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第4話最初から

 そう……あれは4か月前。


 あの日、メグミはこの世界に召喚されて来た。


(はぁ、何でこんな不思議世界に呼ばれちゃったかなぁ……私は)


 この世界に来て良い事も色々あった。しかし、この世界呼ばれた事を恨んでもいた。


(ノリネエとサアヤに出会えた事は本当に良かったって思ってる)


 しかし……出会えた人が増えた代わりに、会えない人も増えた……


(この世界に来ないとサアヤには絶対に出会えなかった……けどノリネエは向こうでも何時か出会えた気がする……)


 そう考えると何だか損をした気分になる。


(出会えた大切な人と、会えなくなった大切な人とのバランスが取れて無いのよね)


 ただ……ノリコもメグミと同じくこの世界に召喚されて来ている。


(まあ……そう考えると、この世界に来ないとノリネエにも会えなかった?)


 その可能性は高い。


(まあもう此処に居る。クヨクヨ悩んでも仕方がないわ。問題はこの状況をどう変えていくかよね)


 先ずは現状把握。メグミは4ヵ月前のことを思い出す。


◇(メグミ視点)


 気がついたら暗闇の中に居たの。


 本当に暗かった……それに何だか頭がぼーーっとしてしばらく何も考えられなかったわ。


(アレ? 何だかフワフワする。私、寝惚けてるのかな?)


 ただ寝ていた覚えも無かったわ。


(そもそも私は何してたっけ?)


 健忘症? 違うわ! 割と記憶力には自信があるもの!


(けど……思い出せない。あれっ? 何で? ってここは何処?)


 どうにもベットの上で寝てる様には思えないのよね……


(因みに私が誰かは分かるから記憶喪失でもないわね……)


 何故か頭がスッキリしないから、暫く自問自答して頭の回転を上げてたの。


 思考すると覚醒していくでしょ?


(夢? 明晰夢? それにしては明晰過ぎる……何だろコレ?)


 フワフワとして現実感が無い。その割に夢の様に不確かでも無い。


(何とも変な感じね。結構寝起きは良い方なのに今日はどうしたんだろ? 病気? 熱でも有るのかな?)


 けど……健康優良児なのよね私。麻疹や水疱瘡、おたふく風邪の時でさえ元気だったわ。


(そう、だから風邪如きでこんな状態になるとは思えない)


 別に風邪を舐めてる訳じゃ無いわよ?


(熱が有るってより冷たいのよね。そうよさっきから頬がなにか硬い冷たい物に当たってる)


 鈍い? 違うわ。暫く身体の感覚が無かったの!


 その時、漸く身体の感覚が戻って来た様な感じだったのよ。普段は感覚は鋭い方よ。


(ああもうっ! 冷たいな……それになんだか寒い……)


 その冷たさに頭が強制的に覚醒していったわ。


(硬くて冷たい……床に寝てる? それにしては硬すぎないかな……)


 今までに経験のない様な硬さを頬に感じたわ。


(私の部屋の床はこんなに硬かったっけ? ラグ敷いてるからフカフカだよね? その下のフローリング?)



 因みにそのラグはウチのママが勝手に買って来て、勝手に私の部屋に敷き詰めたわ。


「メグミのお部屋は殺風景なの、女の子らしい潤いが無いわっ!」


「シンプルでスマートって言って欲しいわね」


「スマート? お部屋が痩せてるの?」


「クッこの昭和脳がっ! この場合のスマートってのは無駄が無くてカッコいい、粋って意味よ!」


「そうなの?」


「そうなのっ!」


「ふむ……どこら辺に粋が有るのかしら? ママに説明してくれる?」


「無駄なモノが無い! 粋でしょうが! ワビサビとも言うわ!」


「……そうねぇ……お部屋が寂れて殺風景よね」


「ウッ……ふんっ私はコレが気に入ってるから良いのよ。大体殺風景なのと、そのラグがどう関係するの」


「メグミ、ちゃんと見て! フカフカなのよっ!」


「歩き難いじゃない?」


「そんな事ないわ。フカフカだもの。ママ一生懸命探したのよフカフカなラグ」


「ママはフカフカにどんだけ拘ってるの?」


「お庭だって地面が剥き出しよりも芝生が生えてる方が良いでしょ? お部屋だってそうよ」


「芝生のイメージなの? でもママやパパの寝室は普通に絨毯じゃない? こんなに毛足は長くないわよ?」


「だって寝室だもの」


「その理屈は意味不明なんだけど!?」


「兎に角、もう買って来て、敷いちゃったから。屁理屈言わずに諦めなさい」


「理不尽な!」


「ママはメグミのママなのよ。理不尽で何か問題が有るのかしら?」


「グレてやるっ!」


「まあっ……そうメグミはお説教がご希望なの?」


「この会話の流れで何でそうなるのよ。納得いかないわ!」


 ウチのママは……ちょっと……イヤかなり変なのよ。


 こんな風に色々買って来て、私の部屋を勝手に模様替えするの。


(こんな毛足の長いラグ……冬場は良いけど夏はどうするつもり?)


 多分ママはそこまで考えて無い。


 服とかも自分の好みで買って来て、黙ってクローゼットに入れて、しかもそれを着ないで居ると怒るの……


「黙って入れてたら普通気がつかないからね?」


「メグミ、自分のクローゼットでしょ? 服が増えてたら普通気がつくわよね?」


「私は手近に有る手前の服しか着ないもの。コッソリ奥に入れた服なんて気がつかないわよ」


「はぁっ、ママは悲しいわ……メグミは女の子らしさをどこに落としてきちゃったの?」


「着て欲しいなら手前に入れてよ」


「それじゃあサプライズにならないでしょ?」


「そんな事無いわ。知らない服があったら普通に驚くわよ?」


「で、それを普通に着て平然としてるのよね」


「ママは買ってきた服を着て欲しいんじゃ無かったの!?」


「もっと感動して! ママの服のセンスを、そのチョイスを褒め称えて!」


「うわー面倒くさ~い」


「親不孝者~! メグミにはママへのリスペクトが足りないわ」


「……ねえ、ママってば、さっきからちょいちょい横文字が会話に紛れ込むけど……この間、昭和脳って言ったの気にしてる?」


「ふふんっ、ママだって進化するのよ! 勉強したの!」


「アヤネに教えて貰ったんでしょ?」


「そうよ。アヤネちゃんはママをリスペクトしてくれるもの」


「アヤネも苦労してるわね」


「そんな事ない。物覚えが良いってアヤネちゃんに褒められたわ」


「ねえママ、私は動き易い服が好みなの。覚えておいてね」


「そんなの覚えるまでも無く知ってるわよ?」


「……じゃあ何でヒラヒラな服ばっか買って来るのよ」


「ママの趣味よ!」


「理不尽過ぎない?」


「ママはメグミに可愛い服を着せたいの!」


「はぁ……納得いかないわ……」


 どうせ動き易い服しか着ないのにね。


 ママは本当に自由過ぎよ。


 動き易い様に仕立て直すと怒るし、着ないともっと怒る……



 後日談だけど、ある日学校から帰って来たらママがフカフカのラグの上でお昼寝してたわ。


 部屋のドアを開けたら、スヤスヤと幸せそうに寝てるの……ビックリしたわよ。


(サプライズ成功ねママ! ってせめてベットの上で寝れば……)


 そう思ってベットを見たら御婆様とアヤネが寝てた。


「私の部屋は溜まり場かっ!」


「……んんっ、ふぁぁ、あらっ? メグミお帰りなさい」


「何でみんなして私の部屋で寝てるのよ」


「ん? だって都合が良いもの」


 ウチはね、ちょっと変わってて町外れに親戚が固まって住んでるの。


 隣近所が全部親戚!


 親戚だから当然親しい……叔母様達も遠慮が無いのよね……


 『こんにちは』ってチャイムも鳴らさず、いきなり玄関開けて、そのまま返事も待たずに上がり込むのは当たり前。


 ウチは御婆様が居るから余計に叔母様達の溜まり場……今日だって叔母様達が『お帰りなさい』って出迎えてくれたわ。


「一階だと気楽にお昼寝出来ないでしょ? お姉さん達も二階まで上がってこないもの」


「はぁ? で? 何で私の部屋なの?」


「階段上がって直ぐだもの、日当たりも良いしラグはフカフカ! 最高のお昼寝スポットよ」


「日当たりはアヤネの部屋も同じでしょ? アヤネが居るのに何で私の部屋なのよ?」


「アヤネちゃんのお部屋は普通の絨毯だもの」


「そのラグはお昼寝用?!」


 ママがフカフカに拘った理由は間違いなくコレだわ。


「お母様を床には寝かせられないでしょ? コレでもママは良いお嫁さんとしてお母様をリスペクトしてるのよ」


「御婆様も態々二階で寝なくても良いのに……流石に叔母様達だって御婆様のお部屋に許可無く入り込まないわよ」


(それを言ったらママの寝室にも入らない……って流石に叔母様達が居るのに一階の寝室でお昼寝は不味いのかな?)


「何だい、メグミちゃんはおばあちゃんを仲間外れにするのかい? 冷たいねえ……昔はあんなに可愛かったのに……」


「御婆様も起きたんだ。御婆様、私は今だって可愛いわよ?」


「なら可愛いメグミちゃんは、おばあちゃんが階段近くの部屋で寝てても許してくれるよね?」


「成る程、それで都合が良いと……何で私は奥の部屋を選ばなかったんだろう……」


 長女の特権として部屋は自由に選べたのに……


「効率重視で階段への最短距離のこの部屋が良いって言ったのはメグミよ」


「おばあちゃんもそう言ってたのを覚えてるねえ」


「……まあ良いわ。どうせ学校行ってる間はこの部屋使わないし、ほぼ寝るためだけの部屋だし」


「そうよ寝るためのお部屋よ」


「んんっ?!」


 今のママの同意に何か引っかかるモノが有ったわ。何か……


「おばあちゃんとしてはお勉強も……メグミちゃんはこう見えてお勉強もできるんだったねえ」


「ねえ、御婆様。私、御婆様にはどう見えてるの?」


「おや?! 自覚がないのかい。御転婆娘だねえ」


「その自覚は有るけど、御転婆だと勉強出来ないの? 偏見じゃない?」


「おばあちゃんはメグミちゃんが何時お勉強してるのか、それが不思議でねえ」


「御婆様、ランニングしながらでも勉強は出来るのよ? こう走りながら頭の中で問題を解いていくの」


「注意力散漫だねえ」


「メグミ、ママは危険な事は良くないと思うわ」


「何でよ! 理不尽だわ!」


「勉強する時は、『ながら』ではなく集中すべきだとおばあちゃんは思うね」


「お母様のおっしゃる通りよ。メグミ。反省しなさい」


「クッ……納得いかないわ!」


 この間アヤネはどうしてたかって?


