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異世界迷宮物語 ~剣聖少女はハーレムを夢見る~  作者: 綾女
二章 大魔王迷宮 その1
33/56

第31話新キャラ登場

 鬱蒼と茂る木々、異常に高い湿度、未だ季節は初夏にもならない晩春にもかかわず汗ばむ様な高い気温、この階層は既に初夏を通り越して夏真っ盛りの様な状態だ。

 壁の様に連なる木々は樹高にして30メートル。天井付近にも枝が這い回り、岩の天井を覆い隠す。その葉は天井付近に繁茂し、強烈な白い光を放つ。

 その樹の根が足元に這い回り、この通路は周りを全てその樹に覆われて、さながら樹木のトンネルである。

 巨大な蛇がのたうつ様に這い回ったその木の根は、非常に歩きにくい足場を形成し、その根の影が死角を生む。更に木漏れ日の様に降り注ぐ木の葉の光は疎らな影を生んでいた。


 この『魔素樹』と呼ばれる植物は、光による光合成でなく、魔素を吸収し魔素合成を行う。これは光合成と同じく、水と二酸化炭素を吸収し、触媒作用にてその樹が育つ為の栄養素と酸素を発生させている。

 この魔素合成は光を触媒として吸収するのでなく、光を放出し、魔素を触媒として吸収する。

 またその際に熱を放出するためこの階層は年中暖かい。いや……夏場は大気温度に、この放出熱が加わり耐えがたい暑さとなる。


 この『魔素樹』の密林、この密林が『大魔王迷宮』の地下1階と地下2階の全域に渡って広がっており、通称『迷宮の蓋』と呼ばれ、魔物と魔素の地上への流出を止めている。


 その『大魔王迷宮』地下1階、『植物系魔物の楽園』ともいわれる魔素樹の密林の一角、広大な通路の様になっている広いトンネルで、一組のパーティーが植物系・昆虫系魔物の群れと戦っていた。



 メグミはいい加減切れそうだった……右横からは、


「オッーーーホッホ!!」


高笑いが聞こえ、その度に『ラバーウィップローズ』や『リッパーアイリス』が弾け飛び、凶悪な棘を生やした鉄球が鎖に操られて乱れ飛ぶ。


 『ラバーウィップローズ』はその鞭の様な棘の付いた触手を操り、此方の攻撃が届かない、少し離れた距離から相手を打ち据える。

 その魔物が今は逆に自分の攻撃の届かない距離から棘付き鉄球に粉砕され、頭の様に見えるバラの花びらを散らして成す術なく狩られている。


 『リッパーアイリス』は元々近距離戦闘特化の魔物だ。2枚のその鋭い剣の様な葉で相手を切り刻む。

 花の様に見える口から目潰しの毒の霧を吐き出し、相手が怯んだ隙に、接近して攻撃を仕掛けてくる中々芸の細かい魔物だ。

 こちらは元々遠距離攻撃手段がない。この距離で棘付き鉄球に攻撃されては毒の霧すら届かない。

 体を半ば抉られて、だらしなくその花の様な口から霧になる前の毒の蜜を垂れ流して次々と地面に転がる。


 この2種類の魔物は良く共に現れ、『リッパーアイリス』が近接戦闘を繰り広げている後ろから、『ラバーウィップローズ』が中距離攻撃で相手を触手で捕らえて動きを拘束するなど支援攻撃を仕掛けてくる。

 セットで現れると地味に面倒な魔物なのだが、だがそれも相手に近寄れたらの話だ。


(派手に粉砕するのは良いけど、これってドロップアイテムどうなるの? ドロップアイテム毎粉砕してない?

 どっちも大して高値じゃないけど、少し勿体ないわね……)


 『ラバーウィップローズ』はその名前の通りゴムの様なウィップが取れる、このゴムは少々粉砕されても価値は変わらないのだが、薄い皮膜に包まれた状態で取れる『ローズオイル』は皮膜があまり頑丈でない為、粉砕されると辺りに飛び散ってしまって取得できない。


 『リッパーアイリス』はその剣の様な葉が素材として使用されている。竹籤替わりに細く籤に裁断された物で籠や小物入れなどが編まれて活用されている。ほんのりとアイリスの花の香りがするので女性に人気のアイテムだ。

 またこちらも甘い蜜が薄い皮膜に包まれた状態で取れる。この蜜の方が価値が高いのだが、同じく粉砕されると取得できない。


(もう! もうちょっと丁寧に倒しなさいよ! 勿体ないでしょ!)



 その傍らではノリコが嬉々としてポールハンマーで『ニードルトレント』の群れを粉砕していた


 『ニードルトレント』は動き回る葉のない枯れ木の様な魔物だ。

 だが葉が無いため枯れて見えるが別段枯れているわけでない。

 全高はさほどでもなく、梢の先まででも3メートルほど、幹の高さだけなら1.5メートル位だろうか? しかし幹回りは太く直径は1メートルにもなる。

 その太い幹から、タコの足の様に動き回る根っこの足を複数生やし、その腕の様にも見える太い枝で攻撃してくるのだ。

 太い幹には植物系魔物なのに何故か顔があり、その吊り上がった洞の様な目の奥では赤い鬼火がユラユラと目玉の様に揺れている。

 また大きく裂けた口が、凶悪な木の牙を生やして開いており、倒した獲物はこの口を使って食べられている。


 腕の様な枝は先が鋭く尖っていてそれを武器に刺して攻撃してくる。これがニードルの所以だ。

 人間の腕と違って枝は複数あり、その複数の枝を交互に突き刺して連続攻撃を仕掛けてくるため、此方が攻撃する隙が中々つかめない魔物だ。


 今も元気にノリコに攻撃を仕掛けようと群れで次々と突進しているが、ノリコは一番先頭の『ニードルトレント』を『弾けろ』で弾き飛ばし、後続を巻き込んで転倒させる。

 『ニードルトレント』はその鋭い枝が仇になり、枝が地面に突き刺さって体重が支えきれない上に、深く地面に突き刺さり自分の枝で自分を地面に縫い留めてしまう、一度転倒すると中々起き上がれないのだ。


 それ故に転ばない様に幹が横に太くなっているのだが、その分自重も増え、『弾けろ』で弾き飛ばされると、その重さ故に、仲間の『ニードルトレント』をボーリングのピンの様に巻き込んで転倒してしまう。


 普通はこの重さの『ニードルトレント』がこうも易々と弾き飛ばされることは無いのだが、相手はノリコだ。

 渾身の力を込めた、良く撓りの効いた一撃は、いとも容易く『ニードルトレント』を弾き飛ばす。


 転倒してしまった『ニードルトレント』などノリコにとってはタダの的だ。

 薪を割るかの如く、地面まで陥没させながら『ニードルトレント』を次々と叩き割っていた。


(……まあいいけどね、こっちはドロップアイテムって言っても良い香りのする薪だし、すこし位砕けていても、チップにして燻製に使ってるんだし価値は変わらないでしょ)



 更にその後ろでは、甲高い回転音を響かせながら大地母神の神官服を着た華奢な女性が、その手の回転するランスで『ブラッディオニオン』に風穴を空ける。


 『ブラッディオニオン』は昔漫画に描かれていた『火星人』の様な見た目の、タコとクラゲを合わせて割ったような姿をしている。

 玉葱な白い胴体に薄黄色の根っこの様な手足をもち、ヒョコヒョコとその手足を使って移動する。

 こちらも玉葱な白い胴体に顔が有り、円らな黒い瞳をみるとその剽軽な姿もあり一見可愛らしいのだが、口を開けるとその印象が一変する。

 大きく地割れの様に裂けた口、その大きな口には鋭い牙が杭のように並んでおり、赤い血が滴るような咥内と相まっての生物的な恐怖を引き起こす。

 一見可愛いだけにその変化がグロい……


 『ブラッディオニオン』はタコの様な手足を相手に絡めて動きを拘束し、その大きな口で噛みついて攻撃する。集団で次々と飛び掛かってきて、その大きな口で噛みつくのだ。

 その光景は『火星人』だけにエイリアンのようで気持ちが悪い。


 だが回転するランスにはそんなものは関係なかった。

 ランスというよりどう見ても巨大なドリルなのだが、このランス、手だろうが足だろうが胴体だろうが触れるもの全てを削るきる。

 掴みかかってくる触手を巻き込んで引きちぎり、胴体に振れればたちどころに大穴を開けて止めを刺す。


 この『ブラッディオニオン』は玉葱本体の丁度後頭部に当たる部分が食用に適しており、刻んで炒めるととても良い旨味をだす。

 見た目はグロいのだが中々に美味しい、ここヘルイチ地上街ではカレーやシチューに良く入れて食されている。


 だがこのランスはそんな部位すら関係なく削りきる。


(これじゃあ食べられる部分が残ってないじゃない! せめて切れている位なら食べられるのに、グチャグチャで食べられたものじゃないわ!)



 メグミ左横のサアヤは風の精霊『風香』と共に『ジャイアントビー』の群れを『風の刃』で切り刻む。


 ミツバチを1メートルほどに大きくした魔物と言えばイメージしやすいだろうか?

 この魔素樹の密林には様々な巨大な花が咲き誇る。中には『ラバーウィップローズ』や『リッパーアイリス』の様な花系魔物も居るのだが、普通の植物も数多く繁茂していた。

 特に魔素樹のウネウネとした幹には着生し易いのかラン科の植物が多い、まあランと言ってもサイズがラフレシアの様な花だが……その花が咲き乱れている。

 それらの花から花粉や蜜を集めているのがこの『ジャイアントビー』だ。

 常に群れで行動する魔物で、接敵するとこの群れが冒険者の周囲を素早く飛び回って囲み、その腹の毒針を四方八方から遠距離で撃ち込んでくる。


 そう毒針を射出してくるのだ。


 お腹の中で毒針を錬成し、ストックする仕組みがその大きなお腹の中にあるようで、そこそこの間隔で撃ち込んでくる。


 本家のミツバチは一度針を刺すと内臓である毒袋ごと針が抜けてしまう為、一度針をさせば死んでしまうと言うのに、この巨大なミツバチは節操のないことに何度でもその針を撃ち込んでくるのだ。


 一匹一匹は少し射撃間隔が有るため、単体ならば大した魔物ではないのだが、なにせ数が多い。

 百匹に達するような集団で毒針を撃ち込まれては、まるでマシンガンの斉射を受けているようなものだ。


 それをサアヤは『風の刃』を乱射することによって、針を吹き飛ばしながら切り刻む。



 これは黒鉄鉱山に通い始めるよりも少し前、メグミがサアヤのスタッフを造った時の話だ。


「ねえサアヤ、魔法ってさ、なんで一回ごとに魔法式が消えちゃうの?」


「?? 言ってる意味が良く分かりませんが?」


「魔法って魔法陣と魔法回路で魔法式を組んで、それに魔力を流し込んで発動させるよね?」


「そうですね、ですから魔法式は毎回組む必要がありますね」


「同じ魔法を連続で使う場合でも毎回組んでるよね?」


「ん? ああっ、そうですね。同じ魔法を使う場合でも毎回組んでますね。

 けど攻撃魔法なんかの場合は、予め魔法式に攻撃回数を、その装弾数を組み込みますから、態々2回組みなおさなくても連続して攻撃できますよ?」


「確かにその通りね、けどねサアヤ、魔法にはその魔法ごとに投入魔力の上限が決まってるわ。

 魔力を多く消費して、装弾数を増やしても、その上限に掛かって装弾数を増やし過ぎたら威力が下がるし、威力を上げると装弾数が少なくなるわ」


「そうですね、一回ごとに込められる上限魔力が決まってますからね。

 それを超えると暴走して不発、悪くすれば術者を巻き込んで暴発しますね……

 まあ、基礎魔力や魔法制御の腕が上がってくると、一回に込められる魔力量も徐々に上がってきますけどね」


「そうなのよ、問題はそこよ。一回に込めれる魔力量が違うのに、魔法式は一緒なのよ? 変じゃない?」


「何がですか? 魔法の腕が上がっているって事ですよね? 何か変ですか?」


「ああ、メグミちゃんはこう言いたいのね、魔法式その物の強度は変わってない、魔法式に耐久値の様なものが有るのであれば、それは変わってないのに、弱い魔力を込めても、強い魔力を込めても、魔法式が一回で使えなくなるのはおかしい? そうでしょ?」


「その通りよ、折角組み上げた魔法式をなんで毎回消してるのよ? 魔法ってのは魔法陣と魔法回路、そこに魔法式が有れば魔力を込めれば発動するのよ?

 魔道具の魔法式がいい例よ、あれは何回でも使えるじゃない。

 普通の魔法だって同じでしょ? 一回毎に消さなければ何度だって使える筈よ」


「……確かにその通りですが、けどそれにどんな利点が?」


「サアヤって魔力容量が大きいわよね?」


「そうですね、大抵の人には負けないくらいの容量がありますね」


「ならもっと魔法の攻撃力が有っても良いはずじゃない?」


「強い魔法を使うには、まだ基礎魔力も魔法制御力も足りませんよ。こういったのは経験ですからね。

 地道に魔法の修行を頑張って上げていくしかありませんねこればっかりは」


「でも基礎魔力も魔法制御力も『氷の矢』程度なら余裕でしょ?」


「勿論です! 『氷の矢』位なら何発だって! それこそ百発だって余裕です!」


「ならなんで『氷の矢』を百発打たないの?」


「先ほども言いましたよね? 何発も一回に撃っては一発一発の威力が下がりすぎて使い物になりませんわ、威力を担保して魔法を撃つなら精々10発が今の私の限界ですね。

 連続して撃つにしても、どうしても魔法式の構築時間が有るので、そうそう撃てる……あっ!!!」


「気が付いたわね、そうよ、魔法式をそのまま維持できれば連続して発動できるでしょ?

