第119話ちょこっと外伝『少年はモノから人に成れるのか』騎士見習い編①-02
初日にうんざりするような出来事があったが、騎士団での任務は、そんなイチゴ達の気持ちなど考慮してはくれない。
イチゴ達は入団翌日から早速魔物退治に駆り出された。
「いきなりか! え? 連携とかの確認は無いの?」
「どうやら実戦で確認するみたいだよ? イチゴ」
「いやだから、いきなり実戦?」
「顔合わせは済んでるだろ? 延々連携のミーティングをされてもなぁ……」
ハチはそこそこ勉学も出来るが、それ以上に身体を動かす方が好きだ。
連携訓練も『考えるより馴れろ』の方が性に合っているらしい……
「ハチは本当に……けど相手の魔物の事前情報とか色々あるだろ? 南門に集合って何を準備したら良いんだ?」
「一応お弁当は準備したよ」
「あっ! そうか昼ご飯! ハチどうする?」
「まあ現地に向かいながら屋台で何か買えば良いだろ? なあこれって『買い食い』って奴だよな? 俺、屋台で買い物とか初めてだぜ。何だかドキドキするな!」
「良いのかそんな事して? 良いのか? 良いんだな! 良いなそれ!!」
初めての『買い食い』に二人のテンションが上がる。
「君たちねえ……そんな屋台の食事とか、温室育ちの僕達が食べてお腹でも壊したらどうするつもりだい?」
三人は産まれてからずっと施設内で育って来た。屋台の食事など食べた事がない。
「お弁当は君達の分も食堂のおばさんにお願いして作って貰ってるから、受け取ってから移動するよ」
「……ありがとうニト」
「お前って本当に気が利くよな……」
イチゴとハチの二人は、口では感謝を述べているがとても残念そうだ。
「なんで少しガッカリしてるんだよ! 君達の気持ちも分かるけどね。昼からも狩りが続く可能性もあるんだから、こればっかりは仕方ないだろ?」
◇
イチゴ達の配属された部隊の部隊長は、事前情報通り良く分かっている人物だった。
戦闘騎士ギャン・クーガー、壮年の大男だ。
市井出身の戦闘騎士ならではか、今までイチゴ達の周りには居なかった種類の人間だ。
醜いわけではない、それなりに整った顔立ち。だがイチゴ達、騎士見習いの様な美形ではない。
鋭い目つきに、がっしりした顎、太い眉毛と凛々しく精悍な顔立ち。その全てから男くささを感じる。
更にその頬には魔物に付けられたのか大きな傷跡。
灰色に近い銀髪を短く刈り込んだ頭と、その頭よりも太く見える首、体は良く鍛え上げられていて大きくゴツイ。
鎧から僅かに除く肌はこんがり小麦色。良く日焼けしているのか元の色が分からない。そしてその背に大きなグレートソードを吊るしていた。
ただそこに立っているだけ、なのにまるで大岩の前に立っている様なズッシリ重い存在感を感じる。
歴戦の勇士、その言葉がこれほど似合う男は居ない。
イチゴが初めて見る実戦慣れした戦士は、とんでもなく強そうだった。
「ヨシ! 揃ったなヒヨッコ共! では出発するぞ!」
そのギャンが南門の前に集合した騎士見習い達を前に号令を飛ばす。
「隊長! 何処に出発するのでしょうか? 自分は何も予定を知らされておりません!」
騎士見習いの中では一番大柄な人物が質問する。凛々しい顔の逞ましい青年だ。
だがギャンはそんな彼より更に一回り大きい。
そんなギャンに一切怯む事なく、命令に対して堂々と質問で返す。この青年は見た目通り、物怖じしない性格らしい。
「ふむ、お前名前は!」
「ハッ! 自分は三班、班長のハジメです!」
「ハジメか、お前らはまだ騎士見習いに成ったばかりだったか? では仕方なかろうな……
良いかハジメ、騎士団では一々予定など事前に知らせたりはしない! お前は魔物が予定を知らせて襲ってくると思うか?」
騎士団の相手は、相手の都合など一切考慮しない魔物だ。
そして臨機応変にそれに対応して、討伐するのが騎士見習い達の任務だ。
まあ臨機応変と格好をつけても、実際は場当たり的に、なる様になれで対応しているだけだが……
「集合を命じられたら、何時如何なる時も万全の体制を整えて集合しろ! まあ最低でも一週間程度は野営の出来る準備をすべきだろうな」
「なっ、一週間っ!?」
これにはハジメも怯む。
「昼飯しか用意してない……」
ハジメと同じ班の此方も大男がポツリと漏らす。
「野営……野営の準備……」
もう一人のハジメの班員はオロオロしている。女性の様な顔の美少年だけに、他の男臭い二人に比べ頼り無い。
「不味い、そんなもの準備してない。ニト、サバイバル術で一週間如何にかできるものなのか?」
イチゴはニトにそう尋ねた。ニトなら何か解決策を示してくれるとの期待からだ。
「飲み物と食料さえあればいけるだろ? 食料は現地調達でも火を通せばいけるだろうが、問題は水だな」
ニトが答えるより先にハチが答える。ハチは細かい事は気にしない。そしてとてもポジティブだ。
「ハチ、君は逞しいね……水か……現地で飲める水を探すしかないかな?」
首都『バーキン』は周囲を山脈に囲まれた盆地に位置する。
その為、比較的水源に恵まれていた。探せば小川や泉は見つかる可能性が高い。
「お前らマジかよ?」
貴族の御曹司と言われても違和感のない。貴公子然とした青年が、逞しすぎるハチとニトの考えに呆れていた。
見た目通り、箱入りの貴公子なのかも知れない。
「サンジ、大丈夫だ。塩は用意しているから、何か食べれる生き物さえ狩れれば俺達も何とかなる、問題はやっぱり水だな」
ここに集まった騎士見習い達は、昼ご飯用に水筒に入れた飲料水は準備している。
だが一週間となるととても足りない。大事に飲んでも一日分だろう。
「何だ君達、『飲料水』の魔法や『水質浄化』を習ってないのか?」
銀色の髪に銀色の瞳、一見王子様のような、ちょっと浮世離れした高貴さを宿した美青年が不思議そうに尋ねる。
「習ってねえよ……クソッ『水流弾』の魔法で何とかならないか?」
仲間からサンジと呼ばれていた貴公子が、攻撃魔法を代用出来ないか、同じ班の仲間に提案する。
騎士見習い達は普通、攻撃魔法以外の魔法は『優雅ではない』との理由から余り習わない。
これでも貴族家を代表する騎士候補。
『雑事は使用人が行うべきで、騎士自ら行なうべきではない』といった環境で育っていた。
「あっ! その手が有るか! イチゴ、『氷の矢』だ。あれなら飲み水に出来る!」
ニトが閃いた。氷は溶かせば綺麗な飲料水に出来る。
ワイワイと様々なサバイバル法を検討する騎士見習い達。
その原因たるギャンは若干呆れ、若干気まずい。
「ふむ、お前ら。今のは物の例えだぞ? 幾ら俺でも流石にこれから一週間の野営はしない」
ギャンのその言葉に辺りからは安堵のため息が漏れる。
「だが『今日は』だ。これから集合が掛かったら、準備を怠るな! 上からの命令次第で一週間程度の行軍は珍しくない!」
今度は諦めか、絶望か、どんよりとした溜息が漏れる。
「ではお前らに本日の予定を知らせる。南の草原にピクニックに行くぞ!」
「ピクニック? でありますか?」
「そうだ! あ~」
今日ギャンと騎士見習い達は会ったばかり。お互い名乗ってさえいない。
(全員の自己紹介ぐらいはすべきだったか?)
