第119話ちょこっと外伝『少年はモノから人に成れるのか』騎士見習い編①-06
ギャンの基本方針は選択肢の多様化だ。
『実戦において選択肢は多ければ多い程良い』との考えに基づいて様々な訓練を施して行く。
その方針は装備にも表れていた。
サブ武器の携帯、予備武器の準備、遠距離攻撃用に各自弓も準備し、遠距離攻撃防御用の小型の盾は全員必須だ。
そこに各自、自分の特性に合わせて小型の投擲武器などを加えていく。
「投げナイフはやはり消耗品ですか?」
イロクがギャンに尋ねる。
イロクは小技も多彩で、投げナイフも得意としている。だが訓練場と違い、野外では投げたナイフが度々行方不明になる。
例え魔物に命中して刺さっても、戦闘中に抜けて草原に落ちる。
すると草深い草原では小型のナイフなど簡単に草に紛れる。何処にいったのか分からなくなってしまう。
当然外した場合も草原の何処かに落ちるのだが、その行方を注視して見ている訳にはいかない。
投げナイフを投げる場面は、牽制や注意を引きたい時だ。直ぐに目の前に迫る魔物との戦闘になる。ナイフの行方を気にしている余裕が無い。
「回収出来るなら回収すれば良い。だが……まあ良く失くす。余り高価なモノは選ばん方が良い」
投げナイフは消耗品と割り切った方が、精神衛生上好ましい。
戦闘後に矢や投げナイフなど、遠距離系の武器を回収する時間は設けているが、見つかる迄探す訳にはいかない。
決められた時間までに見つからない場合は諦めるしか無い。
「はぁぁ、便利では有るんですけどね。お金を投げてる様な気分になります……」
矢は支給品なので諦めも付くが、投げナイフは個人購入なので出費が痛い。
有ると便利なので手放せないだけに悩ましい。
可能な限り出費を抑える為に、出来るだけ安いナイフを購入しているが、形状や投げやすさなど譲れない拘りも有る。
出費を抑えるにも限界があった。
「野外で投げるなら、色を工夫しろ。白色や青色系は余り自然に無い色だから見つけ易いぞ」
草原の緑に映える色が良い。
「アレッ? 赤色系はダメですか? 目立つと思ったのですが……」
一応イロクも色の工夫をしていた。
屋内の対人戦なら目立たない黒色なのだが、野外と言うこともあって柄が赤い投げナイフを選んでいた。
「案外赤色系や黄色系は草原の緑に紛れる。黒色は論外だが、出来れば白色か青色系が良いな」
「しかし、支給品の矢の矢羽は赤色ですよね? 見つけ易い工夫だと思ってましたが」
「アレは血で汚れる事を見越して、余り汚く見えない色を使っているに過ぎん。洗っても血の染みは落ち難い。最初から赤色系にしておけば目立ち難いだろ」
「そうだったんだ……」
「まあ最初は迷うよな。冒険者の店の投げナイフはカラフルで色々と色がある。赤色系は矢と一緒で汚れが目立た無い様に、黄色系は街中での使用時に目立つ様に、蛍光塗料が塗られている物が多い」
「それで青色や白色系は野外仕様ですか……」
「汚れる事を想定するなら青色系が良いかもな。白色はメンテナンスが少し大変だ」
「次回から目立つ蛍光色の青色にします」
「ふむ、ならコレをやろう。他の連中には内緒にしておけよ」
「これは青色の投げナイフ! しかも結構高そう!」
灰色の刀身にサファイアの様に透き通る青色の柄。色が塗られているのでは無く素材そのモノの色だ。
どう考えても安いナイフでは無い。しかもギャンはそれを六本も渡して来た。
「どうだ? 今までの物と比べて投げ易さは問題ないだろ?」
刃先は尖って鋭いのに刃先に重心が置かれている。柄も指に挟み易く、全体的に軽い。
ナイフは滑らかな曲線で構成されており、引っ掛かりが無く、ベルトに通せる様になっている鞘からスムーズに引き出せる。
今迄の物よりも遙かに良い。投げ易さは抜群だった。
「あの……高価過ぎて投げ辛いんですけど」
今までの投げナイフが小銀貨を投げている様なモノだとしたら、このナイフは金貨を数枚、投げている様なモノだろう。
「このナイフは色だけで無く見つけ易い工夫がしてある。だから問題無い」
「工夫?」
「これは六本セットなんだ。小型の魔法球が埋め込んで有るだろ? どれでも良いから一本に魔力を込めると全てのナイフの柄が光る」
「うわぁ、光ってる。って、これ魔物に刺さったまま逃げられたら大損じゃ無いですかっ!」
金貨では無く大金貨かも知れない。
「なに大丈夫だ。最悪付与された魔法を発動させると、発動させた一本のところに他の五本が召喚されて戻って来る」
もう意味不明だ。一体幾らなのかイロクには見当も付かない。
「……ねえ隊長、これ幾らですか?」
「ふむ……まあ気にするな。気を付けておくべき事は、最後の一本まで投げてしまうと他の投げナイフと一緒でただの青色のナイフって事だ。一本は必ず分けておいて使わない様にしながらローテーションすると良い」
