第119話ちょこっと外伝『少年はモノから人に成れるのか』騎士見習い編①-09
「なあちょっと良いか?」
「何? イチゴ」
「さっきから話してる『L・L』って国は何処に有るんだ? そもそも『L・L』自体初耳なんだけど」
「同じく初耳だぜ」
「二人ともさっきから大人しかったけど……話について来てなかったって事?」
「一応話の内容は分かったけど『L・L』なんて聞いた事が無いだろ? こう実感ってのかな?」
「そんな国が有るんだってのは分かったぜ。けどスケルトンをゴーレム代わりにする、そんなとんでもない国なのに、噂も聞いた事がないぜ?」
ニトは噂で聞いた事があったようだが、ニトは少し? いやかなり特殊だ。
「だよな。冒険者してた召喚者が移住した。そこまでは分かる。けど何処に? ってのがさっぱりわからない」
「『L・L』ってのは通称でな。正式には『リトルロサンゼルス』と言うらしい」
一応略称も当初は『L・L』案と『L・LA』案が有ったそうだ。
それで投票による選考の結果、シンプルな方が良いとの意見が多く『L・L』に決まったらしい。
また読み方として『ダブルエル』『エルエル』『エルツー』などの案が出されたが、こちらもシンプルに『エルエル』に決まったそうだ。
「『リトルロサンゼルス』?」
「そっちも聞いた事がないぜ?」
「召喚者が元居た異世界の街に、似たような風土の街があったらしい。その名称から取って付けたそうだ」
「ヘェ~」
「意味は『天使達の住む小さな街』だったかな? 元の街の名称は『ロサンゼルス』で『天使達の住む街』らしい」
「随分と詩的ですね」
「けどニト、スケルトンがあちこちに居るのに天使ってどうなんだ?」
「イチゴ、自虐じゃねえか?」
「ハチ、それは流石に……名称をつけた時にはまだそんなにスケルトンが居なかったんじゃない?」
「ああ、その可能性も有るのか。しかし何故『リトル』?」
「召喚者達が言うには『ロサンゼルス』は二千万人程の人々が住む大きな都市だそうだ。『L・L』の人口は国全体でも七十万人程だ。『小さな』ってのは間違いじゃ無い」
「えっと『ロサンゼルス』ってのは都市ですか? 国ではなく?」
「この国の総人口と一緒だよな?」
「『バーキン』は世界で一二を争う大都市だろ? ここの十倍って人がどれだけ居るんだ?」
「それでも大きな国の一都市らしい。流石にこの人口だから、幾つかの街がくっ付いた様な状態だそうだが……因みにその大きな国の人口は三億人を越えているそうだ。ちょっと想像が付かんがな」
「三億人? 世界国家ですかね?」
「分からんな。異世界ってのは人口が多いらしいが……」
「それだけ人が多いと、国力を十倍にするのも簡単って事か?」
「その人口を支える農業、食糧生産力があったって事だろうからな。大規模農業のノウハウを持っていたという事だろう」
「で、隊長。場所は何処なんだ?」
「シリウス大陸の西端辺りだな。大陸の西海岸沿いに有る。白い砂浜の続く海岸を臨む、緑豊かな国だ。平野が続いた東に山脈があってな、その向こうに砂漠や荒野が続いている。お陰で、水源に恵まれている割に、空気が乾燥していて過ごしやすい」
「ああ、成る程。西風が山脈の西側に雨を降らせるって事か」
高い山脈に海からの西風が当たり、そこで雨が降る為、水源には恵まれている。しかし、平野部が広く、そこには余り雨が降らないので空気は乾燥している。
又、局所的にしか雨が降らない為、山脈の東側は乾燥し過ぎて砂漠や荒野となっていた。
「海……白い砂浜か、一度実際に見てみたいな」
「ところで乾燥してると何が良いんだ?」
「ジメジメしてるよりはよっぽど良いぞ。あそこは暖かい西風のお陰で一年中温暖で過ごしやすい。国民がおおらかなのはこの気候も関係しているのかもな」