 なら一回に一発、全力で威力を高めた魔法攻撃を100発連続で撃てるってことでしょ?」


「理屈ではそうなりますが……」


「普通はさ、魔力が尽きちゃうからこんな効率の悪い使い方はしないのかもしれないけど、サアヤの場合は魔力効率は考えなくても良いだけの魔法容量が有るでしょ?」


「確かにそうですね、それに魔道具と違って自分で組んだ魔法式なら途中でパラメーターの変更も魔法制御で出来ますね」


「ねえサアヤちゃん、そもそもなんで魔法式は毎回消えちゃうの?」


「魔法の同時発動には制限がありますわ、『同時詠唱』の技術を磨けば、何個か同時に発動できますが、それにしたって二つや三つ位です。

 その為、他の魔法を発動するには前の魔法式が残っていては都合が悪いから消えて……いや消しているんですわね」


「あれ? 魔法の効果は同時に複数掛けることが出来てるわよね?」


「持続効果のある魔法は一度発動すると、魔法式が対象物に移ります。

 術者の魔法制御の手から離れるんです。

 ですが発動時に込められた魔力が魔法式に残っていますから、それが消費されるまでは効果が発動し続けるんです」


「なるほど、あくまで魔法制御して発動している魔法式の数に制限が有るわけね……」


「なんとなくですがメグミちゃんの目的が……メグミちゃん、要するに魔法式を毎回消すのではなく任意で消す様にして、魔法を連続発動出来るようにすれば良いんですね」


「そうね取敢えずは、それが最初の目標ね」


「最初の?」


「先ずはその魔法式を組んでみて、それで実験してから次の段階に進みましょう!」


「なんだか嫌な予感しかしないのですけど……最終目標はなんなんですか?」


「先ずは一歩よ、一歩踏み出せないことには始まらないでしょ?」


「ううぅ、まあ良いですけどね」



「ぅぅううぅ……中々理屈通りにはいかないんですね……」


「流石にサアヤでも百発は無理か……64発ねえ、けど魔力容量はまだ余裕が有るのよね?」


「自分でも想像してませんでしたが、あれですね魔力容量に余裕があっても、スタミナが完全に尽きました……」


「魔法って使ってるとすこし疲れた感じはしてたけど、スタミナも同時に消費するのね。

 大体魔法容量の方が先に尽きるから今まで気が付かなかったわ」


「しかもアレね、予想外だったのはスタミナの消費がその使用回数、発動回数による事ね。

 一回の魔法使用で多く魔力を消費した場合もスタミナが多く減る傾向にあるけど。

 魔法毎に魔力消費とスタミナ消費の固定値みたいなものが有るのね。

 魔力を多く消費する魔法はスタミナ消費の効率が良いわ。

 逆に魔力燃費が良い魔法はスタミナ消費の効率が消費魔力に対して悪いのね」


「けどメグミちゃん、64発も攻撃魔法が連続で撃てれば十分じゃないかしら?」


「そうね、魔法式の強度は少しも減ってないわね。今回の実験でスタミナ消費以外にも色々判明したわ。

 魔法式は魔力を込めている限り劣化しないし、耐久値なんてものは減らないのね。

 まあ良く考えたらそれも当然なのね、魔法式、魔法陣と魔法回路自体が魔力をコントロールして描かれているんだから、魔力を与え続けている限り、常に上書きされているようなものなのね。

 剣の付与魔法の魔法式が延々持続してるんだから当然と言えば当然かな? 物に描かれたとはいえ、存在する以上劣化は普通避けられない筈なのに剣の魔法式は逆に進化していくものね」


「そうですね、進化ですか……連続して使っていると最後の方は若干効率が良くなっていったような……」


「この記録映像を見る限り、そうね、魔法陣の形が少し変化しているかしら?

 整えられていっているように見えるわ」


「使っていくうちに魔法陣が最適化されていってるのかしら? なんだか剣の魔法式の馴らし運転みたいね。

 繰り返すことでスムーズに魔力が流れるようになっていってるわ」


「惜しむらくは再現性に乏しい事ですわね、やはり一度解除してしまうと、次に構築したら最初からになってしまいますわ」


「けどねサアヤちゃん、それでも若干実験前の初期から言えば、魔法陣の形が進化しているわ。無意識に効率が良かった時の魔法陣を再現しようとしているんじゃないかしら?」


「無駄ではないと言ったところでしょうか? しかしこうも疲れてしまうなんて、コンセプトは良いのですけど、このスタミナ消費の改善が必要ですね」


「スタミナ消費はまあサアヤの体力が付けばもう少しマシになるわよ。

 それに今回の実験は普通の魔法式が何度でも繰り返し使えることが分かったわ。これだけでも意義が大きいわね。

 じゃあ次の段階に進むわよ!」


「次の段階? これで魔法の威力を高めながらの連続攻撃という目標は達成しましたよね?」


「何言ってるのサアヤ、こんな単純な魔法陣の初級魔法をただ連続で撃てても仕方がないでしょ?」


「十分だと思いますけど? ……次の段階って何なんですかメグミちゃん!」


「何? 何を嫌がってるのよサアヤ」


「だってメグミちゃんの実験に付き合ってもうヘトヘトなんですよ!

 今日はもう何もしたくありませんわ。

 帰って休ませてもらいます!」


「まあ良いわ、次の段階の実験はノリネエと私で準備しておくわ。

 ねっ、ノリネエ!」


「えっ? メグミちゃん私何も聞いてないわよ? 次って何をする心算なの?」


「まあまあ、それは装置が出来てから、実験する段階になってから話すわ、だから部品製作手伝ってね♪

 それよりもサアヤ、あんたは明日から特訓ね! 折角の魔力容量が勿体ないわ! せめて100発連続で撃てるようにならないとね」


「えっ…………えええええええぇぇぇ! 何ですかそれは!

 私は3/4はエルフなんですから! 体力はありませんわ!」


「けどねサアヤ、昨日は60発だったのよ? 今日は64発、4回分スタミナが続いているわ、この実験で分かったことがもう一つ、繰り返し魔法を使って限界まで達すると、成長するのか少しスタミナや魔力容量が増えるのよ。

 私やノリネエの場合も魔力容量が増えたのか撃てる回数が増えたわ」


「そういえば確かにそうね」


「ってことはよ、このままサアヤにはスタミナの限界まで魔法を使うのを繰り返してもらえば、順調にスタミナも付くって寸法よ! ね? いいアイデアでしょ!」


「鬼ですか!! こんなのを後何回繰り返したらいいですか! 無理です! 死んじゃいます! お姉さま、メグミちゃんが……」


「そうねサアヤちゃん、私も魔法容量増やすように頑張るわ! 一緒に頑張りましょうね!」


「なっ……何でですの!! なんでそうなりますの!!」


「がんばれサアヤ! 頑張ってたらご褒美を上げるから! それにほらそれだけ喋れるならもう何発か撃てるんじゃないの?」


「鬼っ!! 鬼ですわーーー!!」



「今度は何の実験なのメグミちゃん」


「それはね、魔法式の保存の実験よ」


「魔法式の保存?」


「そうよノリネエ、この世界にもパソコンの様な演算魔法球が有るじゃない?

 それに記録魔法球だってあるのよ? なら魔法式を保存することだってできそうじゃない?

 この間の実験で判明したように魔法式も進化するわ、効率的に使えるようになっていくのよ。

 ならその進化した魔法式を保存して、次に使う時にその段階から直ぐに使えるようにすれば更に効率も威力も上がると思わない?」


「確かにそうなのかもしれなけど、魔法式って保存できるの?」


「魔法陣はまあ単純に言ってしまえば魔力で描かれた図形よ? 魔法回路は魔力回路、魔力をどうコントロールしながら魔法陣に流し込むのか、その為の魔力の道筋よ? これも言ってみれば図形みたいなものね。

 ならそれを記録することは可能でしょ? 『鍛冶空間』とかで剣の設計図を保存してるじゃない? あれと大差ないわ。

 あれも『収納空間』に設置した演算魔法球に記録してるだけだもの。

 師匠達は演算魔法球を使った方法は『邪道だ!!』って言ってたけど便利なのには変わりがないわ。

 便利なものはとことん利用すれば良いのよ、それが道具ってものでしょ。

 そんな道具で代用できる様なことを自分で苦労して作業するとか意味が分からないわ!

 時間は有限なのよ? そんな無駄な事はすっ飛ばして私達はもっと先を目指すのよ!」


「で? これがその魔法式を保存できる装置なのね? 少し大きすぎないかしら?」


「サアヤじゃないからね、私とノリネエだとこの大きさで限界よ! 何ノリネエ? もっと細かい作業がお望み? 出来るなら任せるけど?」


「うん無理ね! これで十分だわ!」


「まあ実験するだけだし、普通の演算魔法球と記録魔法球に、魔法式を記録するための装置を取り付けただけだからね。

 小型化はサアヤに任せて先ずは実験が先よ!」


「……それは良いんだけど、ねえメグミちゃん、なんで今回は私が実験台なの?」


「ノリネエはこの装置を取り扱えるのかしら? 操作方法とか分かるの?」


「ぅぅ、それは分からないわ、操作は無理だけど……」


「誰かが実験台になって、誰かが装置の操作をしないとダメのよ?

 サアヤが居ないんだから今回は仕方がないでしょ?」


「そうそれよ! メグミちゃんが容赦なくシゴくからよ……もう! 本当に少し手加減しないだめよ?」


「まさか本当に熱を出して寝込むとは思わなかったのよ! あれね、後でお見舞いにプリンを一杯買っていくわよ」


「あっ、良いわねプリン!」


「ノリネエにも買ってあげるから今は実験よ! なにノリネエはサアヤの改造した連続使用のできる魔法式を発動させるだけで良いんだから簡単でしょ?

 そうそのその魔法球を触りながら発動してね、記録できるようになってるから」


「こう? これでいいのかしら? ん? なにも起こらないわね?」


「今は魔法式を記録してるだけよ、うん、順調ね、じゃあ連続発動繰り返してね」


「ねえ、メグミちゃん、私も最近多少は魔法容量増えたわよ、けどね、まだ連続発動は少し辛いんだけど……」


「大丈夫、魔力回復ポーションはここに準備したから」


「なんだろう、サアヤちゃんの気持ちが少しわかってきたわ」


「ほら集中して! 余計なことは考えない!」


「ううぅぅ、ねえどんな感じ? 順調?」


「そうね良い感じに記録できてるわ、ほらそのまま最後の一滴迄魔力を絞り出すのよ!」


「うっ、メグミちゃんの鬼っ!」


「ノリネエは体力有るから平気よ! いけるわ!」


「はっ……ぁぁあぁっぁぁぁぁ、もう無理っ限界よっ」


「はいお疲れ様、ほら魔力回復ポーション飲んで! そうぐっと飲みほして!」


「ふぅぅ、やっぱり魔力が枯渇してきた時のあのクラクラする感じは慣れないわね」


「うーーん、もうちょっとかな?」


「えっ? どうしたの?」


「んっ、やっぱりサアヤ程連続じゃないからか変化に乏しいのよね。

 ……ねえノリネエ、ここにもう50本ほど魔力回復ポーションが有るんだけど、これ飲みながら回復させつつ撃てばもっといけるよね?」


「あぁうっ鬼! メグミちゃんの鬼ーー!!」


「技術の発展に犠牲は付きものよ」



「で? お姉さまの犠牲の元に技術的な目途が付いたと?」


「そうよ、あの後ノリネエまでへばっちゃったから、自分でも色々試して完成させたわ」


「これがそうですか……確かに魔法式が保存できてますね。

 え?? これ何個保存してるんですか?」


「私の使える魔法は全部保存したわよ? 当然でしょ?」


「これ……どうやって?」


「魔力供給を魔法式が保てる最低ラインで維持してるのよ、維持だけならそれほど魔力が必要ないことも判明したわ。

 装置は魔結晶炉から魔力が供給されてるからスリープモードでスイッチさえ入れっぱなしにしておけば問題なく保存できるわ。

 魔法陣が複雑になればなるほど供給する魔力が増えるけどまあ大した量じゃないわね」


「わっ、凄い、これ保存した魔法式の改造も出来るんですか?」


「そうよ? 普段魔法式を展開してやってることは保存中にも出来るわよ? 魔法制御でコントロールすれば良いのよ。

 演算魔法球で補助してくれる様にしたから楽でしょ」


「えっとじゃあ、使い込んで進化させた魔法式を少し装置で改良とか改造して、それを再びもう一度使えると?」


「そうよ? 私のは既に大分弄ってみたのよ、私程度の魔力容量でも、繰り返し使うと変化していくことがわかったわ、それにね、進化って言ってたけどあれ進化じゃなかったわ、あの程度は成長ね」


「進化じゃなかった? 成長? ってまさか!!」


「ほら見てサアヤ、これ、これがね進化した魔法式よ。

 ね? 凄いでしょ、魔法陣の形が進化する前と後でこんなに違うの、威力も段違いだったわ。

 複雑化した分、消費魔力が若干増えて、保存した魔法式を展開しても少し発動まで時間がかかるようになるけどこれはこれで良いわ」


「これは……この進化した魔法式は誰でも使えるんですか?」


「進化する前の物なら誰でも使えるんだけど、進化したのはまだ試してないからわからないわね、ってことでサアヤ、お願いね?」


「くっぅ、失敗しましたわ! ……けどメグミちゃん今のままでは大きすぎですよ? このままではこの装置は持ち運べませんわ、なら実験しても無意味ですわね! だから今回実験は……」


「ああ、それはもう考えてあるわ! そこはほら期待してるわよサアヤ! 大丈夫、サアヤなら出来るわ! 既にこの機能を盛り込んだ魔法球の基本設計は出来ているわ!!」


「えっ!? もうっ?? 幾ら何でも速すぎませんか?」


「まあちょっと見てよ! 頑張って可成り小型化したから、これなら十分スタッフに装着できる大きさよ。

 タダね、設計は出来たんだけど、細かすぎて私じゃあ加工が困難なのよね……けどサアヤならいけるわ!」


「なっ……いや確かに出来て、っん? ここはこっちの方が良いですわ。

 それにここをこうすれば更に効率的になりますね。ってなんですのこの主要部分の細かさは!! これは流石に……」


「うんまあちょっとリファインしつつお願いね! 私の方はこれを取り付けるスタッフを造っとくから!」


「って無理ですわ、この負荷に耐えれる魔法球の素材が無いです!」


「それも平気よ、錬金術の師匠に相談したら、これを使えって」


「うぅぅぅっ、なんて用意周到なっ! ってこの宝玉は?」


「なんだっけ? そうたしか『青き月の雫』って名前よ」


「綺麗な青い宝石ですね、何でしょうキラキラ内部で光ってますね」


「良い感じの素材でしょ? これなら十分だって師匠も太鼓判を押してくれたわよ?」


「これ相当加工難易度が高いですわ! 何ですのこの内包魔力量は!」


「師匠がサアヤがステップアップするには丁度いい難易度だって言ってたわよ?」


「鬼ですか! 師匠もメグミちゃんも二人とも鬼ですわ!!」


「さあその前に実験よ!! 本番前の最終実験だからね、いっちょ派手に失敗してくれても良いわよ」


「失敗?」


「まああれよ、他人が進化させた魔法式を使ってどうなるかの実験だからね。

 最悪でも暴走してちょっと爆発するくらいなものよ、心配ないわ。

 この装置が壊れてもバックアップは取ってあるから何も問題はないわ、さあやっちゃって!!」


「鬼!! 鬼畜!! 悪魔!! ああ、お姉さまっ! お姉さま助けて! ……ぅぅなんでお姉さまが居ないのっ!!!」



「ほらサアヤ完成したわよ! どう? いい出来でしょ?」


「うぅぅぅっ、もう実験はイヤですわ! イヤァーー」


「もう実験はしないわよ完成したんだから、あとはこれを使うだけでしょ?

