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第3話一旦休憩

 ゴロウ達は三人娘の『弱い』宣告に、何故か『え?! 何言ってんの?』といった顔で唖然としていた……


(この後に及んで自覚無し!? ウソでしょ……『冗談』……よね?)


 だが……如何やら冗談では無いらしい。


 何故なら三人は釈然としない顔で、何か言い返そうとしては言葉にならずを繰り返していたからだ。


 どう考えても『弱い』に納得していない。


(いやいやいやっあり得ないからっ!)


 メグミはもう面倒くさくて、どこがダメだとか、どうして弱いのだとか説明する気が起きない。


(全部よ! 全部! 多過ぎて一々指摘してらんないわよ)


 ノリコやサアヤもメグミと同意見らしく、すぐに地面に目を戻し、鉄玉拾いに戻っていた。



 メグミ達に群がる男性冒険者が居ない理由。又、女性冒険者から敬遠される理由の一端もこの辺にある。


 そうメグミ達はオブラートに包んだ物言い、遠回しな、相手を傷つけない物言いが苦手だ……


 思ったことをそのまま正直に相手に告げる。


 ノリコはアメリカ育ちの帰国子女。思ったことを相手に告げる文化の中で育っている。


 日本独特の遠回しな言い回しがそもそも出来ない。


(一応……ノリネエの場合は親切心からの忠告のつもりなのよね。相手が泣きそうになると戸惑ってるし……)


 悪意では無く善意で告げているだけに、何故相手が傷つくのかが理解し辛い様子だ。


(アメリカだとアレで大丈夫なのかしら? 周りの環境? ……お嬢様学校だから悪意では無く善意だって素直に受け入れられた?)


 お嬢様なノリコの周りは善良な人々で溢れて居たのだろうとメグミは思う。


(ただまあ……正論でブン殴る癖は早めに治さないとね……もうちょい融通を効かせても良いと思うわ)


 何時もノリコに正論で殴られているメグミにはその弊害が良くわかる。


(正論だけに反論し辛いのよね……)


 議論において反論の余地無くやり込められると、やり込められた側はストレスが溜まる一方になる。


 適度に反論の余地を残して、ストレスを発散させる事も重要だ。


 そこに正論の問題がある。正論は正しい。故に反論の余地が無い。


 だからこそ問題となる。


 ストレスを受けた人は、選択を迫られた際、論理では無く、感情でどちらかを選択してしまう。


 人は常に正しい訳ではない。正しい選択のみする訳ではない。


 重要な局面で間違った選択をさせない為にも、正論で殴る癖は控えなければならない。


 だがまあ……それが正論で有ってもメグミに反論しない選択肢は無い。


(正論だけで世の中回っている訳じゃ無いわ)


 メグミの場合は開き直って屁理屈で殴り返すのだが……誰にでも出来ることでは無い。


 そしてサアヤはエルフ。見た目と精神年齢の隔たりが大きい。


 見た目ほど精神が大人では無いサアヤに、配慮した物言いを求めても無駄だ。


(考えれば分かると思うけど、幼稚園児が相手を気遣う物の言い方をすると思う? サアヤの精神年齢はその位よ)


 更にサアヤの場合は、本人が優秀過ぎて、他人に何故それが出来ないのかが理解できない。


(大抵の事がサアヤには簡単な事なのよね。天才も良し悪しって事かしら?)


 その為、どうしても上から目線になる。


(生意気盛りの小さな子供だと思えば可愛いモノなんだけどね。中途半端に育ってるからクソ生意気で賢しい小学生に見えちゃう)


 サアヤは背が低いと言っても小学校の高学年程度の背丈は有る。


 その為、幼稚園児扱いするのは難しい。初対面なら尚更だ。


 だがメグミは『可愛いは正義』が信条。そんなサアヤが可愛くて仕方がない。


(子供の言ってる事なんて聞き流せば良いのよ)


 それで余計にムキになって注意されているがメグミは気にしない。


(サアヤってば弄り甲斐が有るのよ。もうね一々反応が可愛いの♪)


 将来サアヤがグレないか心配だ……


 こんな風に他人の事は良くわかるメグミだが、自分が他人にどんな風に思われているかが全く分かっていない。


 そもそも他人にどう思われるかなど最初から気にも留めていない。


 問題というより問題外だ。


 ノリコやサアヤが知れば、どの口で他人の批判をするのかと抗議するだろう。


 なにせメグミの口の悪さは定評がある。相手が誰であろうが言いたいことは言う。


(忖度なんて犬に食わせなさい。配慮? 何それ?)


 コレである。ノリコやサアヤで無くとも『お前が言うな!!』と突っ込むだろう。


 根本的な問題としてメグミは相手と喧嘩する事を何とも思ってない。


 『喧嘩上等』を地で実践している。


(この私に口で勝とうなんて百年早いわ! フッ……無論、肉体言語でも負ける気がしないわね!)


 一応断っておくがメグミは、そこそこ経済的に恵まれた、善良な一般家庭に生まれ育った。


 特に育ちが悪い訳では無い。


 両親は『天然夫婦』と近所で噂に成る程、のほほんと穏やかな気質だ。


 にも関わらず、何故か御転婆を通り越して、のんびり屋の親が頭を抱える程、乱暴に育ってしまった。


 そんなメグミとって、コミュニケーションも勝負の一種。


 そこに生来の負けず嫌いが祟って、兎に角、喧嘩っ早い。



「何故メグミは女の子に生まれたのかしら? お腹の中でも元気に暴れてたから、ママは絶対男の子だと思ったのに……」


「ママ、メグミが男の子だったら……多分、今以上だと思う。女の子で良かったんだよ」


「今以上…………そうね、貴方の言う通りメグミは女の子で良かったわ」


「全く……誰に似たのだろうね? 乱暴な親戚は居ないのに……」


「うるさいわね。本人を目の前に、言いたい放題な二人の血を引いたのよっ!」


「メグミ、当たり前でしょ? パパとママ以外の誰の血を引くの? ねぇパパ」


「ママ、僕は君の愛を疑った事なんて一度もないよ」


「あらっ?! パパ、そんな意味なの? メグミ、ママは悲しいわ」


「えっ! 今の会話の流れで、何で私に矛先が向くの?! 今のはパパの発想こそ責める場面でしょ!」


「ママはパパを責めたりしないわ。愛してるもの」


「ママ……」


「パパ……」


「ウザッ、何このラブラブ夫婦。お願いだからこの歳で妹を増やさないでね。一人いれば十分だから」


「娘か……メグミがこんなだから、もう一人くらい良いかも知れないねママ」


「そうね、素直で大人しい子なら、私も大歓迎よパパ」


「んっ? アヤネは素直で大人しくて可愛いわよ?」


「そうね、アヤネちゃんはとっても可愛いわ♪」


「アレッ?!」


「シンタロウもアレで中々可愛いぞママ」


「無理してちょっと斜に構えてるのが、堪らなく可愛いのよね♪」


「ンンッ?!」


「はぁ……メグミもウチに赤ちゃんが居たら、お姉さんとして、もう少し女の子らしく可愛いくなるかしら?」


「ねえ、さっきから酷く無い? 私は今でも十分可愛いわよ?」


「ハハッ……冗談がキツイなメグミ。可愛い女の子は男子を病院送りにしたりしないよ」


「パパの言う通りよ。聞いても無駄だろうから喧嘩の原因については聞かないわ。ただもう少し手加減を覚えなさいメグミ」


「ちゃんと手加減したからあの程度なのよ? 入院する程じゃ無いでしょ」


「違うぞメグミ、そもそも相手に怪我をさせ無い手加減だ。出来るよね?」


「簡単に言うけどね。ど素人相手は思った以上に面倒なんだから! 最小限の怪我で済ませた私の苦労も労って欲しいわ」


「例えそうでも怪我をさせてはダメだよメグミ。理由があって喧嘩のなるのは咎め無い。でもやり過ぎちゃダメだ」


「これだから……もうっ! 金的はダメ、骨折ったらダメ、関節外すのもダメ! パパ達が設定した禁止事項が多過ぎなのよ!」


「で、今回は?」


「チンを打ち抜いて脳震盪を起こさせただけよ。外傷は無いわ」


「うん……まあ……メグミにしては珍しく穏便かなぁ?」


「そうよ! だから倒れた所を縛って吊るして、ちょっと小突いて反省させるのは、仕方ないよね。今後も絡まれる事のないように身体に言い聞かせる。重要でしょ?」


「ほぅ……」


「『次へのチャンスをあげる。ふふっ、でもこれが最後。次にやったら……分かるでしょ』って言いながら眼球を指先で撫でるの」


「……」


「眼球ってね、思った以上にツルツルしてて脆い感じなのよ。思わずポチってしたくなるのを我慢して、丁寧にお話しすると大体直ぐに大人しくなるわ」


「ねえメグミ、君は何処でそんなやり方覚えてくるのかな?」


「大丈夫よ、手は綺麗に洗ってるから」


「はあぁぁ……」


「今回は脳震盪を起こさせてるから念のために病院で検査を受けさせただけよ。二人とも気にし過ぎ」


「気にしない訳にはいか無いでしょ。パパとママは貴方の保護者なのだから。愛する娘に何か有ったらって心配するわ」


「メグミに何かあったらパパ泣くからね?」


「アーハイハイ、分かったからウルウルしないで!」


「もうっメグミったら。それとお願いだからせめて一人づつにしてメグミ。お見舞いも大変なのよ」


「ふんっ、正当防衛よ! 何も問題は無いわ。寧ろ相手が私にお見舞いを渡すべきでしょ?」


「「はぁぁ~……」」



 子供の頃からこの調子だ。


 『無理を通して道理を引っ込める』

 『屁理屈に於いて無敵』


 そんなメグミに付き合えるノリコとサアヤの二人が少しおかしい。


 要するに三人が三人とも変わり者で、何故か変わり者同士で馬が合っている異質な三人組み。


 そしてこの配慮を知らない三人が、揃って同じパーティのメンバー。


 相手にしてみれば堪らない。


 本人達に全く悪気はなくても、三人掛でヅケヅケと遠慮無く好き放題言われたら大半の女子が泣く。


 さらにこの容姿が追い討ちをかける。


 『上から目線の嫌味なタカビー女』そんな三人組にしか見えない。


「ちょっと顔が良いからって、お高く留まった三人組、付き合ってられないわ」


 これが三人に対しての周りの女子の評価だ。


 そして男子に対しても同じく、全く遠慮せずに意見を言う為、最近の草食系男子の繊細なハートを粉々に砕く。


「顔は良くても性格最悪だろ! 付き合いきれねえよ!」


 これが三人に対しての周りの男子の評価だ。


 一人一人でも可成り特殊な、周囲から浮いた存在。それが三人も揃っている。


 パーティー募集広場で皆が逃げる、避けるのも良く分かろうというモノだろう。



 少し物思いに耽っていたメグミが、ゴロウ達の方を改めて見ると、三人はまだ何か言いたそうにまごまごとしていた。


 だがその言葉は口から出る前に霧消する……


 『弱い』と誤解の余地無く宣告された。


 それに反論しようにも、実力差を見せつけられた直後だ。少なくともメグミよりも弱い事が確定している。


(はぁ、面倒くさいわね。それでも……男なら何クソと言い返してくるぐらいしなさいよ!)


