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異世界迷宮物語 ~剣聖少女はハーレムを夢見る~  作者: 綾女
二章 大魔王迷宮 その1
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第119話ちょこっと外伝『少年はモノから人に成れるのか』騎士見習い編①-07

「武具はやっぱり冒険者の店の物の方が質が良いのに安いな」


 そう言ってイチゴが一振りのグレートソードを手に取る。


 そのグレートソードは、イチゴが貴族家から支給された品と違い装飾がない……とてもシンプルな形状をしていた。


 だが、鋼に僅かにミスリルが混ざっているのか、白く輝く刀身が美しい。


 美しい曲面が滑らかにつながり、何処にも応力が集中しそうな箇所がない。鍔さえ一体で成型されており、亀裂の起点になる様な角が全く無い。


 とても丈夫そうだった。


 柄の握りは楕円でとても握り易い。この辺りでは珍しく、柄巻が皮紐ではなく、太い木綿糸なのも良い。しっくり馴染むのに汗や血で滑り難そうだ。


 振った感触も良く、重心バランスが良いのかブレる感じがしない。


 これだけ出来が良いのに値段もそこそこと、イチゴにはとてもお買い得な逸品に思える。


 ギャンに少し買うのを待つ様に言われていなければ、既にカウンターに持っていっていたかも知れない。


「これも調理器具と一緒だよね。飾りが無い分安いんだよ」


 冒険者の店の武具は、イチゴのグレートソードだけでなく、どれも比較的シンプルなものが多い。


「騎士向けの店の武具は、正直飾りすぎだと思う。銀やら金で飾るのはやり過ぎだろ? アレ買う奴が居るのか?」


 銀は魔物の血を浴びれば直ぐに変色する。一方の金は柔らかく、強度が全く無くとても重い。


 何方も武具の部材として向いているとはとても思えない。


 しかも、合金でも武具には向いていない部材なのに、何故か純銀、純金を宣伝文句にしている。


 一度訪れた騎士向けの店の武具は、こんな感じで、実用性を考慮しているとはとても思えない。煌びやかで、飾り立てられた豪華絢爛な物ばかりだった。


 最近、少し戦い慣れたイチゴには、修理やメンテナンスの手間が気になって、どれも欲しいと思える品ではなかった。


「でもイチゴ、武器はまだマシじゃなかった? 鎧はもう……頭がおかしいレベルのがあったでしょ?」


「有ったな……まあ、どっちも要らないなぁ……」


 正直、装飾過多な武具は、支給品の武具だけで懲り懲りしていた。


 魔物を斬れば刀身は血脂にまみれる。鎧は返り血塗れになる。


 放置すると見た目も悪いが、それだけで無く非常に臭い。それに武器の場合は柄に付けば滑るし、刃に付いたままだと切れ味が落ちる。


 細かな装飾の溝に入りこんだ血脂を、日々のメンテナンスの際に落とすのは大変労力がいった。


 多少錆びるのを覚悟で水と洗剤、それにブラシを使って洗っても、一度乾いてしまうと中々落ちない。


 更に水気を飛ばすにも手間が掛かる。


 装飾の隙間に入りこんだ水分が拭き取れない。面倒になって振り回して水滴を飛ばすが、錆止めの油を塗っていると装飾と本体の隙間から水滴が垂れて来る。


 水が油を弾いて、錆止めにムラが出来るだけで無く、その隙間に錆止め油が入っていかず、そこから錆びる。


(あれ本当にイライラするんだよね。どうやっても水気が切れない)


 そして刃を研ぐ際にも装飾が邪魔になる。


 普通に砥ごうとしても刃より先に装飾が砥石に当たって上手く砥げない。


 仕方がないので大きな砥石で研ぐのを諦めて、装飾に当たらない小さな砥石で研ぐのだが、イチゴの武器は大きなグレートソード……とても時間が掛かる。


 その余りの手間の多さに、最近は支給品の武具は、宿舎の鍛治師にメンテナンスを頼む事が多くなった。


「あの金ピカな鎧か? あれって誰が買うんだろうな? 近衛騎士か?」


 ハチにはクソ高い、金泊貼りで鏡面仕上げの鎧を買う人物の想像がそれ以外に付かない。


 どう考えても実用性が無い。


 ただの御飾りの衣装として着るのも気を使いそうだ。ちょっと布で汚れを拭いただけで傷だらけになるだろう。


「近衛騎士は揃いのデザインの専用鎧だから、多分買わないと思うよ」


 『聖銀騎士団』はその名の通り、正騎士になると、揃いのデザインの美しい白銀の鎧を身に付ける。


 純粋なミスリル製で無くても、ミスリルは含まれているだけで値段が跳ね上がる。


 その鎧はミスリル合金製。値段は一千万ゴールド以上だろう。


 その鎧が『聖銀騎士団』の正規鎧。


 逆に言えばそんな鎧を購入出来る者で無ければ近衛騎士には成れない。


 彼等は騎士では有るが、正騎士になると同時に準男爵の爵位も叙爵される。一代限りとは言え貴族。一般の騎士とはその階級が違う。


「そうなのか? じゃあ誰があんなの買うんだ?」


「恐らくだけど『白盾騎士団』の騎士の儀礼用だと思うよ。『白盾騎士団』は決まった鎧が無いから、儀礼用は自由なんだって」


 騎士見習いから騎士になる者が多い『白盾騎士団』には、決まった鎧は無い。


 魔物討伐の役目を担っている『白盾騎士団』所属騎士は、武具の傷みが激しく、メンテナンスや補修に費用が掛かり、経済的な余裕が無い。


 式典に出席する為に、新品の鎧を購入するなら、イザとなったら普段使い出来る鎧を購入したい。


 そんな要望を聞き入れ、経済的負担の軽減を配慮しての措置だ。


 ただこれも、貴族出身の騎士が『白盾騎士団』に増え始めて様相が変わった。


 自由なのを良い事に、貴族出身の騎士達が見栄を張り合い、その結果、豪華絢爛さを競い合う為の道具と成り果てていた。


 その本来の目的とは正反対の状態だ。


「ヘェ~、なら『黒剣騎士団』はどうなんだ?」


「最近『白盾騎士団』から転属してる貴族出身の騎士なら買うかも。でも普通の『黒剣騎士団』の騎士はあんな修理のし難そうな鎧は買わないかな」


「『黒剣騎士団』も式典に参加するだろ? 儀礼用の鎧は無いのか?」


「『黒剣騎士団』の騎士は大半が冒険者出身の戦闘騎士だよ。彼等は鎧は性能で選ぶからね。儀礼用もその性能を誇るって話だよ」


「性能? そんなものなのか?」


 性能で鎧を選ぶと聞いてハチは、式典で各騎士団が勢揃いした際に、『黒剣騎士団』だけ見劣りがするのではと思った。


 実用性で鎧を選ぶと地味になる。


 普段から他の騎士団より一段下に見られがちな『黒剣騎士団』


(式典の際にそれで悔しくは無いのか?)