暖かい西風は、冬は良いが夏場は暑そうに思う。だが、湿度が低い為、熱が伝わり難く。日向は暑くても、日陰は比較的に涼しい。
噴水などで水を撒けば気化する際に熱を吸収して、それだけでクーラーが必要ないほどだ。
「けどシリウス大陸ってさっきの『五街地域』の有る大陸だろ?」
「丁度『五街地域』の西隣の国だな。『五街地域』の西の都市『カンサイ』からは熱帯雨林のジャングルが有る半島を挟んで西側に位置する」
「アレ? 熱帯雨林? 先程、東側は山脈と砂漠と言いましたよね? では『カンサイ』は砂漠のオアシス都市ですか?」
「ああ、その砂漠の更に南側だ。山脈が南側で東に折れ曲がっていてな。その更に南はジャングルになっている。そこから東へ行って少し北に上った辺りに『カンサイ』がある」
国と国とが国境を接していないこの世界では、間に国が挟まって無ければ、少々離れていようと『隣国』だ。
「ヘェ~『カンサイ』ってのはどんな所ですか?」
「丁度、西の半島と東の半島に囲まれた自然の港湾になっている場所にある。大きな川の河口付近でな。南に海、北は砂漠、西はジャングルで東は森林って中々バラエティに富んだ風土の商人の街だ」
『L・L』から続く山脈が東西に走り、その中間の一部低くなっている箇所に『カンサイ』は存在する。
山脈の北側には砂漠が続き、その南側の西部は『L・L』との境界で有るジャングルが拡がり、東部は遠く『ヘルイチ地上街』まで続く大森林だ。
南の港湾内部は波が穏やかで浅瀬が続き、魚人型の亜人が多く暮らしていて、海の幸が豊富に取れる。
「それは又、凄い場所に街が有りますね」
「乾燥してんだか、鬱蒼としてるのかサッパリだな」
「『カンサイ』自体は少し砂漠に近いから乾燥している。ただこちらも水源に不自由しないからな、思ったよりも過ごしやすい。その利便性から東西南北全ての交易拠点として栄えている街だ」
西側の山脈を源流とした川の河口付近にある為、砂漠が近いのに水は豊富だった。
「そんな立地なのに交易拠点ですか?」
「砂漠といっても一面、砂の砂漠が広がっているわけじゃ無い。サバンナと言って草原が広がっている所も多い。そこには遊牧民が暮らしている」
山脈に降る雪は、分水嶺を越えて山脈の東側にも多少降る。その為、雪解け水は砂漠の有る東側にも流れていた。
それが地下水脈となり、砂漠にオアシスを生む。そして比較的地下水の豊富な場所には、乾燥に強い植物の草原が広がっていた。
また、冬場に北から風が吹き、短いながらも雨期も有る。雨期の季節だけ限定で草原が広がる場所も多い。
そしてこの『ワビ砂漠』に流れ込んだ水には出口が無い。
お椀に溜まる水の様に、砂漠の底に地下水が溜まり、地上に砂漠が広がって居る割に地下水は豊富だった。
「郊外ですよね? 遊牧って魔物は?」
「あの辺りの遊牧民は逞ましい。魔物など丁度良い食糧だろ。飼って居るのがそもそも地竜だからな。巨大な亀型の地竜『グランドタートル』の背中の上に住んで遊牧している」
「……世界って広いんですね」
「亀の背中に住むのか?」
「どれだけデカい亀だよ!」
「平均して全長五十メートルだ。一家族に一匹って所だな」
「うっ……」
「想像以上にデカい!」
「一家に一匹ってそんなのが群れで居るのかよ!」
「まあだからこそ大型の魔物の住む郊外でも平気なんだ。遊牧の間に倒した魔物の素材や、家畜から刈り取った毛を加工した織物などを『カンサイ』と交易している。『カンサイ』からは香辛料や塩、それに武具などを購入しているようだな」
◇
『グランドタートル』と呼ばれるこの地竜は、亀と言われているが見た目は首長竜に近い。
大きな甲羅の有る首長竜といった見た目で、足もヒレに近い形状になっている。
巨体を持ち上げて歩くのでは無く、甲羅をソリの様にして滑って移動するのに、その方が適していたのだろう。
