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異世界迷宮物語 ~剣聖少女はハーレムを夢見る~  作者: 綾女
二章 大魔王迷宮 その1
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第33話一休み①

 メグミはイライラしながら目の前の『グラインダーパイン』を切り倒す。

 するとこれが最期の一匹だったのか追加の『グラインダーパイン』が襲いかかって来ない。もう何匹か瀕死の『グラインダーパイン』が居た筈だが、メグミが攻撃を躱して先程の『グラインダーパイン』を斬り裂いているうちに力尽きた様だ。

 全ての『グラインダーパイン』の死骸が魔素に分解し始めていた。


 改めて周囲を見渡すとあれ程いた魔物の大群が殆ど倒されている。


「ふむ、流石にこの辺りの魔物も品切れかしらね? 魔物の数が減ってきたわ……

 皆んな! 追加も来ないし、一気に片付けて一旦休憩するわよ!」


 メグミがそう指示すると、


「そうですね地下1階は魔素樹の御蔭で魔素が薄いですから、こんなに魔物を倒したのに……魔物が魔素に分解しても魔素樹に魔素が吸収されてジャックポットさえ起こりませんわ」


そう言いながらサアヤがメグミの元に歩み寄ってくる。

 サアヤの言うように地下1階は、少ない魔素から発生した小さな魔結晶を、光合成をしながら魔素を吸収して育てた植物系の魔物が多く、魔物の発生頻度自体は低い。


「ん、サアヤの方は終わったみたいね?」


「ええ、久々にスッキリしましたわ」


「まあね、スッキリするのは良いけどさ、ドロップアイテムまで切り裂かないでよ! 勿体ないでしょ!」


「うっ……最後の方の蜂蜜は無傷ですわ! 最初の方のは仕方ないじゃないですか、あの数ですよ? 先ずは数を減らすのが優先ですわ」


「最初は良いけど中盤以降はもう少し丁寧に狙えばドロップアイテムを傷付けずにどうにか出来たでしょ?

 撃つ方に夢中になってドロップアイテムの事忘れてたでしょ?」


「まあまあメグミちゃん、今回は仕方ないわ。こんな大群に襲われたんだもの。サアヤちゃんの言う通り先ずは撃退が優先よ」


「もうっノリネエは甘いわっ! ってそっちも終わったのね? どう? 葉っぱは有った?」


「トレントリーフ? 一枚だけドロップしたわ、もう一枚くらい落ちて欲しかったけど、こればっかりは運ですもの」


「まっ仕方ないわね、確かに運だものね……ねぇノリネエもなんだかスッキリしてない?」


「習い始めたばかりの棒舞が実戦で活かせたのよ、嬉しくて今とても気分が良いの! ねねっ、メグミちゃん、どう? 棒舞も結構いい感じよね♪」


「そうね思った以上に攻撃力の有る武術ね。それに棒舞のスキルも魔物相手だと効果自体は薄いけど、全く効果が無いわけじゃないみたいね。普段より『ニードルトレント』の動きがにぶっていたわ。

 ノリネエの動きが良かったのもあるけど、ああも簡単に転がせたのはスキルの効果でしょ?

 なんで植物に魅了系のスキルが効果が有るのか不思議だけど……」


「メグミちゃん何か勘違いしてるみたいですが魅了系のスキルは色香で惑わして魅了する訳では有りませんよ?

 対人ではそちらの効果も加わって更に効果が高まります。けれども『魅了』はそれ自体が精神系の魔法なんですよ。

 今回は相手が精神が希薄な『ニードルトレント』だから効果が薄いだけで、魔物相手でも『魅了』は効果がある有用なスキルですよ」


「そうなの?! てっきり色香で惑わすスキルだと思ってたわ……私も剣舞のスキルを取れる様に練習してみようかしら? 魔物相手でも効果があるなら取って損は無いわよね」


「だから最初から言ってるじゃないですか……『剣舞』は豊富な関連スキルも魅力なんです、取らないのはもったいないですわ!」


「だって普通色物系のスキルが魔物相手でも効果があるとは思わないじゃない?」


「まあっ! そんな事思ってたの……言ってるでしょ? 名称は色物系だけど効果はちゃんとしたものが多いんだからね!

 けれどそうね、メグミちゃんが取得出来るのかしら? メグミちゃんの場合は何故か色っぽさより鋭さを感じるでしょ。

 メグミちゃんって何時も私のステータスを色物ってバカにしてるけど、イザ取得しようと思うと結構難しいのよ?」


「うっ、別にバカにしてた訳じゃあないんだけど……結構気にしてたのね……

 まあいいわ、私だって腐っても女よ! 頑張れば色物系の一つや二つ取得出来るわよ」


「そうでしょうか? お姉さまの言う通り、結構微妙かも知れませんよ?

 メグミちゃんは基本的に雰囲気が……こうなんと言っていいのか分かりませんが……そうですね殺気立ってるんですよ。

 その所為で色っぽい雰囲気が皆無ですからね」


「皆無っ!! そっそんな馬鹿な!! そんな少しくらいは色っぽいでしょ?! ね? えっ? マジで……?」


「そうね、言われてみれば……」


「いっ……色っぽい?」


「鋭いってよりも殺気なのかもしれないわね」


「そっちか! クソゥ! 殺気? そんなに漏れてる……おかしいわ出来るだけ抑えている筈なのに……」


「抑えてるって普段魔物と戦っている時、内心どう思ってますの?」


「えっ? いやお金が向こうからやってくるなと……カモネギ? 何だろう一匹倒すごとに頭の中でチャリンってお金の音がする気がするわ」


「流石にそれは如何なのかしら? 命を奪っているのよ?」


「ノリネエだって嬉しそうにパッカンパッカン砕いてたじゃない! なにノリネエは生き物の命を奪うのが好きな人なの?」


「ちっ違うわ! 魔物は危険なのよ、だから仕方なく……楽しんでなんて居ないわ!」


「あれ? お姉さま先ほど『棒舞』を実戦で行かせて嬉しいって……」


「あっ! ……うううぅ」


「まあ仕方ないわよ、ここら辺の雑魚はもう既に『敵』じゃないわ、何方かと言えば『獲物』だもの、脅威を感じないからじゃ無い?」


「それで……血に飢えた獣の様な感じで狩ってたんですかメグミちゃん、何だかイライラしてて怖かったですわ。そんなに強い相手と戦いたいんですか?」


「それは……ちょっと別件よ、他の件でイライラしてただけよ。……何? もしかしてそのイライラが殺気として漏れてたのかしら?

 斥候の訓練の一環で気配を殺して敵を倒してた筈なんだけど……」


「そうですね気配は抑えてましたね……けど見た目の殺気はちっとも抑えられてませんでしたよ?」


「見た目の殺気って何よ?」


「ですから血に飢えた獣のように獲物を求めて只管魔物を一心不乱に倒す様子が……修羅の様でしたわ」


「えっ……そこまでっ? そこまでなの? もうっもっと早く言ってよ! くうぅぅ、今後の課題ね。

 殺気ダダ漏れとかダメダメじゃない、もう少し殺気を抑えないと折角の斥候スキルで背後に回れないわ」


「誰の背後に回る気ですか?! メグミちゃん盗賊ギルドで斥候の訓練をしてたんですよね? 暗殺者の訓練じゃ無いですよね?」


「別に殺す為に背後に回らなくても、気配を消して背後を取るの技は色々使えるのよ?」


「何でしょうか……メグミちゃんの場合どうせロクな使い道じゃ有りませんわね……」


「いいでしょ何に使おうが! って私の事は良いのよ!

 今はノリネエの『棒舞』の話よ」


「あ、誤魔化した! 今誤魔化しましたね! 心に疚しい所が有るんですね、お姉さまメグミちゃんがまた良からぬ事を考えてますわ」


「そうなのメグミちゃん? 悪戯はダメよ?」


「うぅっ、ちっ違うわ! 別に可愛い子の背後を取って悪戯しようとか思ってないわ!」


「……メグミちゃん、本当にダメだからね」


「そっ、そんな事は如何でも良いのよ! 今は『棒舞』の話でしょ!」


「逃げましたわ、お姉さま!」


「今度『ママ』にも注意してもらいましょう」


「うぅ、そうねけど『棒舞』って思ってた以上に激しく動く武術なのね……

 ノリネエったらあれだけ動いたのにその割にはあんまり疲れてはいない様ね?

 流石はノリネエだわ、何処から来るのよその体力は?」


 ノリコは棒舞でメグミから見れば無駄な、棒舞として見れば必要な、エロい腰の動きや脚の動きを織り交ぜて戦っていたのに、数十匹に及ぶ『ニードルトレント』の大群を倒しても息すら上がっていない。


「何処って言われても……何処なのかしらね? 昔から余り運動で疲れた事が無いのよね……」


「ノリコ先輩って体力と言うか持久力がスゴイですね。

 あれだけ動いていたのに……カグヤ達でもそこまでタフじゃ無いですよ?」


「ん? カグヤも終わり? そうちょうど良かったわ

 カグヤはそこに正座ね、サアヤ共々少し反省しなさい!」


「えええぇっ!! そんなぁ?! なんでぇ? 何でですか! カグヤ一杯頑張りましたよ、ここはお褒めの言葉と、ご褒美のハグじゃないですか?」


「カグヤ! あんたが倒した魔物の方を見なさい! あれだけ倒したのに殆どマトモな状態のドロップアイテムがないでしょ!

 あんたは倒し方が雑過ぎるのよ、あの程度の雑魚ならもっと丁寧に倒したって大した手間じゃ無い筈よ、反省しなさい!」


「ええぇそんなぁ……」


「確かに良い薫りがしますね、これは『ローズオイル』も『アイリスの蜜』も殆ど粉砕されて飛び散ってますわね」


「サアヤは五十歩百歩よ。人の事は言えないわ、サアヤも反省しなさい!」


「ううぅっ」


「あら? メグミちゃんって結構厳しいのね? けどドロップアイテムと言ってもこの辺りのは安いものでしょ?

 魔結晶は残ってるのだし、少し厳し過ぎないかしら?」


「魔物とは言え命を奪っているのよ、その結果は余す事なく利用するのが命を奪った者の義務よ! ちっとも厳しくなんて無いわ。

 っと言うわけでアカリさんも正座ね、例外は認めないわ!」


「まぁ、メグミちゃんったら歳上にも容赦無いのね……お姉さんこんなに頑張ったのに……うぅ悲しいわ」


「わっメグミ先輩酷い、アカリ先輩泣かせてる!」


「涙ぐんでいるのは元からよ、玉ねぎが目に沁みただけでしょ! そんな偽物の涙には誤魔化されないわよ!」


「あら!? バレてるわ、残念……」


「もうっ! 反省してよね、見てよ食べられるところが殆ど残ってないじゃない」


「玉ねぎって目に沁みるのよね、お姉さんちょっと苦手だわ」


「アカリ先輩、はい水筒ですわ」


「ありがとうカグヤちゃん」


 カグヤから水の入った水筒を手渡されたアカリは、ハンカチにその水筒の水を含ませて目元を拭いている。


(『ブラッディオニオン』はね、コレが有るから嫌なのよね。

 まあ粉砕するから余計に目に沁みるんだろうけど……)


 料理に多用する食材だけにメグミも偶に狩に来るのだが、幾ら綺麗に切ってもその後切られた断面から刺激成分が揮発して目に沁みるのだ。


(温めたり冷やせば、成分が変化したり、揮発し難くなるって話だけど鮮度を考えると我慢してそのまま倒した方が良いのよね)


 メグミがそんな事を考えているとノリコが少し呆れた様に、


「メグミちゃんったら、誰が相手でも変わらないのね……けど流石にパーティに加わったばかりのアカリさんやカグヤちゃんに私達のルールを一方的に押し付けるのは良くないと思うわ」


そう言って窘める。


「何言ってるのよ、ノリネエは本当に甘いんだから! この戦闘だけならそれでも良いけどね、この後はフルーツ狩りの本番なのよ。

 そこでドロップアイテムの事を考えずに同じ様に闘われたら、肝心のフルーツが獲得出来ないわよ? ノリネエはそれで良いの?」


「うぅそれはダメよ、フルーツを楽しみに待ってる子供達が悲しむわ……そうね最初が肝心よね、うん、皆さん反省してくださいね。次からはもう少し丁寧に倒しましょうね」


「ノリネエもよ? 偶々ドロップアイテムが壊れ難いかっただけで丁寧に狩って無いわよ?