 この可愛い妹は、お説教のとばっちりの被害が及ばない様に、ちゃっかり狸寝入りしてたわ。


(うん……可愛いから許す)



 色々思い出してると、理不尽さにムカムカして頭が冴えて来たわ。


 でもまあ間違いなく私の家族よね。血は争えないって言うもの。


 コレでも無理を通してる自覚は有るのよ? 改める気はないけどね。

 

(でも何だろ? 馴染みの有るフローリングとも違う様な……木じゃなくて石の様な感触なんだけど……)


 木には独特の温かみが有るのよね。けど今は石の様な冷たさしか感じない。


(ガンガン体温を奪われてる気がするのだけど……流石に氷の上じゃあないわよね?)


 ほっぺが氷に張り付いてたら……痛そう……


(にしても暗いわ! 私の部屋は日当たりは良いのに……月明かりさえ無い)


 そこで初めて目を瞑っていることを自覚したの。お間抜け? 失敬な! 一時的にボケてただけよ!


(あれ? 私ったらバカだな……目を瞑ってるんだからそりゃ暗いわ)


 目を開けたら、視界に光る模様が飛び込んで来たわ。


 黒い……石の床だと思うんだけど、それに模様が刻まれてて光ってるの。


(この黒い床の上に寝てたの? ヤッパリ石? 黒いけど感触は大理石っぽいわ。にしても真っ黒ね。人工石?)


 何故か私はうつ伏せで黒い石の床の上に寝てた……とっても頬が冷たい……


(氷じゃ無いから張り付いてはいないわよね?)


 多分……大丈夫だと思うんだけど、慎重に頬を浮かせたの。


(良かった。張り付いてはいないみたいね。身体も……動くわ。けど……何処よここ?)


 もう少し顔を持ち上げようとしたら問題なく持ち上がるし身体の動作に特に問題は無かったわ。


(フワフワしてたから心配だったけど、今は特に不調は感じないわね。寒いけど……)


 『兎に角、先ずは現状把握』そう思って首を巡らせて周囲を伺うと、光量が足りなくてハッキリとは見えないけど人の気配がしたわ。


(結構人が居る……皆んな寝転がってる? イヤ……正面に立ってる奴がいるわね)


 うつ伏せのままだったから視界が狭いのよ。でも足が二人分見えたわ。


(何か話してる? 何?)


 その時は情報が圧倒的に不足してたわ。だからその話声に耳をそばだてたの……



「んっ! ふぅ~今回も終了! え~と、うーーん十一人かな? 女の子が六人に男が五人。まあまあ……だね?」


「そうですねぇ、今回は可愛い子が多いみたいだし、男の子も逞しそうなのが多い。良いんじゃないですか」


「ハハッ、容姿は重要じゃないだろう? けど……醜いよりは良いのか? ふむ、まあ良い。後は任せた! 私はそろそろ下に戻るよ。ではまた半月後に」


「はい任されました。ではまた半月後にお願いしますね。よろしく」


 声からして二人とも男性らしい。


 メグミが耳をそばだてていると一人が立ち去る気配がする。


 足が一人分見えなくなった。


(なにを言ってるんだろう?)


 言葉は理解出来る。だがその言葉の意味する所が理解出来ない。


 メグミは一度得た情報を整理する。


(何かがひと段落ついた。で、恐らく私の周囲には女の子が六人に野郎が五人居る)


 そう話していた。


(女の子は可愛い……)


 こんな意味不明の状況なのに、可愛い女の子が側に居ると分かっただけで何故か少し嬉しい。


(イヤ、私も含めて六人だから女の子は他に五人かな?)


 可愛い女の子が一人減ってしまった。ちょっと残念な気分になる。


(でもって正面の人物はこの状況を作り出した連中の関係者)


 真っ先に思い浮かんだのは『誘拐』


 しかも複数人を纏めて誘拐する組織。


(人身売買? 可愛い女の子なら売れる? でも野郎は? 逞しい? 労働奴隷?)


 ただ関係者の一人は容姿は関係ないと口にしていた。


(ふむ……サッパリね。情報が不足しているわ)


 メグミがあれこれと思考を巡らせているうちに、周囲から『う~んっ……?』とくぐもった呻き声や『へっ?! あれ? ここ何処?』など戸惑っている人の声が聞こえる。


(誘拐にしては、特に猿轡とかされてないわね。縛られても無いわ)


 メグミも声も封じられていなければ、縛られて行動を封じられてもいない。


(誘拐にしては杜撰? それとも余裕?)


 取り敢えず周りに合わせておけば差し迫った危機は無さそうだ。


(周りを囮りにしたわけじゃ無いわよ?)


 動き出した周囲に合わせて身を起こし、現状把握に努める。


(服は……着てる)


 周囲に男性が居る状態で真っ裸は避けれて一安心だ。


(でもちょっと寒いわね……野外ってわけじゃあなさそうだけど)


 少なくとも暖房は効いていない。


(まあ……冬に石の床の上に寝かされてたら、そりゃ寒いわ……体も冷えようってものよね)


 冷たい石の床に、服越しでも体温を容赦無く奪われる。


(冷たい……滑らかな黒い石ね。明らかに人工的に加工されてる綺麗な平面)


 自然なものではない。


(何かの建物の中? でも材質はなんだろう? やっぱり大理石っぽい触り心地……でも真っ黒、見たことないなこんな石)


 メグミの知識にはない石材だ。


(あれ? そもそも今冬だっけ?)


 メグミは自分の服を見る。


(冬服ね。でもコートの様な外着は来ていないわ……何故?)


 普段から愛用しているメグミの冬の部屋着だ。


(私の服に間違い無いわ。お気に入りのショップで選んで買った記憶があるもの)


 ただモコモコのニットのセーターは母親が買ってきたモノだ。


 凝った編み方のクリーム色のニットはシンプルな物を好むメグミの趣味からは若干外れる。


(ニット位はママの買ってきたの着ないと、ママの機嫌が悪くなるのよ……)


 他所行きの際に、無理矢理着せられるヒラヒラした服よりはマシだ。


(ニットは伸縮性が良いし、動きの邪魔にはならないわ。それにモコモコは暖かいから部屋で着る分にはグット)


 その下に着ているシャツはメグミが自分で買った。シンプルで動きやすく、肌触りが良い。


 それに厚手の生地のロングスカートを併せて着ているが、コレも自分で買った。


 滅多にスカートなど買わないから間違えようが無い。


(ママに『絶対スカート! それ以外は買ったらダメだからね!』って厳命されて買ってきたのよね)


 厚手の生地で、そのまま寝ても皺になり難く、暖かい。


(丁度良い感じにプリーツが入ってて、とても楽チンなんだけど、何故かママはガッカリしてたわ)


 最近部屋でダラダラ過ごす際に着ている服だ。


(とても機能性に優れてるのよ? 何が不満なの? 部屋着なんだから見た目はまあ良いじゃんね?)


 色が焦げ茶で、厚めの生地の具合もあって少し野暮ったいとメグミも思うが、部屋で着る分には構わないとも思う。


(中学のジャージよりはマシでしょ?)


 それまでは家では中学の体育で使用していたジャージで過ごしていた。


(丁度生地が馴染んで着やすいのよね)


 ただそのジャージは近所の叔母達や祖母に大不評だった。


(あの良さが何で分からないかな?)


 今の部屋着はそんな口煩い女性連にも一応の合格点を貰えて居る。


「メグミちゃんにこれ以上望んでも無駄だよねえ。うん、おばあちゃんは諦めたよ」


 赤点ギリギリだったかも知れない。


(兎も角! 着衣に乱れ無し! 拘束もされて無い! それが分かれば良いの!)


 深く突っ込んではいけない。


(後、今は冬ね。寒いし冬服だもの)


 ただ……状況からそう判断出来るだけで実感が伴わない。


(そうなのよね……記憶はあるのだけど……何故か直近の事が思い出せないわね)


 冬だと思うのに、冬だと確信が持てない。


 秋から冬になった記憶が無い。冬が明けた記憶も無い。


 今現在の季節に関しての記憶が全く無い。


(何故ここにいるの? ここは何処? 今は何時? 私は如何したのだろう?)


 誘拐されたのだとしても、誘拐される前に何処に居たのかが思い出せない。何をしていたのかも思い出せない。


(昔のことは覚えてる。自分が誰かも良く分かるのに……なんで?)


◇(メグミ視点)


 私はメグミ、『田中 恵』


 今高校一年生で花の女子高生!


 クッサイ防具に耐えつつ、剣道にいそしむ剣道女子よ。


 ああ、断っておくけど私が臭いんじゃないからね?


 剣道の面ってね、そうそう洗えないのよ。でも運動してるから汗は一杯かくの……


 アレは腐臭ね。汗や皮脂が染み込んでカビでも沸いて腐ってるのよ。


 最近は専門のクリーニングも有るんだけど、お高いわ。


 で、我慢しきれずに自分で洗ったりもするけど……分厚いからなっかなか乾かないの!


 後……どうせ洗うなら、こう……匂いが落ちるまで徹底的に洗いたいじゃない?


 でもそうすると色が落ちたりしてね。ああ、実用性に問題は無いわよ。けど周りからは不評なのよね……


 そんなこんなであんまり頻繁には洗えない、だから臭いの!


 剣道の防具も、もう少し進化しても良いと思うわ。


 生地はもっと乾き易い化繊で良いと思うのよね。面とか洗い易い様に簡単に分解出来る様にしたら良いじゃ無い?


 伝統工芸なのかも知れないけど、今現在、実際に使ってる道具なんだから時代と共に変われば良いと思うのよ。


 造りが昔と一緒で有る必要がないでしょ?


 ただ……ルールが色々あって余り好き勝手に改造出来ないのよね。


 って話が逸れたわね。


 そうね……剣道はそこそこ強いわよ。中学生の頃には、全国大会で優勝したこともあるわ。


 高校はその剣道の推薦でスポーツ校に行っても良かったけど……制服が可愛く無いのよ!