『グランドタートル』はその大きな甲羅の内部に水分を溜め込み、とても乾燥に強い事でも知られている。
また、人よりも遥かに優れた感覚で、砂漠でオアシスを見つけ出す。
その為、『グランドタートル』が居る限り、遊牧民は何も目印の無い砂の海で、目的地に迷う事がなかった。
その巨体故に、地上に居る魔物を寄せつけず。郊外でも安心の居住空間を遊牧民に与えていた。
ただ……『グランドタートル』はその巨体を維持する為に食事の量が多い。
周囲の生物を食べ尽くす事が無い様に、一ヶ所に留まる事が出来ず、結果遊牧して暮らしているらしい。
また、態々砂漠に住んでいる理由もその巨体に有る。
エサは豊富でも、障害物の多い森林では巨体が仇になって暮らせないのだ。
だから障害物の少ない砂漠で暮らす。
しかし、今度はエサの問題が有る。砂漠は一見エサが少なくみえる。とても『グランドタートル』を養える様なエサが無い様に思えるのだが……
ただそれは砂漠の表面だけだ。
その地下にはまるで砂の海の様に独自の魔物の生態系が存在していた。
◇
『カンサイ』北部の『ワビ砂漠』には『砂魚』と呼ばれる砂の海を泳ぎ回る魚がいる。
「与作! 見ろよ。砂の上を魚が泳いでるぞ。凄いなぁ」
「バカッ、タメ吉! そいつも魔物だ。不味い……囲まれた」
「魔物? 小さく無いか? この位なら怖がらなくても」
「違う! 小さいのを狙ってデカいのが来るんだ。周りを見ろ背鰭が見える。『サンドシャーク』が来るぞ!」
様々な種類の『砂魚』が群れを成し。それを狩る『サンドシャーク』の様な肉食の魚類も周囲を周遊している。
「うわぁ、マジだ。思ったより数が多いな。『マミー』なら砂漠だろって安易に『ワビ砂漠』に来たのは間違いだったか?」
タメ吉達は『マミー』に進化したスケさん達の育成の為に、休暇を利用して『ワビ砂漠』に来ていた。
「今それを言っても仕方ないだろ! イッコ、スニ、ホネミ、周囲を警戒。特に地下だ。下に回り込ませるな」
「コクコク!」
与作の所の『ホワイトブリムマミー』が頷いて返事を返す。
マミーとなって、包帯に覆われた彼女達の身体は、女性らしく艶かしい曲線を描く。
三人は与作の趣味で、その包帯の上にメイド服とシスター服を合わせて割って魔改造した様な白黒のローブに身を包んで居いた。
与作の所の三人のマミーは、特に胸や腰が大きく、衣装がそれをより強調して、マミーなのに何故か色っぽい。
「与作、一度『グランドタートル』の上に戻るか?」
案内役の遊牧民の『グランドタートル』は直ぐそこに居る。
甲羅の上に逃げれば安全だ。
「危なくなったら即退避だ。けど一度様子見で当たってみるぞ」
「了解だ。スケさん、行けそうか?」
スケさんも『シャインリースマミー』に進化した。
進化したスケさんは、何故かマミーなのに清楚でお嬢様っぽい。
プロポーションは与作の所のマミーと比べて控えめ。
だが決してスタイルが悪いわけでは無い。スレンダーで小柄な体型には控えめな胸も合っていた。
(与作が美人だって言ってたけど……スケさんってマミーの段階で美人だよなぁ)
包帯に覆われて素顔は見えないが、輪郭が既に美人だった。
スケさん達が『レヴァナント』に進化したらどんな美人になるのか、タメ吉は今から楽しみだ。
「コクコク!」
「ハツネやニコも大丈夫か?」
こちらはタメ吉の所の元スケルトン、現『クールベールマミー』の二人だ。
(スケさんと同じで二人とも胸が控えめなのは何故だろう? 与作の所は三人とも大きいのに……)
タメ吉はオッパイ星人では無いので、控えめな胸も大好きだが、一人位大きくてもと思わないでは無い。
ただスケルトンの段階では胸は無く。マミーにならないと胸の大きさは判明しない。
(何か育成方法の差で、胸の大きさの差が出来るんだろうか?)