 言い返したからとて事態は好転しない。メグミの場合は更に容赦なく『弱さ』を指摘する。


(……まあ反論が出来たらここまで弱くは無いわね……いいわ、気にしても仕方がない)


 だが、メグミはその指摘を引き出す『強さ』を相手に求める。


(向上心の無い奴を相手にする程暇じゃないわ)


 メグミの他人に対するスタンスは大体変わらない。そして男子には特に厳しい。


(だって付き合うメリットが皆無よ? 美少女に生まれ変わって出直して来なさい!)


 メグミの場合、例え相手が美少女でも、興味が無ければ相手にしないが……


(例えそうでも鑑賞出来るだけ美少女の方がマシよ……だから違うわ! 視姦じゃ無いから! 目の保養よ!)


 人はそれを視姦と言う。



 気分を変えようと、メグミは倒したコボルト達の死骸を見る。


(コイツらは『弱い』けど逃げなかったわ。反論を恐れて逃げ出す腰抜けよりはマシね)


 『無謀と勇気は違う』それは理解出来る。しかし……


(小賢しい勇気より、大馬鹿野郎の無謀な挑戦の方を応援したくなるのは何故かしら?)


 合理的な事を好むのに、無謀な挑戦も好む。


 メグミが自分の中の矛盾した『思い』の原因は何か物思いに耽っていると、目の前のコボルトの死骸が黒い霧の様なモノに変化しながら分解し、その形を崩す。


 周囲では徐々に崩れるコボルトの死骸と同様に、飛び散った血肉も、黒い霧を上げながら分解していく……


 ふとメグミが自分の手をみると、ベットリとこびり付いた返り血も、黒い霧に変わって消えていっていた、


(洗わなくて良いのは便利なんだけど……これって本当に綺麗になってるのかな?)


 メグミには返り血を浴びた感触が残っている。それだけに少々疑問だ。


 生暖かい返り血の温度、肉を裂き骨を断つショートソード越しの手に残る感触。コボルト達の断末魔の吐息。


 それらの感覚は今も鮮明にメグミの中に残っている。


 なのに、目の前ではその存在すら最初から無かったかのように、分解され消えていくコボルト達の死骸。


(ウン……深く考えるのはよそう……気が滅入ってくる)


 コボルトは生きていた。魔物であろうと生きていた筈だ。


 メグミも別に生き物を無碍に殺そうとは思わない。命の尊厳を蔑ろにする気もない。


(必要だから殺してる……殺される気はないもの。だから『殺される前に殺す』)


 襲って来なければ殺しはしない。だが魔物は明確な殺意と共に襲いかかってくる。


 目に怒りを宿し、牙を剥き、鋭い爪に殺意を込めて、急所を狙って攻撃してくる。


 『殺す気はなかった』とか『偶然』など有り得ない明確さだ。


(ホント殺伐とした世界よね……なのにその実感が乏しいのは、死体が残らない所為?)


 そんな疑念をメグミは抱えていた。


 魔物を殺すことに対しての罪悪感が自分の中で希薄過ぎる気がしていた。


 綺麗に血肉が分解し、汚れの落ちたショートソードを、腰の鞘に戻しながら、初心者講習で受けた説明をメグミは思い出す……



「迷宮で魔物は、核となる魔結晶の周りに魔素が集まり、周囲の物質を取り込みつつ生成されるんだ」


 魔物の発生についての説明が続く。


 そう発生だ。魔物は産まれてくる訳ではなく発生する。


「『魔結晶』それ自体も魔素の吹き溜まりや濃い部分に自然発生する」


 『魔結晶』魔物の核。魔素が結晶化したモノ。


「現在、大魔王以下の魔素を垂れ流す魔族は地下にいる。だから、ダンジョン以外でも魔物は鉱山、洞窟、洞穴など、人工物、自然物問わずに魔素の溜まる地下空間に自然に発生する」


「魔物ね……ハイ質問! 魔物も生まれてくる以上何か役割、目的みたいなものがあるんでしょ?」


「うん良い質問だ。目的か……魔物は、自らの魔結晶を成長させ、より強力な魔物になるために、他種族を襲う。そうより強く成り、より強い子孫を残すためにね」


「はぁ? 自然に発生するんでしょ? 子孫?」

 

「そう、子孫だ。まあもうちょっと聞いてくれるかな、今説明しよう」


(サクサク説明しなさい! 勿体無いぶってんじゃないわよ)


 一応教えを乞う立場なので、口に出さないだけの常識はメグミにも有る。


「魔物ってのは本当に特殊でね。自然発生した純粋な魔物に幼体はいない。成体の姿で生成される。その際に戦い方なんかの知識も持って生み出される。全く便利なものだね」


 コレは野生動物に備わっている『本能』。誰に教えられる事も無く、遺伝子に備わっている生きる為の術の様なモノとは全く違う。


 魔物のそれは更に具体的だ。『本能』と呼ぶにはデータ量が多過ぎる。


 言葉どころか『魔法』まで使える状態で発生するモノまでいる。既に『知識』と呼ばれるレベルのモノを発生直後から備えている。


「そして倒した生き物の血肉を喰らい、物質を取り込み自らの身体を強化する」


 コレは他の生物と大差無い。しかし……


「だがそれだけじゃ無い。倒した生き物の魂や、他の魔物の魔結晶を喰らい、自らの魔結晶を強化し大きくしていく。そう成長していくんんだ」


 成長の意味が根本的に他の生物と違う。


 普通の生き物は成体に成ればそれ以上身体が成長する事は無い。


 だが魔物は違う。成体になってからも成長する。


「更に時を経た魔物がこうやって魔素以外の血肉を得ると魔物同士で繁殖を始める。そう生まれは特殊なのに、その後は普通の生物のように振舞うんだ。子孫を残そうとするんだよ」


 魔素で出来た身体を、それ以外の物質で置き換える事を『受肉』と呼ぶ。完全に受肉した魔物は繁殖が可能となる。


「……子孫ねぇ……けど魔物同士で繁殖して子孫って、それも成体で生み出されるの?」


「面白い事にね。魔物同士で繁殖して生まれた魔物は幼生体、赤ちゃんだね。この状態で生まれて来るんだ。普通の生物のようにね」


(繁殖ね……って事は魔物にはオスとメスがいるって事よね? 外見上の違いが有るのかしら?)


 このメグミの疑問の答えは『魔物による』だ。


 違う魔物も居れば、人にはオスメスの区別が付かない魔物も居る。


「この幼生体は最初から血肉と、そして魔結晶を持った状態で生まれてくる……君はペットを飼っているよね?」


「はい……あっ! そうか、それがウチのソックスみたいな魔物なのね? 繁殖して産まれた幼生体の魔物! そうなのね?」


「そう、ペットの魔物はこの繁殖型なんだ。発生型の魔物は先ほども言ったけど知識を持って生まれてくる。けどね、何故か繁殖型の幼生体は真っ白だ。普通の動物と変わらない、本能は有るけど、何の知識も持たずに生まれて来る」


 同じ魔物なのに『発生した魔物』と『繁殖した魔物』で別の生物かと思うほどの違いを持つ。


 コレも魔物の特徴の一つだ。


「だからこそ、その段階の、生まれたばかりの幼生体であればペットとすることが可能なんだよ」


 真っ白だからこそ擦り込みが可能になる。その段階であれば、躾ることで人のペットにする事が可能となる。


「そうなのね……ん? なら魔物は生まれつき邪悪ってわけじゃあ無い? 人間を滅ぼすために生まれてきた邪悪な生物みたいな印象だったけど……少なくてもウチのソックスは違うわ」


「そう……繁殖によって産み出された直後の魔物は邪悪じゃあ無い。けどね普通の魔物は魔物に教育される、そう魔物に育てられるんだ」


 真っ白だからこそ、何色にも染まる。染まってしまえば他の魔物との差は無い。


「ペットのような特殊な魔物以外は人間を襲う敵、そう思って間違いない。それがどんなに愛らしい外見だろうと魔物は危険だ。油断しちゃダメだよ」


「そうなの? そんなものなの?」


 メグミの疑問はもっともだ。どんなものにも例外は有る。


 しかしこの時、この講師は、特殊な例外を教えて、生徒がその可能性を考慮して危険に陥る危険を避けた。


 教えずに危険を排除する選択をした。


「そんなものだね。ゴブリン・オーク・オーガ等、今も地上にいる魔物達のほとんどが、この血肉と魔結晶を得て生まれる繁殖型の魔物だけど……人を襲う、人類の敵だ。人里近くに現れれば即座に討伐クエストが発行される」


 人型の魔物は特に危険だ。強さよりも知性により警戒が必要となる。


 会話が可能。それは会話による罠を仕掛ける事も可能とする。


 騙し討ちをする魔物がいるのだ。


「融和を目指してコミュニケーションを取ろうと試した人達も居たみたいだけどね……悉く失敗している」


 だからこそ人型の魔物とコミュニケーションを取るなと教える。


「難しいのね……」


「そうなんだよ……中々ね。魔物と人は相いれないものなんだよ。本当にペットの魔物が特殊な例外でね」


 故に例外として教えるのは、安全なペットに留める事を忘れない。


「後、先に述べたこれらの地上にも居る種類の魔物も、迷宮に於いては発生型の魔物として生成している場合がほとんどだ」


 地上に居る魔物は迷宮にも発生している場合が多い。また迷宮内にのみ発生する魔物も数多く存在する。


 因みに地上にのみ存在する魔物は殆どいない。


「迷宮内の魔物は、魔素の少ない地上の同種の魔物に比べ、遥かに強力である場合が多いから気を付けるんだよ」


 地上では勝てた魔物も、迷宮内で勝てるとは限らない。何故なら……


「特に男子はね! いいかよく聞け! 迷宮は地上に比べ魔素が濃い分、そこにいる魔物は持っている魔結晶が大きい。それだけ強力なんだ。地上で倒せた魔物だからと油断していると死ぬぞ」


