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異世界迷宮物語 ~剣聖少女はハーレムを夢見る~  作者: 綾女
二章 大魔王迷宮 その1
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第119話ちょこっと外伝『少年はモノから人に成れるのか』騎士見習い編①-04

 隊長のギャンは段階を踏んで騎士見習い達を訓練していく、とても慎重な男だった。


 決して功を焦らず、イチゴ達を着実に成長させていく。


 他の騎士見習いの部隊が、やれオークだオーガだ、あっちでマンティコアだと、まだ連携もとれぬ内から無謀に挑み潰走していく中、黙々と雑魚魔物を狩り続けた。


 1ヶ月目は草原で『ワイルドバニー』や『グラスウルフ』を狩る。


 この報酬で金策をして装備や魔法を整えることに終始した。


「隊長、他の魔物を狩に行かなくて良いんですか?」


「狩るも何も、お前らの今の実力だと狩られる側だろ?」


「うっ……」


「ニト、他の部隊を見てみろ。戦果よりも被害の方が大きい。怪我をしに行っているようなものだ」


「……それはその通りですけど……それでも騎士見習いとしては如何なんですか?」


「勇敢に魔物に挑んで傷を負うのは、名誉の負傷か? くだらんな」


「一応……挑んだ勇気は実績に成るんですよね?」


「あんなモノはお情けだ。そもそも上層部は魔物に負傷させられる事を恥だと思っている。アレを名誉の負傷だなどと思っているのは騎士見習いだけだな」


「……まあそうですね。でもそれで隊長は良いんですか? このままだと評価に影響しませんか?」


「評価? 逃げ帰る事を評価されるよりは、雑魚でも狩った事を評価してもらった方がマシだな」


「はぁ、まあ隊長が良いなら、その方が僕達も嬉しいですけどね」


「そもそも、野営の装備は準備出来たのかニト?」


「うっ……隊全体で七割方揃いましたがまだです。隊長のオススメは結構高価ですよね……」


 ギャンのオススメの寝袋などは、結構高い。


「ふむ、他の部隊ではロクに準備も無しで野営して、本番は体調不良で戦えなかった新人がいたそうだぞ。野営の快適性は体調に影響する。道具はケチるな」


「……了解です」


 他の部隊から『雑魚狩り専門部隊』などと揶揄されても、ギャンはこの方針を変えなかった。



 一月経つ頃には、部隊での役割が大体決まってきて、連携もスムーズになっていた。


 基本三班が魔物を引き付け壁となり、一班、二班、四班で魔物を狩っていき、五班が後方から火力支援を行う。


 各騎士見習いは、選ばれて育てられただけはあり、魔法や加護等が各自使える。


 そこにギャンの方針で、更に様々な魔法を積極的に取り入れ訓練していく。


「『収納魔法』? 冒険者が使っている魔法ですか? 荷物持ちを雇えば必要ないのでは?」


「ほう、フィフ。ではお前は常に足手纏いを守って戦うのか?」


「武装させれば自衛位は……」


「無理に決まってるだろ? 騎士見習いの部隊の荷物持ちに誰を雇うつもりだ?」


「冒険者は雇えませんか?」


「冒険者は自分達で稼げる。騎士見習いの荷物持ちなどするものか。そもそも冒険者は騎士見習いの給金で雇える程安くは無い」


「一般兵の部隊を借りる事は出来ませんか? 他の騎士見習いの部隊には一般兵の部隊が付いてますよね?」


「無理だな。それこそ他の部隊での損耗が酷く、今、一般兵の人員に余裕が無い。新たに徴兵、編成するにしても一ヶ月以上かかる」


「ううぅ……」


「第一、一般兵を荷物持ちにしても、荷物を持った兵は戦えんだろう。お前は荷物を持ったまま戦えるのか?」


「あっ……」


「最悪、強力な魔物に襲われ逃げなきゃならん場面で、その荷物持ちの一般兵を如何するつもりだ?」


「……」


「一般兵を切り捨てて、自分達だけ生き残っても、その後はその荷物持ちの持っていた荷物は自分で持たねばならんぞ?」


「隊長、では荷物を厳選したらどうですか?」


 フィフが黙り込んだ代わりに、今度はヨトが質問する。


「ヨト、魔物はこちらの都合など考えてはくれん。戦う場所は選べんかも知れんぞ?」


「鎧以外で特に重いのは武器なので、武器だけでも厳選すれば自分で担げませんか? 最悪戦闘の際はその場に置いておけば……」


「ゴブリンを退治するのに洞窟に行く。では洞窟用の装備だけで、お前はその巣穴まで行くのか?」


「ダメですか?」


「途中『キラーベア』に出会ったらどうする? あのクマ相手に洞窟用の短めの武器だけで戦うつもりなのか?」


「うぅ……」


「それに荷物をその場に放置か……命よりは安いが、その道具を戦闘の際に壊される。若しくは手癖の悪い魔物に持っていかれても構わないんだなヨト」


「それは……」


「やっと買い揃えた大事な道具だろ。大切にしろ」


「はい……」



 無詠唱による魔法の発動もギャンから教わった。


「呪文が必要なかったんなんて……」


 魔法を得意としていたミツ達はショックが大きかった。


「必死で覚えたんだけど……これ無駄だったってことか?」


 長大な呪文を一言一句間違える事無く延々と覚えてきた。それがすべて無駄だと知らされたココノツは、呆けた顔をしてその場に立ち尽くす。


「ふむ、無駄では無いな。一応魔法発動のイメージ構築の役に立ってる」


「そう……なのかな?」


「発動の際には火炎魔法なら炎のイメージが重要だ。呪文はそれっぽいイメージの言葉が並んでいるだろ?」


「はぁ? それっぽいですか……」


「呪文自体に意味は無いからな。魔法は魔法陣と魔法回路の構築、それをどれだけスムーズ行うかの方が重要だ」


「それ……ほぼ役に立ってないって言ってますよね?」


「魔力を制御して魔法陣と魔法回路を描く。魔法回路から魔法陣に魔力を注ぎ魔法式を完成させる。これは魔力制御だ」


「何となくでやってましたけど、細かく制御した方が魔力の消費が少なくて済むんですね……」


「魔法式を発動させ、適切な位置で適切な効果を発揮させる様にコントロールする。これが魔法制御。この二つが出来れば、まあ呪文は無くても困らん」


「労力を……呪文を覚えた労力を返して欲しいっ!」


「魔法は頭の中でのイメージが重要になる。その為のイメージトレーニングだったと思うしか無かろう」


「はぁぁ……」


「魔法制御、魔力制御か……だが確かに隊長の言うように無詠唱の方が発動時間も早く、魔力効率も良い」


 このハジメの言葉がココノツにトドメを刺した。ガックリ項垂れてしまう。


「ハジメ、この二つの内、お前らに圧倒に足りて無いのは魔力制御だ」


「今まで魔法陣を思い描いて、ただ魔力を注げば良いと思っていたが、違うのだな」


「違うな。魔法式を描く際にも、その魔法式に魔力を注ぐ際にも、細かく制御して無駄を減らせば、その分、魔法を使える回数も増える。当然の道理だ」


「消費魔力の減少は、少し練習しただけで効果が実感出来る程だった。それに魔法式か……魔法陣自体と魔法回路に分かれているとは知らなかったな……今まで両方一緒に魔法陣だと思っていた」


「この国では分けて教えないからな」


「『魔法回路に魔力の注ぎ口が有る』コレが分かっただけで魔力消費が全く違う……」


「ある程度はこの国でも研究は進んでいるが、まだまだだからな」


「にしても呪文書の呪文は何の為にあるんだ?」


「ん? この国で出回っている呪文書で重要なのは魔法式の図だな。呪文はまあ……オマケみたいなものだ」


「オマケ……なのか?」


「そもそも呪文と言われているモノは、その魔法の効果や魔法式の解説。それが変化したものだからな」


「そうなのか?」


「この国の呪文書は、古代帝国時代の魔法の解説書が原典だ。時代を経て原型を留めなくなった成れの果て、それが今の呪文書だ」


「原型を留めて居ない?」


「なにせ初期は人が手書きで書き写していただろ? それに古代帝国語から今の王国の言葉に翻訳もされている。その過程で徐々に解説が変化して今の呪文になったんだろうな」


「伝言ゲームの理屈か?」


「そんなものだ。流石に魔法式の図形の方は変化すると魔法が発動しないからな。余り劣化は無い……だがこちらも書き写す過程で多少劣化している」


「……隊長は原典を見た事が有るのか?」


「今では魔導書と呼ばれている物が、その原典だな、古代帝国時代の遺物だ。まあ最近は印刷技術の向上もあって複製も作られているがな」


「魔導書? 見た事が無いな」


「魔導書はこの国にも有る。王国図書館の禁書庫に何冊か保管されてるよハジメ」


「そうなのかミツ?」


「ああ、魔法の研究の為に読んだ事が有る。あの時も呪文にしては変だとは思ったんだが……」


 古代帝国語、特に魔導書の書き言葉は修飾語が過剰で、呪文だと思うと呪文っぽく読めてしまう。


「まあ、古代帝国が滅んだ時に技術の断絶があったんだろう。解説を読み解く過程で、その解説が重視され、それが伝わっていく内に呪文を重視する流れに変わったのだろうな」


「はぁ~……でも何故、隊長は無詠唱の方法を知っているんですか?」


「断絶したのは人族だけだ。エルフやら長命な他種族は断絶していない。他種族と仲の良い地域では普通に無詠唱の方法は伝わっている。そこで学んだから知っているだけだ」


「ううぅ……何故『魔導書』には無詠唱のやり方や魔力制御の方法が書かれて居ないのでしょうね……」


「魔導書は魔法の解説書だ。魔法の使い方の手引き書はまた別だからな」


「……成る程、手引き書なんてのも有るんですね……」


「まあな。ただ魔導書も手引き書も所詮は過去の遺物。古代帝国時代の知識でしかない」


「んんっ、それはどう言う意味ですか?」


「古代帝国より研究が進めば、その記述の間違いも見えて来る。新たな発見も有るだろ?」


「そうなんですか!?」


「古代帝国の魔法の資料が現代に全て揃っているわけでは無いが、判明している魔法については更に研究は進んでいる。当然だが様々な実験をして更に魔法を進化発展させているぞ」