 との思いが顔に表れていた。


「ん~、ハチはちょっと勘違いしてるよ。性能で選ぶ鎧ってのは、この店で一番高いあの鎧みたいなヤツだよ」


 店の奥、カウンターの背後の棚に飾られた鎧をニトが指差す。


「アレかっ!!」


「あんなの買う人が居るんだな……」


 その鎧だけ値段の桁が違う。


 億を越える値段のその鎧は、売り物ではなく、単に店のステータスシンボルだと二人は思っていた。


「ハッキリ言って騎士向けの店の一番高い鎧よりも高いよ。あんな鎧を儀礼用に『黒剣騎士団』の戦闘騎士は持ってるみたいだね。流石、元一流冒険者ってところかな」


 それは明らかに『魔法の鎧』だ。


 魔法球が鈍く光り、鎧の表面に魔力が漂う。放たれる魔力光が妖しささえ感じさせ、その一角だけ雰囲気が違う。


 その鎧は、胴体部分は大きな装甲が、美しい曲面を組み合わせて造られており、その形状だけで強度が高そうにみえた。


 逆に関節部は動きを阻害しない様に、細かく装甲が分かれ、それが幾重にも重なり変形する様になっている。


 全く装飾が無いのに、装甲の組み合わせと形状だけで、とても美しい。気品すら感じられる機能美。


 その鎧は値段に見合うだけの価値がある……別格だった。


「ヘェ~そうなのか。でもあんな鎧こそ、貴族出身の騎士が欲しがりそうなのにな」


「ああ、それは無いよ」


「ん~? 何でだ?」


「あのレベルの『魔法の鎧』は装着者を選ぶそうだからね。相応しくない者が着ると死ぬ事があるって話だよ」


「死ぬ? マジかよ!」


「マジだよ。事実あの鎧を着て、既に三人亡くなってるって。鎧に魔力や生命力を吸われたみたいだね」


 『魔法の鎧』は、鎧に相応しく無いと判断されると、鎧に魔力や生命力を吸われて死ぬ事がある。


 例え死ななくても、その鎧の魔力に当てられ体調を崩す。


 その鎧に見合った力の持ち主で無ければ装着出来ない。それが『魔法の鎧』だ。


「うわぁ……」


「他にも死にはしなかったけど、体調を崩した挑戦者が十数名。貴族出身の騎士は誰も着る事が出来なかったって噂だね」


「ニト、それって呪われて無いか?」


「神殿で『解呪』してもらった方が良いんじゃねえか?」


「元々は、引退した戦闘騎士の鎧だったそうだよ。引退して運悪くあの鎧が着れる跡取りがいなかったから、家で腐らせるよりは相応しい持ち主にって事で売りに出したみたいだね」


「ヘェ~」


「跡取りが生まれなかったのか?」


「生まれたけど着れなかったそうだよ」


「本人の息子でもダメとか、やっぱり呪われてるだろ!」


「本人は引退直前まで着ていたそうだから、呪われてはいないんじゃ無いかな?」


「その後呪われたんじゃ無いか?」


「だよな。三人は多すぎだろ」


「大丈夫だよ。あの鎧は既に次の持ち主に売約済みだからね。買う予定の戦闘騎士は問題なく着れたそうだから」


「売約済み?」


「まだあそこに飾ってるじゃねえか?」


「それがさ、元々があの値段でしょ? 店の親父さんや元の持ち主も、相応しい持ち主だって割引してくれたみたいなんだけど……お金が足りなくてね。今、必死でお金を貯めてるんだって」


「ああ、それで売約済みか」


「あの渋ちんのオヤジが良く割り引いてくれたな?」


 この店の主人は、ハチが値切っても中々値引きしてくれない。


 その為、最近は自分で値切るのを諦めて、値切り交渉はニトに任せていた。


「あの値段が付いてるって事は、それだけの価値はある鎧なんだよな?」


「まあ鎧はさ、ちょっと売り難いんだよね。何せ体格を選ぶ、サイズ調整が難しいでしょ? まあ少し大きい位は鎧下で調整も出来るんだけど、小さいのはどうやっても無理でしょ?」


 一方、武器は余り体格が関係ない。


 重過ぎて振り回せないのはダメだが、多少軽過ぎても、出来の良い武器であれば、その出来の良さで威力は補える。


 それにサイズも自由度が高い。多少の長さ違いは使って馴れろの世界だ。


 オーダーメイドの場合はミリ単位で要望するが、中古や数打ちの量産品は妥協が必要だ。


「それはあるな。良さそうな鎧でもサイズが中々合わないんだよな」


 中古の鎧は、どんなに良い品物でもサイズが合わないと諦めるしか無い。


 新品の吊るし売りは、何種類か規格サイズで造られているが、背の高い騎士見習いに合うサイズは余り造られておらず、在庫切れが多い。


「あの鎧もよく見たら少し小さめか?」


 その存在感で、実物より大きく感じるが、よくよく見ると少し小さい。


「この国の貴族や騎士はみんな背が高いからね。元の持ち主の息子さんも背が高くて、サイズがどうやっても合わないってんで泣く泣く諦めたそうだよ」


 この国の貴族や騎士は背が高い。


 男性の平均身長が180センチ程、女性でさえ平均身長が165センチを超える。


 それに対して一般の市井の人々の身長は高く無い。


 男性の平均身長は170センチに届かない。女性に至っては155センチ弱だ。


 貴族や騎士階級の者達だけが飛び抜けて背が高かった。


「ああ、それで挑戦者が十数人程度なのか」


「貴族出身の騎士なら、無理をしてでも挑戦しそうなものなのにな」


「最初から着られないんじゃ挑戦しようがねえな」


 貴族出身の騎士は自己顕示欲が強い。式典で目立つ為に金ピカの鎧を着る程だ。


 『魔法の鎧』が万が一でも着れれば、式典で目立って、彼等にとって栄誉になる。


 死ぬのはイヤだが、多少体調を崩す程度ならと、普通ならもっと挑戦者が居た筈だ。


 何せ三人亡くなっていようと、自分が死ぬなどと思わない、無駄に自分の能力を過信している者が多いのが貴族出身の騎士の特徴だ。


 なのに挑戦者が少ないのは、最初から挑戦出来なかっただけ……


 逆に戦闘騎士達は、普段見下してくる貴族出身の騎士に、式典で『魔法の鎧』を見せつけて溜飲を下げていた。


 まあそうやって煽るお陰で、貴族出身の騎士が益々華美な鎧を着て対抗する事態に陥っていた。その為、良識の有る騎士団上層部の騎士は頭を抱えているそうだ。


「あの鎧だとイロクがちょうど良いサイズかな?」


「ココノツだとチョット小さいね。フィフは少し足せば着れるかも」


「鎧の大きさがネックになるのか……施設にいた時は、自分の背の高さとか気にしてなかったんだがなぁ。ホント外の連中は背が低いよな」


 市井出身者が多い冒険者も、その多くが騎士に比べて背が低い。その為、ハチは自分に合うサイズの鎧が無くて苦労していた。


「だよな。ニトと同じ位の背の高さのオジサンが結構いる。外だとフィフでも少し背が高い位だ」


「ハハッ、背はともかく横に広いよな。結構腹が出てるおっさんが多いぜ。その所為でニトより大きくみえる」


「まあニトが極端に華奢ってのもあるけどね」


「はぁ~、あのねぇ。君達が極端に背が高いだけだからね?」


「あっ……」


「うっ……」


「まあ、施設は食事だけは豊富だったからね。お替りし放題だったし。だから成長期の栄養状態の差も、市井の人達との身長差の要因かもね」


「ああ……」


「そうかもな……」


「それに背が高い人達同士で子供を作るから、遺伝的に背が高くなる傾向に有るのかも」


「あの……ニト、ごめんな」


「身長を話題にして悪かった」


 二人は無神経だったと素直に反省した。


 栄養状態も良く、遺伝的に背の高い傾向にある騎士見習いなのに、ニトの身長は騎士階級の女性の平均身長にさえ達していない。


「えっ……あれっ? あの、僕はそんなつもりじゃ無かったんだけど? 身長は気にしてないよ」


 ニトは三人の中では最年少で、施設でも年少組だった。


 歳下だから背が低いのは仕方が無いと、施設で身長は余り気にした事が無かった。


 それよりは異常な華奢さの方が気になった。鍛えても鍛えても筋肉が付かない。


 騎士団に入団後も、サティの様に、自分よりも背の低い、同い年の騎士見習いが居た事と、自分と同じくらいの身長の男性が市井には割と居た為、これから成長期と身長は余り気にしていなかった。