 特に男子に注意するのは、先に述べたゴブリンやオーク、それにオーガと迷宮内で戦うのが男子のみだからだ。


「魔結晶……魔結晶ねぇ」


「そう魔結晶の有無、これこそ魔物と他の生物との違いだよ。魔結晶を持たない地上の猛獣等は魔物とは呼ばない。危険度は大して変わらなくてもね」


 この世界には虎やライオンなどの猛獣も存在する。その強さや危険度について改めて述べる必要は無いだろう。


 しかもこの世界では、地球の同種の獣よりも大きな個体も多く、危険度は更に高い。


「だが、それでも猛獣であって魔物では無い。魔結晶を体内に持つものだけが『魔物』なんだよ」



 分解していくコボルトを見ながらメグミはもう一つ思い出す。


 発生型の魔物は、魔素により作られた体の重要機関を損傷すると普通の生物と同じく死ぬ。


 そして死ぬと、魔結晶と一部の例外を残して目の前で見ている通り、分解され魔素に戻る。


(うーむ……魔素以外も取り込んで生成されている筈なのに、分解後に残らないのは何故?)


 一部の例外である受肉した部分以外は何も残らない。一度講師に尋ねてみたが有耶無耶にされて流された。


(如何にも誤魔化されている気がするのよね。この程度の疑問は、私じゃ無くても感じる筈……その疑問を放置? 有り得ない!)


 仮に受肉部分以外は全て魔素を基に生成されていたとしたら、最初の説明が嘘になる。魔素以外も取り込んでいると説明された。


 にも関わらず、魔物が死んで分解された際に生成時に取り込んだ筈の物質が残らない。


(せめて粉状でも何か残ってないと変だわ。でも何も残らない。取り込んだ物質の状態が変化している? それとも分解の際に魔素と一緒に揮発した?)


 疑問は尽きない。


(そもそもこの疑問に対する研究資料が無いのは何故? 絶対既に研究されてる。なら一般に公開してないって事よね)


 隠されれば暴きたくなるのが人の性。


(禁書庫辺りに保管されてるのかしら? 今度探してみるかな)


 メグミのコレは『向上心』というより単なる『興味本意』


 そしてメグミは自らの欲求を叶える為の手段を選ば無い。


 そこが禁書庫だろうが立入禁止だろうと、目的を叶える為に侵入する事に、躊躇いも無ければ罪悪感も無い。


 『バレなければ犯罪じゃない』


 とても自分に都合よく法律を解釈していた。


(そもそも取り込んだ物質もそうだけど、死んだ魔物の魂はどこに行くんだろう?)


 そうメグミは疑問に思う。


 魔物も生きている以上そこに命が宿って居る。魂だって有るはずだ。


 メグミは魔物の発生の瞬間を見たことがある。


 魔素溜まりに魔結晶が発生した。


 そう思った瞬間、急速に魔結晶を中心に魔物の体が構成されていく。


(すっごい早さだから余り感じなかったけど、思い返したらグロいわね)


 心臓付近、体の中心部から内臓、骨格、筋肉、皮膚と順に生成される。


 それはまるで早送りの映像を見ているようだった。


 下手に目の良いメグミは、そんなスピードで生成されても、それを見て取ることが出来る。


(全く出鱈目よね。促成も良い所、即成って言っても良いわ。アレでちゃんと機能する肉体を生成出来るってどんな魔法よ)


 魔法の有る世界で魔法もクソも無いが……


(物理法則はこの世界にも有る。魔法にも法則性が有るわ。少なくとも私の知ってる一般的な魔法は、物理法則に干渉する手段として存在している)


 だが魔物の発生は、メグミの知っている物理法則との整合性が取れていない様に感じる。


(私の知らない物理法則に従っている? その辺を調べたら何か出て来そうね……まあ良いわ。焦っても仕方ない)


 肉体の生成が終了し、魔物が発生したと思った次の瞬間、魔物は大地に立ち上がり、メグミ達に襲い掛かってくる。


(発生して即襲ってくる……そう造られた? 生体兵器……生体ロボット? そうね……ロボットが一番近い気がする。知識や動作、目的をインストールされて生み出されるロボット)


 だが、それも正解では無いと感じる。


(生体兵器にしては無駄が多過ぎるわ。兵器には最も必要無さそうな感情、自分の意思を持ってるもの)


 魔物は明確な殺意を持って襲ってくる。


 又『威嚇』に対する硬直を見ても分かる様に、恐れや怯えなどの感情も有る。


(どの段階で意思が芽生えて、魂が発生しているのかしらね?)


 メグミの疑問は尽きない。


 地上にいる、よく畑で倒した虫型魔物や植物型魔物、大型の鶏の様な魔物にはあまり意思・知性は感じられなかった。


(普通の昆虫や動物程度なのよね。有るのだろうけど、知的じゃない。でも……植物系も動物と同等程度の知能がありそう……って事は一般の魔物以外の生物よりは魔物の方が知性が有る?)


 ただ地上の魔物は大半が繁殖型だ。


(この知性の差は、繁殖型と発生型の差かしら?)


 この鉱山のコボルトは、メグミの知る限り発生型。


 そのコボルトには余り高くはないが知性があり、意思も感じる。


 地下4階以降のコボルトは武器まで使い。地下7階以降のコボルトに至っては魔法まで使ってくる個体も居ると言う。


 メグミは地下3階まで行ったことがあるが、地下3階のコボルトは仲間同士連携しコミュニケーションをとっていた。


 数が多いのでこの連携攻撃に結構苦労させられている。


(連携に関しては確実にゴロウ達より上よね。なんであいつら魔物以下なのよ? はぁぁ~)


 心のため息と共に周囲を見回す。


 ここ『黒鉄鉱山』は人の手によって開発された鉱山である。


 だが大魔王の迷宮にほど近いこの鉱山には、相当量の魔素が地脈等を通して流れ込み、コボルト等魔物が発生しダンジョンと化してしまっていた。


 その為、一般の鉱夫では危険すぎて採掘が出来ない。


(地下には魔素が溜まって魔物が発生するんでしょ? 鉱山自体がダメじゃないの? 鉱夫って職業そのものが存在可能なの?)


 一応、魔素の流入の少ない場所なら、魔物の発生率も低い。その為、一般の鉱夫の居る普通の鉱山も存在する。


 ただそんな鉱山では魔素が少ない為、魔鉄が採掘出来ない。


(どっちにしろこの鉱山は魔鉄の採掘が主目的。ダンジョン化は避けられないって事よね?)


 卵が先か? 鶏が先か? の議論に近い。


(けどそうなると誰が地下10階まで掘ったのかしら?)


 このメグミの疑問の答えはコボルトだ。


 コボルトは鉄鉱石を食べる。


 鉄鉱石を掘り出す為に、その強力な手の爪で鉱山を掘り進めた結果、地下10階にまで至ったそうだ。


 後にサアヤからこの疑問の答えを聞いたメグミは……


「コボルトって犬だと思ってたけど、もしかしてモグラ?」


「はっ? それってモグラの魔物って事ですか? 違いますよ。普通に犬系の魔物です」


「でも前脚? 腕? の爪で穴を掘るのよね?」


「犬も穴を掘りますよ?」


「そういえばそうか。でも規模が大きすぎない?」


「ウーーン、如何でしょうか? 数百年の積み重ねの結果ですから、チリも積もればって事ではないですか?」


「そんなに歴史が有るの?! そもそも『黒鉄鉱山』って誰が何時造ったのよ?」


「造った……鉱山として整備したのは人です。ですが、それ以前から自然の洞窟に沸いたコボルト達が掘り進めていた様ですよ」


「それを人が利用したって事?」


「コボルトも人も、求めるモノが一緒だったって事ですわね。魔鉄を求めると自然と魔素の多い場所に辿り着きますから」


「はぁ? それでかち合って延々と殺し合ってると……」


「メグミちゃん、どっちにしろ採掘を進めればコボルトも発生するんですから、争いは避けられませんよ」


「やっぱり魔物と人は分かり合えないのね」


「そのお陰で私達は生活出来ているんですから、まあ……ね」


「鉄鉱石を食らって平和に暮らしてたコボルトを襲う冒険者……どっちが悪役なのかしら……」


「コボルトは鉄鉱石だけじゃ無くて人も食べるので、お互い様だと思いますよ?」


「なんともまあ……殺伐としてるわね」


「弱肉強食は自然の掟。仕方ありませんわ」


「ふむふむ。ならサアヤが私の犠牲にになるのも自然の掟。大人しく触られるのね」


「……なんでそうなるんですか!?」


「世間の厳しさを教えるのは年長者の義務よ」


「……ほぅ……そう来ますか? お姉さま、義務だそうですよ」


「あらっ……私は体罰反対派なのだけど、そう……メグミちゃんがそれを望むのなら仕方ないわね。私も心を鬼にするわ」


「ふふふ……良いわよノリネエ。その代わりそれに見合うモノは頂くから!」


「うぅっ……」


「お姉さま、ここで怯んではメグミちゃんの思う壺です! 大丈夫ですわ、お姉さまの腕力なら勝てます!」


「当たらなければ如何という事は無いっ!」


「あぅっ、コレが弱肉強食!」


「お姉さまっ諦めないでっ!」



 大分逸れたが、話を戻そう。


 そんな様々な理由から、この鉱山は現在、メグミ達の様な見習い・初級冒険者の格好の小遣い稼ぎの場になっていた。


 特に地下2階や地下3階は武器・防具に使用する魔鉄が採掘出来る。


 強力な魔物に対抗する為には、強力な武器・防具が必要不可欠。


 この鉱山を例に挙げるなら、地下4階以降の武器を持つコボルトに対抗する為に必要になる。


 その為、ここで魔鉄を採掘し、それを材料に武器・防具を制作し装備を整えるのが、この街の見習い・初級冒険者の王道となっていた。


 鉱山で有るから当然地下4階以降も魔鉄は採掘できる。


 寧ろ魔素が濃い分、取れる魔鉄の質が良い。


 だが、一撃で命を奪う可能性がある武器を持った敵に、背中を見せる愚は冒せない。


 そんな安全上の理由から、武器を持つ魔物の居ない地下2・3階での採掘が主流だ。


 ただ……採掘が進み過ぎて、地下2・3階はこの鉱山1・2を争う広大な階層となっていた。


 地下2階は幾度もの落盤のため、今は侵入できないエリアが多数存在して尚、広大である。


 この広い地下2・3階では見習い・初級冒険者が多く採掘している。その分、一日に倒されるコボルトの数も膨大だ。


 この鉱山全体で一日で倒されるコボルトの数は数百では済まない、おそらく数千の単位であろう。


 中に入って採掘しているパーティの数が百組み近い。単純計算で一つのパーティが10匹倒しただけで、鉱山全体では千匹を超える。


(考えたら凄い数よね、私達ですら、もう既に20数匹倒してる……この膨大な数のコボルトの魂はどこからきてどこへ行っているの?)


