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第27話〈ちょっと息抜き番外〉『6柱神』②

 『光と太陽の神』の春の大祭、それにカズミ達はお手伝いで来ていた。カズミは『光と太陽の神』の神官騎士、実質強制参加だ。

 カズミ達は晴れて見習い冒険者を卒業し、既に『青銅』の冒険者となっていた。

 

 だが未だに固定パーティーは決めていない。

 

 黒鉄鉱山の一件であわや全滅、あんな事件があったにも拘らず、カズミのパーティーは大人気、引く手数多で、特に固定パーティーを組むメリットが無かったのだ。

 それどころか最後まで仲間や他の冒険者を見捨てなかったカズミの噂が広がり、親衛隊の様な男性冒険者の集団が出来上がっていたため、何処かに固定パーティーを決めると血の雨が降りそうな状態なので決められないのだ。


「悪いわねみんな、お手伝いをして貰って、私は兎も角、貴方達は折角の休日、好きな事をしていて良いのよ」


 別段カズミも義務ではない、だた参加した方が神官同士何かと波風が立たない、そんな理由で参加しているだけだ。

 またケイコ達も嫌々参加している訳では無い、こういったボランティアはお互い様なのだ。


「気にしないでください、カズミお姉さま、どうせ今日は親衛隊の男性冒険者の皆さんはゴブリン討伐遠征中、他にすることも有りませんからね」


「そうね、私も特にすることは有りませんから、偶にはこうして功徳を積むのも悪くありません」


「ありがとう、手が足りなかったから神官長様も喜んでるわ」


 巫女服を着たカズミがケイコ達にお礼を言う、言われたケイコ達も巫女服だ。


「しかしカズミお姉さま、他の神の神官の私達が巫女服を着て良いのでしょうか?」


「あら? ケイコは日本で巫女のアルバイトとかしたこと無いの?」


「神社のですか?」


「そうよ、ワタクシは友人に大きな神社の神主のご息女が居たから、そのお手伝いで年始は学校に許可を貰ってアルバイトをしていたのよ。

 まあこれもそれと一緒ね」


「そうなんですかカズミさん? けど巫女のバイトとは違うでしょ? これって『光と太陽の神』女性神官の制服でしょ?」


 普通のカズミは中衛で接近戦もこなせる様に魔鋼とレザーの鎧姿で神官服を着ていない。

 そもそも『光と太陽の神』の神官は神官騎士が多くカズミの様に神殿以外では鎧姿ばかりで神官服を着ているものが居ない。

 だからキミコは神殿で女性神官が着ている巫女服こそ『光と太陽の神』の女性神官服だと思ったのだ。しかし、


「巫女服はね、神官長様が、


≪『光と太陽の神』と言ったら天照大神じゃ! ならば神道じゃのう! 女性神官の制服は巫女服で決まり!! 他に何が有る!≫


っと強引に決めてしまったそうで、それで巫女服になっているだけよ。

『光と太陽の神』の本来の神官服は全く違うわ」


 因みに天照大神は女神で、『光と太陽の神』は男神と全く違う。完全にこじ付け、神官長の趣味丸出しで有る。


「男性の神官の服も陰陽師の様な服ですけど、……これも違うのですね?」


「そもそも巫女服や陰陽師の様な格好、狩衣でしたっけ? これは日本の物でしょ? 『光と太陽の神』は日本人が召喚される前から信仰されているのよ?

 それなのに日本の服が神官服なんて変でしょ?

 神官長様達が勝手に気に入って着ているだけよ、前にその事を尋ねたら、


≪『神』の許可は取ったからのう、何も問題ない、ワッハハハハ≫


そう言ってたわ」


(お姉さま、結構神官長様の物マネ上手い!)


 だがケイコもその話を聞いて納得したことが有る、神官長の趣味なのか、ヘルイチ地上街の『光と太陽の神』の神殿の造りは何処か日本の神社に似ているのだ。

 その謎の答えがようやく判明した。


 そして今、巫女服のカズミ達がやっていることは境内の案内兼見廻りだ。

 春の大祭の神事の方は神官長や高司祭等の上級職の仕事の為、ペーペーなカズミ達は裏方に回っているのだ。


 女性神官であるカズミは舞踏などに参加しても良いのだが、踊り方をマスターしていない。流石のカズミもそこまで手が回らなかったのだ。

 加護に魔法、それに武技と覚える事、訓練する事が山の様に有る。

 そこへ更に舞踏の訓練をする、そんな余裕が有ろうはずもない。


 それでもカズミは昨日1日で一通り舞踏の形だけは覚えたのだから流石だ。

 だが熟練者に混じって披露出来るレベルまでには達する事が出来ず、今回は他の2人と共に地味な見廻り任務に従事していた。

 まあ巡礼者や観光客など祭りの見物客は非常に多い為、地味だが重要な役割だ。

 迷子の保護や酔っ払って寝ている人の保護、道に迷っている人の案内など、仕事は結構忙しい。



 そして今、運の悪い事に、カズミ達は酔っ払いに絡まれてしまっていた。

 更に運の悪い事に、相手は『黒銀』の男性冒険者6人組だ。


 お酒なども提供している屋台が連なる通路の一角で、


「なあ綺麗なお姉さん、俺達にお酌してくれねえかな?」


「なにをふざけて居るんですか! 他のお客様の迷惑になります。

 お酒を飲むのは自由ですけど、大人しく飲んでください! 大声で騒がれては困ります!」


 大声でバカ騒ぎをしていた6人組にカズミが注意しに行ったのだが、そこで囲まれ、絡まれたのだ。


「おおっと気が強いねえ、流石は『光と太陽の神』の神官様だ」


「なんだ? 俺達とは話もしたくねえってか? お高いねえ、ケッ、何が『至高神』だ、ピカピカ光ってりゃ偉いのかよ」


 冒険者達は相当お酒が入っているのか、赤い顔をしてお酒臭い息を吹きかけてくる。カズミはそれに顔を顰めながら、


「『光と太陽の神』様はそんな事は一言も言っていないわ! 大神殿の戯言を真に受けて『神』を侮辱すると許しませんよ!!」


毅然と酔っ払い冒険者に反論する。


 『光と太陽の神』は総本山の大神殿にて『至高神』『唯一神』で有るとされている。だが『神』自身はそんな事は一言も言っていない。

 これはこの『ヘルイチ地上街』の『光と太陽の神』神殿の神官長ヨシヒロが直接『神』に聞いて確かめている。完全に大神殿、そして大神官の暴走だ。


 そして、この他の『神』を見下したかのような発言は、他の『神』を信仰する者から可成りの反感を買っている。

 元々正しさを、正義を信奉する『光と太陽の神』の信徒は、他の『神』の信徒からの反感が強い。

 正義を信奉し、その正しさで自らを律するだけなら問題は無い。しかし実際には自分達だけが正義であり、自分達の行いは全て正しいのだとして、他者を従わせようとする。

 この唯我独尊的な傾向は大神殿を中心に広く『光と太陽の神』信徒に見られる傾向だ。例外なのは5街地域くらいな物である。

 そんな状況の中での先の大神殿の発言は『光と太陽の神』信徒には熱狂的に受け入れられ、他の神の信徒からの猛反発を招いていた。

 そう自分達を一段上に置いてお高く止まっている様に見えるのだ。


「ほう、許さないってか、はんっ、ちょっと可愛いからって調子に乗るなよ小娘が、『青銅』如きが『黒銀』を如何許さないってんだ」


 どうやらこの冒険者達はカズミ達の事を最初から知っていたようだ。

 カズミ達は自分達の素性を名乗っていない。その恰好から『光と太陽の神』の神官であることは分かっても、『青銅』で有ることなど見ただけでは分からない筈だ。

 

 噂になるという事は良い面もあれば悪い面もある。


 これはそう言うことなのだろう。


「知ってるぜお嬢さん、おめえの取り巻き連中はゴブリン狩りに出かけてんだろ? ご苦労なこったな。まっ、あんなのが何人いたところでどうにもならねえがな、雑魚を集めて女王様気取って粋がってるとケガするぜ」


 カズミ達は出来るだけ反感を買わない様に、気を付けて他者と接していた、しかし、


『目立つ』


この事だけで反感を覚える者が居るのだ、そうこの男たちの様に。


(……この人達、最初からカズミお姉さま狙いだわ、酔っ払って単に絡んで来たんじゃない、お姉さまが気に入らないから、ちょっかいを掛ける気で絡んで来てるのね)


「くだらない男ね、何が女王様よ、ワタクシは別にそんな心算は無いわ!

 良いわ、話が通じない人達を相手にしても時間の無駄ね。

 行きましょう、本部に連絡よケイコ」


「おっと簡単に逃がすと思ってるのか? 甘いねえ」


「おいおい、つれねえじゃねえか、ああっ! 何処に行こうってんだ? 先輩が今教育中だろうが!」


 男の一人がカズミの手を捻り上げ拘束する、こんなロクでもない奴等でも『黒銀』でこの地域の男性冒険者だ。

 幾らカズミが優秀でもその実力差は、その身体能力の差は歴然としていた。


「離しなさい! 離して!」


「おっと大人しくしてろよ、ふむ、確かに噂になるだけあって中々美人じゃねえか、ちょいとサービスして貰うかね」


「離しなさい、ふざけないで! 何でワタクシが貴方達なんかにサービスをしなければならないの!」


「お高く止まってんじゃねぞ!!」


 男は捻り上げた手をカズミの背後に回し、更に捻り上げようとする、下手をすれば骨が折れるか関節が外れる、


(ああ、お姉さま!! 誰か! 誰か助けて!)


 ケイコは藁にも縋る気持ちで周りを見渡すが、皆一様に目を伏せ此方を見ない。


 『黒銀』の男性冒険者を相手に一般人が立ち向かう事など不可能なのだ、それを皆知っていた。


「へへっ、どうしたよ? その可愛い口で良い声聞かせな……???!!」


 下卑たニヤケ顔でカズミを甚振っていた男が、突然白目を剥いて悶絶する。

 カズミを解放し、股間を押さえて地面に倒れ込む男、その背後には、


「うん、この魔鋼のヒールブーツは中々使えるわね。確かに蹴りは良いわね攻撃の幅が広がるわ、よし、これなら実戦でも使えそうね! なかなか蹴り具合も良いわ!」


 倒れ込んだ男の背中に爪先を押し当て、泡を吹いて気絶している男の背中で、足首をくりくりと回しながらそのヒールブールの具合を確かめるメグミがそこに居た。


「てめえぇこのアマ!! 何もんだ! 何しやがった!!」


 周囲の男たちが瞬く間にメグミを取り囲み誰何の声を上げる。既にカズミの事など男たちの眼中にはない、男たちの包囲の輪の外側に押し出される。


「はぁ? 見て分からないの? なに? あんた達バカなの? 

 はっ仕方ないわね、良いわ説明してあげる、有難く思いなさい! 蹴り砕いた、それだけの事よ」


 大きなゴツイ男たちに囲まれているのに、堂々と胸を張り、地面に倒れ伏す男の背中をヒールブーツの鋭いヒールでグリグリと踏みつけながらメグミが答える。時折痛みの所為かくぐもった声が上がっているが気にした風もない。


 男たちは蹴り砕いたの一言に思わず股間を押さえ顔を顰めながら、


「てめえ無事に帰れるとは……」


「メグミお姉さまっ!!」


(え? カズミお姉さま??? いまなんと??)


「お姉さま?? ん? あ、あんた……あの時の子ね、今日は可愛い恰好ね、ソレ巫女服? 服だけは『光と太陽の神』は中々趣味が良いわね、『大地母神』様にも見習ってほしいわ」


(いいえメグミさん、巫女服は神官長様の趣味よ!)


「えっ、そんな可愛いだなんて……そうですか? 有難うございます♪」


(カズミお姉さまが照れてる……なに? 何だか可愛い)


「けど待って、なんで私がお姉さまなのよ? あんたの方が年上でしょ?」


(確かに、メグミさんは私よりも年下ですよカズミお姉さま!)