タメ吉は今度コッソリ与作に尋ねる決心を固めた。
「「コク? コクッ!」」
不自然に胸を見つめた所為か、ちょっと二人に睨まれた気がする。
彼女達の今の格好は、砂漠の遊牧民の女性がよく来ている薄い生地の白い長袖のローブだ。
頭にフードを被って、口元もベールで隠しているので、中に巻いてある包帯さえ無ければ普通の女性と区別が付かない。
一方スケさんだけは上下別衣装で、ゆったりした上着に、ゆったりとしたズボンを履いていた。
活動的なスケさんは、スカートの様なローブが動き難くて苦手らしい。
そして頭にはお気に入りの麦わら帽子。これはスケさんの拘りで外せない。
タメ吉もその麦わら帽子が何となくお嬢様っぽいスケさんの雰囲気に似合っている気がする。
「ん~、行けそうかな? 他の連中の話だと、『マミー』なら『この辺の魔物の通常攻撃で傷つく事が無い』って話しだから大丈夫だと思う」
マミー達が軽装なのもこの為だ。例え魔物であろうと通常攻撃でマミーを傷つける事は出来ない。
魔力を込めた攻撃なら、ダメージを受けるが、マミーはその身に纏った包帯が下手な鎧以上に防御力が有るので、防具が必要なかった。
「油断するなよタメ吉、この場で一番ヤバいのは俺達の方だからな?」
二人とも日射しのキツい砂漠対応で、金属鎧は着けられず、魔物の皮で出来たハードレザーアーマを着ていた。
手にはすっかり愛用になった槍を持って居るが、ハッキリ言って二人はマミー達より弱い。
しかし、そもそも二人は本来、田舎の農村で農業を営む、ただの村人なので仕方が無い。
だが、二人はスケルトンの育成の為だけに、『青銅』の冒険者の資格も手に入れていた。
何故か? 理由は簡単だ。
実際に目にした勘吉の相棒の『レヴァナント』が周囲の予想以上に美人だったからだ。
噂では聞いていたが、里帰りで一時帰省した勘吉の『レヴァナント』ムツミは、村人達が想像だにしていなかった妖艶な美女になっていた。
その為、近隣の村々では、かつて無いほどスケルトンの育成が盛り上がりをみせている。
男共は単純に勘吉が羨ましかった。そして、自分達のスケルトンも勘吉の所のムツミに劣ってはいないと信じて止まない。
結果、マミーに進化した者を連れて、隣国に育成ツアーが組まれるほどになっていた。
田舎では有るがタメ吉達の村からも、『L・L』の首都『リトルモニカ』行きの『転移魔法』ポータル屋の定期便がある。
それで『リトルモニカ』に行けば、飛空艇の定期便のある五街地域に有る『ワビ砂漠』のオアシス都市『ガガシ』までは半日も掛からない。
そこから周辺の『ワビ砂漠』を巡る魔物討伐ツアーは、育成が捗ると特に人気だった。
倒した魔物の素材の売却益で、ツアー代金が掛かるどころか、少し儲けまで出るのが人気の秘訣だ。
「ヨシ! そろそろ来るぞ! 皆んな構えろ!」
与作が注意喚起する。
周囲の『サンドシャーク』の背鰭の動きに変化があった。
タメ吉達は、与作をパーティリーダーに、人間二人と魔物六人で変則的なパーティを組んでこのツアーに参加している。
攻撃はもっぱらマミー頼り。二人はトレーナー宜しく指示係をしていた。
魔物のペットの様に二人に強さを求めないのが、スケルトンから進化した魔物の特徴だ。
ゴーレムの様に支配権を確保出来ているからか、地竜の様に自らの意思がある為か、そこら辺は未だ不明で研究途中……
しかし、タメ吉達は、そんな細かい事は気にしない。そもそも田舎の青年である二人にはそんな難しい事は分からない。
マミー達は二人のペットでは無く同僚だ。それさえ分かっていればそれで良かった。
「ん~? 与作、向こうに見える岩山が動いて見えるんだが……気のせいか?」
マミー達が『サンドシャーク』を撃退している最中だが、指示係のタメ吉には周りを警戒する余裕がある。
それで少し遠くの岩山が徐々に動いていることに気が付いた。
「どれだ? ああ、あれは『砂鯨』だろう」
与作も攻撃に加わっていないので、タメ吉と会話する余裕がある。
そもそもこのツアーはマミーの育成の為なので、二人が戦っても意味が無い。
「鯨? あれがそうか。あれも魔物か? こっちにきたらヤバくないか?」