 ほらねえ、ノリネエも見て! 綺麗でしょ?」


「もう魔力回復ポーションは嫌よっ!! 見ただけで胸焼けがするの……」


「流石にもう無いわよ、あの実験は結構お金が掛ったわね、薬草ギルドの師匠が格安で提供してくれなかったら今頃破産してるわね」


 二人に多大なトラウマを刻んでこうして完成したのがサアヤのスタッフ『可音』だ。


 全体が白銀に輝くそのスタッフは、二股に分かれた角の様なヘッドシンボルの間に大きな赤い魔法球が浮かび。その根元、二股の角の付け根にもう一つ透明な魔法球が埋め込まれ輝く、そのまま石突まで鏡面の様に磨かれた輝く柄が真っすぐに伸び、石突の手前で大きく膨らんでいる、そしてそこには黄色い魔法球が埋め込まれ輝いていた。

 このスタッフはノリコの『錘月』の構造を踏襲して、芯金にミスリルを使用して魔法回路のルーンを刻み、各魔法球を繋いでいる。

 その為、表面に一切魔法回路がなく、鏡面加工された美しい輝くスタッフになっている。


「ん? あれ? わあぁ! 綺麗ね、凄い。メインの魔法球も大きいし、それに魔法球が他にも二つも! それにこのメインの魔法球浮いてるわ!」


「あれ? メグミちゃん、私の造った肝心の青い魔法球は? それにこの黄色と透明な魔法球……これは私造ってませんよ?」


「そうねサアヤに頼んだのはメインの赤い魔法球、素材は『鳳凰の血』って宝玉だっけ? その魔法球とあの青い魔法球だけね」


「ん? 何? この二つの魔法球凄い出来が良い……ってこれ師匠の?!」


「そう、透明なのが『時の涙』って宝玉を素材に錬金術の師匠が造ってくれた魔法球で、黄色いのは『黄金竜の眼』って宝玉を素材に魔道具の師匠が造ってくれた魔法球よ」


「なっ!! なんで? そんな……」


「まあ、可愛いサアヤの為だもの、二人とも喜んで協力してくれたわ。

 それにサアヤはあの青い魔法球だけで限界だったでしょ?

 二人が心配してね、他のは全部引き受けてくれる予定だったのよ。

 まっ、予定より早く青い魔法球を完成させたから、メインの魔法球もサアヤに任せたけどね。本当だったらメインのも錬金術の師匠が造る予定だったのよ?」


「けど魔法球を四つ? それだけでも凄いけど……けど一つ、肝心の魔法球が見当たらないわ?」


「メインの魔法球の方はサアヤが付与効果は分かってるよね? まあ一般的な、自動照準に自動追尾、自動範囲設定に複数目標設定、それに魔力操作効率化に魔法威力上昇、魔法効果倍増、魔法効果時間倍増位ね」


「一般的? なのそれで?」


「素材が良かったですからね、色々強めの効果を設定できましたわ。それに大きかったので多少演算機能も盛り込んでそれと連動するように付与魔法を設定しましたわ」


「それにしたってよくそれだけ盛り込めたわね? 普通に売られているスタッフでそこまで付与魔法の効果を盛り込んでいるのは見たことが無いわ」


「フッ、あの青い魔法球に比べたら……楽な物でしたわ」


「ああ……サアヤちゃんが煤けてるっ、もうメグミちゃんどれだけ無茶なことさせたのよ!」


「完成したんだから良いじゃない、サアヤもステップアップ出来たでしょ? 師匠も言ってたように丁度いい試練だったのよ」


「鬼!! メグミちゃんの鬼!! もうね細かすぎて気が狂うかと思いましたわ!!」


「狂ってないでしょ? 気にしちゃダメよ!

 まあ良いわ、説明を続けるわよ、サアヤも不貞腐れてないでちゃんと聞きなさい! あんたのスタッフなんだからね?

 えっと、どこまで話したっけ? そうだメインの魔法球までだったわね、えっと、錬金術の師匠にはこの杖全体の保護用の魔法球を頼んだのよ、赤い魔法球が浮かんでるでしょ? これはね魔法球全体を結界で強力に保護してるからよ、結界の中に浮かんでいるの」


「そうね浮かんでいるわね、けどメグミちゃん、魔法球への魔法回路の接続は? 浮かんでいたら無理じゃない?」


「それも大丈夫よ、結界内の魔法球への魔法回路接続もこの魔法球が担ってるわ。

 良いノリネエ、別に物理的に接触して無くても良いのよ、無線みたいなものね、魔力の供給とその制御信号さえ遣り取り出来ればいいのよ。

 この魔法球はね空間を繋いで魔法回路とメインの魔法球を接続させているのよ」


「流石は師匠ですわ、そんな高度な機能をこの大きさに組み込むなんて……」


「驚くのは早いわね! もう一つおまけにね、青い魔法球は繊細でしょ? 設計してて気が付いたんだけど、余りにも繊細過ぎて……そのせいで衝撃に弱すぎるのよ。

 いくらこれがスタッフで直接攻撃には使用しないとしても、例え結界に守られていたとしてもなかなかね……だからいっそってことで亜空間に『収納魔法』のように空間を作ってそこに設置したわ。

 その亜空間の維持と魔法回路の接続もこの魔法球が担ってるわ」


「えっ? えええぇぇぇぇぇっ! いやそこまでこの魔法球にさせてるんですか?」


「そうよ? 要求機能と設計図を見せて師匠にお願いしたら、半分切れられたわ『ちょっ貴方! 流石にこれは!』って、だから可愛いサアヤの為よってね、ちょっとこう秘蔵の写真コレクションをね、そしたら『んっ……仕方ないわね今回だけよっ』って頑張ってくれたわ」


「秘蔵の写真コレクション?」


「大丈夫よ、ヌードは無いから! ちょっとした寝顔とかね、こう少し無防備な所をね」


「え?? それって誰の?」


「師匠が欲しがる人のに決まってるでしょ?」


「ぅぐぅぅ! メグミちゃんっ!! いつの間に!!」


「気にしちゃダメよ、それ位でこの魔法球が手に入ったのよ、安いものでしょ?

 そもそも素材を色々貰ってるから何かお礼しないとダメでしょ?

 あっちも満足して、こっちは元手が掛からない、こんなに良いことはないわね!」


「もうっ!!! それに師匠も師匠です!!

 って、それにいくら何でもここまでやったら消費魔力が大きすぎて、精霊の魔力供給だけじゃあとても足りませんよ! 師匠だって分かってる筈なのにどうして……そこまで機能を盛り込むって分かってたら赤い魔法球の付与を控えていましたのに!

 これでは、魔力不足で本領が発揮できませんわ! なんで教えてくれなかったんですか!

 赤い魔法球は全力で良いって言ったじゃないですか!」


「大丈夫よ、石突のところの黄色いやつね、こっちは何故か魔道具の師匠がスッゴイ張り切ってくれてね。出来が滅茶苦茶良いのよ! 素材も無償提供よ!

 サアヤ気に入られているわね!

 でね、この魔法球が魔力を供給してるから、だから問題ないのよ」


「魔道具の師匠まで! それに魔力供給って地脈から? ……確かに魔力を吸い上げてます、この大きさの魔法球としては信じられない量ですが……それでも足りませんわ」


「この魔法球はね、地脈から魔力を吸い上げるだけじゃなくて、蓄えることもできるのよ。

 魔力容量が凄いでしょ? 余り消費の激しくない魔法ならこの魔法球に蓄えた魔力だけで発動できるほどよ。

 だからサアヤが暇なときに魔力を補充してもいいわ、けど多分しなくても普通に使う分には供給量は余裕で足りるわね。

 これにはね各付与効果を休止時に抑えるようにコントロールする機能も備えているからね、だからスタッフ全体の魔力消費は魔法使用時以外はそれほど激しくないのよ。

 精霊の供給と地脈から吸い上げる魔力を合わせた魔力量が有れば、休止時にそれをチャージして置けば十分足りると思うわ」


「凄いわね、これであの装置の機能も全部盛り込んだんでしょ?」


「そうよ、複雑な立体積層型の魔法陣を使った範囲魔法の魔法式も、これなら一瞬で構築できるわ、保存してた魔法式を呼び出すだけだもの、あとは魔力操作して魔力を注ぎ込むだけね。

 しかもそんな複雑な魔法式も使い込んでいくうちに成長して進化していくわ。サアヤの好きな範囲魔法が連発できるわよ?

 しかも発動までの時間は大幅に短縮してね。どう? 気に入った?」


「気に入ったってこれ……メグミちゃん……相当無茶したでしょ? 幾ら師匠達の魔法球が凄くても、これだけの魔法球を組み合わせて真面に機能させる事が出来るなんて……普通出来ませんよ? どうやってバランスをとっているんですか?! 私には想像もできませんわ」


「そうね、それに私がダウンするまでの進捗を考えたら、その後の魔法装置の完成でさえ早過ぎるのに、更に小型化した魔法球の設計を終わらせるとか有り得ないわ、なのにもう既に完成品まで造ってる。ねえメグミちゃん、ちゃんと寝てるの?」


「これ、スタッフ本体の基本構造はお姉さまの『錘月』と同じですよね? 何処から入手したんですかミスリルなんて! それにここまでの機能……魔法回路はどうなってますの?」


「メグミちゃん、魔法回路の設計図は? これ魔法回路を見せたくないから隠す意味もあるんでしょ? 随分と無理してるでしょ?

 そうよ『錘月』だってそうなのよ、繊細な筈の魔法回路なのにアレだけの衝撃を加えてるのにビクともしないわ」


「もう! 二人は細かい事気にし過ぎなのよ、それよりも試し撃ちよ!

 ちょっと気難しい子だけどサアヤなら余裕で使いこなせるわ!」


 この天才鍛冶師は、周りに無茶な要求をする以上に自分に無茶な要求を課す。そう師匠や自分達にコレだけ無茶な要求をして、自分だけ楽をしてこのスタッフを造り上げている訳が無いのだ……


(これだけ強力な魔法球を4つも組み込んでこの安定性……そう安定してる、手に馴染む……一体どれだけ無茶したんですかメグミちゃん!)


 メグミはミスリルの芯金を魔法回路にしている。


 芯金を魔法回路、言葉の上ではそれだけ、しかし実態は、人の神経節を模し、人の神経繊維を模した気が狂いそうな程の精巧さで編み上げられた魔法回路だった。

 細いミスリル繊維にルーンを刻みそれを更にミスリルでコーティング。

 ルーンを刻んだミスリル繊維同士が擦れ合って傷まない様にしながらそれを縒り合わせ、更にそれを編み込んでいる。

 そうして出来たミスリルの神経繊維を、マメ程の大きさの魔法球が十数個、米粒程の大きさの魔法球が数十個、ゴマ粒程の大きさの魔法球が数百個、これらを制御チップがわりにそれぞれ配置された魔法球、その各ノード間に縦横無尽に張り巡らせている。


 しかもメグミは万が一を考えてバックアップ回線を、2重どころか4重にし、更に各主要なノード間にバイパス回路を設置していた。正にメッシュの様に編まれたこの魔法回路の束を更に硬いミスリルで覆い。その表面にもルーンを刻んで魔法回路の芯金としていたのだ。


「なんですのこの細かさは! ! あり得ませんわ!」


「そうかメグミちゃんってサアヤちゃんに比べて魔法制御はまだまだだから、一つの魔法球に複数の機能を持たせる精密錬成は苦手だけど、機能さえ絞ればサアヤちゃん以上に精密な小さな魔法球が作れるのね」


「そう言う事ですか、確かにそれもそうですわね。元々の器用さが違いますものね……

 けど良く分かりましたわ……このスタッフは各魔法球を魔法回路で繋いでいるのでは無かったのですね……それでこの安定感が生まれているんですわ」


「えっ? 違うの?」


「違いますお姉さま、メグミちゃんはこのスタッフ全体を一つの魔法球の様に構築してるんです。

 私や師匠の造った魔法球はそれぞれに配置されたこの小さな魔法球が大きくなっただけ、回路全体を支えるピースでしか無いのですわ。

 この人の脳を模した様な、スタッフ全体を使って造られた擬似魔法球を構築するピースです。

 そしてこの魔法回路は神経、人の神経を模しているのでしょう? そうなんでしょメグミちゃん」


「バラバラのものを一つに繋げるから安定しないのよ、最初から全部を一つのものとして考えて、各部位毎に機能を割り振っただけ、最初からバランスは取れているからね当然安定してるわ」


 この天才鍛冶師はいとも容易くそう言ってのける。


「それって全て設計図通りって事ですわよ?

 私や師匠達の造った魔法球も全てメグミちゃんの掌の上で転がされていたと……そう言う事ですか!

 けど私はメグミちゃんの要望以外にも色々と、それに魔法球の設計図のリファインだって……いえ、これはそれすら盛り込んで全体の設計図を修正してるんですわね……」


 その作業量を思うと眩暈がしてくる。


「ほら! そんな事はどうでもいいから試し撃ちよ!」


(なんでここまで! 私のスタッフなのよ! 貴方自身のスタッフじゃ無いのよ? メグミちゃん、貴方お姉さまをお人好しって言ってるけど貴方自身はどうなのよ!)



