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第27話〈ちょっと息抜き番外〉『6柱神』①

 この異世界には6柱の『神』がいる。

 

 此方の世界の神様の様に『信仰されている』のではなく、実際に存在している。

 

 ≪何故存在していると言い切れるのか?≫ 

 

 疑問に思う方も居るだろう、しかし答えは簡単だ。

 

 会話が可能なのだ。

 

 誰でも可能なわけではないが、その声を聞き、此方の問いにも答える存在としてそこにある。これは高位の神官に限った事ではない、子供だろうと老人だろうと、男も女も関係なく、『神』に認められその存在を強く感じられる者にとってこの世界の『神』は身近な存在なのだ。


 なにせこの世界の『神』は人々に『加護』と『恩恵』を与えている。


 奇跡を実際に誰しもが経験できるのだ、しかも条件を満たし、その修練を行えば自らその奇跡を行使できる、その存在を疑うことは難しい。


 しかし、会話だけなら、そう声がするだけなら別の何か、巨大な自我を持った魔法装置の様な物が人々に奇跡の力を与え、会話している。

 そう言った疑いも出る、特に此方の世界から召喚された人々には実在する『神』など俄かには信じられない。

 だが……声だけではないのだ、此方の『神』は時折姿さえ見せる。


『神々しく降臨する』


 ……そう思った人もいるかも知れないがこちらの『神』は神々しさと縁遠い。


何故か? 


 自らを称える祭りの屋台で買い食いをしている姿を見かけられたり、子供と一緒に神殿の境内で遊んでいたりする姿が度々みられるからだ。


 頻繁にではないが、そんな感じで気まぐれに、しかし度々降臨する為、人々も神々に気易い。


≪そんな者は神ではない!!≫


 確かにそう言った意見もある。だが『神』に出会った者は全て、それは『神』だと証言する。見目美しい男女、神々しいほど美しいその姿も確かに『神』の証明だろう……

 しかし、違うのだ、出会った者は皆その圧倒的な存在感と抱擁感に、生物的な畏怖をもってそれが『神』だと何故か認識できてしまうのだ。



「アレが神なの? まあ確かに綺麗ね、それにスタイルも良いわ……けどノリネエと大差なくない? 

 けどまあ折角だし、あの胸揉んでこようかしら? 次何時降臨するか分からないんでしょ?」


 どこにでも例外は居る、そしてここにも一人罰当たりな例外が居た……


「なんで折角って単語と胸を揉むって行為が繋がるの? お願いだから止めて、アレでも本人はお忍びでコッソリ遊びに来ている心算なのよ……だからそっと見守ってあげてね。

 それに『炎と戦いの女神』様だから怒らせると怖いわよ、本当に罰が、神罰が下りますからね」

 

 罰当たりな行為を止めようとしているのだが、その本人が『神』をアレ呼ばわりだ、信仰心に篤い者が聞いたら激怒しそうなセリフである。


「気が強そうだものね……真面目そうだし、その辺の許容範囲は確かに狭そうね、神様の癖に……もっと大きな心、寛容の精神は無いのかしら?」


「その寛容の精神で悪戯をするのは止めましょうね、プライベートでしょうし、そっと見守りましょう、ね?」


 他の『神』を祀る大祭の出店で買い食いしているのだ、確かにプライベートなのだろう。


「むうぅぅ、折角の美乳なのに! あっ……分かったわよ冗談よ! 暴力反対! 勿体ないけどまあ良いわ、先に別の女神様で試してから……

 そうだ『大地母神』様は来てないの? 巨乳だって聞いたわ! 見つけたら是非揉まないと! 『大地母神』様なら笑って許してくれるわきっと」


 握った恋人繋ぎの手を、その握力で握りつぶすかの様に力を込めるノリコに、慌てて弁解をする。幾ら鍛えても単純な腕力ではノリコにすら劣るのだ、力比べでは敵わない。

 しかし、続く言葉は自らが信仰すると決めた主神に対しての言葉としては最悪だろう。脱力するようにノリコの力が抜ける。


「確かに『大地母神』様なら笑って許して下さるでしょうけど……多分そのまま笑って罰も下しますよ、『加護』が弱く成る位なら、他の女神で試した方が良いんじゃありませんか?」