 まあトレントウッドは少しくらい壊れても売れるけど、ノリネエそこまで考慮した?」


「ううぅ、確かに私もドロップアイテムの事は忘れてたけど……」


「ノリコちゃんって正直なのね……今の聞き方なら幾らでも誤魔化せるのに」


「ノリネエは絶対に誤魔化さないからね、分かってるからああ聞いたのよ」


 不正を嫌うノリコは嘘や誤魔化しはしない。

 しかし、自分の事は棚に上げて他者を注意する辺りがノリコのノリコたる所以だろう。

 別に悪意が有るわけではない、本人に自分の事を棚に上げている自覚がない、単にそこに思いが至っていないだけ……天然なのだ。

 その証拠にメグミに注されると素直に自分からサアヤの横に正座している。


「お前ら何やってんだ?? なんで皆んなして正座してんだ?」


 そんな女子達の姿を見たタツオが呆れた声で尋ねて来る。その肩には『ソルジャーアント』の討伐を手伝っていたサアヤの風の精霊『風香』がちょこんと座っていた。どうやらタツオの大きな肩の座り心地が気に入ったらしい、ご機嫌なのかニコニコ微笑んでいた。


「タツオも終わったのね? 何って見てわからない? 今の戦闘の反省会を開いているのよ」


「イヤ、お前ら自分達の担当分が終わったんならコッチを手伝えよ!

 コッチは蟻酸でピリピリ痛え中頑張ってたんだぜ?」


 『ソルジャーアント』はその習性、ドロップアイテムの収集でも嫌われているが、ドロップアイテムでもある『蟻酸』を腹部から放つため、その習性だけでなく、戦闘においても嫌われている。


「だからよ、犠牲は少ない方がいいでしょ?」


「俺の犠牲は確定かよ!!」


「男が汚れ役を引き受けるのは当然でしょ。レディーファーストよ」


 メグミが何のかんの文句を言いながらも『グラインダーパイン』を担当した理由がこれだ。

 『蟻酸』を吹きかけられるのが嫌で、『ソルジャーアント』をタツオに任せて、硬くしぶとく厄介だが、被害の少ない『グラインダーパイン』を受け持ったのだ。


(女性にぶっ掛けるだなんて何だか下品だし、そもそも汚いわ。ここはタツオが犠牲になるべきよ)


「なっ!?」


 思わず激昂しかけたタツオをアカリが、


「まあまあ、落ち着いてタツオくん、ほらじっとしててお姉さんが拭いてあげるわ」


そう言って宥めながら潤んだ瞳でタツオの顔を濡れたハンカチで拭き始める。


(潤んでいるのは玉ねぎが目に沁みた所為だけど……色っぽいわね。空気が自然とピンク色だわ……もしかして『ブラッディオニオン』を自分から担当したのも計算?)


 そう当然計算だ。


 刺激成分が目に沁みる苦手な魔物をワザワザ自分から担当した理由がこれだ。

 綺麗なお姉さんに潤んだ瞳で見つめられて嫌な気分になる男子は居ない。

 『ソルジャーアント』さえ追加で襲ってこなければ、


「目に沁みて辛いの、ねえタツオくん、お姉さんの顔をちょっと拭いてくれるかしら? 鏡を持ってきてないから自分だと拭きにくいの」


 そう言ってタツオに拭いてもらう予定だったのだ。今回は役割が逆に成ったがこれはこれで有りだとアカリは思っていた。


「おっおう、ありがとよ。メグミもこれくらい気遣いできりゃあな」


「ちょっとピリピリする位で大袈裟なのよタツオは!」


 メグミはこう言っているが、この『ソルジャーアント』の蟻酸は強力だ。

 一般人にとってこの『蟻酸』は、皮膚に付着すれば腫れあがり、目に入れば失明の危険があるほど強力な劇物だ。

 タツオはその毒耐性のお陰か、ピリピリする程度で済んでいるだけなのだ。


 しかしこれが返って『蟻酸』の厄介さを増していた。『毒消し』の加護を使うほど症状が重くなく、かといって放置も出来ない。

 今回のアカリの様に濡れたハンカチなどで拭けばある程度症状が抑えられるのだが、根本的な解決にはならない。


 本来なら『毒消し』で浴びた『蟻酸』を分解するか、『洗浄』で洗い流すべきなのだが、迷宮内で魔力や精神力の無駄遣いは出来ない。そう判断してのアカリの行為だった。


 しかし、背の高いタツオの目元をアカリが拭こうとするとどうしても背伸びをする格好になる。

 更に見た目に反して胸が大きめのアカリがそうやって近寄ると、自然と胸がタツオのお臍の上辺りに押し付けられる。


(あれは当たってんじゃないわね……当ててるんだろうな……)


 そうワザと当てているのだ。鎧越しなのがタツオにとっては残念な気もするが、その柔らかな弾力は体にフィットした鎧越しでも感じれる筈とのアカリの策略だ。

 アカリも『毒消し』を使えば良いのは分かっていたがこのチャンスを掴む為に、ワザと『毒消し』を使わなかったのだ。


(フムフム、中々のボリュームね、こう押し潰れると一層際立つわね。

 モッサリした大地母神の神官服だから目立たないだけで、やっぱりアカリさん良い物持ってるわ)


 いつか絶対揉みしだこうとその姿を見ながら密かにメグミは決心した。相手がノン気で有ろうとメグミには関係ない。


 『美少女は全て自分のモノ!』


 これがメグミのスタンスだ。目の前に獲物が居てそれを放置する選択肢はメグミには無い。

 それは別にメグミだけではない。メグミに狙われているアカリも同様だった。

 目の前の獲物であるタツオを見逃す気はサラサラ無い様だ。既にタツオはアカリの獲物として完全にその手中にあったが、メグミはその点は無視することに決めたので気にしなかった。


(これはもう手遅れよね? やるわねアカリさん、ほぼタツオ落ちてるんじゃない?)


 顔を赤くしながらも大人しく目元を拭いてもらってるタツオを眺めてそんなことを思っていると、ノリコがハッと何か思いついたように笑顔になって、


「『雫』ちょっといいかしら?」


そう言って生命の花の精霊『雫』を召喚する。近くに咲いていた大きなラン科の植物の綺麗な白い花の中から、『雫』が姿を現す。


「なにノリコ? 何をすればいいの?」


(『雫』ってノリネエに宿っているのよね? 精霊門はノリネエ自身でも良いはずなのに、一々花から現れるのは何故なのかしら?)


 そう『雫』は近くに花が咲いていると必ずその花から現れるのだ。花がない室内などで召喚すると、ノリコの背後からフワッと現れるので、その必要はないはずなのにも拘わらず、何故か決まって花から現れたがる。


(精霊としての演出なのかしら? サキュバスといいなんの拘りよ? コッチの世界の人って変なトコに凝るのよね……)


 だがメグミが知らないだけでちゃんと意味がある。


 確かにカグヤやアカリの武器を取り出す演出に意味はない。しかし、『雫』の登場の仕方には意味がある。

 ノリコを触媒に精霊門を開くと多少では有るがノリコの精神力を消費する。

 ノリコ自身を精霊門として現界するより、花を触媒に精霊門を開いて現界する方がノリコの負担が少ないのだ。

 その為の『雫』の配慮なのだがメグミはその事を知らない……


「『癒しの領域』をお願いできる? このまま少しここで休憩するわ。疲労も回復するし、今日はこの後も『雫』は領域を維持したまま一緒に付いてきて」


「分かったわ、ノリコ」


 そう頷いてノリコの肩に座る『雫』。すると周囲に爽やかな花の香りが漂いはじめる。


「ん?? こりゃなんだ? ピリピリが消えたぞ?」


「あら? 私の玉ねぎが目に沁みていたのまで治ったわ、凄いわね」


「それがノリネエの精霊『雫』の『癒しの領域』の効果よ。

 『癒しの領域』はその名の通り一定範囲内に居る人の傷や状態異常なんかを徐々に治す『精霊魔法』ね。

 これだけ緑に囲まれている状態だと植物系でもある『雫』の力も高まるし、効果も向上するわ」


「そうなのか? こりゃ有難え、ノリコさん、助かったよ」


「そうねありがとう、ノリコちゃん。私の方もすっかり治っちゃったわ。凄い効果ね……だけど確かに有難いのだけど、良いのこんな事で無駄に精神力を使って? それにずっと領域を維持って、この『癒しの領域』を常に発動し続けるって事?」


 少し残念そうにアカリもお礼を言う。折角タツオを色仕掛けで誘惑していたのにそれをノリコに邪魔された格好になる。

 だがノリコに悪意も邪魔する意思も無いのは明らかだ。


 役に立てたのが嬉しいのかご機嫌なノリコは肩に座った『雫』に頬ずりしている。


「ウフフ、『雫』皆んな喜んでるわ、ありがとう♪」


「ん、ノリコ良かったわね」


 この様子を見ただけで単に善意からの行為で有ることはアカリも理解していた。


 ただ、先にも述べたがアカリであれば『毒消し』の『加護』が使える。下心があったのも間違いないが、ただ玉ねぎが目に沁みただけとちょっとピリピリするだけに『加護』を使うのは躊躇われたのも事実だ。これらの魔物が冒険者から嫌われる理由も、大した事はないが不快な状態になる事にある。

 いざと言う時に精神力が足らずに必要な『加護』が使えなくなる何て事態は避けなければならない。大きな怪我を負った際に、その傷が癒せずパーティが全滅することもあり得るのだ。その点をアカリは気にしている。


「それもそうね、『癒しの領域』は『雫』の特殊魔法で燃費は元々良いけど、流石に一日中維持して平気なのノリネエ?」


 メグミも気になってノリコにそう尋ねる。


「うん、その点は平気よ。この階層は周辺条件が良いもの。これだけ周辺に緑が溢れていたら、植物系の精霊でもある『雫』は自分でも周囲の精霊力を少しづつ吸収して補給できるのよ。だから恐らく平気よ、今も私の力は殆ど消費して無いわ」


「この効果でそんなに燃費が良いの?! 凄いわね」


「ノリコお姉さまの『雫』は『命の花の精霊』

 特殊精霊の特殊魔法ですから一般の魔法と比べてはいけませんわ」


「まあ『癒しの領域』自体それほど解毒効果が凄い訳でも無いんだけどね。

 だって所詮は玉ねぎが目に沁みたのとピリピリするだけの『蟻酸』を解毒しただけだから。

 『癒しの領域』の本領は疲労回復効果よ、コッチの効果は凄いわよ。

 サアヤが私やノリネエに付いて来れてるのも『雫』のこの効果があるからってのも大きいからね」


「そうなんですかメグミ先輩? まあサアヤちゃんは体力無さそうですものね」


「これでも大分スタミナは付いたんです! お姉さまやメグミちゃんがちょっと異常なだけですわ!」


「それもそうね、サアヤちゃんたらあれだけ魔法を連射してもまだ元気だもの。

 魔力容量も凄まじいけど、スタミナだって凄いわよね」


「スタミナ? 魔法にスタミナが要るのか?」


「あれ? タツオってまだ魔法がスタミナ消費するのに気がついてなかったの?」


「俺は攻撃魔法は余り使わねえからな、能力向上系の魔法位しか使ってねえから、魔法を連射した事がねえ。

 そうか魔法もスタミナ消費するのか武技と一緒だな」


「んっ?! 武技もスタミナ消費するの?」


「おっ!? コッチは気が付いてなかったのか?

 ふふんっ! そうだぜ、武技も使ってると疲れるだろ? スタミナを消費してる所為だぜあれは」


「そうなの? 気がつかなかったわ……そう考えると冒険者って本当に体力勝負なのね」


「そうですわよ? 武技を使うと疲れますよね? えっ……もしかしてメグミ先輩今まで気が付いてなかったんですか? 冒険者は一も二も無く先ずは体力ですわ。見習い冒険者の訓練も最初は体力作りでしたよね?」


「カグヤちゃん、メグミちゃんにとってあの程度の訓練は軽い準備体操ですわ、毎朝の日課よりも余裕です。

 だからメグミちゃんには体力を付けるための訓練って感覚は多分ありませんわ」


「朝の日課?」


「ランニングと素振りの事じゃない? そうなんだあれってレクリエーションの一環じゃなかったのね……けどあの程度で体力なんて付くのかしら?」


「あの程度? ねえメグミちゃん、ランニングって何時もどの位走ってるの?」


「さあ? 適当よ? 大体街を一周位じゃない?」


「街を一周!! 街の周囲ってヘルイチ地上街は城壁の内側を一周するだけで20キロ位はあるわよ?」


「それをメグミちゃんは毎日、朝と晩に分けて走ってるんですよ。一度私もランニングに付き合ってみたんですけど……無理でしたわ……ただ走るだけでも高低差があるから辛いのに、メグミちゃんの場合、屋根の上やら木の上やら何処でも走りますからね……」


「ねえメグミ先輩、ノリコ先輩の体力どうこうよりもメグミ先輩の体力の方がどうかしてますわよ?」


「それはカグヤの勘違いね。ノリネエを見くびっちゃだめよ! 胸が大きすぎて走るのが得意じゃないだけで、ノリネエはフルマラソン位余裕よ?