 助けられて以降ケイコは気になって三人について色々情報収集したのだ。

 その情報の中に三人の年齢も含まれている、カズミより年上なのはノリコだけだ。


「年なんて関係ありませんわ! お姉さまはお姉さまです!!」


「そうなの? え? そうなのかな? まあノリネエみたいに年上でも幼い感じの人も居るしそうなのかしら??」


「こらるぁぁぁあぁ!! お前ら俺達を無視して世間話してんじゃねえっ! ここまでコケにしてタダで済むと思ってんじゃねえだろうな!!」


「ウルサイわねモブキャラが!! 男如きが私の会話を邪魔してんじゃないわよ、この転がってるゴミ拾ってとっとと消えなさい!!」


「おいこいつあれだろ? 『コボルトロード』を倒したとか噂になってる女だろ」


「はっ、そんな眉唾話、誰が信じるよ、こいつも調子に乗ってるルーキーか? 丁度いい、一緒にシメちまうか?」


 男達が凄むが、メグミは既にそちらを見ていない。


「何? お礼がしたいの? 良いわね、じゃあ今度こそ体で払いなさい! 良いわね!」


「お姉さま、そんな……こんな昼間からいけませんわ♪」


「何よケチ臭いわね……あれ? じゃあ夕方とか晩なら良いのかしら?」


「ねえ、お姉さま、取り敢えずそこの出店のお茶屋さんで御茶でも飲みながらお話しませんか?」


(いえカズミお姉さま、今それどころじゃ有りませんわ! 周りを見て下さい、男の方達の青筋が切れそうになってますわ!!)


「そうしたいんだけど、お使いクエストの途中なのよね」


「お使いクエストですか? どちらに行かれるのですか?」


「『大地母神』神殿のアイ様の所よ」


「……お姉さま、ここは『光と太陽の神』の神殿ですわよ?」


 『大地母神』神殿は、ここ『光と太陽の神』神殿の隣だ。


(メグミさんってもしかしてドジっ子?)


「知ってるわよ? ああ、ここをね真っすぐ突っ切ると『大地母神』神殿のアイ様の部屋の近道なのよ、知らなかった?」


 メグミが真っすぐと言って指し示す方向には塀が連なっている。


「お姉さま、そこの奥は『光と太陽の神』神殿の聖域ですわよ……」


 カズミは恐る恐る聞いた、そう何かの間違いであってほしかった。


「へえそうなの、結構綺麗な所よね、良い雰囲気で何だか気分が良いのよねあそこ通ると」


「あの……一般人は立ち入り禁止な筈ですが……」


「気にしたらダメよ、それにそんな事どこにも書いてないもの平気よ!」


「お姉さま?! もしかして塀を飛び越えてませんか?」


「そうよ? あの位余裕!! 任せてよ!!」


 メグミはサムズアップして答える。


(ドジっ子より酷いわ、え? なんなのこの子)


 傍若無人にも程が有る。


「こののののののののアマアアアアアァァ!!! ふざけてんのかクソが!! 何堂々と無視して世間話してんだ!!」


「まだ居たのアンタら? もしかして暇なの? まあ昼間からこんな所で酒飲んでる時点で暇人か、ヤレヤレだわね」


 メグミはとうとう倒れている男の背中の上に乗りヤレヤレと首を振る。


(もしかしてメグミさん、あの男の人本当にゴミか何かと勘違いしてないかしら? って股間から血が……え!? あれ?! 砕いたって、それ破裂してるんじゃない??)


 ケイコにその痛みは想像できない、しかし幾ら何でも本当に潰すのは想像を絶する。

 『加護』を使えば確かに治療は出来るだろう、しかし下手をすれば不能になる可能性だってある。

 ケイコの背中を冷や汗が伝う。


「許さねえ!! たかが見習いの分際で良く吠えたな、少し痛い目に遭ってもらうぜ! 何ここは神殿だ直ぐに治療を頼んでやるさ」


 そう言って男たちが剣を引き抜く。


(ああ、何で! 何でこんなことに! 流石に無理よ! 幾らメグミさんでも無理! 相手は『黒銀』なのよ!!!)


 ケイコが心の中で叫んだ瞬間、周囲を一陣の風が吹き抜ける。

 そして、


カランッ! カランッ!


硬いものが石畳の上に落ちる音がする。


「ぐああぁっぁぁ!! 手が!! 俺の手があぁぁ!!」

「何だ!! 何が起った!!」

「止血だ、止血しろ!このままだとヤバい!!」


 剣を握った手を手首で切断された男達が蹲り、必死で『加護』や『魔法』でその手の傷の止血をする。

 地面に落ちたのは剣を握った男達の手だった。

 切られた手首からは血が噴き出し、辺り一面を血の海に変えていく、彼方此方で悲鳴が上がり、周りでこの騒動を遠巻きに眺めていた野次馬が逃げ出す。


「ふんっ、反応すら出来ないなんて『黒銀』の名が泣くわよ、全く期待外れね」


 いつの間にか抜き放ったショートソードを片手に持ち、血脂を振り払いながらメグミが呟く。

 一振りするだけで刀身から汚れが一掃される、濡れたように光るその刀身、一体どれほどの切れ味なのか……


「殺してやる! 何時か絶対殺してやるぞクソアマがぁ!」

「くそ痛てえ、痛てえぞ畜生が!!」

「手がぁ! 俺の黄金の右腕がぁ!」

「血が! クソッ血が足りねえ! 巫山戯ろよクソ女っ!」

「この借りは必ず倍返しだ!! ブチ殺す! 犯して殺す! お前だけじゃないお前の仲間の……」


 最後の男は全てのセリフを言い切ることが出来なかった……

 男の目の前には、その手の剣を男の首に向けて振りぬくメグミと、その剣と首の間に自らの剣を差し入れ男の首が刎ねられるのを防ぐ受付嬢のナツコとアミの姿が有った。


「退いてナッちゃん、アッちゃん!! そいつ殺せない!!」


 低い、低い声でメグミが告げる、其れまでにあった軽い調子が完全に失われている。

 周囲に居た逃げ遅れていた人々の腰が抜ける、皆地面座り込みガタガタと体を震わす……凄まじい殺気が周囲に漏れだしていた。

 騒いでいた男達も押し黙る、誰でも分かるのだ、今騒いだら、今この少女に標的にされたら、確実に死ぬ!


「メグミちゃん、躊躇いなく人の首を刎ねようとしないで!! こんな公衆の面前で何をしているの貴方は!!」


「ダメよメグミちゃん、これ以上はダメ!」


「ダメ? なんで? そいつはノリネエとサアヤを殺すって言ったのよ! 私の女に手を出す気なのよ!!」


「あの二人はそんな簡単に殺せるほど弱くないわよ! 落ち着きなさいメグミちゃん!」


「そうね、こんなゴミに如何にか出来るほど二人は弱くはない。

 けどね万が一が有るわ、それにね、物語では定番でしょ? 糞見たいな雑魚悪役が変な場面で後ろから刺すのよ、重要なキャラをね……そんなベタな展開は許さない!! 

 まっぴらごめんね、禍根は元から断つのが私の流儀よ!! 退きなさい!」


「いいえ退きません! 貴方は冷静さを見失っているわ!」


「冷静? そんなものは要らないわ! 私なら幾ら殺しに来ても良いわ、この程度の雑魚なら後ろから刺しに来ても返り討ちにして切り捨てて見せる!

 けどノリネエとサアヤには無理よ……無理なのよ! ならこの場でこいつを殺すのが一番後腐れが無いわ!」


「メグミちゃんここは神殿よ! 『光と太陽の神』の神殿なのよ! 直ぐに『蘇生』するでしょ! 無駄な事で手を汚さないで!」


「大丈夫よ上手く切るから……精神体ごと切ってやるわ、『蘇生』したって廃人よ! 害はなくなるわ」


「アッちゃん『影縫い』はどうなってるの、何で動けるのよ!! どうして……」


「ナッちゃんこの娘切ったのよ、『影縫い』を斬り解いたの、今『不動縛』で縛ってるけどこっちも何時まで持つのか……」


「もう!! どうなってるのよメグミちゃんは! 廃人になんてしなくて良いのよ! こいつらが何か悪さするなら『誓約』で縛るから! だから引きなさい! メグミちゃん!!」


「『誓約』??」


「そうじゃ『誓約』とは、相手に絶対順守の誓いを立てさせ、それを破った際に精神を壊し、命を奪う、いわば呪いじゃよ、メグミ」


 そう言って神主の様な格好の初老の男性が歩み寄ってくる。


「「ヨシヒロ様!!」」


 ナツコとアミが喜びの声を上げる、二人でも本気のメグミを抑えるのは可成り際どい。


「ナツコ、アミよく止めました、メグミ! いい加減剣を引きなさい! 一体何事ですか!」


 こちらは30台半ばであろうか? 優し気な目をした女性がメグミを叱りながらヨシヒロの後に続くように歩み寄ってくる。


「アイ様! 良かった、メグミちゃんここまでよ」


「ねえメグミちゃん、貴方なら分かる筈よ、私達4人相手にまだ続ける気なの?」


「全く他所の神殿を、しかも大祭の最中に血で汚すなんて! ごめんなさいねヨシヒロ、うちの子が迷惑を掛けたわ」


 『大地母神』神官長アイが『光と太陽の神』神官長ヨシヒロに頭を下げる。


「クッ!! アイ様、見逃してよ! こいつノリネエとサアヤを殺すって言ったのよ!!」


「……ノリコを殺す? ノリコを殺すですって? ……この者達がそう言ったと?」


 今度はアイから殺気が漏れ出す、周囲の温度が一気に下がる。

 ノリコはアイのお気に入り、いや『大地母神』のお気に入りだ。実の娘の様に高司祭ヤヨイと共にノリコを可愛がっている。

 その溺愛振りは有名で、誰憚ることなく『私の娘』と言ってノリコを可愛がる。

 周囲からの依怙贔屓との批判に対しても、


「何かダメかしら? 贔屓? なら貴方達も贔屓して差し上げましょうか?

 けど、貴方達で耐えられるのかしら? 私の修行は甘くありませんよ、フフフッ」


そう平然と答えるほどだ。

 アイの直接指導『苦行』、恐ろしく厳しい指導に耐え、更に乗り越えたのは高司祭のヤヨイを除けばノリコだけだ。

 他の候補者が白目を剥いて気絶し、鼻血を吹き出し、血涙を流すほどの精神負荷、それを耐え抜いたのはノリコだけだった。


 ノリコの『加護』は強い、しかしそれは単に『神』に気に入られている為だけではない。想像を絶する精神修行で精神力を鍛え上げた成果でもあるのだ。


 そんなアイの後継者とも言われているノリコ、溺愛している娘が殺される姿を想像して、アイは静かに、しかし深く怒る。


「そうよ! だから今のうちに始末するのよ!」


「そう、そうなの、そうなのね……」


 アイの周囲の景色が歪む、圧倒的な殺気が陽炎の様に景色を歪める。男達の顔は青色を通り越し、血の気が引いて既に真っ白だ。

 メグミは形勢が逆転したことを確認して、一歩引いて距離を取り剣を構え直す。


 アミはそんなメグミに驚愕の表情を向ける、確かに『不動縛』で縛ったのだ。

 にも拘らず、メグミは今平然と動き回っている、ありえないと動揺し、その動きが止まる。

 しかし、直ぐにナツコがそんなアミの肩を叩く、アミはナツコに促され、冷静さを取り戻すと、ナツコと共に、男達を庇う様にメグミの前に剣を構えて立ちふさがる。


「落ち着かんか馬鹿者がっ!! アイ!! お主も何をしている!! 殺気を押さえよ! お主まで暴走してどうする!! この馬鹿者が!!

 この者達の処分は任せる! だから今は堪えるのだ!」


 ヨシヒロの裂帛の気合を込めた怒声が周囲に響き渡る!