 ここにもう一人、『神』に対して、自らの信仰すると決めた主神に全く敬意を抱いていない人物がいた。


「はぁっ、まったくもう!! 貴方達、折角のお祭りなのよ? そのお祭りを楽しんでいる方に酷い事をしたら許しませんよ? 例え相手が誰であろうと、ダメな物はダメ! ほら行きますよ」


 相手が『神』で有るとか関係なしに、他者に迷惑を掛けそうな子供を叱り飛ばす、大人の保護者が居たようだ。


「そうだったわ、今日は保護者同伴だったわね……うっ、分かったわよ、何もしないわ。

 ねえ、二人とも手を繋いでくれるのは確かに嬉しいのだけど……左右から掴まれると全く手が動かせないんだけど……いっそ腕を組むか、いい加減、手を離してくれても良いのだけど?」


「それはダメ、ねえ、昨日何をしたか忘れたの?」


「そうね、その件で謝罪とお礼に来ているのよ? 又騒ぎを起こしたら何しに来ているのか分からないでしょ?

 今日は大人しく言うことを聞きなさい。

 それと腕を組んだら益々胸に自分の腕を押し付けて来るでしょ。公衆の面前でそんな不埒な真似は許しませんよ!!」


(うっ、バレてる? なんで? 露骨すぎたかしら?

 ……ああっ、折角巨乳二人に挟まれてるのに!!)


「……何かしたかしら? 覚えが無いわね」


 『光と太陽の神』を祀る、春の大祭の喧騒に、白々しい少女の韜晦の声が掻き消される。



 八百万の神様のいる日本人にとっては、今更新たに6柱増えたところで、全く気にもならない。

 それらの異界の『神』はこの街に召喚された日本人にすんなり受け入れられた。

 他国の、それこそ神々しい『神』を信仰する人達には許容しがたい、フレンドリーな神々も、日本人にとっては昔話で、またおとぎ話で、はたまた現代のラノベで語られる、良くいる人間臭い神様だ。

 日本人は神を畏れ敬いはするし、蔑ろにはしない、しかし、同時に絶対視もしない。

 日本人にとっても神は自然現象の様な、地震や台風等と同じで、人の抗えない巨大な『何か』だ。


 故に、


「汝は神を信じますか? 神の言葉を、その全てを受けいれ懺悔し、許しを請い、神の言葉に従うのです」


 そう問われれば、日本人は、


「はぁ? まあその言葉に選りけりじゃない? 全部を受け入れろって? 死ねって言われたら死ぬの? 首の上についてるのは何なの? 自分で考えないなら脳みそなんて必要ないわよ?」


 これは極端な例だが似たり寄ったりだろう。

 日本人にとって神を畏れ敬う事と、盲目的に信じる事は同一ではない。

 特に一神教の人々が信じる神様の様に全知全能で決して間違いを犯さない、そんな神様は日本人には馴染みが薄い。

 日本人に親しんだ神様は間違いも犯すし失敗もする。とても不完全な存在ながらも巨大な力を持った『何か』でしかないのだ。


 そんな日本人の気質にこの異世界の神々の在り方は非常に受け入れやすいモノだった。高みから見下ろすのでなく、その傍らに寄り添うように有ろうとするその姿は日本人が古来から信仰し敬ってきた神様にどこか似ていたのだ。


 『6柱神』


 そう呼ばれる神々、だがこの異世界の『神』は6柱神に留まらない、邪神と言われる神々も居る。マイナーなごく一部の種族に信仰されている神も居る。

 天使や神の御使いなども含めれば可成りの数の神々とその眷属が居るのだ。

 この事も日本人には受け入れやすい、先にも述べたが日本には八百万の神が居るのだ、少しばかり神様の数が多かろうと、数が増えようと気にもしない。

 

「神様は神様でしょ? それが何であれ、神様に違いないのなら、例えそれがどんなモノでも、一定の畏敬の念を持って接すれば良いだけでしょ?