 ゴリラの様なスポーツ馬鹿な女の子の、可愛くない制服姿なんて眺めたくは無いわ!!


 だから、制服の可愛い進学校に入学したの。


 動機が不純? そんな事無いわ! そこいらの女子高生に志望動機のアンケートをとってみなさい。


 制服が可愛いは結構上位にランクインする筈よ!


 可愛い制服を着た、可愛い女子高生を、思う存分眺めて暮らせる今の生活は最高よっ!


 着る方じゃ無いのかって? 自分を眺めて何が楽しいの? ナルシストじゃ無いんだから当然眺める方よ!


 女子校? 違うわ共学……近所の女子校は何故か内申だけで試験を受ける事なく不合格!


 何故かしらね? 不思議だわ。


 女子校に拘るなら、ちょっと遠くに、御婆様のお知り合いの居るお嬢様学校があるの。


 そっちは逆に入学を勧められたんだけど……遠いのよね。


 自宅から通える範囲って条件から外れたから断ったの。それに私はお嬢様じゃないから……そんな学校に庶民が行ってもね。


「ワタクシの家から通えば近いわよ? 制服も可愛いでしょ?」


 そう学園長先生が誘ってくれたけど……


「えっ、ヤダ面倒。私は一生実家でダラダラ過ごす予定だから遠慮します」


 そう言って断ったら学園長先生は笑ってらしたわ。その後、御婆様とママにお説教されたけどね。


 てな訳で共学だろうと近場で制服の可愛い高校に入学するしかなかったの。


 共学だから当然男子も居るけど、そっちは如何でもいいわ、重要なのはそこじゃない。


 女の子のレベルが高い。平均値が可なり上! ここが最重要!!


 この高校に進学したことに全く後悔はないわね。


 頭も悪く無かったから……誤解されやすいけど成績はそこそこ良かったからね?


 高校での成績は上の下位よ。


 うん……まあ流石は進学校よ。頭が良い人が多いわ。


 中学の頃とは違うよね……中学では上の上位だったのに……最近少し学業成績が伸び悩んでるのよね。

 

 でね、高校の部活は中学と同じく剣道部に入ったのよ。


 他にやりたいスポーツも無かったし、熱心に誘われたからね。


 でもね……この高校の剣道部は弱いわ!


 ハッキリ言って弱小。進学校だからそれ程スポーツに熱心じゃ無いのよね。


 まあその分、練習も緩いから放課後を楽しみたい私としては願ったり叶ったりよ。


 剣道は中学まで、半分引退状態だったのよね……


 それに高校に入ったら、大学受験の勉強があるでしょ?


 丁度勉強中心にするつもりだったから都合が良かったの。


 高校では仲間とワイワイキャピキャピとエンジョイ勢として剣道を楽しんでるわ。



 ……うん思い出せる問題ない。過去の記憶に欠損は無い様に思えるわね。


 因みに私はこれでも長女!


 他の家族構成? ちょっと天然な両親と、三学年歳下の生意気な弟と可愛い妹の双子の兄弟が居るわね。


 ああ、御婆様もいるわ。御爺様? フラッと出て行ってそれっきりよ。


 えっ? いやいや私が知らないだけで御婆様や両親は何処に居るか知ってるみたいだから問題は無いわよ?


 私が興味が無いだけ。


 別に御婆様と喧嘩したとかじゃ無くて、何か用があって暫く帰って来ていないだけらしいわ。


 でも数年帰ってきて無いからすっかり忘れちゃって……


「メグミは冷たいわね。お父様、今年もお年玉にクリスマス、誕生日プレゼントまで送ってくださったのに」


「子供にとっての数年は長いのよ。偶に帰って来ないと覚えてられないわよ」


「おじいちゃんも偶に帰って来てるんだけどねえ。丁度メグミちゃんは出掛けてるんだよねえ」


「そうなの御婆様?」


「アヤネちゃんやシンタロウ君はお父様に会ってるわよ」


「ふむ……まあ良いわ。興味ないし」


「おじいちゃんが聞いたら泣くねえ」


「泣くでしょうね」


「仕方ないでしょ会えないんだから」


「可哀想なお父様……あんなにメグミを可愛がっていらしたのに」


「祖父の心、孫知らずだねえ」


「んなっ理不尽な! 納得いかないわ!」


 うん、こんな感じでちょっと変わってるけど、一般的(?)な中流家庭で育ってきたわ。


 私本人の事がもっと詳しく知りたい?


 ふむふむ、記憶を確認する意味でも、もうちょっと思い出すかな?


 そうね、先ずは背格好からかしらね?


 スタイルはまあ……悪くないと思ってるわ。背は少し低いけどバランスは良いわ。


 良く走ってたからかな? 脚の長さはちょっとした自慢よ。


 ただ……ちょっとムッチリ? 鍛えてるからね。カモシカのような細い脚では無いわね。


 身体の方も剣道やって適度に鍛えているので特に太ってはないんだけど……


 ただ……何もスポーツしていない華奢な女の子に比べたら、筋肉の分、少しムッチリしているかしら?


 違う! デブじゃ無いから! 脂肪は敵だと思ってるの、だから太っているわけでは断じてないわ。体脂肪率は一桁だから!


 うん……そうなのよね。脂肪が少ないの……


 本当は胸はもうちょっと欲しいわ。


 先に断っておくけど野郎の為じゃ無いわ。自分の為よ!


 豊かな胸は乙女の嗜み!


 って訳じゃあないのだけど女同士でもね。何故か大きい方が偉いって感じなのよね。


 勝負なんてしてないけど着替えの時とか大きい子の方が堂々としてるのよ! ドヤッって感じがムカつくの!


 自慢するなら揉ませてよ!


 本音がダダ漏れ? 違うわ! そこに胸が有るなら揉むのが礼儀の筈よ。


 自分のを揉め? 言ってるでしょ? あんまり大きく無いのよ! 揉んでもつまらないわ!


 チクショウ何故なの! 私の場合、運動すると胸から痩せていくの! 何故っ!! 納得いかないわ!!


 同じ部活で同じ様に汗を掻いてる親友。芳子って言うんだけど、何故かあの子は胸が大きいまま、他から痩せていくのよ……不公平だと思わない?


 元からあんなに大きいのに!!


 許せないでしょ? そりゃもう親友で女の子同士! 思いのまま揉みしだいてあげたわよ。


 セクハラ? 違うわ! スキンシップよ!


 うん……ちょっと興奮し過ぎね私。落ち着け……


 ただね、胸には一家言あるわよ私は。だって大好きだもの!


 うへへっ、揉み心地が最高なのよ! それが人によって微妙に違うのが更に良いの! 癖になる触り心地ね。


 羨ましいでしょ! えっ? 周りに引かれ無いかって?


 大丈夫! 一応自分の性癖は隠してるから!


 言ってるでしょ? スキンシップよ。下衆な目的じゃ無くて、あくまでコミュニケーションだからね!


 ……うん、まあアレよ。やり過ぎて引かれ無い様に注意してるのよコレでも。


 芳子? あの子はね、親友だから大丈夫! もう慣れたというか……なんだか半分諦めた様な感じね。


 他の子はまあ……大丈夫な筈……大丈夫だと良いなぁ……大丈夫だと信じよう。


 うん、バレて無い。


 えっ何故隠してるのか? 理由?


 周りに可愛い女子高生が居なくなったら困るでしょ!


 ちょっと想像すれば分かるわよね? 折角、可愛い子が多い高校に入学したのよ?


 ……うわっ想像したら生き地獄だわ。可愛い子を眺めて暮らすこの生活を捨てる事は出来ないわね。


 だから我慢して手を出したりしないの! カミングアウトもしない!


 胸を揉んでる? だからアレはスキンシップ! 手を出してる訳じゃ無いわ!


 我慢しなくて手を出して良いなら、芳子とか今頃押し倒してるからね? もう唇奪ってる頃よ!


 親友じゃ無いのかって? 親友だから我慢してるんでしょ!


 手を出して無いからセーフ! セーフよね?


 なんとな~く芳子辺りにはバレてる気がするけど、セーフ!


 眺めるだけ、手は出さない。それが淑女の嗜みよ。


 うん……自分の事は思い出せる……色々余計なことまで思い出したけどセーフよセーフ!


 えっ? 顔? 顔ねえ……まあ自分では気に入ってるわ。


 何故か周りから『残念』って言われるけど……何故かしらね?


 クラスメイトどころか、親戚や肉親にまで言われるのよ。失礼しちゃうわよね。


 ママは美人だし、妹は天使みたいに可愛いわ。


 血筋的に私もそこそこ可愛い筈……可愛いわよね?


 偶に街でナンパされるから、その程度には可愛い筈よ!


 ナンパされてどうかって? 鬱陶しいわよ。野郎にモテても嬉しく無いのよね。


 私は女子高生とキャッキャウフフしたいの!


 ナンパの対処? 無視してれば大概諦めるわよ? 偶に逆ギレするバカがいるけど、病院送りね。


 他に顔の特徴? 何かあるかな?


 ああ、偶に獲物を狙う肉食獣とか睨むと凄みが増すとか言われるわね。


 あれっ? 何故か『可愛い』から遠ざかってる……不思議だわ。


 きっとアレね、女豹って感じじゃないかしら? ん? 猫科? そうでもない様な……


 コレでも小さな子供には人気があるのよ? 『一見優しそうなお姉ちゃん』って……


 ああ……後『黙ってれば清楚なお嬢様』って叔母様達にも言われるわ。


 んっ? 褒め言葉でしょ? 褒め言葉よね?


 色? ああ、肌の色? 薄っすら小麦色……ん? ちょっと違う……小麦粉色かしら?


 元々家系的に色白なのよね。ママやアヤネは色白さんよ。


 でも私は趣味がランニングだから、外を走るでしょ? だから多少日に焼けるのよ。


 ただコレも家系なのか、日に焼けると黒くならないで真っ赤になって2・3日ヒリヒリするの。で又白に戻るってパターン。


 だからランニング前にママや御婆様に日焼け止めを塗りたくられるわ。どうせ汗で大半落ちちゃうんだけどね。


 まあ早朝や夕方走ってるから、子供の頃みたいに酷い事にはならないわよ。帽子を被ったり長袖着たり自己防衛もしてるからね。


 ただ冬場に面倒だからって目出し帽を被ってランニングしたら怒られたわ……不審者として通報された……良いアイデアだと思ったんだけどなぁ……


 うん、ロクな事を思い出さなくなって来たわ。記憶の確認はこの程度で十分かな?