イロクが返そうとしてもギャンは気にするなと受け取らない。
「魔法球がついているなら『魔力探査』にも引っ掛かりますよね?」
「そうか、イロクは斥候で探査系が充実していたな。無論それでも探せる」
「コレで無くすことが無くなりそうです。ありがとうございます!」
一回の戦闘で使用する投げナイフは精々二、三本。
普段イロクは両脇に二本づつ投げナイフを装備している。
一本をメンテナンスに預けても、一本を予備に『収納魔法』に入れておけば無くす事が無い。
「うむ、ただくれぐれも内緒だ。忘れるなよ?」
◇
「ねえ隊長、投擲武器で便利なのってなんですか? 咄嗟に牽制出来る便利なのが良いんですけどオススメって有りますか?」
「ほう、サティも投擲武器に興味を持ち始めたか?」
「雷撃系は射線が通り難くて……他は発動時間が掛かるし咄嗟に攻撃がし辛いんです」
「ふむ、悩ましいな。ロクに訓練もしないで使える様な投擲武器は余り無いのだが……その意欲は買いたい。咄嗟で無ければ色々有るが……」
「咄嗟で無ければ? 例えばどんなのですか?」
「打ち出す弾に困らんのはスリングだろう。スリングショットも良いが、それなら弓で良い。……やはり素人が少しの訓練で使いこなせるのはスリングだろうな」
そこら辺に落ちている小石が弾になる為、スリング系は弾に困らない。
何より普通に投げるのと動作が似ていて、少しの訓練で投擲でき、紐の長さの分、遠心力が加わって威力が高い。
それに畳んで仕舞う事も出来る為、持ち運びに困らない。
「うぅ、想像してたのと違う……もっとカッコいいのが良い!」
「格好よりも利便性だと思うがな? 威力もそこそこで、何より安い。弾代も掛からんから経済的だぞ?」
「投げ針は? カッコ良く無いですか?」
「投げ針? ああ、トゥエの投げてる剣針か? アレはそもそも刺突用のスティレットの一種だ。アイツは斧を投げる癖が有る。直ぐに拾いにいけんからサブ武器として剣針を持っているだけだぞ」
トゥエの持つ剣針はスティレットのツバと柄の無い物。片側だけ尖った細い杭の様な形状をしている。
「でも、その剣針でしたっけ? それも投げてましたよ?」
「まあ剣針は何本か予備が有るからな。そっちも癖で直ぐ投げるんだ。リーチを伸ばす工夫だろうが、余り良い癖では無い」
咄嗟に投げて間合いの外の敵に攻撃出来るが、一度手から離れた武器が、もう一度その手に戻って来ると考えるのは危険だ。
剣針は大した値段では無いが、手斧は高い。紛失して後悔する前に止めさせるべきだろう。
それに持ち替え時間の問題も有る。斧を投げて剣針を引き抜く間、攻撃出来ない。
斧を二刀流にしてその欠点を補っているが、斧を投げた後、剣針側は攻撃力がガタ落ちになっている。
「トゥエはまだ成長期でコレから背も伸びる。当然リーチも伸びる。早めに改めるべきだろう……後アレはサティには無理だな。訓練も無しで投げて刺さるほど気楽な武器では無い」
「うぅ……じゃあ他には?」
「他か……ダーツか手裏剣位か? だがどちらもなあ……」
「ダーツ? 手裏剣?」
「ダーツってのは手で投げる小型の矢みたいなモノだ。ん~、ああ、的当てのオモチャが酒場にあったろ? アレだアレ」
「アレ! アレって武器なんですか?」
的当てはサティも他の騎士見習い達と遊んだ事が有る。だが単なるオモチャだと思っていた。
「まあダメージは期待出来んが牽制にはなる。目にでも当たれば儲けモノだな」
実際、人間相手でも牽制程度にしかならない。
魔物相手なら相手を選んで牽制程度、甲殻の有る魔物相手だと下手をしたら牽制にすらならない。
それでも武器として候補に上がるのは、武器として使用されるダーツは、針の先にカエシが付いているからだ。
毒を塗って投げれば、カエシによって抜け難く。その毒で敵を倒せる。
ただし毒で倒した場合、その肉は毒に犯されている為、食用に出来ない。要するに売り物にならなくなって損をする。
故に毒付のダーツは暗殺目的以外で使用される事は稀だ。
他の用途として、羽部分に魔法の発信器を仕込んで魔物の追跡用に使用されたりもする。
だがその場合、武器と言うより道具だ。
「むぅぅぅ、なんか違うぅ! ……手裏剣ってのは如何なんですか?」
「手裏剣ってのはコレだ。手裏剣は投げ易さ、当たり易さに優れた投擲武器だ。ただ嵩張るのがいただけない。それに咄嗟に取り出し難いんだ」
ギャンが取り出したのは、直径五センチほどの円盤に小型のナイフの様な刃が放射状に六本伸びたモノだった。
刃先まで入れると直径十センチ、灰色の刃が鈍く光り、中心部に二センチ程の穴が空いている。