「古代帝国の魔法が至高では無いと?」


「そう言う事だ。失われた技術や魔法も多いのかも知れんが、新たに生み出された技術や魔法も多い」


「……魔法の道は奥が深いですね」


「取り敢えず、最新だと思われる魔法と魔法式の図形を教えていく。今までの魔法との違いを考えながら覚えろ。そこに新たな発見が有るかも知れんだろ」


「『違い』に『発見』?」


「魔法式の図形の違いで効果が違う。なら元の図形の効果は何か? 他の魔法式に応用したらどうなるのか? 組み合わせを考え、新たに魔法式を構築していく、可能性は無限に有る。面白いと思わんか?」


「それは研究者の役目では? ……俺は一応騎士見習いなんですが……」


「考える余裕は有るだろ? それに組み合わせを考えて試すのは魔力制御の良い訓練になるぞ」


「危なく無いですか?」


「だから危なく無いように制御するんだ」


「うぅ……」


「魔法陣にしても、魔法回路にしても形状の工夫次第で、効率をあげたり効果を変化させたり色々出来る。例えば魔法に色をつけているだけの形状など省いても構わんだろ? 発動時間短縮の為の工夫も面白いぞ」


「なっ! 色を付けているだけ?!」


「大昔から有る高難易度魔法は魔法陣が複雑だろ? その中にはそんな無駄や意味の無い形状が結構含まれてる」


「古代帝国の貴族は何を考えて態々魔法に色をつけたんでしょうね? 意味不明過ぎませんか?」


「見た目を派手にしたかったんだろ? 今も昔も貴族なんざ見栄が全てだ。コケ脅しだろうが派手に魔法を使って悦に入ってたんだろうよ」


「俺は今まで、この国は割と魔法研究は進んでいると思ってましたよ……」


「この国の魔法も一部は最先端だぞ? 魔法陣の研究も一部は進んでいる」


「あれ? そうなんですか?」


「高級性奴隷の研究分野に特化してリソースを注ぎ過ぎなだけだ」


「あぁ……成る程」


 ミツもココノツも魔法のレパートリーが広いだけに、同じ魔法を新たに覚え直す作業に落ち込んでいた。


「ふむ、魔法のレパートリーが広いと大変だな」


「ハジメ、人の事は言えんぞ」


「んっ? 何故だ」


「お前らの覚えている『武技』も無駄が多い。気力の制御の仕方もな」


「なっ!」


「そもそもお前らは気の練り方を知らんだろ?」


「気を練るっ?!」


「まあそう言う事だ。『武技』も覚え直しだな」


「ぬぅぅ……」


 それまで学んでいたレパートリーが広い者ほど、この覚え直しの作業に苦労していた。


 だが暫くしたら、他の者より新たに覚えた魔法や武技を使いこなしていたのは流石だった。



 そしてギャンは今まで騎士見習い達が学んできた派手な攻撃魔法よりも『身体強化』『武器強化』『手当』などの基礎的な魔法を重視した。


 更に『殺菌』『水質浄化』『解毒』等の状態異常に対応する魔法や、サバイバルに特化した魔法を積極的に学ばせた。


「何故地味な魔法ばかり? 我々は騎士見習い。将来は騎士になるのですよね? 冒険者になるのではありませんが……」


「ミツ、『収納魔法』にも容量の限界があるだろ? ポーションは常に備えるべきだが数に限りが有る」


「それはそうですが……」


「魔法は魔力さえあれば使える。覚えていても荷物にならんだろ?」


「覚え直しだけでも大変なんですが……」


「この間、他の部隊が東の砦に籠ってオークの軍勢と戦った。お前も噂位聞いているだろ?」


 この大ディオーレ王国では、各所に砦が築かれている。魔物との戦いで平野で正面からぶつかり合う戦力が人の側にないためだ。


 砦に魔物を引き付け、城壁上から矢を撃ち込んで数を減らし、十分勝てるだけの戦力差がついてから門を開いて殲滅する作戦が通常取られている。


 この作戦は普通のオークの群れやゴブリンの群れには最も有効だと、この国では考えられていた。


 どちらの魔物も煽って砦まで引き寄せて籠もれば、特に疑問も持たずに砦を取り囲む知能が低い、頭に血が登りやすい特性がある。


「あの死者の多かった戦いですか……同期も所属していた『大戦斧』と『黒鎧騎』の部隊が全滅しました……」


「そうか……同期が居たのか」


 一月毎に新しい騎士見習いが入団してくる宿舎だが、まだ次の騎士見習いが入団してきていない為、彼らの居た部屋の辺りだけシンと静まり返っている。


 ミツの話した二つの部隊は、新規の騎士見習いだけで構成された『銀の一番槍』部隊と違い、先輩騎士見習いと新規の補充騎士見習いの混成部隊だ。


 それだけに……先輩がいるからこそ、新人騎士見習いには荷が重い任務を受けることもある。


「惜しいな。優秀な若者を死なせて如何する……上の連中は本当にアホ過ぎる」



 大ディオーレ王国は大国だ。


 貴族の数もそれに比して多い。領地を持つ男爵以上の貴族だけでも二百家を超える。


 それだけ騎士見習いの供給も多い。


 各貴族家は大体三年に一度、三名の騎士見習いを送り出す。


 その為、一年に二百名以上の騎士見習いが『白盾騎士団』に入団してくる。毎月大体十五名一部隊分の入団者がいる。


 イチゴ達の同期の入団者は何故か類を見ない程多かった。


 イチゴ達の他に十二名。それぞれ六名づつが『大戦斧』と『黒鎧騎』の部隊に振り分けられた。


 この国では『白盾騎士団』だけでなく『黒剣騎士団』への入団者を含めれば、一年で約六百名もの若者が騎士見習いになっている。


 だが無事に騎士に成れるものは、八十名程しかいない。


「気のいい奴らでしたよ……」


 同期入団の気安さから、一緒に食事をしたり酒を飲んだりと仲良くしていた。


「そうか、益々惜しいな。残念ではすまん話だが残念でならん。死んだ者達も無念だったろう」


 イチゴ達の同期入団の者はこれで自分達の部隊の者以外、他に居なくなった。


 親交のあった者が亡くなった事で、70%の死亡率が現実味を帯びて圧し掛かってる。


 砦を使った籠城作戦。


 一般的なゴブリンやオークの群れには有効なこの作戦も、上位種の多数いる大きな群れには余り有効とは言えない。


 魔物の上位種は知能が高い。


 砦からの弓矢が届かない距離を開けて取り囲まれれば、砦は逃げ場のない死地と化す。


 砦を取り囲む魔物の軍勢を、救援部隊が切り崩せなければ、補給のしようがない。


 兵糧攻めをされたら砦に籠る部隊の全滅は必至。


 そもそも平地で魔物の群勢と正面からぶつかり合う戦力が無いからこその籠城戦法だ。


 兵糧攻めにされた部隊を助け出すには時間が掛かる。


「あの戦いでは砦内の物資が枯渇して、砦の中は地獄だったそうだ。衛生状態が悪いと治る傷も治らん、最悪、破傷風で死ぬ」


 オークの軍勢に備えて増援が送られていた事が、その戦いでは仇になった。


 増えた兵士の数だけ物資の備えが早く尽きた。


「籠城戦では、破傷風の死者が増える傾向が有る。そうで無くとも傷を負いやすいのが騎士見習いだ。消毒の為の『殺菌』は魔物との戦場では全員必須だと思え」


 兵糧攻めと言っても、魔物が全く攻めて来ないわけではない。魔物は気まぐれに襲い掛かってきては砦内の戦力を削ぐ。


 こちらが弓を撃つなら相手も弓を撃つ。


 砦の兵士には、城壁上という位置的な有利や弓の性能による弓の射程距離の有利がある。


 だが幾ら利が有ろうと相手の矢が届く距離まで攻め寄せられれば意味がない。


 矢で負傷した兵には治療が必要だが、兵糧攻めをされている側は何れ治療薬も尽きる……


 『殺菌』さえ使えれば死なずに済むのなら、ギャンは無理をしてでも覚えさせる。


「破傷風か……『聖水』で防げなかったのですか?」


 『浄化』の奇跡を込めたポーションが『聖水』だ。『殺菌』や消毒薬より更に効果が高い。傷口を『聖水』で濯げば破傷風は防げる筈だ。


「ココノツ、『聖水』は高い。それに嵩張る」


 神官によって生産される『聖水』は、とても高価だ。


 更にガラス瓶入りが一般的で、重量が有り、とても嵩張る。


「籠城当初は良いかもしれんが、後半はストックしていた『聖水』も品切れで、ただただ耐えるしかなかったようだぞ?」


「そう言えば『聖水』は高価な割に消費期限が短いんでしたっけ? 籠城戦か……」


 『聖水』は水に加護を付与するのだが、元はタダの『水』で触媒が含まれている訳では無い。


 その為、付与の定着がとても弱い。


 含まれた薬効の状態が変化しない限り効力の続くポーション類と異なり、『水』から周囲に徐々に加護が漏れ出し、効果が無くなってしまう。


 タダの『水』に戻ってしまう為、消費期限が短いという欠点があった。


「そうだ、この国の主要な戦法は籠城戦だからな。それに備えた魔法は必須だ。魔法は荷物にならんし、消費期限も無い」


「ううぅ、こうもっと簡単に補給出来る戦法を取れたら良いのにな」


「そう言えば、何故『転送魔法』で補給出来ないのでしょうか?」


「籠城中は魔物に囲まれているだろ? 転送先に魔物が多いと、魔結晶による魔力の撹乱が起きる。魔法に干渉してくるからな。目標となる魔法陣からの信号が真面に届かんから転送による補給は難しいな」


「無理に転送したら如何なるんだろ?」


「うーん、その辺の記述は魔法の解説に無かったな」


「二人とも試すなよ? 目標がずれて下手をすると魔法陣付近の人体内に転送されて人が死んだり、壁の中に転送されて、施設が破壊される」


 そうならない様に、信号によって目標が定まらない時には魔法が発動しない。安全機構が予め組み込まれている。


 それを解除して魔法式を組み直してもろくな事にはならない。


「うっ、それは……」


「スプラッタか……」


「まあ人間相手は魔法抵抗で弾かれる事の方が多いから、早々問題にならん。だが物の方はなぁ……重要な構造物に転送して壊すと、大問題だ」


「魔法も中々面倒ですよね。もっと便利になれば良いのに」


「『転移魔法』もな、もっとこう」


「転送や転移先の魔法陣に魔力を注いで信号を強化すれば、転送や転移が出来ん訳じゃあ無い。ただ送り先と送り元で時間を合わせたり面倒なのと、魔力消費が多くなるのが欠点だな」


「成る程、やろうと思えば出来るんだ」


「他国との転移や転送はその方法ですか?」


「他国との転移や転送は、地脈を通して信号をリレーする方法が一般的だな。地脈の交差ポイントに中継となる魔法陣を設ける。これで魔力さえ保てば惑星の裏側であろうと短時間で移動出来る」


 この方法は地脈沿いにしか移動出来ないが、逆を言えば地脈沿いなら簡単に移動出来る。


 無線ではなく有線の様なもので魔力の干渉も起こらない。


「では砦も地脈の上に建てれば良く無いですか?」


「そうだよな? 何故そうなって無いんだ?」


「地脈は魔素も運ぶからな。砦の中に魔物が沸かない様に、地脈からワザと外してるんだ」


「成る程、籠城中に砦の中に魔物が沸かない様にですか」


「んっ? しかし街は地脈の交差点に有る事が多い様な?」


「大きな街には地下に下水路が有るだろ? そこで雑魚魔物が魔素を消費するから、その上の街は平気なんだ」


「ああ、それで常に下水道の魔物討伐クエストがあるのか」


「下水路は下水の処理だけでなく、魔素の処理も兼ねていると、合理的だな」


「まあ、変な魔物が沸かない様に魔素を消費していれば良いからな。最近はゼリースライムもいるから、今後の砦は地下を工夫して地脈の上に建設しても良いかもしれんな」


「今の砦が建設された当時には、ゼリースライムはいなかったって事か……」


「砦か……戦略的にも戦術的にもそれしか無いんだろうか?」


「籠城戦法は兎も角、砦の戦略的な価値は大きい。街から離れた場所に戦場を設定出来るからな」


「護り易いってのは利点ですよね。非戦闘員の防衛を考慮する必要がありませんものね」


「成る程、戦場を街から引き離してたのか」


「戦術的にも有利が取れる。補給地点としてだけでもその利用価値は高い。堅牢な城壁は安心出来る休息地点としても有効に作用するだろ?」


「建設費用とその維持費、人員が多いのが欠点といえば欠点ですかね」


「ポンポンと建設は出来ないよなぁ」


「砦はある程度有れば十分だ。無駄に多くても仕方が無かろう。特にこの国の砦の使い方ではなぁ」


「隊長はこの国の籠城戦法は嫌いですか?」


「さっきから余り肯定的では無いよな」


「ふむ、砦の城壁は魔物の攻撃を防ぐ事は出来ても……それだけだ。攻める事をしない籠城戦は、援軍の来る事が分かっていて、その間、物資が足りる事が前提でなければ自殺と変わらんからな」


「しかし、あの戦いでは攻める事も出来なかったんですよね?」


 攻める事が出来ないから籠城。ミツの疑問も当然だ。


「やり様は有ったろうが今更だな。そもそもあの戦いでは特に矢を無駄に消費し過ぎている」


「矢ですか?」


「確実に数を減らせる状況以外で矢を砦の外に射ってどうする?」


「牽制になりませんか?」


「牽制して何か意味が有るのか?」


「……アレ? 良く考えたら意味が有りませんね……」


「良く考えもしないでついうっかり何時もの癖で矢を放つ。まあ『籠城戦あるある』だが、不利な状況では非常に不味い」


「うっ……」


 ついうっかりが多いミツは耳が痛い。


「籠城しているのに、射てば減る矢を無駄射ちさせられ、矢の回収も出来ん。それどころかオークに矢を回収されて利用されている」


「それは……オークは意図的に?」


 ココノツはオークがそこまで知能が高いと思っていなかった。


「当然だな。矢を射ってきたら引いて、射ち止んだら前進。コレを繰り返す。敵に矢を提供させて自陣の矢の備蓄は増え、敵の矢の備蓄は減らせる。砦を囲む側からしたら当然の作戦だ」