 この世界では魂の存在が確認されている。又、輪廻転生も存在している様だ。


(輪廻転生……コボルトから他へ転生してるの? もし他に転生しないで、その魂が繰り返しコボルトとして再利用されるのだとしたら)


 輪廻転生の法則は解き明かされていない。故に全て仮定の話になるが……


(転生しても再びコボルトになるのだとしたら、ここはコボルト達の魂にとって、無限に殺される苦痛を味わう地獄ね……そりゃ生まれた瞬間から人を襲う……人を殺したくもなるってものだわ)


 転生前の記憶は引き継ぐのか? もし引き継ぐなら、発生直後に人に襲い掛かる理由も納得だ。


(自分の仇打ちだものね)



 メグミはそろそろノリコ達の撤収準備が終わりそうなのに気が付いて考察を終了する。


(疑問を持つのは良い事だけど、この場で答えが出るわけじゃなし。サクサク撤収準備を進めないとね)


 気持ちを切りかえてゴロウ達に声を掛ける。


「ほらアンタ達も早く魔結晶を拾って、早く片付けないとお昼が遅くなるわよ?」


 自分でも拾おうかと地面を見ると、今自分が倒したコボルト達が倒れていた場所に、何かが落ちていた。


(んっ?! 石? じゃないわね……何?)


 それは魔結晶の様にキラキラとした結晶では無い。鈍く金属光沢の有る石のような……


「あ……っ、爪だっ! 爪が残ってる! ラッキー♪ レアドロップだよ地下1階で珍しい」


 これだけで今日の収支は恐らくプラスだろうと、メグミはコボルトの両手の爪一体分8個を拾う。


(ふふっ♪ コボルトの指って人よりも一本少ないのよね)


 流石に地下1階のコボルトなので可成り小さめの爪だ。


 しかし鍛冶で武器等制作する際に、魔鉄に混ぜると、鋭さ、切れ味を向上させる追加効果を得ることができる貴重なアイテムである。


(鉄鉱石を食べて、それで爪を強化したコボルトが混ざっていた様ね……ウーーン、でも強くは無かったよね?)


 相手に攻撃を許さず、一方的に攻撃して倒したので、コボルトの爪が鋭くても気が付く筈も無い。


(場所的にゴロウの方かな? タクヤの方じゃ無くてラッキーね。かすり傷じゃ済まなかったかも)


 受肉は少しづつ身体の一部分から行われる。それが魔物を倒した際に、分解されずに残る。


 それがドロップアイテムと呼ばれる物。


 様々なアイテム製作の素材になる価値の高いモノが多く。冒険者の収入を支える重要な要素だ。


 そうこうしている内に、ゴロウ達も何か不満そうにしながらも魔結晶を拾い終わる。


 ノリコ達の方を見ると、こちらも鉄玉を拾い終わり、撤収準備が整っていた。


 何時でも出発できそうだ。


 メグミは自分の座っていた個所に残っていた、ツルハシと足元に寝かせて置いていた槍(メグミ謹製)を手に取る。


(折角槍も造ったのに、殆ど杖代わり……真面な前衛が居れば少しは活躍させてあげられるのに……望み薄ね)


 メグミの場合、他人に前衛を任せるより自分が前衛に出た方が早い。


 中衛になった際の支援攻撃用に、リーチの長い槍も造ったのだが、活躍する未来が見えない。


 ツルハシを『収納魔法』で手早く収納し、槍を穂先を上に杖の様に右手に持つ。


 メグミの準備が完了したのを確認し、ノリコが皆に指示を出す。


「これから地上に戻ってお昼ご飯にします。隊列は、私とサアヤちゃんが前衛、サアヤちゃんは右側をお願いね」


 ノリコは男子に前衛を任せるのを諦めた様だ。


(サアヤが右側なのは、右利きのサアヤに配慮しての配置ね。ノリネエは左右どっちの配置でも差がないから)


 ノリコも右利きだが、ノリコは左右どちらの配置でも熟せる。


「メグミちゃんは中衛、ゴロウ君達は後衛お願い。私やサアヤちゃんが倒した魔物から出る魔結晶の回収も併せてお願いします」


 魔物の分解にはタイムラグが有る。前衛が倒した場合、丁度後衛が通過する辺りで魔結晶が拾える筈だ。


 皆に指示を出し終わるとノリコはサクサク前に進んで行く。男子の意思確認はしない。


(聞くだけ無駄よね。コイツらでも最低限の自衛くらいは出来るでしょ。最悪は私がサポートって配置ね)


 ノリコはポールハンマーを両手で持ち、振りかぶって背中で構えながら支路からメイン通路に出ていく。


(おバカ三人組に前衛を任せて居たら、何時地上に戻れるか分からないものね)


 サアヤの方もスタッフは背中に吊るして、腰のショートソードをスチャッっと右手で鞘から引き抜き、右前に進んで行く。


 サアヤのショートソードは、メグミの物と同じく片刃であるが、反りは無く、少し細身の直刀。


 腕力に劣るサアヤの事をメグミが考え、突きメインの使用を想定して制作した。


(本当は私が前衛に出た方が良いけど、サアヤもノリネエもストレス発散したいだろうし……仕方ないよね)


 行きの道中は、朝ということもあり、先行して坑道を進んだ多くの別パーティによってコボルトが殲滅されていた。


 その為、1匹のコボルトとも戦闘にならずに支路の奥までたどり着けた。


(だからこそ余計に問題なのよね)


 そうだからこそ問題の根が深い。


(支路の入り口からポロポロまばらに侵入してくるだけのコボルトが相手よ。倒せない程コボルトが溜まる状態って、どれだけ殲滅力不足なのよ)


 昼に地上に戻るパーティは少ない。


 大抵のパーティは採掘場所で食事を取るか、各階に設置されている休憩所を利用する。


 それは他のパーティによる露払いが期待できない事を意味する。


 その為、帰路は多数のコボルトとの戦闘が予想される。


 午後の予定も考慮して、折角なら空気の美味しい地上で、ゆっくり休憩して美味しくご飯を食べたい三人娘は、殲滅速度を優先した。



 一行はノリコの指示通りに隊列を組み、坑道を進んでいく。


 この鉱山のメイン坑道は支路と違い広い通路となっている。


 幅も天井の高さも、ノリコがポールハンマーを振り回しても十分過ぎる余裕がある。


 高さで5メートル横幅はさらに広くて8メートルくらいであろうか?


(その分、防御には向いて無いけどね。囲まれると厄介だけど……ノリネエとサアヤじゃ、囲まれようがないわね)


 左右には不規則に支路が入り口を開けており、更に周囲の壁に含まれてる魔光石が魔素に反応してボンヤリと光るだけの通路は、広いだけに仄暗く光量が足りていない。


 その為、物陰が多く、中々に見通しが悪い。


(最低限の光量はあるから魔導ランタンは使い難いのよね)


 灯りで照らせば見通しは良くなるが、代わりに目立つ、魔物を引き寄せる誘蛾灯となる。


 無駄な戦闘を避ける為に、最低限の光量が有る移動中は使いたく無い。


(それに明るくなると返って影が濃くなるから、照らしてる範囲以外の敵を見逃し易い。一長一短か……支路の入り口もあちこちに有るし岩陰も多いからね)


 メグミはふとソックスたちの事が不安になり後ろを伺う。


 するとゴロウ達の後ろをプリンとヤックーが並んで進み、殿にソックスとラルクが背後を警戒しつつ進んでいた。


(ペットに殿(しんがり)をさせるのは如何なんだろう? ……まっでもゴロウ達よりは安心かな?)


 自問自答しつつ前に向き直ると、丁度、右前方の支路から飛び出してきたコボルトがサアヤに襲い掛かるところだった。


「シュッ!!」


 サアヤの口から洩れる鋭い呼気……コボルトの右側面に鋭く踏み込み、すれ違い様に右薙ぎの一閃を放つ。


 『キンッ!!』と固い物を断ち切る甲高い音が響く中、コボルトの頭部が宙を舞う。


 頭部を失ったコボルトの体から、血が噴水の様に吹き出し、その身体は右手を突き出した姿勢のまま硬直して倒れ伏した。


 直後、一拍遅れてコボルトの頭部が『ゴンッ!』と鈍い音を響かせ地に転がる。


 断末魔を上げる事すら叶わぬコボルトの顔は、自分の身に何が起こったか理解していないかの様に唖然としていた。


(良い切れ味ね……流石サアヤだわ。良い踏み込みに体重の乗った一閃。それに見切りが良いわ。コボルトの動きを読んだベストなタイミング)


 相手の攻撃に合わせ、その攻撃の勢いさえ自分の攻撃に利用したカウンター。振り下ろされたコボルトの腕を掻い潜っての一撃。


(けどサアヤったら相変わらず首を撥ねるのに固執してるのね。胸に一撃の方が楽だと思うんだけど、何故?)