「風車? 変な形……でもどう当たっても刺さりそう。面白い武器ですね」
手裏剣は刃を縦てて投げれば、刃先の向きを気にする必要が無い。
投げナイフよりは遙かに相手に刺さり易い、比較的素人でも使い易い投擲武器だ。
「良い投擲武器だが、この形状の所為で咄嗟に取り出し難い。鞘らしい鞘も作れんだろ? 収納場所に困るんだ」
「そうですね……『収納魔法』に納める位しか無さそうですが……」
「そう言いながら何故手を伸ばす?」
サティは見本にとギャンが取り出した手裏剣を、当然の様にその手に取っていた。
「えっ? 一応貰っておこうかと?」
「ほう……誰から聞いた?」
ここで注意して欲しいのは『誰か』であって、イロクでは無い点だ。
ギャンがコッソリ何かを与えているのはイロクだけに限らない。
「ん? 誰にも聞いてませんよ?」
「ふむ、では何故?」
「イロクがいきなりあんな投げナイフを持ってたら、誰だって分かると思いますよ? 自分で買える訳ないし、貴族家が送ってくるわけが無い。なら隊長くらいしかいないでしょ?」
探し易い様に目立つ色の柄。それは投げる前でも目立つ。
更にそれが高価そうで、尚且つ魔法が付与されていれば、誰がイロクに渡したのかはサティでも分かる。
ただバレバレであろうとそれを認める訳にはいかない。一応隊長という立場がギャンにもあった。
「むぅぅぅ、まあ良い。良いかサティ。絶対に内緒だからな! 後、出来るだけ使うな!」
余り頻繁に物を与え過ぎるのは良くない。
イロクの投げナイフは、イロクが出費を我慢してでも、隊全体の連携を考えて使用していた。だからこその特別処置……のつもりだ。
全員に与える訳にいかない以上、表面上不公平がない様に、コッソリと渡すしか無い。
「使う為にくれるんじゃ無いんですか? それに練習しないと……」
「コッソリ使え、練習もコッソリしろ」
無理だとはギャン自身が一番良く理解している。だが無駄であっても言うだけならタダだ。
「隊長、これって何枚セットですか?」
そんなギャンの葛藤など知る由も無いサティは、当然の様に予備を寄越せと強請る。
「一枚……」
「絶対嘘だっ!」
ウルルッと潤んだ瞳でギャンを見つめる。
最近、隊の皆んなが甘やかし過ぎた所為か、意地悪をされるとサティはマジ泣きする。
「分かった、分かった、分かったからそんな顔でコッチを見るな! それは本当にコレクション用で一枚だ。コッチをやるから大事に使え」
ギャンは改めて十枚セットの手裏剣を取り出す。
「あっ! イロクのと一緒で真ん中が青色、綺麗!」
そちらも基本は今の手裏剣と似たような形だが、真ん中に穴では無く魔法球が嵌っていて、放射状にサファイアの様な宝石が埋め込まれていた。
その所為か武器というより宝飾品に見える。
「使い方はイロクのと一緒だ。魔力を一枚に込めると全部光る。後、魔法を発動させたら、その一枚の場所に全部召喚される。だから必ず一枚は投げずに残せ」
「はーい。んふふっ♪」
奪い取る様に手裏剣を交換したサティは、新しい手裏剣に夢中でギャンの話を聞いているのか微妙だ。
後日談だが……サティが実戦でその手裏剣を使う事は無かった。
ただ練習だけはしているらしく、両手で数枚一度に投げて全て狙い通りの的に当てれる様になっていた。
「それだけ使えるのに、何故実戦で使わない?」
「コッソリ使えって言った!」
「だからコッソリ使えば良いだろ?」
「どうやって?」
「んっ?! ……無理か?」
「無理! だから練習だけなの」
「ふむ……まあ良いか」
目立つよりはマシ。
練習に使って無駄にはなっていないと、ギャンは実戦での使用を早々に諦めた。
◇
これもギャンの方針で、可能な限り手荷物は持たない。サブ武器以外の嵩張る装備は全て『収納魔法』に納められた。
不意の戦闘になった際、荷物が邪魔にならない様にとの配慮だ。
「うん、やっぱり『収納魔法』は便利だね。回復ポーションも傷用、体力回復用、魔力回復用、精神力回復用、各種毒消しと色々納められるし」
あんな事が有ったのに、ニトのポーションコレクションは順調に増えていた。
色々とその成分に思う所は有るが、背に腹は変えられない。
「そうだなニト。荷物運搬の労働用の魔法かと思っていたけど違うんだな。それに倒した魔物の素材を収納できて便利だ」
形状を特に気にする事なく、嵩張る荷物も楽々収納出来る。
『収納魔法』は魔力を常に一定量消費するのが欠点だが、魔力さえ有れば物を異空間に収納出来る。
ギャンの教えてくれた『収納魔法』は色々改良されているのか、限界の収納量と現在の収納量が一目でわかる表示付きで非常に便利だった。
「イヤ、それでもイチゴは欲張り過ぎだよ。魔結晶と価値の高い素材だけで良いじゃないか?」