「大丈夫だろ。『グランドタートル』が居るから『砂鯨』は近寄って来ない。アイツらでも『グランドタートル』には勝てないからな。今も『グランドタートル』に気が付いて逃げているんだろう」
この砂漠には『砂鯨』の様な、砂の海に特化した巨大な哺乳類型の魔物も多く生息している。
その巨体を優雅に砂の海に浮かべ悠々と泳いでいる姿が度々目撃されていた。
◇
砂漠には昆虫類も多く、『サンドスコーピオン』や『サンドスパイダー』は日射しのキツい昼間は砂に潜り息を潜めて居るが、夜間は活発に活動している。
「与作、下を見てみろよ。ウヨウヨ居るぞ」
「あれは『サンドスコーピオン』だな。結構デカいな」
大型犬サイズのサソリがワサワサと砂の上を歩いている。
盛んに啄んで居るのは昼間倒した『サンドシャーク』の残骸だろう。
『サンドシャーク』は皮と歯と鰭が売れるが、肉は日持ちがせず、その場で食べきれない分は骨と共に捨てていた。
新鮮な内はコリコリとした食感でそこそこ美味いのだが、直ぐにアンモニア臭がキツくなる。保存に向かない理由も納得だった。
「あっ! あっちでちっさいのが食われてる。あの蟹みたいなのってなんだ?」
野生の世界は、例え魔物同士であろうと弱肉強食。小さな『サンドスコーピオン』は、大きな『サンドスパイダー』に食べられていた。
「あれは蟹じゃなくて蜘蛛だな『サンドスパイダー』だろ」
「ヘェ~、あの辺の魔物って……何だか旨そうだなぁ。サソリやクモって蟹の親戚だろ?」
似た様なモノだが、遠縁だ。
バリバリと音を立てて甲殻を砕き『サンドスパイダー』が『サンドスコーピオン』を食べる。
その際、時折覗く、『サンドスコーピオン』の薄いピンク色の肉はとても美味しそうだった。
実際、この二種類の魔物は、その身が美味である事で知られている。
何方も蟹に似た風味で、そのまま焼いて食べられたり、干して干物として酒の当てにされていたりする、この辺りの名産品だ。
「別に倒しに降りても良いそうだぞ。ただ寝れる時にしっかり寝ないと明日が辛いぞ、タメ吉」
このツアーは夜間は移動しないので、今なら時間無制限で狩放題だ。
育成が捗りそうで、それはそれで魅力的だが、マミーは兎も角、人間の二人は体力的にキツい。
「昼間は暑くて寝てられないからな。んっ? なんだいスケさん。下に行って取ってくる?」
砂漠の昼は暑い。一応日射しを遮る天幕は有るが、茹だる様な暑さに寝ていられない。
一方スケさん達マミーは元気だった。
そもそもアンデットなので暑さを感じない。その為、汗もかかない。まあマミーなので汗腺が有るのかさえ不明だが……
しかも夜間も寝る必要が無いと、まさに絶好調だ。
魔力の補給が気になったが、倒した魔物から魔力を吸収して全く魔力が減らないらしい……倒せる魔物が居る限り永久機関状態だ。
「ふむ、アンデットは眠らないから暇って事か……けどスケさん。もうちょっと待った方が良いぞ」
「コクコク?」
「なにせ魔物の数が多いだろ? ほら、あの辺は本物の蟹の『砂ガニ』が群れてる。それにそこの岩っぽいの、昼間は無かったよね?」
「コクコク」
「あれは多分『サンドシェル』って貝だな」
「数が多過ぎて危険って事か? 与作」
「違う。数が多いから、それを狙って大物が来るって事だよ」
「そうなのか?」
「大物は『グランドタートル』のエサだからな。『グランドタートル』がエサを狩ってから降りた方が良いって話だぞ」
大きな魔物は、それぞれ縄張りを持っているので一度倒せば暫くは出てこない。
「成る程、巻き込まれない様にって事か……」
「ほら、噂をすればって奴だ。来たぞ『サンドワーム』だ」
砂が小山の様に大きく盛り上がり、そこから天を突く様な巨大なミミズが姿を表す。
昆虫型ならこの『サンドワーム』も有名だ。
この巨大なミミズは長大な身体をくねらせ、『サンドシェル』や『砂ガニ』を砂毎飲み込む。
「大物ってデカ過ぎだろ!」
「全長30メートルって所か? でも『グランドタートル』に比べれば小さいだろ」
ただやはり人に比べて遥かに大きい。甲羅の上に居ても安心出来る様な大きさでは無い。
「あっ、噛み付いた。意外と『グランドタートル』って素早いな」
