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異世界迷宮物語 ~剣聖少女はハーレムを夢見る~  作者: 綾女
二章 大魔王迷宮 その1
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第119話ちょこっと外伝『少年はモノから人に成れるのか』騎士見習い編①-03

 そして二日目、イチゴ達は『グラスウルフ』65匹を仕留めていた。


 作戦は単純、自分たちを囮に『グラスウルフ』の群れを引き寄せて罠に嵌め、一網打尽する。


 ただこの罠が巧妙だった。イチゴ達が昨夜、隊長のギャンから手渡されたのは『豆』だ。


 何の変哲もないただの豆。そしてこの豆と共に手渡された呪文書は『棘の蔦』


 『棘の蔦』は豆を触媒にして発生する拘束系の魔法だ。


 予め豆に魔力を込め、それを地面に撒く。


 その後、魔法を発動すると、その豆から周囲の敵を拘束する棘の生えた蔦が、爆発的な勢いで伸びる植物系統の初級魔法で有る。


 触媒が必要な事と、周辺環境によって発生した蔦の拘束力が変わる事、この二点から使う場所と場面を選ぶ。


 その為、この国ではあまり使用者の居ない魔法だ。


 だが今回は場所が先ず良かった。周囲は草原、植物系の『棘の蔦』との相性がいい。


 そして襲撃を予測して事前に準備出来た点も良かった。この豆をイチゴ達は『ワイルドバニー』と戦いながらコッソリ周辺に撒いていった。


 更に『ワイルドバニー』を倒すために移動しているフリをしながら大きな円を描くようにして撒き。最終的にその円の中心で『グラスウルフ』が仕掛けてくるのを待った。


 狼は鼻が良い。


 何か撒いていたのは気が付いていたのだろう。だが、それが何かまでは分からない。


 更に円形に『ワイルドバニー』を狩っていったことにより『ワイルドバニー』の血が周辺に飛び散り、撒いた豆の匂いをその血の匂いで隠す事もできた。


 そして『グラスウルフ』の大群。65匹に及ぶオオカミの群れがイチゴ達を取り囲んだ時、ミツが儀式魔法化した『棘の蔦』を発動した。


 儀式魔法名は『棘蔦牢獄』


 辺り一帯に撒いた豆から一斉に棘の蔦が伸び、イチゴ達を取り囲んだ『グラスウルフ』の群れを更に外周から取り囲む。


 まさに蔦の牢獄、『グラスウルフ』には何処にも逃げ場が無い。


 逃げ道を塞ぐ様に囲み終わると、今度は一気に中心に向けて蔦が伸び、次々に『グラスウルフ』を捉え、拘束していく。



「何だ……? 凄いあっさりと罠に嵌まったなこいつら」


 サンジは薙刀を器用に操って、蔦を避けながら拘束された『グラスウルフ』の心臓を一突きにする。


 とても簡単な作業だった。何せ相手は動けない。最早戦闘とも呼べない。


 そうして『グラスウルフ』を仕留めながら誰にともなく呟く。


「『グラスウルフ』の方が圧倒的有利な状況だったからな、油断したんだろう」


 こちらも見事に心臓を一突きして留めを刺しながらハジメが応じる。


「これ、刺すだけで良いのか?」


 フィフは余りに呆気ない作業の連続に、本当にこれで良いのか疑問が湧く。


「一応、可能な限り一撃で仕留めろ。嬲り殺しにする様な趣味は無いだろ? それに傷が少ない方が毛皮も高く売れる」


 ギャンが騎士見習い達の作業を見回りながら指示を出していた。


「隊長、それでも刺すだけに変わりないですよね?」


 そうフィフが問い返した時には、すでにギャンは他の騎士見習いの所に移動していた。


「むぅぅ……」


 フィフの周りは蔦に拘束されて動けない『グラスウルフ』だらけだ。刺すだけなら簡単なのだが……


 『グラスウルフ』はそんな状態でも唸り声を挙げて威嚇してくる。そこには抵抗を諦めた様子が無い。


「本当にそれで大丈夫なのかなぁ?」


 何とも心配になる光景に、フィフは首を傾げる。


「フィフは心配し過ぎだよ。ここは周辺環境が良いもの。これだけ強力に拘束されたら、もう『グラスウルフ』は動けないよ」


 そうフィフの問いに答えるトゥエは、自分自身は得物が手斧な為、狼の頭をかち割りながら答える。


「そうは言ってもこれだけ大きいオオカミだぞ? 蔦を引き千切ったりしないのか?」


「そこは大丈夫だろ」


 丁度フィフの隣で、トドメを刺していたサンジが会話に加わる。


「何でだサンジ?」


「この蔦は促成の割に丈夫だ。『グラスウルフ』が暴れてもミシリともしないぜ」


「それはそうだけど……でもさ『グラスウルフ』も思ってた以上に筋力がありそうじゃ無いか?」


「ん~、まあそれでも大丈夫だろ」


「だから何でだよサンジ?」


「『棘』だよ。フィフ、この棘のお陰で引きちぎるのが難しい」


「『棘』? 確かに痛そうだけど……」


「痛そうどころじゃねえよ。肉に食い込んでるだろ。しかもこの棘、ノコギリみたいに刃が付いてるんだぞ」


「あっ! 本当だ。よく見たら棘に更に小さな棘が……うわぁ、これ抜け難い様に角度が付いてる」


「ヘェ~、凄いね。カエシになってるんだ」


 フィフが棘の観察を始めたら、トゥエもその横で棘を眺め始めた。


「下手に蔦を引き千切ろうとしたら、棘が益々食い込む。それに例え蔦から逃れても、棘に切り裂かれて全身ズタボロだろ」


「結構エグい構造になってるんだな」


「棘を引き抜くだけで肉が抉れそうだよね」