「あらいやだワタクシったら、ウフフ、ちょっと取り乱してしまいましたわ」


 アイは一瞬で殺気を納め、口元を覆って恥ずかしそうに微笑む。

 余りの豹変ぶりに、メグミはこれがアイの罠で有ったことを悟るが、既に一歩引いている、この距離でこの4人を躱して男達に切り掛かるのは不可能に近い。


「ふうぅ、全く、この女狐が! まあ今回はワシらが直接駆け付けて良かったわ、先ずはこの血の海を祓うかの」


 サッとヨシヒロが手を振ると血の海が跡形もなく消える。


「さてメグミ、お主もいい加減その殺気を納めんか、アイがその者達の始末は付けてくれる、お主が手を下す必要は無い」


「……なんで私の名前を知ってるの? おっさん誰よ?」


 メグミは流石に諦めたのか悔しそうに剣を鞘に納めながらヨシヒロに尋ねる。


「……のうメグミ、お主とは何度か会っておるよな? ノリコと共にアイの用事で訪れた際に何度か挨拶したじゃろう?」


 ヨシヒロは戸惑いながらメグミに尋ねるが、


「確かにこの神殿には何度か来てるわね、けどねおっさんの顔とか如何でも良いのよ! 巫女服よ! 可愛い巫女さんが一杯居るのよ! そっちを目に焼き付けてるのよ! おっさんなんて眼中にないわ! 覚えてるわけないでしょ」


 メグミに悪びれる様子は一切ない。


「なっ…………」


 絶句するヨシヒロの肩をアイが叩いて慰め。


「ヨシヒロ、諦めなさい、メグミに男の顔を覚えろと言う方が無理な話なのよ」


 深いため息をついたヨシヒロは、


「聞きしに勝るとは……まあ良いわ、で? 経緯を説明してくれるかのメグミ」


呆れながらもメグミに事情説明を求める。するとメグミは、


「私は何も悪くないわ! 一切合切の罪と罰はそこのゴミに負わすことね!」


ハッキリと視線をそらさず、一切悪びれる事無く言い放つ。

  その言葉にはどこまでも本気の意思が感じられる、心の底から自分は悪くないと思っているようだ。


「ふぅぅぅ……メグミ、今は罪を問うているのでは無い。経緯を聞いて居るのだ」


 頭痛がするのか額を押さえながら、それでも挫けることなくヨシヒロが尋ねる。


「ふんっ、なら良いわ説明してあげる! 大したことじゃないのよ? そこに転がってるクズ野郎が絡んで来たから、ちょっと蹴り飛ばして金〇を潰してやったのよ」


 話してやるから有難く聞けと言わんばかりの態度でメグミは話す。相手が神官長だろうと関係ないのだ、基本男性相手には全く敬意を抱かないのがメグミだ。


「メグミ、女の子が〇玉なんて言うものじゃないわ、はしたない……潰したの?」


 そんなメグミをアイが嗜める。先程自分を罠に嵌め、更にその事を忘れたようにメグミを嗜めるアイに、笑顔を向けて、


「そうよアイ様! サクっと蹴り砕いてやったわ! 女性に手を挙げたらどうなるか思い知れば良いのよ!

 問答無用で切り殺さなかった自分を褒めてあげたいところね! 我ながら大した忍耐力だわ! 我慢したのよ私、偉いでしょ! 褒めてくれても良いわよ」


 基本女性にはトコトン甘いのがメグミだ。


「ふむっ、色々突っ込みどころ満載じゃが、それから? 続きが有ろう?」


 ヨシヒロは自分とアイに対する態度があからさまに違うメグミに、それでも忍の一文字で耐え忍び続きを促す。


「こんな優しい私に、そこら辺に転がってるゴミ野郎が剣を抜いてきたのよ、だから殺したって正当防衛よね! そうでしょ? 

 けどね私は女神の様な寛容の精神を発揮して、手首を切り落とすだけで勘弁してあげたのよ、ねえアイ様褒めて!」


 中々褒めてくれないアイに直接要求を繰り出すメグミ、アイは少し呆れながらもメグミの頭を撫でる。

 アイはメグミにも甘いのだ、手間の掛かる子ほどかわいいアレで有る。


「今度は更に我慢しなさいねメグミ、貴方なら骨を叩き折るだけで無力化も出来たでしょ? 神殿を血で汚すものでは無いわ、良いですね?」


「アイ、お主は甘すぎじゃ! まあ、しかし、それは確かに正当防衛と言えなくもないのぅ」


 そんなヨシヒロの言葉に、ご満悦で頭を撫でて貰っていたメグミは、


「誰がどう見ても正当防衛よ、こんなか弱い乙女一人に向かって、野郎が五人がかりで刃物を向けたのよ? 殺されなかっただけ感謝すべきよ」


そう言って食って掛かる。


「か弱い? ……まあ、お主でなければ今頃どうなっていたかと言ったところか、で? その寛容な女神さまの様なお主が何故その男を殺そうとしておる」


「さっきも言ったでしょ、この糞野郎はノリネエとサアヤを殺すって言ったのよ!! こっちの堪忍袋の緒が切れるってものよね、慈悲は無いわ!」


 売り言葉に買い言葉、その程度で殺人が許される道理はない。ヨシヒロは開いた口が塞がらない様子だが、アイは益々メグミを優しく撫でる。どうやら此方はメグミに同意して褒めているらしい。


 そんな二人にヨシヒロの堪忍袋の緒が切れそうだ、叱ろうと息を吸ったその時、


「神官長様、メグミお姉さまの言っていることは事実です、ワタクシ達が証言いたしますわ、そもそもメグミお姉さまはワタクシをそこの暴漢からお救い下さったのです」


 ヨシヒロやアイの登場に、今まで黙って控えていたカズミが、メグミの弁護に声を上げる。このままではメグミが不利になると思ったのだ。


「カズミ……そうか……そこの連中はお主に……」


 ノリコやメグミがアイのお気に入りなら、カズミはヨシヒロのお気に入りだ。

 ヨシヒロの目が自然と鋭くなる。


「ヨシヒロ、貴方、人に言っておいて自分は暴走する気?」


 そんなヨシヒロをアイが嗜める。


「……ゴホンッ、ん、まあウチの子を助けてくれたことには感謝するぞ、メグミ。

 ナツコ、アミ、お主らは如何じゃ? メグミの説明に間違いはあるか?」


 慌てて咳払いをして誤魔化したヨシヒロは、ナツコとアミにも経緯を尋ねる。


「まあ大筋はあってますよ、ヨシヒロ様、ね、アッちゃん」


「そうね、少し過剰防衛な気もするけど大体はあってますわ、ヨシヒロ様。

 そうよねナッちゃん」


「ほぅ、なんじゃお主ら、まるで最初から見ておったような口ぶりじゃな?

 ……そもそも何でお主らはここにおるんじゃ? まだ勤務時間の筈じゃろう?」


 サッと目を逸らしたナツコとアミは、


「……いやだなあヨシヒロ様、休憩時間ですよ、御昼休憩です! ご飯食べていただけすよ、ねっ、アッちゃん!」


「そうですわ、別に面白そうだからって見物してたわけじゃないんですよ、手を出し過ぎても駄目でしょう? ですから後輩の対応を見守っていたんです!

 その甲斐もあってちゃんとメグミちゃんを止めましたよ、そうよね、ナッちゃん!」


慌てて誤魔化す。しかし、


「ふむ? 昼休憩か、まあ祭りの屋台でお昼ご飯も偶には良かろう……しかし、お主らの口から酒の匂いがするのう……まあ結果的には人一人、命を救っておる。今回だけは不問にしておこうかの」


ヨシヒロにはバレバレだ。


「ではヨシヒロ、この者達はこちらで引き取るわ、今連絡をして応援を呼びました。直ぐに回収部隊が到着する筈よ」


「余り無茶はするなよアイ、お主は偶にやり過ぎる」


 そのヨシヒロの言葉が終わらないうちに、


「アイ様、この者達の行為は許されません、しかし『黒銀』に既に6年です、そして今回の審査でも『黄金』には……お酒のも入って少し羽目を外し過ぎたんです、寛大な処分をお願いします」


「アイ様、この者達も最初はこうでは有りませんでした。今回の件は良い薬になったと思います。組合の方でも更生プログラムを用意いたします。ですからお願いいたします」


ナツコとアミはアイに向かって頭を下げる。勤務態度に多少の問題はあれど、二人とも冒険者組合の受付嬢、冒険者のアドバイザー、身寄りのない召喚された冒険者達の保護者なのだ。


「分かっています、今回は拷問はしないので安心なさい。しかし、治療が済んだら、念のため『誓約』だけは掛けます。

 これは馬鹿な行為をした罰よ、普通に生活する分には全く問題ない筈、良いですね」


 アイとて事情は察した、中級の壁は想像以上に厚い、『黒銀』で10年以上燻っている者達も多い。自らの限界を感じ、冒険者を引退する者もいる位だ。

 だがその鬱屈したストレスを最近目立っていた、噂のルーキーに絡んで晴らす、そんな行為は許される筈がない。


「「はっ! 有難うございます!」」


 しかし罰は思った以上に軽い、『誓約』を除けばナツコとアミに後を託した格好だ。二人は感謝し、頭を下げる。


 すると再び集まり始めた野次馬の人垣の輪の外側から声がする。


「お姉さま、ポールハンマーは仕舞って下さい! ここは神殿ですよ」


「うぅ、大丈夫よサアヤちゃん、これはハンマー、武器ではなく道具よ、刃物じゃないわ」


「それは詭弁です! 神官の詭弁、真に受けて本気にしたらダメですお姉さま! 一般人には通用しない言い訳です……メグミちゃんならきっと大丈夫です! 暴漢如き返り討ちにしてますわ」


「けどメグミちゃんだって万が一が有るかもしれないでしょ! ……ダメよ、絶対にダメ!」


 ちょっと間が有ったがその時、何か想像したのかさらに取り乱す。


「お姉さま落ち着いて! 振り回さないでください!」


「メグミちゃんに万が一が有ったら、私、私! 止めないでよサアヤちゃん!」


「その時は私も許しませんわ、だから落ち着いて、ああ、スイマセン、ちょっと通してください!」


「お願い道を開けて、あのごめんなさい、急いでいるんです道を開けて!」


 野次馬の人垣がサッと冗談のように割れる、まあ一般人からしてみれば背後から武器を振り回す、取り乱した女性が迫ってくるのだ、逃げ出さない馬鹿はない。

 その割れた人垣、そこからポールハンマーを握りしめたノリコと、そのノリコを宥めるサアヤが現れる。

 ノリコはメグミを見つけると一目散にメグミに向かって駆け出し、そのままメグミに飛び掛かると胸にギュッと抱きしめる。


「ああ、もう馬鹿! 心配させないでメグミちゃん!」


「だから言ったじゃないですか、メグミちゃんなら大丈夫ですって、けど本当に良かった、メグミちゃんケガとかしてませんか?」


 途中地面に倒れている男の背中を、ノリコは完全に無意識に、サアヤは若干ワザと踏みつけているが、三人とも全く気にした様子がない。


(自業自得とはいえ……今日一番不幸なのは彼なんじゃないかしら?)


 ケイコはその男性に若干同情する。大事な所を潰され、散々足蹴にされて、そして未だに気絶しているのだ。

 一体どれほどの激痛なのだろう、既に背中にはメグミ、ノリコ、サアヤと三人分の足跡が付いているが目覚める気配すらない。


 ノリコに抱きしめられ、その胸に気持ちよさそうに顔を埋めながら、


「どうしたのよ二人とも? お使いは終わったの?」


「どうしたもこうしたも無いわ、メグミちゃんはこんな所で何をしてるのよ!!

