。
(目に入る範囲でゴブリンの死骸の片付けをさせたいんだが……)
「隊長、サティ、ちょっとストレス溜まってるみたいだから……」
ニトがサティのフォローをする。ニトとしてはここら辺で一度サティのストレスを発散させるべきとの考えの様だ。
(まあ『黒狼』も周りに居るし、あっちにはハジメも居る、問題は無いか?)
フミの索敵と、ハジメとジュウゾウの鉄壁の防御力が有るので心配は無い。周囲には『黒狼』部隊も展開中だ。
「まあ良い、行ってこい。だがな、焦らんでも明日以降接近戦の機会は増えるぞ?」
「そうなの? 何で?」
「アイツらは恐らく、もう誘導に乗ってホイホイ追いかけてこない。なら明日からは遺跡内で戦う様になる。表に見張りがまだいたら嫌がらせ続行だが……微妙だな、引き篭もって巣の中で警戒している可能性が高い」
元々昼間巣穴の外で見張りをしている方が珍しい。普通のゴブリンは巣穴内部で半分寝ぼけて見張りをしていればマシな方だ。勤勉なゴブリンなど存在しない。
「遺跡は結構出入り口あるけど、不用意に遺跡内に突入して囲まれないの?」
「出入り口を塞ぐ事は出来ないが、地雷で封鎖は出来るからな。見張りが居ないなら出入り口を封鎖して回る。まあ地上の出入り口にあまり意味は無い。ヤツラが居るのは地下だ。地下への出入り口を見つけ出し、一ヶ所を除いて他は全て封鎖する。本番は地下だが地上も屋内の探索だ。そうなれば遭遇戦も増えるし、相手の仕掛ける罠を警戒しながら巣穴の攻略も進めるから近接戦闘が増える」
遺跡の出入り口は頑丈すぎて、容易に破壊出来ない為、塞ぐ事は出来ないが、出入り口の内外に地雷を撒けば、封鎖は出来る。
地雷だけでは石畳の上に撒くので罠としては機能しないが、近寄れば作動する。見えて居るからこそ近寄れない筈だ。
「燻り出さないの?」
「遺跡とはいえ、どこまで壊れているか分からん。まだ換気装置が生きている可能性があるからな、それに施設なら部屋の出入り口に扉くらいあるだろう? 閉じられたら煙もガスも遮断されて意味が無くなるからな、煙玉は使えん。古代帝国の施設は思った以上に堅牢で頑丈だ。設備の耐久性も高い。調査しながら襲ってくる敵を殲滅、慎重に進むしか無いな」
地下施設なら複数の換気装置がある筈だ。どの位壊れずに稼働中か分からないが、地下にあれだけの数のゴブリンが居て酸素不足で窒息していない。ある程度の換気が確保されていると見るべきだろう。煙玉を使用しても強制排気されて効果が薄い恐れがある。
それに遺跡といっても施設だ。扉が残っているならそれを閉じるだけで煙玉の効果はほぼ殺せる。そこら辺が洞窟と違うため遺跡の巣穴は厄介なのだ。
「そうなんだ! けどやっと正面から戦えるのね♪」
最近、サンジ達のお世話係、ザイン子爵家のお姉さん達に『棒舞』と『魔法格闘術』を習って居るサティは、それを実戦で試したくて仕方ないらしい。
彼女達から『驚く程筋が良いわね? このまま育ったらヒフミちゃん並? ……まさかね……』と謎の誉め言葉を貰う程の成長速度で習熟している。
特に『魔法格闘術』の才能が優れている。元々発動速度に定評の有った雷系はますます発動速度が上がり、威力が素晴らしく連発出来、更に燃費が抜群に良いと絶賛されている。それはギャンからも『雷娘』との称号を授かる程だ。