 首を撥ねる為に、一度剣を引いて相手の腕を躱した上で、肩と首の間に刀身を差し入れて振り抜く。


 見事では有るが無駄が多い。


(サアヤはコボルトと身長差が余り無いから、前傾姿勢の胸も狙い易い筈なんだけどな)


 メグミなら右前方から襲い掛かってくるコボルトの右脇から右胸を撫で斬る。


 その方が右薙の一閃なら自然だろう。


(心臓は狙えなくても肝臓は斬り裂ける。一撃で致命傷でしょ? 反撃してくる万が一の可能性を考慮して一撃で絶命を狙ってるのかな)


 メグミはすっかり忘れているが、サアヤが首を撥ねるのに拘るのはメグミの所為だ。



「メグミちゃんっ! メグミちゃんっ! 今っ今の!」


「何っ!? サアヤどうしたの興奮して? んっ? ああっ! 良いわよ!」


「って……っ!? ストップッ! メグミちゃんストップッ! ステイプリーズ!」


「ん~? 何よ」


「メグミちゃん! 血塗れでハグしようとしないでくださいっ! 何をどう理解したらそんな行動になるんですか?!」


「敵を倒した私に、目をキラキラさせたサアヤが興奮して駆け寄ってくる。コレはどう考えても『素敵! 抱いてメグミちゃん♪』ってパターンでしょ?」


「なぁっ、ちっ違います! どうしてそうなるんですか! だからハグしようとしないっ! ストップです!」


「何よケチ臭い。血塗れだって良いじゃない。どうせ分解するんだから問題無いわよ」


「問題大有りです! 何処の誰が血塗れで抱きつかれて喜びますか?」


「サアヤをハグして私が喜ぶわ!」


「クッ、ああ言えばこう言う。そもそも私はハグを求めてません!」


「じゃあ何? 何を求めてるの?」


「えっ……!」


「もしかしてその何かを忘れちゃった? サアヤにしては珍しいわね」


「ちっ違います! メグミちゃんのブラッディハグの印象が衝撃的で咄嗟に言葉が出なかっただけですっ!」


「ハイハイ、そう言う事にしといてあげる。で何?」


「そっ、そうでした。メグミちゃん、今のは何ですか? こうメグミちゃんがクルクルと回ったらスパパッパーンッって頭が飛んでっ! アレ何ですか!?」


「『クルクル、スパパッパーン』って、サアヤ、興奮し過ぎて語彙が貧弱になってるわよ?」


「細かいツッコミは今はいりませんっ!」


「ん~、それが会話の醍醐味でしょうに? まあ良いわ……そんな可愛い顔で睨まない、可愛い過ぎて食べちゃうわよ?」


「で? 何なんですか?」


「何って言われてもねえ。敵が多かったから一々相手にするのが面倒でしょ? だから纏めて首を撥ねた。それだけよ」


「状況ではなく、やり方を教えてくださいっ!」


「やり方? 難しい事を聞くのね」


「やっぱり難しいんですか?」


「んっ? ああ、違うわよ。難易度じゃなくて口で説明するのが難しいの」


「ええぇ、そんな事言わないで……お願いします」


「もうっ……仕方ないわね。可愛くお願いされちゃあ無碍に断れないじゃない。『クルクル、スパパッパーン』よ」


「それはもう良いですからっ! メグミちゃん、何気にそのフレーズが気に入りましたね?」


「ちょっとね」


「メグミちゃん~」


「ハイハイ睨まないの。えーとね、取り敢えず纏めてぶった斬るのに都合が良いから首を狙ったの」


「はぁ? 都合が良いですか?」


「細いからね、他よりは楽よ。で、狙いは決まったから後はその的を曲線で繋ぐの、頭の中でイメージするのよ」


「頭の中で……相手は動いてますけど?」


「大体で良いからね。動きを予測して適当につなけばいいから、どうせ一瞬の事だし慣れよ慣れ」


「動きを予測……」


「そっ、後はその曲線に刀身を沿わせて滑らせるの。簡単でしょ?」


「簡単ですかっ!?」


「簡単よ。相手が強いとその曲線を予測されて、曲線に割り込む形で防御されるけど、コボルトじゃあね……その心配もないわ」


「分かった様な、サッパリ分からない様な説明なんですけど……それが出来る様になる迄の前提が丸っと抜けてませんか?」


「だから口で説明は難しいのよ。こういったのは数を熟せば分かる様になるから、取り敢えず首を撥ねる練習からでしょうね。一体一体確実に撥ねれるようになって、後は数を徐々に増やすの」


「それで出来る様になりますか?」


「出来る様に成ったわよ?」


「うぅ……頑張ってみます」



 そう以前、一度メグミが複数のコボルトの首を一閃して全て撥ねた。


 コボルト群れの間をメグミが駆け抜けると、一斉に頭部が空に舞う。


 その見事な光景に感化され、サアヤはそれを自分で再現したくて練習しているのだ。


 一方それを成したメグミはそんな事はスッパリ忘れ、今は最低限の力で複数のコボルトの胴を両断する練習をしていた。


(小型の魔物の首は細すぎる……将来対戦する大型の魔物の群れを想定するなら胴位は一閃で楽に両断出来ないとね)


 相手が強かろうと弱かろうと練習は出来る。


 メグミは大型の魔物との連戦を想定し、極力省燃費で、更に複数の敵を一撃で仕留める訓練を自分に課していた。


(長期戦になったら無駄な力は使えない。相手が何匹いようが、何時間だろうが戦い抜けれる様にならないと)


 最悪を想定する。そしてその最悪の条件に備える。


 この訓練は一見それに備えている様に見える。だが違う……メグミのこれは単なる『縛りプレイ』だ。


 敵が弱過ぎて物足らないメグミは、自らに枷を嵌めて、『縛りプレイ』をする事で、その物足らなさを解消しようとしているだけ。


(言い訳は完璧、何も問題は無いわ!)


 サアヤが憧れた、複数のコボルトの首を一太刀で撥ねた際も、『一太刀でどれだけ多くの首を撥ねれるか』の縛りプレイをしていただけ……


(サアヤだって今、首を撥ねる事に拘った『縛りプレイ』中でしょ! 私だけじゃないわ)


 全ては魔物の強さが、メグミ達の強さと釣り合わないが故だ。


 ……だがこれは見方を変えると、相手を侮り、手を抜いた舐めたプレイ。所謂『舐めプ』


 命を掛けた戦闘で遊んでいるともいえる。


(私だって『舐めプ』したいわけじゃないわ。強い魔物のいる狩場に私だって行きたいのよ!)


 一応メグミにも言い訳が有る。自ら望んで雑魚狩りをしている訳ではない。


(装備制限があって今の装備じゃ強い魔物のいる狩場に入れてもらえ無いの!)


 冒険者組合は、見習い冒険者の安全性を考慮し、様々な制約を課している。


 これもその一つだ。


 真面な防具を持たないメグミ達は、強い魔物のいる場所には立ち入れない。



 そんな事をメグミが思っている内に、コボルトの瞳から色が失われる。同時に大きく見開かれた瞼が力なく半分閉じる。


 すると分解が始まった。


 黒い魔素の霧を纏ってコボルトの輪郭が崩れていく。


(生命活動を止めたと同時? それとも意識が無くなった瞬間? 分解か……どのタイミングまで蘇生可能なのかしらね?)


 首を撥ねた魔物を蘇生する気は無いが、興味はあった。


(ソックスは魔物だもの。ペットの魔物の治療の参考に試したいけど……『蘇生』が使える様になるのは、ノリネエでも当分先の話しでしょうね……)


 だがサアヤにはそんな興味など無いのだろう。


 シュッと一振りして血汚れを払うと、何事も無かった様にショートソードを構え直し進んでいく。


 倒したコボルトには一瞥すら向けない。


(首を撥ねたからね。仕留め損ねの確認すら必要ないか……サアヤも敵には容赦無いよね。あんな愛らしい顔なのに……)


 そんなサアヤにゾクゾクする。


(はぁぁ良いわ。チビッコ女王様っぽくて可愛い!)


 お巡りさんコイツです。


(違うわ! 私はMじゃなくてSだもの! チビッコ女王様を更に上から調教したいだけよ!)


 更にダメだった。


(冗談はそれくらいにして、今のは『切り裂け』かな? サアヤは発動がスムーズだし、無駄がないから分かり難いわ)


 この地域では、お年寄りが技名を付けた為か日本語そのままが多い。


 『切り裂け』を今風に言い直すなら『スラッシュ』だろうか?


(……腕力を考慮して直刀で突きをメインに想定してたけど……『腕力向上』が効いてれば横薙ぎの方が対応は早いのかな……今更だけど反りを少しは入れるべきだったかしら?)


 メグミはサアヤの後ろ姿を見ながら思案していた。


 直刀でモノを斬る場合、叩き斬る様になりがちだ。それでもモノは斬れるが潰しながら押し斬る為、余計な力が必要になる。


 一方曲刀の場合は撫で斬るのに向いている。刃を滑らせて断ち斬る為、動きは大きくなるが弱い力でも鋭く斬れる。


 一長一短だが斬るならメグミは曲刀を好む。


(斬る場合はどうせ踏み込むから刃は滑る。だったらより滑らせ易い曲刀、反りがあった方が良いわ)


 だが突きによる攻撃を考えると反りは無い方がブレ難く、獲物に刺さった刃も抜きやすい。


(どちらも一長一短あって悩ましいわね……)



 そんなことを思っていると、今度は左の支路からコボルトが飛び出した。


 そのコボルトは、地を這うような低い姿勢でノリコに襲い掛かる。


(良い低さだわ……脚狙いで一気に詰め寄る。背の高いノリネエに対して一番有効な戦法。このコボルトは優秀ね)


 その優秀なコボルトは、優秀だからだろうか他のコボルトよりも足が速い。躊躇いなく一気にノリコに駆け寄る。


 その刹那!


「フッ!」


 ノリコの口から息が漏れると、ポールハンマーが背中から大きく勢いをつけて上から下へ振り下ろさる。


(ノリネエの反応が遅い訳じゃない。相手が速いだけ)


 上段の構えでも間に合うかどうかのタイミング。しかもノリコは背中で構えている……普通に考えたら、大振りで間に合うタイミングではない。


(普通は一度回避して、改めて敵に反撃するのが正解なんだけど……ノリネエなのよね)


 ポールハンマーは加速する……不自然に……猛烈に!!