 私はお使いで『炎と戦いの女神』神殿に行ったら神官長様はこちらの神殿に出掛けたって聞いて」


「私も『月』の神殿で神官長様は二人とも此方の神殿に出かけていると聞いたので此方に来たら、ちょうど参道の入り口でノリコお姉さまとバッタリ出会って」


「そう、それで二人で参道を登ってたら、周囲の人達が口々にメグミちゃんらしき女の子が冒険者の男に囲まれているって、喧嘩してるって言ってたのよ」


 ノリコとサアヤが交互に経緯を説明してくれるが、息ピッタリだ。

 まるで事前に打ち合わせをしたかのように流れる様に交互に説明を繋いでメグミに語る。


「なんで私だって分かったの??」


 メグミはこの騒動で自ら名乗った覚えはない、それに有名人と言ったわけじゃあ無い。野次馬がメグミの素性を知っているとも思えないのに……


「小柄な女の子がいきなり暴漢の股間を蹴り潰したって言ってましたからね……」


「メグミちゃん、今日は出来たばかりのヒールブーツの具合を見るって喜んで履いてたじゃない?」


「聞いたらその暴漢『黒銀』の男性冒険者だという事ですし……

 私の知っている限り、そんな人たちに喧嘩を売って、股間を蹴り飛ばす女の子はメグミちゃん以外居ませんわ」


「喧嘩を売ったわけじゃないわ、買っただけよ!」


(カズミお姉さまに売られていた喧嘩を強奪した様な……いえ、助けてもらったのだから感謝しなくてダメね)


「買わないで! 喧嘩なんて女の子のするものじゃないわ! 怪我したらどうするのよ! しかも荒くれ者なんか相手にもしもの事が有ったら……お嫁に行けなくなるわよ! お願いだから心配させないで!」


「大丈夫よ、元々お嫁になんて絶対に行かないから」


「メグミちゃん、分かってて言ってますね? お姉さまはそう言った意味で言ってるんじゃない事分かってるくせにそんな事言って!!

 それにメグミちゃん、油断してはダメですわ、元々腕力は余りないんですから、組みつかれたらメグミちゃんでも危ないですわよ、囲まれて腕力勝負に持ち込まれたら勝てませんよ男の人には!」


「むぅ、サアヤが意地悪言う! まあ良いわ、結局今回は何とも無かったんだし、次からは騒ぎになる前に、囲まれる前に仕留めるわよ。

 下手に手心を加えたのが今回の反省点ね、次からは問答無用で全員砕いて悶絶させれば何も問題ないわ」


「砕く? 悶絶?」


「お姉さま、多分そこに倒れてる方がそうですわ、アレがメグミちゃんが蹴り潰した相手でしょ」


「……あれ? ……もしかして私踏んじゃった?」


「いい気味です、気にしたらダメですわお姉さま。女性に手を上げるような男性に同情の余地は有りませんわ」


「けど、あっ! 血が出てるわ、メグミちゃんやり過ぎよ!! 少しは手加減なさい」


 ノリコは慌てて駆け寄って治療を始める。


「いやノリネエ、ノリネエだってそのハンマーで砕く気満々だったでしょ? なんで私だけ怒るのよ!」


「それはそれ! これはこれ! あっと、え? これどうしたらいいの? 患部……」


 一応『治癒』を掛けてはいるが、その傷、患部を確認しようとしてノリコが戸惑う、何せあそこだ。


「ノリコ、応急で『治癒』を掛けたのならそれだけで良いわ、後はこちらで処置します」


 そんなノリコにアイが声を掛ける。


「あっ! アイ様、いらっしゃったのですね……ああ、私ったらなんて事をっ! 申し訳ありません! 挨拶が遅れて大変失礼しました。

 もうっ、メグミちゃん、アイ様が居るなら居るって言って!」


「横に居たのよ? 普通気が付くでしょ?」


「ノリコは目標を定めると他が全く目に入りませんからね……長所でもあるけど短所でもあるわね。まあ気にしないで良いわノリコ」


「お恥ずかしい限りです。申し訳ありません」


「気にしないで良いって言ってるんだから気にする必要は無いわよ。

 それよりノリネエもサアヤもお使い途中でしょ? 良いのこんな所で時間喰ってて? 時間オーバーで失敗扱いになるわよ? 

 って私もお使いの途中だったわ!! けど丁度良かった、はいアイ様、これ預かって来たの! 受け取りにサインしてね!

 ほらノリネエもサアヤもサクサク済ませて帰りましょ。他の神官長もここに居るんでしょ?」


「あら? 何かしら? メグミ誰からなの?」


「さあ? お届けモノのお使いクエストで預かっただけだからサッパリよ。本人に直接渡す様にって事しか言われてないわ」


「ワシにはないのか? 他の神官長にも届けるのじゃろう?」


 ヨシヒロが尋ねるが、


「おっさん宛の荷物なんて私が届けるわけないでしょ? 他の冒険者が請け負ったんじゃない?」


メグミはそっけない、相手は神官長、流石にそれは分かっているのだろうが、男で有る限り相手が誰であろうがメグミには如何でも良いのだ。


「ならメグミは何でここに居るの? ここは『光と太陽の神』よ? 

 『大地母神』神殿で私がここに居るって聞いてきたの?」


「いいえ違うわ、冒険者組合事務所からだとここを真っすぐ突っ切った方が『大地母神』神殿には近道なのよ」


「えっ? ここを真っすぐ?」


 アイが絶句する。そしてヨシヒロは慌てて、


「ちょっと待てメグミ、確かに冒険者組合事務所と『大地母神』神殿を地図上で直線で結べばそうなる、じゃがこの先は聖地じゃぞ? 一般人は立ち入り禁止じゃ」


メグミにそう告げる。


「そうらしいわね、カズミから聞いたわ、けど前にその聖地? だっけ? そこで会ったおっさんが、『お邪魔します! 一寸通らせてね』って私が言ったら、『ああ、構わんよ』って言ったわよ?」


「はぁぁ?! 誰じゃそんな事を言う奴は!」


「この神殿の関係者でしょ? 違うの? あそこって桃が成ってる樹が有るでしょ? 昨日もそこを通った時に美味しそうだなって見てたら、そのおっさんが『食べるかね?』って言ってきたのよ? どう考えても関係者でしょ?」


「なっ!! 食べたのか?!」


 ヨシヒロが驚く。聖地にある樹、しかも桃の様な実がなっている樹、聖樹に間違いなかった。その実は『神の実』、選ばれた者のみに与えられる神の果実。

 いや違う、選ばれた者以外には猛毒の実、間違って食べたら死は免れない。


「まだ食べてないわ、『一個じゃ足りないから四個頂戴!』って言ったら『ははっ、なら明日もう一度来なさい、あそこら辺の実が丁度明日食べごろだろう、持っていって構わんよ』って、そうだ桃貰って帰らないと! 忘れるところだったわ」


「いや待たんか! 一体誰じゃ、誰がそんな事を?」


「誰って言われてもおっさんとしか……あっ!! あそこにいるわ、ほらあそこでお酒飲んでるおっさん、顔はよく覚えてないけど、あの色の気は多分そうよ。

 綺麗な金色の気、あの色は珍しいから他に居るとは思えないわ、ここに居るって事はやっぱり関係者なんでしょ?」


 メグミが指さすと、その美丈夫も自分が注目されたことに気が付いたのか、メグミ達に軽く手を振る。


「…………ほぅ、あの方が許可したのか……そうか、まあ、関係者じゃのう、なら仕方あるまいな」


 ヨシヒロが何か悟ったように呟く。


「けどメグミ、貴方どうやってその桃を取る気なの? あの樹は結構高いわよ?」


 アイもその樹の事を知っているのかメグミに指摘する、メグミの背は低い、その背が届くとは思えないのだろう。


「あの程度、下から斬撃飛ばせば平気よ」


「ぐっほぉげほっ……なっ何を……メグミ、やっぱりお主、今日は大人しく帰れ! 後で桃は届けさせる!!」


 ヨシヒロがその言葉に盛大にむせる、聖樹の枝を切ってその実を持っていく、流石にそれはヨシヒロには看過できない。

 例え誰が許可しようともだ。

 それに許可した者もそこまで無茶苦茶をしてくると想定してるとは思えない。


「まあ別に食べれるなら何でもいいわ、よろしくね、ってノリネエどうしたの? 折角お土産も出来たのよ? 早くお使い済ませて帰りましょ、『ママ』もきっと喜ぶわ、ねえ? 何を怒ってるの?」


 メグミに許可を与えた美丈夫を睨みつけて、ノリコが、


「ねえメグミちゃんあの人、最初からこの場に居たの?」


そう、メグミに尋ねる。怒りが声から滲み出る。


「そうねえ……多分最初から居たんじゃないかな? あの辺にすっごい美人が居たのよ! その脇にアレも居たような気がするわ」


「そう、女の子が暴漢に囲まれているのを黙って見てたのね? 何で! 何でなのよ! 許せないわ!! 許さない!!」


 未だに手に握っているポールハンマーを折れんばかりに握りしめる。


「まあ、みんな面倒ごとに巻き込まれたくないんでしょ? 闘い慣れて無さそうな、人の良さそうなおっさんに無理言っちゃダメよノリネエ」


 自分から面倒ごとに首を突っ込むメグミだが、それを他人にまで求めたりはしない。それにメグミの美丈夫に対する評価は高い、桃をくれるのだ感謝をしている。


「いいえ違うわ、違うのよメグミちゃん! あの人なら簡単に助けることも出来た筈よ、それを面白がって酒の肴にするなんて!! 例え誰であろうと私は許さない!」


「何? あのおっさん実は強いの? 今度斬りかかってみようかしら? 試合って言えば平気でしょ?」


「メグミちゃんそれは止めましょうね、相手が誰であれ、いきなり斬りかかってはダメです!」


 サアヤ慌ててが止める。メグミなら実際にやりかねない、いや止めないと確実に実行に移す。

 サアヤもあの人物に心当たりがあるようだ、と言うよりこの場で察してないのはメグミ位だ。

 そしてノリコはその美丈夫の事を知って尚、怒りが収まらないらしい。


「まあ、今回だけは見逃してあげます、メグミちゃんも無事でしたからね。

 けど、もしメグミちゃんがケガをしても、そのまま見ているだけなら貴方達もそこの暴漢と同罪よ、絶対に赦さないわ!」


 ノリコはその美丈夫に向かって大きな声でハッキリと宣言する。周囲の人間は自分に向かって言われたのかと、オロオロと戸惑う。

 いきなり綺麗な娘に怒鳴られるのだ、それは狼狽えて当然だろう。

 周囲の野次馬にはメグミ達が絡まれていても助けることが出来なかった後ろめたさも有る。


「ノリコ、そこまでにしなさい! メグミ、ノリコを連れて行って。

 ノリコ、聞きなさい、普通の人は貴方達程強くないよ、心も体もね……この場で貴方があの方達を非難すれば、それは周囲の人達には貴方の、そう、持てる者の傲慢と捉えられるわ、理解しなさい」


 アイがそんなノリコを嗜めるが、ノリコは相手を睨んだまま全く引く様子がない。


「…………はぁ、分かりました、貴方は本当に頑固ね! ノリコ、私も後で事情を聞いてみるから、兎に角今は下がりなさい、メグミお願いしたでしょ?」


 アイがそんなノリコに重ねてこの場を去る様に伝える。


「?? まあ良いわ、ねえアイ様、他の神官長は何処に居るの?」


「本神殿で祭りを見物している筈よ、そっちに行ってみて」


「了解! じゃあ行こうほらサアヤも行くわよ」


「貴方達? ねえお姉さま、貴方達って?」


「サアヤ、余計な事は言わないの、ほら行きなさい」


 アイに更に促されてメグミ達はその場を後にする。



 一方美丈夫の所では、


「怒られちゃったよ、全く君の所の子は本当に真っすぐだね……隠れたけどバレバレだったね? だから僕は……」


「んふっ、良いのよ、あの子にバレるのは想定内です、それよりもね……」


「ふむ、まああの元気な子にバレると色々面倒そうだからね君の場合」


「あの子は絶対に何かして来るわね、あの子もそう、相手が誰だろうと関係ありませんからね」


「優しいねえ君は、罰を下すのが嫌なんだろう?」


「貴方に人の事が言えて? それに神の実を与えるなんて……」


「フフッ、毒かもしれないよ?」


「まあっ、まさか、あの子達に限ってあり得ないわ」


「君の所の子は本当に……うちにも欲しいなあんな子が」


「はぁ、先ず貴方は自分の子を何とかしなさい」


「知ってるくせに、それを今言うのはズルいな」


「あの子達が元居た世界には、『地獄への道は善意で敷き詰められている』って諺があるそうよ」


「僕たちが地獄ねえ、面白い冗談だ。

 まあそれは兎も角、僕達は善意には逆らえない、例えそれが間違って居ようと、善意で有る以上、それに罰は下せない」


「良かれと思って行動したことに罰を下す。そんな事をすれば善行を成そうとする人が居なくなっていまうものね。善意で行った結果の失敗であれば許すしかないのよ」


「せめて話を聞いてほしいけど、彼らは自分の聞きたいことしか聞かない、此方が話しかけても聞かない、いや聞こえないんだ……手詰まりなんだよ……飲まないとやってられないだろ?」