「早くロアナを身請けしたいんだ! お金になる、売れる物なんだから良いだろ?」
イチゴの魔力容量は高い。それ故、収納できる容量にも余裕があった。
イチゴは余り価値の無い『グラスウルフ』の肉も含めて、常に収納できる限界まで詰め込んで持ち帰っていた。
あまり価値のない美味しくない肉でも安ければ買う人はいるのだ。
「オオカミ肉はあんまりだったな、筋張っているってか、繊維質が多くて口に残るぜ」
ハチの初の解体記念の肉は、焼いて食べたが余り美味しいものでは無かった。
「匂いが独特だったね。まあ食堂のおばさんのシチューなら結構食べれたよ」
モノは試しと食堂のおばさんがオオカミ肉を色々工夫して調理してくれた『下町シチュー』は、独特な風味は多少残っていたが美味しく頂けた。
おばさんは実際に下町まで行ってその料理を試食して来たそうだ。
「本場の『下町シチュー』よりも、アタシのシチューの方が調味料が好きに使える分、美味しいよ」
そう言っておばさんは自慢気だった。
「香草と調味料で上手いこと癖を隠してたな。肉自体も煮込んでトロトロになると、味がしっかりしてて、アレはアレで悪くない」
「けどイチゴ、手間が半端無いそうだよ。長時間煮込むからアク取りが大変だって」
「度々は作れねえってのと、暫くは勘弁してくれって言ってたな」
「まあ、暫くは買い取りに全部回すさ」
「安いけどなぁ」
「ううぅ……だよな、もうちょい高くても良いのに」
「やっぱり調理の手間が掛かるから、それで安いんだろうね」
オオカミ肉は一頭分、約八十キロで1000ゴールドにしかならない。
1000ゴールドの為にそこまでしなくてもと思うが、それでも1000ゴールドで売れる。
イチゴは少しでもお金を稼ぎたかった。
「けどさイチゴ、流石にこの買い取り価格だと労力に見合わないよ」
「まあ良いじゃねえかニト、気持ちはわかるだろ?」
イチゴの母親のロアナは身請け金額が別格に高い。少しでも稼ぎたいイチゴの気持ちは良く分かる。
「にしても『収納魔法』は便利だぜ。予備武器も納められるし、野営道具もスッキリだ。全く何で騎士はこの魔法を嫌うんだ?」
複雑な魔法陣だったが、一度発動させてしまえば、後は魔力の続く限り効果時間が続く。
消費魔力は魔力の回復量より少ない為、効果時間がない様なものだった。
偶に荷物の整理で解除する時以外、掛け直す必要が無いので、複雑な魔法陣も苦にならない。
何故使いたがらないのか不思議だった。
「それはねハチ、荷物を自分で持ち歩く、この行為そのものが優雅でないとされているからだよ」
「優雅? けど騎士だって遠征に出かけてるだろ? 荷物なしで野営はどうするんだ?」
「フィフが最初言ってたろ? 荷物持ちを雇えば良いってのが貴族出身の騎士様のスタイルなんだよ」
「騎士見習いとは貰ってる給金が違うって事か?」
騎士見習いは月に35万ゴールドだが、騎士は最低100万ゴールドの給金がある。
一人程度は余裕で雇える。
「そうだね。一般兵を荷物持ちにしている事も有るけど、優秀な従卒を雇っている騎士もいるね」
「従卒?」
「騎士に仕える戦う使用人ってところかな? 冒険者出身の人が多いみたいだよ」
「冒険者なのに戦闘騎士じゃなくて、その従卒だかになるのか?」
「戦闘騎士になるには相当強くなくちゃならない。そこまで強く無くて、一線で冒険者をするのも辛い、少し歳を取った人が従卒に雇われる事が多いみたいだね」
歳を取った冒険者は、歳をとっても出来るクエストを熟して冒険者を続ける者も多いが、引退する者もいる。
引退後はそれまで培った特技を活かした様々な職業に就くが、お金持ちの子女の護衛役や騎士の従卒につく者も多い。
それなりに腕さえ立てば、収入が安定しており、危険も少ないからだ。
「ヘェ~そうなのか」
「最低限、自分の身は自分で守れる。更に『収納魔法』が使える人が多いから荷物も運べる。需要と供給がマッチしてるからね」
ただし、貴族出身の騎士などは、尊大な態度の者が多く、従卒して仕えるには精神的な忍耐を必要とする。
支払われる給金と、騎士の態度が見合わなければサクサク辞めていく者も多い。割と人の出入りの多い職業でも有る。
「それでも最低限の自分の荷物位、自分で管理したいぜ。騎士様は野外で万が一逸れたらどうする気だ?」
「さぁ? 野垂れ死にかなぁ」
「野垂れ死にって優雅なのか?」
「優雅じゃねえだろ?」
「だよね」
◇
この国では、一般の騎士が魔物と戦わず、武術大会で対人戦の腕を競い合う時代が長く続いた。
そしてその間、貴族出身の一般の騎士が増えてしまった。
魔物との戦闘がないので有れば、無理をして近衛騎士になる必要が無い。
そんな考えで一般の騎士なる貴族出身の騎士が増えすぎた。