 空気を斬り裂くポールハンマーは、その猛烈な速度の慣性で金属製の柄をあり得ない程しならせる。


 そしてコボルトの頭部へのインパクトの瞬間、全加速エネルギーをその一点に開放した。


 ドンッ!! と腹に響く重低音が空気を震わせ、風船の様に頭部が弾け飛ぶ。


 頭部が弾ける軽い音は、先の重低音に掻き消されて聞こえない。


 ポールハンマーは更に胸を半ばまで押し潰し、その身体を地面に叩き付けて止まる。


 叩き付けられたコボルトの身体は、地に落ちたザクロの実の様に潰れて中身を晒す。


(うわっ! グロッ!)


 グチャっと湿った様なその音は、聞く者に生物的な恐怖を抱かせ、同時に不快感も沸き上がらせる。


(子供に見せたら一生のトラウマモノよ。大人でも慣れてないと吐くわ)


 一瞬でコボルトを『コボルトらしき残骸』に変えたノリコは、出来るだけその残骸を見ない様にしてポールハンマーを引き抜き、再び背に構える。


 そして何事も無かったかの様に、そのまま前進する。


(何時見てもノリネエのポールハンマーはヤバいわね……)


 今のノリコの攻撃はただただハンマーを振り下ろしただけ。


(『叩き潰れろ』も使ってるんだろうけど、エグい威力だわ)


 ノリコとコボルトの戦闘は、ただ上から下へハンマーを振り下ろして終わった。



 以前、ポールハンマーでの攻撃方法をノリコに尋ねられたメグミは……


「攻撃方法? ノリネエはただハンマーを振り下ろせば良いのよ。他は何も考えない!」


「そんなっ……もう、メグミちゃんったら冗談ばっかり。それだけじゃ無いわよね?」


「それだけよ」


「メグミちゃん! もう少しこう……アドバイスって無いの?」


「ふ~む、要する解説ってか根拠が知りたいって事?」


「だってただ振り下ろせって……」


「ノリネエは示現流って剣術を知ってる? 九州は鹿児島、元は島津藩の剣術なんだけどね。最強の剣術の一角に数えられてるの」


「あっ、島津藩は知ってる。漫画とかでも有名よね♪」


「漫画準拠?! ノリネエって歴史は習ってないの?!」


「だって……社会は世界史を選択したから……」


「あぁそっか、ごめん。そういえばノリネエって一応、帰国子女だったわね」


「一応?! ちゃんと帰国子女だもの! 嘘じゃ無いわ……メグミちゃんったら酷い!」


「だってねぇ……なんていうか帰国子女っぽさが余り無いのよね」


「英語は話せるわよ?」


「それだけでしょ?」


「えっ?! それだけじゃダメなの?」


「だって普通に日本語で会話してるでしょ?」


「メグミちゃんは英語で会話出来るの?」


「出来ない」


「だったら日本語で会話するしかないじゃない」


「違うのよノリネエ。普通、帰国子女ってのはね、無駄に会話の中にネイティブな発音の英語を混ぜて、帰国子女をアピールするものなのよ」


「それはメグミちゃんの偏見よ。それに私は御爺様や御婆様との日本での暮らしも長いもの。そんな英語混じりじゃ会話出来ないわ」


「それよ。お年寄りとの生活が長い所為か、会話は普通にお嬢様なだけなのよ。帰国子女成分が足らないわ」


「そんな……って足りてなくても良い気がするのだけど?」


「そうよ?」


「…………アレ?! ならなんで私、メグミちゃんにダメ出しされたの?」


「単なる会話の流れで帰国子女っぽく無いよねってだけだけど?」


「もうっ! 真面目に聞いてなんだか損した気分なんだけど、ねえメグミちゃん」


「ハイハイ怒らない。あんまり怒るとキスしちゃうぞ!」


「なっ……何故? えっ? なんでキスするの?」


「欧米では挨拶でしょ?」


「……メグミちゃん、揶揄ってるわね!」


「じゃあそろそろ話しを戻そうか?」


「ううぅ」


「ホラホラ、頬を膨らませない。アドバイスが聞きたかったんでしょ?」


「何だかスッゴイ誤魔化された気がするぅ……で、示現流ってなに?」


「ノリネエは素直で良い子ね。大変よろしい」


「もうっ! メグミちゃん!」


「分かってるって、ちゃんとこれから説明するから。示現流の極意はね、上段からの振り下ろしの一撃に有るの。良い? ただただ上段から振り下ろすの。ノリネエに教えたのはこれよ」


「……ねぇメグミちゃん、適当に言ってない?」


「言ってないわ」


「本当に?」


「いっ……言ってない」


「……それで他に言う事は?」


「あんまり深く考えない方がノリネエは強いんだけど、仕方ないわね」


「やっぱり……他にもあるんだ……」


「良い、ノリネエ。振り下ろして相手に当てる。相手の攻撃が自分に届く前に当てるの。防御とか回避なんて考えない。フェイントも何も必要ない」


「えっ……」


「ただただ力一杯、最高の一撃を相手に当てる。ただただ振り下ろして相手に当てる。それで全て大丈夫だから。ノリネエならそれで全て解決するから。それが全てよ」


「そんなぁ……想像してたアドバイスと違うわ。極意って言ったのにぃ」


「これが極意よ。良いノリネエ。正確に相手に当てるには間合いの把握が不可欠なの。相手の踏み込み速度、自分の振り下ろす速度、この把握が必要不可欠なのよ」


「あっ! そうねそうじゃなきゃ相手に当たらないわ」


「なんでちょっと嬉しそうなの?」


「だってやっとちょっとアドバイスっぽくなったから……」


「ノリネエだってこの程度は最初から分かってるじゃない」


「それはそれ、これはこれ」


「なにそれ? まあ良いわ。なら後は練習して自分の振り下ろす速度を把握して、仮想の敵に当てる練習をするだけよ。敵の速度を色々変えながら全部狙った所に当てれる様になりなさい」


「結構難しそうね……それでメグミちゃん、他は? 他に何を練習したら良いの?」


「それだけよ? 他は必要ないわ」


「…………メグミちゃん?」


「あのねノリネエ。ノリネエにフェイントは必要無いの。ノリネエが相手に一撃当てたら相手は死ぬわ。だから相手は攻撃出来ないでしょ? ね? 必要無い」


「でも相手に防御されたら……」


「何をバカな事を……防御なんて出来るわけ無いでしょ?」


「バカ?! そんな……」


「良いから黙って聞きなさい。良い? ノリネエなら防御の上から相手を粉砕できるわ。考えるだけ無駄な事は考えなくて良いのよノリネエ」


「ううぅっ」


「同じ理由で自分の防御も回避も考える必要はない。ノリネエの攻撃が先に当たれば相手は死んでるから、反撃は無いわ」


「でもメグミちゃん、それって全部、私の攻撃が先に相手に当たってる前程よね?」


「そうよ。だからノリネエはただ相手に当てる様に全力で振り下ろしなさい」


「あぅぅ……」


「ノリネエ、楽して強くはなれないわよ」


「そうじゃないわ。そうじゃないのっ! これってリスクが高過ぎじゃないかと私は思うのだけど?」


「リスク? ノリネエ以外の人には決して勧めないけど、ノリネエには最もローリスクじゃないかな?」


「……何故?!」


「ノリネエには防御の上からでも相手を粉砕できる一撃があるもの。この冗談みたいな一撃を最大限活かすにはこれ以外にないわ」


「うっ……でもねっでもね、相手が複数の場合はどうしたら良いの?」


「敵が複数いようと関係無いわ。ノリネエなら纏めて粉砕できるし、後はアレよ……出来るだけ速く、何回も振り下ろしなさい」


「メグミちゃん本気で言ってるの?!」


「んっ? まあ半分くらい本気よ。最悪、威力は多少落ちるけどフルスイングで吹き飛ばせば良いし。何も問題無いわよ」


「何故かしら? 何か釈然としないわ……」


「私も色々と考えたのよ? でもね、どう考えてもコレが最良なのよ」


「もう少し他に……」


「ノリネエ、良く考えて。ノリネエはその大きな胸が邪魔で腕の稼働範囲に制約が有るでしょ? 片手武器なら兎も角、ポールハンマーだとそれ程攻撃方法に幅は無いわ」


「胸っ?! そんな胸の所為なの……」


「普通の人と比べるとどうしてもね。幾ら柔らかくても邪魔は邪魔なの、自覚無いの?」


「……ぅぅ有る……」


「後はノリネエ自身が小手先の技術を使い熟すのに向いて無いのよね。これも自覚が有るでしょ?」


「ぅぅ……」


「だからよ。ノリネエは基本スペックで圧倒してるんだから、細かな事は考えないで良いの。ただただ振り下ろす。コレで全て解決よ」


「うぅ、納得出来るけど、納得したくない……」


「納得なんてしなくて良いから。兎に角、振り下ろす練習をしなさい」


「うぅ、メグミちゃんの意地悪ぅぅ」


「なんでそうなるのよっ! 人聞きの悪い事言わないでちょうだい! はぁぁ~仕方ないわね。もうちょっと他にもないか考えてみるわ」


「本当っ! メグミちゃんありがとうっ! 大好きっ♪」


「んふ♪ お礼は身体で払ってね♪」


「私、メグミちゃんのその冗談は好きじゃないわ」


「私は何時だって本気よ」


「……メグミちゃん、やっぱり意地悪ぅ……あんまり意地悪すると泣いちゃうからね! 嫌いになっちゃうから!」


「何故!? なんでそうなるのよ! 納得いかないわ」



(頭蓋骨って一番固い骨の筈なんだけど、豆腐より柔らかそうに叩き潰れたわね)


 ノリコにはこの一撃が有る。


 それ故に、メグミは他の攻撃の必要性を感じない。


(馬鹿力なのよねぇ、ノリネエって。まあそれだけじゃ無いんだけど)


 ただ実際、ノリコはスマートな外見に似合わず、その筋力が成人男性を大幅に上回る。


(それにしたってあの加速、あれは何? 『身体強化』だけじゃないわね、この間よりも速くなってる)


 メグミの知らぬ間に、ノリコはより強くなっていた。


(ノリネエが真面目に練習した成果ではあるけど、変化が大きすぎ……もしかしてノリネエも『腕力向上』を使ってる?)