 それにサティと出会ってからは、自分の華奢ささえ気にならなくなっていた。自分だけが異常な訳ではなかったからだ。


 だからニトは普通に騎士達の背の高さの要因を解説しただけ、他意は全く無かった。


 ……イチゴとハチは自分で墓穴を掘ったのだった……


「あっ……」


「しまった……」


「はぁ~、そうだよね。二人に悪気は無いんだよね。誤解させた僕も悪いけど……二人は帰ったら一発づつお仕置ね」


 ニトは墓穴を掘った二人にサクサク罰を下す。


 これは昔からの習慣だ。何せこの二人は失言が多い。


 ニトは自身のストレスを貯めない為に、又、二人との間に変な確執を残さない為に、昔から失言をした二人に即、罰を下していた。


「気にして無いんだよね?!」


「お仕置きする程じゃ無いだろ!」


「だって二人が気にさせたんだよ? 自分達でも不味かったって思ったよね。って事で二発づつね」


 二人の両頬にモミジマークがつく事が確定した。


「「何故増えたしっ……!」」


 何故か? 敢えて言うなら言い訳が男らしく無かったからだろうか?



 ニトが、気分を変える為に棚の列を移動したら、そこにギャンがいた。


 良い機会なのでニトは以前から気になっていた事を質問する事にした。


 様々な武具を見て、多少目利きが出来る様になると、ギャンが普段、何気なく使っている武具が気になり始めた。


 剣も鎧も目立たない灰色一色で、装飾が一切無く、とても地味な見た目。


 しかし、よくよく見ると、とても出来が良い。


 騎士見習い達の前で滅多に抜かないその剣は、抜けば敵を一刀両断で切り裂く。


 突如襲いかかって来た巨大なクマを、縦に両断した際は、騎士見習い達も皆驚いた。


 それだけでも凄いのに、魔物を斬った刀身に血脂一つ付いていなかった……濡れた様に魔力をまとい汚れを寄せ付けない。


 魔物の硬い骨を断ち斬っている筈なのに、刃こぼれ一つ無い。


 そしてその鎧も凄い。


 ギャンの大きな身体にピッタリフィットしている鎧は、明らかにオーダーメイドだ。何処にも余分な隙間が無い。


 そして関節部が身体の動きに合わせて変形し、動作を全く阻害していない。


 形状にも工夫が凝らされ、とても手が込んだ造り込みがなされていた。


 そんな風に、剣も鎧も一見地味だが、見窄らしくない。目立たないだけで、機能美に溢れている。曲線や曲面の組み合わせが実に見事で、見れば見るほど美しい。


 ギャンは戦闘騎士。


 元冒険者との事なので、そんな装備も納得なのだが、どうやって入手したのかとても気になる。


「ギャン隊長、ちょっとお尋ねしても良いですか?」


「ん? ニト、なんだ?」


「隊長のその剣、凄いですよね? この間も大きな『キラーベア』を一撃で切り裂いていました。どこで売ってるんですかそんな剣?」


 巨大なクマの魔物『キラーベア』を縦に両断する様な剣は、この街には売っていない。


 ギャンの剣の腕も凄まじいが、そのギャンの腕を活かす、その剣も凄まじい。


「これか? これはシリウス大陸の『五街地域』で買った物だ。残念ながらこの辺りでは手に入らん」


「ヘェ~『五街地域』ですか……だとしたら、ちょっと買いには行けませんね」


「『五街地域』? なんかどっかで聞いた事がある様な、無い様な?」


「ハチ、あれだよあれ。『五街地域』って言ったら、蛮族が支配してるとか言う辺境の大陸にある街だよ。地理で習ったろ?」


 イチゴも知識として名前だけは聞いたことがあった。


「ん~? あっ! あの裏側の大陸かっ!」


「確か冒険者の集う街だっけ? 世界で最も兇悪な『大魔王迷宮』の有る場所だよね? あの迷宮の周りでは畑の野菜すら魔物だって聞いたよ?」


 ニトが説明を補足する。


 惑星の裏側の遥か遠い大陸の話なので、情報通のニトでさえこの程度の知識しか無い。


 この国の大半の人々の『五街地域』の認識は『大魔王迷宮の有る未開の地』そんなものだった。


「そんな場所に人が住めるのか? って隊長はそんな場所にいってたのか? すげえな!」


 ハチもその言葉は知っていた程度の知識しかない。


「けどそうかそれでなんですね……隊長のそれって『魔剣』ですよね?」


「『魔剣』?!」


「マジか『魔剣』なんだ! 道理ですげー斬れ味だぜ」


「むう、『魔剣』? いや一応『魔剣』か? だがなニト……」


 ギャンの普段使いの剣は、『五街地域』の剣なので『魔剣』では有る。


 だがこの国では珍しい『魔剣』も『五街地域』ではありふれている。


 しかも、今の剣は、業物ではない。偶々、売らずに手元残っていただけの剣だ。


 そんな剣を、雑魚魔物の多いこの国で、ちょうど良いので育てようとしていただけ……


 正直『魔剣』だと自慢出来る様な剣では無い。


(あっちの冒険者も、偶にこの国に出張して来てんだよなぁ)


 『五街地域』の冒険者はフットワークが軽い。世界中の迷宮に潜りに出張している。


(万が一、この場面を見られたら……いや恥ずい。マジで恥ずかしい! しかも気不味い。良い大人が子供を騙してると思われかねん!)


「それに隊長の鎧も『魔法の鎧』ですよね?」


「『魔法の鎧』! あの鎧と一緒か!」


「うぉー! すっげーな隊長!」


「ぬう、『魔法の鎧』には違いないが、だがな……」


 鎧も同様だ。


 この国では珍しい『魔法の鎧』も『五街地域』ではありふれている。


 こちらも丁度良いので、十数年前に買った鎧を引っ張り出して着て育てているだけ、自慢出来る様な鎧では無い。


(むう、どうしたもんかな? 剣も鎧も魔鋼製の普通の鎧なんだが……進化してればまだ自慢も出来るが、造ったまま倉庫に入れ忘れてた奴だからなぁ)