ギャンは少し反省した。
「四班のフィフです!」
答えたフィフは大柄な者が多い騎士見習い達の中では小柄で細身。
だがそれは周りが大き過ぎるだけ、彼も平均的な男子並みの背丈はあった。
「そうか、ではフィフ、ピクニックだ。お前はピクニックを知らんのか?」
「言葉は聞いたことが有ります! っが、経験はありません!」
「……そうだったな、お前らは騎士見習いだったか……まあ良い、では出発する。駆け足で付いてこい!」
◇
そんなギャンに率いられてイチゴ達騎士見習いは、街の近郊の草原に来ていた。
「ほら、見習い共、モタモタするな! 何をちんたら走ってる!」
そうは言ってもイチゴ達騎士見習いは完全武装だ。
防具の重さだけでも数十キロ。それだけの重りを背負って、この南の丘の手前の草原まで約6キロの距離を駆けてきたのだ。
これまで鍛えてきたし、魔法も使用しているから何とかなっている。
だがこの場合、同じように完全武装で同じ距離を駆けて、息一つ乱さず、汗すら掻いていないギャンの方がどうかしていた。
部隊員が息を整えるのを待って再びギャンは号令を発する。
「ではこれよりピクニックを始める! 良いか? この草原の魔物は弱い! ケガをして部隊の足を引っ張る奴は俺が許さんから覚悟しろ!」
「あれっ? ピクニックじゃないのか?」
又もハジメが命令に対して質問する。
「ピクニックだ! この程度の魔物相手で戦闘をした気になられても困る」
「……っって、やっぱり魔物と戦うんじゃねえか!」
サンジがそんなギャンに突っ込む。貴公子然としているがどうやら突っ込み属性らしい。
「ちょっと待て、何かこっちに向かって来てる!」
フィフが真っ先にそれに気がつく。白い塊ががこちらに急速に接近していた。
「くそっ、この辺りはもう街の結界の外だ。既に魔物の勢力圏内だぞ」
ハジメがそう言いながら抜刀。ハジメの班員はそれに合わせて直ぐに武器を構える。
この班は全員動きが揃っている。良く訓練している証だ。
「これが魔物! 案外大きい!」
フィフ達の班も武器を構えるが、若干フィフの腰が引けていた。
丸い……ひたすら丸い白い魔物。
直径1メートル程だが、丸い為、重量感が凄い。直径1メートルの鉄球が勢いよく突進して来ているようなものだ。
「何が大きいものか! 『ワイルドバニー』なんぞただの兎だ!」
この世界には普通サイズの小型の兎も居る。
体長1メートルを超える『ワイルドバニー』をただの兎と呼ぶのは……余りに無理が有る。
「まあ俺もな……本当は最初だから、もっとお手軽に下水路で『ジャイアントラット』や『クローチ』を相手にさせたかったんだがな」
「下水路? 下水路って何?」
「サティ、下水路ってのは街の地下に有る汚水の通路だよ」
「ヘェ~そんなのがあるんだ」
「あれっ? サティ理解してる?」
「何よ? ココノツ、バカにしてるの? 今のミツの話に何か難しい事があった?」
「あ~うん、サティが理解してない事がわかった」
「ううぅ、ミツゥ、ココノツがバカにする!」
「サティ、汚水はトイレから流れる汚い水だよ。だからきっと臭い……」
「なっっ……何よそれっ!」
「はぁ……まあそんな訳でな。騎士見習いに下水路は相応しくないんだそうだ。最近はゼリースライムのお陰でそこまで臭くは無いんだがな……」
「でも、臭いんですよね?」
「ふむ……まったく箱入りにも困ったものだな。まあそんな訳で仕方ないからここにした。だからそんな嫌そうな顔をするな!」
「普通汚い、臭いは誰でも嫌だと思いますが?」
「下水路程度、ゴブリンの巣穴に比べれば可愛いものだぞ?」
「マジですかっ!」
「マジだ。でだ代わりにここに来た訳だ。『ワイルドバニー』も手軽な獲物には違いない。怖がってねえでサクサク倒せ!」
◇
『ワイルドバニー』
体長一メートル程の大きな兎だ。ぱっと見、白いボールにうさ耳が付いた様な外観をしている。
その為、体長の割に体重がある。攻撃方法もその体重を活かした体当たりの突撃だ。
短いながらも太く力強い脚は、持久力に劣るが瞬発力に優れ。見た目以上の機動力を『ワイルドバニー』に与えている。
その突進で相手を弾き飛ばし、転んだところを、鋭い牙の生えた口で噛み殺す。
普段は草原の草を食べて割とのんびりと過ごしている事が多い。比較的大人しい魔物だ。
だが、魔物である事に変わりは無く。しかも、こんな体型にも関わらず、穴掘りが得意。
更に甘い果物や野菜が大好きで、結界柵で囲まれた畑に、結界の届かない地下から穴を掘って侵入する為、害魔物として農家から嫌われている。
そして一応草食だが実際には雑食に近く、肉も食べる。人も襲って食べるワイルド過ぎるウサギだ。
◇
「うわぁ、血だ! 血が出た!! こいつ等斬ったら血が出るぞ!」
吹き出す血飛沫にフィフが騒ぐ。
魔物といえど生き物。当然斬れば血が出るのだが、騎士見習い達は初の実戦で、生き物を斬った経験が無い。
「やはり訓練用のゴーレムとは全く手応えが違うな……」
ハジメはしみじみと斬り応えの違いを分析している。こちらは余り血に対する恐れが無いらしい。
「本当に魔素に分解するのかこれで……」
サンジが……少し頓珍漢な事を呟いた。
「はぁ? 何を習ってきた? 地上の魔物が魔素に分解するわけないだろ!」
「あっ! ……そうだった」
「けど分解しないとなると、これ全部がドロップアイテムですか?」
サンジの班の少し小柄で赤毛の精悍な青年がギャンに質問する。
「そうだ。地上の繁殖型の魔物は普通の動物と変わらん。全てがドロップアイテムだ。『ワイルドバニー』は毛皮も、その肉も売れる! 今日の夕食は焼肉だぞ、喜べヒヨッコ共!」
『ワイルドバニー』のその白い毛皮は、毛足が長く艶が有る。白い色は様々な色に染色もし易い。色々な用途に利用出来る為、素材として人気だ。
またその肉は食用とされており、臭みや癖がなく、様々な料理に合う。その食べ易さからこちらも好評だった。
『ワイルドバニー』は、この大ディオーレ王国一帯に広く生息している魔物で、盆地で草原が多い首都『バーキン』周辺にも多数生息している。
比較的攻撃力が弱く、倒し易い魔物として冒険者を中心に広く狩られているメジャーな魔物だ。
ただ『ワイルドバニー』は様々な作物を食い荒らす害魔物としても知られており、常に討伐クエストが発行されていた。
「グハァ!! クッ……案外素早い! 突進が素早いぞこいつ!」
『ワイルドバニー』は突進の際、ジャンプして突然、軌道を変える事が有る。
避ける際に余裕を持ち過ぎると、避けた方向にジャンプして突撃してくる。
その為、『ワイルドバニー』を相手にする際は、ギリギリまで引きつけるのが攻撃を避けるコツだ。
ミツは躱すのが早過ぎて、真面に腹に一撃貰って吹き飛んでいた。
その丸々と太った見た目通り、『ワイルドバニー』は体重が有る。
その突進は大人でも難なく吹き飛ばす。
「ええいっ! この程度の相手に何を倒れ込んでいる! 同じ班の者はすぐに助け起こせ! スリーマンセルだ! 連携を崩すな!!」
「このドジ! 大丈夫か?」
「すまんココノツ」
「因みに男のドジっ子に需要は無いぞ、ミツ」
「狙って無いからっ!」
「この獲物はこっちで貰うよ。良いかな?」
「ほい、任せた。良かったなミツ。あんな可愛い子がフォローしてくれるってさ」
「……何が良いんだよ」
「需要が有ったかも知れないだろ?」
「ココノツ、ここには騎士見習いしかいないぞ」
「あっ……男かっ! アレでっ!?」
「サティと大差無いだろ?」
「イヤイヤッ! サティ並ってのは普通じゃ無いからな?」
サティと呼ばれる少年も、ニトと同じかそれ以上に、美少女にしか見えない美少年だ。
その話題のサティは……何かポリポリ食べていて、二人の会話を聞いてすらいない。
同じ班の仲間が吹き飛ばされているが心配する様子も無い。そもそも戦闘中の筈だが……割と自由な性格のようだ。
「隊長、喜べって『ワイルドバニー』は美味しいんですか?」
「お前は自由だなぁ」
「食べ貯め出来ないので、適時補給しないと低血糖で倒れちゃうんです」
「……成る程、それもそうか」
サティは驚くほど華奢だ。無駄どころか必要な筋肉も付いていない。
「で? 美味しいんですか?」
「食べた事が無いのか?」
「無い……と思います。食事に肉は出てましたが、種類まで気にした事が無いので」
「肉は苦手か?」
「嫌いでは無いですよ」
「何が好き……って今クッキー食ってるって事は、甘味好きか?」
「甘いと美味しいですよね♪」
「ふむ、ならタレを甘辛にしてみるか」
「甘辛?」
「ふふっまあ楽しみにしていろ」
「昼食には……」
「サティだったか? 食べたければ先ずは働け」
「うぅ……」
ギャンは『働かざるもの喰うべからず』らしい。
「ハチ、行ったよ!」
ニトが『ワイルドバニー』をハチの元へ追い込む。
「おうっ任せろ! 動きを止めるぜ!」
ハチの方は盾を構えて『ワイルドバニー』突進を止める。
武技も使用しての事だが、『ワイルドバニー』の重い一撃を余裕で止める。優れた身体能力あってこそだ。
「よくやったハチ、トドメッ!」
すかさずイチゴが動きの止まった『ワイルドバニー』の首を大剣で両断する。
イチゴ達は初戦とは思えない連携の良さだ。
「ナイス! イチゴ!」
元々、三人はグループを組んでの模擬戦でも同じチームになる事が多かった。
施設の子供達はお互い、勝ち残る為に競い合うライバルだ。だが三人とも昔から何となく気が合う。
その為、勝ち残りが決まってからは、ニトを中心に、スリーマンセルでの戦闘訓練をしていた。その成果が如何なく発揮されている。
「ほう、お前らとっぽい顔の割にやるじゃねえか!」
ギャンもそんなイチゴ達を褒める。
「はい、ありがとうございます」
「おうっ! まっかせろ!」
「とっぽい?」
「イチゴ、とっぽいはキザっぽいって意味だったかな? ちょっと古い言い回しだね」
「よしニトだったか? 後で説教だ」
「何故っ!」