 以前一緒に走った時、サアヤは早々にリタイアしたけどノリネエは最後まで平気な顔して付いてきたからね」


「あれは疲れたとかよりも、コースが酷かったわね……何で壁を登ったり木に登ったり屋根の上を走っているのか意味不明だったわ……」


「メグミちゃんったらちょっとした壁とか平気で飛び越えますからね。コースが出鱈目過ぎますわ。聖域の壁まで超えて行ったときはどうしようかと思いましたわ」


「どうしたの? えっ? 聖域??」


「仕方ないので付いて行きましたよ? 私は早々にリタイアしたので『光と太陽の神』の神殿の聖域だけでしたけど、お姉さまは……」


「6柱神の神殿の聖域が全部メグミちゃんのランニングコースに組み入れられてたわ……アイ様やヤヨイ様に聞いたら事後的に許可が出ているそうだから罪には問われないのでしょうけど……」


「聖域には結界が張ってありますよね? アレはどうやって? えっ? 三人とも聖域の結界を突破したんですか?」


「結界? なにそれ? ノリネエ何か感じた?」


「?? 分からないわ、そうね聖域の中は何か清浄な、空気が澄んでる気はしたけどそれだけね」


「お姉さま達は本当にへっちゃらですものね、私は結界の存在は感じましたわ。ただお姉さまやメグミちゃんと一緒だと、勝手に結界が解けると言いますか、侵入が許可されてる感じなんですよね」


「けど許可が出てるんでしょ? その所為じゃないの?」


「事後的なモノですよね? メグミ先輩は最初から平気だったんでしょ?」


「そう言えば……まあ気にするだけ無駄ね。結界って何に対して結界を張ってるの? そもそも聖域? ってなによ?」


「神々の降臨した土地、又はその神々を祀る儀式の場所を聖域と呼んでいるのよ。この街の聖域は度々神々が降臨されるから神界に近くなっているわ。とても神聖な場所なのよ。

 そうね天使共が居る、天界以外ではあまり例のない程神聖な場所なのよ。

 だから神木が生えていたり、神花が咲いていて、貴重な神薬の原料になったりするの。この薬が作れるのは天界以外ではこの街が唯一と言っても良いわ」


「へえ、そうなんだ。要するに薬草園みたいなものなのね。じゃあ結界もその貴重な薬草の泥棒避けなのかしらね?

 あそこは何時もなんだか清々しい気持ちになれて綺麗な花が咲いてたりするからコースに組み入れてたけど、そうね、私の感に間違いは無かったって事ね」


「いえ、メグミ先輩、これだけ聞いても聖域に侵入するのを止める気が無いって事ですか?」


「なにも悪い事はしてないでしょ? 気分転換にちょっと通る位、神様だって許してくれるわ」


「大地母神様は兎も角、他の神様達まで許して下さるのかしら? って許可が出てるんだったわね……何故かしら? メグミちゃんは他の神様の加護は受けてないのでしょ?」


「そうね、今の所加護は大地母神様ので足りてるわ。けど神様によって色々得意分野が有るのよね? こんど別の神様の加護も受けてみようかしら?」


「そうね、今度色々神殿を回って加護を増やしてみましょうか? 神官長様にさえ会わなければ問題はない筈よね?」


「お姉さまの場合は如何でしょうか……それよりはヤヨイ様にお願いして他の神々の加護を授けて貰った方が問題がない気がしますわ」


「ヤヨイ様にお願い? なんでそこでヤヨイ様なの?」


「あれ? メグミ先輩は知らないんですか? アイ様もそうですけどヤヨイ様は6柱神各神殿の司祭でもあるんですよ?

 各神殿に出向かなくてもヤヨイ様が許可すれば6柱神全ての神々の信者に成れますわよ?」


「そうなの? ああ、確か以前に聞いたわ。一つの神だけ信仰しなければならないとかって制約は無いんだっけ?

 でも高司祭でしょ? そうなの? その神様を祀る責任者でしょ?」


「だからこそなのよメグミちゃん。この街の各神殿は人材交流が盛んなのよ、ある程度経験を積んで司祭の資格を得た先輩方は他の神殿に出向されて、そこでも司祭の地位を得るまで研修と修行をするのよ。だから各神殿の幹部の方々はほぼ全員各神殿の司祭の地位を持ってらっしゃるわ。

 色々な教義に触れて、様々な教義の融合というか、補完し合っているのね。

 神々そのものが仲が良いですからね、優秀な人材が最終的に自分の所の専任信者に成ってくれれば良し、そうならなくても其々の教義を知って、敬ってさえいれば信仰は一向に穢れないでしょ?

 神々自身が、『良いとこ取りをしなさい、良い事は多い方がお得だろ?』と仰ってるから……」


「ふざけた神様達だけど、信者も信者ね。まあ日本人らしいって言えばそうなのよね、クリスマスを祝って、お寺で除夜の鐘を打って、神社に初詣に出かけるのが日本人だものね。だから今更といえば今更かな?」


「そうなのよ……この世界の神様は日本人が召喚される前から元々そんな調子なのでしょうけど、日本人がこんな調子だから、益々その傾向に拍車が掛かってるのよね……

 まあ良いわ、この話はお終い! それよりちょっと休憩しましょう、事前に調べた情報だと、この先にあるらしい湖まで行けば水上に突き出た休憩小屋があった筈だけど、そこまで移動する前に、少し何か口に入れた方がいいわね。この暑さだし、水分補給もこまめにしましょうね」


「そうね、じゃあ反省会をしながら休憩しましょうか?」


「反省会は続くんですね……ねえ先輩、正座だと辛いんですけどぉ」


「足を崩しても良いでしょ? ねえメグミちゃん」


「むぅぅ、皆反省した? そう? なら良いわ、正座は勘弁してあげる」


 メグミの許可が出ると、カグヤとサアヤは木の根が盛り上がり、丁度腰かけられる高さの所に腰かけ、ノリコはサアヤの隣にそのまま足を崩してペタンと座り込んだ。ノリコの背の高さだとこの辺りに丁度いい椅子代わりに出来る木の根が無かったのだ。


(女の子座りって足の形が悪くなるとか言われてるけど……ま、ノリネエなら問題ないのかな? 成長期も終わってる筈だし、足が長すぎて丁度いい高さの根っこが無いのよね……)


 そしてこちらも丁度良い高さの木の根が無い為、胡坐をかいてどっかり腰を下ろすタツオと、その隣に寄り添うよう腰を下ろし、脚を斜め前に崩して座るアカリ。

 メグミを正面にほぼ円形に座ったメンバーを見ながらメグミは、


(タツオを男に興味のないカグヤと挟んで座る辺りアカリさんやるわね、けどカグヤの隣に座ってもこっちも男に興味ないから平気なんだけど……何故かしらね?

 まあ良いか、あの距離間も凄いわ、触れてはいないけど、離れてもいない、ちょっと体が傾けば当たるギリギリの距離。

 タツオが座り直すのも変だし、逃げられないよね……うーーん流石サキュバスね。勉強になるわ)


アカリのさり気無いテクニックに感心する。座り方一つとってもとても女性らしく上品、それでいてタツオを足の曲線で誘う、一部の隙も無い誘惑の手管だ。

 メグミもアカリを見習ってノリコの隣に寄り添うように座りたいのだが、丁度そこに木の根が盛り上がっていて座れない、不満に思いつつもその木の根に座る。


「って忘れてた。その反省会は俺を手伝う事よりも重要なのか? この精霊が手伝ってくれてなきゃ獲物を逃すところだったんだぜ?」


 全員が座って休憩を始めると、自分の肩に腰かけてすっかり寛いでいた『風香』を指さしてタツオが再びメグミに不平を訴える。


「『風香』です、タツオさん」


 それに対してサアヤがタツオに精霊の名前を告げる。この精霊と言われて、タツオに『風香』を紹介して無かった事に気が付いたのだ。


「おう、『風香』か、助かったぜ『風香』ありがとうよ」


「んふ♪ どう致しまして」


「あら? 珍しい『風香』が人見知りしないなんて、お姉さまやメグミちゃん以外では初めてですわ」


「それだけ居たら大して珍しくねえんじゃねえのか?」


 タツオの言う通りこの場に居る半分以上の人間に対して初対面で人見知りしていないことになる。


「違いますよ、それだけしか居ないんです。実家の方には一杯使用人が居ましたが全然他の人に慣れてくれなくて苦労したんですのよ?」


「主人に似たのね……」


 ボソッと呟いたメグミの言葉に、


「何か言いましたかメグミちゃん!」


キッと睨みつけて問いただすサアヤ。


「何も言ってないから大人しく反省してなさい」


 正座は確かに解いた、だがまだ反省会は継続中だとメグミはそっけない。


「ううぅっ」


 サアヤは反論したくても反省中の身な為、強く言い返す事が出来ない。


「けどそう、『風香』が手伝ってくれたなら、余り逃げられてはいないのね?」


「そうだな逃げていたとしても一・二匹くらいだろ。

 休憩後に巣でも探してみるか?

 あれだけの群れだ、近くに巣があんだろ? ハチの方もあの数だしな、コッチも巣が有ると思うぜ?」


「探して殲滅したいのは山々だけど、時間がね……そうでなくてもココで足止め食ってるからね……うーーん、やっぱりまた今度ね、場所は覚えたし明日以降にまた来て探すかな?」


「あら以外、メグミちゃんが美味しい儲けを後回しにするなんて」


「ノリネエ分かってる? 今日はフルーツ狩りのクエストなのよ? 今日中にノルマ分はフルーツを狩って納入しないとクエスト失敗になっちゃうでしょ!

 早めに今日のノルマを達成したら帰りに探しても良いんだから、先ずは第一目的のクリアを優先よ」


「確かにそうなんだけど……」


「メグミちゃん本音は何ですか?」


 メグミを、サアヤはジトっとした疑わし気な目で見ながらそう尋ねる。


「えっ? メグミ先輩の言ってる事は間違ってませんよ?」


「そうよね、今日はフルーツ狩りが最優先でしょ?」


「お二人とも甘いですわ、メグミちゃんですよ? で? メグミちゃん本音は?」


「フッ、サアヤそんなの決まってるわ……明日のオヤツが貧相になるのは御免被るわ! 絶対にイヤ! パイナップルのショートケーキとかどうなのよ!」


「「……」」


「相変わらずだなメグミ……お前本当に常にマイペースだよな?」


「ね? 言った通りでしょ? ってお二人とも呆けないでください!」


「いや、呆れているだけよ……」


「メグミ先輩って何時も自分の欲望全開なんですね……」


「メグミちゃんは自分の欲望最優先で次にお金儲けですわよ。お二人ともメグミちゃんに付き合うなら慣れて下さいね」


「何言ってるのサアヤ、私の最優先は美少女や美幼女よ、次に美女ね!

 自分の欲望はその次よ!」


「大きく分けたらどれも全部、自分の欲望なんじゃねえのか?」


「五月蝿いわよタツオ! オマケは黙ってなさい!」


「おまっオマケって何だよ!」


「まあまあタツオくん落ち着いて、メグミちゃんがオマケでも男性を数の内に加えて居るのよ? 凄い事だわ」


「それで凄いとか言われてもな、余りにも志が低すぎて泣けてくるぜ? なあコイツって男が芋やカボチャに見えてんじゃねえか?」


「良く分かったわね、タツオくん本当に凄いわ。メグミちゃんって本当に男性の顔を認識していないのよ。

 そうね例えば、お隣さんで毎日挨拶してくれる気の良いおじ様が居るわ。当然メグミちゃんも毎日会って挨拶してるのよ。

 その方と商店街で買い物中に偶然会ってね、私やサアヤちゃんが挨拶してた時のことよ、メグミちゃんったら不思議そうな顔して『誰? 二人の知り合いなの?』ってコッソリ聞いてくるの……」


「メグミちゃんはそのおじ様を隣の家の前とセットで認識してるんですよね。

 男性を個人として覚える気が無いってより本当に男性の顔を顔として認識してないんですよね」


「どうでも良いでしょ、そんな事は!

 昔から男の顔は覚えれないのよ! 単なる記号に見えるの。

 そもそも、その他大勢に含まれる様な人の顔とか、良くみんな一々覚えているわよね?」


「いや先輩、普通毎日会ってれば自然と覚えませんか?」


「はっ! 会って挨拶は返してるけど顔とか見てないもの!