 『魔剣』に『魔法の鎧』


 何方も決して間違いでは無い。


 出来も悪過ぎはしない。何方も当時、気に入って買った武具だ。


 ただ、直後に、より良い武具を色々手に入れて、倉庫に入れっぱなしで忘れていた……冒険者家業が長いとそんな武具が増える。


 そんな武具を、戦闘騎士になった際に倉庫を整理して発見した……奥から引っ張り出して、鍛冶師に頼んでメンテナンスをしてから育てている。


 この国で使うには丁度頃合いだったからだ。


 長年放置していた所為で、若干武具に宿る精霊の機嫌も悪い。その為、否定するのも憚られる……どうにも返答に困った。


「ふむ……まあアレだ。一本の武器、一着の鎧に拘るより、最初のうちはある程度の品質のモノで数を揃える方が大事だぞ」


 ギャンは話題を変えて誤魔化した。


 ギャン自身も倉庫整理で発見した武具を幾つも持って来ていた。


 メインの剣だけでも五本、鎧も三着をローテーションして使っている。


「それはメンテナンスの為ですね?」


「そうだ。本格的なメンテナンスには時間が掛かるからな」


 武具は日々のメンテナンスがとても大事だ。戦い慣れれば慣れるほど、その重要性を思い知る。


 命を預ける武具に万が一は許されない。


 武具の状態を知る為にも、メンテナンスは欠かせない。


 少し前に、ミツのグレートソードが戦闘中にポッキリ折れ、魔物に吹き飛ばされた。


 幸いその時は、落ちた場所が繁った草むらの上で、ミツは大した怪我も無く、打ち身程度で済んだ。


 だがそれ以来、騎士見習い達はメンテナンスをより重視する様になった。


 その時のミツは、それは見事なふっ飛びっぷりだったのだ。



「なっっ! シマッ……ゴフッッ!」


「うわっ! ミツーーッ!」


「マジかっ! そこまでドジっ子かミツッ!」


 ミツが『ワイルドボア』のカチ上げを剣で受けたその時、ポッキリ剣が折れた。


 巨大なイノシシの鼻面を腹に真面に受けたミツは吹き飛ばされた。


 そう……本当に良く飛んだ。放物線を描きながら宙を飛んでいく。


「ちょっっ……飛び過ぎじゃないか? あれヤバく無いか?」


 サンジの視界の端から端へ、ミツが宙を飛んでいく。


「チィッ、クソッ間に合わん! 誰かっ!」


「無理だハジメ。あの位置では……」


 ハジメはなんとか受け止めようとして周りに声を掛けるが、ミツは騎士見習い達の遥か頭上を飛んでいく。


 それでも追いかけるハジメをジョウゾウが止める。


 ハジメもジョウゾウも身体が大きい。武技を駆使すればミツを受け止めることは出来る。


 だが致命的な事に、そこまで足が早く無い。


「隊長っ!」


「まあ慌てるなニト。あの軌道なら落下地点は草の茂みだ。大丈夫だろ」


「んなっ何を呑気に!」


「ふむ、剣ってのは腹で衝撃を受けると案外脆い。だが、あれは金属疲労だろ。メンテナンスは金属疲労のチョックでも有る。サボるとこうなると言う教訓だな」


 ミツは部隊の副隊長として色々忙しい。その為、普段余り使わないグレートソードのメンテナンスが疎かになっていた故の事故。


 忙しさの要因が、ギャンが色々仕事を押し付けていた所為なのだが……


 ミツとニトは、日々提出しなければならない部隊の活動報告書などの書類仕事全般を、ギャンに押し付けられていた。


 ニトの方は、ハチやイチゴがフォローしている事もあって、メンテナンスも出来ていた。


 だがミツの方にはサティが居る。


 サティのフォローにココノツが手一杯で、ミツをフォローする者が居ない。


 起こるべくして起こった事故だ。


「だからそうじゃ無くて!」


 ニトは、ギャンに言われなくても原因は理解していた。だから今は原因の説明より宙を飛ぶミツのフォローをギャンに頼みたい。


 今、この場で何とか出来そうなのがギャンしかいないのだ。


「あっ! 落ちたぜ」


「うわー痛そう」


 ニトに比べ、ハチとイチゴは落ち着いる様にみえる。しかし、これは余りの衝撃的な出来事に脳が理解を拒んで現実逃避していただけだ。


 親しい友人が大怪我をするかも……それを認めたく無かった。


「ってあれだけ飛んで痛そうで済むのか?」


「心配するなサンジ。あれでもミツは衝撃を緩和する様に『エアクッション』を使っている。まあ飛距離が有るから完全には衝撃を殺せていないだろうが、死にはしない」


「飛んでいるあの短時間で魔法を発動させたのか? 流石だなミツ」


「無詠唱様々だな。以前より格段に発動時間が短縮出来ている」


 サンジとハジメは、ミツの咄嗟の魔法を素直に褒める。


「隊長、あの草むら。最初からあそこに有りましたか? 僕の記憶に無いんですけど……」


 咄嗟の事でニトも慌てたが、どうにも府に落ちない。


「ん~ニト、気にするな」


「それにミツの魔法の発動……ギリギリでしたけど?」


 確かにミツ自身も魔法を使っている様に見えた。だが間に合う様なタイミングでは無かった筈だ。


 いつの間にか落下地点に繁っている草むら、間に合うはずがないのに発動している魔法。


 何処までが仕込みで、何処からが事故なのか……


「今回は運が良かったな」


 ギャンはあくまでも惚ける。


「はぁ~、まあ良いですけどね」


「ちょっとみんな、少しはミツの心配もして!」


 余りに呑気な周囲の反応にサティが切れる。


 だが……この部隊での初の魔物討伐の時、『ワイルドバニー』にミツが飛ばされた際は、サティは呑気にクッキーを食べていた。


 今回はその時とは飛距離が違う。流石のサティもミツが心配なのは分かるが……自分の事を棚に上げ過ぎだ。


「サティ、落ち着け。ほらミツが手を振ってる。無事だよ」


「落ち着いていられる訳ないでしょっ! ココノツは心配じゃ無いのっ!」


「……ミツって昔からドジだけど、何故か本人は無傷だったろ? 下手に絡むとこっちばっかり被害に遭って、本人はへっちゃらって理不尽な目に遭うからなぁ」


「ううぅ薄情者っ! もう知らないっ」


「ねえみんな『ワイルドボア』は健在なんだけど忘れてないっ?」


「ヨト、忘れて無いさ。でもそっちはもう拘束済みだろ?」


「けどさサンジ……」


「ヨト! その位置はヤバイ。コイツ、頭だけであの攻撃力だ。頭の稼働範囲に入るなっ!」


「わっぁ」


 イロクが注意した矢先に、ヨトの鼻先を『ワイルドボア』の鼻先が掠める。


「あっ……危なかった……」


「『ワイルドボア』って、こんな体格なのに思ったより頭の稼働範囲が広いね」


 フミはそう言って立ち位置をずらす。


 『ワイルドボア』は首の有無すら分からない程丸々と太っているのに、意外に頭の稼働範囲が広い。


 今もその鼻先を巡らせて、周囲を威嚇していた。


「クッ、コイツがミツをッ……喰らえ! ミツの仇ィィ!」


「わっ、ヤバイ! みんな下がって!」


 サティの魔法発動の兆候を感じたニトが周囲に警告する。


 慌てて周囲の騎士見習い達が距離を取った直後に、サティの『雷撃』が『ワイルドボア』に炸裂する。