そんな彼等が主流派となり、騎士全体が貴族かぶれしているのが現状だ。
『白盾騎士団』は近衛騎士『聖銀騎士団』に入れなかった貴族出身の騎士が特に多く、その傾向が強い。
そんな指揮官、騎士の下で、騎士見習いをして育った『青槍騎士団』『赤弩騎士団』の騎士達も同様だ。
実戦を潜り抜けて騎士になった彼らも、騎士になった途端、腑抜けてしまう。
周りの騎士達に合わせ、それこそが騎士らしい行為だと勘違いしてしまっていた。
実利よりも見た目の優雅さを重視する貴族かぶれが横行し、騎士の質の低下が甚だしい。
魔物との戦闘で、実際に戦える騎士が少ない。真面なのは『黒剣騎士団』所属の騎士位だ。
だが役職付きの指揮官ポストは数に限りがある。『黒剣騎士団』にも役職を求めて貴族出身の騎士が入り込み、軋轢を生んでいた。
◇
そして又、武技もギャンの方針で訓練されていた。兎に角、覚えられる限り種類を多く覚えていく。
「武技は覚えれるだけ覚えろ。武器が何であれ使える武技は多い」
武技は、その技に最も有効な武器が存在する。その効果を発揮し易い形状が有る。
ただし、形状が少々違っても、全く効果が無い訳では無い。
棍棒や盾などで有効な『弾けろ』は剣であってもある程度効果が有る。
槍などの刺突武器で有効な『刺し貫け』は剣で突く場合も効果が有る。
この様にその武器で無ければ効果が無い武技の方が珍しい。
「ヘェ~片手斧でも『叩き潰れろ』が仕えるんだ」
「ふむ、ランスでも『弾けろ』や『刺し貫け』が使えるな」
「じゃあジュウゾウ、『斬り裂け』は?」
「フミ、流石に刃が無いから……使えるな……何故だ?」
「うわぁー、凄いすごい! なら『叩き斬れ』もいけるんじゃ無い?」
「いける……ふむ?」
「わぁっ、ジュウゾウ見て、斧で『突進』が使えたよ」
「むぅ」
「あっ『乱れ突き』もいける!」
「…………」
「もしかして攻撃系の武技は、武器ならなんでも使えるのか?」
フミとジュウゾウのやりとりを見て、ハジメが呆れ気味に呟いた。
「ん~、そうだな。余程でない限りほぼ使える。効果は落ちるが、使わないよりは威力が上がる」
それにギャンが応える。
「しかし、効果が落ちるので有れば気力の無駄使いでは無いのか?」
「常に気を練っていれば気力は余り気味だろ?」
気を練って肉体を活性化させると気力の総量が増える。更に気を練り続ける事で気力自体が貯まっていく。
最近では気力が余り気味だ。
「それはそうだが……」
「それに訓練ならまだしも、実際の魔物との戦いは短期決戦とインターバルの繰り返しだ。そして一戦毎のインターバルが長い。気力は十分その間で回復するだろ?」
使って減った気力も、回復量が多いのですぐに回復してしまう。
「それはそうなんだが……」
「武技を連続してコンボを決めた方が、魔物を倒すまでの時間を短縮出来る。短縮した時間を気力の回復に充てれば、トータルで考えればお得だ」
武技はそれぞれの技毎に気力を込めて技の発動に備える。
この気力を込める時間は訓練すれば短縮出来るが、それでも数秒から十数秒時間が掛かる。
その為、同じ武技を連続して発動は出来ない。
ただ武技は、この『技毎に』がポイントで、気力を込める武技は別に一つで有る必要が無い。
複数の武技に予め気力を込めておき、それを連続して発動する。発動し終わった武技には即気力を込める。
これを繰り返して行うと、攻撃系の武技を途切れる事なく気力が尽きるまで連続して発動する事が出来る。
「有用ではあるが、騎士の戦い方としては如何なのだろうな? 野蛮ではないか?」
武技の乱打。途切れる事の無い武技による猛ラッシュ。
荒々しいその戦い方は優雅さとは程遠い。
「ハジメ、武技に貴賤が有るのか? 魔物は上品に戦ってくれるのか?」
魔物はなり振り構わず襲ってくる。常に全力の猛ラッシュ。
魔物も命懸けだ。手を抜く事は決して無い。
「お前たちは騎士見習いだろ。上品に戦いたければ騎士になってからにしろ。先ずは生き残れ! それともお前は上品に戦って死にたいのか? 心残りは無いんだな?」
「絶対に生き残る! 生きてアイズと添い遂げる!」
アイズはハジメの妹で将来を誓い合った恋人でも有る。
ハジメもイチゴ達と同様に愛する家族と供に暮らす事を夢見て、それを目標に、騎士になるまで生き残ろうとしていた。
「ならどうする?」
「決まってる! 全部覚える!」
◇
一般的に騎士階級の者は騎士街区に有る店舗しか利用しない。
しかし、イチゴ達は殆ど騎士街区の店舗を利用しない。ギャンの方針で、どんな場所のどんな小規模な店でも利用する。
他の部隊の騎士や騎士見習い達は、下賤と嫌い立ち寄る事すら無い、下町の店舗の常連ですら有る。