 どんな顔か知らないわ」


「お前は普段、人と挨拶するのに顔を背けて挨拶してるのか?」


「はぁ? 何言ってんの? そんな失礼な事はしないわ! 声のする方に顔は向けるわよ?」


「メグミちゃんの場合、向けてるだけなんです……視線のピントがおじ様を通り越して周囲の女性に合ってるんですよね」


「その割に俺やアツヒトさんの顔は覚えるよな? 何でだ?」


「なっ先輩まさか!」


「何がまさかなのか知らないけど、強そうな奴やヤバそうな奴は覚えてるわよ?

 いつ何処で敵対するか分からないでしょ? 多少注意を払って覚える位はするわよ。警戒はし過ぎて損はしないわ! 備え有れば憂いなしよ!」


「ごめんなさいタツオ先輩! メグミ先輩ってカグヤの考えているよりもっとアレな人でしたわ」


「謝ってんじゃねえよ! 余計に悲しくなるだろうが!」


「へぇ? メグミちゃん最初はタツオくんの事を警戒してたのね……何かしたのタツオくん?」


「ん? 覚えがねえな? 何もしてねえ筈だが?」


「タツオの場合は見た目よ! 見なさいこの凶悪な目付きを! どう見ても殺人鬼の目よ!

 って睨んでんじゃ無いわよ! ちょっと言いすぎたわ。

 そうなのよね、あんた目付きが悪いだけなのよね、全く、本当に警戒しただけ無駄だったわ」


「まあ確かにタツオ先輩は目が鋭いですからね……けど目付きだけじゃなく実際に強いですよ? 『ソルジャーアント』をほぼ全部一撃で倒してましたわ」


「まあ強いのは強いわ。でもね、コイツはこう見えてフェミニストだからね、女性に対して暴力を振るったりしないのよ。だから警戒する必要が無いわ」


「うるせえよ! こう見えてって何だよ! それに誰が殺人鬼だ! まだ誰も殺してねえ!」


「だから見た目よ、第一印象はヤンキー? どう考えてもヤバイ筋の人よ、あんたは」


「そうですよね! カグヤもメグミ先輩何てヤバイ人と知り合いなんだろうって警戒してましたもの」


「それで地下の鍛冶場までついてきてたのね?」


「当然ですわ、メグミ先輩は命に代えてもカグヤが護ります!」


「あんたに護って貰うほど落ちぶれてないわよ!」


「まあまあ落ち着いてメグミちゃん」


「ちょっと待て! なんで俺が襲うの前提で話が進んでるんだ!」


 タツオが抗議の声を上げるが、女性陣はそんな声など無かったようにスルーして。


「そうなのよね……タツオくんって話すと意外と普通の男の子なんだけど……睨まれている訳じゃあないってわかるまでは私もちょっと怖かったわ……」


 ノリコが正直な印象を語り、


「私はメグミちゃんが無警戒でしたから、最初から余り怖くは無かったですよ……っと言うか他の方の印象が強過ぎて……」


サアヤは何か別の事を思い出したのかブルッと身を震わせる。おそらく筋肉馬鹿の事を思い出したのだろう……


「余りって事は若干怖かったのね? まあタツオは第一印象はこの体格も有るし、大抵の人は警戒するわよね」


「なっ……いや待てそこまでか? 俺ってそんなに目付き悪いのか?」


「えっ本人に自覚無し!?」


「あらっ? 今迄誰にも指摘されなかったの?」


「意外ですわ……いやそうじゃないですね、これって怖過ぎて誰も指摘出来なかったって事は有りませんか?」


「それは有るかもですわ、カグヤもメグミ先輩が最初からガンガン遠慮無しに話しているから普通に接してますけど、そうじゃなかったら……自分からは話しかけたりしないかもです。少なくとも初対面で話しかける勇気はないですわ」


「クソッ! 言いたい放題言いやがって!」


「ほらタツオくん落ち込まないで、お姉さんは一目で優しい男の子だって分かったわよ?

 みんなの見る目が無いだけよ。鋭い目と険のある目の区別がついてないのね」


「そうか……」


 アカリの慰めにお礼を言いかけたタツオ、その言葉を遮ってメグミが事実で追撃する。


「タツオはチョロいわね、良いアカリさんが特殊なだけよ?

 普通の人にはそんな区別は付かないからね?」


「お前は追い撃ちして楽しいのか! 目付きか……まあ何と無くそんな気はしてたさ、なんか昔から良く男共に喧嘩は売られたからな、けどな……女にそこまで怖がられた事はねえと思うが……学校でも女子と普通に喋ってたぜ?」


「あんたは喋ると意外と普通だからね、学校の女子連中も慣れたんじゃない?」


「タツオ先輩って初対面の印象は最悪ですけど、話してみると気さくですよね」


「普通だ、慣れだ、最悪だってお前ら本当に口が悪いな!」


「普通だって言ってるのが何処が悪いってのよ! 何? あんたそんなに話術に自信でも有るっての?」


「そうですよ、カグヤだって正直に第一印象を語っただけです。その言い分は心外ですわ」


「そうじゃあねえが……はぁもういい好きに言えよ」


「けどタツオくん、あなたは今メグミちゃんの警戒対象から外れているのよ? これは快挙よ。

 メグミちゃんが男性の顔を覚えているのは、警戒対象か身内や友人だけよ?」


「そうですね確かに望外な事ですわ。師匠の顔すら覚えて無いメグミちゃんに顔まで覚えられてますからね」


「それってどうなんだ? 師匠の顔すら覚えねえって……今更か? 鍛冶の師匠の顔すら覚えてなかったからな……」


「今更ですわね、それに良く考えて下さい。ノリコお姉さまが言ってる様に、タツオさんはメグミちゃんが普通に顔を覚えている男子で、更に警戒対象じゃないんですよ? メグミちゃん本人が言ってますよ警戒対象ではないって、これはあのメグミちゃんが男子のタツオさんを友人として認めているって事ですよ?」


「……?? いや男友達位居るだろ? それにノブヒコ辺りとも普通に喋ってたじゃねえか?」


「それは当たり前かと、メグミちゃんは普通に男性とも喋りますよ? タツオさんは勘違いをしているみたいですけど、メグミちゃんは男嫌いではないですよ? 単に男性に興味が無いんです。男性に割くソリースが極端に低いんですよね……」


「当然でしょ? 男に構っても私には何のメリットも無いのよ? やらないとダメな事や、覚えなきゃならないことが山のように有るのよ?

 そっちにソリースを割くのが当たり前でしょ?」


「少なくとも毎日会ってるのに顔すら覚えないのは当たり前ではないですね。っとまあこんな調子ですからね? 顔を覚えていて普通に付き合いのある男性の友人と言うだけでも快挙ですわよ?」


「普通ならその程度って関係だろ? 喜んでいいのか、悲しんでいいのか微妙な所だな……」


「喜ぶべきですわ! カグヤなんてこんなにアピールしてるのにメグミ先輩につれなくされるんですよ? 男性なのに友人とか贅沢ですわ!」


「お前だって後輩として可愛がられてるだろ? メグミは興味が無いと女相手でも平気でスルーしやがるぜ?

 そうだろメグミ? お前、初心者講習の時とか同期の女共を完全にスルーしてたよな?」


「私がスルーしてたんじゃないわよ! 相手が避けてたのよ!」


「メグミちゃんそんな内容を自信満々に言い返さないで! こっちが悲しくなりますわ」


「まっ何時もの事よ、気にするだけ無駄ね」


 メグミは大体この調子だ。その為、小学校、中学校と親友と呼べる友達は居なかった。先輩や後輩にお気に入りの子が数人居た位だ。

 高校では入学当初は少し猫を被って大人しくしていた為、芳子という親友が出来た。だがそのあたりで猫を被るのが限界に達して何時もの調子に戻っていた。


 一度友人になりさえすれば、メグミは嫌われ難い。


 メグミの場合自分の事より美少女、とても友達を大事にして何かと世話を焼きたがる。それは下心が有ろうと善意、それが相手にも伝わる、だから嫌いたくても嫌うことが出来ない。ただ、それが分かる様な優しい女の子以外メグミが好きならないというのも大きな要因かも知れない。


「ねえメグミちゃんって日本に居た頃って友達居たんですか?」


「何よ突然?」


「えっだってメグミちゃんって何時もこの調子でしょ?

 友達とか居なかったんじゃ無いかと思いまして……」


「それもそうね、メグミちゃんのお友達……想像が付かないわ」


 サアヤとノリコは自分達の事は棚に上げていた。


「なっ! 失礼な居たわよ!」


「お前見栄を張らなくてもいいんだぜ?」


「うるさい黙れタツオ! あんたこそ友達なんていたの!」


「反論で誤魔化しましたわ」


「大丈夫ですメグミ先輩、カグヤはずっと先輩のお側から離れません!」


「メグミちゃんって一人でも全く平気なタイプよね?

 ノリコちゃんやサアヤちゃんが特殊なだけで中々友達になるのは難しそうだけど……」


「えっ集中攻撃? 親友が居たわよ! 勝手にボッチにしないでくれる」


「カナデさんですか?」


「けどサアヤちゃん、カナデさんは友達じゃ無くてライバルでしょ?」


「エア友達なのか?」


「ぶっ殺すわよタツオ! ヨシコは私の実体の有る親友よ!」


「ヨシコさん? どんな方ですか?」


「そうね興味があるわ」


「黙れタツオ!」


「まだ何も言ってねえだろっ!!」


「フンッ! 何か言うつもりだったでしょ! 先に牽制したのよ!」


「メグミちゃん?」


「何ヨシコに興味有るの? まあ良いわ、話してあげる。

 早乙女 芳子っていってね。高校に入学してから友達に成ったのよ」


「お姉さま苗字まであります! もしかして本物かもしれませんわ」


「落ち着いてサアヤちゃん、続きを聞きましょう」


「本物よ!! ヨシコはね優しいのよ、そうね特徴? 印象かな? 『お母さん』って感じかな、こうバブみを感じるのよね」


「高校の同級生だろ? 女子校生からバブみ?」


「バブみ? って何ですか?」


「知らない言葉ね……」


「『世話焼きだったり、包容力や庇護力があるなど、年下でありながら母性を見出せる相手』の事だそうですよ。そういった相手に対して感じる印象がバブみだそうです。

 カグヤも言葉として知ってるだけで良く分からないんですけど、マザコンとの違いが本当によくわかりませんわ。

 年上か年下の違いなんでしょうか?」


「良く知ってたわねカグヤちゃん、私も初めて聞いたわ」


「お母様が良く言われるそうなので、一緒に調べたんですわ」


「ああ、成る程ね、確かにカグヤちゃんのお母様はそういった感じよね」


「お母さんにバブみ? それマザコンなだけじゃ無いの?」


「メグミちゃん、カグヤちゃんのお母様はね、こう見た目がとてもお若いのよ。カグヤちゃんと並んで歩いてたら普通に妹と間違えられる程よ」


「成る程それはバブみね」


「メグミちゃん、話が逸れてますよ、そのヨシコさんはどうしてバブみ何ですか?」


「見た目がね『幼な妻』って感じでね、こう若干ロリなのに包容力がある感じが『お母さん』なのよ!

 ノリネエほどじゃ無いけど巨乳だし、若干ポッチャリした肉付きの良さが最高なのよ!」


「メグミちゃんの興奮具合から察するに美少女ですね?」


「そうよ! 背丈は私と大差ない感じかな? クラスメイトからも良く『ヨシコママ』とか『メグミちゃんのママ』とか『メグミの保護者』とか言われてたわ、誰から見ても母性が強かったのね」


「最初は兎も角、後の二つでその方の苦労が偲ばれますわね」


「何でよ! ヨシコは私のだからあだ名にわたしの名前が入っていてもちっとも変じゃ無いわ!」


「何故かしら? その方を想像すると涙が出てくるわ」


「なっ! ノリネエまで!

 けどヨシコ……そうね思い出したらチョット涙が出てきたわ」


「そうですよね、もう会えないかも知れないんですよね……

 ゴメンなさいメグミちゃん私無神経でしたわ」


「あっ……ゴメンねメグミちゃん」


「そうよ会えなくなるってわかってたら押し倒してたのに! もう! 何であの時遠慮しちゃったんだろ!」


「「「「「……」」」」」


「良い雰囲気だったのよ! ヨシコだって目を閉じてたわ! あれ絶対OKだった! けどね嫌われたらどうしようとか思ったら後一歩が踏み出せ無かったのよ」


「メグミ先輩、ヨシコさんにどこまでしましたの? ちょっとカグヤ、ジェラシーですわ」


「部活のシャワーの時裸で洗いあったり、お泊り会で一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりしたくらいよ?