「上官を年寄扱いするからだっ!」
「うぅぅ、隊長~それは理不尽です」
「あれ? 隊長はオレ達より歳上だろ?」
「ハチ、あの見た目で俺達より歳下な訳ないだろ」
「ねえ二人とも、これ以上話をややこしくしないで貰えるかな?」
「苦労してるんだなニト……」
「そう思うのなら、お説教は勘弁してください」
「ふむ……考えておこう」
「うぅ……」
「まあ冗談はこのくらいにして。オイ、他の班もこいつらに続け! このままだと美味しい所を全部こいつらに取られるぞ!」
「続けか……隊長を年寄扱いすれば良いんですか?」
「サティは後で絶対説教だな」
「何故っ!」
「オイ、ココノツだったか? このおバカに説明してやれ」
「おバカ!?」
サティはおバカ呼ばわりが不本意らしい。
「サティ、隊長は魔物を倒せって言ってるんだよ」
「だって会話の流れ的に、より美味しく弄れって意味じゃないの?」
深読みどころか、深過ぎて色々抉っていた。
「サティ……それは。ミツ、お前サティにどんな教育してんだっ」
「会話はユーモアを交えて、テンポ良くだろ?」
「ウィットに富過ぎだ! 隊長! この二人は手遅れかと」
「諦めるなよ、ココノツ! 後は任せた」
「丸投げですかっ!?」
「お前ら一応兄妹だろっ! 丸投げして何が悪い」
「うぅ理不尽なっ」
何故か一部で軽い会話が続いているが、今も絶賛戦闘中だ。
「クソ、負けられない! 負けられないんだ!」
「フィフ、気負うな! この程度の雑魚相手に気負うと逆にケガをするぞ! 良いか? 相手は雑魚だ。冷静に対処すればお前らなら勝てる!」
軽い会話をしながらも、ギャンはしっかり周りに目を配る。
「やった! こっちもやった!」
サンジの班でも『ワイルドバニー』を仕留めた幼さの残る顔にマッチョな身体の少年が歓声を上げる。
「ハッ、この程度か! いける! こいつ等程度ならいける!」
サンジは早くも手応えを感じ『ワイルドバニー』の程度を把握したらしい。
「サンジ! 二匹きた。一匹引き離す!」
「あいよ。イロク、こっちはヨトと俺に任せろ!」
赤い髪の少年にサンジが軽く応える。
赤い髪の少年がイロク、アンバランスなマッチョ少年がヨトというらしい。
「西から多数来ます!」
その時、ハジメの班の、女顔の少年が警告を発する。
「常に周囲を索敵するのも、警告をあげるのも良い判断だ! だが報告は正確にしろ! 大体何匹だ!」
「えっと……」
少年は咄嗟に応えられない。思わず数を数えようとしていた。
戦闘において敵数の報告は、ある程度目安になる数を客観的に報告する必要が有る。
『多数』では、それが百匹でも十匹でも多数と言える。その判断基準が報告者の主観になり、客観性がない。
ギャンの言う『正確』は、客観的に人に数を伝える正確さだ。誤差があろうと構わない。それ故、数える必要は無い。
「約10です隊長! フミ落ち着け!」
「ジュウゾウ、助かった」
咄嗟に同じ班の大男がフォローする。
大男はジュウゾウ、女顔の少年がフミと言うらしい。
「俺達は西に向かうぞ! アレを食い止める! 行けるなフミ、ジュウゾウ!」
「あれをかハジメ? 数が多すぎだろ?」
ジュウゾウが思わず聞き返す。
「食い止めるだけだ、倒す必要は無い。今この場に来られても対処しきれない」
散発的に襲いかかってくる『ワイルドバニー』に各班対応中だ。
スリーマンセルで一匹づつ、確実に仕留めている場に、追加で10匹の『ワイルドバニー』は許容量オーバーだろう。
「ほう、ハジメか……良い判断だ! いけるか?」
「いけます! 俺達は全身鎧装備で防御力が高い。それに大盾も装備しているし、体も大きい。耐えるだけならあの数なら何とでも成ります」
自分の班の戦果より、部隊全体の事を考えて、壁役を買って出る。
ハジメはギャンの想像以上に、この戦闘を俯瞰して判断していた。
(ふむ……流石は『興武』か、魔物と初戦闘の騎士見習いとは思えん落ち着きだ。ハジメは戦闘指揮官に向いているな)
「任せた! お前らには帰ったら一杯奢ってやる!」
壁役は損な役割だ。防具は痛み、魔物の討伐数は減る。
ギャンはその不利益を伴う行動を、隊の指揮官として評価、フォローする事を忘れない。
「ハチ、どう?」
「ん、ケリがついたぜ!」
「イチゴ!」
「終わった! 行けるぞニト」
「なら僕達も西だ! 手前の奴から片付ける!」
(ほう……ニトだったか? こいつも良いな。ハジメ達が壁役に回ったのを見て、すかさずアタッカーに回るか)
ニトも自分の班だけでなく、部隊全体の事を考えて動いていた。
(一番歳下が班長、しかもあの顔……最初は驚いたが、こうして実際に戦わせると優秀さが良く分かる)
他の班では皆、一番歳上の者が班長をしている。
それには能力的に適任で有る事も有るのだろう。しかし、年齢的な要因も大きく作用していると思われる。
そんな中で、ニトは年少組にも関わらず班長として見劣りしない。
美少女のような見た目に反して、戦闘能力が高く。指揮能力が飛び抜けていた。
(ハチにイチゴ、この二人も良い。ニトが歳下だろうがその指揮下に付くことを一切気にして無い。体格的に不利なニトを良くフォローしている)
出身貴族家毎に班分けされ、班長は各班で騎士見習い達が自分達で決めている。
ニトを班長に選んだのはハチとイチゴだ。
そしてそのハチとイチゴは、自分達が盾代わりになって、ニトが有利に戦える環境を整えていた。
(良い三人組だ。思った以上に出来るじゃないか騎士見習いは)
「クソ、あいつ等動きが良いな!」
「気負ったらダメだって言われただろフィフ?」
「だがトゥエ! 俺達は出遅れている!」
「始まったばかりじゃないか、先は長いよ。俺達には俺達のペースが有るさ。徐々にペースを上げて行こう」
「お前はノンビリし過ぎだテン! もっと焦れ!」
「ほらフィフ、東からも来たよ。東数8!」
今度はフィフの班のトゥエが警告を発する。
トゥエはこの部隊の最年少、若干12歳。オッドアイの美少年だ。
更にノンビリした美少年はテン。
テンは騎士見習いなのにポッチャリとした体型をしていた。顔が美形なだけにポッチャリした体型が惜しい。
痩せれば文句の付けようのない美少年だろう。
「あらら、サティ、オレ達すっかり出遅れちゃったねぇ?」
「全くココノツは……仕方ないよね?」
「仕方ない?」
低血糖にならない様に、糖分補給は重要。それはココノツにも理解出来る。
又、突き飛ばされたミツの回復を待つ為にも、積極的に攻めに回れないのも理解している。
しかし、それが仕方ないかは疑問だ。
糖分補給は飴でも舐めれば十分で、ポリポリとクッキーを食べる必要はない。
ミツが吹き飛ばされたのも、雑魚相手と油断しまくっていたからだ。
ミツの身体能力なら油断さえ無ければ余裕で躱せる。
「何よその顔は? 良い? 相手の攻撃方法が判明して無かったんだよ? ミツが吹き飛ばされたのは不可抗力だよね?」
サティは自分のつまみ食いはすっかり棚に上げたらしい。
「ほう、サティはそう思うと……」
サティはミツにかこつけてサボる気満々だ。
それが分かるだけに、どうしたものかとギャンに目線で指示を仰ぐ。
するとあっさり顔を逸らされた。
ギャンはココノツに丸投げする気満々だった。
(理不尽なっ!)
「ううぅ、情けない。悪いなサティ、ココノツ」
一方のミツは素直に反省していた。サティはミツの爪の垢を煎じて飲むべきだろう。
「まあ僕らは何方かと言えば後衛向きだからね。ミツ挽回しよう。東に魔法攻撃!」
サティのこの言葉は一見ミツを慰め、励ましている様にみえる。
だが良く聞いて欲しい。
先ず、自分は後衛で、前衛として戦わないと宣言したも同然。更にミツに魔法攻撃を促して、自分は何もしない……
だがミツには、そんなサティの思惑など理解出来ない。
「ヨシ! 連携して叩く。基本と照準合わせは俺が! サティ、ココノツ合わせてくれ!」
あっさりとミツは魔法攻撃にサティを巻き込んだ。ココノツにしてみれば若干ザマァと思わなくは無い。
一方のサティは頬を膨らませて不満表明。
だがミツは既に照準合わせで獲物に注目して、サティのその顔を見ていない。
(これ後でサティのご機嫌取りに苦労するパターンだ)
ココノツはそう思うが、口に出して教えたりはしない。これ以上巻き込まれては面倒だからだ。
この班でサティは他の二人と歳が離れた最年少。お兄ちゃん達が甘やかすからとても我が儘になっていた。
そう……何のかんのと口では言いながらココノツもサティには甘い。
「ほれサティ、合わせるぞ」
「ふん、言われなくても分かってるもの」
サティは不本意な為か実に可愛げがない。
しかし、不満でも、やるとなったらサティもやる。
これでも騎士見習い。これでもサティは優秀だった。
バトルスタッフを構えると、ミツの詠唱に合わせてサティが呪文を唱え始めた。
自然に響き合うアルトにソプラノ。心地の良いハーモニーが周囲に満ちる。
それを確認してココノツが更に二人に合わせて呪文を詠唱する。ココノツは若干声が高いカウンターテナーだ。
心地良く響き合う呪文と高まる魔力。
すると三人の周囲に徐々に光る魔方陣が浮かび上がる。
「ほう、儀式魔法か? やるじゃないか」
儀式魔法は魔法の規模や威力を高める事が出来、更に個々の消費魔力を抑える事が出来る。
単純に一つの魔法発動の為の魔力を、等分出来るので威力の割に省燃費。
だが、魔法陣は複雑化して、構築に時間がかかり、制御は他の二人に合わせる為、繊細さが必要になる。
その為、普通の魔法に比べ、難易度が高い。
呪文が終了し、魔方陣が一際光り輝く。
「東の8匹は全部照準した! 射線開けろ! 放つぞ! 『風刃陣』」
ミツが周囲に注意を促す。
魔法は、敵味方区別しない。射線に入れば味方も傷つける。
射線上に人が居ないのを確認してミツが魔法を放つ。
儀式魔法化された『風の刃』が数と威力を増して『ワイルドバニー』に襲い掛かる。
生み出された真空刃の数は10個、飛んでいくのは8個!