「なっ? だから大丈夫なんだよ……けど……使える魔法じゃないか? なんでこんな魔法がマイナーなんだ?」


 思わず作業手を止めて、三人は座り込んで棘を観察していた。


「サンジ、この魔法は岩場や室内では使えない。根が地面に食い込んでこその拘束力だからな」


「けどよココノツ。魔物が居るのは殆ど野外だろ。ほぼ地面の上じゃないか?」


「例え地面の上でも、硬い地面の上だと拘束力が下がるんだよ。根が張れないだろ? 使える場所が限定され過ぎ……要するに汎用性に欠けるからマイナーなんだよ」


 サンジの疑問に皮肉っぽくココノツが答える。


 そう『棘の蔦』は欠点の多い魔法だ。


 蔦が絡みついて相手を拘束する魔法だが。蔦はロープで縛る様に身動きすら取れない状態で絡みついているわけではない。


 岩場や室内で使用した場合、相手に蔦が絡みつくだけで拘束は出来ない。


 棘で傷つける事は出来てもそれだけだ。甲殻を持つ魔物に対してはそれすら出来ない。


 この魔法は地表に伸びた蔦を、地下に伸びた根がしっかり支えてこそ真価を発揮する。魔物を蔦と根で地面に縫い留める魔法だ。


 そうやって完全に拘束してしまえば、捕らえられた魔物は、棘が食い込んで身じろぎすら出来ない。


 逆に言えば、そんな場所でないと真価が発揮できない魔法。使える場所が限定されるため汎用性は低い。


「地面の上、出来れば栄養豊かな土壌が良い。周囲に植物が生えていると最高だ……この場所で使うために開発されたような魔法だな」


 ミツは周囲を見渡してココノツの説明を補足していく。


 植物系の魔法は触媒として周囲の土壌の栄養素や植物の精霊力を利用する事が出来る。


 草原の広がるこの場所は、この魔法を使用する最適の環境と言える。


「それに予め、豆に魔力を込められるのも良いな。その場での消費魔力が少ない」


 罠として周囲に撒いた触媒の豆に、予め魔力を込めていたからこその、この効果範囲と拘束力だ。


 実際に騎士見習い達は、これだけ大規模で強力な魔法を使用したのに、魔力をあまり消費していない。


「儀式魔法化して消費魔力を分散、更に範囲と拘束時間を強化か、一網打尽とはまさにこのことだな」


 儀式魔法は、その儀式を行う者の人数が増えると効果が強化される。


 『棘の蔦』を儀式魔法化した『棘蔦牢獄』は騎士見習い達、部隊員全員の魔力を束ね消費した。


 しかし、その消費量はこの魔法の効果、範囲からしたら僅かと言える程度のモノだ。


「ほら、お前らサクサク止めをさせ! まだ終わってないぞ、考察よりも手を動かせ!」


 魔法の効果時間は無限ではない。


 事前に込めた魔力と儀式魔法化によって延長されていても、何れこの拘束は解けるのだ。


 ギャンは魔法の考察に夢中になって、手が止まっている騎士見習い達に発破をかける。


「隊長、この方法は隊長が考案したんですか?」


 ミツの考察を聞いて自身の手も止まっていたイチゴは、慌てて止めを刺して回りながらギャンに尋ねる。


「画期的だよね! この数の『グラスウルフ』の群れをこの人数で倒せるなら、街道周辺の『グラスウルフ』を狩りつくせるんじゃない?」


 ニトも感心しきりだ。


 場所が限定されるとはいえ、街道周辺に草原など幾らでもある。


 厄介な魔物である『グラスウルフ』を無傷で倒せるこの方法はまさに画期的であった。


「残念ながらこの方法は俺の考案ではない。まあこの国ではマイナーだがな、他で普通に使われている方法だ。そうだな一部の国の冒険者達にはメジャーな狼退治の方法だな」


 この国では知られていない方法だが、他国の冒険者たちにはメジャーな方法だ。


 人数の少ない冒険者のパーティーが、数が多い『グラスウルフ』を相手にするなら、罠を張って数の差を補わなければならない。


 その為、必然的に編み出された方法であった。


「狼退治? ではこれは確立している狼退治の方法なのですか?」


 フミが驚く、そうギャンは『狼退治』の方法だと言ったのだ。『グラスウルフ』と限定していない。


「良く考えられているな。狼の生息域は草原か森、どちらの場所でも有効だ。これは狼退治が捗るな」


 イチゴは考案した者たちの知恵に感心し、今後の狼退治に思いを馳せる。


(こんな簡単な作業で112万ゴールド、16人で山分けしても一人当たり7万ゴールド!)


 楽々作業で高時給。実に美味しい儲けだった。


(『ワイルドバニー』の儲けも加えれば一日10万ゴールドは堅い!)


 一人一日10万ゴールド。とても効率が良い。


(10日で100万、100日で1000万!

 本当に半年でロアナを身請ける事が出来るかもしれない!)


 だが世の中そんなに甘い話はない。


 そんな感じでアッサリと『グラスウルフ』退治は終わった。しかし、イチゴ達はその後のことをすっかり忘れていた。


 倒した『グラスウルフ』の解体に苦労することになったのだ。



 なにせ65匹もの大群だ。解体するだけで一苦労だった。そう地上の魔物は魔素には分解しない。


 売るために素材を得るには解体しないとダメだった。


(はぁ……昨日はギャン隊長が俺たちが狩ってる後ろで解体してくれてたから楽だったんだな……)


 昨日は騎士見習い達が『ワイルドバニー』を狩っている後ろで、ギャンがサクサク解体していた。


(解体って自分でやると案外重労働だな……)