 キス出来そうなチャンスが有ったのに我慢しちゃったの、もうね何で我慢しちゃったの! 私って本当にバカ」


「本当にメグミちゃんはバカよ」


「そうですわねお姉さま、手の施しようの無いバカです」


「ちょっと待って、今の二人のバカには親しみよりトゲを感じたわ」


「当然ですわ」


「メグミちゃん、ダメ! メッ!! メグミちゃん、もしヨシコさんがメグミちゃんと同じような立場で同じ事を言ったらメグミちゃんはどう思うの?」


「……一期一会? チャンスは逃すなって事?」


「「はぁぁ……」」


「何怒ってるの二人とも?」


「メグミちゃん二人はね、下心全開でもう会えない親友を語るメグミちゃんに呆れているのよ」


「会えるわよ? 何言ってるのアカリさん? 暫く会えないだけよ? けどねヨシコが女子校生の間には会えないかも知れないでしょ? だから後悔してるだけよ」


「「「「……」」」」


「この話題はここまでだ! それでいいだろ」


 メグミの場合は大体親しくなる前に避けられる。メグミの遠慮のない物言いに慣れるには時間が必要なのだろう。

 だがそれだけでは無い、それだけが理由ではない。


 メグミは頑固だ。


 一度決めたら決して譲らない。自分の中で、譲れる事、譲れない事を決め、譲らないと決めたら決して譲らない。

 この融通の効かなさが女子からは嫌煙される。相手の都合に合わせないからだ。

 そしてそれが可能か不可能かに関係なく決めてしまう。普通それは狂気妄執の類だ、しかしメグミはそうだと自分で分かっていてもそれを曲げない。


 自己中心的で我儘で傍若無人、そして頑固で狂気まで感じる。


 これで女子に好かれる訳がない。


 しかし世の中には変わり者が居る。そんなメグミの友達になる様な変わり者だ。だからメグミはそんな変わり者の友達を絶対に譲らない……諦めない。


「お前は本当に頑固だよな? 初心者講習の時もそうだ。無視すると決めたら一切気にしない。

 お前は何時もあの調子なのか?」


「あんたは人の事言えないでしょうが! 男子に避けられまくってたでしょ!」


「けど後半は男子は兎も角、女子とは話してたぜ? お前は俺意外だと受付嬢のお姉さん位しか話してなかったじゃねえか!」


「お二人とも低次元な争いですわ……五十歩百歩ですわね!」


「くっ! ここぞとばかりに言い返してきたわね!」


 どうやらサアヤは先ほどメグミに言われた五十歩百歩の言葉を忘れていなかったらしい。


「けどパーティ募集広場なんかだと今でも避けられてるんですよね、メグミちゃんだけなら分かりますが、何故か私達まで避けられてるんでしょうね?」


「そうよね? 先輩とかは普通に話しかけて来るけど、同期の見習い冒険者の方達に何故か避けられてるのよね……不思議だわ?」



 サアヤはエルフにとってはお姫様だ、同じエルフであってもこの街に居るエルフはみな遠慮して居る為、友人と呼べるような人は居ない。

 同時期に見習い冒険者となったエルフも数人いたが、サアヤの護衛と成るべく森から付いてきた人々の為、遠巻きにバレない様にサアヤを見守るだけで話しかける事は無かった。


 サアヤの人見知りはエルフの間では有名だ。その為、下手に近寄って嫌われたく無かったのだ。


 普通そんな偏屈なお姫様を慕ったりしない筈なのだが……サアヤの場合色々過去にしでかして、それで救われた人々が信者と化していたのだ。……だが本人にはその辺の自覚がない。



 それはサアヤが未だ2歳の頃、エルフの森は大干魃に見舞われた。豊かな森は茶色く萎れ、その恵を失っていた。


 巨木を利用して、その成長を制御して、自然に溶け込むように作られた部屋、大きな子供部屋に小さなエルフの幼女と一人の精霊がいた。


「早く雨が降らないかしら、このままじゃあ森が枯れちゃうわ」


 窓から空を恨めし気に見つめて、サアヤの遊び友達兼お守りの樹の精霊『ドライアード』のそんな何気無い一言。


「あめ? 飴が降ってくりゅの? 食べ放題?」


 ソファで絵本を夢中になって読んでいたサアヤがその一言に反応する。甘いものに目の無いサアヤがオヤツだと思ってダーダを見つめる。


「違うわよサアヤ、ホラ、こうお空から水滴が沢山落ちてくる事があるでしょ? アレが雨よ」


「お空からしゅいてき? しゅいてきってなに?」


「お水の粒よ、ほら、サアヤこれが水滴」


 そう言って『ドライアード』はサアヤが水を飲んでいたコップから、ストローを引き抜き一滴サアヤの小さな掌の上に水を垂らす。


「キャゥ♪ しゅいてき冷たい! コレ? コレがいっぱい?

 あめ! コレがいっぱいが雨! コレがいっぱいだとダーダ嬉しい?」


 最初に出会った時、本当に偶然、気紛れで泣いている赤ちゃんの様子を覗いた彼女はその赤ちゃんに心惹かれた。


(可愛い! なんて可愛いの)


 儚げで消えそうな雪の結晶の様な赤ちゃん。妖精、いや精霊よりも幻想的なその姿。

 それでいて辺りを興味深かそうに見つめる瞳には知性が溢れ、小さな手足を元気いっぱいにモゾモゾさせている。


 この可愛い過ぎる生き物に興味を持ったのは仕方ない。

 そう、『家と家事の精霊』にお願いして、赤ちゃんのお世話を習ってコッソリその子のお守りを始めたのは仕方ない事なのだ。


 自分の事は『ドライアード』だと名乗ったが、サアヤは上手く『ドライアード』と発音出来ずに『ダーダ』と呼んだ。

 仕事で忙しい彼女の両親を『パパ』『ママ』と呼ぶより先に『ダーダ』呼んだのがその子の人生初の一言目で有っても仕方ない筈だ。

 以来彼女はダーダとしてサアヤを見守っている。


「そうよ、暫く降ってないからね。ダーダはコレが一杯だと嬉しいわ」


 そう言ってダーダはサアヤの頭を優しく撫でる。


「嬉しい! 嬉しいの! 分かったいっぱいね」


「へっ!? えっちょっとサアヤ何してるの!?」


 突然サアヤの身体から光が溢れる。


(魔力の暴走?! いや違う! 精霊力も溢れてる)


 ダーダの驚愕を他所にサアヤの暴走は止まらない。


「サアヤ! サアヤ落ち着いて! 落ち着きなさい」


 だがダーダの声はサアヤに届かない。

 光が溢れた瞬間からサアヤは一種のトランス状態となっていた。

 荒れ狂う光の奔流の中、先程のコップから水が溢れて大量の水の精霊が召喚される。


(大量召喚!? 水を一杯にする気なの? けどこんなに一度に召喚したら制御しきれない!)


 そう大量召喚された水の精霊もサアヤと同じく暴走していた。大量の水の暴流が光の奔流と混じり合う。


 だが、ただの暴走では無かった……


(水の精霊が暴走している? いえ……水の精霊もトランス状態だわ!? 何これ! 彼女達は何をしているの?!)


 出鱈目に荒れ狂っているように見えた水の暴流が、徐々に円形になっていき、規則性を持って何かを形作って行く。


「魔方陣! 魔方陣だわ……サアヤ! 水の精霊! 貴方達何をしているの! これは何? 今すぐやめなさい! 何を発動する気なの!」


 しかしダーダの叫びは届かない。トランス状態のサアヤには聞こえないのだ。


(下手に発動を阻止できない、そんな事をしたらこの膨大な魔力が暴発する……サアヤが……私のサアヤが死んでしまうわっ!」


 そしてその魔方陣にサアヤの膨大な魔力が注ぎこまれる。


 次の瞬間……一際眩しい光を放ち魔法は発動し、水の魔方陣と水の精霊は弾け飛んで消える。

 発動した魔法は光る魔方陣と共に打ち上がり遥か上空に消えていく。


 後には荒れ果てた部屋と大穴の空いた天井だけが残る。


 その部屋の中心でサアヤがキャキャと嬉しそうに天に向かって手を伸ばす。


「雨!! ねー、ダーダ雨!! ねえダーダ嬉しい♪」


 呆然と天を見上げるダーダの顔に雨粒が数滴当たる。


「『気象制御魔法』……ウソ……サアヤは未だ2歳よ」


 誰も教えていないにも関わらず最高位に分類される魔法を使用したその知力。発動出来てしまったその魔力。その事もダーダにとってショックだったが、それよりも……


 呟いた瞬間、サアヤがパタリと倒れる。


「サアヤ? サアヤッ!! どうしたのサアヤーー!!」


 それがサアヤが薄れゆく意識の中で聞いた最後のダーダの言葉。


 幼いサアヤに『気象制御魔法』の魔力消費の負荷は耐えられるもので無く、それからサアヤは一週間眠り続け、雨は一週間振り続けた。



 目が覚めたらそこにダーダが居なかった。

 心配そうに自分を見つめる両親、目が覚めた事に喜ぶ両親にダーダの事を聞いても答えが無い。

 何時も側にいたのだ、常に側にいた。片時も離れた事が無い、両親よりもずっとずっと身近な存在。


 『気象制御魔法』は禁忌の魔法


 そんな事は幼いサアヤには分からない。サアヤに分かるのはダーダが居ないその事だけ。

 ダーダを求めて泣いた、泣けばダーダは直ぐにサアヤを抱いてくれた、あやしてくれた。

 一週間泣き続けて、泣き止んで、そしてサアヤは心を閉ざした。



 後に調べて判明した事だが。『気象制御魔法』は遥か遠方の大きな湖を干上がらせ、その水をこの森に降らせていた。

 幸いだったのは周囲に人里が無い、生き物も少ない郊外にあった湖だった事だ。今では水を再び湛え元の大きな湖に戻っている。


 禁忌魔法、そう禁忌の魔法なのだ。エルフの都であるこの森には使おうと思えば『気象制御魔法』を使える者は幾人かいる。

 しかし、古くからの掟に従って生活しているエルフにとって掟は絶対。例え森が枯れようと、都に住むエルフ達が困窮に喘ごうとも冒してはならない絶対の法なのだ。


 『5街地域』からの支援で何とか生き延びていたエルフ達にとって、サアヤのもたらした雨は恵の雨となり、森に緑と豊かな糧をもたらしていた。


 だが掟なのだ、例え子供であっても、例え幼女であっても、掟は絶対だった。


「ダーダ……掟なのだ。娘は……サアヤはこの森から追放せねばならん」


「サアヤは未だ2歳ですよ?! それに目も覚まさない! 覚ましていない! 危篤状態なんです!

 殺す気ですか! 絶対にさせませんそんな事!」


「ダーダが注いでくれた生命力と妻の使用した秘法で命の危機は脱した。いずれ目覚める。それにティターニア様に連絡した。あの方なら森の外に放置した娘を見つけて下さる」


「馬鹿な! 森の外には魔物が溢れているんですよ? この森の様に結界が無い! 捜しだされる前に魔物に食べられてしまうわっ!」


「私はこの森の長だ。その長である私自身が掟を破る訳にはいかないんだ」


「長である事が、親である事よりも重要だと、そうおっしゃるんですか!!」


「ハハッ……妻にも同じ様に罵倒されたよ、しかし、だからと言って自分の家族の為だと言って長の立場を捨てる事は許されない! そんな前例を作れば掟の意味が無くなってしまう。

 必要だから掟があるんだ。今回も一歩間違えれば大惨事をもたらす所だった。

 この森の掟は古い因習では無い。先人達の智慧の結晶、戒めなのだ」


(奥様は当然そうおっしゃるわよね、サアヤを棄てた長と一緒に暮らす? 有り得ないわ……そもそもサアヤを見殺しには絶対にしない。一緒に森を出て行くわ。

 やっと戻って来た管理者を、この森は再び失う事になるの……

 それに長も……最愛の奥様と可愛いサアヤを失って、この人は正気でいられるの? ……無いわね長の事も生まれた時から知ってるわ。長がそれに耐えられる筈が無い、この頑固者も分かってる筈よ……)


「貴方……サアヤを追放した後、自分は死ぬ気ですね……」


「その質問には答えられない」


「なんて頑固な! …………いいでしょう掟に従いましょう。

 ただしっ!! 罰を受けるのは私です!


 『気象制御魔法』は私が使用しました。


 それで問題有りませんね?」


「何を言っている、ダーダ……」


「そもそもサアヤの魔法使用を止められなかった私の責任です!