 この『可音』はその後のサアヤの修行と魔法式の進化もあって凄まじい威力を発揮する。

 『氷の矢』を放てば、その氷柱は槍の様な大きさで敵を射抜く。

 だがあくまでもコレは初級魔法『氷の矢』で中級魔法『氷飛投槍』では無い。

 進化した魔法は初級魔法並の消費魔力で中級魔法以上の威力を発揮していた。


 そして魔法式の保存機能は複雑な魔法式の範囲魔法を極短時間で発動させる。

 魔方陣を魔力制御で描く必要がない、コレはその魔方陣が複雑に成れば成る程圧倒的なアドバンテージとなる。

 このスタッフならどんな複雑な魔方陣だろうと保存していた魔法式を呼び出して魔力を注ぐだけでいい。

 発動までに掛かる時間が段違いだ。


 この機能は普段魔方陣が複雑になり過ぎる為省略されていた図形を省略どころか、更に描きたしてその威力や効果を高める事さえ可能とした。

 一般的に魔法の熟練者は如何に威力や効果を劣化させる事なく、魔方陣を省略して単純化出来るかに心血を注ぐ。

 これは魔方陣を描く時間を短縮して魔法が発動する迄の時間を短縮する為だ。


 だがこのスタッフにはそれが必要ない。


 普通に描いていたらとても使い物にならない様な複雑な魔方陣を持つ魔法を実用可能とし、更に既存の魔法も更なる複雑化を施し劇的な性能の向上をもたらしていた。


 そしてこのスタッフを使いこなすべくサアヤはその後の修行で本当に百発の魔法を連続で放てるだけのスタミナを手に入れていた。


「それでも魔力の底に届く前にスタミナが尽きるのね? どれだけ魔法容量が有るのよ?」


「スタミナが増えるよりも魔力容量の増えるスピードが速い見たいだから……メグミちゃん無茶はダメよ?」


「大丈夫よ、前回の失敗を忘れたわけじゃあ無いわ、けどねダウンしない程度にインターバルを開ければ平気でしょ?

 折角サアヤの好きな魔法でスタミナ増やせるんだから、ね?」


「ねって良い笑顔で言われても同意しませんわ! もうあんなのは嫌です!! 死んじゃいます!!」


「大丈夫よ死なないから、それにね! 師匠からスタミナ回復ポーションを貰って来たのよ。

 流石異世界! 流石マジックポーションね! 全く便利なものがあるものね! ねっ! これが有ればサアヤでも魔力が尽きるまで修行できるわ!」


「鬼ですわ! やっぱり鬼ですわ!! お姉さま助けて!!」


「うっ、ごめんなさいサアヤちゃん、私ちょっと胸焼けが……」


「いやーーーーーーっ!!」



 そして今、その『可音』を通して発動される『風の刃』は巨大な真空のギロチンとなって『ジャイアントビー』を切り刻む。

 一発一発の威力に特化し、更に進化した魔法が連続で放たれている。

 狭い黒鉄鉱山では殆どその性能を活かせなかった『可音』がその本領を発揮している。


(ふーーむ、サアヤめ完全にトリガーハッピーと化してるわね。

 もう滅茶苦茶ね、原型留めてないじゃない。

 これじゃあ折角の蜂蜜が絶望的だわ! 少しシゴキ過ぎたかしら?)


 何かを忘れようとしてるかの如く、笑顔浮かべて凄まじい魔法の乱射を繰り返すサアヤ。


「アハハッ! この程度メグミちゃんのシゴキに比べたら楽なものですわっ!

 まだよ! まだまだ足りませんわモットモットです!!」


(『可音』か、カノンって輪唱って意味よね?

 まあこのスタッフのコンセプトに合った名前よね。

 けど……カノン砲って意味から取った可能性は……まさかね……にしても、範囲魔法を乱射しないだけマシ、ってことなのかしらね?)



 後方ではタツオがグレートソードをグルグル振り回しながら『ソルジャーアント』の群れを切り崩していた。


 『ソルジャーアント』はその名のとおり、兵隊アリを大きくした様な魔物だ。

 体長は1.5メートル程、大きなハサミの様なアゴに、鋭い爪を備えた手足を武器に飛び掛かってくる。

 更に腹部からは蟻酸を吹き付けて目潰しと共に耐性の低い者の動きを阻害してくる。

 一匹一匹も素早く動き身軽な為、中々に厄介な魔物なのだが、この魔物の特徴はその数だ。

 『ジャイアントビー』と同じく群れで行動し、その群れで襲いかかってくるのだ。


 こうして戦闘力だけでも厄介な魔物なのにその習性が厄介さを加速させている。


 この魔物、あらゆる物を巣に持ち帰ろうとするのだ。


 その執念とも見える収集癖は凄まじく、粉砕された『ラバーウィップローズ』や『リッパーアイリス』を持ち帰ろうとして棘付き鉄球の暴風の中に飛び込んで一緒に粉砕されたり、切り刻まれた『ジャイアントビー』を持ち帰ろうとして一緒に切り刻まれたりしている。

 そして呆れることにその犠牲になった仲間の『ソルジャーアント』すら持ち帰ろうとする。

 優先順位が冒険者や他の魔物との戦闘よりもアイテムや死骸の収集なのだ。


 この魔物と戦闘になった場合、無事『ソルジャーアント』の大群を倒し終えても、その場には僅かな『ソルジャーアント』の魔結晶しか残っておらず、骨折り損のくたびれ儲けになる場合が多い。


 それ故に冒険者からは蛇蝎の如く嫌われている。


 今も削り殺された『ブラッディオニオン』を持ち帰ろうとした『ソルジャーアント』がタツオに斬り裂かれている。

 そうタツオはこのアイテムを巣に持ち帰ろうとしている『ソルジャーアント』を優先して攻撃し、阻止しようと奮闘しているのだ。

 だが数の暴力の前に、逃してしまう事が度々ある。


(あっ! 又逃した! クソ! もう何やってんのよ細かい事はどうでも良いのよ!

 トドメとか刺さないで良いから兎に角逃がさない様にしなさいよ!)


 メグミだってタツオが全力で阻止しようとしている事は分かっている。しかし単体相手に強いタツオも大群相手の範囲殲滅力には欠ける。

 本来なら『ソルジャーアント』の相手もサアヤが向いているのだが、こちらは『ジャイアントビー』の相手に必須だ。

 空を飛ぶ遠距離攻撃する魔物の大群の相手は他には適任者がいない。


 故にメグミは苛立つのだ。


(どうしてこうなったのよ……なんで! 何なのよこの魔物の大群は!

 最初は『ラバーウィップローズ』と『リッパーアイリス』だけだったのよ!

 『ジャイアントビー』の群れに絡まれたのはまあ良いわ、花系の魔物と戦ってたからね、生息地は近いでしょうよ。

 忌々しい事に『ブラッディオニオン』の群れに嗅ぎつけられたけど、これもねあちこち移動してる魔物だから仕方がないわ。

 けど『ニードルトレント』、こいつら何処か来たのよ!

 あの支路の先に群生地でもあるの? 小さめのルームでもあるのかしら? こんな儲からない魔物の相手とかしたく無いのに!

 で最悪なのは『ソルジャーアント』よ!

 この近くに巣が有るなんて聞いてない! 鬱陶しいったらないわ!

 サクサク狩ってアイテム持って行かれるの防ぎたいのに、後ろから更に『グラインダーパイン』が来るなんてどうなってるのよ!

 どこで見落としたの?

 一個手前の支路の先? クソッ! ヤッパリ索敵を早めに充実させないとダメね、ちっとも効率良く狩れないわ!

 にしても無駄にしぶといのよ『グラインダーパイン』は!

 もうっ退きなさい! 『ソルジャーアント』が逃げちゃうでしょ!!

 大体なんでこんな糞蒸し暑いところで、このメンツで狩りをしているのよ!! なんで!!)


 自身も両手に持ったショートソードを回転しながら振り回し、こちらも回転しながら体当たりをしてくる『グラインダーパイン』を切り刻みながら今朝の出来事を思い出す。



 事の起こりはノリコの師匠であるヤヨイの思い付きである。


「最近子供達が少し元気が無いのよね……季節の変わり目だからかしら?

 チョット食欲も落ちてるし孤児院の子供たちに、何か美味しい物を食べさせてあげたいわ。

 そうね……サッパリと甘い果物なんて良いんじゃないかしら?

 冷やしてそのまま食べても美味しいし、シャーベットやフルーツポンチも素敵ね!

 それにケーキ! フルーツタルトやフルーツパイは如何かしら?

 きっとみんな喜ぶわ!」


 メグミやサアヤの師匠でもある、この高司祭様の一言によって大魔王迷宮の『レッドブル』を狩りに行こうとしていたメグミ達の目的地が変更になった。



 前回の黒鉄鉱山のでの『コボルトロード発生』騒動から2週間、現在黒鉄鉱山では地下2階層の崩落にて封鎖されていたルームの開封作業が続けられており、危険との理由で中級以下の冒険者の地下2階への侵入が禁止されていた。その為、見習い、初級冒険者は実質、黒鉄鉱山から締め出されている。


「やっと開封作業をするのね、少し遅すぎるわね、私達が必要な量の魔鋼が揃った後で開封されてもね」


「流石に私達の都合まで考慮はしてもらえませんよ。

 けどこれから冒険者になる後輩達は助かるでしょうね」


「前回の騒動の対策だけじゃ無いのね、地下3階はジャックポットが有ると『大鉄クモ』や『大鉄ムカデ』が沸いて、普段から怪我人が多かったものね」


「そうですね普通の見習い冒険者には地下3階は少し荷が勝ちすぎて居たんでしょうね」


「ならますます遅すぎでしょ?」


「まあ崩落を防ぐ為に補強工事もしながら進めないとダメですからね。

 魔物から作業員を護衛して、補強工事で安全を確保しつつ崩落した土砂を砕いて搬出。

 そしてルームに到達したら強力に育った魔物退治と中々に大変ですからね。

 人手もコストも相当でしょうね」


「土砂の搬出ね、これって搬出する作業員にも護衛がいるのよね……そう考えると大変よね」


「えっ! ああ、それは必要有りませんわ。搬出作業はゴーレムを使ってますから」


「そうなの?」


「単純な肉体労働は殆どゴーレムがやってるんですよ、掘削なんかも作業員の方が操作する重機ゴーレムが行ってますし、補強用の鋼材の移送も、その場での組み立ても作業員の方が指示して、それに従ってゴーレムが行ってます」


「凄いわね、ロボット見たいな物なのかしら? 便利なものなのね」


「ただゴーレムに細かい状況判断はできませんからね。

 新たな崩落を防ぐ為には、その場で状況を確認しながら操作しないとダメなので掘削や補強工事は無人では無理です。

 しかし、単純な搬出作業はゴーレムが無人で行なってくれるので、その点は便利ですわね」


「ゴーレムは襲われたりしないの?」


「この辺で良く使われているゴーレムは鋼鉄タイプ、人型やケンタウロス型が多いですね、大きさも人と大差無いです。

 広い鉱山ですが重量を考えるとその位が限界だそうですよ。

 まあゴーレムですから魂も有りませんし魔結晶も持ってません。鋼鉄製ですから硬すぎてコボルトの歯でも食べられません。

 ですからゴーレムから襲わない限りは魔物から無視されるみたいですわ。

 魔物にとっても襲うメリットが全く有りませんからね」


「そうなんだ! けど開封作業の土砂の搬出っていっても結構な量よね?

 良くそれだけの数のゴーレムを掻き集めたわね?」


「? ああ搬出作業用のゴーレムは普段から使ってますからね。

 多少応援で他から集めたのかも知れませんが、それほど多くは無いと思いますよ」


「普段から使ってるの? そうなの? 私見かけた事がないわ」


「お姉さま、冒険者が採掘して出た土砂は普段どうしていると思ってたんですか?

 冒険者の人は土砂なんて搬出してませんよ?」


「そう言えばそうね、じゃあその土砂って!」


「そうですよ冒険者がその場に放置した土砂は、夜中の間にゴーレムが搬出しているんです。

 で朝になったら格納庫に戻って、そのまま夜まで地脈から魔力補給しているんです。まあ魔結晶炉からも補給してますけどね」


「そうだったのね、けど鉱山全体の土砂の搬出ってかなりの量よね? そうなるとゴーレムの数も相当多い筈? まあ良くそれだけの数のゴーレムを維持できるわね、ボランティアなんでしょ?」


「いいえ? メグミちゃん土砂って言っても鉄鉱石が多く含まれている土砂ですよ?

 冒険者は鉄鉱石の塊にしか興味がないですが、その後の土砂にも相当量、鉄鉱石が含まれているんです。

 それを精製して精錬して魔鋼の玉鋼にすれば相当な儲けだそうですよ。

 メグミちゃんは鉱山入り口横の高炉は、何を材料にして精錬していると思ってたんですか?」


「鉱山事務所で魔鉄の鉄玉を売ってる人が殆ど居ないのに高炉が有るから変だとは思ってたけど……そんなカラクリがあったのね……」


「精製された後に出る土砂はどうしてるの?」


「高炉の有る小屋の向こう、ちょっと林になってますが更にその向こう側がちょっとした谷になっているのでそこへ捨ててますわ。

 埋め立てて向こう側とその内繋げる計画だそうですよ。

 イーストウッドへの街道はこの谷の所為で通せてませんが埋め立てれば通せそうなのだそうです。

 今の街道よりも少しショートカット出来るそうですわ。

 ただ現在の調子だと埋め立てが終わるのが十数年後らしいので気の長い話ですけどね」



 とまあそんな感じで黒鉄鉱山を追いやられた見習い・初級冒険者達は何をしているのか?

 冒険者組合はこれを良い機会だと思い、男性の見習い・初級冒険者を総動員して地域内の地上の魔物退治作戦を繰り広げることにした。


 定期討伐クエストの『オーク』と『ゴブリン』の討伐の予定を繰り上げて実施中なのだ。


 普段は人の生活圏の周辺に沸いている『オーク』や『ゴブリン』を狩っているのだが、今回は『ワイバーン』や『グリフォン』に乗った空中偵察部隊が新たに発見した地域内の郊外に見つかった群の討伐に向かっている。


 郊外に居るため、普段の様に日帰りや2・3日の予定の野営しながらの討伐演習でなく、近くの開拓村まで『転移魔法』で飛んだ後は徒歩で行軍し、野営をしながら往復2週間位掛かる大規模討伐になるらしい。


 魔物の群の規模も大きく、普段他地域で活躍しているパーティも多数呼び戻されてこの討伐に加わっているらしい。

 見習いは主に『ゴブリン』討伐に組み込まれているが。今回は監督役に『ゴブリンスレイヤー』のパーティが多数参加している。


「郊外の大規模な群って聞いてお宝目当てで戻って来たのかしら?」


「それは流石に失礼だと思いますよ。

 今回は参加人数が多いですわ、群の規模が大きくて、更に何ヶ所も有りますから探査魔道具の数も不足してます。

 大半の初級冒険者は『オーク』の討伐の方に参加して、そちらに人手を取られているので、『ゴブリン』の討伐の方はベテランの『黒銀』冒険者の監督役の手が足りてません。

 そこで魔道具を持っていて『ゴブリン』と戦い慣れている彼等に招集をかけたらしいです」


「けど見習い冒険者の人達で大丈夫なの? 大きな群れなんでしょ?