 ギャンの指導の元、解体しているが、騎士見習い達は初めての解体だ。


 間違えて内臓を傷つけると、とても臭い。


「うわっクサッ!」


 サティが悲鳴を上げるほどだ。


「内臓は傷つけるなって言ったろ」


「だって、お腹の中は見えないんだもの! ってこれ何の匂い?」


「聞くなっ! 内臓は直ぐ腐るし、特にオオカミの内臓は売れん。ゼリースライムにサクサク食わせろ」


 肝臓が一応薬の素材として売れるが、新鮮なまま加工に回す必要があり、冷蔵保存できる容器に入れて運ばなければならない。


 手間の割に儲けが少なく。容器の手配を事前にしていない現状だと捨てるしか無い。


「ねえミツ、何でこんなに臭いの? オオカミだから?」


「んっ? オオカミかどうかは関係無いかなぁ? この匂いは胃じゃ無いだろうし……」


「それはどうだろうな、肉食のオオカミの方がウサギよりは臭いんじゃないかミツ」


「同じウンコだろ? エサで違いがあるのか?」


「草と肉なら草の方が匂わないんじゃ無いか?」


「えっ……ちょちょまって! ンコの匂いなのココノツ!」


「何で俺に突っかかる。後、刃物を人に向けるな」


「そんな事はどうでも良いの!」


「良くは無いだろ! それにウンコって答えたのはミツだろ?」


「ミツより詳しそうだったじゃない!」


「詳しくはねえよっ! どんな専門家だよ……大体、大腸を傷付けたのはサティだろ」


「ンコってどうしようミツ。買ったばかりのナイフがぁぁ」


 『明日狩った獲物は、騎士見習い達で解体をする』と昨日ギャンに言われて、今朝購入したばかりの解体用のナイフだ。


 この部隊の仲間と初めて一緒に買いに行った記念すべき品……


 サティはニトとお揃いで朱色の鞘の可愛い、このナイフを購入した。


 手の小さい二人にも握りやすい細めの柄と綺麗な刀身。とても気に入っていただけにショックが大きい。


「鞘に仕舞う前にどうせ洗い流すから平気だよサティ」


 解体作業で血や脂で汚れている。


 このまま鞘には仕舞えないので、解体が終わったらミツの『飲料水』の魔法で全員、洗い流す予定になっている。


「ミツ、大腸を傷付けたナイフで解体を続けるのは不味いよ。バイ菌が肉に移る。直ぐに洗い流した方が良い」


「そうなのかニト?」


「隊長そうですよね?」


「ん~? 肉は捨てていくから大丈夫だろ?」


「アレッ? でも肉も解体してますよね?」


「折角だから一匹目は練習台として、一通り解体の仕方を教えているだけだぞ。二匹目からは毛皮を剥いで牙を取ったら、それ以外は解体しないつもりだが?」


「街の近くでそれは勿体なく無いですか? 台車が有れば全部持って帰れますよ?」


「台車が有ればだろ?」


「ハジメは城門まで台車を持って来てたよな」


 城門の衛兵詰所に預けて来ていた。


「そうなのかサンジ? ハジメは準備が良いな」


「まあ一応な」


「イチゴも借りて来てたよね」


「だってニト、勿体無いだろ?」


「ふむ、ならサクサク台車を取ってこい。台車だけか? 鳥馬は?」


「台車だけ宿舎で借りて来てます」


「同じく」


「なら二人だけでは危険か……ハチとジュウゾウ、お前らも一緒に行け!」


「うむ、了解した」


「おう、まかせろ。イチゴ、いこうぜ」


「何でハチはそんな乗り気なんだよ? 今朝は面倒そうにしてたのに……」


「そりゃな、見ろよイチゴ」


「解体した肉だな?」


「初の解体記念の肉だぜ? しかもちょっと旨そう」