 サアヤのお守りは私がしていたんです! 罰を受けるなら保護者である私でしょ」


「君は樹の精霊『ドライアード』だ。宿っている木を離れては存在出来ない!」


「大丈夫です。木はそこら中に生えてますわ。森の外にも生えてます」


「力を、これまで獲得した力を全て失ってしまう……それがどう言う意味か理解しているのか!」


「力なんてまた蓄えれば良いだけです」


「実体を保てない、それにこの森にももう入れない、この森は最も古い森だ。

 そして君はこの森の最古参の『ドライアード』

 森が、世界樹が悲しむ」


 そうダーダは世界樹に宿った樹の精霊……最も高位の『ドライアード』


「私は『ダーダ』サアヤの精霊よ、サアヤの最初の契約精霊。そうでしょ? 名前を貰っているのよ!

 ずっと見守るわ、サアヤをずっと見守っていたいの。

 木さえ有れば見守れる、他のドライアードが力を貸してくれる」


「しかし!!」


「大丈夫よ、サアヤも私も寿命なんて無いようなものだもの。サアヤはきっと見つけてくれる。新たに私が宿った木を絶対見つけてくれる」


(そう……そうしたらまた愛しいサアヤと一緒に暮らせる。ちょっとの間離れて暮らすだけ)


 幼いサアヤを一人残したくは無い、しかし、この森とサアヤの為にはそれが最良の方法。それしか選択肢がなかったのだ。



 心を閉ざしたサアヤは、そう人見知りな偏屈なお姫様だ。


 サアヤのもたらした雨は一人の精霊の存在と引き換えに多くのエルフの命を救った。


 エルフはその事を知っている。そしてサアヤが一週間泣き続けた事を知っている。


 この偏屈なお姫様が、木にもたれて本ばかり読んでいるお姫様が偶に泣いている事を知っている。


(ダーダは居ない、姿は見えない、言葉も聞こえない。

 けど、木に触れているとダーダの存在を感じる……逢いたい、ダーダに逢いたいの……)


 ただ喜んで欲しかっただけなのだ。ただ褒めて欲しかっただけ……


 エルフはその事を知っている。だからこの偏屈なお姫様が皆好きなのだ。だからその精霊に代わってそっと見守る。



 それから数回サアヤはやらかしてしまっているが、その度にどんどん偏屈に人見知りになって行く。

 優しいエルフのお姫様は自分のしでかしてしまった事で、自分以外の誰かが責任を取ることに耐えられないのだ。


だから自分から人を遠ざける。



 エルフ以外の見習い冒険者は、サアヤの美少女振りに腰が引けて話しかけられなかった。

 そもそもエルフ自体が美形の集まり、美少女、美男子ばかりなのだ。だがサアヤの場合、その中でも群を抜いていた。

 触れたら壊れてしまいそうなほどの繊細な、幻想的な、この世のモノとも思えない美少女に話しかける勇気が無かったのだ。


 そうメグミを除いて……


「うわっ! あんたビックリするほど綺麗ね! ねねっエルフなの?」


「何ですか貴方は? エルフですけどそれが何か?」


 それがメグミとサアヤの最初の会話。


「あら? 意外ね見かけに寄らない……気が強いわ。なに? あんたも師匠に質問?」


「そうですわ、あの講義では表面的な事しか分かりませんわ。でも他の方の迷惑になるから疑問点が有っても講義中に細かくは尋ねれませんからね」


「へえ、珍しいわね。私以外にもそんな事を気にする人が他に二人も居たのね」


「二人? 他にも居るんですか?」


「あれ? あんたそっちとはまだ会ってないの?」


「何方か存しませんが、恐らくまだお会いしたことは有りませんわね。その方も日本人ですか?」


「そうよ、まっ見習い冒険者が受ける講義を受けてればその内会うんじゃない?」


「どんな方ですの?」


「そうね……胸が大きいわ!」


「……胸? いやお顔の特徴とかは?」


「絶世の美女よ! そうね優しそうなのに、目に力が有るわ、意志が強そうな感じね」


「絶世の美女? 良く分かりませんわね、その方のお名前は?」


「ふっ、人に名を尋ねるときは、先ず自分から名乗るのが礼儀よ!! 常識を知らないのかしら?」


「貴方の名前を尋ねた訳じゃありませんわ!」


「うるさいわね、ごちゃごちゃ言わずに先ず名乗りなさい!」


「なっ!! 理不尽な! 理不尽ですわ!」


「はぁ? 何処がよ? 初対面なんだから名乗り合うのは普通でしょ? これの何処が理不尽なのよ?」


「えっっ? あれっ? 普通? そう普通なのですわ、そうですわ普通ですわね。

 ……あれ? うーーーんまあ良いですわ。


 私は小野寺 咲綾ですわ。


 そうですね……祖父母からはサアヤと呼ばれてます。貴方もそう呼んで構いませんわ」


「あら? 純和風な名前だわ? あれ? エルフでしょ? ……何だか複雑そうね。


 私は田中 恵よ。


 私もメグミで良いわよ、サアヤ」


「……ぁっ、もう一度! もう一度呼んでください!!」


「へっ?! えっと何?」


「もう一度名前を呼んでください、メグミちゃん!」


「あれ? メグミ『ちゃん』なの? メグミで良いわよ? それかメグミ『お姉さま』でも良いわ……メグミ『先輩』も捨てがたいわね」


「そんな事は如何でも良いんです! ほらもう一度!」


「むぅ、そんな事ってあんた結構強引ね、なにサアヤって呼ばれて嬉しかったの?

 お爺ちゃんやお祖母ちゃんにそう呼ばれてるんでしょ? どうしたのサアヤ?」


「うふっ、メグミちゃんが気にする必要の無い事ですわ」


「まあ良いけどね、サアヤ、あんた本当に見かけによらないわね?」


「放っておいてください! なんですか見かけ見かけって! 見かけがそんなに大事ですか!」


「大事よ? だって初対面で見かけ意外に何を判断材料にするの? 他に何もないのよ?

 そこを取っ掛かりに会話するんでしょ? なに? サアヤは私の見かけ意外に何か分かってる事があるっての?」


「ぅううっ、でもメグミちゃんだって見かけに寄らないですわ。見かけに寄らず言葉使いが乱暴ですわ!」


「ねえ君達? 自己紹介は終わったかな?」


「師匠、ちょっと待って今良い所なんだから、邪魔しないで!」


「あっ、師匠、申し訳ありません。戻られたんですね気が付きませんでしたわ」


「えっと? どうしよう?」


「質問があるです師匠、先ほどの講義の……」


「あらサアヤ逃げるのね、じゃあさっきのは私の勝ちね! 初対面は見かけが大事って事で良いわね」


「勝ち負けの問題じゃあ有りませんわ! そちらの言い分にも一理あるのを認めただけです! 負けてませんわ!」


「勝負じゃないなら負けでも良いでしょ? 負けず嫌いなのサアヤ?」


「そんな事ありませんわ、けど負けてませんわ!」


「やっぱり負けず嫌いじゃない、ほらほら素直に認めなさい、勝ち目は無いわよサアヤ」


「あーー君達、仲が良いのは良いけどねソロソロ……」


「くぅぅぅ、悔しい! 悔しいですわ! あっ、忘れてましたわ、先ほど聞いた方の名前をまだ教えて貰ってませんわよメグミちゃん!

 名乗ったのですから素直に教えなさい! ほらほら!」


「あれ? そう言えばそうだったわね、えっとねノリコって人よ」


「ノリコ?」


「そう、高屋 法子」


「うんうん、ノリコちゃんも良く質問に来るよね。あの子も熱心だね」


「そうなんですか師匠? 私はまだ見かけたことが有りませんが?」


「ノリコちゃんの方が見習い冒険者になったのが早いからね。その次がメグミちゃんで最後がサアヤちゃんだね。

 まあメグミちゃんとサアヤちゃんは一週間ほどしか違わないけどね」


「ノリコさんと私も半月しか違わないわ、だからサアヤも講義によっては一緒になるんじゃないかしら?」


「ノリコさん?」


「何気にしてるのサアヤ? 呼び方が気になるの?」


「いいえ別に……」


「まあ良いわ、そうね私は普段ノリネエって呼んでるわ。本人も気に入ったみたいだし、年上だし」


「えっ? でも先ほどノリコさんって」


「本人が居ないし、その本人を知らない人にノリネエって言っても伝わらないでしょ?

 だけどノリコさんなら誰にだって伝わるわ」


「親しいんですか?」


「どうだろ? まだ数回しか話してないわ、親しくなりたいとは思ってるけどね」


「そうですか……」


「サアヤともこれから親しくなる予定だからよろしくね」


「けど私は『サアヤ』なんですよね……」


「……変な所に拘るわね? さっきは喜んでたじゃない。

 上目使いは止めなさい! こっちの忍耐力にも限界が有るのよ!」


「何の事ですか? 忍耐力? どうしてここで忍耐力?」


「メグミちゃん、我慢だよ! ダメだからね。僕の目の前でオイタは許さないからね?」


「チッ! まあ良いわ、要するに愛称が欲しいって事なのね? けどサアヤで良いじゃない?

 良い名前よ? 呼びやすいし、ここから愛称を捻れと言われてもねえ? 何が良いと思う師匠?」


「うーーん難しい問題だね、既に三文字だからね。『さっちゃん』位しか思い浮かばないけど、これじゃあ折角の名前が死んじゃうよね?」


「男の子ならサヤ坊とかサヤ助とか有るけど、女の子でしょ? サヤタンとかサヤサヤとか?」


「ああ、それは良いかもね、うん、女の子っぽくて可愛いと思うよ」


「けど名前的に真ん中の『ア』を飛ばしたらダメな気がするのよね。

 多分名前を付けた人はそこに拘ったのよ……サアヤタンは長く成り過ぎじゃない?」


「確かにちょっと冗長な気がするね」


「やっぱりサアヤで良いと思うわ」


「そうだね、僕も良い名前だと思うよサアヤちゃん」


「フンッ、まあ仕方ないですわ、他に何も思いつかないんですもの! サアヤと呼ぶことを許しますわ!」


「なんで上からなのよ! 全くお子様なんだから、まあ良いわサアヤ、私もこの呼び方で許してあげる」


「うんうん無事決まって良かったね、けどねサアヤちゃん、僕は立場的に流石に呼び捨てには出来ないかな」


「師匠は別に今まで通りで構いませんわよ?」


「……そう? そうか……そうだよね……」


 ちょっぴり師匠は寂しそうだった。



 ノリコの場合メグミと違い、最初から避けられていたわけではない。メグミ達と行動を共にし始めてから召喚同期の見習い冒険者に徐々に避けられ始めたのだ。

 それまで目立たなかったノリコの異常性が、目立つメグミと共にいる所為で際立ってきたのだ。


「ノリコちゃん今日も先生に質問に行くの?」


 召喚同期の子に声を掛けられたノリコは、


「ええ、ちょっと分からない事があるの」


そう答えた。ノリコのこの師匠達への質問は既に恒例となっていて声を掛けて来た子達も半分諦めていた。


「熱心ね、一緒にランチをどうかと思ってたんだけど……」

「美味しくてオシャレなカフェを見つけたのよ」

「ランチ限定メニューがオススメなのよ」


「ごめんなさい、何時終わるか分からないから先に食べてて」


「あら、残念」

「じゃあまた今度誘うわね」

「午後はどうするの? どの講義に出るつもり?」


「まだ未定なの……御飯を食べて、それから受けれる講義を探してみるわ」


「私達は野外訓練の予定よ」

「疲れるけど必修なのよね」

「そうなのよね、後に回しても結局受けないとダメ……疲れるから嫌いなんだけど」

「昼一だし、午後一杯使う講義だし……今日はもうご一緒出来ないわね」

「……いいわ明日の最初は初期魔法学でしょ?」


「その予定よ」


「じゃあまた明日ね、ノリコちゃん」

「ノリコちゃんまた明日」

「じゃあねノリコちゃん」


「うんまたね」


 そんな感じでその日までは、召喚同期の女の子達と和気藹々と過ごしていた。


 そうその日ノリコが師匠の元に質問に行くと先客が居たのだ。

 その先客と出会うまでは、まだノリコは優秀だが普通の女の子として周りから扱われていた。


(あれ? 先客? 私以外で師匠の所に質問にくる人なんて居たのね?)


「ねえ師匠、さっきの薬草だけど効能はどの部分に一番あるの? 葉っぱ? 根っこ? それに花は咲いたりしないの?

 花には効能あるの? 蜜は? 実は付けるの? 種とかどうなのよ?」


「うんメグミちゃん、ちょっと落ち着こうか? さっきも言っただろ? もう一人来る予定だからそれまで待って」


「遅いわ! お昼食べるのが遅くなっちゃうでしょ!

 それにサクサク終わらせて、サッと御飯を食べたら昼一の講義だって間に合うかも知れないでしょ?

 いいからサクサク答えなさいよ!」


(せっかちさんなのかしら? それに師匠に対してこの口調……乱暴な子なの?)