 記憶の確認は出来たが、直近の記憶の欠落以外の異常が見られない。


(欠落が有るのに過去の記憶に異常が無い。なんだろう変な感じ……短期記憶は明らかに異常なのよ? なのに長期記憶は平気……何故?)


 頭部に強い衝撃を受け、短期記憶が飛んだのかと、頭部の怪我の確認をしたがタンコブ一つない。


(自分から得られる情報はこの程度ね。なら周囲に情報を求めるべきかしらね?)


 改めて周囲に目を向ける。


(周りの人達も拘束されてる様子は無いわね。女子は兎も角、男子もか……)


 誘拐組織にしては油断し過ぎな気がした。


(女子に着衣の乱れは見られない……ふむ……可愛い? ……そこそこかな?)


 メグミは可なりの面食いだ。その為、女子に対しての評価は厳しい。


 故にここで周囲の女性の名誉の為に補足する。


 光源が少なく、薄暗い為、ハッキリ見えない点を考慮しても、周囲の女子は、世間一般的な可愛いレベルは十分クリアしている。


(怪我をしてる様にも見えない。無傷でこの人数を拘束もしないで誘拐? よっぽど大きな組織?)


 無傷で拘束もせずに人を拐かす方法……メグミには睡眠ガス位しか思いつかなかった。


(記憶の欠落も、覚醒時の変な感じも、薬物の副作用の可能性はあり得そうじゃない?)


 しかし、催眠ガスなど個人規模で用意出来る筈も無い。なら必然的に大きな組織という事になる。


(けどだからこそ、この状況が不思議だわ……眠らせたら、その後普通拘束するでしょ? 大きな組織だとしたらこの杜撰さが、かえって変)


 どうにも情報が足りない。その為、次の行動をどうするかの方針が立たない。


 周囲の女の子もメグミと同様に呆然(ぼうぜん)とまた唖然(あぜん)としつつ座り込んでいるだけ。


 ただ男の子の中には、既に立ち上がりキョロキョロ周りを見渡している人もいる。


(度胸が有るわね。でもこの場合無謀? ん? ゴツいわね……腕に自信有りのタイプか?)


 ただ……関係者らしき正面の男は、それを制止する様子が無い。


(誘拐されたにしてはやっぱり杜撰過ぎね。油断し過ぎだわ。なら監禁されている訳じゃあ無い?)


 男子は五人、正面の男は一人。一斉に飛び掛かれば、よっぽどの実力差が有っても正面の男は不利な筈だ。


 更に正面の男は素手に見えた。


(服の下に銃器でも隠しているのかしらね? 例えそうでもこの距離、抜き撃ちに頼るには距離が近いと思うけど……)


 刃物の線も捨てきれないが、男子はメグミの目から見てゴツい連中が多い。ナイフ等で脅して制圧するにも幾分状況が悪い。


(なのに余裕そうなのよね。緊張感が無い……バカには見えないから……やっぱり監禁されてる訳じゃ無いのかしら?)


 正面の男はリラックスしている様に見える……それになんだか人の良さそうな笑みすら浮かべていた。


(私の意思とは関係なく、見知らぬ場所につれて来られてる……この状態は完全に誘拐でしょ?)


 それにしては周囲から得られる情報が、誘拐で想像出来る状況と異なり過ぎていた。


(誘拐ってのはもしかして私の勘違い? 記憶の欠落でミスリードされてる?)


 ただ未だ誘拐を否定する情報も得られていない。



(お尻がいい加減冷えてきたわ……私もソロソロ立ち上がろうかな?)


 周囲の男子は既に全員立って周囲を窺っている。


 快適とはとても言い難い冷たい石の床。座って居るより立った方が冷たさに関しては楽だろう。


(特に野郎供が立ち上がる事に関して、正面の男の反応がない。って事は立っても危険は無いわよね?)


 そうメグミが思っていると、その正面の男がポンっと柏手を打ち耳目を集める。


「えーっ、色々突然のことで皆さん混乱していると思うけど、特に気分が悪いとか体の調子が悪い人はいませんね?」


 ちょっと間をあけて、返答を待っているようだったが、誰も何も答えない。


(混乱前提か……少なくともコイツは何か事情を把握してるって事ね。でもって体調を聞いてくる……体調を崩す様な何かが有った? 単なる確認?)


「特に問題ないようなので続けます。そうですね先ずは最初の決まり文句から……」


(ふむ、返事が無いのを問題無しとして流す……手慣れてる? 似た様な状況を何度も経験済みって印象ね……何者なの?)


「『剣と魔法の世界』へようこそ! 我々は皆さんを歓迎します」


(はっ!? えっと……今なんて言った?)


「どうぞこれからよろしくお願いします。同胞諸君!!」


(ネズミの遊園地のアトラクション?! ん~? 無いわね……無い無い。こんな人権無視のアトラクションとか有り得ない)


「と、それでは決まり文句も済んだので、簡単に自己紹介を、私は『渡邉 敦人』皆さんと同じ日本人です」


(犯罪者が自己紹介? アトラクションの案内人の真似? ……それに何故日本人を強調? 日本人離れした背の高さとスタイルだけど……顔はどう見ても日本人よね?)


 掘りは深いが、東洋人の域は出ていない。


(西洋人には見えないわよ? 流暢に日本語を喋ってるし態々言わなくても日本人でしょうに……)


「ここ『ヘルイチ地上街』の『冒険者ギルド』の副組合長をやっています。気軽に『アツヒト』とお呼びください。どうぞよろしく」


(色々キーワードらしき言葉が出て来てるんだけど……やっぱりアトラクション?)


 ただ最初のキーワードが『剣と魔法の世界』


(どう考えてもファンタジーよね。真面な大人が日常で口にして良い言葉じゃ無いわ……アツヒトねえ……狂ってるようには見えないけど……)


 ファッション雑誌のモデルにも成れそうな、整った顔をしている。


 爽やかな印象があり、今も微笑みを称えた涼やかな表情。


(男の顔は良く分からないけど、多分コイツって俗にいうイケメンよね? コレで正気を失ってる? 考え難いけど……サイコパスってパターン?)


 単にコチラを揶揄っている可能性も有るが……


(今この場で私達を揶揄うメリットが無い。それに内容に突拍子がなさ過ぎて誰も信じないわ……なのに敢えて口にする。やっぱりサイコパスな犯罪者?)


 ただメグミはアツヒトなる人物を注意深く観察して、正気度よりも気になる事がある。


(コイツ強い! 成る程、余裕があるわけだ……これ……私じゃ素手だとどうやっても勝てないわね)


 アツヒトは男性としても長身の部類に入る。そしてその身体を本当に良く鍛えていた。


 スタイルの良さに誤魔化されそうになるが、全身にしっかり筋肉が付いている。


(無駄な筋肉が無い……研ぎ澄ました筋肉……立ち姿の軸がブレない。重心が安定してる)


 隙だらけに見えて隙が無い。


(軍人? 戦い慣れてる人と同じ雰囲気を感じる……やっぱり犯罪組織?)


 剣道関連や親戚関連に警察官や自衛官の知り合いが多く、更に外国人の軍関係者もいた為、メグミは割と荒ごとの専門家、軍人を見慣れて居る。


(ふーむ、どうしたものかしら……何か武器でも無いと逃げられそうに無いんだけど……)


 例え相手が誰であろうと黙って言い成りになる選択肢はメグミの中には無い。


 だが目の前の男には素手で勝てるビジョンが思い浮かばない。


(チャンスを待つべきかしらね? 外に他の仲間が居る可能性もある……やっぱり今は情報が足りない)


 更に情報を得るためにアツヒトの全身を隈無く観察する。


(武器が無いなら奪えば良いだけよ)


 グレーの薄手のニットのタートルネックを着ている。身体にフットしたそこに、武器になる様なモノは見当たらない。


 下は茶色の動きやすそうなズボン。此方もモノが隠れている様な膨らみは無く、裾は編み上げブーツの中に入れていた。


(しっかりしたブーツね。やっぱり戦闘用かしら? 隠しナイフとか仕込んで無いのかな? うーん、見た目じゃ分からない。あの靴紐でも良いから、手に入れば首を締め落とせるのに……)


 戦闘中に解く暇など無いので、入手出来ても戦闘後になる。


 上着のチャコールグレーのロングコートは前を開けて羽織っていた。


(脇に銃器を隠している可能性は……あり得るけど相当小型ね。ナイフだとしても小型……戦闘中に懐を探るチャンスが有るかしら?)


 ロングコートはオーダーメイドなのか、袖の長さも肩幅もピッタリサイズで、余りモノを隠せる様な余裕が無い。


 その癖適度にタックが入っており、動きの妨げにもならない様に配慮された作りになっていた。

 

 メグミはアツヒトを観察して、アツヒトから武器を奪うのは困難だと判断した。


(ムウ……困ったわ。他の勝ち筋は……長めの髪は戦闘に不利だけど、邪魔にならない様に纏めてるし……)


 長髪を無造作に首の後ろで髪ゴムか何かで纏めてる。ただそれだけだが、その事が戦闘に慣れて居る事を示している様に思えた。


(いっそこの髪で首を締める? ……そこまで長さは無いか……)


 手に巻きつけて男性の首を締めるれるほどの長さは無い。



(はぁ、なんだろ。この笑顔がムカつく!)


 自分は勝ち筋を探して、頭をフル回転させているのに、目の前の男は笑みを浮かべる余裕……


(表情……この面も気に入らない! イケメンって苦労する事なく女にモテる野郎よね)


 それが非常に気に食わない。


(何て羨ましい!)


 メグミは女の子にモテたい。女の子にチヤホヤされたい。


(同性だから無理? そんな事無いわ! 『お姉様タイプ』や『麗人タイプ』はモテるもの!)


 だがメグミは何方にも当て嵌まらない。


(そうよ! 『お姉様』とか実妹のアヤネしか言ってくれない!)