「では籠城側はどうしたら?」


「だよな、攻撃のやり様が無くありませんか?」


 ミツもココノツも、他に攻撃する手段が思い付かない。


「十分に引き付けるまで射たなければ良いだけだろ? 我慢出来ずに射つからそれを利用されるんだ」


「なっ……それだけ? いやまあ、それはそうですが……」


「では城壁に取り憑かれるまで待機ですか?」


 確かにそれは道理だが、二人には極論過ぎる気がした。


「当然待機だ」


「オークは攻城兵器、破城槌や投石機を使用するんですよね?」


「だよな、俺もそう聞いてる。不味く無いですか?」


「破城槌を取り出してきた時が矢を射つチャンスだろ? 投石機はその射程次第だな。まあどっちにしろ木製だ。火矢でも放てば燃やせるだろ」


「何故、砦の連中はそうしなかったんでしょう?」


「不可解だよなぁ」


「不可解もクソも無い。だから最初に矢を無駄射ちし過ぎたんだ。破城槌を持ち出された頃には既に矢が足りなかっただけだ」


「成る程、弾切れを待って仕掛けられたのか……」


「無駄射ち……では火矢を放たなかったのも?」


「投石機に対して火矢を放とうにも、敵の矢の雨の中では放てないだろ? 観測も出来んからな。敵の射撃を牽制するにも、それも矢が足りずに出来ない。ジリ貧だな」


 投石機に対する火矢は、射程距離の問題から弩弓を用いた弾道軌道射撃にて行われる。


 試射をして着弾観測。修正射をして着弾観測。効力射をして着弾観測。


 この様に観測手の着弾観測が重要になる。


 観測が出来ないと効果のある射撃が出来ない。偶然を期待するには、火矢の本数に余裕も無いとなれば射撃は不可能だろう。


「何か策は無かったのでしょうか?」


「同じ状況で打てる手、何か……」


 ミツとココノツにはパッと思い付く手が無い。


「ふむ、まあ城壁は堅牢だ。少々破城槌で突かれてもビクともせん。投石機の方も城壁を越えて降り注ぐ岩は少ない」


「そうなのですか?」


「えっ、そんなものなのか?」


 攻城兵器と聞いて二人ともあっさり城壁を破壊出来る威力があると思い込んでいた。


 オークの破城槌は、釣鐘を突く吊り下げ式の撞木の様に、簡易の櫓で大きな丸太を吊り下げて城壁を突く。


 城壁の石材を破壊するというより、何度も突いて石材をずらして崩すイメージが正しい。


 一方の投石機は狙いが余り定まらない。岩の大きさも不揃いで有る事が多く、前に重量物が飛んでいるだけのモノが多い。


 城壁は高く、それを越えて砦内に降り注ぐ岩は少ない。


 ただ城壁に何度も岩が衝突する為、それなりに城壁が傷む。


 上層部に矢を射る隙間を空けて設けられた狭間壁は崩れ、城壁上から矢を射難くなり。


 城壁そのものも石材も欠ける。これを繰り返す事で一部城壁が崩れる事も有る。


「何の為の砦で、何の為の城壁だと思っている? 無視して大人しく籠っていればまだ怪我人も少ない。今回は下手に頑張ったのが敗因だろうな」


 狭間壁が投石機によって崩れれば、城壁上に身を隠す盾は無い。


 相手の矢を避けれないのだから、砦の兵士は大人しく身を引いて隠れていれば怪我も少なかった筈だ。


 だが砦の司令部は少しでも抵抗をと、城壁上からの反撃を命じ、結果負傷者を増やしていた。


「うっ……」


「隊長、しかしそれはあんまりでは?」


「兵を貶している訳では無い。この場合、上の連中がアホなんだ。騎士団の上層部も、現場の砦の司令部もミスをし過ぎだな」


「騎士団もミスですか?」


「何がダメだったんだ?」


「無駄に砦の兵士を増員する意味が無いだろ? オークの数が多いからと、何も考えずに増員を派兵するからこんな事になる」


「無駄ですか?」


「けど防衛戦力は増えてるよな?」


「籠城してオークを引き付けるなら、砦の人員など砦が墜ちない程度で十分だ。それより遊撃部隊を増員して、砦を囲むオークに奇襲を繰り返した方が余程良い」


「成る程」


「確かにそっちに戦力を回すべきか」


「砦は人員を増やすより備蓄を増やせば良かったんだ。司令官が貴族のボンボンだから、増援を寄越せと騒いだらしいが……突っぱねる事が出来なかった段階で、騎士団上層部も同罪だな」


「手厳しいですね」


「容赦無いな隊長は」


「失った戦力を考えてみろ。こっちは一般兵すら足らずに困ってるのに、無駄に死なせて全滅だぞ? 文句位は言わせてもらう」


「うわぁ……しかし隊長、そうなると籠るだけですか?」


「ミスが重なって追い込まれたのは分かるけど……」


「ふむ、籠るだけだと不満か? 兵の戦意も考慮すべきか……そうだな、俺ならカカシでも立てるかな?」


「カカシ?」


「囮ですか? でも籠城側が囮を使って意味が有るのか?」


「矢が足りないのだろ? 城壁上にカカシを立てて的にして矢を回収すれば良いだろ? 材料なんざ……最悪死んだ兵士の鎧を使えば良い」


 流石に死体を使えと言わないだけの良識はギャンにも有った。


「そんな方法で矢を補充する事も出来るんだ……」


「ん~? それって矢の無限循環では?」


「ココノツ、矢は使用すれば痛む。だから無限には無理だぞ? それとこの作戦はカカシだとバレると余り効果が無いから夜間がオススメだ。オークはそれ程、夜目は効かんからな」


「でも、それで矢が補充出来れば、城壁を破城槌で壊そうとしているオークに攻撃出来ますね」


「牽制して火矢を放てば投石機も燃やせるな」


「ふむ、投石機は兎も角、破城槌に矢を放つのは勿体ないな」


「アレ?!」


「破城槌を持ち出した時がチャンスでは?」


「それは破城槌を持ち出した当初だ。城壁下でドカドカやり始めたら、矢を射つのに身を乗り出さんと狙えんだろ? もう遅い」


「成る程、真下を狙うと敵の矢の的になるのか」


「しかし、そのまま放置しては何れ城壁を破壊されるのでは?」


「その場合は矢など使わんでも、熱湯を上から浴びせれば良い。なんなら投石機で打ち込まれた岩を落とすだけでも良い。折角回収した矢を無駄に使うな」


 魔法が有る為、湯を沸かすだけなら燃料すら必要無い。


 なら、直接魔法を叩き込めば早いと思うがそれは火矢の場合と同じく無理だ。


 魔法は目標を定めて放つ必要がある。


 例として『火炎球』の魔法の場合を挙げるとこんな感じだ。


 『火炎球』は火炎を撒き散らして爆発する魔法の球を作り出し、それでダメージを与える有名な攻撃魔法だ。


 先ず術者の手元で火炎球を作り出し、それを放って、相手の直近で爆発させる。


 見た目も派手で威力も高い。爆発するので効果範囲もそれなりに広く、回避し辛いのも特徴だ。


 ただ実際にこの魔法を分析すると、魔法の違った側面が見えて来る。


 この魔法の火炎球は術者の手元でも燃えている様に見える。だが、これは単なる演出で実際に燃えている訳では無い。


 そんな風に見える爆弾を相手に放っているに過ぎない。


 実際に術者者の手元で燃えていては、狙いをつけて放つまで熱くて仕方がない。術者の方が自分の魔法でダメージを負ってしまう。


 それに手元で魔力を放出しては、相手に届く頃には込めた魔力が尽きてしまう。


 故に派手に燃えている火炎球に見えるだけで、全く熱くない。


 そしてこの火炎球は狙いを付けなければ飛んでいかない。


 術者が意図する事無く、勝手に飛んでいっては危なくて仕方ない。その為の安全機構として魔法がそう組み上げられている。


 仮に適当に目標を入力して前に飛ばしても、今度は相手に当たっても爆発しない。


 どの位置で爆破するか入力しないと爆発しない様に魔法が組まれている。これも安全性から当然の設定だ。


 単にモノに当たった瞬間、爆発する設定だと、術者の目の前で木葉やゴミに当たって爆発する事になる。


 若しくは敵に小石をぶつけられて、目の前で爆発して自爆しかねない。


 強い衝撃で爆発する様に設定してはどうかと試された事が有ったが、魔法の球には重量が無い。相手に当たっても強い衝撃が得られず不発が多かった。


 そんな安全上の理由から攻撃魔法は、適当に前に打ち出している訳では無く、発射位置と目標までの距離を測定、それを予め入力してから放っている。


 敵の攻撃で目標が観測出来ない状態では攻撃魔法は真面に放てない。


 爆発系の魔法は適当に数値を入力して放つ方法も有るが効率は劣悪だ。


 威力が高い分、魔力消費も激しく早々回数は放てず、成果も芳しく無い。


 その点、湯を沸かして相手に浴びせるのは簡単だ。熱湯を桶に満たして城壁上から適当にばら撒くだけで良い。


 城壁の高さも有って、敵が浴びる頃には少し冷め、熱した油ほどダメージらしいダメージは与えられないが、軽い火傷はする。


 嫌がらせにしかならないが嫌がらせとしてはそれで十分だろう。


 岩の方はもっと単純で岩を投げ落とすだけでその重量でダメージを負わせる事が出来る。


 『破城槌の櫓にでも当たって壊せれば儲けもの』程度の気軽な気分で嫌がらせが捗る。


「熱湯? それに岩を落とす?」


 ミツには嫌がらせをする意味がいまいち理解出来ない。


 軽い負傷では戦力を奪い切れない。だから無駄に思える。


 だが実際の戦場では、相手の嫌がる事をするのが基本的な戦略となる。


 軽い負傷であろうと無視すればその傷は悪化する。不衛生な戦場ではその軽い傷が命取りになる。


 故に治療しない訳にはいかない。治療すれば、その間、戦力を削ぐ事ができ、敵の治療リソースも消費出来る。


 ギャンの戦法はそんな目的の為のもので、細かい嫌がらせを繰り返す事に意味がある。


「……熱湯は兎も角、岩はそれこそ無限循環では?」


「矢を回収したなら、投石機の破壊が第一目標だろ。サクサク壊せば循環にはならん」


「色々と方法は有るんですね」


「砦の連中に教えてやりたかったな」


「最初に言ったが今更だ。既に砦は墜ちている」


「そうでしたね。隊長、砦の奪還作戦に我々も参加でしょうか?」


「うへぇ~大変そうだなぁ」


「それは無い。オークは何とか殲滅済みだ。砦の連中がもう少し耐えていれば、挟撃出来ていたタイミングだったな。本当に今回は色々タイミングが悪い」


「奪われた砦を奪還済み? 遊撃部隊は優秀ですね」


「随分あっさり奪還してませんか? 砦が墜ちたのは2、3日前でしたよね」


「今回の遊撃部隊は『白盾騎士団』の中でも最精鋭部隊だ。何せ『白盾騎士団』の副団長の率いる部隊だからな」


「副団長の? ……そんな優秀な部隊でも砦が墜ちる前にオークの殲滅は無理だったのか……」


「オークの数が多かったみたいだし、奪還出来ただけで喜ぶべきなのか……」


「それは違うな。そもそも遊撃部隊は優秀だが数が少ない。時間が掛かるのはわかりきっている事だ。それにどの程度の期間でオークを殲滅出来るかは、相手のオークの数で有る程度、予測出来る」