「あの師匠……お邪魔ですか?」


「おっと噂をすれば、いいやお邪魔じゃ無いよ」


「誰? ってスッゴイ美人!! めっちゃ美人が居るわ師匠!!」


「ふふ、だろ? 待ってて良かっただろメグミちゃん。けどメグミちゃんも可愛い……」


「うわっ、爆乳!! 爆乳だわ! これは巨乳じゃないわ、爆乳よ! そうよね師匠!!」


「うんうん、爆……コホンッ、ちょっと落ち着こうかメグミちゃん」


「ねねねっ! ねえっ! ちょっと揉んで良い? ね?」


「えっ?! えええぇ!! 揉む? 揉むの? 揉むって何を?」


「その胸よ!! 決まってるでしょ! だって爆乳よ! 爆乳なのよ! このサイズは人生初だわ! そうよこれは学術的な見地から、是非その触り心地を確かめるべきなのよ、そう思うわよね師匠!!」


「うん、確かに興味……いや違うよ? そんなに怯えないでノリコちゃん、違うからね? それにメグミちゃんも落ち着こうか?」


「良いから少し師匠は黙ってて! 今『ええ』って言ったわ、これは『イエス』って事で許可が下りたって事よね?」


「いやそれは絶対に違うよ? ほら手をワキワキさせない! ノリコちゃんが怯えてすっかり小動物のように成ってるから」


「何かしら? こうフルフル震えてる様が子鹿みたいで庇護欲を掻き立てるわ! 師匠! 逸材だわ! 100年に一人の逸材よ!」


「確かに逸材だね、うん、けど落ち着いて、メグミちゃん、ほら深呼吸、すーはーすーはー」


「すーはーすーはー、ん、落ち着いたわ」


(この子なに!!? この子何なの!!)


「良かった……ほらメグミちゃん大人しく座って! 良いね? 動いちゃダメだからね?」


「あ……あの師匠、今日はこの辺で……」


「いやいや、今来たばかりじゃないか、それに大丈夫、ちょっと興奮したてただけだから、ほらメグミちゃんをよく見てごらん?

 怖くない、ね? 怖くないよ」


(怖くない? 怖くないの?? あら? 落ち着いてよく見たら可愛い、すっごい美少女だわ、それに小柄。何だろうこの子黙ってると上品な感じなのに何であんなに怖かったの?)


「うんそうよね、ちょっとビックリしちゃったけど、怖い感じじゃないわね」


「うんノリコちゃんも落ち着いたね、まあメグミちゃんの気持ちも分からなくはないけどね。いきなりこんな美人が現れたらビックリするよね」


「ねえあんた名前は? 私はメグミ! 田中 恵! メグミで良いわ」


「え? あっ自己紹介? 自己紹介ね! 私は高屋 法子と申します」


「ノリコ……さんね? 年上よね? 幾つ?」


「18歳だったかしら? ん? いや違うわ、この間誕生日があったから19歳だわ」


「そう19歳なのね、私は16歳だから3つ年上なのね。そう、じゃあ身長は? 体重は……聞かないで置いてあげる。

 スリーサイズは? 何カップなのそれって?」


「メグミちゃん?? 落ち着いたんだよね?」


「うるさいわよ師匠! 今大事な事を聞いてるんだから黙ってて!」


「あ……あの師匠……」


「答える必要は無いからねノリコちゃん、大丈夫、襲い掛かってきたりしないから」


「師匠、さっきから聞いてれば何なの? 私は猛獣じゃないのよ? 襲ったりしないわよ! ちょっとお話してるだけでしょ」


「お話なの? メグミ……ちゃん?」


「そうよお話よ? 何? 私何かしたかしら? まだ何もしてないわよね?」


「まだ?」


「何もしないわよ! これで良い? えっとノリコさんっての言い難いわね……ノリネエ! そうだあんたのことはお姉さんなんだし、ノリネエって呼ぶわ」


「お姉さん? そう、お姉さん……良いわねお姉さん! うふふっお姉さん」


(わっ、何だろ、初めてお姉さん扱いされたわ♪ そうよねもう19歳だもの、私もお姉さんなのよね? お姉さんよ!

 うん、お姉さんといったら妹よね、妹か……妹がいたらこんな感じなのかな? ……見た目は合格ね、とっても可愛いわ。

 妹って我儘だって聞いてたけど……我儘? なのかしら? ちょっと違うような……?)


 ちょっとどころではない、それにメグミのこれは我儘なわけでなく、傍若無人なだけだ。


「そうよ、だからノリコ+お姉さんでノリ姉でノリネエよ! うん我ながらグットな愛称だわ! どう師匠!」


「ふむ、確かに悪くないね。その調子で僕も愛称で良いから名前を覚え……」


「野郎の名前なんざどうでも良いでしょ! 師匠は師匠よ! それ以下でもそれ以上でもないわ!」


(えっ……無茶苦茶だわこの子、だ……大丈夫なの? って師匠もなんでしょんぼりしてるだけなの?)


「ふぅ、まあ良いか」


(ええぇ、良いの? それで良いの師匠!)


「さっきメグミちゃんがした質問に答えるから、ノリコちゃんも一緒に聞いてね。ノリコちゃんの質問もメグミちゃんとほぼ一緒だよね?」


「そうだわ質問をしに来たんだったわね。すっかり忘れて……師匠、先程の質問内容に加えて、この薬草からどの様な薬が作られるのかも教えていただけますか?」


「うん、良い質問だ。メグミちゃん一緒に説明するから聞くように、ってどこ見てるのかな?」


「ノリネエを眺めているのよ? 見て分からない?」


「うん、そうだねノリコちゃんを眺めているね。けどメグミちゃんも質問に来たんだよね?」


「ちゃんと聞いてるわよ? 何か問題でもあるのかしら?」


「師匠の言葉はちゃんと師匠の方を見て聞くのが礼儀だと僕は思うんだけど違うのかな?」


「顔はそっちに向けてるでしょ? 目位逸らしても失礼じゃない筈よ! それにねおっさんの顔を見て私に何のメリットが有るの? おっさんの顔よりもノリネエ眺めていた方が目の保養になると、そう師匠だって思うでしょ?」


「おっ……おっさん?!」


(流石に師匠も切れたのかしら? 師匠に向かって『おっさん』は無いわよね、そうよせめて上品に『おじ様』よ)


 ノリコはズレた感性の持ち主だった。


「あら? 師匠気が若いわね。お兄さんの方が良かったの?」


「いや流石にお兄さんと呼ばれるような年じゃないと僕も自覚してるよ?」


「ならおっさんじゃない、まだお爺さんには見えないわよ?」


「メグミちゃんここは上品におじ様にならないかな?」


(流石師匠だわ、そうよね、ここはおじ様よ)


「そうよメグミちゃん、おっさんは下品よ、ここは師匠の言うようにおじ様が良いと私も思うわ」


「いや師匠! それにメグミちゃんもノリコちゃんもズレてるわよ? こう論点がズレすぎてますよ?

 師匠も何やってんですか? っておじ様って呼ばれてにやけてる場合じゃありませんよ!」


 今まで近くで薬草棚を黙って整理していた師匠の助手が慌てて突っ込む。そう全員ボケまくりと言う状況に突っ込まずに居られなくなったのだ。


「やっぱりお姉さん突っ込みの才能が有るわね、地味な眼鏡美人だけど流石師匠の助手ね!」


(地味なのに美人なの? 地味かしら? 才媛って感じで素敵な美人さんだけど?)


「うんうん、そうなんだよ彼女はシッカリ者でね、僕も助かってるんだ」


「やっぱり敏腕助手なのね! 素敵ね」


「ああもうっ! 何で全員ボケなんですか! それに早く質問に答えて終わらせないと、ランチが食べられませんよ師匠!

 この後薬草採取に行くんですよね? それにメグミちゃんやノリコちゃんも午後も講義があるんでしょ?」


「そうだったわ! サクサク答えなさい師匠! ご飯が食べられなくなるでしょ! ほらおじ様師匠! キリキリ答える!」


「メグミちゃん、その言い方はおじ様の価値が下がると僕は思うんだよね。折角呼んでくれるのならもっとこう……」


「師匠! 又話が脱線してますよ!」


「なに薬草は逃げないよ、落ち着いて」


「師匠は落ち着き過ぎです! ってノリコちゃんも笑ってないで何とかして、メグミちゃんと師匠が漫才始めると延々二人でボケ倒すのよ」


「漫才とは失礼な、お姉さんの突っ込みが可愛いからワザと師匠に合わせてるだけよ!」


「なっ! そうなの? そうだったの! って違う! 乗せられないわよメグミちゃん!」


「眼鏡も良いわね、師匠も良い趣味してるわ」


「いや違うからね? 師匠として師事してるだけ……って師匠!! 悲しそうな顔してこっちを見ない!」


 助手のお姉さんの突っ込みがその後も延々炸裂しながらなんとか師匠の説明が終わったのはランチタイムが終わった頃だった。

 そして師匠は助手のお姉さんを含めた全員に何故かお詫びとしてご飯を奢る羽目になったのだった……


 これがメグミとノリコの出会いだった。



(当たらない! 掠りもしない! 何で? どうして?)


 ノリコは当惑していた。

 教官相手でもここまで躱された事は無い。しかし、目の前小柄な少女にはノリコの攻撃が掠りもしない。


「ほらノリネエ腕に余計な力が入ってるわ、さっきよりも遅いわよ」


「クッ! ヤァ!!」


「ん、踏み込みが今度は足らない! けど腕の振りは良くなったわ」


「ウウゥ」


「ほら隙だらけ! 振り終わったら即相手の攻撃に備える! 相手は待ってはくれないわよ」


 ノリコの首筋に少女の剣が優しく触れる、これでもう何度目か数える気にもならない。


(実戦なら何回死んでるんだろう? これで何度目?)



 薬草学の師匠との昼食を終えたノリコは、知り合ったばかりのメグミと共に戦闘訓練の講義に来ていた。


 指導教官に付いて習う戦闘訓練は時間指定が無い。空いた時間を埋めるのに最適な講義となっている。


 昼一の講義は既に始まっていた為、昼二の講義開始時間、午後三時までの空いた時間を利用してノルマをこなしに来ていたのだ。


 この戦闘訓練の講義は、教官に開始の報告をして各自で武器を手に様々なメニューをこなし、必要に応じて教官に指導を請う方式が取られている。

 最低講義時間は1時間、見習い冒険者期間中に100時間の受講が必修となっている講義だ。


 訓練メニューは以下の通りだ。


・素振り

 戦闘訓練として最初に勧められる訓練だ。最初は自分に合った武器を探る為、用意された様々な武器を手に取り素振りから始める。

 指導教官が素振りをしている生徒を見て回り、フォームや型をそれぞれ指導する方式だ。

 柔軟体操など準備体操後に身体を温める為に行う事が多く、戦闘訓練の講義の基本となっている訓練である。


・攻撃訓練

 『木人君』と呼ばれる練習用ゴーレムを相手に武器で攻撃練習をする。

 武器で攻撃する感覚を掴む為の訓練だ。難易度が様々に設定出来る様になっている。

 動かない『木人君』をただ攻撃するだけの訓練。

 ある程度攻撃を躱す『木人君』に攻撃を当てる訓練。

 素早く動く『木人君』に攻撃を当てる訓練。

 偶に攻撃してくる『木人君』の攻撃を躱しながら攻撃する訓練。

 本格的に攻撃してくる『木人君』と戦う訓練。

 これらが基本的な難易度設定だ。更に『木人君』の数を増やしたり、人型以外の『木人君』を加えたりと様々なバリエーションで訓練出来る。


・模擬戦闘

 模擬戦闘空間と呼ばれる特殊な結界に囲まれた場所で行われる対人訓練だ。

 ここで生徒同士や教官を相手に本格的な戦闘訓練を行う。


 この模擬戦闘空間では専用の模擬プロテクターと模擬武器を装備して、寸止め無しに攻撃し合う。

 この空間内では幾ら攻撃をしても実際に相手にダメージを与える事はない。

 模擬プロテクターと模擬武器は衝突した際にお互いの衝撃を吸収し、模擬戦闘空間維持の魔力に変換する仕組みが採用されているからだ。

 攻撃力に応じて発生する魔力も増加する為、それを計測して表示する装置も空間の端に設置されている。

 この表示のゲージがMAXとなった方が負けと言うルールに成っていた。

 またこの模擬プロテクターと模擬武器は魔法流体金属と言う特殊な材質で装備者に合わせて形状が変形する為、サイズ調整の必要がない。

 魔法流体金属の入った箱に専用の魔法球を装備した状態で触れると、瞬く間に装着される。



「この装着される感じってなんだか魔法少女見たいよね?