それまでピクリとも動かなかった『グランドタートル』の首が、『サンドワーム』が射程に入った途端、驚く程の速さで動く。
そこだけはどこかカミツキ亀っぽい大きな頭部の嘴で、カプリッと『サンドワーム』の胴体を捕らえた。
「首が長いからな。うわぁ丸かじりだよ」
『サンドワーム』を咥えた『グランドタートル』は、一度口から『電撃』を放つと、ぐったりと動きを止めた『サンドワーム』をそのまま丸かじりし始めた。
バチンッ、ブチンッと大きな音を響かせ、とても頑丈そうな『サンドワーム』の皮をものともせずに喰いちぎる。
尚この間『グランドタートル』の身体は一切その場から動いていない。
人を囮りに小型の魔物を引き寄せ、その小型の魔物を目当て寄ってきた大物を仕留める。
それが『グランドタートル』の狩の仕方だ。
◇
『ワビ砂漠』には意外と植物も多い。
普段は地下に潜んでいて、付近を獲物が通りかかったら襲う。食人植物タイプが多いのも特徴だ。
『ビックトマト』は赤い大きなトマトの様な実のなる魔物だ。地下深く根を張り、地下水脈から水分を得て瑞々しい赤い実を砂漠に実らせる。
そしてその大きな実を囮りにして、砂漠で喉の渇いた獲物を誘き寄せる。
「スケさん、大丈夫かぁ~?」
「……コクコク!」
頷いているがどう見てもピンチだった。
「大丈夫そう? じゃないないよな?」
「あれって服の中に蔦が入りこんで無いか?」
「乙女の危機ってヤツか? 与作」
ただマミーなので服の下は包帯で、包帯の下はミイラの筈だ。
「うーむ、何だろうな。何故か興奮しないかタメ吉。こう……」
例えそれに実効性が伴わなくても、触手に捕らえられた乙女のシチュエーションは、何故か萌える。
「コクッコク!!」
「皆んなが『最低っ!』だって言ってるぞ。与作」
「うっ、しまったぁ。まあ……地道に蔦を切り裂くしか無いかな」
『ビックトマト』は実を中心に砂漠の地中に広く蔦を広げ、その上を通る獲物を蔦で捕らえて捕食する。
「結構、蔦の本数が多いな。まだ地中に潜んでいるかもだから慎重にいこう」
「コクコク!」
だがその方針にマミー達から抗議の声が上がる。
「急げって言ってもなぁ」
スケさんの犠牲により、ここは完全に範囲外、そんな安全な距離は大体判明した。
だがここからは範囲内、危険な蔦の上で有る距離がわからない。
スケさんを助けるには、襲ってくる蔦を切り裂いて、慎重に近寄るしかなかった。
「『風の刃』で纏めて切るか? タメ吉」
「それはスケさんが危なく無いか?」
蔦は地表近くに埋まっている。
中心も判明しているので、魔法の十字砲火で地面を抉る様に纏めて切断すれば、大幅に時間の短縮にはなる。
ただ、『ビックトマト』の蔦は、捕らえられたスケさんを盾にする様に動くので、下手に遠距離から攻撃出来ない。
「スケさん、包帯でアンカーだ。位置固定しておいてくれ」
「コク? コク!」
スケさんが包帯を伸ばして地面に突き刺し、身体を固定する。
「ヨシ、コレでイケるだろ。スケさんから離れた場所から切り裂くぞ」
「あのトマトが中心だろ? アレを引き裂いたらどうなんだ?」
「本体はあの下だ。上のトマトはただの飾り。囮りの撒き餌だから切り裂いても余り意味が無い。それにスケさんがその身を犠牲にして採ろうとしたトマトだぞ? 切り裂いたら勿体無いだろ」
「美味しいって噂だものなぁ」
美味しいと噂の『ビックトマト』を見つけ、『旨そうだなぁ』と二人で話していた。
それを聞き留めたスケさんが『採ってきてあげる♪』と迂闊に踏み込んだ結果が今の状況だ。
アンデットなマミーは既に死んでいるからか、とても頑丈だ。更に通常攻撃耐性も有ってとてもしぶとい。
その為、消滅する危険性が低く、危機意識が希薄な所が有る。
ただ、死にはしないだけでピンチにはなる。
丁度今の様に……
「コクコクッ!」
二人は話が逸れていた所為で、他のマミーに叱られた。
「あっ、ごめん。急ぐ、急ぐから! 射程ヨシ、射撃位置ヨシ」
「撃てっ!」
◇
『バナナワニ』はワニの様なサボテンだ。
大きな口を虎バサミの様に180度広げて砂に潜り、舌に当たる部分だけ地表に出す。
この地表に突き出たサボテンには何故かバナナに似た果実が実る。