真空刃は白い軌跡を描いて『ワイルドバニー』の額を穿つ。
だが他の『ワイルドバニー』が真空刃に額を割られる中、ジャンプして魔法を躱そうとした『ワイルドバニー』がいた。
しかし、『ワイルドバニー』に容易に躱せるほど真空刃は遅く無い。更に狙いが身体の中心、額だった為……躱しきれない。
その『ワイルドバニー』は前後の左脚を斬り飛ばされて地に伏した。
「ミツ、一番南! まだ生き残ってる!」
その『ワイルドバニー』は出血が酷く、恐らく放置しても死ぬ……致命傷だ……
だがサティが敢えてそれを口にしたのは、苦しむ姿をこれ以上見ていたく無いから……サティには戦闘に向かない甘さがあった。
(甘いが、まあ助けに行かないだけマシか……)
その甘さ、心根の優しさがサティの加護の強さに繋がっている。
それを貴族家からの報告書で把握していたので、ギャンは放置した。
そんな生き残った一匹に、左右から残しておいた真空刃が襲い掛かる。
ミツは黙ってサティの意図を汲み、首を確実に撥ね介錯する。
「ほう、威力も魔力制御も大したものだ。しかし『ワイルドバニー』程度は接近戦で倒せんと、この先の魔物との戦いでは生き残れんぞ?」
「了解! ミツ抜刀だ! 南から2匹来る! こっちは接近戦で仕留めるぞ!」
イチゴ達の初戦はそんな感じで、大きなトラブルも無く順調に魔物を倒していった。
◇
その夜は倒した『ワイルドバニー』の肉で焼肉パーティーだった。
隊長のギャンから景気よく酒が振舞われ、初戦を難なくこなした隊員たちに労いの言葉が掛けられる。
「騎士見習いか、案外出来るじゃないかお前らは。良く訓練されている。基礎は充分出来ているな」
「そりゃ騎士見習いになる為に競争を勝ち残ってきましたからね」
勝ち残れなければ売られる。そんな緊張感の中、必死で努力してきた。
それ故に自分達は優秀だとの自負が有る。
「実戦は今日が初めてだけど案外何とかなりそうだねハチ、イチゴ」
「そうだなニト、それに『ワイルドバニー』って結構良い値で売れるんだな」
今日の『ワイルドバニー』討伐は、自分達で食べる肉を差し引いても、可也の金額になっていた。
「自信を付けるのは良いが、あの程度で調子に乗るなよ?」
ギャンは軽口を叩く騎士見習い達に釘を刺すのを忘れない。
「けどまあ『ワイルドバニー』は儲かったろ? こいつらは強さの割に素材の買取価格が高い。肉が一匹6000ゴールド、毛皮も状態によるが平均4000ゴールド。あの程度の強さで1万ゴールドは美味い」
「隊長、そこが疑問です。『ワイルドバニー』はこんなに美味しいのに、他に狩っている者が居ませんでした。何故なんでしょうか?」
「他? ふむ冒険者達か? それはな、あの草原の『ワイルドバニー』は数が多い。狩る側もある程度の集団で無ければ囲まれる。少人数の冒険者では狩るのが少しキツイんだ。だから余り人気が無い」
冒険者のパーティは六~八名。一度に相手に出来る魔物の数に限りが有る。
なのに場所が草原、360度全ての方向から魔物に襲われる非常に防御に不向きな地形だ。
更に魔物の数が多いとなると殲滅速度が襲ってくる魔物の増加速度に負けた瞬間、囲まれてすり潰される。
逃げ場すら無い為、全滅確定コースだ。リスクが高過ぎてリターンを考慮する余地が無い。
複数パーティ合同のレイドクエストでも無ければ南の草原で冒険者は狩など出来ない。
「それに今日は偶々襲ってこなかったが『ワイルドバニー』のいる場所には、それを餌にする『グラスウルフ』がいる。こっちは集団で連携して襲い掛かってくるからな、益々少人数の冒険者には向かない」
「『グラスウルフ』ですか? 確か大きな狼の魔物?」
「そうだ、こいつらは少々厄介でな。20匹位の集団で襲って来る。数だけでも20匹だ、人数の少ない冒険者のパーティには厄介なのに、こいつらは連携攻撃を仕掛けてくる。其々に役割分担や仲間のフォローをしながら襲い掛かってくるんだ」
「それはとても厄介ですね……」
イチゴは自分達の強みが連携に有ると理解している。
それだけに連携する魔物の厄介さも理解出来てしまう。
「かなり強い魔物なんでしょうか?」
「いや、単体ならそれほど強い魔物じゃあない。大きいといっても体長は2メートルも無い小型の魔物だ。一対一ならお前らでもおそらく勝てる」
「2メートルで大きく無い?」
イチゴは体長1メートルの『ワイルドバニー』でも大きいと感じていた。
その倍の大きさの魔物を大した事がない様に言われても、にわかには信じ難い。
「大きいよね?」
「大きいな」
ニトとハチも同意見の様だ。
「ふむ、単体の戦闘力はこの際余り気にしなくて良い。『グラスウルフ』は群れで行動する。そして群れで襲い掛かってきた際は、危険度が数倍に跳ね上がる。連携する魔物はそれ位危険なんだ。覚えておけ」
「ウゲェ……」
単体でも厄介そうな魔物が、更に連携して襲ってくる。ハチの口から思わず苦鳴が漏れる。
「なんて厄介な」
厄介さが倍増しているのに、指揮官のギャンは軽く話す。
ニトには『グラスウルフ』と同様にギャンも厄介に感じられた。
その厄介な魔物を討伐する気満々でいるからだ。
「そして『グラスウルフ』が単体で現れる事は稀だ。少数の集団でさえ滅多にいない。こいつらは必ず大きな群れで行動する。
20匹位の群れが一般的だが、中には40匹を超える大群となることもあるな」
ギャンは何故か嬉しそうにそんな情報を追加する。
益々討伐難易度が上がる情報で有るにも関わらずだ。
「今日は現れなくて良かったですね……」
ニトは心底そう思う。
仮に今日『グラスウルフ』が現れても、ギャンは討伐を命じたであろうと容易に想像できるからだ。
「あの草原にそんな危険な魔物が潜んで居るなんて……」
サティはセリフは深刻そうだが、見た目はそうは見えない。
甘辛の照り焼きソースが気に入ったのか、小さな口でリスの様に頬張って食べる。
その為、口の周りにソースが付いて、深刻なセリフが全く似合わない。
一応ミツやココノツが度々口に周りを拭いているが、徒労に終わっている。
肉の一切れが大きく、サティの小さな口にあっていないので仕方がない。
小さく切って食べれば良いだけなのだが……何故かサティは串に刺さった大きな肉塊に齧り付いていた。
このワイルドな食べ方が気に入ったのか、周りの騎士見習いに合わせたいのか、理由は不明だが……ミツとココノツは諦めてサティの好きにさせていた。
「油断できんな……戦闘の際も今後は誰かひとり索敵専門で周囲を警戒させるべきだろうか?」
ハジメは真剣に検討する。
ギャンは今日の戦闘後、早速、騎士見習い達に役割を割り振った。
最年長組みから、ミツを部隊の副隊長に、ハジメを戦闘指揮に任命。更にニトを部隊の参謀役に任命した。
ギャンは細かな指示をしない。
方針を示し命令をする。情報を与えアドバイスをして、フォローもしてくれる。
だが実際の行動は騎士見習い達の自主性に任せていた。
「ふむ、お前らはやはり筋が良いな。国もなんでお前らみたいな騎士見習いを丁寧に育てない? 全く勿体ないことをする」
『訓練』この役割分担も訓練の一環だ。
ギャンは預かった部隊員、騎士見習い達を育てる気でいる。
「丁寧かどうかは知りませんが、装備は整えてもらっていますから……」
イチゴもそうだが騎士見習い達は各自立派な鎧に武器を装備している。
「自分達の立場では、これ以上あまり贅沢は言えません」
ニトも自分達の立場は弁えている。
もう少し細々とした装備も整えて欲しいが、つい先日まで商品だった身だ。それを望むのは贅沢だろう。
「それに騎士見習いはまだましな方なんでしょ?」
サティが会話に加わる。
華奢なサティは沢山食べたくても、一度に沢山は食べられない。早々に食事が終わって暇だった。
「一般兵に比べるとマシだって思っちゃうよな……」
サンジがそれに応じた。
一般兵は騎士階級の騎士見習いとは、その身分で明確に区別されている。
この国では庶民出身者は徴兵された者も、志願兵も同様に一般兵と呼ばれる。
街の治安維持、警邏や城壁、及び城門の警備は志願兵中心の一般兵が担当している。こちらは衛兵とも呼ばれており、日本の警察の様な役目だ。
一方、徴兵された一般兵は主に騎士、及び騎士見習い指揮下の部隊に配属される。こちらが本来の兵士、軍隊の役割に近い。
ただ彼等は本来は一般市民。
徴兵されただけで一般市民がいきなり兵士になれる訳もなく、なのにこの国ではそんな彼等にロクな訓練も受けさせていない。
故に騎士団から真面な戦力として見做されていなかった。
実際、魔物相手に戦える者は少なく、殆どの者が雑用や使い捨ての駒、囮り役位にしか役に立たない。
その為、そんな役割を押し付けられ、魔物討伐で酷使されていた。
そして一般兵の装備は大量生産の規格品。更に使い回されている為、最低限の基準をクリアしただけの物が多い。
「城壁の門付近に居た警備兵を見たのか?」
ハジメも会話に加わってきた。ハジメは軍備や兵の運用に一家言ある様だ。
「見たぜ、あんな軽装に細い槍、あれで魔物相手に通用するのか?」
サンジの疑問は最もだが、大半の騎士見習い達は勘違いをしている。
城門の警備兵の仮想敵は人だ。
彼等は代々、衛兵として街の治安を守っている家系が多い。
装備も他の一般兵に比べ、個人所有の専用品も多く、それなりに真面だ。
『あんな軽装』にも意味がある。
長時間、立ち仕事の警備。更に人相手なら鎧は硬く滑した革で充分。その方が軽く疲れ難い。
『細い槍』も同様だ
対人で有れば武器は扱い易く、取り回しの良い、ショートスピアで充分だ。
リーチが稼げ、剣ほど専門の訓練を受けなくてもそれなりに使える。
更にサブにショートソードを持てば狭い場所でも困らない。