 その為、メグミにとってのイケメンは自分の獲物を奪う敵でしか無い。


(『お姉様タイプ』や『麗人タイプ』は敵じゃ無いのかって? 何をバカな事を! 両方『獲物』よ? 敵な訳ないでしょ)


 両方大好物だった。


(要するにアツヒトは敵! 間違いないわ)


 敵は殲滅しなければならない。だがその方法が思い付かない。


(ふむ、アツヒトから武器が奪えないなら、周囲の武器になりそうなモノを使うしか無いわね)


 メグミはそんなこと思いながら、立ち上がる。


(座ったままじゃ、野郎供が邪魔で周囲が良く見えないわ。無駄にデカい野郎ばっかり……クソ邪魔よ! それにお尻がいい加減限界! 冷た過ぎ)


 冷え切った状態では満足に動けない。


(石造りの部屋? 床もそうだけどコンクリートじゃないのね……)


 壁は石が積まれた継ぎ目が見える。石材の材質が床とは違い茶色系の花崗岩の様に見えた。


(アレ?! 床には継ぎ目が無い……えっこれ一枚岩? それとも人工石……)


 部屋はそれなりの広さが有る。光量が足りないのと黒色な為、見落としている可能性も有るが、その床の何処にも継ぎ目が見当たらない。


(監禁場所にしては無駄にお金が掛かってそうな部屋ね。快適装備が一切無いのに材料費だけが嵩んでる。何て無駄……浪費でしょコレは)


 それに視界が高くなった事で床に刻まれた光る模様の全体像が見える。


(魔法陣?! アニメとかに良くある魔法陣っぽいんだけど?)


 ただその発光の仕組みが良く分からない。


(この模様、どうやって光ってるの? 透過光じゃない……模様が直に光ってる……光る塗料……放射性物質じゃ無いわよね)


 夜光塗料にしては光が強い。メグミは見たことは無いが、放射性物質の可能性を疑ってしまう。


(って、放射性物質は青白く光るんだっけ? 白味が強い……青は感じないから大丈夫かな)


 ただやはり模様そのものが発光している。


(白いのに温かみが有る光? 発熱は感じないのに不思議ね)


 不思議といえば部屋の照明も変わっていた。


 壁面に疎にランプの様な物が取り付けられているのだが……


(部屋の広さに対して全く光量が足りてない。それに監禁部屋にランプ? 凝った作り……ガラスの覆いのランプとか初めて見たわ)


 今時珍しい照明器具だ。


(あのランプ……武器として使える。ガラスはともかくフレームは金属っぽいし、引き剥がせば素手よりはマシな……アレ?!)


 そこで違和感に気がつく。


(石?! 石が光ってる……あのランプ、石が光ってるわ……)


 そのランプは本来なら電球的なモノが付いてる場所に石が付いており。その石が発光して煌煌と輝いていた。


(石っぽいガラス? 樹脂? 中にLEDでも仕込んでいるの? クラッシックな作りなのに最新技術……配線も見当たらない……石壁っぽい飾り壁? 裏面に配線してるのかしら)


 無駄に凝った作りの部屋だった。


(やっぱり監禁部屋にしては無駄が多い。造りが凝り過ぎてる。廃園になった遊園地のアトラクション施設でも流用してるのかしら?)


 石造りの部屋に、床には光る魔法陣らしきモノ……照明にまで拘って、雰囲気はまさにファンタジー。


(造りのイメージは黒魔術の魔法儀式? そんな感じね。ますますアトラクションっぽいわ。それを利用してアツヒトは私達を揶揄ってる? 可能性は高いわね)


 メグミはアツヒトが真実を語っている可能性を一切考慮しなかった。


(アレを信じるバカは、頭にウジが沸いてるわ。これでも私は高校生よ。中二病はとっくに卒業済み)


「まっ、こんな寒いところで立ち話もなんだし、ちょっと場所を変えようか?」


 再びアツヒトが口を開きそんな提案をする。


(場所移動? 拘束もしないで? 舐めるにしても舐め切ってるわね。でも……やっぱりここは監禁部屋じゃないって事?)


 部屋を移る事によって有利になるか不利になるか……


(なんで態々この部屋に最初監禁してたのかしら? もしかしてこの部屋で眠らされた? ここが遊園地なら……)


 ただそれにしても矛盾が多い。


(遊園地で眠らせて人を拐う……その場所で目覚めるのを待って、更に自主的に監禁部屋まで移動させる。尚この間一切拘束無し)


 意味不明だった。


(ああもうっ! 記憶の欠落がもどかしいわね。んっ? 催眠剤じゃ無くて意思を奪う系の薬物? ……奪われてないし、周りも連中もそんな様子は無い……なんなのかしら?)


 情報不足と記憶の欠落で、思考の迷路に嵌り掛けていた。



 丁度そんな時、転機が訪れた。


「ちょっと良いか? えーと、アツヒトさんだっけ?」


 男子の一人が質問する。メグミの右斜後方の人物だ。


(クソ度胸が有るわね。こんな怪しげな野郎に声を掛けるなんて……)


「アンタの言うその『剣と魔法の世界』か? なんだそりゃ? 何かの冗談か?」


(ほう、この状況を冗談で済ます……中々豪胆ね。んっ? もしかして私以外は記憶の欠落が無いのかしら?)


 皆同じ立場の被害者で、同じ様な状態に有ると思い込んでいた。


(ふむ……それもそうね。記憶の欠落なんて特殊な症状が全員に有るわけ無いわ。ならコイツは私よりは状況を把握している?)


「ここは『日本』じゃないのか? アンタも周りに居る連中も『日本人』に見えるんだが違うのか?」


 気の強そうな鋭い声質。高くは無いが低くも無い。


(周りに居る連中? 知り合いって訳じゃ無いって事? 『日本人』であるのかさえ不明……コイツも記憶に欠落が有る?)


 言葉の端々に状況への混乱を感じる。


(コイツにも状況は不明って事ね。でもその状況を受け入れる気もない。この状況でここまでハッキリと意思表示が出来る。気が強いわね)


「んっ? 君は?」


 その男は状況への不満を声に乗せていた。だがアツヒトにそれを気にした様子が無い。


(余裕ね。それに威圧もしないで質問で返す? 舐めてるわ)


 犯罪組織の監視者なら、反抗的な人物に対しては威圧し、その意思を挫こうとする筈。


 それがアツヒトには無い。


 逆に質問で返すのは、メグミにはアツヒトの余裕に思えた。


「あ゛ぁ? ……ああ、俺は『近藤 達夫』だ」


(舐められたのがわかって一瞬仕掛けようとしたわコイツ! 気が短い……でも直ぐに冷静になって舐め返す。ヤル気マンマン過ぎない?!)


 この場合のヤル気は殺す気だ。


「俺も『タツオ』でいい。なあアンタ何なんだ? そもそも俺は、なんでこんな所につれてこられてるんだ?」


 タツオは、もう殺気を隠す事さえしなくなっていた。


 メグミはタツオを振り返る。


 そこには日本人離れした長身のアツヒトよりも、更に背の高い青年が立っていた。


(うっわっ! 目つき悪っ……ヤンキーだわ。コイツ絶対ヤンキーよ)


 見上げた先にはハッキリとした凶相。


 造りは悪く無いが、その相手を睨み殺せそうな目付きの悪さで全てが台無しだ。


 鋭過ぎる殺気が目に宿っていた……子供が見たら漏らすレベルだ。


(肌の色が黒い。日サロで焼いてる様な不自然な黒さとは違う……野外のスポーツでもやってるのかしら?)


 ぱっと見、スタイルの良さでスマートみえるアツヒトよりも、タツオは明らかに筋肉量が多い。


(けどコイツもスタイルが良い、脚が長いわ……この二人本当に日本人なの? 体型だけなら欧米人よりも上じゃ無い?)


 アツヒトと同じく、タツオもボディビルダーのそれと違い、戦う為の筋肉の付け方だ。


(コイツも戦い慣れてる。それどころか明らかに人を殺してそうな雰囲気。喧嘩慣れレベルじゃ無いわよね?)


 タツオは日本人の筈だ。その背は西洋人よりも高いが、顔は東洋人には違いない。


 だが、メグミには今の日本でここまで戦い慣れる状況が思いつかない。


(格闘技? 何か確実にやってるけど、格闘技でここまでは……)


 コレほどの長身にも関わらず、体幹の軸の振れが全く無い。


 脚が長く腰高で有るのに、驚く程重心が落ち着いている。


(目付きで誤魔化され……てはいないわね。体勢を崩せそうに無い……顔が無くても身体つきだけで強いのがわかるわ)


 知り合いの軍人よりも、纏っている雰囲気がキナ臭い。


 身体に沿うようなニットに、レザーのパンツ。その為、体型や筋肉のつき方が見て取れる。


(コレを拘束もしないで野放し? アツヒト達はバカなの?)


 全身が凶器。このレベルなら素手で人を殺せるのはバカでも分かる。


(ゴリラを野放しと差が無いわよ? 普通檻に入れるでしょ?)


 ゴリラ扱いは流石にタツオが哀れだが……実際、本当にゴリラを殴り殺せそうにみえる。


(その割に顔は文明人ね。目を閉じてれば真面そう? それで油断した?)


 メグミにはアツヒト達がタツオを拘束しなかった理由がそれ以外思い浮かばない。


(短いツンツンヘア……まあ雰囲気には合ってるけど……若い……わよね? 二十歳超えてる? 超えて無い? どっちだろ?)


 アツヒトは明らかに大人だと分かるが、タツオは年齢が判り辛い。


 その圧倒的な肉体からは年齢が読み取れない。


 顔も目付きの所為で年齢が判別出来ない。


(この髪型で社会人って事は無いわよね? でもカタギじゃ無ければこの髪型で大人な可能性も有り?)


 街中で一番絡まれたく無い人種かも知れない。


(コイツも素手じゃあ勝てそうに無いわね。小口径だと銃器も効かなさそう。アツヒトはスタンガンでも用意してるのかしら?)


 だがスタンガンも余り効果がなさそうだ。


(街中で襲われたら、逃げて交番に駆け込むしか無いわね。でも……警察の拳銃だと筋肉を貫通できなそう……)


 ただ今はそれが頼もしい。


(タツオが仕掛けたら、私も仕掛けるかな。肉壁としては最高でしょ?)