これを囮りに近寄って来た獲物をワニの歯の様な、棘の生えた口で捕らえて食べる。
大きな口と前足っぽい部分、それにゴツゴツした表皮がワニっぽく見えるから、ワニの名称が付いているが、実際はサボテンで植物だ。
バナナっぽい果実も、皮を剥いたら実際にはライチの様な白い果肉で、とても瑞々しく美味。
『バナナワニ』と呼ばれているのに、実際はどれも違うという、中々困った名称の魔物だ。
「スケさん、大丈夫かぁ~?」
「……コクコク!」
頷いているがどう見てもピンチだった。
「スケさん見た目よりも腕力あるなぁ」
スケさんは現在、『バナナワニ』の巨大な顎が閉じるのを、身体を伸ばして万歳状態で支えていた。
『バナナワニ』の顎の嵌合力は強い。それに耐えて踏ん張るスケさんの手足はプルプルしていた。
見た目通りの小柄なお嬢様では出来ない芸当だった。
「コックコク!」
「早く助けろって? でも周りにも潜んで居る事が有るから、慎重に行かないとヤバいからね」
『バナナワニ』は実をつけた個体を中心に、周囲に実の無い個体が複数群生している植物だ。
迂闊に踏み込んでは、スケさんの二の舞になる。
「『ミイラ取りがミイラになる』訳には行かないだろ?」
「コクッ! コクッ!」
「与作、そのオヤジギャグは笑えないってさ」
「うっ……兎に角、皆んなも砂を包帯で突いて探って。硬いものが有ったら報告だ」
与作もそう言いながら槍の石突きで砂の中を探りながら前進する。
「はぁ~、にしても……スケさんって思ったよりも迂闊だよなぁ」
バナナを見て『あっ旨そう』と呟いたのが間違いだった。
スケさんが『任せて♪』とサクサク採りに行ってしまった結果が今の状況だ。
「タメ吉、せめて『うっかり者』って言ってやれ。より可愛らしく『ドジっ子』でも良いぞ」
「こう……危機意識が希薄なんだよなぁ」
「まあアンデットで通常攻撃が痛く無いからだろうな」
「服は破けるんだけどなぁ」
「包帯で修繕してるから気にならないみたいだぞ」
マミーの包帯には布の修復作用が有り、破れた箇所に包帯を当てると、布に同化して修復出来る。
元々包帯でグルグル巻きのミイラがマミーだ。
その包帯の修復の為に備わった機能だと思うが、服の修繕に便利だった。
スケさん達がマミーになってからは、他のスケルトン達に着せる服も、新品同様に修繕されていた。二人の嫁にも大好評の能力だ。
「マミーの包帯って便利だよな」
「コクコクッ!」
「急いでる、急いでいるけど」
「なあ与作、あれって口が閉じたらどうなるんだ? スケさん食べられちゃうのか? アンデットなのに」
「んっ?! あれ……いやでもマミーは一応肉も付いてるから消化されるんじゃ無いか?」
「けどあれも通常攻撃だろ? 服は兎も角、スケさん自体はへっちゃらじゃ無いか?」
「コクッコクッ!」
「タメ吉、ヤバい。皆んなお怒りだ。喋って無いで手を動かせっ、後、服が破れるのは乙女の危機だろ」
服の下も包帯で素肌が見える訳では無い。
しかし、スケさん達はスケルトンの頃から服を着て過ごしていた所為か、裸を極端にに恥ずかしがる。
「うっ、了解だ。待ってろスケさん、今助ける」
「コクコク……」
プルプルしていたスケさんから弱音が漏れる。
「諦めるなよ、スケさん! 皆んなと一緒に『レヴァナント』になるんだろ!」
「コクッ! コク? コク♪」
「えっ? 何を思いついたって? ってその手が有ったのか……」
スケさんは自分の手足を包帯で巻いて一本の棒の様になっていた。
「ふむ……時間的な余裕は出来たかな?」
「便利だなマミーって」
◇
他にも植物型なら菌糸類も多い。
地下深く水脈から菌糸を伸ばして、地上付近で発芽する。
『ファンガス』は手足の生えたキノコの魔物で、周囲に近寄ると一斉に地中から飛び出し、獲物を襲い、地中に引き摺り込む。
「与作、あの太ったデカいのも『ファンガス』か?」
「あれは『ファットマタン』だろ。太り過ぎて余り動かない魔物らしいから、近寄らない限り安全だ」
「わぁっ! ……あっぶな。火を吐くのが居るぞ!」
「マミーは燃え易いから要注意だ。あの炎は魔法だからマミーにも効くぞ!」
「あれはなんだ?」