市井の庶民向けの店舗で野営の為の調理器具を買い揃え。
下着やソックスなどの消耗し易い衣類も下町の衣料品店で丈夫さと肌触り、吸汗性などを吟味して買い揃える。
冒険者向けの店舗も見て回り、装備もギャンの目利きで揃えていく。
◇
「ニト、この鍋どう思う?」
ハチが大きな中華鍋を手に尋ねる。
「う~ん、こっちのセット品の方が重なってコンパクトに収納出来るよ。こっちにしない?」
若干すり鉢状の鍋は、太いワイヤーを曲げた持ち手を折り畳むコトが出来、重ねて持ち運べる。
「けど少し華奢じゃ無いかそれ? こっちは盾に使えそうなほど丈夫そうだぜ?」
可動部がある為、中華鍋よりは華奢だ。ただ鍋に水を満載して持ち運べる様に、強度は考えて作られている。
「ハチ、今選んでるのは野営用だからね? 丈夫さだけじゃ無くて、軽さや持ち運びのし易さとのバランスが重要だよ」
「むぅダメか……」
中華鍋は盾にもなる大変優れた万能調理器具だが、野営で使うには大きすぎて嵩張る。
「ニト、『お玉』ってこれか? 後『ヘラ』は木製で良いんだよな?」
そこへイチゴがひょっこり現れた。
「イチゴ、他に何製が有った?」
尋ねながらニトがイチゴの方へ移動する。鍋は重たいので、最後にまとめてカウンターに持っていく気なのだろう。
「お玉と同じ金属製と……何故か魔物の甲殻製があったな」
「お玉も魔物の甲殻製があるの?」
「有るぞ、ほら」
イチゴが水色で少し半透明なお玉を手渡す。
「ヘェ~思ったより軽い。それに結構しっかりした造りだね」
何処にも継ぎ目が無い削り出し、柄からお玉部分にスムーズに繋がる曲線が中々オシャレな一品だ。
魔物の甲殻製との事だが、樹脂では無いので形状に自由度はそう無い筈だ。
にも関わらず、お玉部分がしっかり深い。
元の甲殻の曲面を上手く利用したのだろうと思われるが中々の職人技だ。
「ちょっと待てニト。流石に魔物の甲殻製は変な出汁が出そうで不安だろ?」
生物由来の素材で有るから、少しその点が不安だ。
「ハチ、ただの魔物の甲殻だよ? 野営の簡単な調理でスープを掬ったり、かき混ぜるだけなんだから、気にする必要は無いと思うよ?」
ハチにしては珍しく神経質な気がする。だが理由は想像がつく。
ハチは食いしん坊だが、その分、味に煩い。食べ物は量にも拘るが味にも拘る。
単に美味い料理が食べたいから、失敗要素を排除したいだけだろう。
「特に変な匂いはしないよハチ」
イチゴがもう一本手に取って、匂いを嗅いでからハチに手渡す。
「そうなのか? アレ、実物は思った以上真面だな? これが甲殻製? どこら辺が甲殻なんだ?」
水色で半透明な事もあり、樹脂を固めて作った様にも見える。
生物由来だと感じさせない造りだ。
「甲殻を削って作ってるみたいだから、原型はとどめていないね。木製の物の材質が魔物の甲殻に変わっただけじゃない?」
「木製よりも薄いのは強度が魔物の甲殻の方が高いからかな」
全体的にボテっとした印象の木製のものより、シャープで薄い。
「だね。良いね曲線が綺麗で持ち易い」
ニトはデザインが気に入った様だ。
「薄い水色と白、二種類だけか?」
似たデザインで白色もあった。
「ハチ、こっちに黒もあるよ」
イチゴが一段高い位置にあるお玉を指さした。こっちは若干飾り彫もされていてお高そうだ。
「何色が良いかな?」
ニトが色に迷う。白色も良いが水色も捨てがたい。
「色の違いは魔物の種類の差か? う~ん? 種類まで書いてねえな」
商品の説明書を読んでも、魔物の甲殻製とは書いているが、その魔物が何かまで書いていない。
「値段は違うけどね。黒が一番高い……」
黒は汚れが目立たず無難だが、値段が予算オーバーだ。
「ニト、無難に金属製にしねえか? こっちのが安いぜ?」
錆び難い合金製だと思われるが、金属製の商品の方が安い。魔物の甲殻製の七割ほどの値段だ。
「木製が一番安いな……って木製でも高いのがある! これ気をつけないと材質で大分差があるな」
茶色と薄いクリーム色のものが二種類有るが、薄いクリーム色のものは魔物の甲殻製の黒色と値段の差がない程高い。
「うーん、今回は白かなぁ? 白でも汚れ難いそうだよ。ほらここに書いてる『汚れ難く手間要らず、洗物が簡単に! 奥様に今一番売れてます!』だって」
「まあニトが気に入ったんなら良いんじゃ無いか? 白は目立つから野外で紛失する事も無さそうだし」
この三人での買い物の決定権は、大体ニトに有る。イチゴやハチは意見は言うが、最終的に決めるのはニトだ。
別にそう決まっている訳では無いのだが、何故かそうなってしまう。
「汚れ難いって事は出汁は大丈夫そうだな」
「もうハチは……そんなに心配なら、買って帰ったら一度煮込めば良いと思うよ? 鍋の試運転を兼ねて水を煮て、その中に入れたら良いんじゃないかな」