 まあふざけたことしでかすなら例え神でも許さないけどね!」


 日本は使い古しの裁縫用の折れた針にまで神様の宿る国なのだ。

 そう巨大な力すら持たなくても、何か不思議な存在、それすら神として祀る日本人にはあらゆる神と神の眷属は等しく『神様』であり、畏敬の念を持って接するべき存在、それだけの事として受け入れられた。


 そしてこの異世界の神々、特に6柱神は祭り好きだ。


「人々が笑い、踊る、そして楽しく飲んで食べて歌う、こんな素敵な事が他にあるかね?」


 そう言って祭りを推奨しているのだ。


「単に自分達が楽しみたいだけじゃないの? お忍びとか言って遊びに来て、買い食いしたり、踊ったり、飲んだりしてるんでしょ?」


 そんな声も一部に有るのは事実だが、まあそれも祭り好きな日本人らしく、特に反発も無く祭りは人々に受け入れられている。


 ここ5街地域では6柱全ての『神』の祭が、すべて街ぐるみで開催されている。

 特にヘルイチ地上街では日本からお盆、正月、七夕、お月見、夏祭り、秋祭りなどの日本古来の風習や祭り、また、クリスマスやハロウィーン、バレンタイン等の舶来のお祭りも当然の様に開催され、


「どれだけ祭り好きなのよ!! この街、毎週何かの祭りが何処かで行われているんじゃない?」


「あれ? 知らなかったんですか? 実際、祭りの無い週が有りませんよ」


「なっ!! 費用とかどうなってるのよ? 祭りの資金が無限に沸いてくるわけじゃないでしょ?」


「元々屋台とかは普通に物を売って利益を上げてますし、神事や奉納の舞や踊りは常に練習しているものを一般に公開するだけですよ」


「飾り付けなんかも毎回、回収して再利用してるから、費用は殆どかかって無いって言ってたわ……必要なのは人手だけ。

 その人手も『功徳』の為のボランティアで神官が大挙して手伝ってるから問題ないし……それに屋台なんかの場所代で返って黒字だってアイ様が仰ってたわ。

 何とかもっとお祭り増やせないかと悩んでおられたわね」


「商魂たくましいわね! 要するに皆騒ぎたいだけなのね……」


「まあヘルイチ地上街は観光地でもありますからね、世界各国から訪れる旅人、観光客や巡礼者にお祭りを楽しんでもらってお金を落として貰う。理にかなってますわ」


「誰も困って無くて寧ろ喜んでいるのだから、良いんじゃないかしら?」


 そうだれも祭りが多くて困ってない、迷宮から生みだされる資源で常に街が潤っている為、祭りで騒いで資源を消費しても困らないのだ。

 観光客や巡礼者も祭りでお金を落とす、お金の回りが良く成り、更に祭りが増える。

 各神殿、各種ギルド、商店街などが、我も我もと祭りを増やしていった結果、祭りの無い週が無くなる程祭りが多い。

 一応人手の関係もあり、重ならない様に配慮はされているらしいが……


「街の住人の頭の中が、お祭りだらけでパープリンにならなきゃ良いけどね」


「飲兵衛にとっては天国のような街でしょうね」


「みんなが笑顔なのは良い事よ、町全体がどこかの夢の国の様な遊園地みたいな物でしょ? 素敵だわ」


「本当に遊園地なら良いのだろうけど……ここは普通に住人が暮らす街でしょ?」


「何ですか? お祭り嫌いなんですか?」


「別にお祭りは良いのよ、お祭りは何方かと言えば好きよ、ただね、お祭りが有ると必ず居るのよ酔っ払いが!!  