「だから愚痴を聞いてあげてるでしょ? ほらオツマミのお代わり御願いね、次はそうね……たこ焼きが良いわ!」


「……ねえ、もしかしてここ、僕の奢りなのかな?」


「あら違ったの? ウチは孤児院が有りますからね、寄進は大体そっちに回るから、手持ちが少ないのよ。

 良いでしょ? こんな美人に奢れるのよ何か不満でもあるのかしら? あっ、あとお酒の御代わりもお願いね、冷酒も良いモノね」


「ふぅ、まあ良いけどね、はぁ今度ヨシヒロにお小遣いの値上げを要求しようかな……」


「値下げされない様に気を付けなさいね、ほらこっち見てるわよ」


「苦労を掛けているけど、あの子は気が利く子だからね、今はこっちには来ない、そっとして置いてくれるさ」


「あら? そう言えば貴方の所にもいい子が一人いるじゃない」


「うん、良い子だよ、とても良い、将来楽しみな子だ。

 君の所の子と違って危なげが無い。けど……育つのにもう少し時間が掛るね」


「うちの子はね、ちょっと変わった子が多すぎる気がするわ」


「一つ相談なんだけどね、あの子、僕の声も聞こえるんだよね……確か他の奴等もそう言ってたな……」


「なにっ?! どうゆう意味よ! あげないわよ? あの子は私のお気に入りなんですからね!」


「他も中々次世代の育成で苦労してるんだよね、候補者は居るんだけどまだまだ……ねえ皆でシェアしても良いんじゃないかな? 君だけ独り占めはズルいよ?」


「ダメ、絶対にダメよ!!」


「僕達相手にあの啖呵、いいよねえ、アレだけ真っすぐな子はそうは居ない、あの子は潜在的な適性として全て備えてるんだよ」


「だからダメです!! 許さないわよ!」


「ほら、もう一杯奢るから、ね?」


「お酒なんかで子を売る親が居ると思って? ダメです! ……けどお酒はもう一杯頂くわ」



「ヨシヒロ様、アイ様、あの方たちはあのまま放置していて良いんでしょうか?」


「ん? ああ、カズミ、お忍びで楽しまれているんだ、そっとして置いてあげなさい」


 そう言って美丈夫達の方を見る。美丈夫達は、周囲の人々に全く気にも留められずに、自然とその場にいる。

 周囲の人々は、まるでそこに人が居ない様に振舞っているのに、決してその美丈夫達に触れることが無い。

 自然と、そこだけ空間が開いているのだが、周囲の誰も気が付いていない。

 美丈夫が手を挙げてウエイトレスの女の子に注文をし、ウエイトレスも注文の品物を運んでくるのだが、その美丈夫と絶世の美女を相手に何も気にすることなく品物運び、運び終えると、その行為自体が無かったことの様に、美丈夫達が居ないかのように自然と振舞うのだ。


「周囲の方達にはやはり見えて居ないのでしょうか?」


「そうじゃな、あの方達を見る事、それは一般人には難しかろうな」


「ケイコ、キミコ、貴方達は如何なの? 何も見えないの?」


「お姉さま、先ほどから何を? それにメグミさんやノリコさんも何を言ってるんですか? 私には何も……何方か居られるんですか?」


「カズミさん、私にも何が何だかサッパリです……もしかして?? そうなの!? あそこに今居るのですか?」


「見えない、けど見える人には見える……あっ!」


「二人とも声が大きいです、御願い、騒がないで……しかし、お姉さまたちは三人とも見えていらしたみたいですが……」


「カズミ、あの子達が少し変わっているだけ、貴方達はまだ『青銅』になったばかりでしょ? 見えないのが普通なのよ」


「カズミ、『青銅』で既に見えるお主も可成り特殊なのじゃ、そんな自分と他の者を比べるのは、他の者にはちと酷じゃのう。

 気を付けなさい、お主にその気はなくとも他者を傷つける事はある。

 むふ、まあお主の様に自然と見る事が出来る、その事自体は悪い事ではない。その調子で励みなさい、まあお主には言うまでもないか」


「カズミは頑張り過ぎ位でしょ? 寧ろ休めと言うべきでしょうね」


「そうじゃな、カズミ、お主達も、もう行って良いぞ、少し休憩すると良い、今回は災難じゃったな、この不心得者たちはワシらが見張って居る、巡回も増強したのでな、この様な者はもう居らん、安心して祭りを楽しむが良い」


 『黒銀』の冒険者達は、ナツコとアミがテキパキと指示して、自分の切り落とされた手と剣を回収した後、一列に正座させられている。

 蹴り潰された者はまだ意識は戻っていないが、今は穏やかな顔で椅子の上で眠っている。ノリコの治療で痛みは引いたらしい。


「いえ、ヨシヒロ様、元はと言えば私達が原因です、せめて回収部隊の方が来るまでは私達にもお手伝いさせてください」


「ヨシヒロ、貴方の所の子は良い子ね、あの子達みたいにハラハラしない、安心して見ていられる、羨ましいわ」


「ふふん、良いじゃろ! やらんからな! 近年稀にみる逸材じゃ!」


「まぁ……うちにだって他にも色々良い子は居るわ、何せ信者数はウチが一番ですからね!」


「数では有るまい? ん? なんじゃ? ……ほう回収部隊が到着したか、なるほどこ奴らを呼んだのか、まあ適任じゃろうな、確かにこればっかりはウチの所では敵わんのう」


 ヨシヒロの視線の方向から野次馬をスルスルとかき分けて、『大地母神』の神官服を着た12名の女性神官が現れる。彼女達はアイの前に整列すると、


「アイ様、お呼びにより参上しました。ヨシヒロ様、この度は後輩たちがご迷惑をお掛けしました」


 リーダーらしき女性が一歩前に進み出て挨拶をすると、背後の神官達も頭を下げて挨拶をする。


「何構わんよ、お主らの後輩は……まあ一応は被害者じゃ、それよりそいつらじゃ、回収を頼む、ケガをしておる、手荒なことはしないようにな」


「怪我人ですか、問答無用で縛って引いて行くわけにも行きませんね……

 いっそ『スライドボード』に乗せて運びましょうか? 如何ですか? アイ様」


「そうね、それが手っ取り早いわね、事情を知らなければ怪我人の搬送にも見えるだろうし、それに本人達もその方が気が楽かも知れませんね、まだ目の覚めない者もいる事だしその方が良いわね」


「まあ、暴力事件の加害者なのですから、多少晒し者になって反省して頂いても良いのですが……もう既に相応の報いは受けているようですからね……」


 手を切り落とされ、股間から血を流した痕が有る者まで居るのだ、何も知らされずに彼らを見れば、被害者に見えるほど彼らは憔悴していた。

 止血はしていても、未だに手首から先がない右手、相当の出血もしている。貧血気味で座っているのも辛そうだ。


「拘束はしないのですか?」


 カズミが尋ねる。弱っては居ても彼らは『黒銀』冒険者なのだ、逃げようと思えばこの状態からでも逃げるだけの実力はある筈だ。


「それは平気よ、この者達はサキュバス、既に皆、魅了済みで、逃げたくても逃げれないでしょうね」


 それにアイが答える。


「えっ! サキュバス? なのですか?? サキュバスは魔族では? え? でも彼女達は神官でしょう? 『大地母神』の神官ですよね?」


 ケイコは戸惑いながら尋ねる。


「ケイコと言いましたか? 貴方も『大地母神』の神官でしょうに、勉強不足ですね……『大地母神』の神官にはサキュバスをはじめとして魔族の方が非常に多いのですよ。

 そうですか、若い神官は知らない者も居るのですね……今後はもう少し教育課程にこの辺の説明も加えないとダメかしら?

 まあこれもいい機会ね、折角だから説明しておきます、カズミ、あと……キミコでしたか? 貴方達もお聞きなさい。

 我が主神『大地母神』様は非常に懐が深いのです、ですから来るものは拒みません、それが例え魔族であっても、それこそ魔物であっても!」


 それを聞いて三人は驚く、


(魔族が神官!? え? 何それ? 魔物?? いや魔物って人類の敵でしょ? それと戦う為に私達は召喚されたんでしょ? 懐が深いってソレ深すぎでは?)


 アイの説明を聞いてケイコは益々混乱する。


(私の信仰してる『大地母神』様って大丈夫なの? え? 邪神とかじゃないよね??)


「しかしアイ様、サキュバスは……その所謂、男性の精を吸うのでしょ? 淫らな行為をすると聞いてますけど!?」


 キミコが尋ねる。


「そうですね、それは真実です。私達もそう言った事をしていますよ? それに何か問題でも?」


 それに対して回収部隊の女性神官のリーダーが平然と答える。後ろの神官達も頷いていた。


「え? こんな綺麗な人達が?!」


「いえケイコ、問題はそこじゃないわ、そんな行為をしていてはこの街の風紀が乱れます!」


 カズミの指摘に、


「カズミ、この街の治安は他と比べて非常に良いのよ。……まあ今回の様な暴力事件は偶に起こる、それは事実。

 この街には冒険者が多いのよ。世界中で一番冒険者の集まる街、それがヘルイチ地上街。

 冒険者は血気盛んな若者が多いですからね、それに冒険者と言えば腕に覚えのある者ばかり。

 そんな冒険者がこれほど集まっているのに、暴力事件は滅多に起こらない……不思議でしょ? 

 

 まして重大な性犯罪はほぼ皆無なのよ……普通あり得ない事だわ、日本の人口比の犯罪発生件数の数十分の一、これほど治安の良い、風紀の乱れていない街は世界中探しても他にはないわ。


 冒険者の人数に対して、その引き起こす暴力事件、犯罪事件の発生件数は他の国に比べて圧倒的に少ないのよ」


 アイが説明する、確かに治安が良く風紀は乱れていない、それはこの街で半年以上暮らしているカズミにだって分かる。


「しかし、アイ様、今問題にしているのは……」


「彼女達の御陰なのよ、彼女達がこの街の治安を維持してくれているの」


「?えっ?」


 カズミはキョトンとした顔をして言葉を失う、何を言っているのか意味が分からないのだろう。


「有り余る精を、性欲を彼女達が吸収することによって犯罪を未然に防いでいるのよ、効果は実証済み、今説明したでしょ? この街の犯罪発生率は非常に、いえ違うわね、異常に低いのよ。その事に対する彼女達、サキュバスの貢献は非常に高いわね」