「そうなんですか?」


「殲滅は確定とか、本当優秀だなぁ」


「だからだよ。砦に増援を送った段階で、遊撃部隊がオークの数を減らすまでに、砦内の備蓄が尽きるのは計算すれば分かる筈なんだが……」


「アレ?!」


「では砦が墜ちたのも必然? 上層部は何を考えてんだ?」


「ふむ、団長は北部の視察で留守。副団長は東の砦からの連絡を受けて、直ぐに上層部の連中に後を任せて、遊撃部隊を率いて出立。まあここまでは良い」


「副団長は決断が早いですね」


「団長も副団長も不在に成りますけど、問題無いんですか?」


「首都の防衛には『聖銀騎士団』が居る。正副団長が両方不在でも、本来なら特に問題は無いんだ……無い筈なんだがなぁ、今回は上層部のジジイ共が余計な事を勝手にしやがったからな」


「『聖銀騎士団』の団長や副団長はいたのですよね?」


「何をしたんですか?」


「ん? ああ、防衛任務は兎も角、他は指揮系統が違う。『聖銀騎士団』はこの件にはノータッチだ。後、何をしたかは散々話してるだろ? 砦に増援を勝手に派遣したんだよ」


「それは……どうなんだ?」


「責任者不在で勝手に派遣出来るモノなのか?」


「任されるってのは権限を一時的にしろ移譲されたって事だ。騎士団の上層部のジジイ共が決裁して許可した以上、正式な命令として配下の部隊には伝達される」


「はぁ? 騎士団上層部は……無能が多い?」


「騎士でしょう? 優秀で無ければ騎士には……」


「困った事に、貴族出身者は適度に優秀で適度に愚かな奴が多い。特に上層部にはそんな連中が多いから厄介なんだ」


「何とも微妙な評価ですね」


「優秀なのか愚かなのか?」


「貴族出身者は最初から騎士だ。出世街道から弾かれる事なく上層部に上がる位の奴は、対人戦は優秀で、組織内の世渡りも巧みな者が多い。一方、魔物相手は慣例主義が蔓延し、貴族関係のしがらみが多く、愚かな判断を下しがちだ」


「大丈夫なんですかそれで?!」


「不安になってきた……」


「団長や副団長は優秀だ。その配下にも騎士見習いからの叩き上げが多い。今回はこの二人が部下を引き連れて不在だったのが不運だったな」


「愚かな上層部を放置してるのに団長や副団長は優秀? なのか?」


「上層部は貴族の力関係で面倒なのかな?」


「ココノツが正解だ。貴族が入り込んでいるから上は面倒なんだ。団長や副団長といっても人事を好き勝手には出来ん」


「なんとも……」


「うわっマジで面倒なのか……」


「だがまあ団長は優秀だぞ。団長のヴォルフ男爵は、騎士階級出身の騎士見習いからの叩き上げだ」


「騎士階級出身? なのに『黒剣騎士団』でなく『白盾騎士団』?」


「アレ? 近衛騎士見習い試験に落ちたら『黒剣騎士団』だよな?」


「ふむ、それは試験に落ちたらの話だ。ヴォルフは近衛の『聖銀騎士団』にも合格していたが、手柄をサクサク挙げて出世したいと『白盾騎士団』に入団した変わり者でな」


「近衛を蹴って『白盾騎士団』に?」


「優秀ならこっちの方が手柄を挙げるチャンスは多いのか……」


「でだ、副団長のオスカー男爵は、伯爵家の次男坊で、こちらは『聖銀騎士団』から『白盾騎士団』に態々転籍してきた変態だ」


「変人に変態って……」


「変わってるのは分かるけど、副団長はどう変態なんです?」


「オスカーは戦闘狂だよ。魔物と闘いたくてこっちにきた生粋の戦闘バカだ。今回もさぞ嬉しそうに出撃したんだろうよ」


「出世目的と戦闘目的……」


「大丈夫なのか、この騎士団は……」


「まあ個人的な趣味趣向は兎も角、優秀なのには違いが無い。自分達の目的を達成する為にも、任務においては極めて有能だ」


「しかし今回は余り手際が良くありませんね?」


「何故?」


「副団長は砦を囲んでいるオークを奇襲する為に、その背後に大きく回り込んでいたそうだ。砦に増援が来ている事を知らなかったらしい」


「んんっ?! 砦には寄って居ない?」


「そんな事が有るのか?」


「オスカーの出発後に増援が決まっているからな。遊撃部隊は全員騎兵、ライドラの騎兵部隊だ。積荷の容積に余裕が有って、足が速いから特に補給に砦に寄る必要がない」


「ライドラの騎兵か、成る程」


「ライドラか、良いなぁ」


「それに奇襲攻撃の手筈は事前に砦に連絡済み。特に変わった事のない何時もの奇襲殲滅作戦だろ? 連絡の必要性を感じなかったそうだ。これが油断といえば油断だな」


「油断ですか?」


「事前連絡だけ? それでは状況の変化に対応出来無いのでは」


「ココノツの言う通り、変化に対応出来なかった。まあ慣れが招いた失敗だな。もう少し連絡を密にしておけば防げたミスだろう」


「うっかりですか?」


「耳が痛いなミツ」


「うっ……最近はうっかりは減った!」


「減った『だけ』だけどな」


「まあうっかりは誰にでもある。そう攻めるなココノツ」


「でも隊長、我々の場合、うっかりが命に関わりますよね?」


「減らす努力は惜しむべきではない。だがうっかりでやらかした後のフォローの方を重視すべきだろう。実際の戦場では計画通りに事が進む事の方が少ない、都度計画を修正し手配して最善の結果を求める。それが騎士だ」


「成る程、その点、うっかりでリカバリーに慣れたミツは最適って事か」


「なあココノツ? それは褒めているのか?」


「一応褒めてる」


「ふむ、副団長にも言い訳が有るそうで、敵に囲まれている籠城側と密に連絡を取るのは大変だろ? 事前の連絡で砦側も特に変わった事をする訳では無い。遊撃部隊は奇襲の手筈で忙しいってので連絡を怠ったらしい」


 『遠話』などの通信魔法も、魔物に囲まれている砦とでは、魔法に干渉されて取り辛い。


 魔力を余計に込めれば出来ない事は無いが、魔物の多い野外で、無駄に魔力を消費するのは避けたい。


 そんな理由から連絡を怠ったらしい。


「はぁ、それが慣れですか……」


「ルーチンワークってヤツか?」


「そこに増援で砦の備蓄不足が重なった。遊撃部隊の奇襲作戦には十分な時間的な余裕がある筈だった。それを文字通り砦側が食い潰した訳だ」


「それで間に合わなかったと?」


「けどそれで良く砦を奪還出来たな? 少数精鋭な部隊なんですよね?」


「奪還には視察から戻った団長も参加している。視察から戻った部隊をそのまま率いて遊撃部隊と共に奪還に当たったそうだ」


「それは……視察部隊は災難でしたね」


「休息無しかよ……」


「視察から戻った団長は、ジジイ共が余計な事をしてたのを聞いてすっ飛んで行ったらしい」


「失敗は出世に響くって事ですか?」


「でもミツ、この場合、責任は団長に有るのか?」


「二人とも良く考えろ。ヴォルフの野郎は団長で男爵だぞ? もう出世してるってか騎士の最高位だろ?」


「あっ!」


「言われてみれば……」


「それに責任は許可を下した上層部のジジイ共に有る。一応騎士団の責任者は団長だが、部下が勝手にやらかしたミスの責任まで追及はされん。砦を奪還してフォローもしてるからな」