 それに普段パーティ単位で大きな群も狩っている『ゴブリンスレイヤー』さん達にとっては返って足手まといなんじゃない?」


「足手まといなのには間違いないでしょうけど、今回は『オーク』の討伐に向けた野営に慣れる為の演習も兼ねているので、最初から戦力として期待は余りしていないのでしょうね。

 『ゴブリンスレイヤー』のパーティも今回は子守のつもりで野営の訓練に付き合うのが主な目的です。

 実際にゴブリンの巣穴まで辿り着いたら見習い冒険者はバックアップで『ゴブリンスレイヤー』の仕事を後ろで見ている様になると思いますよ」


「移動中に他の魔物に襲われたりしないの? 今回は結構郊外なのよね?」


「その点も平気でしょうね、小型の地上の魔物であればこれだけの規模の集団です。例え見習い冒険者であろうとそうそう後れは取らないかと。

 それに『ゴブリンスレイヤー』意外にも少ないですが普通の引率の冒険者がついて行ってます。

 この地域の『黒銀』以上の冒険者パーティなら地上の魔物なら余裕でしょう。

 強力な魔物の発見報告は偵察部隊からも上がって来てませんから」


「ふうん、ところで『オーク』の討伐はどうなってるのよ。オークは巣穴ってより集落作ってるんでしょ?

 毎回地上でガチンコ対決なのよね? ゴロウ達はなんでか『オーク』の方に参加してんでしょ?

 全くあの腕前で何考えるのよ。借金返済しないで死んで欲しくは無いわね」


「もうっメグミちゃんたら素直じゃないわね。そうねでも少し心配ね」


「アキヒロさん達と前回知り合ってから、色々指導を受けている様ですよ。

  丁度タツオさんが鍛冶で缶詰め状態なので……今回の討伐もアキヒロさん達が付いているのでは無いでしょうか?」


「なら良いけど、武器の威力を過信して参加とかしてたら、帰って来たらお仕置きね」


「本当に素直じゃないわね、見習い冒険者が『オーク』の討伐に加わるには、後見人が一緒に付いて無いとダメらしいから、アキヒロさん達じゃ無くても誰か初級冒険者の人達と一緒だと思うわよ」


 そんなこんなで男性の見習い、初級冒険者はこの討伐に駆り出され『ヘルイチ地上街』にはほぼ残っていない。

 中級男性冒険者も『オーク』討伐の方に指揮官として多く駆り出されているので、現在『ヘルイチ地上街』には男性冒険者が殆ど居ない。


 一方中級女性冒険者は黒鉄鉱山の開封作業の方に多く駆り出されている。

 こちらは男性冒険者が『オーク』討伐に駆り出された為、必然的にそうなったと言うことらしい。


 では特に冒険者組合からイベントを与えられていない、女性の見習い・初級冒険者はどうしているか? というと、この時期過ごしやすい『大魔王迷宮』の地下3階『キノコの森林・タケノコの山』や地下4階『猿山』などの『森林階層』にて狩りをしていたり。

 地下5階『放牧場』の『草原階層』で『レッドブル』を狩り素材集めをしている。


  季節は春から初夏の中間、少し動けば汗ばむ季節である。既に大変蒸し暑い『密林階層』の地下1階と地下2階は非常に不人気な階層の為、この時期狩りに行く冒険者は少ない。まあ、逆に冬場は温かくて過ごしやすいので人気の階層に成るのだが……

 


 しかし大地母神、女性神官一同は、先のヤヨイの思い付きに神官長のアイが賛同した所為で、今の時期でもフルーツのドロップが盛んなこの『植物系魔物の楽園』に大量投入されている。

 特にイベントが無く、仲間の男性冒険者は討伐演習で留守、暇に見えたのが不味かったらしい。


「ちょうどいいイベントだわ、流石ねヤヨイ」


「難易度も低いですからね、地下1階ですもの、皆さん参加出来ますわ、アイ様」


「そうね、功徳を積みつつ修行が出来て、それに収入も得る事が出来る、それに何より魔物退治まで出来る。良いこと尽くめよ。全く素晴らしいわ」


「そうです! しかも子供達の笑顔まで付いて来るんですよ!

 なんて素敵なイベントでしょう!」


「そうね子供達が笑顔が一番の報酬ね」


 とまあ二人してノリノリで盛り上がっている為、この時期に地下1階に行きたくない女性神官一同もイヤとは言えなかったらしい。


 この孤児院はヘルイチ地上街にある『大地母神』神殿が運営しており、近隣の村や町の、魔物襲撃により親を失った子供等、様々な理由で孤児となったを子供を収容し、育成と教育を行っている慈善施設である。


 この目的と理由で、ノリコがそれに協力を申し出ない訳もなく、メグミ達のパーティの参加はほぼ強制的に決まっていた。

 これははまあ仕方がない。メグミやサアヤも師匠のヤヨイに笑顔で、


「ノリコ、嬉しいわ! 貴方は必ず参加してくれると信じてたわ、ありがとう。

 メグミやサアヤも助かるわ、大地母神の女性神官だけでは手が足りなかったのよ。ありがとう」


 先にお礼まで言われて機先を制されては、流石にメグミも『暑いからイヤ』とは言えなかった。


 しかし、その後告げられた追加のパーティーメンバーが大問題だった。


「あなた達は女性ばかりなのだから問題ないでしょう? 一緒に連れて行ってほしい人が、二人居るのだけどいいかしら? お願いできますか?」


 ヤヨイに2名の大地母神の神官を共に連れて行くように、そうお願いされてしまった。

 一応お願いであるが、師匠の頼みを理由もなく断れる筈もなく、半強制的に押し付けられたのだ。


 そのうち一人はメグミ達も良く知る人物で友人ではあったが、メグミはこの友人が苦手なのだ……



 そうサキュバスの友人『カグヤ』


 カグヤはサキュバスなのにメグミと同じく女性しか愛せない。所謂百合な少女で、しかも、カグヤの好みのタイプはメグミ。


 メグミは自分でノリコ達にセクハラ行為をするのは大好きで攻めるのは超得意。

 しかし、セクハラされるのは嫌、攻められるのは超苦手。

 男が相手なら問答無用で斬りかかったり張り飛ばしたり潰したりと容赦なく反撃して撃退する。

 しかし、女性に非常に甘いメグミは女性相手では暴力で反撃する事が出来ない。

 悪意が有ればまだ非情になって対処も出来るのだが、カグヤが自分に向けて来るのは善意で更に好意なのだ。

 反撃出来ないメグミにカグヤは全く遠慮なく、激しいスキンシップと共に、超積極的にアプローチしてくるのだ。


 明るい茶色の髪は肩に掛かるセミロング、顔はサキュバスらしく非常に整っており、とても可愛らしく、小悪魔タイプかつ後輩タイプの甘えたがりで、メグミとしても嫌いではない。


(顔は好みなのよね)


 背はメグミより少し背が高い位で小柄、しかし、胸は大き過ぎず小さ過ぎない美乳。


(私よりも大きいわ! 流石サキュバスね……E位かしら?

 形が綺麗だからサイズ以上に大きく見えるのよね、いや華奢な体型のせいかしら?)


 腰は細くお尻は程よく小さい、健やかに伸びた手足の為、ひ弱さよりは健康的な美しさを感じる。


(スタイルも良いのよね、脚が長くて小顔だし、小柄なのに遠目だと背が高く見えるわ)


 自分がメグミより年下であることが分かると『メグミちゃん』から『メグミ先輩』に名称が変わるような、とても健気な後輩で大変心が揺れる……


(好みの妹タイプなのよ! 甘えてくる妹! アヤネ成分が足りて無いからとても良いのよ。アヤネには負けるけどかなりのイモウトニウムよ!)


 だが以前にがっつり吸われたのだ……精気を、そして「美味しい」の一言と、その後の以前にも増しての獲物を狙うような目。

 何か……そう何か……首筋に寒気を感じるのだ。メグミの本能がヤバいと囁く、だからどうも苦手……


(何だろうカグヤに見つめられると甘えて来てるってより、食べたいのを我慢している様に感じるのよ!

 そして私の直感がそれは間違い無いって告げる。

 そう何だろう性的にってより食料として『食べられる』って感じるのよね)



 もう一人もサキュバスで大地母神の神官をしている『アカリ』さん。


 見た目は清純系のお嬢様タイプ、黒髪で前髪は眉毛の下あたりでぱっつんと切っており、長い髪は首の後ろで三つ編みにしてそのまま後ろに垂らしている。


(本当にサキュバスってレベル高い種族よね、美人しかいないわ、それになんて楚々とした佇まいなの? これでサキュバス?)


 背は高いわけでは無いが小柄でも無い。


(160センチよりも少し高いかしら? 165センチは無いわよね? その間位かな?

 スラッとして本当に羨ましいスタイルだわ。

 けど私の目は誤魔化せないわよ、アカリさんってカグヤよりも更に胸大きいよね、着痩せするタイプなのね)


 上品なその髪型、華奢な体つき、どう見ても深層のご令嬢にしか見えない。言われなければサキュバスだとは、誰も思わないような人なのだが……


 カグヤ曰く「ごく普通のサキュバス」との事らしい。

 それ以上の情報はカグヤの口から語られる前に、


「カグヤちゃん、余りお喋りな子はお姉さん嫌いだわ、ね?」


 ニッコリ笑顔で告げられてカグヤが黙り込んでしまった為聞けなかった。


 ならばと直接本人に色々聞いたが、


「アカリさんって幾つなの? カグヤよりも年上で私よりも多分年上よね?」


「幾つに見える?」


「二十歳位?」


「じゃあ二十歳よ」


「えっっと『じゃあ』って?」


「二十歳よ」


「本当に?」


「ウフフッ」


 こんな感じで色々聴いてもはぐらかされて最後は全て微笑みで誤魔化される。


 ラルクが決して近くに寄らないことから非処女で有ることは間違いはない……

 普通のサキュバスはそういう行為が大好きで、男性が大好き。

 人は見た目じゃ分からないと言うが、その礼儀正しい所作、楚々とした佇まいからはサキュバスらしさは微塵も感じない、謎の人物だ。


 まあ其れだけならば、まだ良かったのだ。


(そうよカグヤは苦手だけど嫌いじゃ無いわ。

 アカリさんも謎だけど綺麗だし目の保養になるわ)


 二人とも顔やスタイルはメグミの好みなのだ。

 

(そりゃねサキュバスを男性の居るパーティには入れられないのもわかるわ。

 色々問題しか引き起こさなそうだし……女性三人組の私達に押し付けたのもいいわよ)


 サキュバスは他の種族、特に男性冒険者とは相性が悪い。

 サキュバスにとっては目の前にエサをぶら下げられて延々と『待て』状態で我慢しなければ成らず。

 男性冒険者にとってはその漏れ出す色香に襲いかかりたくなるのを耐えねば成らず。

 他の女性冒険者のパーティメンバーはそんな男性冒険者の視線や関心を独り占めするサキュバスへの嫉妬を抑えてなければ成ら無い。

 誰にとっても全く良い事が無いのだから倦厭される理由も良く分かる。


(カグヤの話だと女性でもサキュバスを毛嫌いしてる人も居るみたいだし、カグヤの友人の私達の所にヤヨイ様が押し付けて来たのも理由があるんでしょうね……)


 丁度同年代の見習い冒険者をしているサキュバスが二人以外に居ない為、サキュバス同士だけでのパーティも組めないらしい。


 更に、男性を自然に誘惑するサキュバスは女性からその美貌やスタイルの良さから嫉妬の対象になり易く、潔癖症な女性は男性との行為を好むサキュバスに嫌悪感が抑えきれないらしい。

 その為女性パーティで有ってもサキュバスの二人を受け入れるハードルは高い。

 友人として、カグヤと良く講義などで普通にお喋りしたりと仲良くしていたメグミ達に白羽の矢が立つのは自然な流れだったのかも知れない。


(そうこの二人だけなら問題は無いのよ、タツオさえ居なければ!)



 タツオは前回のこともあって必死で剣を造っていたそうだ。


「マジで缶詰めだぜ! 信じられるか? しかも最初の一週間は師匠達の手伝いばっかりで剣を打たせて貰えねえ!」


「手伝い? ああ相槌とかでしょソレって」


「相槌? ああアレが相槌か! 成る程な……って延々とデカいハンマーを打ち下ろしてるだけだぜ!」


「鉄を打つ感覚を、加減を覚えさせていたのね、時間が無い中、結構本格的に教えてるわね、大したものだわ」


「そうなのか? まあ何にしてもその後色々怒鳴られながら何とか一本剣が打てたんだ」


「師匠達の苦労を想うと涙が出そうになるわね、よくもまあ根気強く付き合ったものだわ」


「グッゥ、チクショウ! 言いたい放題言いやがれ! でだ、やっと缶詰めから解放されたら皆んな居ねえ!

 アキヒロさんやノブヒコ達だけじゃねえ、男どもが誰も居やしねえ!」


「まあね皆んな討伐演習にいってるからね」


 アキヒロ達は鍛冶を頑張っているタツオに気を効かせて、余計な事に気をとらせないように、黙ってタツオを置いて『オーク』討伐クエストに行ったらしい。


 やっと剣を造り、鍛冶の師匠にも何とか合格点を貰って、意気揚々とパーティの定宿に向かうと書き置きを残して仲間が誰もいない。

 自分が折った剣とも仲直りし(?)、缶詰めの鬱憤を晴らすべく、久々に暴れまわるつもりが仲間が誰もいないのだ。

 ならばとパーティ募集広場で臨時パーティを探したが、男性冒険者が誰もいない。

 よくよく周りを見渡して見れば男の冒険者がほぼ街に居ない。


「で、暇過ぎてウチにきたのね?」


「ソロじゃあな、『オークの集落』辺りでも万が一があるかも知れねえ。流石にアキヒロさん達が居ねえ間に大怪我とか出来ねえだろ? 絶対アイツら気に病むからな。

 かといって今更、低階層で一人で狩ってもつまらねえし儲からねえ」


「そこで剣を打って貰う約束を思い出したと? 良く私の家の場所が分かったわね?」


「偶々アミさん達と会ってな、聞いたら教えてくれたぜ!