 周囲に余剰電力を放電し、『ワイルドボア』が白く発光する……


 直後、巨大なイノシシはプスプスと煙を全身から立ち昇らせて沈黙した。


「サティッ! このバカ! 警告も無しで『雷撃』を撃つな!」


「だってココノツ! コイツが、コイツがミツをヤったのッ! ミツの仇討ちよ」


「死んで無い! 仇って、そもそもミツは死んで無い、勝手に殺すな! それに軽症だぞ? 元気に手を振ってただろ!」


「……あれ?」


「頭に血が昇って目に入ってなかったね、サティ」


「イヤイヤッ! ニト、見てなくても俺が言ったろ?」


「多分耳にも入っていないよ、ココノツ。でしょ? サティ」


「あぁ、良かった。ミツ怪我してない」



「メンテナンスの重要性は、ミツの件で骨身に染みたろ? ローテーションしながらメンテナンスするにはやはり数がいる」


 あの時、ミツは運が悪ければ死んでいた。


「宿舎の鍛冶師に預けても、他の部隊とメンテナンスが重なると、研ぎ直しですら時間が掛かりますからね……」


 自分達でも研いではいるが、素人では限界が有る。


 酷い刃こぼれした際など、素人ではどうにもならない。偶に鍛冶師に出して、補修と研ぎ直しをして貰わないと切れ味が落ちる。


 その場合は、ちょっと研ぐだけでは無いだけに、時間がどうしても掛かる。


「支給品の武具は装飾が邪魔なんだよなぁ」


「いっそ外したいけど、見た目がな……」


 補修の際の一度鍛冶師が装飾を外して見せてくれた。


 支給品の武具は装飾で一見豪華に見えている。だが、それを取り除くと思いの外……見窄らしい。


 装飾を取り付ける穴が空いている事も有るが、ベースとなる武具がシンプルなデザインで、とても殺風景だった。


「装飾が前提のデザインだからね。それに見た目が余り見窄らしいと、騎士に相応しく無いって注意される様だよ」


 装飾が付いている武具は、装飾と隙間が出来ない様に、装飾を取り付ける面が単純だ。


 その為、外すと見窄らしいのは仕方がない。


 だが、その状態のまま使用すると、他の部隊の騎士から叱責を受ける。


 騎士見習い達はこれでも騎士階級。


 一般階級の市井の者達から、見た目で見下される様な格好は許されない。


「ある程度使い込めば補修も必要になる。支給品の武具はそろそろ本格的な補修が必要だろ? 補修はどんなに早くても二、三日。手間が掛かって遅くなれば一週間以上だ。その間、使える武具をサクサク揃えるべきだな」


「宿舎で貸してくれる武具は品質が最低限なんですよね……」


 騎士団では一応、メンテナンスの間の緊急措置として、武具のレンタルも行われている。


 騎士見習いの任務に休日は無い。


 部隊の指揮官が部下の様子を見て休養日を入れる事はある。だがそれは指揮官の気分次第で、入れなければならない決まりは無い。


 その為、メンテナンスが間に合わなかった時の緊急手段として、そんな制度が有るには有る。


 ただその武具の品質は、お世辞にも良いとは言えない。


 メンテナンスはされているが、何時から使われているのか分からないような武具ばかりで、とても命を預ける気にはなれない。


「最悪は使うしか無いけど、アレは無いよな」


「面倒な申請の手間がかかるのにね……」


 三人は、一度そんな制度が有ると聞いて見に行ったが、申請書類の記入項目が多岐にわたり面倒な上に、肝心の武具がそんな状態だった為、利用を諦めた。


「まあ良いと思った武器は買え。武具はメンテナンスさえしっかりしていれば値落ちは余りしない。それこそ必要無くなったら売ればいい」


「この店も大半は中古ですものね」


「まあ中古と言っても、どれも鍛冶師の所で本格的なメンテナンスが済んでる。中古でも新品と差は無いぞ」


 中古品は中古だとタグが付いている。だが鞘や柄巻の拵えを新たにされていたりと、見た目で新品との区別が付かない。


「でも数打ちの武器は新品ばかりですよね? 普通逆だと思うんですけど?」


 数が多い数打ちの量産品こそ中古で多く出回りそうだが、そういった商品は見当たらない。


「数打ちの武器はメンテナンスするより、鋳潰して打ち直した方が早いだろ? メンテナンスするならそれなりの品で無くては儲けもない」


 数打ちの武器は素材として買い取られる。


 元々安値で販売されている為、メンテナンス代金の方が、新品の販売価格より高くなってしまうからだ。


「なら隊長、さっきのグレートソードも買った方が良いですか?」


「イチゴは支給品のグレートソード以外に既に二本持ってるだろ? 余り似た様な出来の物ばかり買ってもな」


 イチゴはメインで使う物とその予備、更にメンテナンスに預ける用で既に三本持っていた。


 ただ今になって見返すと、初期に買った一本は大分見劣りがする。


 数打ちの量産品の中から、鋳造では無く、鍛造のマシな物を選んだ。しかし、所詮は数打ちの量産品だ。


 それでも当時は、値段の割にまあまあの物だと思って買っていた。


 二本目は多少マシだ。


 一応量産品では無い一品物から、安いお買い得品を探して買った。


 だが先程まで見ていたグレートソードと見比べると大分見劣りがする。


「けど、あれは結構良く無いですか?」


 先程まで見ていた白銀のグレートソードは、今の所一番出来が良い。


「ん~、今迄のものが悪過ぎるだけで、特別良くは無いな」


「うっ……そうですか……」


 まあ……値段が値段だったので、今迄の物が余り良くないのは分かっていた。


 今回のグレートソードも一番気に入っているのはその値段だ。


「あれだよね。最初に隊長が支給品は余り良くないって言ってた理由が、今になると良く分かるよね」


 一応、数打ちの量産品や安い一品物よりは、支給品は出来が良い。だが今回の白銀のグレートソードよりは劣る。


 しかし、値段は恐らく支給品の方が装飾が有る分だけ高い。


 その位はイチゴにもわかる様になっていた。


「なら初期に買った物は、今回何か買ったら売った方が良いのかな?」


「まあ、支給の武具より劣るモノは、サクサク売って次に買う時の購入資金にした方が良いな。メンテナンスのローテーションさえ組めれば良い」


「うーん、ならいっそ二本とも売って、先程のグレートソードと他に一本、それに買い換えた方が良いって事ですか?」


 段々と討伐する魔物が強くなっていて、最近その二本の武器では物足りない感じが強い。


 メンテナンスや補修はしているので耐久性に問題は無い。だからこそ、値段が付いて売れる内に売るべきかとイチゴは考えていた。


「ふむ、それは有りかもしれんな。あの二本でも結構魔物を狩ったから、何方もそれなりの値段で売れるだろ」


「隊長、魔物を狩ったから売れるってどういう意味ですか?」


「ん~、なんだニトも知らんのか? 素材としては、魔物を狩って、その魔素や魔力が染みた品の方が価値が高い。地上の魔物は魔結晶が小さいから、一匹一匹はそれ程でもないが数を熟せばそれなりだ」