そもそも彼らは衛兵、日本でいえば警察であって、治安維持が役目。戦って手柄を挙げようとは思っていない。
魔物相手に戦って手柄を上げたいので有れば、志願兵も騎士団麾下の魔物討伐専門部隊へ一般兵の指揮官として就くことも出来る。
だが其方は人気が無い。
近衛騎士団とその他の騎士団の違いと同じく。街の警備部隊と魔物討伐部隊では危険度が段違いだ。
志願兵は給金を国から貰う公務員として、可能な限り危険を避け、定年まで過ごしたいと考えている者が殆どだ。
代々続く衛兵などはその傾向が更に強い。彼等は安定志向だった。
それに腕に覚えがあるなら志願兵になるより、冒険者の方が儲かる。
更に志願兵では、一般兵から精鋭兵、そこから戦闘騎士と精鋭兵がワンクッション入る。
一方、冒険者になれば、魔物退治で頭角を現し、国からスカウトされれば即、戦闘騎士になれる。
出世の道筋も、儲けも、腕さえ立てば冒険者の方が有利。
故に衛兵は、それほど腕に自信のない者が、安定志向で就く職業となっていた。
「『ワイルドバニー』でさえキツそうな装備だったな」
このイロクの見立ては間違いでは無い。実際、彼等警備兵は『ワイルドバニー』とさえ戦おうとしない。
「この街は首都なんだよな? それであの程度の装備……大丈夫なのか?」
『あの程度』とサンジが評する装備だが、これでも地方都市の衛兵よりはマシだ。
「衛兵は魔物と戦わん。城壁内の治安維持が彼等の役目だ。だからあの程度でも困らんのだろう」
ギャンが騎士見習い達の勘違いを正す。
「そうなの? けど魔物が襲って来たらどうするの?」
サティは理解半ばらしい。
「城門を閉じて、騎士団に連絡だろうな」
「成る程、一切戦う気が無いって事ね」
呆れ気味のサティのその一言……
『お前が言うな!』
皆、心の中でツッコミを入れた。
「勘違いの修正序でにもう一つ。お前らのその装備……マシ……では無いな」
「えっ! そうなの?!」
「比べる相手が悪すぎだ。衛兵や城門の警備兵と比べるのが間違ってる。それにお前らの装備は形だけは真面だが、それほど質が良いわけじゃあない」
「マジですか?」
「マジだ。当面はこれでも大丈夫な魔物を狙って戦っていくが、そのうち全部一新するしかないな」
「あれ? 僕達の装備は、貴族家の出身者に恥じない装備では? 今日も普通に戦えましたよ?」
ニトはそう聞かされている。先輩騎士見習いと比べても劣っている様にみえない。
「特に脆いとか、切れ味の悪い感じはしなかったな」
イチゴが実戦での使用感を思い出して話す。
イチゴ達の装備は鋼製だ。
そう最低限、鋼を使った装備が各貴族家から支給されている。
細工なども細かく見栄えは良い。だがただの鋼の鎧、鋼の武器……
「まあ武器の見立ては、その内、嫌でもわかるようになる。なんにしても装備の手入れだけは怠るなよ? 今日の戦闘でも大分武器に無理をさせている。特に相手を切り裂く武器は、切れ味が鈍って困ったろ?」
「ああ、それはあるあるだな。最初は良いんだけどなぁ」
実際サンジも最初の2、3匹迄は問題なかった。
「2、3匹斬ると、どうしても血脂で切れ味が鈍るよな」
イロクの武器は大型のナイフ。鋭さこそが重要な武器の為、血脂による切れ味の低下に苦労させられた。
「明日も今日と同じ訓練メニューだ。この宴会が終わったらしっかりメンテナンスしておけ、血脂は固まると頑固だ」
「訓練? 実戦では?」
イチゴは実際に『ワイルドバニー』と戦った。今日だけで八匹は倒している。
「実戦だよね?」
ニトもイチゴに同意する。
「戦ったけど?」
……こんな事を言ってるがサティは宣言通り、近接戦は一切していない。
しかし、一応、最初の儀式魔法だけでなく、自身の魔法でも数匹倒しているので、悪びれる事なく戦果を主張する。
「……サティ、明日は近接戦でも戦え。あの程度なら倒せるだろ」
「ぇぇえ、ヤダなぁ」
「……ココノツ、なんとかしろ」
「隊長、それ卑怯ですよ! はぁ~……っで、戦いたく無い理由は何?」
「決まってるでしょ? ウサギなのよ」
「んん? それはそうだけど……ウサギ?」
「可愛いじゃない!」
「可愛い?! ……ねえサティ、その可愛いウサギを食べただろ?」
「ウサギを食べたんじゃない。お肉を食べたの」
「んん~?! じゃあその可愛いウサギを魔法で殺したと思うんだけど?」
「魔法が殺したの!」
「おぅ……ミツッ! おまえもなんか言え!」
「サティ、良く思い出して。あのウサギは牙を剥いたらそこまで可愛く無いよ」
「そうなのミツ? 丸々してて可愛いかったと思うけど……」
「良く見たら目も鋭かったな。遠目だと可愛い感じだけど、近くで見ると野生的だった」
「目もっ!? そうだったかなぁ? ココノツ嘘付いてない?」
「サティ、僕も可愛い印象は無いよ。アレは可愛いウサギってより猛獣って感じだよ」
「ニトもそうなの? 可愛いくないの?」
「サティ、一度近寄って見るべきだったね。多分この中で『ワイルドバニー』を可愛いって思ってるのサティだけだよ」
「ううぅ、そうなんだ」
「話はついたか? サティ、明日は最低二匹がノルマだ」
「うっ……隊長、明日も焼肉するの?」
「食べ辛いなら別でも良いぞ?」
「はぁ~隊長はダメダメね」
「何故そうなるっ!」
「隊長、サティはこの照り焼きソースが気に入ったから、明日、頑張ったらご褒美にもう一度食べさせろって言ってるんですよ」
「そうなのかニト? 良くわかるな」
「ミツ、今の分かったか?」
「ごめんココノツ、俺にもさっぱりだ」
「二人ともまだまだね。ニトの方がよっぽど頼りになるわ」
「むうぅ、理解できん。可愛いとか言ってた奴が何故だ?」
「隊長、大丈夫です。自分も理解出来ません」
「俺もさっぱりだ」
「お前ら兄妹だろ?」
「無茶言わないでください。サティですよ?」
「サティだものなぁ」
「何かしら? 悪口を言われてる気がする」
「サティ、食堂のおばさんがデザートを作ってくれたよ。取りに行こうか」
「いくっ♪」
「……ニトの方が扱いが上手いぞ? もう少し頑張れよ二人とも」
「はぁ~努力します」
「ミツが頑張るなら、俺は諦めて良いか?」
「ココノツ、一緒に頑張ろう」
「……ダメか……」
「ってなんの話だったか? ああ、明日の訓練についてだったか」
「訓練ですか?」
「イチゴ、あの程度は訓練だ」
「はぁ」
「でだ。明日の訓練に備えて装備のメンテナンスをしろって話だが。面倒なら宿舎専任の鍛冶職人が居るだろ? 多少金がかかっても良いからメンテナンスに出しておけ、金を惜しむなよ、惜しむなら命を惜しめ」
只の鋼の武器で何匹の魔物が切れるだろう……叩き切ることが出来る重量の有る武器はまだいい。
しかし、切れ味が重要な軽い刃物は数匹切れば切れ味が落ちる。メンテナンスと予備武器は必須だ。
騎士見習い達は魔物の襲撃が途切れた際に、血脂を拭ったり、簡易に小さな砥石で研いだりしていたがそれだけでは足りない。
それに騎士見習い達はメイン武器しか持っていない。
早急に予備武器やサブ武器を自分達で買い揃える必要があった。
「メンテナンスか……騎士見習いも結構経費が掛かるな……」
イチゴの想像よりも、出ていく金額が多い。
「そうだな、まあ今日は倒した魔物の分け前で収支はプラスだけどな……」
ギャンは初陣を飾った騎士見習い達に、気前よく酒を奢っただけでなく、魔物の討伐報酬に素材の売却益、その全てを均等割りにして配布した。
その為、ハチの懐は例えメンテナンス費用を差し引いても膨れている。
「そういえば野営の為の装備も買い揃えないとダメなんだよね?」
サティがホールのフルーツタルトを三つ、お盆に載せて戻って来た。
「隊長、もしかしてその為の『ワイルドバニー』ですか?」
一方のニトは取り皿にフォークを籐の籠に満載して戻って来た。
「あっ、ミツは触っちゃダメ! ココノツお願い」
何故かミツの手伝いをサティが拒否し、ココノツにテーブルの上に置くのを手伝わせる。
「何故っ?」
「当然だろミツ。サティの大好物だぞ? ウッカリ落としたら後が酷いぞ」
「うっ……」
ニトの方はイチゴにハチ、それにサンジも手伝って配膳していく。
「……んぐ、ニトは鋭いな。そうだ我が隊は当面は金策をして装備や道具を買い揃える」
真っ先にサティからフルーツタルトを渡されたギャンは、それを食べながら答えた。
サティは自由に見えて、配膳の際には目上を優先する。この辺の礼儀はしっかり教育されていた。
「やはり全然足りませんか?」
「足らんな」
「余ったタルトは僕のだから! 隊長は一切れで我慢してっ」
「タルトの話じゃねえ!」
しっかり教育されている筈だ……
現状、騎士見習い達は最低限の装備しか持っていない。野営の準備などが全く出来ていなかった。
無い装備は買い揃えるしかないが、その為の資金は乏しい。
「お前らは魔法や加護もまだまだ未熟、武技もアレではな……訓練で最低限の基礎は出来ているが、最低限だ。実戦の基礎がまるで出来ておらん」
これがギャンの現状の騎士見習い達への評価だ。騎士見習い達は、装備だけで無く、技術的にも最低限をクリアしているだけ……
「それに野営の為の道具も買い揃えねばならん。となると今お前らが持っている、家から持参してきた当面の資金では手持ちが足らなくなるだろ。騎士団からの給金の支払いは一月後、金策するしかあるまい?」
騎士見習い達はそれなりの持参金を支給されて送り出されている。
細々とした生活用品、それに装備のメンテナンス費用が必要な事は、貴族家も把握していた。
貴族家は騎士見習い達を費用を掛けて教育、訓練をしている。それを手ブラで送り出し、無為に死なせる様な真似はしない。
各出身貴族家によって多少金額にばらつきは有るが、大体給金の二ヵ月分、70万ゴールド程を持参金として支給されていた。