「成る程、それがフォローか」


「すっ飛んで行ったのにもその辺の理由がありそうだな」


「そっちは恐らくグチグチと貴族共に責任を追及されるのが嫌だったんだろ。何せ今も団長も副団長もそのまま砦の再建を監督・護衛中だ」


「逃げた?」


「逃げてるな?」


「騎士団の上層部のジジイ共に権限は預けたままってのがミソだ。そもそもが自分達のミス。自分達の保身から必死にフォローするからな。まあ人は使い様って訳だ」


「中々したたかですね」


「成る程、隊長が優秀だと評価する訳だ」


「ただこの二人に休息なしで付き合わされてる配下の騎士が可哀想になってくるがな」


「再建……砦はやはり城壁を破壊されて墜ちたのですか?」


「アレ? だがミツ、それだと変じゃないか? 砦の兵士にも少ないが生き残りが居たんだろ? 城壁を破壊されて生き残れるのか?」


「ふむ、詳しい経緯を二人は知らんのか? 最終的に城壁も一部破壊され、そこから侵入もされて居るが、敵の主な侵入経路は梯子だ。城壁に梯子を掛けられ突破されている」


「梯子で? しかしその程度なら撃退出来ませんか?」


「それこそ砦内部は兵士が増員されていたんだよな? 防衛戦力は十分有った筈では?」


「梯子を掛けられ時には、砦内部には既に真面な戦力が殆ど残って居なかったそうだ」


「流石に二週間でそれは……脆すぎませんか?」


「備蓄が少ないとは言え、切り詰めれば二週間位は保つよな?」


「だよね? 何故それ程早く瓦解したんだろ?」


「先に話した矢傷に対する治療薬不足による破傷風。それに飲料水不足による脱水が主因だろうな」


「飲料水?」


「ああ、それは知ってる。あの戦いでは飲み水が尽きたって聞いたな。井戸が投石で破壊されたとか……」


「飲料水だけでそんなに早く戦力が瓦解するのか? それに井戸が少々壊れても、水が全く汲めない訳じゃ無いだろ?」


「ミツお前は『飲料水』や『水質浄化』の魔法が元々使えるから実感が無いのだろう。だが初日を思い出せ。飲料水の確保で他の連中が騒いでいただろ?」


「あっ……」


「でも隊長、井戸が破壊されても全く水が無いわけではないでしょ? 何故飲料水が尽きたんでしょうか?」


「井戸ってのは一度濁ると、水が綺麗になるまで時間が掛かる。沈殿を待つしかないからな。それに岩に毒が塗られていたそうだ」


「岩に毒ですか?」


「オークは正確に井戸を狙ったと?」


「岩が井戸を破壊したのは偶然だろう。オークに城壁内部が見通せる訳ではないからな。井戸の位置はわからんだろう。後、岩に毒を塗ったのは、毒草が手に入ったから塗った程度の理由だろうな」