「ヘェ~そうだったんですね。売る前に聞いておいて良かったです」


「ふふ、まあ買い叩かれん様に注意しろ。数打ちの量産品でも、魔物を倒した数によっては、購入した時の金額より高く売れる」


「えっ……買った時よりも値段が上がる?」


「言ったろ? 剣としての価値は無い。だが素材としては価値がある。それを素材にして剣を打てば、良い剣が打てるってんでな。鍛冶師に人気だ」


「けど、購入金額よりもって価値が上がり過ぎでは?」


「ニト、魔物を倒しているのは騎士団と冒険者位だろ? そうそう素材になる剣が手に入る訳じゃあ無い。希少性がそれなりに高いから買い取り金額が高くなる。分かるか?」


「冒険者はそれなりに人数が居ますよね? それに騎士団には騎士見習いが多数所属してます。供給量はそれなりでは?」


「ふむ……先ず、冒険者だが、数打ちの量産品を買うのは初心者だけだ。ある程度腕が上がればそんな品物は買わない」


 数打ちの量産品は決まった規格に合わせて、鍛冶師見習いの修行や、鍛冶師が日銭を稼ぐために、他の仕事がない時に片手間で造る。


 品質はそれなりで、値段も安い。


 初心者が最初に買うのに向いて居るが、イチゴが感じている様に、ある程度戦い馴れると物足りない。


「それは分かりますけど、予備を買ったりとか、初心者でもそれなりに本数が出ますよね?」


「冒険者は別に任務で魔物を狩っている訳じゃあない。一本買って、メンテナンスの間は魔物を討伐しなければ良い。それほど彼等は資金が潤沢な訳じゃあないからな。何本も武器を買えるほど金がない」


 これがこの国の一般的な冒険者のスタンスだ。魔物討伐にそれほど熱心な訳では無い。


 時間を掛けてメンテナンスしているから、耐久性に不安が無く予備は要らない。


 更にメンテナンスしてる間は魔物を討伐しないのでメンテナンスの間使う用も要らない。


 そもそも騎士見習い達の様に、支度金を支給されている訳では無いので、何本も買う様なお金が無い。


「しかし、それで暮して行けるのですか?」


 ニトの疑問も最もだが……


「魔物討伐だけが冒険者の仕事じゃない。薬草採取や、人探しやペット探し、トイレ掃除から溝攫いまで何でも仕事がある。そんなクエストに武器は要らんだろ? 最悪サブ武器のショートソードでも良い」


 初心者の内は何でもやって日銭を稼ぐ。それが冒険者だ。


「思っていた以上に冒険者の仕事って多岐に渡ってるんですね」


「まあ街の何でも屋だからな。依頼があって金額に納得がいけば何でもするのが冒険者だ」


「成る程、では冒険者の狩る魔物の数はそれ程多くないって事ですか?」


「その通りだ。だからそれ程、価値の高い素材になる剣を供給出来ない」


「では騎士団は?」


「騎士団は分からんか? そもそも下町で買い物をしている騎士見習いは滅多に居ないだろ? 大半は騎士街区の店で買い物をする。なら予備の剣はここにある様な数打ちの剣じゃない」


 騎士街区の店の武器は一点ものが多い。その為、品質もそれなり以上の物が多い。


「騎士見習いになったばかりで、あんな高い剣を買えるのでしょうか?」


 値段もそれなり以上だ。


 数打ちの剣が数本纏めて買えるような値段でも安い方。剣の値段の桁が違う。


「買えないな。だからろくなメンテナンスもしないで魔物討伐に行って皆死んでいる」


 他の騎士見習い達も、支度金からサブ武器にショートソード位は購入して、魔物討伐にいっていた。


 だが、サブのショートソードで戦える程、魔物は甘く無い。


 メインの武器をメンテナンス不足で破損した場合、運良く魔物の攻撃を躱してサブのショートソードに持ち替え構えても、大きな魔物相手ではリーチの差もあって圧倒される。


「ううっ……成る程」


「ここに売っている数打ちの量産品でも良い。予備武器を準備してメンテナンスをしていれば、それなりに戦えるのだがな……」


 数打ちの量産品だと攻撃力は落ちる。


 だがリーチは落ちない。なら、それなりに戦える。その位の才能が無くては騎士見習いにはなれない。


「それは実感してます。素手よりは遥かにマシですからね」


 予備武器さえ有れば、武器を破損する前に予備に交換出来る。


 武器を破損して、素手で魔物に挑むよりは、数打ちだろうとよっぽどマシだった。


「まあそんな訳で騎士団からの供給も無い。素材となる剣の供給元は、冒険者の中でも極一部の魔物討伐好きの暴れん坊だけ。希少だろ?」


「それは確かに希少ですね」


「って事で高く売れる訳だ。まあこの国ならではだがな」


「この国だけ?」


「ん~、この街は首都だからな。それなりに冒険者がいるから実感し難いのかもしれんが。この国は国土が広い大国の割に冒険者が少ない」



 大ディオーレ王国は東西南北全ての方向に広い。


 アルタイル大陸中央山脈の盆地に首都を置いたこの王国は、そもそもの国の成り立ちが、山脈の東西に有った国が合併して出来上がった経緯がある。


 後に北部の国が加わり、周辺の小さな国を吸収しながら、更に南部に進出、南部穀倉地帯を開拓して国土が広がっていった。


「冒険者が少ない……ですか?」


「まあ、騎士団が頼りにされる程度にはな」


「実際どの程度、この国には冒険者がいるんでしょうか?」


「そうだな……この国に登録、所属している冒険者は現在約二千名程だろう」


 この数は常に変動する為、正確な人数は把握しきれない。


 ただ、大体、その位の人数で推移していた。


「多く無いですか?」


「結構多い様な……」


「多いよなぁ」


 『白盾騎士団』の騎士と騎士見習いを合わせても千名程。その倍の人数が居る冒険者は、三人の感覚だと多い。


「はぁ? この国は二千万人からの国民が居る大国だぞ? たった二千名で足りるものか! 十倍いても少ない位だ」


 首都近郊、中央盆地だけで380万人。東部500万人、西部600万人、北部400万人、南部に120万人。


 合わせて二千万人もの人々が住む大国だ。


 そんな国で人口一万人に対して冒険者は一人。とても地方の町や村をカバー出来る人数では無い。


 しかもこの内、千名弱の冒険者は中央盆地にに集中している。


 首都である『バーキン』、旧王都『クロコ』、盆地に通じる東西街道を守る要塞都市、東の『ティファ』と西の『アルバ』、これらの都市を中心に活動している。


 地方に居る冒険者は約千名足らず……少な過ぎだった。


 他国からこの国に出稼ぎに来ている冒険者が六千人程居るから、地方の冒険者需要を何とか支えられている様な状態だ。


「しかし、騎士団も居るのですから……」


「はぁ~……違うぞ、ニト。騎士団も全く人数が足りておらんのだ。そもそもこの国は、国の規模に対して騎士の数が少な過ぎる。騎士見習いから騎士になる者の人数が足りていない」


「死亡率の高さ故ですか?」


「そうだ。現在は近衛騎士見習いから、近衛騎士に成らずに『青槍騎士団』や『朱弩騎士団』に転属して数の不足を補って居るが、それでも全く足らん」


「『聖銀騎士団』から?」


「騎士階級の子息は一般的に『聖銀騎士団』に入団するのは知って居るか?」


「近衛騎士の見習い試験に合格して、近衛騎士見習いになるんですよね?」


「そうだ。だが彼等は近衛騎士にはならん」


「何故ですか? 近衛騎士になれば準男爵ですよ?」


「だからだ。貴族が同じ貴族を家臣には出来ん。同じ派閥の配下の貴族には出来るが、自分達の護衛騎士には出来んだろ? 優秀な人材を家臣として囲いたい貴族は、自分の家臣の騎士達の子息を近衛騎士にはしない」