 サアヤもそうだが、何時覚えたのかメグミは知らない。


 三人は、ほぼ一緒に行動しているが、常にでは無い。


(二人とも何時の間に覚えたのよ! なんで私を誘ってくれないのっ!)


 ちょっとした疎外感を覚える。


 だがメグミが鍛治に熱中している間に、サアヤは錬金術にのめり込み、ノリコは神官修行に明け暮れている。


 それ故、スケジュールが合わない事も有る。


(神官修行……もしかして神聖魔法系統の強化の加護かしら? その可能性も有るわね。後で聞いてみよっ)


 メグミはノリコの倒したコボルトを避けて進もうと、若干引きつつ倒されたコボルトを改めて視界に入れる。


 ノリコの倒した魔物の死骸は、その倒し方の所為で大変グロい。


(神官は刃物使っちゃダメって、その所為で返って酷い事になってるよね……何なんだろその制約は、意味あるのかしら?)


 ただここまで酷い屍体を作り出すのは、神官の中でもノリコくらいだ。



 一方その頃、後方ではゴロウ達が、サアヤがコボルトを倒した時には『えっ?!!』と驚嘆の声を上げていた。


 華奢で小柄なサアヤの、意外な強さに驚いたのだろう。


 サアヤを魔法職、遠距離攻撃の後衛だと思っていたら、近接戦闘まで前衛の自分達より強い。


(今頃『弱い』の言葉の意味を噛み締めているのかしら?)


 そしてノリコがコボルトを倒した時には『ひぃっ!!』と面白い悲鳴があがっていた。


(恐かったのかな? 怖かったんだろうな……私も最初見たときはビビったもの)


 ホラーハウスなどでもそうだが、人間は薄暗い中、大きな音がするだけでも驚くのに、その結果がとてもスプラッタ……


(でもアレだけ大きな音がしてるのに、意外な事に他の魔物は寄って来ないのよね。何故かしら?)


 メグミは慣れてしまって気が付いていないが、特段不思議では無い。


 大きな音は興味を引くが、その後の湿った音が恐怖を掻き立てる。


 本能に訴えかけるヤバさに、警戒して余り近寄ってこないのだ。


(けどもまあ順調ね。さっきまでのぐだぐだが嘘みたい。やっぱり私達が護衛すべきだったわね。午後は役割交代かしら?)


 ただその場合、男子三人のプライドは粉々だろう。


(そんな程度がどうしたって言うの? 無駄なプライドなんて必要無いわ。悔しかったら努力なさい。強くなって見返せば良いのよ)


 メグミはそんな程度に事を軽く考えているが、これがメグミ達がパーティ広場で忌避される最大の要因だ。


 

 メグミ達三人は、ここの数日の間連日、そう連日……地下3階まで三人だけで採掘に来ていた。


 六人から八人のパーティが推奨されているこの黒鉄鉱山に、女だけの三人組みのパーティで採掘に来る。


 メグミ達は採掘の効率の悪さに辟易していたが、周りからはそうは見えなかった。


 他の見習い女性冒険者が、男性冒険者の前衛や仲間に護られ、必死で戦っている。


 そんな狩場が黒鉄鉱山の地下3階だ。


 そこに女性三人だけで訪れ、魔物をサクサク倒しながら、尚且つ採掘まで熟していく。


 綺麗で嫌味で高飛車な三人組に、更に実力で圧倒される。


 同性に最強に嫌われる三人組が誕生していた。


「巫山戯るんじゃないわよっ! 仲間に? パーティを一緒に如何ですかって?」


 メグミ達は巫山戯け半分で誘った事は無い。礼節を持ってパーティに誘っていた。だが……


「見下したいの? 私達を見下して楽しいの? 冗談じゃないわっ!! 勝手に三人だけでやってれば良いじゃない、余裕でしょアンタ達はっ!」


 メグミ達に見下す意思は無い。


 しかし、適材適所で提案した自分達が前衛で相手は採掘担当をとの申出は、相手を激怒させた。


(どう考えても納得いかないわ。彼女達には前衛は無理なのよ? なら採掘担当しかないじゃ無い? 他に良い案があったら教えて)


 違う……最初から無理なのであって、何を提案しても無駄だ。


 そしてこれは男性冒険者の場合も同様だ。


 男性冒険者からしてみれば、自分達が漸く倒している魔物をサクサク余裕で狩っていく三人組の女子。


 ノリコのハンマーは魔物だけでなく、男子の小さなプライドまで粉々に砕いていた。


「はぁ? 仲間になれだぁ? パーティを御一緒に如何ですかってか?」


 女性冒険者を誘い様が無いので、男性冒険者を誘う。しかし……


「俺達を荷物持ちにでもする心算か? それともアレか私達が護ってやるから採掘してろってか!!」


 荷物持ちにする気は無い。


 ただメグミ達は前衛でも採掘担当でも、どちらでも構わないと提示して誘っただけだ。


「巫山戯るな!! 男を馬鹿にする心算か! 自分達だけで余裕だろ!」


(余裕が無いから誘ってるんだけど? 何故なの? 何がダメなのかしら? 最近の男子はカリカリし過ぎじゃない? 器が小さいわね)


 何がダメか? 敢えて言えば、最初に三人だけで採掘に行ったのがダメだった。


 自分達には特に難易度に無理が無いからと三人で採掘に出かけ、効率が悪いからと仲間を募集し、仲間が誘えないと仕方なく三人でまた採掘に向かう。


 この一連の行動が他者にどう捉えられ、噂になるか? その想像力がメグミ達には足りていなかった。


 かくして女性からも男性からも嫌われる三人組が誕生したのだ。


 メグミ達は見習い冒険者には荷が重い存在になっていた。


 その実力差から手に余るのだ。


 しかし、かといって一般の冒険者と組むには経験が足りていない。


 幾ら優秀でもメグミ達は所詮見習い冒険者にすぎない。


 武器はメグミが鍛治に精を出しなんとか揃えた。だが防具にまで手が届かない。


(防具は素材の必要量が多過ぎなのよ! はぁ全く、装備で狩場を制限しないでよ……)


 嘆いた所で状況は改善しない。色々あって素材を買うお金も尽きた。ならばと自分達で採掘しようにも効率が悪い。


 同じ見習い冒険者からは実力差から嫌煙され、一般の冒険者には防具の貧弱さから相手にされない。


 そんなとても中途半端な立ち位置で、完全に周囲から浮いていた。


 いつの時代、どんな世界でも出る杭は嫌われる。


(全く何故? 何も悪い事した覚えが無いのよね。納得いかないわ)


 本人達にその自覚が無い事が状況を一層悪化させていた。



 地上に向かって進むメグミ達一行に、その後も疎らにコボルトが襲い掛かってくる。


 しかし、ノリコとサアヤは危なげなくコボルトを撃退する。


(今ので何匹目かな? 八匹位? 思ったより少ないわね)


 瞬殺し、叩き潰し、血の雨を降らせながら一行は進む。


(んっそろそろ地上ね。明るくなって来た)


 地上への出入り口付近は雨水の侵入を避ける為、山なりに盛り上がっている。


 その為、直接、日の光は入り難いが、坑道の床や天井に反射してほんのりと明るい。


 そのちょっとした坂を登りきれば、いよいよ地上だ。


(この辺りまで来たら支路が無いから後は余裕ね)


 光を嫌うのか、コボルトは出入り口付近に潜んでいることが無い。


 メグミは短い坂を駆け下り、鉱山の出入り口から躍り出る。


 すると晴天の昼の日差しが、薄暗い坑道に慣れた目を焼く。


「ウワッ! 眩しい! ……けど空気美味しいぃ」


 手で目の上に傘を作りつつ、大きく深呼吸する。


(ふうぅぅやっぱり娑婆(しゃば)の空気は美味いわねっ!!)


 そんな事を思いつつ、隣を見るとノリコ達も同じように眩しそうに眼を細めながら深呼吸していた。


「んんッ!! ……っ気持ち良いわね」


 ノリコは手を広げて背伸びをする。すると形の良い胸が突き出される。


(このタイミングなら、抱きついて胸に顔を埋めてもOKじゃ無いかしら?)


 だがノリコの手には血塗れのポールハンマーがキラリと輝く。


(冗談でもアレでツッコミを入れられたら死ぬわね。また今度にしよう)


 ノリコは少し天然な所が有るので、手にポールハンマーを持っている事を忘れる恐れがあった。


 危険は避けるべきだ。


 一方のサアヤも腰に手を当て伸ばしていた。


「生き返りますぅ!! ……っとふぅ」


 少しセリフが爺むさい。


(エルフなのに爺むさい……お爺ちゃん子だから仕方ないのかな? でも何か違う……ファンタジー感が損なわれる様な)


 しかし、笑顔のサアヤはとても可愛い。


(これはこれでアリね! うん、アリだわ)


 『可愛いは正義』


 メグミにこれより大事なこだわりは無い。サクっと掌返しに躊躇いも無い。


(何だろう? 二人とも心なしかスッキリツヤツヤしてる様な?)


 溢れる様な笑顔に、輝かんばかりの美貌。


 二人は普段から血色が良いが、今は一段とツヤツヤして見える。


(何せこの私が毎日念入りにケアしてるからね! 二人とも湯上り卵肌よ。でも今日のツヤツヤはストレス解消したから?)


 余りにも不甲斐ないゴロウ達に、相当ストレスを溜めてた二人だが、その憤懣(ふんまん)をどうやらコボルトに全てぶつけたらしい。


(コボルトには良い迷惑だろうけど、まあ襲って来た以上、死ぬ運命に変更は無いんだし。精々有効活用させて貰うわ)


 ストレスは肌に悪いだけでは無い。


 二人の機嫌が悪いと、メグミがセクハラした際の当たりがキツくなる。


 その為メグミとしては、可能な限り二人には御機嫌でいて欲しい。


(別にセクハラオンリーでそう思ってるわけじゃないわよ? 好きな人には笑顔でいて欲しいのは当たり前でしょ?)


 今は二人ともニコニコとして機嫌がよさそうだ。


(美少女二人の笑顔は良いわねぇ、心が洗われるようだわ!)