「そこまで……そんなにお金が掛かるんですか?」
ギャンはその70万ゴールドでは足らないと言っている。ニトもそこまで出費が有るとは予想していなかった。
「俺は出来れば、金を貯めたいんだが……」
ハジメも出費の必要性は理解出来る。だが母親を身請ける為にも、可能な限り貯蓄したい。
「初期費用はどうしても掛かる。だが道具は一度買えばメンテナンスさえ怠らなければ長く使える。一通り揃えねば話にならん。金を貯めるのはその後にしろ」
支給品は最低限、戦える程度。それ以上を望むなら自分達で買い揃えるしか無い。
「なに、お前らが金を貯めたい事情も把握している。俺の隊にいれば……そうだな半年だ。半年でお前らの母親を身請けできるだけの金を貯めさせてやる。それまでは指示に従え、悪いようにはしない」
「半年? えっ僅か半年で?」
ギャンの提示したその半年という期間は、ハジメにも意外だった。
「隊長、酔ってますか? 流石に話を盛り過ぎでは?」
正気を疑う様な話だ。年収並みの金額を、半年で貯蓄……あり得ないとサンジは思った。
「隊長……1000万、1000万ゴールド貯まりますか!」
イチゴは思わず具体的な金額を尋ねる。
「なっ!! なんだそれ?!」
「ちょっと待て! お前の所はそんなに?」
サンジとハジメがイチゴの口にした金額に驚く。他の騎士見習い達も一様に驚愕の表情を浮かべている。
「他の奴らもそうなのか? 大伯爵ってそんなに凄いのか?」
イロクが若干気の毒そうにニトとハチに尋ねた。
「イチゴが特別凄いだけだ。俺たちは半額以下だよ」
答えたハチは350万ゴールド。ニトも500万ゴールド。イチゴが、イヤ、ロアナが極端に高いだけだ。
「300万で巫山戯るなと思っていたけど……大したことなかったんだな」
大金には違いない。だがイチゴと比べると少ないとサンジには思えてしまう。
「俺は250万だ。これは喜んでいいのか? それとも、もう母さんの命がヤバいってことなのか? どっちだ?」
ハチやニトは、例えイチゴの半額でも500万ゴールド。更にサンジの金額を聞いて、ハジメは自分の母の身請け金額が少な過ぎる気がした。
「驚いたな……俺も1000万は初めて聞いた。大体200万から300万の筈だが……」
極端に高いと普通の騎士見習いでは身請け出来ない。
その為、一般的には、高額では有るが頑張れば数年で工面出来る金額に設定する。
1000万ゴールドはギャンも聞いた事がない。
「あれ? なら俺やニトの所も平均よりも高いのか?!」
「大伯爵は伊達じゃないってことなのかな? けどちっともうれしくないね……」
「まあ、お前らならその位の母親かもしれんな。俺も結構色々な騎士や騎士見習いを見てきたが、イチゴ、お前は別格に近い。なら母親もそうなんだろう」
「うぅ……」
「まあ心配するな、男に二言は無い! 稼がせてやるさ、その位はな」
「しかし隊長、『ワイルドバニー』千匹ですよ?」
一匹倒せば素材が約一万ゴールドで売れる。単純計算で千匹の討伐が必要とイチゴは見積もった。
「イチゴ、素材だけじゃなく魔結晶や討伐報酬もあるだろ?」
フィフが指摘する。
「フィフ、合わせても700ゴールドだぜ? 焼け石に水だろ?」
『ワイルドバニー』は持っている魔結晶が小さい。その為魔結晶の買取金額が安い。
また強いとはとても言えない魔物である為、討伐報酬も安い。
「でもさサンジ、クエスト報酬が10匹で一万ゴールド出るだろ?」
野菜を食べる害魔物である『ワイルドバニー』はクエスト討伐対象だ。
「クエスト報酬って騎士団が倒しても貰えるのか? あれって冒険者だけじゃないのか?」
「サンジ、クエスト報酬は誰が倒しても貰えるよ」
「そうなのかニト? それならそこそこの金額になるな」
この国の冒険者は、冒険者組合に登録する事で身分保障とクエストの斡旋が受けられる。
ただ魔物討伐は誰がやっても構わない。国としては魔物が討伐出来さえすれば良い。
それによって人々の脅威が取り除かれることに変わりは無い。その為、報酬は冒険者で無くても受け取る事が出来る。
騎士団に所属している者は、魔物討伐が任務で、その対価として国から給金などを受け取っている。
故にクエスト報酬の対象外である様に思われがちだがそんな事は無い。
魔結晶を売りに冒険者組合に行けば、その魔結晶に応じて報酬が受け取れる。
下手に騎士団だけ対象外にすると、変装したり、身分を偽って報酬を受け取る困った者達が出る恐れが有る。
そんな騎士に在るまじき行為をさせない為にも、特に規制は設けられていない。
又、魔結晶に倒した者の名前が書いているわけでは無い。嘘をつかれても組合では調べる手間も余裕も無い。
そんな様々な理由からクエスト報酬は魔結晶と引き換えに誰でも受け取れる。
「千匹って、お前ら延々『ワイルドバニー』だけ狩るつもりか?」
イチゴだけでなく、他の騎士見習い達の母親を身請ける金額を含めた場合、『ワイルドバニー』では五千匹以上狩らなくてはならない。
「流石に全員分稼げるほど、獲物の『ワイルドバニー』が居ないだろ」
最近この街周辺で増えすぎて問題になっている『ワイルドバニー』だが、その数は精々数千匹。
五千匹も狩ったらこの街の周囲の『ワイルドバニー』が全滅してしまう。
それに、『ワイルドバニー』だけを狩った場合、『ワイルドバニー』をエサにしていた別の魔物のエサが足りなくなってしまう。
エサの足りない魔物が、今より人を多く襲うなどの弊害が増える恐れが有る。
一種類だけ狩過ぎ無い様に、バランス良く他の魔物も狩り、全体として街周辺の魔物の数を減らす必要が有る。
「それもそうか。それに先ほど言っていた『グラスウルフ』も狩る様になりそうだしな」
そう『ワイルドバニー』を餌にする『グラスウルフ』は必ず狩る必要がある。
「『グラスウルフ』を狩るのは良いが、ハジメ、『グラスウルフ』って儲かるのか?」
サンジが問う。
「ふむ、知らん。オオカミだろ? 肉が食えるんじゃ無いのか?」
「……そうかお前ら知らんのか……『グラスウルフ』は、牙や肉、それに毛皮が売れる」
「ほう、ならそこそこ儲るのか?」
「儲け……素材の値段か……余り期待できんな」
「何故だ隊長?」
「明日、倒したら触ってみるとイイ。毛皮は毛が太く若干ゴワゴワして居る。それに色が一色ではなくムラが有る」
『グラスウルフ』の毛皮は草原に溶け込む保護色なのか、灰色に深緑の二色。保護色として役に立っても、人が着るには見た目が悪い。その為、人気が無い。
染色しようにも毛が太く、元の色が濃い為、染まり難く、毛皮としての見た目に劣る。だからといってそのまま使うと、地味でとても見栄えが悪い。
一応、毛皮の機能としては、丈夫で防寒性に優れている。値段の安さから一定の需要は有るがその程度だ。
因みに『ウッドウルフ』は暗褐色に土色でこちらも人気が無い。
「質が劣ると? 犬は割と毛並みは良いと思ったが……」
ハジメもペットとして人気の犬を毛皮にしようとは思わないが、撫で心地は良い。
ジュウゾウがとても犬好きなので、ハジメも偶に一緒にモフる。
「ペットの犬とは違う、魔物だからな。防御力を向上させる為かも知れんが、犬と違って毛が硬いのも不人気の理由だろうな」
「確かにオオカミの毛皮は売られてませんね」
「ん? ニトは見たことがないのか? 一応安いから庶民の防寒着としてはそこそこ需要は有る。だがその程度だ」
「では隊長、肉が安い理由はなんだ?」
ハジメは肉が好きだ。食べた事の無いオオカミ肉にも興味があった。
「肉か? あれは筋が多い。筋が柔らかくなる程良く煮込む料理も有るが、そもそも味にも癖がある。あれを食うのは貧民街の住人くらいだろ、買取金額が低すぎて輸送の苦労に見合わんな」
「癖か……一度試してみるか……ところで隊長、牙が売れるのか? あんなモノ何に使うんだ?」
「売れるぞ。『ワイルドバニー』の牙は小さ過ぎて需要が無い。だが『グラスウルフ』の牙は割と大きい。だからそこそこ需要がある。牙の主な用途は御守りだな」
「御守り?」
「魔物だからか、触媒作用があってな。錬金術で守護の魔法を付与する事ができる。他にも魔法触媒として需要があるから、そこそこの値段で売れる」
「牙ってそんな使い道があったんですね」
ニトもその情報は知らなかったらしい。
「昔の迷信、御呪いの類でオオカミの牙の御守りを持っていればオオカミに襲われないってのもある。効果は眉唾物だが、それでも行商人を中心に民間に広く信じられて居るからな」
「御呪い? でも守護の魔法が付与されてるんですよね?」
「ニト、実際に効果の有る魔法が付与されているものは少ない。殆どが気休めの御守りだ」
「魔法が付与された品はやっぱり高価ですか……」
「付与出来る者が少ないからな。それにそれらの品は騎士団や冒険者で取り合ってる。市井に出回るほどの数は無い」
「しかし、そうなるとまともに売れるのが牙位か?」
毛皮は不人気、肉も不人気。となるとハジメの言うように牙位しか売れそうに無い。
「マジかよ、強いのに儲からないって最悪だな」
ハチが嘆く。強いならそれなりに儲けさせて欲しい。
「うわぁ、できれば相手したくないなぁ」
難易度がそこそこ高く、儲からない。
故に皆、フィフの様に考え、放置した結果、増えすぎて輸送関係者に被害が出ていた。
騎士団としては儲けに関係無く討伐しなければならない案件だ。
「まあ話は最後まで聞け、『グラスウルフ』はその厄介さから特別報酬が出る。街道を行きかう人々を良く襲う事でも有名な魔物だ。
森にいる『ウッドウルフ』と草原にいる『グラスウルフ』は要注意魔物として、特に討伐報酬が高い。しかも10匹単位で特別報酬がでる。狩れるなら狩って損はない」
「ニト何か知ってるか?」