「そんな……」


「国の決まりで近衛騎士見習いにはする。だが近衛騎士は貴族では無く、国に仕える。自分達に仕えさせたい貴族は、近衛騎士になる事を許さんのだ」


 本人達の自由意志で『聖銀騎士団』から『青槍騎士団』『朱弩騎士団』に転属する事は止められない。


 裏で貴族達が強制しようと、そんな事は調べようが無い。


 近衛騎士見習いになった貴族の家臣の子息は、騎士になる資格が取れた段階で転属し、『青槍騎士団』『朱弩騎士団』の騎士になっていた。


「では近衛騎士になるのは?」


「貴族出身の騎士、それと貴族に仕えていない『黒剣騎士団』や『白盾騎士団』に所属する騎士の子息だな」


 他の騎士団では評判に悪い貴族出身の騎士だが、『聖銀騎士団』では事情が違う。


 近衛騎士になる貴族出身の騎士は優秀な者が多い。


 そもそもが貴族家の当主候補として英才教育を受けて育っている。


 その貴族家で当主になれなくても、優秀で有れば、近衛騎士となり、準男爵に成ればいい。


 自ら貴族家を興し、当主となれば良いだけ。


 近衛騎士見習い試験に合格する様な彼等は、そのまま功績を挙げて男爵になる者さえいる。


「ああ、そうか彼等は国に仕える騎士でしたね」


「ん~、本来騎士は全て国に仕えるべきなのだがな。国に仕える者は騎士、貴族の家臣は従士と言う様に、名称を分けるべきだと思うが、この国は全て騎士なのが紛らわしい」


 国に仕える騎士と、貴族に仕える騎士を明確に区別している国も多い。


 だがこの国では、どちらも騎士で、身分にも差がない。


「しかし、それだと階級が複雑に成りませんか? 現在の騎士階級を二つに分ける様に成りますよね?」


「まあ、それも有って現在は一緒だな。既に現行の階級によって居住区画が分けられている。階級を分けるなら都市計画から始めねばならん」


「それは……紛らわしいですけど、分けるのは現実的では有りませんね」


「まあ所属騎士団の違いで大雑把に分かれてはいる。現在の方式でも区別はつかん訳では無いから、その意味では名称に拘る必要は無いのかもしれんな」


 騎士になった段階で、何処に所属するかで区別はつく。だが見習いの段階で区別がつかない現行制度はやはり問題が多い。


 『黒剣騎士団』や『白盾騎士団』で折角育てた騎士見習い達を、貴族に取られる。


 非常に面白く無い状態が続いていた。


 この国の騎士団が、騎士見習い達の教育、訓練に積極的では無い理由は、この辺にも要因が有った。


「他に騎士を取られて、近衛騎士団の戦力は足りているのですか?」


 この国の兵力に関する詳しい情報は、一応機密扱いで、ニト達、騎士見習いには知らされていない。


「大体だが、騎士が150名、騎士見習いが400名と各騎士団と比べて最も人数が少ない。ただ、任務が王族、並びに王宮の護衛だ。何とか足りてはいる」


 ……だがギャンの場合、特に気にする事なく教えてしまう。


 ギャンには機密にする意味がわからない。


 他国の人間に態々教える気は無いが、騎士見習いは、裏切る事のない自国の士官候補。


 それに極論だが、他国との戦争の無い現状では、他国人に知られても全く問題が無い。


「他の騎士団と比べて……他の騎士団の戦力は?」


「ふむ、そうだな。魔物討伐の主力の『黒剣騎士団』は騎士が約300名、騎士見習いが約700名。その傘下の一般兵は一万名と言った所か?」


「割と多い様な……」


「『黒剣騎士団』所属の一般兵の内、四千名は地方辺境の町や村の衛兵だ。この街の衛兵と一緒で魔物討伐はあまりせんな」


「そうなのですか?」


「でも隊長、それでも七千名近い戦力だろ?」


「ハチ、徴兵された一般兵は冒険者よりも戦力が劣る。取り敢えず六千名の一般兵は戦力として数えるな」


「徴兵された一般兵はそこまで?」


「数にも入らねえとか酷いな」


「って事は千名程の騎士と騎士見習いが主戦力ですか?」


「いいや違う。この内、騎士の百名は騎士団の上層部だ。本部や砦の司令部勤めで、討伐任務には加わらない」


「更に減ったぜ……」


「マジか!」


「大体我々と同じ騎士、騎士見習いの小隊が約56部隊前後、900名程が主戦力だ」


 この国の騎士団では、3小隊が集まって中隊を形成し、3中隊が集まって大隊を形成する。


 『黒剣騎士団』は基本的に6大隊、18中隊、54小隊で構成される。残りの小隊は騎士団長直轄の特別小隊だ。


 小隊人数は『銀の一番槍』小隊と同じく、小隊長1名に部隊員15名の合計16名が多い。それに副官が加わって17名の部隊も中には有る。


 ただ大隊規模での討伐作戦は殆ど無く、中隊規模でさえ稀だ。


 魔物討伐は大抵、騎士団の一小隊に、一般兵の一中隊100名程が加わって行われていた。


「魔物討伐の戦力には、我々『白盾騎士団』も有りますよね?」


「『白盾騎士団』も構成は『黒剣騎士団』と似た様なものだ。戦力は騎士、騎士見習い含めて約900名程だな」


 『白盾騎士団』も構成は『黒剣騎士団』と変わらない。基本的に6大隊、18中隊、54小隊で構成されている。


 ギャンの率いる『銀の一番槍』小隊は、この基本構成から外れた、騎士団長直轄の特別小隊だ。


「『白盾騎士団』の傘下の一般兵はどうなっているのですか?」


「ここ首都『バーキン』は人口が約二百万人の大都市だろ? 一応、『白盾騎士団』傘下の一般兵は『黒剣騎士団』と同じく一万名程だが、首都の衛兵や全国の冒険者組合の役人も、その一万名に含まれている」


「えっ! 冒険者組合の役人も『白盾騎士団』傘下だったのですか?」


 首都防衛と遊撃が任務の『白盾騎士団』は、その性質から、首都の衛兵と地方派遣の多い冒険者組合の役人の管理も任されていた。


「そうだ。首都の衛兵が千五百人程で、冒険者組合の役人が三千五百人程だな」


「ちょっ、役人の方が冒険者よりも多いじゃねえか!」


「冒険者相手だけでは無く、騎士団相手もしているからな……まあ、役人ってのは安定職で人気だろ? だから人数が多い」


 冒険者組合の役人は、一見多い様に思える。


 だが、地方都市の冒険者組合に派遣されている役人を含めての人数なので、広い国土に対して多すぎるわけでは無い。


 又、女性の受付嬢を含めての人数なので、結婚退職などで、人の出入りが多い。それを考慮すれば冒険者組合の役人は寧ろ少ない位だ。


「では結局『黒剣騎士団』と同じく六千名程が実動の一般兵部隊ですか?」


 両騎士団共に、額面兵力は万を超えて居るが、実態はかなり嵩増しされた兵力だった。


「そうなるな」


「隊長、『青槍騎士団』や『朱弩騎士団』はどうなんだ?」


「何方も東西で分かれているだけで、両騎士団共に構成は似た様なものだな。こちらはそれぞれ騎士のみ約千名づつ所属している」


「では併せて騎士が二千名? これは結構な戦力では?」


「何方も貴族の家臣だ。約半数がここ『バーキン』で貴族の家臣として仕え、残り半数が貴族の代わりに、地方で領地の管理をしている」


「それでも約千名は地方の領地で魔物討伐をしているのですよね?」


「領地で領民を独自に徴兵して、魔物討伐に当たっている事も有るが……熱心ではないし、何方の騎士団の騎士も戦いたがらん」


「あれっ……独自? 領民の兵士は騎士団傘下の一般兵では無い?」


「武装させただけの農民だな。一般兵と戦力的に差は無いが、その場限りの一時的な場合が多い」


「一時的ですか?」


「農地を魔物に荒らされるから、一時的に自警団を組織して警戒しているだけの場合が多い。実際の魔物討伐は、『黒剣騎士団』や『白盾騎士団』が呼ばれて行う」


「流石にサボり過ぎでは? 彼等は仮にも騎士でしょう?」


「二百から領地持ちの貴族が居る。平均して各貴族家の所属騎士は十名前後だぞ? そして半数の五名が首都で勤務。領地には騎士とはいえ五名しか居ない。真面な戦力が僅か五名ではな……魔物の数が少しばかり多いだけで、騎士の側は不利になる。リスクが高すぎて討伐までは出来んよ」