 コボルト達に降りかかった惨劇と、二人の行為はあまり考えない様にする。


(こんなに可愛いのに容赦無い……綺麗な薔薇にトゲが有るように、美少女にもトゲが有るのかしら……刺されないように注意してセクハラしないとね)


 メグミの中にセクハラを止める選択肢は無い。


 メグミは眼福に微笑みつつ、辺りを見渡す。



 ここ鉱山の出入り口前は、丁度谷合の広場になっていた。


 背後の垂直に切り立った崖に、鉱山の出入り口の洞窟が大きな口を開けており、その出入り口の右隣りに、平屋の大きな建物の鉱山管理事務所がある。


 その奥には倉庫、さらに奥をみると大きな厩舎となっている。


 今もその厩舎の前で10メートル近い体長の大きなトリケラトプスの様な『地竜』がのんびり寝そべって日向ぼっこをしていた。


(あの地竜はいつ見ても寝てるわね。のんびり屋なのかな?)


 街に続く石畳の街道以外の場所は背の低い草が茂って草原となっている。


 丁度春ということもあり様々な小さな花が(まば)らに咲いて風に揺れていた。実に和む光景だ。


(うわぁ、良い天気、良い草原だわ! ご飯食べたらちょっと寝転がってお昼寝したいな)


 そのまま出入り口左隣に目を移すと、そこは精錬やら鍛冶の設備がある大きな小屋があり、今も幾人か作業中のようだ。


 金槌が鉄を打つ音が響き、フイゴで炉に風を送る音がする。


 これは鉱山から掘り出した鉄鉱石を直ぐに加工できるようにと併設されている高炉の有る鍛冶施設だ。


 炉の煙突からは白煙が棚引いており、此方も外から眺める分には長閑な光景に見える。


 だがメグミは知っている……暖かくなった最近であるなら、小屋の中は既に灼熱地獄であろう。


(冬でも長時間は居たくないもの、夏場とか想像もしたくないわね)


 なにか嫌な予感を覚えつつその小屋を眺めていると、ゴロウ達もトボトボと鉱山の出入り口から出てきた。


 とても大人しい……顔から表情が抜けていた。


 ここまでの道中、ノリコ達が最初の2・3匹コボルトを倒すまではゴロウ達の声(悲鳴?)もしていたが、それ以降は無言になった。


 まあ自分達が散々手古摺(てこず)ったコボルトを、目の前でそれまで守っている心算だった女の子達が瞬殺するのだ。


 小さなプライドも砕け散ろうと言うものだろう。


(落ち込むよりは何クソと発奮して頑張りなさいよね。なにあんた達のあの為体は、今まで何をやって来てたのよ?)


 途中、余りに静かな為、不安になって背後を振りかえるほど大人しい。


 一応、その時は虚ろな瞳ながらゴロウ達はちゃんと付いて来ており、きちんと魔結晶の回収も行っていた。


 因みに魔結晶の回収は冒険者の義務である。


 下手に魔結晶を放置すると、それを他の魔物が食べ強化された魔物が誕生してしまう。


 自分や他人に危害が及ぶため、命の危険のない限りは回収しなければならない。


(買取金額が少ないクズ魔結晶は放置したいんだけど、そうもいかないのよね)


 コボルトの魔結晶はそれなりの値段なのでお金を拾って歩く様なモノだが、地上の小型の魔物の魔結晶はジュース代にもならない。



 ノリコがポンと手を打って周囲の注目を集める。


「はい! 午前の採掘・探索はこれにて終了です。お疲れ様」


 それに合わせてゴロウ達やメグミ、サアヤも其々応じる。


「お疲れ様」

「おっつかれーー」

「つ……疲れた……」

「お腹減ったぁ」

「すぐお昼だからもうちょっと我慢しましょうねメグミちゃん」


 ノリコは続けて今後の予定を伝える。


「では鉄玉をそこの事務所で換金後、洗面所で手を洗わせてもらってから昼食にしましょうか?」


 一応、疑問形だがノリコに意見を聞く意思が見えない。ただこれは他に選択肢が無いので仕方がない。


「昼食後は一度打ち合わせをしましょうね。ゴロウ君達もそれでいいかしら?」


 またも疑問形、しかし今回は相手の意思を確認する。


「了解した」

「OK、OK、りょーかいーー」

「承知」

 

 明るい地上に戻って少し気分が持ち直したのか、割と軽くゴロウ達が返答する。


 その時、メグミが気配に気が付いて鉱山出入り口を見ると、少し遅れていたプリンやヤックーも地上に戻ってきた。


 二匹とも一目散に其々の主の元に駆け寄る。


 陽の当たる草原がヤックーにはやはり気持ち良いのか、足取りが軽い。


(何だかご機嫌ね。そりゃそうか……魔物になっても元は草食動物だものね)


 トテトテとゴロウに駆け寄っていく。


 背の左右に背負った鞄には、結構な重量の鉄玉が入ってるはずだが、その重量を一切感じさせない足取りだ。重そうに見えない。


(さすがは運搬用魔物ね……あまり大きくないのに、たいしたものね)


 一方のプリンは跳ねるように、ぴょんぴょん飛んでサアヤに近寄り、最後に大きくぴょーんっと飛んでサアヤにキャッチされる。


(カタツムリみたいに滑る様に移動する時も有るけど、跳ねる方が速いのかしらね? んん? あんまり速度に差がない気がするけど……)


 そのままサアヤに抱っこされたプリンはふにょふにゅ蠢いていた。


「プリンちゃんご苦労さまっ♪ ……ん? 何だかご機嫌ね。お昼が楽しみなの?」


 魔道スライムの表情はメグミには読み取れない。それに感情も感じ取れないのだが……サアヤにはそれがわかるらしい。


(跳ねて移動してたのはご機嫌だからかな? でもそもそも顔は何処? サアヤは何処を見て表情を判断してるの? ふ~む……)


 サアヤは自分もご機嫌で手に抱いたプリンをフニフニと揉んでいる。


(ところでスライムの感覚器って何処に有るのかしら? 核とゼリーみたいなのしか無いけど……あの光ってる六芒星が感覚器?! な訳ないか……)


 元となったゼリースライムには光る六芒星は無い。核とゼリー体のみだ。


(ゼリースライムだって感覚器は有る筈よね。なら……あの黒っぽい核が全ての感覚器を兼ねてるのかしら?)


 他にスライムを構成する部位は無い。可能性としては一番高いとメグミは判断した。


(なら核に表情の様な変化が有るのかな?)


 改めてプリンを観察するが、メグミには核の変化すら読み取れない。


(あのフニフニ気持ちよさそう、後で触らせてもらおう)


 早々に諦めて、別の事を考え始めた。


 すると丁度ラルクとソックスも坑道から出てきた。


 しかし、最後尾の二匹は血塗れだった。


(うっわ! これまた派手に血塗れね)


 ただ二匹とも足取りは軽い。


(怪我はないみたいだから返り血だろうけど、珍しいわね)


 ラルクは心臓に一刺しで仕留めるのだが、普段はある程度内部で出血が収まってから角を抜く為、余り返り血を浴びない。


(今回は遅れない様に早めに引き抜いて返り血を浴びたのかな?)


 一方のソックスも喉に噛み付いているが、喰い千切るより首の骨を折る事が多いので、ここまで返り血を浴びる事は無い。


(牙が食い込んで血が出るから、口の周りは血塗れになるけど身体に浴びる事は無いのよね……間違えて牙で頸動脈を切り裂いちゃったかな?)


 こちらも遅れまいと普段より雑にコボルトを倒した事が窺えた。


(けどまあ二匹とも地下1階程度はもう余裕ね)


 最近は地下3階にメグミ達のお供で通っていただけに、その成長が著しく頼もしい。


 普段は返り血に気を使いながら倒す余裕っぷりだ。


 血が分解されて出来た黒い魔素の霧を纏いつつ、メグミに向かって嬉しそうにソックスが駆け寄ってくる。


(ソックスの表情は分かり安くて良いわ。ん? 待てよ……表情? アレ? もしかして私、ソックスの尻尾も表情として見てる?!)


 一瞬、プリンの表情のヒントを得た気がしたが、駆け寄って来たソックスにそんな細かい事はどうでも良くなる。


(ああぁ、ソックス可愛い! 流石私の愛犬! 相変わらずなんてコロコロしてるのかしら♪)


 メグミは親バカだ。そしてソックスは犬ではなく狼だ。


 テケテケ駆け寄ってきたソックスは、フイッと顔を下に向け足元に何か置き、メグミを見上げて『ワンッ!!』と嬉しそうに吠えた。


(ん? 何だかドヤ顔だわ。何かな?)


 ソックスの置いた物を確認すると魔結晶だった。


(ほうほうぅ、3個もあるじゃん! やるわねソックス)


 犬科の動物には頬が無い。


 その為、魔結晶を3個も持って来るためには戦う度に一度魔結晶を口から出して、倒したら回収するという手間が掛かる。


(この手間を何とかしてあげたいけど、良い方法が思いつかないのよね……)


 背中にバックを持たせてもソックス自身は使えない。お腹側なら口は届くが今度は動きの妨げになる。


(犬でも便利に使うことの出来る収納具か……ソックスも魔法が使えたら良いのに)


 そんな事を考えながら、ソックスの持ってきた魔結晶を回収し、ソックスの頭を撫でてやる。


「偉いぞーっソックス、ちゃんと拾ってきたね。良い子だ良い子だ♪」


 ソックスは尻尾を全開で振りつつ『ムッフゥ!』っと鼻息も荒く自慢げだ。


(ああぁ、ドヤ顔ソックス可愛い)


 一方のラルクの方は、こちらもトトトッっと、ノリコに駆け寄り足元に2個の魔結晶を置いていた。


殿(しんがり)お疲れ様、よく頑張りました。ラルクは良い子ね」


 そう言って頭を撫でる。


 ノリコに頭を撫でられたラルクは嬉しそうに目を細めていた。


(ラルクも頑張った様ね。でもラルクの場合は武器は角だもの。魔結晶は口に入れたままで良いからソックス程手間じゃないわ)


 頑張った事に差はない筈だが……


(ふっ、やっぱりウチのソックスが一番ね)


 ペットを飼っている人は大体自分のペットが一番可愛い。メグミもその辺は普通だった。


(けどまあ全員無事。優秀優秀!)


 全員の無事を確認し、メグミは抜けるような青空をもう一度見上げる。


(でもそっか~もう春なんだねぇ。こっちに来たのが冬だからもう4ヶ月近く経つのかぁ)


 そしてもう一度、思いっきり深呼吸をする。

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