 この酔っ払いが何故が良く絡んでくるのよね、うっとおしいったらないわ!! それが嫌なだけよ」


「まあ、黙っていれば可愛いですからね……懲らしめるのは良いですけど手加減してあげてくださいね」


「やり過ぎはダメよ?」


「半殺し位で勘弁してあげてるわよ、流石に私も鬼じゃあ無いわ」


「……本当にやり過ぎてはダメよ」



 しかし、この様な状態にあるのは、この街『ヘルイチ地上街』を含めた周辺5街、『5街地域』だけで有る。

 その他の国、異世界の都市や街は、6柱の何れかの『神』だけを信仰し、その他の『神』は排除されて居たりするところも多く、6柱の神殿が全て一つ街に存在している街が有るのはこの5街地域だけだという。


 又、アメリカ人、ドイツ人等他の国から召喚された人々の多い街は更に複雑で、元の世界の宗教を信じている人々と、元の世界の『神』は、こちらの世界のあの『神』と言う人々、元の世界の宗教は忘れ、こちらの『神』を信仰し始める人々、そんな風に色々派閥が別れ大変な争いが起きたりしているらしい。


 そういう話を聞くと、


「日本人でよかったわ、居るのか居ないのか分からない神様や、居ても万能でもない神様なんてモノの為に、人間が殺し合うほど争うってんだから、全くなに考えているのか理解できないわね!

 ……そもそもあの人だけは良さそうな神様たちがそんな事望んでいるの?

 どうせそれで得してる守銭奴や、頭パッパラパーな狂信者が扇動してるだけでしょ?

 そんなアホらしい争いに付き合わされない。それだけでもここに召喚されて本当に良かったわ」


そう心底思う。


 この街の6柱の神の神殿はお互いに仲が良く、お互いに、お互いの祭りに協力したり、共同で『セーブポイント』を運営維持したりしている。


 その考えはこの異世界では、可成り異端らしく、各6柱の神の総本山、大神殿やその大神官長等から、この街の神殿、神官長などは、異端として非常に疎まれている。


「己が信仰する『神』を蔑ろにするのか!!」

「他の『神』を祀る神事に協力などと、恥を知れ!」

「異端者め! 背教者共め!!」


 口汚く罵られ、ほぼ絶縁状態だ。

 しかし、この街の神官長は大神殿の大神官長よりも、よほど『神』に信頼されており、その身に受ける『加護』の強さも、『恩恵』の強さも比較にすらならないほど強大なため、他の地域の神殿は何も手出しができないらしい。

 別段大神殿から絶縁されたところで何も困らない、そう、


「『神』はそこに居る、信仰はここにある、それ以上何が必要かしら? 

 私は大神殿の大神官長を信仰しているのではないわ、私は私の愛すべき『神』を信仰しているのよ」


 『大地母神』神官長アイ様はそう仰り。


「然り、我々は『神』の言葉を聞き、その忠告に耳を傾け、自らを戒め、その言葉を道しるべに自らを高めるだけじゃ」


 『光と太陽の神』神官長ヨシヒロ様はそう好々爺然として微笑む。


「『神』がお許しになっていることを、大神官が許さないなどと……私を笑い死にさせたいのかしら?」


 『白き月と夜の女神』神官長のユイ様は鼻で笑い、


「『神』にも会えず、その声も聴くことが出来ない者が大神官長とは嘆かわしいわね。

 信仰に出自や地位が関係あるのかしら? その考えは『神』がお認めになっているのかしらね? もしお認めになっているのなら、それは私の『神』とは別の神様ね、名前が一緒なんて紛らわしいわね」

 

 『青き月と闇の女神』神官長セラ様が冷徹に切り捨てる。

 

「あんな馬鹿共の話など聞く必要は無いわ!!

 口で吠えるだけなど、それでも『炎と戦いの女神』の神官かしら? 

 気に入らないなら戦いなさい! 堂々と掛かってくるが良いわ、返り討ちにして、全て焼き尽くして差し上げますわ!」


 『炎と戦いの女神』神官長カルラ様は良いお年にも関わらず、血気盛んだ。


「みみっちいのう、なんじゃその度量の狭さは、海の男なら細かい事など気にするでないわ! はっ、如何でも良いわそんな事! 酒が不味くなる! 

 うまい酒に良い女、それに広い海、他に何が必要だ? 『神』? ワハハハハ! こいつは傑作じゃ!