「『火茸』だな。移動はしないが火を吐くキノコだ。射程は短いから距離を取って魔法で仕留めよう」
「コクコク」
「えっ? なんだスケさん?」
「コクコク♪」
「可愛いのが居る?! どれ? あっ小さいな」
「わぁっ! スケさん近寄っちゃダメだ。それは『ボマシメジ』だ。自爆するぞ!」
「コクッ?! コッ……」
「あっ、スケさん吹っ飛んだぞ」
「一応、魔力の篭って無い通常攻撃の筈だけど……」
『ファンガス』には亜種が様々おり、爆発する胞子を放つモノも居る。
この様に砂の大海原の地下では、想像以上に豊かな生態系が広がっていた。
それを狩る事が出来れば、砂漠は意外とエサが豊富だ。
『グランドタートル』は人背中に住まわせ、それを囮りとして、魔物を誘き寄せ、その魔物を狩ってエサとしていた。
◇
「はぁ砂漠って意外と魔物が多いんですね。それに交易ですか……他はどうなんですか?」
ギャンの説明を聞いたニトが呆れる。
砂漠の魔物も、砂漠の地竜も、何方もしたたかでずる賢い。
「ジャングルには獣人族が住んでる。こちらも魔物を狩って暮らしているから、その魔物の素材とジャングルで採取出来る香辛料や果物を交易しているな」
「獣人族ですか? そんな近くに……」
「『五街地域』は獣人族と友好関係を築いている。南部の広大なジャングルに住む獣人族との関係は良好だな」
「では東部の森にも獣人が?」
「『カンサイ』の東の森にはエルフが住んでるな。獣人族も居るが特徴的なのはエルフだ。エルフ達の『カンサイ』でのお目当てはお菓子類だ。アイツら甘党だからな。砂糖を結構購入している」
エルフは代わりに細工物や錬金術で作り出した薬を『カンサイ』に卸していた。
「エルフ!」
「砂糖ですか? しかし、『カンサイ』には何処から砂糖が入って来てるんですか?」
「南の海からだ。魚人族が多く取引に来ている。海の幸の取引も多いが、メインは塩と砂糖だ」
魚型の亜人が魚人族だ。
『シーサイド』に多く住んでいる『人魚』や『スキュラ』とは違い、彼等は魔物では無く、海に住む獣人に近い亜人種族。
そんな彼等は比較的水深の浅い南部の港湾で、内部の島々に大規模な塩田を構築して、そこで塩を作っていた。
「塩は海ですからなんとなく分かるんですけど、砂糖?」
「俺も実物は見た事が無いんだが。海藻がとても甘い実を付けるのだそうだ。それを絞って煮詰めると品質の良い砂糖になる。砂糖だけでなく、その砂糖から作ったお酒も名物だな」
魚の漁だけで無く、海中でこの藻を使っての農耕と、先に述べた塩田で、魚人族は安定した生活基盤を確保していた。
「海藻ですか? この国では砂糖の原料は主に『てん菜』ですよね? 南の国では『さとうきび』でしたっけ。海藻は初耳です」
大ディオーレ王国で『小麦』に次ぐ作付け面積を誇るのが『てん菜』だ。
大根に見た目が似ている根野菜で、その根を絞って煮詰めれば砂糖になり、搾かすも家畜の餌になると、国の主導の元、大々的に生産されている。
お陰で大ディオーレ王国では砂糖は比較的安く手に入る。
「『甘藻』というらしい。この辺は海の民と交流が無いと分からん事だからな。ただ砂糖なら他にも迷宮産のも有るぞ」
「迷宮産の砂糖?」
「有名なのは『コンペイトウ』だな。トゲトゲのボールの様な魔物なんだが、砂糖の塊の様な身体でな、倒すと氷砂糖を落とす。それにゴーレムにも『シュガーゴーレム』ってのが居る。まんま砂糖から作られたゴーレムで倒せば砂糖が手に入る」
「魔物って本当になんでも有りなんですね」
「砂糖系なら『大天菜』って『てん菜』を大きくした植物系の魔物は『クロコ』の迷宮にもいた筈だぞ。魔法をバンバン使ってくる少し面倒な奴だ。後は『大魔王迷宮』に『座頭キビ』って人型植物の魔物が居る。居合斬りをしてくる中々強力な魔物だ」
他にも甘いフルーツを落とす魔物は多数存在する。迷宮に潜っていると甘味には事欠かない。
「迷宮って本当になんでも有りますね」
「まあ資源の宝庫だな。『カンサイ』の迷宮は凄いぞ。多種多様な種族が入り乱れて魔物を奪い合う様に狩って居る。ジャックポットが何度起きようがお構いなしだ。もう何方が魔物だか分からん勢いだな」