 血気盛んなやりたい盛りの若者達、しかも、冒険者として鍛えている。一般人の女性が彼等の性犯罪の標的にされた場合、抵抗は不可能だ。

 恩恵で強化された身体能力は、それ程一般人からかけ離れる。

 ただしこの街では悶々と欲望を溜め込んで性犯罪に走る男性冒険者は居ない。

 悶々と溜め込まれた性欲はサキュバスにとってご馳走だ、例え娼館を利用しなくても嗅ぎつけたサキュバスにコッソリ精気を吸われてしまう。

 この街では性欲を、その有り余る若さ故の衝動を溜め込むこと自体が困難。

 それ故、この街では犯罪発生率が異常に低いのだ。


「しかし! しかしですね、アイ様、彼女達はその……そう言う行為をしているのでしょ? 犯罪を助長しかねないのでは? 風紀が乱れます!!」


 真面目なカズミにはその説明では納得が出来ない。


「それは偏見ね、まあ知らないのなら無理はないのでしょうけど、娼館周辺の治安や風紀は寧ろ他より良いわね」


「まあのう、なにせ賢者しかおらんでな……」


 スッキリして賢者モード、女性神官ばかり周りにいる状況でそんな冗談を飛ばしても、笑う者は一人もいない、一斉に冷たい視線にさらされてヨシヒロは押し黙る。


「ヨシヒロそれはセクハラよ! まあ、あの好色ジジイは無視しましょう、ねえカズミ、この街でサキュバスを見かけたことは有って?」


「いえ、今回が初めてです、それに……本当にサキュバスなのですか? 見た目では綺麗な女性にしか見えませんが?」


「そうね、普通は気が付かない、何故だか分かる? 彼女達が娼館以外では服装を整え、そうは見えない格好で出歩いているからよ。

 サキュバスと名乗る者には今日初めて貴方はあったのかもしれないけど、サキュバス自体には普段からよく出くわしているかも知れないわよ」


 そのアイの言葉に、リーダーが続けて、


「まあ、それとわかる格好で出歩いている人達も極一部には居ますけどね、普通のサキュバスはそこら辺、弁えていますから。

 普段出会っても分からないでしょうね」


そう言ったリーダー含め見た目は綺麗な女性、普通の人族に比べて皆一様に綺麗すぎるが、それでもただの女性神官にしか見えない。

 カズミも、この場の回収部隊の女性神官に普段出会ったとして、サキュバスだと気づける自信はこれっポッチも無い。


「アイ様、サキュバスの治安に対する貢献は良く分かりました。しかし、仮にも先輩方は『大地母神』の神官なのでしょう? そんな行為は……」


 『神がお許しに成りません』とケイコが続けようとしたところを、アイが遮がさえぎり、告げる。


「ケイコ、貴方の様な若い娘は知らないかもしれませんね、まあ、余り一般の女の子に推奨される行為で無いのは確かね、けどね、我らが神はその行為すら許容しているのよ。

 それどころか功徳として認めてさえいるわ」


 ケイコは絶句する。


「なっ、アイ様御冗談を……そう言った商売の方にも信仰は必要、寧ろそう言った商売をされている方達だからこそ信仰が必要なのかもしれません。ですが流石にそれが功徳だなんていくらなんでも……」


 カズミが言葉を引き継ぎ、あり得ないと訴える。


「事実よ、恵まれない男性に『性の悦び』の慈悲を分け与える行為としてお認めになられているわ」


「無論、私達も、娼館で働いている人達も、無理やりその行為をさせられているわけでは無いわ、私達の場合はサキュバスですからね? 当然の行為、食事と一緒よ。

 それに私達以外の種族の人達も、自ら選んで好きでやっている行為よ。

 貴方達は少し勘違いをしているわ、皆不幸にも自由を奪われて、又お金の為に意に沿わぬまま、その行為をしていると思ってるでしょ?」


「違うのですか? だってそんな……」


「この街、この地域の娼館はね、娼婦の互助会的な組織なのよ、裏組織の入り込む余地がないの。

 なにせ主な会員がサキュバスですからね、ゴロツキ如き返り討ちよ。なんでロクでなしに、私達が上納金を納めないとダメの?

 私達が働いて得たお金は私達の物よ、他の誰のものでもないわ。

 だから、この街では必要経費以外の利益は全て娼婦に入るのよ、搾取されることは絶対にないわ。

 そして、そんな娼婦たちを守るために、性病予防の加護や性病治療の加護、意に沿わぬ妊娠予防の加護、等が神から授けられているのよ」


「けど……そんな事って」


「ケイコ、別に推奨されているわけではないのよ?

 『シスター』達は皆処女よ? 皆純潔を守る誓いを立てて、神に尽くす、その事で『加護』を高めています。

 これも一緒よ、恵まれない男性に慈悲を分け与えて『加護』を高める、『信仰の一形態』と言うだけなのよ。

 

 神は放置して、搾取され不幸になる女性が増えるより、積極的に関わり、搾取されない、不幸になる女性が居ない、そんな環境を望まれているのよ。


 恵まれない男性に慈悲を与えて幸福になって貰い、その行為で功徳を積み、同時に金銭を得て女性も幸福、そんなお互いが幸せになれる、この街の『娼館』はそんな場所なのよ」


「しかし、どこにでも裏はあるもの……裏組織の男性が女性を無理やり働かせる、そう言った裏の娼館でその加護は悪用されるのではないでしょうか?」


 カズミが悪用の可能性を指摘する。

 

「カズミ、貴方彼女達を見てどう思う?」


「? どうとは?」


「綺麗でしょ?」


「はい、とても綺麗ですわ、美しいと思います、彼女達がサキュバスだなんて未だに信じられませんわ」


「そうね彼女達の様な美しい女性が、食事の為に精を吸う、それは彼女達には必要な行為なのよ。

 だからこそ、この街の娼館の料金は安いのよ、他より圧倒的に安いわ、そんな彼女達に対抗して他の娼館を作っても、そこにお客が行くと思いますか?


 彼女達よりも美しい女性はそうは居ないわ、そして彼女達よりも料金を安くしたら商売にならないでしょうね……

 この地域ではね、他のどんな裏組織が対抗しようにも彼女達の娼館には勝てないのよ。

 サービスでも、質でも、料金でも勝てないの、そんな商売をする人は居ないわ」


「私達は圧倒的なサービスを提供している自負が有りますからね、どこの組織が相手でも負けませんよ?

 まあ暴力に訴えた組織も嘗てはありましたが、私達は武力でも負けません、完全に壊滅させてきましたからね、今では喧嘩を売ってくる組織は皆無です」


 ふふんっと鼻息も荒くリーダーさんが告げる、何故か自慢気だ。


(もしかしてサキュバスにとっては自慢話なの?)


 裏組織を壊滅させてまで男とそんな行為を行う事、それがなぜそこまで誇らしいのかケイコには理解できない。


「まあ直ぐに理解する必要は無いわ、それに貴方達にそんな功徳を積むことを求めてはいませんからね?

 あくまでそう言った功徳の積み方も有るのだと、それだけ覚えておいて」


 カズミ達三人は言葉を失い、茫然と立ち尽くす。


(異世界……半端ないですわ……何でもありなの?!)


「アイ様、準備も整いましたので、移動を開始してもよろしいでしょうか?」


 リーダーがアイに指示を仰ぐ、するとナツコが、


「あっ、アイ様少しお待ちを、アツヒトさんが今此方に向かって居るみたいで。少し待って欲しいと……」


「アツヒトが? あの子が自分でこちらに来るのなら、この手紙をワザワザ他人に届けさせた意味がないでしょうに?」


 アイはメグミから受け取った手紙をヒラヒラと手で弄びながら呆れる。どうやら手紙の差出人はアツヒトであった様だ。


「この者達の仕出かしたことに責任を感じているんでしょうね……あれで責任感だけは強いですから……」


「その責任感を自分が手を出した女の子達に感じて欲しいですわ、ね、ナッちゃん」


「あぅあぅ、アッちゃん酷い! なんでアッちゃんから始めるの! 私が真面目モードで応対してるのに! 私が最初って決めたでしょ!」


「ええ?? 今のは違うわよ? 私も今は真面目モードよナッちゃん、今のはたまたまよ!」


 そんな二人の言葉にアイは溜息をついて、


「貴方達は本当にいつも変わらないわね……けどアツヒトを待たないとダメなのかしら? 直ぐに連れ帰って治療を始めたいのだけど? 今更あの子が来たところで何をするの?」


アツヒトの訪問に疑問を呈する。


「何って、何気にアイ様も辛らつよねアッちゃん?」


「まあ『大地母神』の神官にも手を出してますからねあのオヤジは、仕方ありませんわ、ナッちゃん」


 そして二人は頷き合うとハイタッチを交わす。


「けどねナツコ、アミ、もう一方の当事者は既に帰宅させましたよ? 今更乗り出してきても処分に変更は有りません。

 冒険者の不始末に対する謝罪という事なら分からないではないけど、私達も冒険者組合に所属する、しかも幹部よ、同じく謝罪するべき立場なのだから……

 一般市民に対する謝罪ならばこの場に来る意味はないし、カズミ達に対しての謝罪ならばこの子達、加害者本人がすべきことでしょ? アツヒトがこの場に来る意味が無いのよ」


「あのオヤジの考えなんて分かりません! ね! アッちゃん」


「とにかく現場に顔を出して働いてるぞ! って雰囲気を作りたいのではなくて? ね! ナッちゃん」


「まあフットワークが軽いのは良い事だけど、この街の冒険者を纏める責任者なのだから、頭まで軽いのは問題ね」


「……あのアイ様、そこまで言われると挨拶しにくいのですが……」


 アイの言葉に、野次馬の間からアツヒトが姿を現しながら続ける。


「まあアイはああ言って居るが、ワシはフットワークが軽いのはお主の長所じゃと思うぞ? 気にするでない」


 ヨシヒロはそんなアツヒトを励ますが、


「そう言って貰えると救われます。この度はご迷惑をお掛けしました」


 アツヒトはそう言って深々と頭を下げる。


「謝罪は、ほれ、そこのカズミ達に向けるべきじゃな、ワシらには不要じゃ」


 ヨシヒロはそんなアツヒトに頭を上げる様に促して、カズミ達を指し示す。


「ヨシヒロ様、私達も謝罪は不要です。

 巡回中に酔客に絡まれただけ、これも職務の一環だと考えます。

 一般市民には被害が出ておりませんが騒動の謝罪という事であれば一般市民に対して行うのが適切かと存じます」


 カズミは謝罪は不要とヨシヒロの申し出を断る。


「ほら見なさい、アツヒト、カズミちゃんの方がシッカリしてるわよ? 貴方は何しに来たのかしら?」


 その様子にヤレヤレと頬に手を添えてアイが呆れる。


「まあ、謝罪も有りますが……今回はこいつらの話を聞いてやろうと思いまして……こんなバカな事をしでかすほどストレスを感じていたとは……自分の管理能力不足を痛感します」


「確かに心のケアが不足していたわね、アッちゃん」


「私達の力不足ね、ナッちゃん」


 三人が自分達で言いながら項垂れていく。そんな三人に、


「それは違いますよ、これは貴方達の能力の問題では無いわ。

 『中級冒険者の壁』この地域では非常に高い壁なのは確かでしょう。

 しかし、それは理由にはならないわね、20年近く『黒銀』で頑張っている者もいるのよ?」


 アイは三人の能力不足を否定し、又、今回の原因がナツコやアミの指摘する、『黒銀』から『黄金』に上がれない事による、ストレスとの見解も否定する。


「確かにアイ様の言う通りです、『黒銀』で十数年も活躍している者も大勢います。しかし、同期が中級に上がる中、『黒銀』のまま置いて行かれる、この者達の気持ちも察してください。

 今回の事は許されませんが、酒を飲んで憂さを晴らす者は、やはり大勢いるのです」


 アイの正論に対して、アツヒトは、冒険者達の感情論で理解を求める。

 アツヒトも、『黄金』に上がれない冒険者達が、将来有望なルーキーに、その溢れる才能を妬み、自分達の憂さを晴らす目的で、カズミ達に絡んだ。そのナツコとアミの見解を支持する。


「まあ、そう言った見解も有るのでしょうけど……この地域の中級には成れなくても、他の国に出て行けば中級には直ぐに成れるのよ?

 『黒銀』に留まるのが嫌なので有れば、他の地域で実績を上げて中級に、『黄金』なれば良いのです、そうしている者も大勢います」


「へっ、流石は神官長様だな、俺達底辺の苦しみなんざ分からねえってか」

「よその国で中級に成っても意味がねえんだよ! この地域の中級と他所の中級じゃあレベルが違う!」

「ははっ、所詮俺達はここまでなんだよ、良く分かったさ今回の件でな、あんな見習いに手も足も出ねえ、才能が無い奴は何時まで経っても『黄金』には上がれねえ!」

「才能か、ああ才能だな、俺達には才能がねえ、思い知らされたさ!」

「冒険者に成って8年、『黒銀』に成って6年だぞ、こっちに来て半年もたってねえ奴にこうも易々と……

 才能だ、才能さえあれば俺だって!!」


「お前らそれは違う……」


アツヒトがそんな冒険者達を諫めようとする、しかし……


「才能? 才能ですって!! たかが8年ばかり、しかも冒険者になったというだけの連中が、言うに事欠いて『才能』を理由に他者を妬む? お姉さまを妬む? ふざけないで! ふざけるじゃないわ!!」


 カズミがその言葉に激昂する、普段のお姉様然とした雰囲気の欠片も無い、激怒していた。


「たかが8年だと! ふざけるなよ小娘が! 俺達は8年間魔物と戦い続けたんだ!」

「ヌクヌクと日本で過ごしてきた小娘が、『青銅』如きが俺達を否定するっていうのか!!」

「8年頑張っても勝てねえ、五人がかりでだ! これが才能の差でなくて何だって言うんだ!!」


「黙れっ!! 黙れ黙れ黙れーーーっ!!! 貴方達に!! 貴方達にメグミお姉さまの何が分かるって言うの!! 