「イチゴ、僕は情報屋じゃないんだけど? まあ知ってるけどね」
ニトから『グラスウルフ』の報酬情報の説明がなされた。
「『グラスウルフ』は、魔結晶は500ゴールド程度だけど、討伐報酬は3000ゴールドと高額だね。それに10匹単位で出る特別報酬も10万ゴールドと高いね」
中々に高額だ。『ワイルドバニー』の700ゴールドとは比べものにならない。
「毛皮が3000ゴールド位で牙が1500ゴールドで売れるから、10匹単位で考えれば『ワイルドバニー』よりも儲かるよ」
毛皮は『ワイルドバニー』の4000ゴールドと比べて大差ない様に感じるが、重さが段違いだ。
軽い『ワイルドバニー』の毛皮は、重い『グラスウルフ』の毛皮より、重量単価が倍以上高い。
騎士見習い達が個人で運搬出来る素材の重量は限られている。
より重量単価が高いモノの方が、歓迎されるのは仕方が無い。
一方、牙は安く思えるが、軽く嵩張らないので、重量単価が高い。倒した後の素材の運搬を考えるとお得だ。
肉は一匹1000ゴールド程度の買取価格なのでニトは報告を省いた。重量単価が安過ぎて大抵の場合、放置される。
ただ……あまりに安過ぎると思うかも知れないが、卸値が1000ゴールドだ。部位に解体され食肉として加工、店頭に並ぶ頃には十倍近い値段になる。
キロで125ゴールド、一頭約80キロ程度肉が取れるので小売価格は一頭で1万ゴールドだ。
因みに『ワイルドバニー』はキロ750ゴールド、小売価格は一頭で6万ゴールド。
別にこれは食肉業者が暴利を貪っているわけでは無い。殆ど加工費、人件費に消えている。
これでも魔物肉の値段は安い方だ。
養殖された家畜の肉は『ワイルドバニー』の更に三倍はする。
「ん? えっと……117000ゴールドと180000ゴールドか、確かにそうだな」
サクサクとイチゴは暗算していく。10匹単位で考えると『グラスウルフ』の方が、単価が高い。
「いくら街道を行く人を襲うからといっても討伐報酬と特別報酬が高すぎないか?」
想像している『グラスウルフ』の危険度に比べ報酬が過剰気味だとサンジは感じた。
「お前らは本当に箱入りだな? 街道を通して物資は運ばれている。国の物流を考えろ、街道の安全確保は最優先事項だ」
国内の物流は、鳥馬車による街道輸送が主だ。
故に輸送中に集団で襲って来る狼系の魔物の討伐は最優先とされている。
「いいか? 山奥にいる魔物など無視して構わんのだ。人の生活圏に入ってくる魔物を退治するのが騎士団の本来の役割だ」
現状、人の生活圏に入って来る魔物の討伐でさえ人手が足りていない。
故に本来は、人に害を及ぼさない魔物の討伐をしている余裕は無い。
だが騎士や騎士団には様々な理由で、魔物討伐の実績が必要となる。
その為、必要の無い魔物討伐も『儲かる』『弱い』などの理由と、その実績作りのために行われていた。
「さっきも言ったろ? 『グラスウルフ』は一般の冒険者では相手をすることが難しい魔物だ。だからこそ騎士団が積極的に討伐しなければならん。又、その為に高額の討伐報酬と特別報酬が設定されている」
「物流の導線の確保の為、街道の安全確保のための高額報酬ですか、なるほど」
サンジも納得した様だ。
不人気だが危険度の高い魔物は、『グラスウルフ』の様に討伐報酬や特別報酬が徐々に高くなる傾向が有る。
「確かに山奥に籠って人里に降りてこない魔物を狩っても無意味だよな」
先日の歓迎会で、先輩騎士見習い達に苦労話を散々聞かされた。
この部隊なら、辺鄙な山奥に魔物討伐に行かされなくてすみそうでイロクは嬉しい。
「割ける人員に限界があるのなら、最優先で狩るべきは人里に降りてくる魔物か、理にかなってる」
ハジメがウンウンと一人納得して頷いていた。
「まったくお前らは本当に優秀な奴らだ。常識は知らんが教えればすぐに理解しやがる。それに魔物に対する根源的な恐れがない」
色々情報を与えたので、騎士見習い達は厄介な魔物で有ると理解した筈だ。
それでも不必要に『グラスウルフ』を恐れない。
「一般兵は城壁外に出て雑魚魔物を狩るのでさえ恐れるってのにそれがない。箱入りもある意味役に立つってことか……」
「魔物は今でも怖いですよ? けど『ワイルドバニー』なら倒せることが分かったので」
イチゴはもっと魔物は強いと思っていた。だが『ワイルドバニー』は自分でも倒せると分かった以上、不必要に恐れる理由がない。
「無意味に恐れる必要はないでしょ? まあ雑魚って話ですから、他の魔物に対して油断もしませんが」
ミツも同調する。
今日は一撃良いのを貰ったが、息が詰まった程度で怪我は無い。その為、特に恐怖は感じなかった。
「まあ当面の強敵は『グラスウルフ』だな。あいつらが今日襲ってこなかった理由がわかる者がいるか?」
「理由? 偶々近くにいなかっただけではないっということですか?」
ギャンの言い方は偶然では無いと言っている。そうミツは理解した。
「ふむ、何故だろうな? 『グラスウルフ』は肉食の狼だろ? あれだけ『ワイルドバニー』を倒して辺りに血の匂いが充満していれば襲ってきてもおかしくないのに……」
「様子見か? 狼は賢いって聞いたぜ? 俺たちの実力を遠くから観察してたんじゃないか?」
ハジメの疑問にハチが応えた。ハチは時々鋭い。
「それはあり得るな、彼我の戦力を考えて迷った? 俺たちをワザワザ襲わなくても餌なら『ワイルドバニー』がいる。危険を冒すのを恐れたか?」
「数じゃないか? 俺たちは16人、相手が精々20匹の群れなら、俺が群れのボスなら襲わない」
今度はサンジが応える。こう見えてサンジは慎重な性格らしい。
「ほう、流石だな。ほぼ正解だ。俺達が今日襲われなかったのは俺達の人数が多いからだ。奴らは今日もあの場に居たぞ。遠くから此方を伺っていた。そして、お前らの言うように戦力差を冷静に判断して襲ってこなかった」
こと狩に於いて、オオカミは異常に賢い。その知能は人以上かも知れない。
先ず獲物を観察し、相手の弱点や行動パターンを学習する。
そして必ず勝てると確信してから、狩を開始する。
しかもオオカミは群れで行動し、相手を追い詰め、追い込んで、相手の弱点を的確に突く。
「だが奴らは狡賢い狼だ、明日は恐らく襲ってくる。いいか? 魔物は人を襲う。餌にする為じゃない、自分が強くなるために人を襲うんだ。これは奴らに刻まれた行動原理だ。だから奴らは決して諦めない」
「何故です? 勝てないから諦めたんでしょ?」
ミツには勝てない相手に挑む、その不合理が理解出来ない。
「いや、諦めたんじゃないとすると……そうか! 20匹じゃあ勝てなくても、倍の40匹なら勝てる。他の群れと共闘するために今日は襲わなかった。そうだろ隊長?」
勝てないなら勝てる数を用意する。単純だが、単純なだけに確実だ。本当にハチは時々鋭い。
「正解だ。奴らは今の戦力では勝てないと判断して今日は引いた。なら次は必ず勝てる戦力を投入してくる」
『グラスウルフ』は通常は20匹程度の群れで行動する。
あまり群れが大きくなり過ぎても行動に纏まりが無くなり、狩の効率が下がる。それに一ヶ所に集まっては獲物を狩り尽くす恐れが有る。
それらを考慮して普段は広く疎に、散らばって行動している。
だが相手の数が多いなら、話は別だ。
遠吠えで、近隣の群れを呼び集め、一時的に大きな群れとなることになんの不都合も無い。
『グラスウルフ』は想像以上に賢く、社会性の有る魔物だ。
「そうだな俺なら余裕を持って60匹以上で襲う。なら奴らも同じだ。明日は『グラスウルフ』60匹以上に襲われるぞ」
「なっ! そんな大群……勝てない……」
ハジメは自分達の実力を過大評価はしていない。
同数程度なら勝てるが、4倍の敵には如何やっても勝てないと冷静に判断した。
「無理だ。流石に初見の魔物が60匹だなんて勝てっこない」
サンジは『ワイルドバニー』相手なら、もう少し慣れれば、その数でも勝てる気がしている。
しかし、見たことも無い『グラスウルフ』相手では初戦だと同数でも苦労しそうだ。流石に4倍では勝つ見込みすら無い。
「いや……」
「なんだニト何か手があるのか?」
ニトの呟きをイチゴが拾った。
「相手の魔物が何かは分かってるよね? それに襲撃場所もわかってる」
相手の魔物は『グラスウルフ』、襲撃場所は今日と同じく南の草原。
「……なら罠を張ればいいんじゃないかな? 警戒されて、最悪襲ってこなくても此方に損はないよね」
『グラスウルフ』は未知の魔物では無い。実際に見た事は無くても、情報は収集出来る。
正面から戦えば全滅必至。なら正面から戦わない……罠を仕掛ける。
「罠か、そうかその手があるか! 自分たち自身を囮にして罠を張って待ち構えるんだな? 流石だなニト」
「しかし罠と言ってもどうする? 何か良い罠があるか?」
ハジメが話に乗ってきた。ハジメにも勝筋が見えたのだろう。
「相手は獣だろ? なら『火の壁』はどうだ? 本来の用途じゃないが罠としても使えそうだろ。何人かで唱えて囲めばいけるんじゃないか?」
ミツは自分の得意な魔法での罠を提案する。
「しかし場所は草原だろ? 春先とはいえ冬枯れの乾燥した草が残っている。燃え移って延焼しそうだな」
ハジメはミツの提案の欠点を指摘する。
春先で今も乾燥している。炎系の魔法は威力は高いが、使う場所を良く考えないと、延焼して火事になる。
最悪自分達も巻き込まれて焼け死ぬ。それは避けるべきだろう。
「そうかうっかりしてた。その可能性があるな。魔法罠の呪文もあるみたいだが、習ってないんだよな……」
ミツの魔法のレパートリーに設置系の魔法罠は無い、大体威力の高い攻撃魔法だ。それに使って便利な生活系魔法が混ざる。
「騎士には必要ないって言われて教えてくれなかったしな」