「そんな……なら偶然ですか?」


「運が悪かったと?」


「偶然では無いな。ガンガン投石され放題だぞ? 何時かは井戸にも当たるだろ」


「成る程……」


「数撃ちゃ当たるって事か」


「毒草にしてもそうだ。オークは近くの森や草原で食糧を採取している。なら毒草も手に入り易い。有るなら使うだろ?」


「投石機を破壊出来なかった段階で、砦側はほぼ詰んでたんですね」


「偶然じゃ無く必然か」


「そんな訳で籠城戦では『水質浄化』も必須だ。『飲料水』も余裕が有れば覚えるよう全員に伝えろ。まあ飲み水の確保は何処でも必須だが、籠城戦ではその重要度が全く違う」


 『水質浄化』は容器に入れた水の不純物を取り除く魔法だ。細菌も毒素も全て取り除いて安全な飲み水を作り出す。


 『飲料水』はそのままずばり飲料水を作り出す。水が手元に無くても飲み水を作り出せるので水源がない場合に便利だ。


「飲料水の確保か……」


「脱水は戦闘力をそこまで奪うのか……」


「お前らは箱入りで脱水の経験はないか? ふむ、一度経験させた方が良いのか?」


「あっ……」


「うっ……」


「イヤッ! 絶対イヤだからね!」



「ん~、なんだサティも聞いてたのか?」


「なっ……失敬な! ここに最初からいましたよね?」


 一応サティは会話の当初から、そこにいた。


 お喋りなサティにしてはとても珍しく、大人しかったが……


「話に加わって来ないから、興味が無いのかと思ってたが?」


 目も閉じていたので寝ているのかとギャンは思っていた。


 一応今も勤務時間で、この隊の魔法担当の五班の二人と、隊の魔法学習の方針打ち合わせの最中なのだが……


 ギャンは起こすと面倒そうなのでサティは放置していた。


「顔見知りが死んだんですよ! 神様に死者の冥福を祈ってたの」


「ほぅ……自由な割に信心深いなサティは」


 意外な事に、サティは寝ていた訳では無いらしい。


「隊長、サティはこう見えて根が優しいんですよ。加護は昔から強い」


「言動は少々自由過ぎですけど、行動は割と真面ですよサティは。それに意外と努力家だな」


「何だろう……悪口を言われてる?」


「今のは悪口じゃ無いだろ! 俺は褒めてるつもりだぞ?」


「俺もそうだよ。褒めてたよサティ」


 一応ココノツとミツは褒めていた。余計な一言が加わっていたが……まあそれ位は許して欲しい。


「……サティ、何故こっちを見詰める?」


 サティは黙ってギャンの言葉を待っていた。


「隊長は如何なんですか?」


 お兄ちゃん二人の言い訳は聞いた。今度はギャンの言い訳を聞かせろとサティは尋ねる。


「ふむ、悪口を言われてる気がするか……そんな気がするのは、悪口を言われる様な心当たりが有るからだろう?」


「うっ……そっそんな事ない!」


 そう反論したが……心当たりがあり過ぎる……これでもサティには自覚はある。だた、様々な事情から改める事が難しい……


「サティは普段の言動をもう少し気を付けるべきだな。その言動で要らぬ誤解を生みかねん」


 ギャンはサティの事情を把握しているので強くは言わない。


 ただ事情を知らない者が、誤解をする言動は避けるべきだろう。


「むぅぅぅ」


 問い詰めていた筈が、問い詰められる。納得がいかないらしい……


「ふむ……後は任せたぞココノツ」


「隊長それ卑怯です! 後、なんで俺ばっかり? ミツも居るでしょ?」


 ココノツの不満は当然だ。同じ兄妹と言うならミツだって居る。


「ミツは対サティはダメダメだろ。甘々じゃねえか」


「褒めて伸ばす方針です」


 ミツは悪びれる事なく、澄まし顔でそう言い放つ。ミツのサティに対する教育方針らしい。


「って訳だ。『飴と鞭』って言うだろ? ミツが飴なんだからココノツに鞭になってもらう他ないな」


「そこは、隊長が鞭役でも良いんじゃないでしょうか?」


 ココノツは自分が鞭役に向いて居るとはどうしても思えない。


 大人の責任者として、是非ギャンにこの役を押し付けたかった。


「本当に残念なお知らせだが、俺も褒めて伸ばす方針なんだ。後、自覚があるが俺は甘い。鞭役が向いて無いんだよ」


 ギャンは仮にも騎士見習いを預かる部隊長で上司の筈だ。が、部下である騎士見習い達はわりと気軽にギャンに接している。


 上司の威厳やら、他の部隊の騎士見習い達への示し的に、余り宜しい状態では無いが、ギャンはその辺が甘い。


「ええぇ隊長~……俺も向いて無いんですけどっ!」


「お前はお兄ちゃんだろ? 心を鬼にしてサティを躾ろ」


「この隊の責任者は隊長でしょ? それは責任放棄ではっ」


「心苦しいが仕方ないな……」


 ココノツの指摘はもっともだ。ギャンも反省した。


「分かってくれましたか?」


「ココノツをこの隊の憲兵担当、風紀委員に任命する。ビシバシ躾ろ」


 ただ……心苦しいのは、責任を押し付ける事であるようだ。


「なっ……責任ごと丸投げ? 隊長、俺に厳し過ぎやしませんか?」


「今度奢ってやるから、後、愚痴は聞いてやるぞ?」


 フォローはする。しかし、向いて居ないものは仕方がない。貧乏籖だがここはココノツに引いて貰うしか無い。


「ココノツ、分かってると思うけど、僕はSだから! ビシバシされる方じゃ無くてビシバシする方だから忘れないでね」


「隊長、こんな感じでとても小生意気で可愛く有りません。如何しましょうか?」


「ん~?! 今のはグチか?」


 ギャンは愚痴は聞くと宣言した。早速ココノツは愚痴を聞いて貰う。


「僕は可愛いもの! ねっミツ! 可愛いよね?」


「うんうん、サティは可愛いね」


「隊長は?」


「ふむ、黙ってれば可愛いのにな」


 サティは黙って居れば可憐な美少女にしか見えない。


 ギャンとしては言動を慎む意味でも、サティには可能な限り黙っていて欲しい。


「……アレ? 今のはどっち?」


「何で俺に尋ねる? 隊長に聞けよっ!」


 目の前に本人が居るのだからそうすべき。だが分かっていても尋ね易いココノツに尋ねてしまう。


「……」


「何故見つめる? ……サティ、時には自分で考える事も重要だぞ?」


 ジッとサティに見詰められ、気不味くなったギャンは適当に誤魔化した。


「ねえ、隊長ってば誤魔化してない?」


「だから本人に聞けよっ!」


「ふむ、サティ。良いお知らせだ。食堂のおばさんのところに行ってこい。お茶の準備だ」


「お茶の準備は良いけど、何で良いお知らせ?」


 お茶の準備を命じられた事自体に不満は無い。お茶は飲むのも淹れるのも好きだった。


「茶菓子にケーキを焼いて貰っている。確か『モンブラン』だったか? まあサティが要らないなら別の……ニトにでも頼むか……」


「モンブランッ! ……ってモンブランって何?」


 ケーキと聞いて喜んだが、モンブランが何かが分からない。


 サティもココノツにばかり尋ねるのは可哀想だと思ったのか、今度はミツに尋ねた。


「栗を使ったケーキじゃなかったかな?」


「ああ、最近外国から入って来て流行ってる奴か? でも栗は秋だろ? 今は春先なのに……何で今頃流行ってるんだ?」