 もう少しプロテクターのデザインが可愛いと良いのにね♪」


「ノリネエ、魔法少女なら変身の際に服が脱げちゃうのよ?

 光る訳じゃ無いんだから公衆の面前で素っ裸になっちゃうけどいいの?」


「!?……ダメ、それはダメよ……けど服が脱げない魔法少女って居なかった?」


「あのコスチュームの下に普通の服を着てると思うの? どう考えても無いわね」


「ウウゥ残念だわ……」


「けどノリネエ、戦隊ヒーローなら有りかもよ?

 あの戦闘服の下なら服を着てても不思議じゃ無いわ」


「ええぇ戦隊ヒーローなの? それってあんまり可愛いくないわ……」


「そう? 戦隊ヒーローなら絶対ピンクがいるでしょ?

 ピンクなら可愛い感じにできるんじゃない?」


「魔法少女が良いの! 衣装は絶対魔法少女の方が可愛いわ!」


「あーー君達、その仕組みが厨二心を擽るのは分かるんだが、ソロソロ訓練を始めないか?

 言いたくは無いんだがこのままだと認証のハンコを押せないぜ?」


「教官はどっちが好みなの? 魔法少女? 戦隊ピンク?」


「どっち?! ムウウゥ難しい事を聞くな……そう言えば俺の初恋の相手はテレビで見ていた戦隊ピンクだった様な……」


「イヤ何でそれで迷ってるのよ! 初恋なんでしょ? だったら断然戦隊ピンクでしょ?」


「だが大人になると、こう魔法少女がどうにも……ゴホンッそんな事はよろしい! 訓練を始めたまえ!」


「ロリコンね!」


「ロリコン? ロリコンって何?」


「えっノリネエ、ロリコン知らないの?!」


「違うっ! ロリコンじゃない! ノリコちゃんの様な娘も好みだ! だから違う! ストライクゾーンが広いだけだっ!」


「変態だわ……変態がいるわ!」


「あぅぅ……」


「あっ……あれ!?」


「お巡りさんコイツです」


「違う俺は無実だーー!」



 そしてこの模擬プロテクターや模擬武器は実際の防具や武器と同様の重量が再現されており、より実戦的な訓練が出来るようになっている。


(メグミちゃんって私より半月も後に召喚されたのよね?

 だったら普通素振りから、早くても攻撃訓練の段階よね?)


 模擬戦闘空間横で一緒に柔軟体操をしながらノリコは訝しんでいた。

 ノリコでさえ一週間前からやっと模擬戦闘の訓練に入った所なのだ。

 半月遅れのメグミが模擬戦闘の訓練に入れる筈が無い、一週間前に召喚されたばかりの筈なのだ。

 だが何人も居る指導教官は誰もメグミを咎めない。


「ノリネエ身体柔らかいわね、何かやってたの?」


「特に何もしてないわ、スポーツは好きだったけどそれだけよ」


「それでこの柔らかさなの? 凄いわね……足が180度開いて前屈で胸が地面にピッタリつくなんて訓練してても中々できないわよ?」


「そう言うメグミちゃんも柔らかいわよね? 同じ事が出来てるわよ?」


「私は訓練したもの、ずっと剣道をやってたのよ」


「そうなの? ねえメグミちゃん、戦闘訓練の講義は何回目なの?」


「ん? これで2回目かな?」


「えっ? けどそうね剣道をやってたから素振りとか必要無いって事なのかしら?」


「素振りは毎朝やってるわよ?」


「そうなの? だけど攻撃訓練は?」


「攻撃訓練? ああ、木人君? あれはダメね、攻撃パターンが単純過ぎて訓練に成らないわ」


「そうだったかしら?」


「数を増やしたりして色々試したけどダメだったわ、あれなら素振りをしている方がマシね」


「格闘技を経験しているとそうなの?」


「そうね、まだ対人で訓練出来る模擬戦闘の方がマシね。対人ならランダムな要素が加わるでしょ?」


「うーーん対人の方が難易度高いのかしら? けど対人戦闘は相手次第でしょう?」


「そうね……意外性? 他人って自分じゃあ絶対しない選択をするでしょ? それが良いのよ」


「でも……それでも自分よりも弱い人と練習して強く成れるの?」


「成れるわよ? じゃなきゃ私はどうやって強くなれば良いのよ」


「??」


「ねえノリネエ、私が模擬戦闘やろうとしても教官は誰も文句言わないでしょ?」


「そうなのよね? 模擬戦闘は武器の扱いに慣れてないと筋を痛めたり怪我をするからって中々許可が下りないのに……やっぱり剣道やってて慣れてるから?」


「ふむ、アレねノリネエは天然なのね?」


「何天然って? …………違うわよ! 私の胸は豊胸手術じゃないわ! 寧ろ小さくしたいって思ってるんだから!」


「だから言ってるでしょ? 色々と天然よノリネエは」


「??? アレ? そうねそう言ってるのよね?

 私ったら恥ずかしい……勘違いして怒鳴ってゴメンねメグミちゃん」


「まあ良いわノリネエ、ほら準備体操も済んだし、模擬戦闘始めましょ、教官が睨んでるわ」


「そうね、けど本当に大丈夫? ああでも剣道経験者だから大丈夫なのよね?」


「そうよ大丈夫だから、だからノリネエも本気で来てね。魔法とか色々全部使って全力でお願いね。そうじゃなきゃ練習に成らないわ」


「えっでも教官が、私は背も高いし、こう見えて力持ちだから、対人訓練では魔法とか強化系は使ったらダメって言われてるのよ」


「そう? でも大丈夫! ほら私は剣道経験者だから、ね?」



(経験の差? なの? コレがそうなの? 剣道ってこんなに凄いの?)


 ノリコは全力だった。全力で全身全霊で、使えるものは全て使って攻撃を繰り出しても丸で歯が立たない。

 それどころか目の前でメグミは笑顔さえ浮かべて指導教官の様にノリコを指導する。


(勝てない……攻撃が当たらない! 魔法まで使ってこれだけ速く動いてもまるで追いつけない!

 何で? 力は勝ってる筈よ! リーチだって私の方が断然有利、確実にクリティカルヒットな一撃がなんでアッサリ躱されるの?)


 ノリコには訳が分からない、恵まれた体格、柔軟性に富んだしなやかな筋肉、異常な筋力、常人より遥かに優れた反射神経に動体視力、様々なスポーツを難なく熟す運動神経の良さ。


 恵まれ過ぎた基本スペックの高さで、指導教官からも有効打を獲得してきたノリコの攻撃がまるで通じない。

 今迄先輩見習い冒険者の中にもノリコに勝てる見習い冒険者は居なかった。


 そのノリコが今、目の前の小柄な少女に子供扱いされていた。


「ダメよノリネエ、攻撃が単調になってるわ。バリエーションを付けなさい。

 幾ら自信があっても打ち下ろしだけじゃあ攻撃がミエミエよ」


「クゥッ!」


「今のは良いわね、腰が入って来たじゃない。

 けど足の運びがまだまだね。攻撃した後止まらない! 滑らかに動いて次の攻撃に繋げなさい!」


「アクゥ!」


 「一撃で捉えられないなら連撃でしょ! そう! その調子! ほらほら休まない! ホラッ、ワンツースリー!」


「トゥ! ヤァ! ハッ!」


「相手をよく見なさい! がむしゃらに振っても当たらないわよ!」


「そこまで!! そこまでだメグミ! 休憩だ! 休憩をしなさい! ノリコちゃんもそこまでだ!」


「何よ教官今いいところでしょ?」


「いや君達何時間戦うつもりだ? それ以上はノリコちゃんの身体が心配だ。シゴキ過ぎは逆効果だからな」


「教官どこ見てるのよ? ノリネエはまだ余裕があるわよ?

 本当に体力、スタミナの化け物ね。これだけやってもたいして疲れてないわ」


「それでも休憩だ! これ以上は体力が持っても筋肉の腱を痛める」


 ノリコはそう言われて、ホッと一息入れる。


 そこで漸く辺りを見回す、まだ昼だと思っていたのに辺りが薄っすら暗くなっていた。

 そして自分とメグミが模擬戦闘を行なっていた空間の周りに見学者の壁が出来ていることにその時初めて気がついた。


(あら? 夢中になり過ぎちゃった? 何時の間にこんな?)


 ノリコがボンヤリ辺りを見回していると、メグミが冷えたスポーツ飲料の入った水筒と暖かい濡れタオルを手渡してくれる。


「ノリネエ、中々筋が良いわよ」


 スポーツ飲料を一気に飲んでいるとメグミからそんな声がかかる。


(ふぅ、思った以上に喉が渇いていたのねスポーツ飲料が身体に染み渡る様だわ)


「ありがとうメグミちゃん、スポーツ飲料もご馳走様。

 ああ暖かい濡れタオルって良いわね。なんだかサッパリするわ」


「でしょ? けどそうねもう少し早めに水分補給するべきだったかもね。ゴメンねノリネエ、喉乾いてたのね」


「大丈夫よ、私も夢中になり過ぎちゃった。スッカリ水分補給とか忘れてたわ」


「そう? けど本当に凄い体力ね、教官とやるより練習になるわ」


「うぅ嫌味なのかしら? 結局一度も当たらなかったわ」


「それはね……ホラ、私剣道経験者だから。それに攻撃を当てられないのは教官も一緒よ。

 ううん、直ぐにへばらないだけノリネエ方がずっとマシかもね」


「……えっ!?」


「まあ練習だからね、どうせやるなら美少女相手の方が良いでしょ」


「あっ……」


「ふふっ今気が付いた? まともな練習相手がね、居ないのよ。

 教官含めて相手にならないのよ、ね、教官」


「お前はなあ、ちょっとは手加減しろよ! 教官連中が負けるのが嫌でびびってるだろ!」


「負けたくないんだ? 練習なのに?」


「教官としての面子が有るだろ! 特にお前は容赦なさ過ぎ何だよ!」


「え……と? 教官?」


「まあノリコちゃん暫くこいつの相手を頼む。

 前回俺がコイツにコテンパンにのされてな。

 それで他の教官連中がコイツのことを嫌煙してんだ」


「教官は平気なんですか?」


「まあ負けた事がない奴は居ないだろ? コイツに負けたのは確かに色々思う所は有るが、仕方あるまい。

 いつか絶対勝つ! それでチャラだ! そうだろ?」


「無理だと思うけど?」


「おっお前! その口の悪さはどうにかならんのか!」


「だって事実でしょ? 教官が勝つって事は私が負けるってことよ?

 私はね、カナデ以外には負けないの! だから教官が私に勝つことは絶対に無いわ!」


「なっコイツは! 誰だよカナデって!」


「秘密! 私に勝てたら教えてあげるわ」


「ふぅ、全く口の減らない……だがまあノリコちゃんもこれから練習相手に困るだろうから、お前が責任を持って相手しろよ」


「えっ? 何で? 何で私が?」


「何だ気が付いて無いのか? さっきまでの模擬戦闘を皆んな見てただろ?」


「そうですね? けどそれが……」


「メグミはまあ問題外だ。誰も相手が勤まらねえ!

 けどねノリコちゃんも程度の差はアレ同類だ。

 皆んなどれだけ愕然としながら君達の模擬戦闘を見てたと思う?

 俺も正直ノリコちゃんがここまで動けるとは思ってなかったよ。メグミの指導のお陰かも知れないが、まあ理由はこの際関係無い。

 今のノリコちゃんの実力だと教官連中の半数くらいは負ける」


「そんな? いえだって今までどの教官にも勝った事は有りませんよ私?」


「抑えてたろ? 今迄全力を尽くした事がなかっただろ?

 今のノリコちゃんの相手が勤まる人か……見習い冒険者の中には居ないだろうな。

 それに指導教官でさえ腕によっぽど自信が無いと相手をしようとしないと思うぜ?

 そうなると君の練習相手はメグミ以外に居ない事になる」


「けど私じゃあメグミちゃんの練習相手にならないわ。

 今日だって一回も攻撃が当たらなかったんですよ?」


「大丈夫よノリネエ、ちゃんと練習になってるから。

 良い練習ってのは相手を倒さなくても出来るのよ。

 相手の攻撃を如何にギリギリで躱すかとか、右手以外使わないとか片足でとかね、色々ハンデを付けていけば良いのよ。

 その上で予想外の動きをする対人戦闘は例え相手が弱くても練習になるわ。

 ノリネエの場合無尽蔵なスタミナと、想像以上の戦闘センスがあるから本当に良い練習になるわ」


 ノリコのそれまで培って来た自信がこの時粉々に砕けた。


「だからメグミ! お前は少し言葉も手加減しろよ!」

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