 囮りにする気マンマンだった。


(壁のランプに飛びついて引き剥がす! タツオに正面を担当させて、背後から回り込んで頸動脈を狙う。ランプの傘の突起はそれなりに鋭い。イケるわ)


 他の男子の動きが予想出来ないが、タツオなら一人でも時間は十分稼げると判断した。


(電球コードも手に入るかも知れないし、手に入ったら締め落としても良い)


 アツヒトの仲間が増援に来る可能性が高いが、数人は道連れに出来ると踏んだ。


(有る程度は出たとこ勝負、せいぜい足掻かせて貰うわ)


 拘束しない、その油断を最大限利用する。


 黙って自由を奪われる気はサラサラ無い。抵抗しないで屈する気もない。


 手足が折れようと、たとえ死んでも抵抗する。


(犯罪者如きが私を好きに出来ると思わない事ね)


 最悪舌を噛み切る覚悟は出来ている。


 移動して自由を奪われる前に仕掛ける決心をした。


(ふふん、タツオは仕掛ける気マンマンだもの。なら仕掛けない選択肢は無いわ)


 先程からタツオは、普通に立っているように見えて全身の筋肉を微妙に動かしてウォーミングアップをしている。


 コレに乗り遅れて他にチャンスが有るとは思えない。


「ん? うん……タツオ君ね。えータツオ君、君の最初の質問に答えよう」


 アツヒトはタツオの殺気に隠れて、戦闘準備をしているメグミに、一瞬視線を向けた。


(流石に殺気は勘づかれるか……上手く誤魔化せてると思ったんだけど……やっぱりアツヒトも戦い慣れてるわ)


 メグミは喧嘩慣れはしていても、当然、人殺しはした事が無い。


 決めた以上躊躇うつもりは無いが、殺気を誤魔化せるほど慣れていない。


(……でも、それでも仲間を呼ばないのは何故? 近くには居ないって事?)


 そうでは無く、アツヒトが自分の腕に自信が有る可能性も……


(どうだろう? アツヒトも強いけど、タツオも化け物クラスよ。体型だけならタツオの圧勝。武器を考慮しても良い勝負でしょ?)


 それにアツヒトはメグミの殺気にも気が付いていた。


(私程度は考慮する必要も無いと思われてる? ムカつく、あの世で後悔させてやる!)


「そう此処は『日本』じゃない、それどころか今君たちのいる惑星は『地球』ですらない」


(はぁ? 地球じゃ無い?)


 狂人の戯言にしては、その妄想のスケールが大きい。


(けど何処まで妄想? 何処までがウソ? 日本じゃない? 海外に連れ出された後? だから余裕あるのかしら)


 ここが日本で無いのなら、例え逃げ出しても簡単に逃げ延びる事が出来そうに無い。


「僕もね、結構こっちで世界中を旅してまわって調べたさ。ここはね地球じゃない。地球の未来でも過去でもない全く違う惑星だ」


(まだ言うの? ん~真面そうなのに残念な人か……それとも今更ヤバいのに気がついて時間稼ぎかしら)


 ただ妄想にしては面白い。


(地球の過去や未来ね。違う惑星……そう確信するだけの何かがあったって事? 虚言の割に設定が細かいわね)


「……僕も君たちと一緒さ、君たちと同じ様にこの場所に連れてこられた」


(同類アピール? やっぱり時間稼ぎ? タツオはまだ仕掛けないし……アツヒトから出来るだけ情報を引き出す気かしら)


「二番目の質問にも答えるけど、自信を持って言える。僕は『日本人』だ。間違いない」


(海外か……海外だから日本人を強調するのかな? けど……面倒ね海外。英語とか話せない。大使館があると良いのだけど)


 この場を切り抜けても、その後にもう一苦労しそうだった。

 

「まあ僕はこっちに来てもう10年以上になるけどね。そして今この場に居る人達は、全員『日本人』だよ」


(まあ皆んな日本語だからね。言われなくても日本人でしょうよ)


 周囲の女子も男子も日本語で呟いていた。日本語以外の言語はこの場で聞いていない。


(10年ね。コレはもしかして本当かな? 日本人を強調したくなるほど日本を離れてるって可能性は有るわね)


「地球じゃないだとっ? 何だそれは? 別の惑星ぃ……巫山戯るなっ!!」


 タツオが切れた。流石にアツヒトの妄言に付き合いきれなかったらしい。


(でも仕掛けない。準備は続けてるのに……思った以上に慎重ね。ただの腕自慢のゴリラじゃ無い。知恵が回るって事?)


「なんで俺がこんな所に居なきゃ成んねんだぁ、なんかの悪戯なら直ぐにやめろ!! おれは気が短えぇんだ、ブッコロがすぞてめぇ」


(気が短いって態々言われなくても見れば分かるわよ。どう見てもアンタは短気よ)


 タツオは恫喝して情報を引き出す作戦のようだが……


(アツヒト相手に上手くいくかな? アツヒトって思った以上に場馴れしてる)


 そう思いつつもメグミも同じ手しか思い付かない。


(現在位置が海外の可能性が有る。もう少し情報が欲しいわ)


 それに……アツヒトの妄言は可なり突拍子が無い。巫山戯るにしても巫山戯過ぎだ。


(ほんと何にそれ? だよね。揶揄うつもりならタチが悪い)


 タツオの恫喝にアツヒトはちょっと困ったように笑い。タツオを宥めるようにしていた。


「まあまあ落ち着いて、今の君の気持は良く分かるよタツオ君、昔の僕も同じ気持ちだったからね」


(ああ、クソッ、乗って来ない……煽り耐性半端無いわね。大人の余裕とか要らないのよ今は! もっと情報を寄越しなさい!)


 襲う側としては、相手に感情的な揺らぎがある方がその隙を突き易い。


 アツヒトの様な冷静な相手は何ともやり辛い。


(こっちを妄言で煽るくせに、自分は恫喝に余裕をもって冷静に答える……何て面倒な……しかも犯罪者が善人面……落ち着け私。チャンスは一瞬よ)


「こんな状況だからね。色々誤解もあるだろうし、疑問もあると思う」


(誤解? 誤解……)


 記憶の欠落から、自分の思考がミスリードされている可能性は有る。


 メグミも一度考えた可能性だ。


(可能性は大いに有り得る。殺してから誤解でしたじゃあ流石に……問題よね?)


 大問題だった。


(ふむ……でもイケメンは敵! 例え間違いでもセーフ?)


 どう考えてもアウトだ。


(さ……最悪、未成年って事と混乱状態って事で……無理か……)


 無理だし、この考え方は色々と最低過ぎる。


(私だって人殺しがしたいわけじゃ無いわ。けど黙って好きにされる気はもっと無いわね!)


 犯罪組織に誘拐された場合、女性は生きている方が辛い可能性が高い。


(それでも情報不足は否めないわね。でもチャンスも逃したく無いし……)


 殺さずに無力化出来れば一番良いが、それが出来る程アツヒトが弱く無い。


(今まで敵の強さを見誤った事が無いのよね。どう考えても強い。手加減なんて無理よ)


 メグミが昏い決断をする一方。その対象のアツヒトは困り顔でタツオに告げる。


「でもね、君が納得するまで説明するのは、此処では流石に不味いと思うんだ」


(情報を出し渋る……やっぱり時間稼ぎ? ここでは不味い? 何が……)


「なにせここは寒いからね。君は大丈夫でも周りの女の子が()たないよ」


 メグミは指摘されるまで、すっかり周りの女子の存在を忘れていた。


(あっ! ……そうだった……アツヒトを倒すのは良いけど、その後この子達も連れて逃げないとダメだったわ)


 例え自分の好みからは少し外れたとしても、女子を見捨てる気は無い。


(そこそこ可愛いって事は、最低限はクリアしてる。話してみたら案外馬が合う可能性は大いにあり得る)


 なら助けない選択肢は無い。


(吊り橋効果も期待できるもの! 助け出せればその後の見返りも大きいわ!)


 ……何処までも自分の欲望に忠実だった。下衆とも言う。


(苦労する分の見返りを期待して何が悪いって言うの? 当然の権利よ! けど……助力が期待出来ないだけじゃ無くて、足手纏いなのよね実際……)


 周りの女子には戦闘力どころか、戦闘耐性も余り期待出来ない。


(野郎はゴツいのが多いのに、女の子は華奢なのが多い……しまった……思った以上にハンデが多いわ)


 アツヒトを殺した場合、悲鳴を上げる可能性が高い。


(下手に騒がれると、増援が想像より早く来るかも……余り派手に血を流させたら不味いわね)


 如何倒すか、大変悩ましい。


 そうで無くても不利な状況でこの制限は正直キツい。


「取り合えず直ぐそこだから、場所を移動して暖かい部屋で話さないか?」


 アツヒトがそう提案して来る。


 それに対してタツオは、注意をアツヒトに向けたまま周囲を見回す。


 そこには寒そうに自分の体を自分の腕で抱いているメグミ以外の女子達がいた。


 急にタツオの殺気が消える。


(はっ?! ……えっ? ええええぇぇぇぇ!)


 意外だった。イヤ……意外過ぎた。


(ヘタれた! このゴリラ、ヘタれたわ! ちょっと待ちなさいよ。肉壁! 私の肉壁がぁぁぁぁ)


 タツオを肉壁とする事で見えた勝ち筋だ。メグミは徹底的にタツオを肉壁として利用する気でいた。


(女子は助けても男子を助ける気は毛頭無いわ! 精々利用させて貰う……予定だったのにぃっ!)


 タツオが当てに出来ないとなると勝ち筋の前提が大幅に変わる。


 倒し方どころか勝ち筋を探り直す事から始める必要があった。


「わあったよ……わりぃな寒い思いさせて、アツヒトさんよぉ、とっとと案内してくれや」


 タツオはメグミの想像を超えて紳士だった。


(ゴ……ゴリラの癖に紳士とか……期待外れも良いところだわ! さっきまでの勢いは如何したのよ!)


 散々ゴリラ呼ばわりだが、タツオの顔にゴリラ要素はない。


 その目付きの鋭さとシャープな輪郭から、猛禽類、鷹などの方がイメージが近い。


(野郎の顔なんざどうでも良いわ! ゴリラ並みの筋肉量ならゴリラなのよ!)


 そもそもメグミは男に興味が無い。よってその顔にも興味が無かった。


(何で急にヘタれるのよ……周りの女子を見てってのは分かるわ。私もそう思うもの……けど!)


 このチャンスを逃して今後チャンスがあるかどうかが不安だった。


(ただ……情報不足なのも確かなのよね。逃げるにしても重要な情報が何も無い)


 相手の組織の規模、アツヒトの仲間の所在、この施設の概要、現在位置。全てが不明。


(ふむ、この場所が有利とは限らない……女子の安全を確保する意味でもタツオは様子見する気……かな?)