 8年頑張った? 魔物と戦ってきた?

 その程度、たかがその程度でメグミお姉さまに勝てない、だからそれが才能の差? ふざけないで!!

 才能? そんな安っぽい言葉でメグミお姉さまの努力を、積み上げてきたその努力の日々を貶めないで!! ふざけんじゃないわ!! ふざけるなっ!!!」


「カズミお姉さま、落ち着いて!」

「カズミ……お主……」


「いいえ言わせて! そこの馬鹿共に言わせて! 

 良い? お姉さまは、メグミお姉さまは毎日、雨の日も風の日も雪の日も毎日欠かさず努力を重ねてきたのよ?

 貴方達は毎日トレーニングをしているの? 

 才能? 他人の才能を羨む前に自分の才能を磨いてきたの?

 お姉さまは毎日朝と晩10キロづつ走るわよ? 重りを付けて毎日20キロよ?

 お姉さまは毎日剣の素振りを千回繰り返すわ! 毎日、毎日ね!

 それを既に10年続けてらっしゃるのよ!

 才能? お姉さまの才能は確かに素晴らしいのでしょうね……

 けどね、あの体格なのよ? 分かって? あの小柄で華奢なお姉さまが、貴方達みたいな立派な体格の男性冒険者を圧倒する、その力を得るために払った努力の代償を、才能? そんな言葉で貶めて良い筈がない、筈がないでしょ!!」


 ゼーゼーと息を切らしてカズミは叫び訴える。


「……俺達だって迷宮に戦いに行ってるんだ、そんなトレーニングしている余裕なんか……」


 冒険者の一人が反論しようとする。しかし、


「お姉さまだって毎日迷宮に行ってるわ! それでも、そうこの世界に来てからも、お姉さまはこのトレーニングを欠かしたことが無い! そうよ、迷宮で散々戦った後も、夜中であろうとお姉さまは走ってらっしゃるわ!

 貴方達は今まで8年間、そう8年間だけじゃない! 日本に居る間何をしてきたの?

 お姉さまがあの体格の不利をその努力で克服してきた間、貴方達は何をしてきたの?

 才能? 貴方達の体格がお姉さまにあれば今頃お姉さまは剣豪、いや剣神よ!!

 その体格、その恵まれた体格は才能ではないと? そう言うつもり?

 ふざけないで! ふざけないでよ!

 貴方達に足りないのは才能じゃあないわ!! 努力よ! 努力が圧倒的に足りていないわ! それで他人の才能を羨ましがるなんて! ふざけるじゃないわ!!!」


カズミの叫びはそれを圧倒する。


 辺りは静まり返り、冒険者の反論も途絶える。


「私のお姉さまを貶めないで! 私に努力を、努力することの大切さを、その事を教えてくれたお姉さまを、バカにしないで!」


(カズミお姉さま? お姉さまに努力することを教えたって、メグミさんは年下よ?

 それに此方に来て直ぐにカズミお姉さまは努力を、トレーニングをしてらしたわ?

 私もそんなお姉さまの姿に憧れて努力を、トレーニングを始めたのよ?

 メグミさんがこの世界に来たのは私達よりも4か月近く後の筈よね??)


 ケイコは頭が混乱し始めた、


(そもそもカズミお姉さまの方が年上なのに、何故メグミさんがお姉さまなの? メグミさん私よりも年下なのよ? お姉さまのお姉さまが私よりも年下?

 ああもう訳が分からないわ!!)


考えれば考えるほど訳が分からない。


「あーー、ごめんねカズミちゃん、こいつ等脳筋なんだ、怒らせて本当にごめん。

 でだ、お前ら、言いたいことの半分はカズミちゃんが言ってくれたからそっちは良い。

 けどな、お前らが『黄金』に上がれないのは、そのお前らの根性の所為だ!

 良いか? この地域の『黄金』クラスの冒険者は有事の際に、また組合主催の合同クエストでは指揮官役を任せられる。

 一冒険者ではダメなんだ、強さだけではダメなんだ。

 他の地域とは『黄金』、中級冒険者に求められる資質が違う。

 指揮官として、指導者としての資質が求められる! お前らにはそこら辺が決定的に欠けている。だから中級に上がれない」


 アツヒトがカズミの後を継いで、冒険者達に説明をする。そう今回もこの冒険者達が『黄金』に上がれなかった理由は明白なのだ。

 一方カズミはナツコやアミに宥められて、少し落ち着きを取り戻していた。言いたいことは既に言ったのか、心なしか顔がスッキリしている。

 そんなカズミを微笑ましそうに眺めていたアイは、一転、冒険者達に厳しい視線を向けると、


「この地域の冒険者のクラス分けは強さの指標じゃないのよ。

 何度も説明されたと思うのだけど、8年も冒険者をしていてまだ理解していないの?

 この地域には軍隊が無い、兵士が居ないのよ。

 だから冒険者にはその代わりの役割が求められている、他の国とは冒険者の役割が違うのよ。

 だから中級冒険者にはアツヒトの言うような軍隊での指揮官の役割が求められているのよ。

 強さだけを証明したいのであれば他の地域で中級となることを薦めている理由もそれね。

 無理をしてこの地域で中級冒険者になる必要は無いのよ」


そう言って冒険者達に説教をする。

 この地域では特に男性冒険者に、他の地域での武者修行や旅、他の地域の迷宮での魔物の討伐等を推奨している。

 その理由がこれだ、この地域ではどんなに頑張ろうと、指揮官に向いていない人材は『黄金』には成れないのだ。

 そしてそれはこの地域で鬱屈するよりも、もっと広い世界を知って欲しいとの願いも込められている。


「酒を飲んで『青銅』冒険者に絡むようでは、この地域では『黄金』には成れん。

 そんな者を指揮官として仰ぐか? 自分ならどうじゃ? 考えるまでも無かろう?

 この地域の中級冒険者には他者を導く人望も求められておるんじゃ。

 この地域では特殊な例外を除いて、冒険者としてだけのクラスの到達点は『黒銀』じゃ。

 『黒銀』冒険者であること、それは誰に恥じることはない立派な冒険者の証じゃ」


この地域の『黒銀』冒険者の人数が一番多い理由もこれだ。


「他の地域で『ミスリル』に上がっても、この地域での『黒銀』を冒険者クラスとして名乗るベテランも多いんだ、『黒銀』で有ることに悩む位なら、他の地域で上のクラスを取れば良いじゃないか?

 僕達もこの今のクラス分けとは別に、冒険者の実力だけを見た別の階級を新設するか、指揮官用の階級を新設する提案はしているのだけどね……」


「他の地域とこの地域で既に2種類冒険者のクラスが有るだけでも複雑なのよ、これ以上複雑にしても一般市民が混乱するだけよ。

 この地域でのクラスは指揮官クラス、他の地域でのクラスは冒険者の実力クラス、それで使い分ければ良いのよ、それをきちんと教育しなさい」


「とまあ反対されててね、実現には至っていない」


「だが、この地域の中級冒険者は、他の地域に行ったら厚遇されるだろ?」

「そうだ、『黒銀』は『黒銀』のままの扱いだが、『黄金』は『白金』、下手したら『ミスリル』扱いだぜ?」

「他の地域に行くとしても『黒銀』と『黄金』じゃあ天と地の差だ」


「説明しただろ? この地域の『黄金』は軍の指揮官だ、他国でも自国の軍の一軍の将としての地位と同等に扱われているんだよ。

 実力云々じゃないこれは地域間での外交儀礼の問題なんだよ」


「何故か他の地域でもこの地域と同じクラス名が使われておるから混乱を招いて居るが、この地域のクラスと他の地域のクラスは別物じゃ、似た部分は有るが別と考えよ」


 そもそもこの金属の名前を用いたクラス分けを使い始めたのはこの5街地域だ。

 他の地域の冒険者組合も同様に金属の名前でクラス分けを用い始めたのは別に構わない、しかしこの地域と他所の地域ではクラス分けの基準が違うのだ。そう基準、クラスの名前は同じにしたのにその選定基準を同じにしなかった事が混乱を生んでいた。

 そしてこの基準の違いは世界各国それぞれに有るため、同じクラス名であってもその実力に大きなばらつきが有るのだ。


 その中でも、この地域の『黒銀』冒険者は他の地域でも審査なしで『黒銀』として認めて貰える、それすら可成り特殊なのだが、この冒険者達はこの地域に留まっていた為か、その事を知らない。


 他国の事を知らな過ぎた、普通他国でその冒険者のクラスが審査もされずに維持されることはない、必ず実力を試される。

 この地域は世界一厳しい冒険者クラスの審査として認知されているからこその、他国での審査の免除だった。


「さて納得したかの? そして自分達が如何に馬鹿な事をしでかしたか理解できたかの?

 お前たちは自ら自分達に『黄金』になる資格が無いと証明したのじゃ。

 一から努力し、自らを省みてこの地域で『黄金』を目指すにせよ、世界を見て回り、学び、見分を広めるにせよ。

 奮起する事じゃ、今のままではメグミどころか、カズミに追い越されるのは時間の問題じゃろう。

 男じゃろう、このままでは自分で自分が情けなかろう?」


「神の与える恩恵や加護、それに魔法や武技は貴方達を元の世界に居た時の何倍にも強くしたでしょ?

 そうこの世界で得られた力は元々持っている力に乗じて発揮されるのよ。

 だからこそなのよ、だからこそ、カズミが言うように努力が必要なのよ。

 1の力が2に成っても増える力は1だけ、元の世界ではそれだけ、けどねこの異世界では違うのよ。

 1の力が2になれば増える力は9にも10にも成るの、元の力の1の差が数倍になって現れるのよ。

 恩恵や加護、魔法や武技、これらも確かに大事、その力を高めることも重要でしょう。

 けど、元の力を高めることも忘れてはダメよ?

 そして元の力を高めるためには努力、日々の積み重ね以外に方法は無いのよ、忘れるのではありませんよ」


 神官長二人が冒険者達を諭す、そしてアツヒトは、


「お前らが羨ましがったメグミちゃん、あの子の腕力の、お前らは何倍の腕力が有る? 元の腕力、筋力が違うんだ、それが数倍に高められたお前たちの腕力は女の子達とどれだけ違う?

 そんな圧倒的な力で暴力を振るう、そんな行為は許されない、許しはしない。

 だから罰は受けて貰う、今後この地域で冒険者を続ける意思があるなら、暫くは組合の指示に従ってもらう、保護観察処分だ。

 無論、他の国に移住する、若しくは冒険者を辞めるのも君達の自由だ。

 ……けど、女の子達に情けない姿を晒したまま、このまま諦めたりしないだろ?」


最後に言葉を添えるのがアツヒトのアツヒトらしさだろう、責任者として非情には成り切れない。


 そんなアツヒトの人望は厚い。


 女癖の悪さから、一部では毛嫌いされているが、面倒見がよく、情に厚い、そしてその暑苦しいまでの情熱故に、体育会系の男子冒険者の兄貴分として慕われても居たのだ。


「俺達は……まだ見込みが有るのか? もう成長しないんじゃないのか?」

「努力か……」

「俺達の8年間は……無駄だったのか……」

「情けない……ハハ、情けねえな、見っともねえ」

「終わったろ……俺達は終わっただろ?」


 冒険者達の零す弱音に、


「20代で終わったとか、30代の俺はどうなる? 俺でもまだ成長してる! この世界はな寿命が長いんだ、勇者の爺さん達を見ろ!