「まあそこまでしたら安心だな」
「なあニト、そんな事してふやけて壊れたりしないのか?」
「大丈夫だよ。そもそも調理器具だよ? スープにつけてかき混ぜるのに、ふやけて壊れたら使い物にならないよ」
調理器具に使われている段階で、水分に対しては強い材料の筈だ。
「そう……なのか?」
「庶民の店の商品は、丈夫さが売りだからね。ポロポロ壊れる様な商品は置いていないよ」
「そんなにものなんだな」
「商売は信用が第一。すぐ壊れるなんて噂になったら、お客さんが来なくなってそのお店は終了だよ。街に店を構えるだけでも大変らしいからね。リスクの高い、壊れ易い商品は最初から店に置かないよ」
「じゃあ、この白色を班の数だけか?」
今回は自分達の班の調理器具だけでなく、隊全体のものを纏めて買う様に頼まれている。
「ん~、いや今回はワンセットづつ買って帰ろう。一応念のため試してから追加購入かな」
元々ニトは慎重な性格だが、それだけでは無い。
何でも自分で試さないと納得出来ないと言うより、何でも自分で試したい好奇心旺盛な性格だった。
「それだと割引が渋くならないか?」
「イチゴ、それは甘い。相手はニトだぜ?」
「って事だよイチゴ。そこは任せて。次回購入と合わせて帳尻が合う様に値切るから」
「流石ニトだな。けど……やっぱり庶民の店は質が良いのに安いな。騎士街区の店と段違いだ。なんであっちはあんなに高いんだ?」
「装飾かなぁ? 飾り彫が細かいし、彫金やらなんやらで綺麗に飾ってるからね」
「調理器具に飾りって要るのか?」
「気分の問題だよ。台所にオシャレな調理器具が並んでいると料理するのが楽しそうでしょ?」
「そうなのか? わかるかハチ?」
「俺に分かるわきゃねえだろ?」
「はぁ、だよねぇ。君達に分かる訳無いよね」
「むぅぅぅ、ならニト、騎士街区の店で何か買うのか?」
「今回の目的は野営用の調理器具だからね。野外で使う物はオシャレよりも実用性と丈夫さが重要だよ。向こうの店で何か買うとしても宿舎で使うティーセット位かな?」
「ティーセット……」
「中身の味が変わらないのに、要るのかそれ?」
「はぁぁ、うん……二人に分かる訳無いよね。僕はもう諦めたよ」
「うぅ……」
「むぅ……」
「そっちはサティと一緒に行って、二人で選んで買うから、取り敢えず、今日は今選んだ物を買って帰るよ」
「ハイハイ」
「了解だ」
◇
「ねえサティ、何をそんなに悩んでいるのかな?」
「だって、色々有るでしょ? ここが悩み所だと思うんだけど?」
「……ああ、うん」
「あのなサティ、さっきからソックスの前でかれこれ30分だぞ。もういい加減決めたらどうだ?」
サティはソックスのコーナーにへばり付いたまま、既に30分も商品を吟味中だ。
サティに甘い二人も流石に困惑気味だった。
「まだたったの30分でしょ? ココノツってば何言ってるの?」
「うぅ……ミツ、なんとかしろ」
「ん~、ならサティ、迷ってるの全部買っちゃおう。ここは安いし、ソックスは消耗品だからね。無駄にはならないよ」
ミツはサティに甘い。ソックスくらい好きなだけ買ってやるつもりでいたのだが……
「はぁぁ、ミツまで何言ってるの? ニトの分も選んでるから、どう組み合わせるかとか色々あるの! 二人は暇なら他を見てれば良いでしょ」
ミツとココノツは分かっていない。
サティはソックスが欲しいのではなく、吟味したいして迷いたいのだ。色々と組み合わせを考えながら商品を選ぶ事が目的であって、商品を購入する事が主目的ではない。
この吟味する行為自体を楽しんでいた。最終的に買うのだとしても、それが目的では無い。
この場合の正しい二人の選択は、偶に意見を求めるサティの質問に、全て『ハイ』か『イエス』で答え、サティが満足するまで根気強く付き合うことだけだ。
間違っても急かしてはいけない。又、意見を求められても、否定的な答えを返してはいけない。
「はぁ、これは暫くはダメだな。にしてもソックスだけでなんでこんなに種類があるんだ? 軽く百を超えてる」
ココノツは下町の衣料品店を内心侮っていた。まさかここまで豊富な品揃えが有るとは思っていなかった。
「男性向けは少ないから油断したよ。まさか女性向けがここまでとは……」
下町の衣料品店は、男性向けの店はあっさりとした品揃えで、特に迷う事なく買い物が終了した。
それだけに女性向けの店の品揃えにミツは圧倒される。
そしてそれに圧倒される事なく嬉々として商品を漁り始めたサティにも圧倒される。
「因みにミツ、下着やシャツもアホみたいに種類が有る。正直、意味が分からん……」
ソックスのコーナーだけでは無い。女性向けはあらゆるモノが圧倒的な品揃えだ。