 メグミの当初の想像よりもタツオは冷静で頭の回転が早い。


 それにタツオの場合、素手で仕掛ける事が出来る。


 武器が必要なメグミより、仕掛ける場所を選ばない。


(ああもうっ! 気は短いし、口も悪いのに、案外良い奴とか、何よそれ!)


 女子に気を使う様なタイプにはみえない。


(見た目は、周囲の女子の事を指摘されようと、そのまま野獣の様にアツヒトに襲い掛かるタイプでしょうが!)


 メグミの中のタツオ像が酷い事になっていた。


(はぁ~まあ良いわ)


 取り敢えずまだ拘束はされていない。


(移動中に武器になりそうな物を確保出来る可能性もある。最悪……移動中に背後から仕掛ける事も可能……私も少し様子見しようかしら)


 この部屋で得られる情報は少ない。部屋から出る事で何某かの情報が得られる可能性も高い。


(場所に関しての情報が少な過ぎるのよね。先ずこの施設は何か? その情報が得られるだけで今後の方針が立て易くなる筈)


 今の所、全て不確かな推測情報しか得られていない。その為、何よりも確実な情報が欲しい。


(確定情報が欲しい……取っ掛かりとなる確定情報が有るだけで随分と動き易くなるわ)


 誤解で人の命を安易に奪う事も躊躇われた。


(仕方ないわね。その命、次のチャンスまで預けといてあげるわアツヒト! 感謝なさい)


 その思考は悪役そのものだが、メグミは気が付いていない。



「ん、オーケー、タツオ君。それに皆も案内するから付いて来てくれるかな?」


 アツヒトは軽くそう言うと、あっさり背中を向ける。


(くぅぅ千載一遇のチャンス……っぽいのになぁ。無防備を装っても気は抜いて無い……嫌になる程強いわね)


 アツヒトは背中に目がついているレベルの達人らしい。


 背中を向けて居るのに、見られている気配を感じる。


 まあ何方にしろ様子見を決めたので、襲いかかりはしないが、色々と惜しい。


 それはタツオも同様の様で、口ではアツヒトの提案に素直に従う様に言いながら、油断が有れば即襲い掛かるつもりだったらしい。


「チッ、クソが……」


 舌打ちをしていた。


(アツヒトにも聞こえてる筈なのに……動きに遅滞無し……全くクソ野郎だわ。誘ってやがるわね)


 そのままアツヒトは悠然と歩いて出入り口から部屋を出て行ってしまう。


(あそこが部屋の出入り口か……ああいうデザインじゃ無くて、あの一段下がった壁は出入り口前の衝立?)


 アツヒトが出て行った出入り口は、正面の石壁が四角く一段凹んで下がっている場所に有る。


(扉すら無い部屋……やっぱり此処は監禁する為の部屋じゃ無いわね)


 造りが益々アトラクション施設の様だ。


(扉は無いけど、外の光と風の侵入を上手く阻んでる。ただ……公衆トイレが真っ先に頭に浮かんだのは……)


 公衆トイレにも似た様な出入り口の造りがある。だが……


(冷えたからかな……)


 ちょっぴりトイレが恋しい。


(アトラクション施設ならトイレも併設されてそうなモノなのに……この部屋には無さそうね)


 アツヒトの出て行った出入り口以外に似た様な造りの場所が無い。


(アツヒトは右に抜けたけど左は? そっちに有る? それとも両方外に出れるタイプ?)


 やたらとトイレが気になる。割とピンチなのだろうか?


(へっ……平気よ! まだまだ大丈夫。ちょっぴり冷えただけだから。我慢できるもの!)


 …………


(アツヒトが出て行って、ちょっと緊張が緩んだ所為よ! うん、きっとそう! 気合いを入れ直せば、きっと平気)


 ただ……分単位なら我慢できても時間単位では我慢できそうに無い。


(乙女のピンチね。移動中にそれらしいのが有ったら駆け込むべきかしら?)


 犯罪者に咎められようと知ったことでは無い。


(まあ良いわ。その時はその時、なる様にしかならない。それより……あのランプは引っぺがして持って行くべき?)


 メグミは思考を切り替える。


(今のところ唯一の有力な武器なのよね)


 メグミは素手でもある程度は戦える。


 相手がアツヒトで無ければ素手のまま襲いかかり既に倒していただろう。


(相手が悪過ぎね……)


 メグミの良く使う喧嘩の手段は、脚を払って、相手を転倒させ、その隙に急所を蹴り砕く方法だ。しかし……


(脚を払っても恐らく避けられる。それにあの重心の落ち着きだと、逆に体重差を利用されて此方の体勢を崩されるわ)


 体重の軽いメグミは、アツヒトの様に動き無くドッシリ構えられると脚を払うのが難しい。


(打撃系はもっと無理。金的を狙うのは読まれる……他の急所には背が届かない)


 アツヒト相手では身長差が有り過ぎて、金的以外に狙える急所が無い。容易に狙いを読まれて防がれる。


(関節技が一番確実なんだけど……実戦慣れしてる奴は、平気で片腕犠牲にして反撃して来るのよね)


 素人相手なら腕の一本も折れば、大半の戦闘力は奪える。


 だが痛みに耐える玄人は、その腕を犠牲に逆にメグミを捉える。


(アツヒト相手で関節を決めるなら腕、手、指。何処を折っても平気で反撃して来るわね)


 捕らえられれば、体格と腕力に劣るメグミは簡単に押し潰されるだろう。


(やっぱり素手は無理……武器が必要よ)


 武器に殺傷力さえ有れば、それを最大限活かせるスピードがメグミにはあった。


(あのランプの傘の突起なら刺突に使える。膝裏だろうが何処だろうが腱を狙って刺せる。体勢さえ崩せば頸動脈も眼も狙える……殺せるわ)


 握った自分の手を傷つける可能性が高く、決して使い易いとは思えないが、人を殺せる武器になる。


(ただアツヒトは出て行ったとはいえ、アレを剥がすのに音がしたら、流石に戻って来るわよね?)


 音を立てずに剥がすのはメグミの腕力では恐らく不可能だろう。


(運良くポロっと取れても、隠し持つには大きすぎ……)


 武器をその手に持ったのが発覚した時点で、殺し合いは避けられない。


(情報の無いまま殺し合うなら、この場で仕掛けるべきだった……けどそれをしなかったんだから、もう少し情報が欲しいわ)


 情報と引き換えに見送った以上、情報を得ぬまま殺し合う事は避けたい。


(となるとあのランプは諦めるしか無いわね。惜しいけど……)


 メグミがランプを見つめて、それをどうするか心の内で葛藤していると、ふと視線を感じた。


 直ぐに視線を追うと、タツオがアツヒトの出て行った出入り口に向かって歩いている。


 既に視線は出入り口を向いており、メグミに視線を向けていた事すら感じ取れない。だが……


(間違い無く一瞬視線を感じた……で一瞬で興味を無くすか……)


 メグミにはタツオのその無言の大きな背中から声が聞こえる気がした。


(『くだらねえ』って言われた気がする!)


 メグミには必要不可欠な武器だが、タツオには全く必要無い。


(チクショウ! 何だか上から見下されているみたいでムカつく!)


 タツオとメグミでは、その身長に大人と子供ほどの差が有る。


 タツオが自然にメグミを見つめただけで、その視線は見下ろす事になるのでメグミの受けた印象は間違ってはいない……


 間違ってはいないのだが、それはメグミの印象であって、タツオに実際にその意思が有るかは不明だ。


(ふんっ! まあ良いわ。ゴリラめ、精々肉壁として使い潰してあげる。見下した事を後悔するが良いわ!)


 あくまでメグミの印象で、これはメグミの心の声だ。


 負けず嫌いなメグミは、例え内心であろうと負けたく無いらしい……


(でも……やっぱりコイツも化け物ね)


 ポケットに手を突っ込んで、不良の様に歩いているが……


(何の格闘技だろ? あの歩き方であの重心移動……体幹どうなってるの? あれだけ背が高いのに、全くそれを感じさせない)


 見た目に背の高さを感じさせないのは、脚が抜群に長いタツオのスタイルの良さも多分に寄与している。


(ただアレだけ長いと普通、腰高感が出て重心がふらつくのに……蹴り技主体かな? あっ……でも上半身も凄い。実戦形式の統合格闘技?)


 肉壁としての性能は、これ以上望むべくも無い好物件だった。


(アレ?! コイツ靴を履いて無い! ソックスだけ? 何で……)


 ただ……自分も同じだった。


(おおうっ! 冷たいと思ったら私も履いてないわ……何で?!)


 何時靴を脱いだのか全く記憶に無い。


(鈍い? 違うっ! 他に一杯考えてたでしょ? リソースがこっちに回らなかっただけよ!)


 実際に自分の足元を気にする余裕が無かった。


(家の外だし、当然靴を履いているって思ってたけど……考えたら着てる服が部屋着なのよね)


 メグミは家ではスリッパを使わない。


(だって邪魔でしょ? それにペタペタ歩くのは嫌いなの)


 だが他の家族はスリッパを愛用している。


(リホーム済みとはいえ、日本家屋でスリッパってどうなの?)


 メグミの家は元々純和風建築。畳を取っ払い、フローリングに改造しているが日本家屋には変わりない。


(一階は畳の部屋も残ってるし、スリッパとか必要ないって思うんだけど……叔母様達もスリッパなのよね)


 和室では態々部屋の手前でスリッパを脱いでいた。


(時代の流れなのかしらね……不便になってる気がするけど……)


 健康優良児で御転婆なメグミは気にならないが、板張りの廊下やフローリングの部屋は足元が冷える。


 女性連のスリッパはその冷え対策だった。


(けど……普通こんな石の床の様な場所に、靴やスリッパも無しに来るかな?)


 剣道で慣れている為、フローリング程度は気にならない。


 だが、流石にこの場で何も履いてないのは不自然だ。


(拘束もしないで靴だけ奪った? 移動力封じ? 周辺は靴でも履いて無いと移動できないほどのゴツゴツの岩場とか?)