 あの年でもまだ成長している、まだ強く成って行ってるんだ、化け物だろ?

 ほんと化け物だよな……あんなのありか?」


励ましていたアツヒトが落ち込み始める。何か勇者のお爺さん達にトラウマでもあるのだろう……


「ワハッハッ、アツヒト、お主もまだまだ青いわ! 50代以下など毛も生えそろっておらん雛じゃ、のうアイ? ……アイ?」


 そんなアツヒトを含め元気付けようとヨシヒロが軽口を叩く。


「……貴方達、それ以上年齢の話をするならこの場で全員……分かってますね? 分かりませんか?」


 男共はどうやらアイの地雷を踏み抜いていたようだ。


「もうしません、年齢の話はもうしません! お願いですから殺気を押さえてください!! 野次馬連中の腰が抜けてます!!」


 溢れ出る殺気に、ヨシヒロは盛大に顔を顰め、アツヒトが慌ててアイを止める。


「あらっ? まあワタクシったら、ウフフ、ついうっかり」


 またしても嘘のようにアイの殺気が消える、半分はワザとだったらしい。


「コラ、アイ、幾ら何でもやり過ぎじゃ! 周りの被害も考えんか!」


 周囲ではカズミ達や回収部隊、それにナツコやアミまで加わってへたり込んだ人たちの介抱に当たっている。

 アイの殺気は一般人には刺激が強すぎるのだ。

 それを見たアイはサッと手をふる、すると穏やかな、暖かな波動が周囲に広がって行く。


「フォローすればよいものではないぞ? お主もまだまだ青いわ! アイ」


「ふふっ、まだ若いですからね♪」


 アイの年を知る皆は、一斉に心の中で突っ込みを入れるが、それを口に出す馬鹿はこの場には居なかった。

 微妙な空気が場に流れるが、それまでの沈んだ空気はなくなった。

 冒険者達が、


「アツヒトさん、俺達はまだやれるのか?」

「見込みはあるのか?」


アツヒトに問いかける。それにアツヒトが答えようと口を開きかけた時、


「あれ? なんだ? どうなった? 何か股間に激痛が走ったあと気が遠く……何が有った?」

「目が覚めたのか!!」

「おい痛みはないのか? 平気か?」

「ん? 痛みはねえけど……けど何だか股間に違和感があるな……って?! お前らこそどうした?? 手がねえじゃねえか!!」

「後で追々話す、先ずは周りを見ろ」

「おうっ! アツヒトさん?! ゲッ!! アイ様にヨシヒロ様まで……捕まったのか? やり過ぎたか?」

「まあ……そんな所だ」


気を失っていた男が目覚め、状況を確認して青ざめる。


「ああ、目が覚めたばかりで悪いが、これ以上ここに居るのは祭りの邪魔になる、何かある度に見物客の腰が抜けるのも不味い……場所を移した方がいい。

 アイ様お願いできますか?」


 アツヒトがアイに要請する。


「ええ、そうね、では貴方達、この者達を移送して、先ずは治療が優先よ」


「ハッ! 了解しました。では移送を開始します!」


 アイはアツヒトの要請に応え指示を出す。回収部隊はテキパキと行動し、冒険者達を『スライドボード』の魔法で作り出した透明な台車に乗せて移動していく、冒険者達は今目覚めた男を含め大人しくその台車に横になっていた。


 ナツコとアミは回収部隊と共に冒険者達に付き添い、カズミ達もヨシヒロとアイ、それにアツヒトに丁寧にお礼を述べてその場を去る。


 ヨシヒロ、アイ、それにアツヒトの三人は連れ立って、本殿に向かって歩を進める。


「ふむ、後は任せるぞアツヒト、アイも余り無茶をするなよ?」


 そう言いながらヨシヒロは三人を包む結界を張る、これで周囲からは三人がただ歩いている様にしか見えない、会話を含めすべての情報が外に漏れることはない。

 それを当然の事として他の2人も受け入れる。この街の幹部が三人も集まっているのだ。

 襲撃を含め、結界を張り万全を期す事に不思議はない。

 周囲には観光客を含め、地域外の人間が多数いる祭りの最中だ。どこに間者が潜んでいるか知れたものでない。


「軽く『誓約』を掛けるだけよ……そうでないとメグミは、あの子は、本気で殺しに行くでしょうね。

 『誓約』を掛けなかったとバレたら必ず自らの手で殺そうとして動くわ。

 他の2人を引き合いに出したのは、本当に不味かったわね、アレがあの子の地雷、あの子はああ言われたら、躊躇いなく相手を殺すわよ」


「……分かっているなら……いや分かっていてもどうにもならんか……」


「どうにもなりませんね、あの子は守ると決めた、なら自分が死んでも守り通そうとする、そんな子よ」


「なら『誓約』で解決すべきじゃな、殺しても殺されてもお互いに不幸になるだけじゃろう」


「アツヒト、後の事は任せますよ?」


「ハッ、お任せを、あの馬鹿共は責任を持って指導します」


「メグミが少し悪目立ちし過ぎたか? 他国の者が多くいる祭りでこの騒ぎ、少し不味いのう」


「今更ですか? まあメグミは遅かれ早かれと言う気がするわ、あの子は自重しませんからね。他国に目を付けられるのも時間の問題でしょ?」


「それもそうか……所でアツヒト、アイに手紙を持たせていたな? 他の神官長の所にも配達していたようじゃが?」


「男性の神官長宛も依頼したのですが……あの子達に断られてしまいましてね」


「男性神官長連中は……アクが強い人が多いもの、仕方がないわ」


 今回メグミ達は女性の神官長宛の依頼しか受けなかった。


 ノリコはその美貌とスタイルから『海王神』神官長テツヤに気に入られ過ぎている為、会いたくなかったのだ。

 幾ら断ってもシツコク入信を勧められ、また食事に誘われる、しかも本気で俺の嫁になれと口説いてくるのだ。

 サアヤも同様だ、毎回まるで孫の様にお菓子を勧められたり甲斐甲斐しく可愛がられている。プライドの高いサアヤは子供扱いが酷くて毎回不機嫌なのだ。

 そしてメグミの場合、以前初対面で口説きに来るテツヤを本気で斬ろうとした為、以来周囲から接触を禁止されている。


 『風と商売の神』神官長バサラの場合、毎回長時間歌を聴かされるのが嫌で、今回も全員断っている。

 無視して手紙だけ渡しても良いと思うのだが、あの手この手で歌を聴かせようとしてきて、毎回何故か逃げれない。

 それに歌が下手なら巫山戯るなと怒れるのだが、上手いのだ、上手過ぎるからツイツイ聴いてしまい、毎回長時間拘束されて後悔する事になる。


 ヨシヒロは他の二人に比べれば可なりまともだが、他二人を断ってヨシヒロだけ受ける訳にもいかない為断った。


 又女性神官長宛の配達先の割り当てにも理由がある。

 メグミの場合相手が神官長であろうと関係なくセクハラをする為、身内のアイ以外の神官長に一人で面会させるのは論外。

 ノリコは、二人の『月』の神官長からも二人掛りで毎回入信を勧められて困っている為、性格のサッパリした『炎と戦いの女神』神官長カルラへの配達を希望した。カルラは一度断って後は入信を勧めて来ないのだ。

 そんな二人の配達希望を優先した為、サアヤは選ぶ余地無く配達先が決まった。


「他の冒険者にお使いを頼もうとしているところに、今回の件で連絡が入りましてね、その連絡でどうやら神官長様達がこちらに集まって居られるようなので直接出向きました」


「ふむ、そうか、で、用件は?」


「それが、最近また各大神殿のほうに動きが……」


「またか? 奴等も懲りんな」


「それだけなの? 大神殿がちょっかいを掛けてくるのは何時もの事でしょう?」


「それがその動きの中で気になる点が一つ……『聖光騎士団』に動きがあるようです」


「っむ! 奴等動き出したかっ!!」


「やはりこのタイミング、この機会を逃したりはしませんか……」


「街に手の者を配して普段よりも警戒のレベルを上げておりますが、未だにこの街での動きが掴めておりません」


「ナツコやアミもその一環か?」


「はい、暗部の手も借りて警戒に当たっております」


「狙いはやはりこの街か?」


「恐らくは、オークの数が普段になく多いとの報告もあります。

 現在のゴブリン討伐が済み次第、オークの討伐に当たる予定ですが、安全の為中級冒険者を普段にも増して増員しています」


「黒鉄鉱山での開封作業にも中級冒険者の人手が取られている……大魔王迷宮に中級冒険者の手が少なくなるわね」


「『黒銀』にも手を借りてそちらの警戒も行っております。ベテランならば遅れは取らないかと」


「他地域にも応援要請を出しなさい。今度こそ逃しません!」


「そこで神官長様方にご相談が……」


「ふむ、何となく察しは付くが、それは他の神官長を交えての方が良かろう」


 ヨシヒロに促されて、三人は足早に移動していく。



 この街の教義は大神殿では異端とされている。


 排斥の動きも強く、他国からの妨害なども頻繁にある。

 しかし、この街の地域に居る限りは、この街の7神官長とその配下の神官達、また冒険者達よって強固に守られているため、煩わしいその他の地域の事情に振り回されることはない。


 だから『大地母神』の信徒であるメグミが、『光と太陽の神』の神殿主催の春の大祭で、神殿の境内に出ている屋台でたこ焼きを3人+1精霊でぱくついてもなにも問題がないのだ。


 フードコートの様になっている、椅子と机のある一角に陣取って、


「桃のお礼と、昨日のお詫びに来ているのに、こんなことをして居て良いのかしら?」


そう言いながらも『ママ』はノリコに差し出されるたこ焼きをパクッっと食べる。


「儀式の真っ最中で、少し待ってろって言ってるんだから、別にいいでしょ?」


 メグミは同じく出店で買ったラムネを飲みながらそれに答え。


「昨日の桃、美味しかったわね!」


 ノリコは更に一つたこ焼きを楊枝に突きさし『ママ』にあーんを迫る。


「アレは美味でしたわ」


 サアヤはそんなノリコにあーんをしたいのだがノリコが『ママ』に掛かりっきりなので出来ない。


「また貰う? 樹には結構一杯成ってたわよ?」


 メグミはそう言ってサアヤの持っていた、たこ焼きを食べる。強制的にあーんを奪い取った格好だ。

 サアヤは若干呆れながら、そのまま、メグミにあーんをすることにしたのか次の一つはメグミの口に持ってくる。


「神殿の皆さんの食べる分だってあるでしょ? もう既に4個も頂いたのですから余り無茶を言ってはダメよメグミ」


「そう言う『ママ』だって、昨日は結構食べてたじゃない? 美味しかったんでしょ?」


「うっ、それはそれ、頂いた以上は美味しく食べる、何か問題が有るのかしら?」


「ま、それで良いと思うけどね、けどあれね、桃ってお尻に似ているわよね、桃尻か……それも良いわね!」


 目の前を通り過ぎる美人のお尻を眺めながらメグミがそんな事を言う。


(このお尻、良いわね、これは良いモノだわ、ふむ、顔もすっごい可愛いし、スタイルも良いわ、胸は控えめだけどそれがまた良いわ! 白い? いや銀色? 面白い気の娘ね?)


 隣のサアヤとノリコがメグミの眺めるお尻の持ち主を見て、息を飲む。

 『ママ』もそんなメグミの視線に気が付いて、メグミを非難する目で見つめて来るので、慌ててそのお尻から目を逸らす。保護者同伴は色々と遣りにくい、安心して視姦すらできない。


(あら? けどなんだろ? 二人の知り合いかしら? 知り合いなら今度紹介して欲しいわね! けどあれね、この世界って本当に色々なタイプの美人さんが居て見ていて飽きないわ)


 様々な職業の人々、様々な神官服と、様々な種族・亜人、魔族などでごった返す境内を眺めながらメグミはそう思うのだった。

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