 広い家借りて住んでるって噂で聞いてたが噂以上だな。

 まさか自宅に鍛冶場まであるとはな」


「元々の住人がお店をやってた当時の暖炉があったから、それを改造して造ったのよ。中々良い出来でしょ」


「鍛冶場も驚いたが、アレは何だ? 何かの研究室見てえな設備だが?」


「見たいじゃ無くて研究室よ! 全くこれだから脳筋は!

 立派な研究室でしょどう見ても!」


「お前自宅の地下で何研究してんだ? 見習いだろ? 設備が整い過ぎてるだろ」


「設備は大半は師匠達からの借り物だから下手に触って壊さないでね。

 師匠達の予備設備やら何やらかき集めてやっと整えたんだから!」


「いやまあ触らねえけどな」


「カグヤ! アンタも触るんじゃ無いわよ! ウロチョロしてないで居間で大人しくしてなさい!

 アカリさんまで何してるの?」


「ええぇ、先輩と男性を二人っきりとかそんなぁ」


「ノリネエ達は何してるのよ? 相手を頼んで置いたのに!」


「ノリコちゃん達はお弁当を作ってるわよ、私達のも一緒に作ってくれるって張り切ってたわ」


「そうなの? まあ良いわ、二人ともその辺の装置はクソ高いから、壊したら弁償出来ないわ、こっちに来なさい。

 カグヤも見張って置きたいなら近い方がいいでしょう」


「いやオレは別に何もしねえぜ? 何だその危険人物扱いは?」


「良いのよそれでカグヤが大人しくしてるならって近い!

 カグヤ近過ぎ! 作業の邪魔よ少し離れなさい!」


「ううぅ先輩とのスキンシップにカグヤ飢えてるんですけどぉ」


「ほらカグヤちゃん、作業の邪魔しちゃ危ないわよ。

 大人しくお姉さんと見学してましょうね」


「助かるわアカリさん」


「なあ作業ってこれから俺の剣を打つのか?」


「ん? アンタの剣はもう打って有るわよ? それよりもアンタの打った剣とアンタの持ってる剣を出しなさい」


「ああ、確認するのか……って剣が出来てるのか!」


「そっちは後よ! 先ずはアンタの打った剣を見せなさい」


「なんとか合格は貰ったが……あのよ、ガッカリするなよ」


「へえこれが? ふむ、まあ一応この地域の剣の最低ラインはクリアしてるわね、素直な形状のショートソードだわ」


(ハンマークラッシャーの剣とは思えない出来ね、師匠達本当によくもここまで持って来たわね)


「今回はどの位何を壊したの?」


「なっ壊すの前提かよっ!!」


「そうよ? 当然でしょ? アンタが何も壊さずに造った出来じゃあ無いわ、アンタが最初の剣を造るの横で見てるのよ?」


「チッ、そうだったな……クソッ同期は何かとやり難いぜ!」


「同じ講義で剣を打ってんだから当然でしょ、で? 何を壊したの?」


「今回はハンマーは折ってねえ! ちょっと4本ほどハンマーの打撃部が凹み過ぎてダメになっただけだ!

 後その金床か? それも凹んで1個な……

 仕方ねえだろ延々剣を打ってたんだ消耗するのは避けられねえよ!」


(へえ、そこまでやったのか、まあアレね、お世辞にも良い出来とは言い難いけど、一応武器屋の片隅に並べれるだけの出来にはなってるわね。

 ちゃんと精霊も宿ってるしタツオにしては立派な物ね)


「ん? 魔法回路に追加工してあるわ、追加で細かなルーンが刻んである、これはアンタじゃないわね、師匠がやってくれたの?」


「ああ、師匠が合格の証だって刻んでくれた」


「良い師匠ね……けどそうね普通なら、普通の見習い冒険者が使うならこれでも良いんでしょうね。

 刀身に練りこんだのは『切れ味向上』『耐久性向上』、追加工で『耐久性向上』の効果を高めてるのね。

 刀身に練り込んだのも魔法球の付与効果も一緒か……まあ師匠達もアンタに造らせるならこれで限界でしょうね」


「なんだよ、そりゃ出来がそれなりなのはわかってる!

 けどなこいつだって精霊が宿った俺の剣だ!

 俺をバカにするのは構わねえがコイツを……」


「勘違いして興奮してんじゃ無いわよ! 良いからこの子の名前を教えなさい!」


「なんだそうなのか? まあいいか『雛』だ」


「可愛いらしい名前ね、ふっタツオにしては上出来ね。

 でねこの『雛』ちゃんだけどね、このままアンタが使ったら簡単に折れるわ。

 幾ら丁寧に扱ってもアンタじゃあね……」


(タツオの腕じゃあミスリルも無理、完全に魔鋼だけの剣だものね、耐久性をこれ以上上げたくても、師匠達じゃあ上げようが無いわね)


「なっ! けどよそいつはっ……」


「だから私が少し手を加えるわ、まあ育っても無い出来たての子に手を加えるだけだから、それなりにしかならないけどね。

 それでも丁寧に扱ってあげれば折れない程度には出来るから、大事にしなさい! わかった?」


「えっ! そんな事が出来るのか? 師匠は折れたら直してやるから大事にしろって」


「ドワーフの師匠達はね、付与魔法や錬金術系は少し苦手だからね。

 師匠達にはこれで限界だったんでしょうね。

 けどね私は違うのよ、そっちも得意だからね、ここからでも強化出来るわ」


「メグミ先輩、『錬金空間』に入れて何する気なんですか?

 打ち直すなら『鍛錬空間』ですよ?」


「付与魔法の修正だからこっちで良いのよ、黙って見てなさい。

 ほらコレが刀身に付与されている魔法陣で、コッチが魔法球内の魔法陣よ」


「うわぁ凄いわね! 剣を解析して魔法陣を映し出してるの?」


「拡大してるんですね、見易くて良いですねコレ、流石カグヤの先輩です」


「拡大するとアレだな少し、イヤ少しじゃねえかアラってか歪みが目立つな。自分じゃあソコソコ上手く出来たつもりだったが……」


「そうよ、だから先ずは歪みを矯正して」


「えっってこれこの画像だけじゃなく元の魔法陣も修正されてるのか?」


「当たり前でしょ、そうじゃなきゃ意味が無いわ。

 で、あんたじゃこの単純な魔法陣で限界かも知れないけど、私ならね」


「うわぁ、もう元の魔法陣が一緒とは思えませんね……こんなに書き加えて平気なんですか?

 そもそも良くこんなに……先輩ってこっちに来てから魔法習ったんですよね?」


「ここまで来ると魔法陣が芸術的な何かに見えてくるわね」


「材料がもっと良ければ積層化するけど、今の状態だと容量的にこれが限界ね」


「今度は何やってるんですか?」


「魔法陣を修正したからね、それに合わせて魔法回路を修正したのよ」


「魔力を流し込みはじめてるわ、今度は何?」


「馴染ませるのに少し慣らし運転をしてるのよ、ん、良い感じね。 ほらタツオ出来たわよ」


「っおっおう、ってなんだこれが『雛』か?」


「目の前で見てたでしょ? 『雛』ちゃんに間違い無いわよ」


「そうなのか? まあ形は何も変わってねえけど、手に持った時の感覚がまるで違う、別物だぜ?」


「刀身の方は師匠達が頑張って教えたからまあまあよ。

 けどね付与魔法系はアンタも見た通り散々な出来だったからね。

 これで少しは良くなったわ、元々の付与効果が数倍にアップしたから、丁寧に扱えば折れないわ。

 育って来たら、そうね進化する段階でもう一度調整かしらね」


「おう、絶対折らねえ! 助かったぜありがとうよ」


「じゃあ次よ、他のも出しなさい」


「イヤ待て、そこまでして貰わなくても、それに直って来たばかりで二本とも新品みたいでメンテナンスの必要もねえぜ?」


「うるさいわね、こっちにも事情があるのよ。

 あんな金額になるとは思って無かったから……良いから黙ってだしなさい」


「何のことだ? まあいいか? コッチが二回も折っちまった『裁』でコッチが『律』だ。進化か何か知らねえが折れる前とは別物見てえだぜ」


「なにこれ! アンタこんなの振り回してるの?」


「大きいし凄い刀身幅に刃厚ね、よくもまあこんな」


「これカグヤの体重くらい有りませんか? 人間の振り回して良い剣じゃ有りませんよ? タツオ先輩ってオーガの親戚ですか?」


「人間だよ! お前も何気に口が悪いなぁ、メグミの後輩だけの事はあるな!」


「この片刃の馬鹿でかい包丁みたいなのが『裁』ね、へえこれは、造った人と進化させた人が違うのね。

 造った人はまあまあくらいだけど、進化させた人は相当の腕ね。ん~エルネスト師匠? かな? 元が別の人のだから分かりづらいわ……

 でもそうねドワーフ系だわ、ん、これなら私でも付与魔法系は弄れそうね」


「けどこれは前のとは比べ物にならないわね、拡大しても歪みが無いわ」


「魔法陣も複雑ですよ、一部積層化してますし、これ以上複雑にするんですか? 先輩?」


「流石だな、こうして見ると自分の造った奴がオモチャに思えるぜ」


「比べるのが烏滸がましいって奴よ、うんうん、苦手とは言えこのレベルになると流石ね」


「って先輩どうするんですか?」


「よく見なさいカグヤ、ここら辺に無駄があるわ、良い! 書き足すだけが能じゃ無いのよ、最適化して無駄を省いて更に進化させる。これが付与魔法の腕の見せ所よ」


「アレだなこのレベルになると見ててもサッパリだな」


「けど形が整って、いや最適化されていってるのね。

 複雑だけど綺麗だわ、どんどん綺麗になっていく」


「積層部分を付け足すんですか?」


「育ってるから行けるわ、ん、こんなものでしょ」


「本当に綺麗ね、複雑だけど無骨な最初の魔法陣と複雑なのに綺麗な今の魔法陣……魔力の流れのスムーズさが違うわ」


「これもこんなところねってクッソ重い! タツオ!」


「ヘイヘイ、自分で取りますよっと? あれ? 元より軽くなってねえか?」


「振れば分かるわよ、それよりもサクサク次よ次」


「振れば分かるねえ、おっ振ったら重くなった何だこれ!?」


「コラッ、こんなところでそんな馬鹿でかいの振り回すんじゃ無い!」


「タツオ先輩案外ドジっ子? 怒られてる」


「ヤンチャなのね」


「……フンッ」


「全く、まあいいわ、『律』か素直な形状のグレートソードね。

 ああ、折れたからね、根元が太くなる様に進化したんだ。

 主人思いのいい子ね、これもエルネスト師匠の系統ね、でも師匠じゃない。

 腕は確かだし弟子の一人かしら? こっちは製作も進化も同じ人だわ。

 ヘェ~こっちは付与魔法も割と良いわ刀身とのバランスも良い」


「よくもまあ剣を見ただけでそれだけ分かるな?

 それはガーランドのおっさんが造ってくれた奴だ。

 あのおっさんうるせえが腕は確かだ。確かエルネストの爺さんの一番弟子だぜ。

 人族なのにドワーフの弟子を追い抜いてる」


「これがガーランドさんのか、ザッツバーグさんに聞いてはいたんだけどちょうど実物の剣が無くて話に聞いてただけなのよね」


「先輩流石にこれはどうなんですか? 魔法陣もかなり綺麗ですよ?」


「腕が鳴るわね、そうね素直な形状に素直な魔法陣……

 けどそれだけに工夫の余地があるわ!

 元が良いから楽よね♪」


「ノリノリですね先輩」


「もうなにやってるかサッパリ過ぎる」


「よく見て、少しずつ形状が変化したり描き足されてるわ」


「ねえ先輩これってこの魔法陣を全部理解してるって事ですよね?」


「当たり前でしょ? ほらコッチも出来たわ。……試し振りは庭に出てからやりなさい!」


「うぅ、分かってるよ!」


「これだけ? もう他には無いの?」


「あと一本ノブヒコから貰ったショートソードがあるな、『信』ってんだ」


「これを貰ったの? タダで? アンタ本当に大事にされてんのね」


「良い出来だと思うがそこまでか?」


「かなり若い頃に打った剣だけど、グエン師匠のだわ。

 多分間違いないわ、防具が有名だけど鍛冶師だから剣も打ってるのよ」


「グエン? 誰だそれ?」


「えっ先輩それ『心匠』グエン・エバンスの造った剣なんですか?」


「『神匠』の魔鋼の剣なんて珍しいどころじゃ無いわね」


「良く分かるなそんな事、見ただけでそこまで分かるものなのか?」


「前に一度ザッツバーグさんに見せて貰った事があるのよ。

 その時のは400年位前の剣だったけど『見てよメグミちゃんグエン師匠の剣だよ! 本人にも確認済みだから間違いないよ大珍品さ! ウチの自慢のコレクションだよ。 ん? 出来? まあ見たまんまだね』ってね、その時に見せて貰った剣と特徴が一緒よ。

 その時見た剣よりももっと拙い、若い感じだから更に前に造った剣じゃないかしら?」


「珍品? 出来は見たまんまってそりゃ……」


「若い頃のだからね、今と比べちゃダメよ。けどねやっぱ才能なのかしらね、とても筋が良い!

 刀身の出来の良さはそこいらの鍛冶師とじゃあ比較にならないわね。

  良くこんな状態で残ってたわね? こんな昔の剣なのに大して育って無いわ? 何処かの倉庫に埋もれてた? だから誰も気が付かなかったのかしら?

 でもこの出来で? そんなこと有り得るの? 師匠の歳を考えるとアレが400年前って事は450年位前よね」


「そんな昔の剣なのか?」


「そうよ、鞘や柄とかの拵えは最近仕立ててるけど、刀身はかなり古いわ。 良く手入れしてるし、それに最近研ぎ直したのね、だからぱっと見は古く見えないのよ」


「ノブヒコは何処から手に入れたんだろうな?