 コレは平均しての話で、大貴族は騎士の人数が多く。弱小の男爵などは騎士の人数が少ない。


 首都に一名、領地に一名の二名しか配下の騎士が居ない男爵も多い。


「分散させているから……首都の騎士を減らして領地の騎士を増やせないのですか?」


「それは無理だな。それどころか貴族は、領地よりも首都で自分達を守る守護騎士を増やしたいだろう。今でも家族に一名、守護騎士を付ける事が難しいとの不満が多い」


「隊長、何で不満が多いのに地方領地に騎士を置いているんだ?」


「『青槍騎士団』『朱弩騎士団』は本来、東西の領地を守る騎士団だろ? 騎士団に所属している騎士を最低でも半数は領地に置く決まりが有る」


 一応、余裕のある大貴族の家臣達が協力して集まり、互いの領地の魔物を討伐している所も有る。


 ただこれは稀な例で、自分の領地の管理だけで手一杯なのが現状だ。


「そうなのですか?」


「制度設計の段階では、もっと騎士になる騎士見習いが多かったのだろうな。現在は騎士の人数が足らない上に分散している。あまり役に立っておらん」


「しかし、そうなると『黒剣騎士団』と『白盾騎士団』、合わせて千八百名がこの国の騎士団の主戦力ですか……冒険者よりも少ない」


「これだけの国土を守るのに、冒険者と合わせても四千人も居ない戦力だ。可能だと思えるか?」


「成る程、全く戦力が足らないのですね」


「んっ? 何か忘れている様な……」


「だよなイチゴ。なあニト、もう一個、騎士団が有ったろ?」


「『黄珠騎士団』の事か? 『黄珠騎士団』だけは人数不定だ。まあ全く戦力にならんから数える必要もない」


「うわぁ~、ハッキリ言いますね隊長」


「あそこはなぁ、他に言いようが無い。他の騎士団から、役に立たないどころか、足を引っ張って害悪にしかならないと評価された貴族出身騎士を、取り敢えず他にから切り離す。その為の騎士団だ」


「害悪……」


「容赦ねえな」


「まあ他にも大ポカをやった騎士の懲罰として『黄珠騎士団』に数年左遷ってのも有る」


「懲罰っ! 騎士団に入る事が懲罰ですか!」


「そもそも任務が無い騎士団だ。ただただ所属しているだけだな」


「なっ……任務が無い?」


 『黄珠騎士団』が落ちこぼれの集団である事は知っていた。だが任務が無いとは思っていなかった。


「良く考えたら『黄珠騎士団』って言ってるけど騎士団の宿舎や、施設が見当たらないんだよな」


 『聖銀騎士団』は王宮内に施設があるので、三人は直接見た事が無いが、ある事は知っている。


 『青槍騎士団』と『朱弩騎士団』は本部施設が騎士街区の東西に存在している。騎士団上層部が在中しており、事務手続きなどを行っているらしい。


 『白盾騎士団』は大きな宿舎や本部施設が騎士街区中央に有り、首都『バーキン』で最も目立つ騎士団だ。


 『黒剣騎士団』も規模こそ小さいが騎士街区の外れに同様に宿舎と本部施設が有る。


 式典などで首都に出張してきた騎士や、騎士団上層部が利用している。


 一方、『黄珠騎士団』には施設が無い。


 任務すら与えられることの無い、この騎士団の勤務地は『自宅』


 敢えて言うなら『自宅警備』がその任務だ。


 『黄珠騎士団』に左遷されるというのは、『自宅謹慎』を命じられると言うことだ。


「前々から疑問なのですが、『黄珠騎士団』でも給金は支払われますよね?」


「当然支払われる。騎士の最低保証だがな。まあ貴族出身の騎士は、元の貴族家との関係が有る。騎士団から安易に追放も出来んから、他に迷惑にならん様に飼い殺す。その為の騎士団だ」


「給金を支払っているのに一切任務を与えない……何か出来ることはないのですか?」


「ニト、戦いが得意でなくても事務に向いている者は、騎士団本部で重宝される。素行に問題があろうとそれなりに戦えるなら魔物討伐で役に立つ」


「ですよね? 騎士団は戦闘集団ですが、それ以外にも様々な任務が有ります。何故何も……」


「騎士団が戦闘集団だからだ。この組織で最も必要がない者は、無能な働き者だ。地位として最初から『騎士』の身分が与えられている事が、この場合、不幸なのだろう」


「どう言う意味ですか?」


「無能な働き者の指揮官は、部下を無為に死なせる。そうで無くても騎士も騎士見習いも人数が足らない。無駄に死なせて良い人材は騎士団には居ない。その余裕が無い」


「ああ、成る程」


「貴族出身騎士は、指揮官に向いて居ない者でも指揮官として部隊を率いてしまう。副官を置いてフォローは出来るが、副官のフォローを受け入れぬ者もいる。そうなったら申し訳ないがご退場願うしか無いだろ」


「色々やった末の措置なんですね」


「貴族出身者も騎士見習いから始めるべきなのだがな。そうすれば部下として優秀な者も多いだろう……だが一度は貴族の当主を目指した跡取り候補、騎士の部下になるにはプライドがな」


「全くの無能と言うわけでは無いのですね」


「そうだな……これは適性の問題だな。大声では言えない事だが、余りに無能な当主候補は、貴族自身に早々に処理される。貴族家にとってそんな者を当主候補にする事が恥だろ?」


 表に出せない程無能なら、当主候補として育てている最中に処分される。


 貴族家にとって一番大事なのは、その貴族家の名誉であって、替の効く当主候補では無い。


「貴族の当主候補も大変なのですね」


「『黄珠騎士団』の実態が把握出来ない理由もこれだ。恥だとされているからな。出身貴族家から裏で処理される者がいたり、自殺する者がいたりと……実態を把握しない様にしている節が有る」


 『黄珠騎士団』に転属になった事は発表されない。内々で転属になり、大人しく過ごす。


 改めて自らを鍛え直し、近衛騎士見習い試験に臨む者も中にはいるが、失意の内に自殺する者や、貴族家の恥として処分される者も多い。


 ただ、懲罰処分で左遷された者は、懲罰期間後に、適性試験に合格すれば原隊復帰も可能だ。


「はぁぁ、知りたく無い真実でした」


「存在してるけど実態が無い騎士団か」


「そりゃ戦力にならねえよな」

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