華奢なサティとニトは男性向けで合うサイズが無い。
そこで仕方なく立ち寄った女性向けの店だが……ココノツは立ち寄った事を後悔し始めていた。
「下着は服の下に着るのに、見た目って重要なのか?」
「俺に聞くなよ。俺は着心地さえ良ければそれで良い」
「だよねえ。はぁ、今日は長期戦になりそうだね」
「なあミツ、任せて良いか?」
女性向けの店は、当然の様に周りは女性だらけだ。
美少女にしか見えないサティを連れているので、変態と疑われる事は無いが、居心地が悪い。
ココノツは一刻も早くこの場から退散したかった。
先程から周囲の女性の視線が痛い。それに何故か徐々に周囲の女性が増えている。
「……ココノツ、そこは交代制でどうだろう?」
ココノツ以上に注目を浴びるミツも、周囲の視線が痛い。
サティの護衛の役目が無ければ逃げ出したい気分だった。
「ダメか……30分交代でどうだ?」
ここはココノツが素直に折れた。
周囲の視線の理由は察しが付いている。王子様の様な美青年のミツと、絶世の美少女の様なサティが、場違いに下町の衣料品店にいる。
注目を集めない訳が無い。
老いも若きも周囲の女性陣が頬を染め、ウットリとこちらを眺めているのは気の所為ではない筈だ。
偶に交代して視線を散らさないとミツも気疲れするだろう。
ただ……ココノツは気がついて居ないが、ココノツ自身も十分以上に美青年で、十分以上に視線を集めて居た。
「オーケー、じゃあ最初は僕から。30分たったら呼ぶよ」
「ん、俺は向かいの喫茶店で休んでくる」
都合よく店の向かいは喫茶店だ。
しかも男性客が多く、視線に悩まされる事なくゆっくり休めそうだった。
「だったらテーブルを貸し切っておいて。交代時間にサティと行くよ。サティも少し休ませて何か補給させないとだし」
サティは夢中になり過ぎていた。適度に休ませて栄養補給しないとぶっ倒れる危険が有る。
男性客の多い店では、こことは逆にサティが浮く。
無謀な荒くれ者は何処にでもいる。サティに下手にちょっかいを掛けられて、揉めるのも面倒だとテーブル席を貸し切る様に頼む。
ココノツなら意図を理解して、周囲から隔離出来る隅の席を確保するだろう。
「ならデザートを何か注文しておく、その頃出してくれる様に頼んでおくよ」
お茶程度なら大して待つ事なく給仕されるが、デザートの場合、注文が入ってから準備する事が有る。
事前に頼んでおけば待たされることは無い。
今日は買い出し名目の休養日だ。サティを疲れさせては、意味が無い。
まあ……既にサティが夢中になり過ぎていて、肉体的に返って疲れそうだが……精神的にはリフレッシュ出来ているのでヨシとした。
「任せた」
「『苺』のデザート! 良いココノツ」
ソックスから目を離す事なくサティから要望があがる。
要望と言うより命令に近いが……
「サティ、今年は『苺』が高いから……ここは下町だろ? 有るかどうか微妙だよ?」
ミツが事前に釘を刺す。騎士街区でも今年は高く、売っているのが珍しい『苺』が、下町に有るか如何かは微妙だ。
値段を気にしない客以外には売れないモノを仕入れるとは思えない。
「有れば頼むが無かったら諦めろよ?」
「じゃあ無かったら『栗』以外ね。ちょっと飽きたから今日は『栗』以外が食べたい」
最初は喜んで食べていた栗も最近は少し食傷気味だ。
「ハイハイ、了解だ」
女性向け衣料品の向かいに喫茶店。
その店は衣料品を選ぶ女性を待つ男性客を目当てに、そこに店を構えていた。
女性の買い物は長く、男性は女性用の下着も売っている店内では待ち辛い。
上手く需要を見込んだ、中々やり手の喫茶店だ。
因みに喫茶店で休憩中に偶々捕まえた、サンジによる、女性の買い物に付き合う男性の見本となる対応がこれだ。
「ねえ、サンジ。これはどうかな?」
「うん、綺麗な色だな。髪の色に合うね。サティならきっと似合うんじゃないか?」
「じゃあこっちは?」
「それもデザインが良いね。縫製も綺麗だ」
「これも捨てがたいよね?」
「これは綺麗な模様だな。サティはセンスが良いな。選ぶモノがどれも良い」
「んふ♪ でしょ」
サティの選んだTシャツの良い所を褒め、サティのセンスも褒める。
サンジによると、これを根気強く続ける事が重要なのだそうだ。
ココノツはそれを聞いて、自分には無理だと早々に諦めた。
「今度からサンジに頼むか?」
「うぅ、一緒に頑張らないかココノツ?」
「無理だな」
「やっぱり無理かな?」
「ミツはあれが出来るか?」
「出来ないな」
人には出来る事と出来ない事がある。ミツにも出来ない事があった。
ただ……この場では誰もサティを男扱いしていなかったが……美少女にしか見えなくてもサティは男の子だ。