 けどまあ手入れしたのはノブヒコだぜ『刀身の出来が良いから育てようと思って色々整備したけど、タツオのパーティ加入のお祝いに譲るよ』って言ってたからな」


「そうなのよね刀身の出来は良いのよね。

 けど、この剣が打たれた頃はまだ日本の製法やエルフの魔法球と合わさって無いから、ドワーフ独自の製法なのよね。鍛造なんだけど折り返し鍛錬されてないのよ。

 それに、刀身の出来に魔法球や付与魔法がまるで追いついてないわ。それで見逃されてきたのかしら?

 まあ師匠もその頃はまだまだってことかしらね?」


「そのグエンって師匠はどんな奴なんだ?」


「ドワーフよ」


「ん? そうかドワーフかってもっと色々あるだろ? どんな感じ何だよ!」


「タツオはドワーフ知らないの? ヒゲモジャのおじいちゃんよ」


「そんなこたあ知ってる! 昨日までそのヒゲモジャ爺さんにシゴかれて剣打ってたからな!

 そうじゃない、そいつの特徴だよ!

 エルネストの爺さんは赤毛に赤い髭でな、怒ると赤鬼見てえだ!

 そうだな、けど剣を見るあの金色の目は優しい感じなんだよな……っとまあこんな感じでドワーフだって色々個性があるだろ!」


「タツオはバカなの? ドワーフの特徴? 横に広いのよ?

 見てて気が付かないとかその目は節穴かしら?」


「ダメだ話にならねえ!」


「メグミ先輩は『巨匠』の弟子ですよね? 『心匠』とどう見た目が違うんですか?」


「私は『心匠』にも弟子入りしてるわよ? 両方師匠ね」


「えっ! メグミちゃん両方に弟子入りしてるの?」


「そうよ? 教えてって頼んだら両方弟子にしてくれたわ」


「っで? その二人はどう違うんだ?」


「『巨匠』は剣が得意なのよ、すっごいわよ巨匠の剣は!

 こう隙が全く無いのよ! 機能美の極致ね!

 なのに邪魔にならない様に細かな細工とかもあって、バランスよね、研ぎ澄まされた美しさに見てるだけで圧倒されるわ!

 威圧感が凄いのよ!」


「へえ、『心匠』は?」


「『心匠』はね鎧が得意なのよ、こっちも他と次元が違うわ。

 とても良く考えて造ってるの、使い手の事だけを考えて造ってるのね!

 スッゴイ防御力なのに動きやすそうなのよ。

 見てるだけでその鎧の安心感? 安定感? どっちだろ?

 まあどっちでも良いわそれが伝わってくるわね」


「ほぅ凄いな二人とも」


「そうよスッゴイのよ!」


「で? その凄い二人の見た目は?」


「タツオ聞いてなかったの? だからドワーフよ」


「……」


「メグミ先輩もしかしなくてもドワーフの個人の区別が付いてませんね?」


「イヤ待てっ、動物の個体の区別じゃねえぞ?

 俺だってこっちに来て間がねえがヤキンの爺さんとエルネストの爺さんの区別くらい一目でつくぜ?

 弟子なんだろ? 師匠の区別くらいつかなきゃおかしいだろ?」


「ハッ、これだからタツオはダメなのよ」


「何がだよっ!」


「良いタツオ、師匠から鍛冶を習うのに師匠の顔を見てるバカがどこに居るのよ?

 師匠の手元を見なさい! 師匠がどうやってモノを造ってるのか? その答えが全部そこにあるのよ!

 色、音、匂い、手触り、その場の空気、温度や湿度、作業手順に視線、五感全てでその造り出している行為を感じるの。

 そして何故その色なのか? その音はどうやって出しているのか? その匂いは?

 感じた全てに意味があるのよ、全ての工程に、全ての作業に、全ての動作に意味がある。

 それを感じて考えるだけ一杯よ、他に回す余裕なんてないわ!

 顔? 人物の特徴?

 鍛冶師の特徴は全てその造り出したモノが語ってくれるわ!

 鍛冶師の見た目なんてどうでもいいのよ!」


「お、おう、まあ確かに……」


「ふぅ、全くアナタは……根が素直なのね?

 タツオくん、今メグミちゃんは力一杯、ドワーフの個人の区別が付いていません!! って力説したのよ?」


「いえアカリ先輩、メグミ先輩はドワーフに限らず、男性の区別が殆ど付いていませんわ。

 色々な講義の師匠達をメグミ先輩、男性の場合、全部師匠としか呼ばないんです。

 恐らく名前すら覚えてませんわ……」


「いや、まさかそんな……ねえメグミちゃん、薬草ギルドの師匠の名前は? 精霊使いの師匠の名前は?」


「ふっ、師匠は師匠よそれ以下でもそれ以上でもないわね」


「メグミ先輩、錬金術の師匠の名前は?」


「ヒルデガルド師匠よ。ヒデちゃん師匠って呼んでるわ」


「えっ?! 流石にそれは失礼では?」


「若返った気分がするって本人が結構お気に入りの呼び名よ?

 何歳なの? って聞いた時の方が怒られたわ。

 エルフなんだから歳とか気にして無いと思ってたけど、やっぱりエルフと言っても女性なのね」


「見た目は兎も角、年配の女性に聞いてはダメよ?」


「けど女性の名前はアッサリ出て来ましたね……魔道具の師匠の名前は?」


「おじいちゃん師匠よ? 良くこの家に遊びに来るわ。

 お茶飲んでお菓子食べてるかと思ったら何時の間にかそこら辺の家電魔道具を改造してたりするのよ。

 それ以外にも色々持ってきて好き放題設置していってるわ。段々と家電魔道具が増えていってるのよ、便利になって助かってるけど、お金とかどうしてるのかしら?

 そうそう研究室の設備でもお世話になったわね。設備の半分くらいはおじいちゃん師匠からの借り物ね」


「ねえメグミ先輩? それだけお世話になってても名前は出てこないんですか?」


「『おじいちゃん師匠』って呼んだら『ん゛!』とか『む!』とか返事するもん!!」


「それって返事なのか?」


「おじいちゃん師匠はそうなのよ! 単小節以上喋ったの聞いたことが無いわ」


「それでモノを教えれるのか?」


「見て覚えろスタイルよ、実際にやって見せてそれを見て習うのよ。

 質問したら要点だけ答えてくれるし、それでも分からなかったらこっちが質問を重ねれば良いのよ。

 無口だから勘違いされやすいけど気のいいおじいちゃんよ?

 かなり丁寧に教えてくれるわ」


「そうでしたわね、メグミ先輩達は普通の魔道具の師匠じゃなくて、あの師匠から紹介されて『極巧』ラル・ラッカネン師匠に習ってたんでしたわね」


「なあ? 『おじいちゃん』より『ラル』の方が短いだろ!

 名前で呼んでやれよ!」


「ノリネエ達もそう呼んでるわ! 本人も気に入ってるって言ってたから良いのよ!

 しょっ中遊びに来るし、ウチのおじいちゃんみたいなものよ!」


「孫を可愛いがってる感じなんでしょうかね?

 気難しいって評判でしたけど意外ですわ」


「けどこの街の『神匠』全員がメグミちゃんの師匠なのね?

 あの師匠達の弟子になっただけでも凄いことよなのよ。

 けどそうね、今、メグミちゃんの腕前は目の前で見たものね」


「まあ、まだまだだって言われてるし、実際その通りだけどね」


「アレでもまだまだなのか?」


「そうよ? 師匠達はもう何百年も修行してるのよ?

 昨日今日始めて比べ物になるわけ無いでしょ?

 けどもまあ、この剣見てると、そんな師匠にも若い頃はあったって事よ。

 さてお喋りはこの辺ね、って、うわぁ~今じゃあ考えられない付与魔法の酷さね。あの師匠でもこんな時期があったのね。

 けどコレはちょっと材料足して魔法回路から造り直しね。余ってるのは……ああ、丁度良いわミスリルがある。

 それに魔法球……コレは付け替えた方が良いわね。素材も魔法陣もなっちゃ居ないわ」


「ちょっと待てメグミ、そんな事をしたら『信』が死んじまうんじゃねえか?! 大丈夫なのか?」


「死ぬ? そんなわけないでしょ? 普通なら宿る様な出来じゃない魔法球や魔法回路でも刀身の良さを認めて『信』は数百年も宿ってるのよ?

 その程度で離れていくもんですか!」


「そう言うものなのか?」


「そう言うものよ、魔法球はサアヤの造り置きに良いのが有ったからそれを使うわ。

 ふむふむ、付与魔法を一度リセットしてっとちょっと気合い入れて行くから、話し掛けられても答えられないわよ」


「わっ凄い刀身が光だしましたよ」


「魔法回路のミスリルが刀身に食い込んでいくわ凄い!」


「魔法球ってこうやって交換出来るんですね、けどこれ新しいミスリルの魔法回路が古い魔法回路を押し出してるんですね、それと一緒に魔法球も取れているんですわ」


「不思議な光景ね、脱皮してる見たい、あっ、新しい魔法球が食い込んで行ってる」


「おっ光が収まったな、おぅ、新しい魔法球は凄えな!

 光の強さが段違い……って刀身の色まで変わってるぞっ!」


「普通のショートソードだったのに見違えますね」


「何かしら形は一緒なのに、存在感がまるで別物ね」


「これがこの子の本来の姿よ。刀身と付与魔法のバランスが悪すぎて、刀身まで死んでたのよ」


「これなら確かにそこいらの剣じゃねえってのが分かるな」


「まあいいわこれで終了ね?

 なら上に戻ってチョット休憩よ、最後のは応えたわ」


「おう、助かったぜ! 何から何までありがとうよ」


「って忘れる所だったわ、ほらこれが報酬の太刀よ。

 足りない分は今のでチャラね」


「チャラってタダってことか? コッチが貰いすぎじゃあねえのか? ってコイツは何だ?

 ん?! 凄え力を感じるんだがどうなってんだ?

 それに綺麗すぎだろ? 芸術品か!」


「綺麗な黒い太刀ですね、わっ、刃金はもしかしてオリハルコンですか?!」


「それにしたって凄い魔力圧だわ、オリハルコンだけでここまで?」


「まあ細かい事は良いわ、タツオ! 名前をつけてあげなさい」


「そうか名前か、そうだな……『蛍』ってのはどうだ?

 見た目からだけど、悪くねえだろ?」


「『蛍』かアンタがそのツラでよくもまあ、けど良い名前だわ」


「ツラは関係ねえだろ!!」



 メグミが居間でノンビリお弁当が出来るのを待ちながらお茶を飲んでいると、試し振りをしたタツオとそれを見学していたカグヤ達が居間に入ってきた。


「どうだった?」


「びっくりするぐらい別物だな! 付与魔法だけでこうも違うのか!」


「そうなら良いわ、じゃあ報酬はそれでOKね」


「いや駄目だろ? これじゃあ……」


 タツオが何か言いかけるがそれを遮る様にキッチンからノリコが、


「タツオくん、お願い追加は少し待ってちょうだい」


そうお願いしてくる。


「ちょっとメグミちゃんが散財してもう手元に払える現金が無いんですよね……」


 サアヤが出来上がったお弁当のサンドイッチの詰まったバスケットを手に居間に入ってくる。


「ん? 散財した?」


「メグミちゃんに限っては既にマイナスの借金生活ですから」


 居間のテーブルの上にバスケットを置いたサアヤは呆れ気味にメグミを見つめるが、


「ある時払いの利息無しで良いって言ったわ! 貰ったも同然ね!」


メグミはその視線に怯むどころか悪怯れる様子も無くそう言ってのける。


「お姉さま、こんな事言ってますよ」


「他所様に借金されるよりはマシよ、あきらめましょう、ね?」


 ノリコがもう一つ大きなバスケットを手に居間に入って来る。

 女性が5人で食べるには多過ぎる分量に思えるが……


「お前何やってんだ? あれか地下の研究室の設備か?」


「まあそんな所よ、だから稼が無いと払うお金がないわ。

 なのにノリネエがボランティアなんて言い出すから……」


「まあっ! メグミちゃんその件は決着したでしょ? 当面の生活費は稼いだわ! 1日位ボランティアに参加しても大丈夫です」


「フルーツ系のドロップアイテム以外は収入として手元に残るんですから全くのボランティアではありませんわ。

 多少効率は悪いですけど、数を熟せば儲けは十分に出ますわ」


「サックリ稼いで次に進みたいのよ、鎧だって用意したかったのに」


「じゃあメグミちゃんはヤヨイ様に参加しませんっ言えるんですか?

 メグミちゃんだってヤヨイ様に頼まれてイヤって言えなかったでしょ!」


「ボランティア? ってアレか噂になってる地下1階のフルーツ狩りか?」


「そうよクソ暑いのに……偉い人が思い付きで行動すると、下はいい迷惑よね」


「そうなのか? ここに来る前にパーティ募集広場見てきたんだが、他の神殿の女性神官達も結構参加するみたいだったぜ?

 功徳を稼げる良いチャンスだって、男どもが居ねえからな、前衛が薄いから地下1階は丁度手頃だったんだろ」


「神官ってマゾしか居ないのかしら?」


「先輩、カグヤはどちらかと言えばSですよ?」


「アンタは黙ってなさい! それにアンタはどう考えても一般的な神官じゃないでしょ」


「先輩に冷たくあしらわれて、ガグヤちょっと興奮してドキドキします! もしかしたらマゾかも知れません!」


「……」


「そうねでも私もどちらかと言えばSかも……」


(サキュバスってもうホントにどうなってるの?)


「ナルホドな、アンタらはこれからそれに参加するってことか?」


「あらタツオくん、ナルホドってそんな……Sがお好み?」


「いや違うそっちじゃねえ! けどアレだ、だったら俺も手伝ってやんぜ、どうせ暇だからな」


 タツオが無駄に根の善良さを発揮してしまった。

 そう、カグヤ達は普通にしてればサキュバスには見えないのだ……


(タツオ、アンタは女ばかりのパーティに加わることに何か感じないの?)


「私達のパーティはここに居る面子だけなんだけど?」


「ん? まあ前衛は俺とメグミで十分だろ?

 それに地下1階なら全員で殴り掛かっても平気だろ?