「はぁ~そうだった。ハチはそうだったな」


「ちょっと! このナイフはどうしたら良いの! ンコついちゃったんですけど!」


「洗い流して、『浄化』しろ。確かサティは使えただろ」


「こんな事に『浄化』を使って良いの?」


「今日はもう加護は使わんだろ。なら構わん」


「罰が当たったりしない?」


「罰が当たるかどうか知らんが、使わねえと食に当たるのは確実だろ。肉を売るつもりなら使え。あと腹腔内部も序でに洗って『浄化』しておけ」


「うううぅ、ミツゥ」


「洗い流すのはやってあげるから『浄化』しようねサティ」


「大丈夫かなぁ?」


「うーん、俺には神様の気持ちは分からないな」


「これも一種の病気の予防だろ? 平気じゃ無いかサティ」


「んっ~……そういえばココノツって『殺菌』使えたよね?」


「……そうだっけ? イヤ普段使わないから覚えてないなぁ~」


「ぷぅ~」


「うわっ見事な膨れっぷり。サティのほっぺって美味しそうだよね」


 サティの頬っぺたは白い上に、今はプックリプニプニだ。


「ニトは本当に怯まないな。ココノツ、諦めろ。後が酷いぞきっと」


 サンジがそんなニトに呆れ、ココノツに忠告する。


 サティの我が儘っぷりとご機嫌取りの難しさは、昨日一日で既に部隊内に知れ渡っていた。


「そうなんだよ。サティってこう……」


「ミツ、一層膨れたからそこまでだよ。それにココノツ、サンジの言う通り、僕も諦めた方が良いと思うな」


「……はぁ~、はいはい分かりましたよ。『殺菌』は俺がやれば良いんだろ」


「ねえニト、ココノツってば意地悪だと思わない?」


「そう? 意地悪ってより誤魔化すのが下手?」


「アレじゃあな。ただ『自分で出来る事は、可能な限り自分でやらせたい』って気持ちも分からなくは無いけどな」


「だろ? サンジだってそう思うだろ?」


「ただ『加護』は魔法と違って微妙だろ? 精神状態の影響が大きいってのがなぁ」


「だよね。システマチックな魔法と違って加護は信仰によって授けられた奇跡だからね」


「下手に罰当たりかもって思いながら使うより、魔法でサクサク済ませた方が良いってサティの気持ちも分かるんだよな」


「ふふんっ、ニトやサンジの方が良く分かってるわよ。歳上の癖に大人気ないのよココノツは」


「……それにまあサティだからね」


「サティだものな」


「はぁ~俺の苦労もわかってくれるか?」


「頑張れココノツ!」


「陰ながら応援しているぞ」


「何だろう……悪口を言われてる気がする……」


「ほらサティ、解体しよう。終わったらご褒美に隊長からオヤツが貰えるよ」


「オヤツッ!!」


「シュークリームだって」


「シュークリームッ♪」


「……何処から情報が漏れた……?」


「食堂のお姉さんからですよ。隊長」


「むうぅ、サティ! ノルマは4匹だからな」


「任せてっ! さあガンガン剥ぎ取るわよ!」


「急に元気になった……」


「あっ、待ってサティ。その前に消毒だよ!」



 イチゴ達が手数料さえ払えば、倒した魔物を回収、解体して余すことなく素材にして売ってくれるサービスがあることを知ったのは暫く経ってからだった。


「ハハハッ、街の近くでなければ受けられんサービスだ。出先での解体に慣れる為にもいい経験に成ったろ?」


 後日イチゴ達が詰め寄った際のギャンの言葉だ。

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