 ソックスしか履いて無い状態だと痛そうでは有る。だが我慢すれば移動出来ない程では無い。


(すっごい中途半端ね。嫌がらせ程度しか役に立って無い)


 色々メグミが思い悩んでいる内に、タツオは部屋を出て行った。


(……特に物音はしない。危険は無さそうね)


 タツオが一切抵抗出来ずに倒される事態は考え難い。出入り口を出た途端、襲われる事は無さそうだ。


 そして、無言でアツヒトとタツオのやりとりを聞いていた男子達は、やはり無言でタツオに続いて出入り口に移動していた。


(草食系? まあガタイは大きいし何かスポーツはやってそうね。けど……あまり強くは無いわ。コイツらなら素手で倒せそう)


 メグミの男子を見る基準は自分が勝てるかどうか、それだけだった。


 そして女子も男子の後を追って移動している。


(まあ今更ここに残っても意味無いか、私も行くかな)


 メグミもトコトコその後を追う。


(なんでもっと厚めのソックス履いてないかな私は、足の裏冷たいんですけど!)


 因みに出入り口は左右とも部屋の外に通じていた。


(……トイレは何処よ!)



 部屋を出るとそこは、部屋の中より明るく感じた。


(野外? 野外よね? 今は夜っぽいのに明るい……何故?)


 出てきた建物は外から眺めると石造りの塔の様にみえた。


 そしてその塔から、これまた石橋で向かいの大きな建物に通路が繋がっている。


(あの建物も石積み? 煉瓦? 形が揃ってるから煉瓦かな? 基本骨格は木か……今時珍しい造りね)


 中世ヨーロッパ様式の建物に似ていた。


(石橋か、ここ結構地上から高いわ。向かいの建物の二階に繋がってる……欄干から飛び降りるのは流石にキツいかな)


 向かいの大きな建物は天井が高いのか、二階で地上から五メートル以上高さが有る。


 更に石橋の下は丁度影になっていて暗く、良く見えない。


(地形が良くわからない。中途半端に明るいから……)


 照明は部屋の中にあった様なランプが石橋の左右に二つ、塔側と建物側で併せて四つ有るだけ。


 石橋は長さが20メートル程、幅は3メートル程有る。


 その為、肝心の石橋中央付近が暗い。


(もっと照明増やしなさいよ! 危ないでしょうが! って、結構中途半端に明るいわね。なんで……)


 メグミが見上げると、そこには星が溢れるような夜空が広がっていた。


(うわっ! 何これ……星に手が届きそう。凄い、こんな綺麗な星空初めてみたわっ!)


 澄み切った冷たい空気、そこで瞬く満天の星空。


 絶景だった。


 他の皆もメグミと同じ様に夜空を見上げて唖然としている。


(これは……本当に日本じゃ無いかも。ここまで澄んだ星空……日本でも相当ど田舎? けど星の配置が見慣れない様な……)


 星が明る過ぎる所為もあるが、見慣れた星座が一つとして見つからない。


(寒いし、冬で間違い。なのにシリウスさえわからない。オリオン座は何処? ……もしかしてここって南半球かしら?)


 正確にはシリウスが見つからないのでは無い。シリウスの様に明るい星が見つかり過ぎて、どれがシリウスだか分からない。


(星が綺麗に見え過ぎるのも問題ね。この数の星から一番明るいのって……どれ?)


 割と無理ゲーな気がする。


(ここが屋内でこの夜空が人工的な物って線は……無いわね)


 『作り物』故に見慣れない、一瞬その可能性も考えたが、直ぐに否定する。


(こんな澄んだ空気で屋内? この夜空を人工的に再現出来たら連日バカップルが押し寄せるわ。聞いた事が無いって事は、やっぱり南半球のど田舎かしら)


 南半球でも、都市部ではあり得ない。そんな空気の澄み方だ。


(日本への帰路を考えると頭が痛いわね。先ずは都市部まで移動か……)


 ただしどの方向に都市が有るのか分からない。


(そもそも徒歩で移動出来る距離とは思えないわ。ジープを奪えるかな? オートマだと良いんだけど)


 無論メグミは無免許だ。しかし、オートマなら運転出来る。


(あの程度ならみてれば分かるわ)


 親の運転する車で見て覚えた。ただ親の車はオートマだった為、マニュアルは良く分からない。


(クラッチが追加されてて、クラッチ踏んでギアチェンジだっけ?)


 ちょっと練習したら何とかなりそうな気がする。


(けど……そもそもどっちが北で何方が南? って……)


 方向を見定めようと周囲を見渡そうとした、その時、石橋の半ばでタツオが一点を見つめ固まって居るのに気が付いた。


(アイツ固まってる? んっ若干目を見開いて居る様な……何を見て驚いて……えっ!)


 タツオの視線を追う。その先には……


(ええええぇぇ!! 何これ?! 大きい! 大き過ぎるっ)


 月が有った。ただし普段見慣れている月よりも遥かに大きい。


(10倍? イヤもっと大きい!)


 あり得ない大きさの満月が夜空に浮かんで燦々と輝いていた。


(んん~? あっ! 違う……クレーターが無い)


 メグミの知っている月では無い。


(作り物……な訳無い。アレ? アレレ?)


 若干その月光の色まで違う。白よりも青白い。


(んなバカな……)


 これではまるで……


 丁度その時、向かいの建物の出入り口で、扉を開いて支えていたアツヒトから声が掛かる。


「本当に大きい月だよねぇ、地球じゃないって意味も分かるだろ? 因みに小さい青い月がもう一個あるんだけど、生憎今日は見えないねぇ」


(…………ふっ、命拾いしたわねアツヒト! 今日の所は見逃してあげるわ!)


 メグミは本当に負けず嫌いだった。



 後日譚だが、アツヒトはその日の事をこう振り返っていた。


「いや僕もこれまで案内人を何度も経験しているけど、女の子で僕を殺そうとしたのはメグミちゃんだけだよ」


「そうなんですか? でも女の子でって、男子は?」


「う~ん、やっぱり記憶の欠落や混乱で、誘拐だって勘違いする子が多くてね。偶に襲いかかってくるよ」


「案内人も結構大変ですわね」


「大丈夫だよサアヤちゃん。それも想定した上で、案内人の人選はされているから、特に今まで問題は起こってないよ」


「案内人は実力重視ですか。まあでも、メグミちゃんなら誘拐犯は殺そうとするでしょうね」


「当然よ。好きにさせる気は無いわ!」


「でも良かったわね。殺す前に誤解だって気が付いたんだもの」


「お姉さまは如何だったんですか? メグミちゃんみたいに勘違いしてましたか?」


「私は……誤解も何もボーっとしてる内にみんな移動しちゃったから、慌てて追いかけて、月を見てビックリしたわね」


「ノリネエは低血圧で寝起きは何時もボーっとしてるものね」


「そうでしたわね。お姉さまは朝が弱いんでしたわ」


「召喚されたのは晩だけどね」


「時間の問題じゃないわ。寝起きがダメなのよ。分かってないわねアツヒトは」


「メグミちゃん、今のはサアヤちゃんとの会話の流れだよ?」


「まあ何にしても、ノリネエが早く覚醒しなくて良かったわ。覚醒したノリネエなら間違いなくアツヒトをぶち殺してるもの」


「そんな事……無い……有るかしら?」


「えぇっ……ノリコちゃん有るの?!」


「ノリネエが誘拐犯を見逃す筈がないでしょ? 例え自分が殺されても相手の息の根を止めるわ」


「うっ……そうかも……」


「アツヒトさん、良かったですわね。お姉さまの寝起きが悪くて命拾いしてますわ」


「う~ん、なんだろう、この素直に喜べない気持ちは? でもメグミちゃんが喜んでくれたのは意外で嬉しいかな」


「何を勘違いしてるのアツヒトは? 私が喜ばしいのはノリネエに怪我が無かった事よ。アツヒトが如何なろうと知ったこっちゃ無いわ」


「流石にアツヒトさん相手では、お姉さまも無事では済まなそうですものね」


「ノリネエは下手に腕力が有るから、アツヒトでも無傷で取り押さえるのは無理ね」


「二人とも僕の心配もして欲しいなぁ」


「私はね。後悔してるわ」


「メグミちゃんでも後悔する事が有るんですか? 意外ですわ」


「大丈夫だよメグミちゃん。結局何も無かったんだから、後悔なんてしなくても……」


「なんであの時、私はアツヒトを殺さなかったのかと、ホント後悔しきりだわ」


「アレ……?!」


「あの時なら、混乱してたって言い訳で殺しても罪には問われなかったそうよ」


「そうなんですか?」


「受付嬢のお姉さんに確かめたから間違いないわ。その時『チャンスが有ったらやっちゃって』って依頼されてるから、私は諦めて無いけどね」


「えっ……っと誰に何を依頼されたのかな? それに諦めてない?」


「誰にってより受付嬢のお姉さん達ほぼ全てよ。全面的に協力して決して罪には問われない様にするから、遠慮なく殺して良いそうよ」


「普段の行いの成果でしょうね……」


「アツヒトさんは今だに悔い改めていないと……仕方ないのかしらね」


「あの……三人とも冗談……だよね?」


「良いアツヒト、イケメンは私の敵なの。更に召喚されたばかりの女の子達を食い物にするクソ野郎は、私の狩りの獲物でしか無いわ」


「うっ……」


「よってアツヒトは死刑確定よ。受付嬢のお姉さん達もプリムラ様が止めてるから我慢してるだけって言ってたわ」


「『使い道が有るからまだ殺すな』でしたっけ?」


「まだ?!」


「私はプリムラ様にまだ止められて無いから殺してもOKってわけ。油断したらサックリいくから覚悟しなさい」


「えっっと、殺害予告されてる?」


「大丈夫よアツヒト。私はアツヒトを殺す程度の些事で怪我をするつもりは無いの。だから油断しなければ大丈夫」


「それは大丈夫って言うのかな?」


「365日、24時間、油断しないことね」


「サアヤちゃん、ノリコちゃん、助けてっ!」


「はぁ~、無理ですわ」


「そうね、これでは無理かしら?」


「何故っ?」


「ここまではっきりとメグミちゃんに殺すぞと脅されても、一切反省がありませんわ」


「もう二度、女の子達に手を出さないと誓うでも無い。メグミちゃんに殺されても仕方ないわね」


「アッレー変だな……昔の笑い話の筈が、笑えない展開なんだけど……」


「何時まで笑えるかしら? 楽しみね。大丈夫、痛くしないから」


「だから笑えないからメグミちゃんっ!」

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