 この手の答え易い質問こそ自分に尋ねて欲しいココノツだった……まあ中途半端にしか知らないが……


「南半球は秋だろ? 最近レシピと一緒に栗が大量に輸入されたらしい。だから栗が安く手に入るんだそうだ」


 今回の栗は輸入品だが、輸入業者が輸入量を間違えたのか、これでもかと市場に流通していた。その為、とても入手し易く安い。


「ヘェ~、栗かぁ。でも隊長、今度は絶対苺ね。約束!」


 サティは果物全般大好きだが、特に苺が大好きだった。


「苺は最近値上がり気味でなぁ」


 最近市場では苺だけでなく果物類は全般的に値上がり傾向にある。


「イヤッ! 絶対苺が良いっ! 苺! 苺っ~」


「サティ、呼んだ?」


 部屋の入り口からひょっこりイチゴが顔を出す。


「えっ? 呼んで無いけど?」


「あれっ?」


 イチゴは呼ばれた気がしたのだが……


「悪いイチゴ、そっちのイチゴじゃなくてサティが叫んでたのは果物『苺』の方」


「ああ、そっちか」


 紛らわしい名前だとの自覚はあるので、納得だ。因みにイチゴも『苺』は大好きだ。


「どうしたのイチゴ? 後、果物の『苺』? オヤツですか隊長?」


 ニトも『苺』は大好きなので、オヤツなら御相伴に預かりたい。


「ニトまで来たのか? お前は本当にタイミングが良いな」


「へっ?! 何の話ですか?」


 今までニトとイチゴは他の騎士見習い達と魔法の訓練を部屋の外でしていたので、ここでの会話の内容が全く分からない。


「ニト、ケーキが有るんだって、えっと『モンブラン』だっけ?」


「モンブランッ! それは本当にグットタイミングだったね♪」


「ニトはモンブランを知ってるんだ?」


「うん、知ってるよサティ。甘くて美味しいんだよ」


 相変わらずニトは情報通だった。最新のスイーツも当然の様にチェック済みだ。


「そうなの? よっし隊長、お茶の準備してきます! ニト一緒に行こうっ♪」


 ニトとは色々好みが合う。ニトが美味しいと言うなら、間違い無く自分にも美味しい筈だ。


「うん、じゃあイチゴ、隊長、行って来るね」


「あっ、俺も行くよニト。お茶も込みなら二人だと持ちきれないだろ」


「へぇ、イチゴって本当に紳士だね」


 サティもニトも男の子で女子では無い。しかし、それでもイチゴは華奢な二人を気遣い、手伝いを申し出る。


 相手の性別でさえ関係なく親切に出来るイチゴの様なタイプは、余りサティの周りに居なかった。


「んんっ? 何がだ?」


 ただ当の本人に、特別親切にしているつもりが無い。


 不思議そうに問い返すイチゴでは無く、サティはニトを見詰める。


「イチゴは昔からこうだよ」


 ニトはサティの無言の問いにそう答えた。


「ニトが仕込んだの?」


「ん~微妙。元々かなぁ?」


 昔からイチゴは腕力の無いニトのフォローを良くしていた。


 それをお願いした訳でも、そう意図して誘導した訳でも無い。


 元々イチゴはこうだった。


「良いなぁ、ウチの連中も見習って欲しい」


「何の話だ?!」


 イチゴにはさっぱり話が見えない。当人は当然の事を当然にしているだけ。


 ニトの方も自然とそれを受け入れていたので、サティが何を言っているのかイチゴには理解出来ない。


「イチゴ、気にするな」


「任せたよ、イチゴ」


 ココノツとミツはイチゴにサティを任せる。


「ココノツもミツも少しは気にしたら?」


 それがサティには若干不満だ。ニトのお兄ちゃんはこんなに優しいのに、自分の兄達ときたら……


「サティ、ゴメンね。まだ隊長と話の途中だから……」


「サティ、これも任務で、俺達は任務中なんだ。又今度手伝うから」


 サティのお兄ちゃんも別に気が効かない訳では無い。


「まあそう言う訳だ。今のサティはお茶とオヤツを持って来るのが任務だろ? ホレ、サクサク行ってこい」


「むぅぅぅ」


「ほらサティ、いこう。隊長からつまみ食いの許可が出たよ」


「そうなの?!」


「任務だからね。万が一が有ってはダメだよね。毒味はお茶汲みの任務だよ」


 そう……任務なのだから仕方がない。


「そ……そうね♪ その手があったわ。ウフフッ」


「はぁ~全く。分けて余ったのは食って良いから。サクサク行け」


 ギャンは溜息をついて、悪知恵を付けた二人を送り出した。



「ふぅ、やっと煩いのが行ったな」


「隊長、なんのかんのとサティの扱いに慣れて来ましたよね?」


「だな、最近はニトと隊長のお陰で大分楽だ」


「サティもニトも甘味で釣れるからな。まあ出費が嵩むのが難点だが、扱い易い方だ」


「そちらも大分助かってます」


「ミツはサティに甘過ぎなんだよ。お菓子ばかり食わせてると太るぞ?」


「太る事は無いよ。元々食が細いからお菓子もそれほど一遍に食べれない。兎に角、これ以上痩せさせない為にも、お菓子でも良いから食べさせるしか無いだろ?」


「ふむ、だがココノツの言う様に甘い物ばかりは止めろ、栄養バランスは考えた方が良いぞミツ。幾ら本人が好きでも、甘いだけのお菓子は食べさせるな」


「あぁ、それで栗ですか?」


「甘薯も考えたんだが少し時期が悪い。丁度栗が安かったんでな」


「結構、栗は栄養バランス良いですよね」


「栗そのモノの保存が効き易いのも良い。まあ最近は果物が高い。砂糖ばかりのお菓子になりがちだろ。今日の反応次第だが、栗を使った菓子を増やせ」


「サティは選り好みが激しいからなぁ」


「隊長、この間の照り焼きソースはまだ在庫は有りますか? アレだと肉も食が進む様です」


「毎日は無理だな。ふむ、ニトもサティと似たような所が有る。二人の体調管理の観点からも、何か他に考えるか……」


「二人とも華奢ですからね。雑魚狩りとはいえ戦闘続きですし、二人には少し辛いかもしれません」


「それで今日は狩りじゃなくて、魔法訓練ですか?」


「無理をし過ぎて、体調を崩されても困るだろ。年少組はトゥエもいる。アイツは二人ほど柔じゃ無いが、まだ幼い。年長組はアイツにも気を配れよ」


「ハジメやジュウゾウも呼んだ方が良いですか?」


「アイツらは東の砦の件は、出身貴族家から既に詳細な報告を受けているらしい。それと今日の訓練は二人からの提案だ。特にジュウゾウは良く気が付く」


「ふぅ……サティはやはり無理をしてましたか?」


「うむ、ジュウゾウによるとそうらしい。少し訓練名目で休息を入れんと保たんそうだ」


「まあ元々が華奢だから、体力勝負の騎士見習いは中々辛いよな」


「まあペースとしてはまだ余裕がある。焦る必要は無い。あの二人は年少組であの体格。良く付いてきてる方だろ」


「今後はどうしますか?」


「やはり適度に訓練を混ぜながら、ですか?」


「サティとニトは兎に角、防具を最優先で変えさせろ。重い鋼の鎧は二人には特に不向きだ。軽い魔物素材の物が良いだろう。それだけでも大分違う筈だ」


「了解しました」


「いっそ革鎧では?」


「他との兼ね合いが有る。仮にも騎士見習いだからな。一見、金属鎧に見える物の方が良い……確か……そうだ、街の東の冒険者の良く行く青い屋根の防具屋があったろ? あそこに良さそうなのが有った筈だ。一度行って合わせてみろ」