ココノツも魔法のレパートリーは広いが、設置系の罠魔法はそんな理由から学んでいない。
魔法の中にはココノツが独学で学んだものも有るが、それにも罠に転用出来そうなものは無かった。
「う~む、他に罠か……虎バサミはどうだ?」
サンジが定番の罠を提案する。
「嵩張り過ぎだな、それにあんなものを大量に運ぶのか? 第一、今からどこで購入する? 費用は?」
道具罠は誰もが真っ先に考え、ハジメの指摘した問題から真っ先に候補から除外した。
購入費用と仕入れ先、そして輸送とクリアすべき課題が多い。
「お前らは本当に優秀だな。そう罠を張る、その考えで間違っていない。お前らは全員魔法が使えるな? なら俺からこれをプレゼントしてやろう」
「隊長これは?」
ギャンから小袋を手渡されたイチゴはそれが何か尋ねる。
「なんだ? これでどうしろって?」
ハチは早速小袋の口を開いて覗き込み、困惑していた。
「ん? これは……ツマミか? 喰って力を付けろと?」
ハジメにはそうとしか思えなかった。
「どうせ喰うなら肉の方が良くないか?」
「サンジ、肉も何もこれは生だぜ。せめて火が通ってれば喰えるが……酔ってますか隊長? 間違えてませんか?」
「ふむ、酔ってはいるが、まだまだ正気だ。イロク、それにそれは間違いじゃあ無い。って喰うなよハチ!」
「間違いじゃ無いなら喰えるんだろ?」
「良いから喰うな! 食べる為に渡したんじゃねえ! 全く、それはこれに合わせる触媒だ」
「ん~呪文書? 覚えろと?」
「まあそんなものだ。この程度ならお前らなら直ぐに使えるだろ。明日までに覚えろ。特にミツ、お前が明日の作戦の要だ。お前には更に特別にこれをやるからしっかり覚えろ」
「俺? マジですか? ん? これって……」
「ああ、確かにミツ向きだね」
「がんばれミツ! 応援してるぞ!」
「気軽に言うなよサティ! ココノツ!」
◇
ここでイチゴ達の部隊の部隊構成、部隊員を説明しておく。
因みに班の番号は今朝、南門に到着した順にギャンによって付けられた。
一班
・ハチ 前衛防御
盾に片手剣の正統派騎士スタイル。恵まれた体格と身体能力を生かして、三人の中では壁として敵の攻撃を受け流しながら足止めする。
・イチゴ 前衛火力
大剣装備の火力重視スタイル。ハチには劣るが堂々たる体躯を駆使して、相手を大剣で叩き切っていく。
・ニト 遊撃斥候、班長
右手に片手剣、左手にナイフの変則スタイル。左手のナイフは防御用のマインゴーシュ。
視野が広く、頭の中で戦場を俯瞰し、優れた頭脳で戦況を分析して指示を出すコマンダータイプのリーダー。
二班
・サンジ 前衛防御、班長
長身でハチと同程度の背の高さ。ハチと比べ細身だがその分素早い。
武器は刃の長い薙刀。小型盾を左手に括りつけている為、両手でその薙刀を操る。
若干斜に構えた性格だが、周りに気配りの出来る、フォローを得意とするリーダー。
口調に反して見た目は金髪碧眼の貴公子。長めの髪を首の後ろで束ねている。
・イロク 遊撃斥候
中肉中背で軽業師のように身軽な身のこなしが特徴。両手の大型バトルナイフを逆手に構えてすれ違いざまに切り裂く戦闘方法。
強いのだが当人は騎士らしくない戦い方を気にしている。
赤髪、茶色い目の精悍な美少年。長髪をヘアバンドでオールバック気味に抑え込んでいる。
・ヨト 前衛火力
両手で操る両刃のバトルアックスで確実に一撃で敵を沈めていく戦闘スタイル。
背はイチゴ並だが、遥かにゴツイ、ゴリマッチョ。大きな体に似合わない幼さの残る顔。一見気の弱そうな大人しい雰囲気の美少年。ウェーブの掛かった蜂蜜色の髪を短めにカットしている。
口調は大人しいが、言いたいことは言う性格。
三班
・ハジメ 前衛防御、班長
大型の盾に片手剣、全身鎧の重装歩兵。
攻撃も苦手ではないが、盾による技が多彩な防御タイプ。
誰に対してもぶっきら棒な口調だが実は正義漢で熱血漢で情熱的。
ハチよりも更に大柄な偉丈夫。黒髪黒目で眉目秀麗だが、太めの眉毛に男くささが香る。
その人格者な大人な魅力で、周りの者を率いていくカリスマリーダー。
・ジュウゾウ 前衛防御
大型の盾に片手ランス、全身鎧の重装歩兵。
右手のランスでも攻撃を逸らす、防御重視スタイル。
ハジメと同様に大柄、寡黙で必要なこと以外は喋らないが、咄嗟に仲間のフォローが出来る、心優しい武人。
ブラウンヘアーにブラウンアイ。森のクマさんタイプで騎士見習いの中では容姿に優れた方ではない。しかしどことなく愛嬌を感じる、味わい深い青年。
・フミ 前衛防御
大型の盾に片手斧、全身鎧の重装歩兵。
防御重視な装備だが本人は何方かと言えば攻撃の方が得意。
大柄で筋肉質だが、本人は斥候を志向している。だが今は仲間に合わせて重装歩兵スタイル。
視界が広く探査魔法に優れている為、斥候の素質もある。しかし気が弱く、咄嗟の事態に混乱しがち。
大柄なのに女性と見間違えられるほどの女顔。若干青い黒髪に金色の瞳。女々しい自分の性格を直そうと努力している。
四班
・フィフ 前衛火力、班長
器用に両手のロングソードを操る、二刀流剣士。
少々せっかちで、視野が狭く、考えが浅く、色々気負うタイプ。だが前向きで真面目で一生懸命。その為周囲の評判は良い。
鋭い顔つきの気難しそうな美少年。その容姿で誤解され易いが実際は可成りフランク。中背で若干細身、金髪碧眼、緩くウェーブの掛かった首筋まで伸ばした髪をヘアピンで纏めている。
猪突猛進な突っ走るリーダー。
・テン 前衛防御
大型の盾にウーハンマー、全身鎧の重装歩兵。
大柄で騎士見習いとしては珍しい少しぽっちゃり型。だが顔は超美少年、金髪碧眼で少し痩せれば完璧と常に周りから言われている。
性格はのんびり屋、優れた容姿と優れた才能だけで騎士見習いにまでなった天才。常にマイペースだが居るだけで安心感が有る不思議なタイプ。
・トゥエ 遊撃斥候
両手に手斧と独特の戦い方。その身軽な身体能力と合わせてトリッキーな動きで敵を撹乱していく。
突っ走るリーダーとのんびり屋に挟まれた苦労人。だが元々の性格か、フォローするのが苦にならない包容力の高い美少年。
小柄で細身、幼さの残る顔立ちながら、何時も朗らかで、明るい。白に近い銀髪に青と金色のオッドアイ。
五班
・ミツ 後衛火力、班長
両手剣とスタッフを入れ替えて戦う魔法戦士。
体格に恵まれ、身体能力が高い。更に魔法適性にも優れており、複雑な魔法を操ることも出来る万能の天才。
しかし、ドジっ子、おっちょこちょいと優れ過ぎた才能の反作用のように本人はダメダメ。
長身、細身だが鍛えられた体に女殺しの甘い顔。『銀の貴公子』として『金の貴公子』イチゴと共に早くも宿舎の女性職員に人気。
長い銀髪を邪魔にならないように三つ編みにしている。銀髪、銀眼の美青年。
だが本人は前途の通りで、更に性格は剽軽で軽い。その為ゆるキャラの様な愛され系のリーダー
・ココノツ 後衛支援
刺突用の槍で中衛も熟せる魔法槍兵。魔法を使う際にはスタッフに持ち替える。
中肉中背のインテリタイプのイケメン。少々皮肉屋で良くミツを揶揄って遊んでいる。
黒髪に黒目、肌の色が雪のように白く、日に焼いても赤くなるだけで、黒く成らない。その為病弱そうに見えるが、本人はいたって健康。
少し長めに髪を伸ばし、特に纏めることもしていない無造作ヘアスタイル。
・サティ 後衛回復
バトルスタッフ装備の僧兵。魔法だけでなく加護も強い。
他の二人がドジっ子なリーダーと皮肉屋、さぞ苦労してそうだが、本人が一番ワガママなお姫様な性格なのに男子と救いがない。
薄い青い髪にサファイアの様な瞳の、どう見ても美少女の様な美少年。小柄で細身な所為か、ほんとうに美少女に間違えられること多数……長く伸ばし、肩の後ろ辺りでひとまとめにしている髪型もそれを加速させている。
ただ本人は美少女に間違えられることを喜んでいる風で気にしていない。
◇
以上15名に隊長のギャンが加わった16名からなる騎士見習いの部隊だ。
部隊名は『銀の一番槍』
隊長のギャンの獲物は両手剣だが、様々な戦闘で『一番槍』真っ先に敵陣に切り込んでいった言った事と、その特徴的な銀髪を取って、騎士団長から名付けられた部隊名だそうだ。
また各自装備がバラバラなのは、この時代、国家間の戦争が無い為、組織的な軍団戦も無く、統一するメリットが無い為だ。
それに装備は、各貴族家がそれぞれに見栄と家の権威を掛けて整えている為、規格統一するよりも見栄を張りあってくれた方が結果として良い装備になるとの目論見もある。
そして騎士見習い達は武器も各自得意な武器が違う。
これは生き残りを懸けて、各自が創意工夫した結果だ。
騎士見習い候補選抜戦は、何よりも勝利が優先される。武器が何であろうと勝たねば意味が無い。
その結果、騎士見習い達は各自、自分に合わせた戦闘スタイルを編み出し、それに合わせて武器を選んでいた。
それに魔物相手に戦う場合を想定すると武器を統一するより、この方が有利な場合が多い。
魔物はその種類や生息地によって各種多様な攻撃をしてくる場合が多い。
それに対応する騎士見習い達の側にも多様性が求められた。
騎士見習い各自が、其々に個性を発揮した方が攻撃に幅と多様性が生まれる。魔物に臨機応変に対応するためにも敢えて統一していない側面もあった。
一方防具は細部やデザインに差は有れ基本に変わりが無い。
鎧下に鎖帷子、その上から各急所を覆う部分金属鎧、頭にはヘルメット。
その上に羽織る識別の為のサーコートには、この部隊の部隊章、銀のランスと盾の組み合わさったマークが刺繍されている。
三班の三人と四班のテンのみ重装歩兵スタイルで全身鎧だ。
ただし魔物相手の戦闘用に、この全身鎧は彼方此方金属以外の素材が使われており、見た目よりは軽るく動き易い。