 あの程度なら前衛、後衛関係ねえ」


(そうだったコイツって細かい事気にするような奴じゃ無かったわね、そもそも女ばかりの家に平然と上り込んでる時点でね……)


「アンタ準備は出来てるの? 今回はフルーツ目的だから地下1階でも結構奥の方に潜るわよ? 休憩も簡易休憩所を使う予定よ」


「準備か? そうだな装備は問題ねえし、そもそも何処かに狩に行く気だったからな……後は昼メシの準備がまだだが、行き掛けに入り口の売店で買って行きゃ良いだろ?」


「お姉さまバッチリですね! お姉さまの予想通りですわ」


「??」


「そうねタツオくんならそう言ってくれると思ってたわ、多分こうなると思ってたから、だからお昼の心配は必要無いわよ、タツオくんが参加しても足りる様に多目に作ったから!」


「ノリコお姉さま達はOK見たいですわね、カグヤも問題ありませんわ」


「ん♪ パーティの人数は最低でも6人くらいが良いのよ、不測の事態への対応力も増えるわ。私も参加を歓迎するわタツオくん」


(イヤ、あなたが一番駄目でしょ! ノーマル男子とノーマルサキュバスの取り合わせって大丈夫なの?)


 スッと隣のタツオの腕にさり気なく触ってる時点でアウトだと思うが、タツオは平然としてるし、アカリは微笑んでいるだけ。


(なんでノリネエ達は平然としてるのよ!?

 ノリネエもサアヤも二人がサキュバスなの知ってるよね?

 アカリさんがノーマルなサキュバスなの知ってんでしょ!

 なんのために女ばかりのパーティに二人が来たと思って……


 ってそうだったノリネエ達ってまだまだネンネなお子様だったわ、そっち方面に思いを致す事が出来ないのね)


 その時点でメグミはタツオのパーティへの参加を反対する事を諦めた。


「メグミちゃん準備は良いみたいよ?」


「分かったわ、じゃあソロソロ出発するわよ」


(まあいいか、それと無く後で二人の正体をタツオに知らせておけば……)


 この時のメグミはアカリを少し見縊っていたのだ。


「いってらっしゃい」


 『ママ』に笑顔で送り出されてメグミ達は迷宮に出発していった。



 メグミはスグに思い知った。


(サキュバスって本当に凄いわね)


 そうメグミが移動中にコッソリとタツオに耳打ちしようにも、アカリがピッタリとタツオをマークしている為そんな隙がないのだ。


(これ完全にアカリさん、タツオ狙ってるよね?

 どう考えてもタツオ、ロックオンされちゃってるわ)


 しかも更に運が悪いことにどうやらタツオはアカリの好みのタイプであった様だ。


「タツオくんって本当に背が高いわね、それに腕もこんなに太いわ」


 そう言ってスッとタツオの腕にさり気なく触る。


「ん? まあな良く寝てたせいかな?」


「あらっ、よく寝てたの? ンフッ、それってもしかして授業中に?」


「まあそんな所だ」


「まあっ、ダメよ、学校の授業は寝てても見習い冒険者の講義は寝てはダメよ?」


「なんだろうな座ってると自然に眠くなるだよな」


「もう仕方ないわね、そうだ、今度からお姉さんが一緒に講義を受けてタツオくんの隣で寝そうになったらこうやって起こしてあげましょうか?」


 そう言ってタツオの腰の辺りを揺らす様にスリスリと撫でる。タツオは顔を赤くして、


「大丈夫だ、コッチの講義はまだ寝た事はねえ」


そう言って照れている。

 タツオはお姉さんタイプに弱い為、年上清純系のアカリに触られても悪い気はしないだろう。


(そうだった、タツオってお姉さんタイプに弱いんだったわ。アミさんの前でも借りてきた猫だったものね。

 タツオにとっては相性最悪だけど、アカリさんにとってはもう狙うしかない様な憐れな獲物よタツオ)


 ……さり気無く、アカリ達がサキュバスで有ることを伝えたいとは思っているのだが、本当に自然にアカリがブロックするのだ。どうやらメグミの意図はバレバレらしい。


(流石サキュバスね、手練手管が半端じゃないわ……タツオ許せ、私じゃ無理だわ)


 この時タツオの犠牲が確定した。


(まあアレよ、サキュバスは相手は殺さないって言うし精々が搾り取られるくらいでしょ?

 この世の天国だって噂もあるし……男になりなさいタツオ!)


 メグミにとって基本、男はどうでも良いのだ。ここまで気にしたのも召喚同期の友情からだったが……途中で面倒になったのだ。

 タツオを助ける事よりもノリコやサアヤにちょっかいを掛けたい欲求が優った。



 そして6人で『大魔王迷宮』地下1階『植物系魔物の楽園』のかなり奥まったこの区画に『転移魔法陣』で移動してきた。

 この辺りは事前情報でフルーツ系魔物の群生地が少し移動した先にあり、更に余り冒険者が来ない事から獲物を取り合う事なく狩放題との事だった。


 今メグミは止めどなく沸いてくる植物系魔物の群れを見ながら思う。


(草萌ゆる春、良く言ったものだわ……移動できない、延々沸いてくるわ……)


 目的のフルーツ系の魔物の群生地にたどり着く前に、延々足止めされている現状を呪う。


(確かにね冒険者の少ないエリアだし、選んだ道も失敗だったのかも知れない……もっとルートの情報も仕入れるべきだったわ。

 それにこの辺りに来るなら探査系が必須ね、良く分かったわ)


 魔物の多いエリアで且つ魔物が多く沸く季節、狩放題の事前情報に偽りはない。


(多過ぎるでしょ! ど畜生が!! 一体何匹いるのよこのクソザコ供!)



 そんな事思っていると再び隣から上がる高笑いが耳につく。


 先に述べた様にカグヤは普段は小悪魔系の可愛い年下女子だ。

 ただ、その武器『棘付き鎖鉄球』を振り回したとたんに性格が女王様に豹変した。


(なんなのよあの武器は! あの鉄球何キロあるの?

 サキュバスって身体能力が高いって事だけど、アレを軽々振り回すって高すぎでしょ?

 あれは身体能力が高いって言わないのよ怪力って言うのよ!

 それにあのトゲ!! モーニングスターが可愛く見えてくるわ。

 は? あれで神官? まあ確かに刃はついてないわよ?

 けどねあんなの有りなの? 剣で斬られた方がよっぽどマシよ?

 粉砕してるのにOKってコッチの神様、頭腐ってんじゃない?)


 ノリコのハンマーも大概だが、個別に叩き潰すハンマーと、範囲内のものを全て粉砕する鉄球、その攻撃後の惨状にかなりの違いがあるため、メグミはノリコの事を棚に上げていた。


「オッーーーホッホ! 這いつくばりなさいこの雑草がッ! ワタクシが優しく粉砕して差し上げましてよ。

 どうしたのぉ、もう御仕舞なの? なんてだらしのない! この程度ではワタクシ、満足できなくてよ、ホラッ、もっとイイ声で鳴きなさいっ!」


(誰よアンタは! 何処の女王様よ! アンタ一応大地母神の神官でしょうが! 慈悲の心は何処にいったのよ!)


「先輩ーぃ、カグヤァ、先輩のことが大好きなんですぅ、そんなに逃げないでくださいよぅ」


 そんな風にメグミに甘えていた人物と同じ人物にはとても見えない。


 それ迄素手で、完全に後衛だと思っていたカグヤは、魔物が現れた途端に神官服のジャンプスカートの下、太腿付近から徐にこの武器を取り出した。


(どっから取り出したのよ! いくらゆったりしてても神官服の足元にあんなの入るスペースなんて無いでしょうが!!

 ってこれ『収納魔法』で取り出したんだわ!

 一々演出して取り出したの? どんな拘りよ!)


 この演出の為だけにカグヤの神官服のジャンプスカートにはスリットが入っていた。


(サキュバスらしく色っぽく武器を取り出す演出なの? けどその武器じゃあちっとも色っぽく無いわよ!)


 ナイフなどなら妖しい感じがして良いのかも知れないが、棘付きの大きな鉄球では違和感が半端ない、妖しいではなく怪しいだ。


(にしてもふざけた武器の癖になんなのあの威力、良く見たら出来が滅茶苦茶良いわね……

 あれ? 棘がアダマンタイトなの? 白っぽいからミスリル混ぜた魔鋼かと思ったけど違う! 少し透明だわ。

 そうね本体も真っ黒な魔鋼で品質が凄く良いわ、それに何よりあの鎖よ。

 これって鎖一つ一つに小さい魔法球が埋め込んであるのね、魔法回路が繋がってるから別々に見えても持ち手と鉄球が一つの武器として繋がってるんだわ)


 その仕組みを利用しているのかこの鉄球は『武器強化』だけでなく、『弾けろ』や『叩き潰れろ』などの武技も使用できるようだ。

 それ故の威力だ。一振りする毎に武器の届く範囲の魔物が纏めて狩られていく。


(アレ? これって何処かで見たような……あっ! 庭の草刈りに使ったブーメランだわ!

 あれの参考にした鎖鎌! あれと一緒だわ!

 ってあの鎖鎌は確か師匠とは別流派の……『大名工』ドラゴ・ノーヴァ!

 確か次の『神匠』に最も近いって言われてる人の作よ!

 いい勉強になるからってザッツバーグさんが見せてくれたヤツだわ。

 ってことは、このふざけた鉄球は『大名工』の作品なの?

 カグヤあんた実はお嬢様ね! なんてクソ高い武器を見習いが装備してんのよ!)


 メグミは知らないがこの街のサキュバスはお金持ちが多い。

 その優れた才能は冒険者としても存分に発揮出来、大稼ぎしているものも多く、またサキュバス本来の仕事でもこの街で荒稼ぎをしている。

 更にその顧客としてお世話になっている商人や職人も多く、色々と格安で造って貰えたりするのだ。

 カグヤのこの鉄球もカグヤの母が娘のためにそんな職人に頼んで造って貰った特別製だ。



 一方のアカリも、その体格でどうやったらこんな大きな武器を操れるのか不思議なほど大きなランスを軽々と操っている。


 こちらも魔物に遭遇するまでは素手で、武器など装備していなかった。その見た目通り後衛専門かと思っていたら、敵に遭遇すると背中に手を回し何処からともなくこの大きなランスをとりだしたのだ。


(ねえ、その演出って必須なの? サキュバスには必須要件なの?

 カグヤもアカリさんも大きな武器を持ち歩くのが邪魔だから普段『収納魔法』に入れて持ち運ぶのは理解できるわ。

 けどその演出って必要? 何に対してのどんな意味のある演出なのよ!)


 実は意味など無い。悪ノリした先輩サキュバスに、


「サキュバスにはね、武器を取り出すにも作法があるのよ!

 一人前のサキュバスに成りたいのなら作法を守るのよ!」


その言葉に騙されて二人ともやっているだけだ。

 だからメグミが幾ら考えても意味などわかりようが無いのだ。


 そんなメグミの頓珍漢な悩みを他所に、アカリは柄の長いランスを両手で操り、楚々とした雰囲気のまま、その溝が縦に刻まれたランスの先端部分を敵に当たる寸前に激しく回転させる。


キュイーーン!


 高音を響かせながら回るその先端部は、敵の魔物が防御して受け止めると、その防御を紙屑の様に削って粉砕する。

 そしてそのまま胴体当たればドリルのように風穴を開け、惨たらしい魔物の死体を彼方此方(あちこち)に量産する。


(コワッ! アカリさんって実は怖い人なの?

 まるで力も込めずに、微笑みながら敵を削り殺すってなんなの?

 まるで日傘を陽気に振ってるような楚々とした雰囲気のままよ、なんなのこの違和感……

 そうよ綺麗な純白のドレスの花嫁さんがチェーンソー振り回して、笑いながら列席者の首を刎ねて周ってる様なスッゴイ違和感!

 無垢っぽいのにやってる事は残虐って!)


 合っていない、その楚々とした雰囲気と、その得物と、その創り出す死体の惨たらしさが、全く噛み合っていない。


 強烈な違和感をまき散らしているのだが、メグミ以外のメンバーは平然とそれをスルーしている。

 気にした風もないのだ。


(ノリネエは、まあ使命に燃えてるのかしらね? 子供達にフルーツを届けるって目標に向かって一直線。何時もの事ね。

 けどなんだろう若干艶々してない? 『ニードルトレント』をパッカンパッカン砕くのに夢中になってるよね?

 ストレスでも有ったのかしら?)


 ノリコのストレスの大半はメグミのセクハラによるものだ。


(サアヤはって『風香』まで召喚してるっ!

 ああ、タツオの取り逃がした魔物を『風香』で追撃してるのね。ナイスよサアヤ!

 けどもうちょっと乱射を押さえたら?)


 サアヤは『風の精霊』の『風香』を呼び出し、ますます魔法を乱射していた。完全に固定砲台と化している。

 メグミの地獄の様な特訓に耐えたのに、殆ど魔法で攻撃出来なかった黒鉄鉱山での鬱憤を晴らすべく、サアヤはトリガーハッピー状態で魔法を乱射する。


 タツオはメグミが調整した『律』の調子が良い為か、一振りするだけでバタバタと『ソルジャーアント』を切り倒せるのが嬉しいのかかなりハイになっている。


(アレ? 最初は『裁』使ってたよね? いつのまに『律』に変えたの? って地面に突き刺して何するのかと思ったら今度は『信』?

 コイツ完全に試し切りモードで楽しんでるわ!

 ああバカ! 『雛』はもっと丁寧に扱いなさい!

 そうよ『信』と一緒の感覚で振らずにそう丁寧によ!

 やれば出来るじゃない……って違う!

 ああ、もう良いからアンタは早く『ソルジャーアント』仕留めなさいよ!

 『律』なら纏めて始末できるでしょ!

 って『律』持って行かれてる!! )


 『ソルジャーアント』から慌てて『律』を取り返したタツオは、今度は『律』で『ソルジャーアント』達の群れに突進していく。


(それで良いのよ! って今回のパーティで冷静なのって私だけじゃない! なんでこの蒸し暑い中で私だけ冷静に状況分析してるのよ!!)


 そう皆目の前の魔物を倒すのに夢中で本来の目的『フルーツ』狩りを忘れている。

 この程度の敵なら無視して移動し、振り切って逃げる事もできるがその事にメグミ以外は思い至っていない。

 メグミが指示すれば良いのだが、生来の貧乏性故に指示が出来ないでいた。

 既に倒した魔物のアイテムをその場に放棄する選択が出来無いのだ。


(状況が状況だし、魔結晶を放置して逃げても許されるけど……ああ、ダメ勿体無い! 無理ね! 無理だわ!)


 メグミは色々ままならない状況にイライラが堪って本当に切れそうだった……

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