「あそこに?」


「アレ?! あそこは確か女性向けが多かった様な」


 ギャンの示した防具屋は、革鎧や女性物が充実した店だ。


「二人の体格だと男性向けで探すより、女性向けを少し手直しした方が早い。まあアレだ……細かい事を気にさせるな。言いくるめて買わさせろ」


「また無茶な……」


「隊長は俺達に無茶振りし過ぎ……」


「お兄ちゃんだろ。頑張れよ!」


「ハチやイチゴに……って無理か」


「ん~無理だろココノツ。あの二人だぞ?」


「ハチに腹芸など出来るものか。口を滑らせてニトの機嫌が悪くなるだけだ。イチゴもダメだな、顔にすぐ出るから向いていない」


「サティだけでも厄介なんですけど」


「ニトはサティの扱いが上手いだろ? あの二人は相性が良い。サティへの負担が減った分、ニトに返してると思えば良いだろ」


「サティも歳の近い友達が初めて出来て喜んでますからね」


「ウーーン、それを言われるとなぁ。まあ仕方ないか」


 サティはこの間、十四歳になったばかり。一方ミツは十八歳で、ココノツももう直ぐ十八歳になる。


 サティにとって二人は、歳が離れている分、どうしても友達というより兄の側面が強い。


「ふぅ、何かと気が重い……って隊長、憲兵担当とかアレ本気ですか?」


「うむ……やはり嫌か?」


「嫌ですよ。しかも相手はサティですよ?」


「隊全体で構わんが?」


「ますます勘弁してください。サンジは兎も角、フィフは繊細すぎて俺の手に余ります」


「ココノツから見て問題を起こしそうなのは、その二人か?」


「サンジはただの女好きなので、まあ手を出さない限り平気かと。そこら辺は本人にも自覚がある様で自制してます」


「矢鱈と女に声を掛けるだけだな。だがまあそれだけなら問題は無かろう」


「問題はフィフかと、少しプライドが高過ぎる。他の隊の先輩騎士見習いにも突っかかるのが何とも」


「そうなのか? 理由は……ああ、『雑魚狩り専門部隊』か?」


「相手は揶揄っているだけなんですが、如何にも頭に血が昇りやすい」


「その時は如何なった?」


「ハジメが担いで引き離しました」


「それでますますイジケているのか?」


「そういう事です。フィフは根が真面目なんでしょうね。何時も手を抜かない。それだけに馬鹿にされると我慢出来ない」


「見ている分には微笑ましいんだがなぁ」


「隊長、他人事みたいに言わないで下さい」


「ふむ、まあ対策は簡単だろ? フィフのプライドを満足させてやれば良い」


「……何を考えてますか?」


「イヤな予感しかしませんが?」


「危ない事はしない。そう心配そうな顔をするな。まあちょっと楽に狩れるそれなりの魔物を狩るだけだ」


「楽? なら良いですけど」


「隊長、話がズレてますけど? 憲兵の件は取り消してください」


「他の隊の隊長連中が最近煩いんだ。カタチだけでも規律を整える努力をしている風に見せたいのだがな」


「やはり緩いですか?」


「……一因ってか主因はやはり?」


「サティだな。他も緩いがサティは余計な一言が多い。街の外では好きにさせて良いが、宿舎内で余り自由にさせるな」


「はぁ~努力します」


「他の隊の者とは出来るだけ接触させていない筈ですが?」


「見た目で目立つだろ? しかも最近はニトとセットだぞ? 如何やっても注目を浴びる。不思議とニトは批判されんがサティはな……最近食堂のおばさんやお姉さんと仲が良いだろ? あの気安い感じが弛みに見えるそうだ」


「むぅぅぅ理不尽な」


「サティは声が高くて通るからなぁ」


「兎に角、他の部隊の連中と絡ませるな。サティは美少女にしか見えん……それであの性格で言動だ。問題が起こるのが目に見えている。だから見張る名目に憲兵担当は丁度良いだろ」


「ミツも見張ってるし、俺も気をつけておきますから、憲兵は勘弁してほしいんですが……」


「サティの場合、露骨に見張ると逆効果の可能性がありますよ、隊長」


「ふむ、それもそうか……まあ憲兵担当は一旦保留にしておく。だが問題を起こさん様に監視は怠るな」


「無理ゲー過ぎる」


「相手から絡んでくる場合は如何しましょうか?」


「お前らの出身家、ゼスト伯爵が貴族家経由で周囲に脅しを掛けてる。余程のバカじゃ無い限り騎士見習いは絡んでこんな。騎士は少し面倒だが、こちらから絡まん限りは平気だ。サティだけ見張っていれば良い」


「万が一の場合は?」


「目立たない様に処理しろ。後は伯爵が始末するだろ。ただそれは最終手段だ。周囲にはニト関係だがダイン伯爵の方も圧力を掛けてきている。この隊の騎士見習いは面倒な事情の奴が多い、派手にやると藪を突くことになるぞ」


 ミツの問い掛けからいきなり物騒な話題になった。


「なぁ隊長、ミツ、俺を巻き込まないで欲しいんだけど?」


「ココノツ、もう諦めろ」


「巻き込まれてるのは俺の方だろ? お前は兄妹だぞ? 巻き込むも何も当事者だと思うがな」


「はぁぁ不幸だ。理不尽過ぎる」


「今度、何か奢るからココノツも協力を頼む。俺がうっかりなのは知ってるだろ? 一人じゃ無理だよ」


「ハイハイ、分かったよ」



「にしても隊長、砦は城壁も壊されて侵入されているのに、良く生き残りが居ましたね」


「何処かに隠れて居たのか?」


「生き残りのベテラン騎士達は、城門扉の制御室に立て籠もって抵抗を続けていたらしい」


「流石はベテラン騎士って所ですか……」


「ヘェ~隠れて生き延びたんじゃ無いのか」


「ココノツ、オークは鼻が効く。隠れてやり過ごすのは無理だ。この事は覚えておけよ」


「そうなのか、って事はオークと戦う際は風向きが重要って事か」


「それに隠れられないのは厄介だ。ココノツ、待ち伏せが出来ない」


「そういう事だ。オークと戦う際には常にこの事を頭に入れておけ」


「了解です」


「隊長、制御室って防衛向きなんですか? 地下室とかの方が良さそうな気がしますけど?」


「砦に地下室は無い。地脈から外れていても地下には魔素が溜まり易いからな。地下は有っても浄化槽位だな」


 浄化槽内部にはゼリースライムが居る為、地下に有っても魔素が溜まり難い。


「ああ、そうでしたね」


「それと制御室は石造りの狭い通路の先にある袋小路の様な部屋だ。一度に侵入して来るオークの数は限られている。一対一でオーク勝てるなら最良の選択だな」


「しかし、抵抗を続けていたのに砦は陥落?」


「一部で抵抗していただけでは、防衛してるとは言わないだろ? そうですよね隊長」


「ミツが正解だ。砦に侵入されて、オークにほぼ乗っ取られた段階で陥落だ。数名の生き残りが居る居ないは関係無い。砦として機能していないからな」


「けど奪還した団長達は優秀ですね。一日掛かって居ないんじゃないか?」


「早いよな」


「早いか? そうでも無いだろ? それに相手が狭い砦内に固まっていてくれた方が狩り易いと思うがな」


「そうですか?」


「どうなんだそれって?」


「砦といっても侵入口は空いたまま、梯子だってある。侵入は容易だろ? それにオーク相手で一対一なら団長も副団長もその配下の騎士も余裕で勝てる。下手に逃げ回られないだけ余程狩易いな」


「そうなんですか?」


「もうその辺になると俺達とは感覚が違うな」


「砦内部の広場以外は、砦は何処も戦い易いぞ。通路は幅が限られている。階段もそうだ。オークは身体がデカいし、武器は振り回す棍棒が多い。狭い場所は苦手だからな。砦内部に入り込んでいるなら寧ろ勝確だろ」


「成る程」


「って事は、砦内部の戦力さえ維持出来て居れば、全滅はなかったって事か……」


「そう言う事だ。オークの場合は寧ろ梯子で砦内に侵入してきた方が狩りやすい。城壁上で出迎えるより、内部の階段や通路で迎撃した方が楽に倒せる」


「はぁ、それで待機なんですね」


「城壁上で頑張ったのが敗因か……」


「まあそれも『殺菌』や『水質浄化』を覚えていれば防げた戦力低下だ。重要度は理解出来たろ? 他の治療系の魔法と合わせて覚えてさせろ」


「いや隊長、重要度は理解出来たんですけど……」


「隊長、地味な魔法って地味な割に難易度が高めですよね?」


「魔法式は複雑だし、制御も難しい」


「『殺菌』は文字通り雑菌を殺す魔法ですけど、正常な細胞を殺さない様に、識別して分解して取り除く。工程数が多い上に繊細な制御が必要なんですよね……」


「腸内細菌を殺しちゃ不味いから特に腹部は面倒だよな」


「『水質浄化』も混ざっているものを分離する。この分離が難しい。簡単そうな魔法なのに魔法式が複雑過ぎる」


「俺達はまだ良いけど、他の連中にはかなり難易度が高めだよな」


「消費魔力は抑えている。それに魔法式が複雑なのは仕方が無かろう? アレでも簡略化済みだ。魔力制御の訓練にもなる。魔法制御の訓練にもなる。焦らなくても良いから覚えさせろ。死ぬよりはマシだろう」


「はぁぁ、攻撃魔法の方がよっぽど楽なんだよなぁ」


「他の騎士や騎士見習いが覚えたがらないのは、相応しく無いとか言ってるけど、絶対この難易度の所為だよね?」


「お前らには楽なものだろ?」


「隊長わかってて言ってますよね?」


「俺達は良いですけど他の連中に覚えさせる、使いこなさせるのが手間なんです!」


「頑張れ魔法担当! 今度奢ってやるから」


「丸投げ……」


「ううぅ」

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