 我らの『海王神』様は他には何も要らぬそうだぞ、ワッハハハハ」


 『海王神』神官長テツヤ様は豪快に笑い飛ばす。


「自らの信仰に自ら縛られるなど、『風と商売の神』の大神官長が聞いて呆れるぜ。

 風は自由、自由だろ!! 分かるか!! そう自由! フリーーーーダム!! 分かったらみんな俺の歌を聞けーーーーーー!!!」

 

 『風と商売の神』神官長のバサラ様は突然歌い出す、自由過ぎるだろう……


 大神殿の大神官長が年に一回『神』の声を聴ければ良い状態であるのに、下手したら毎日『神』の声を聴き、色々相談にも乗っているというこの街の神官長達。

 そしてお祭りの多いこの地域に頻繁に降臨する神々。

 大神殿から破門されようが、絶縁されようが一向に困らない、それどころか神々が気楽に降臨する所為で、大神殿よりも聖地化しているこの地域の神殿には世界各国から巡礼者が訪れる。

 信者は皆、大神官長の言葉を聞き、姿を見るよりは、『神』の言葉を聞き、その姿を見たいのだ。


 ここで6柱の『神』だが、


◇『光と太陽の神』◇

 光と正義を象徴し、その神聖なる光の力で、不浄を払う力は6柱で一番効果が強い。


◇『白き月と夜の女神』と『青き月と闇の女神』◇

 双子の女神で、2柱で1柱の『神』で有るとされる。非常に仲が良く、2柱で姉妹愛を象徴しているとされる。

◇『白き月と夜の女神』◇

 夜と神秘と女性を象徴し、『魔力』と『精神力』を補助する『加護』は6柱で一番効果が強い。

◇『青き月と闇の女神』◇

 闇と知識と死を象徴し、『全ての知識の根源』を参照することのできる『加護』と安らかな死を与える『加護』を司るが、その『加護』得ることは6柱で一番難易度が高いとされる。


◇『大地母神』◇

 母と大地と生命を象徴し、その大いなる慈悲で全てを癒す、その癒しの『加護』は6柱で一番効果が強い。


◇『炎と戦いの女神』◇

 炎と戦いを象徴し、『生きることは戦いである』とし、その戦いに勇敢に立ち向かうことを旨とする、戦闘における補助の『加護』は6柱で一番効果が強い。


◇『風と商売の神』◇

 風の自由と商売の繁栄を象徴し、その幸運を上昇させる『加護』は6柱で一番効果が強い。


◇『海王神』◇

 水と海と男性を象徴し、その力を上昇させる『加護』は6柱で一番効果が強い。


こんな特色が有るが、基本的な『加護』は共通している。

 又、神々は、一つの神だけを信仰するように求めてはいない。幾つ神を信仰しようと一切問題ないのだ。

 この教えも大神殿では異端とされ排斥の原因にもなっているが、この地域の人々は気にしない。



 ケイコは目の前の状況を見つめ、未だに戸惑っていた。


(何でこんなことになったんだろう、なんで?)


 ケイコの目の前では、小柄な少女が男達に囲まれ、その行く手を遮られていた。



 彼女達の噂を聞いたのは、ケイコがこの異世界に召喚されて5か月が経とうとした頃だった。


「スゲー奴らが居るって噂聞いたか? 女三人組でそこら中荒らしまわってるってよ」

「凄え綺麗な美人の三人組だって聞いたぜ、是非お相手願いたいね! 一度パーティー組んでみてーー」

「桁違いに強いらしいからな、お前じゃ足手纏いにしかならねえさ、なんでもこの間、小屋程の大きさの魔物を漬物屋に売りに来たって」

「ハハハッ、そりゃ話を盛り過ぎだろ、噂ってのは尾鰭が付きやすいからな」

「?んっ? 白い小っちゃい子の話じゃないの?」

「ああ、それ知ってる、白尽くめの女の子でしょ? 小っちゃくて可愛いって」

「受付嬢の訓練について歩いてるって話だよな? けど最近の話か? 半年前位からチョクチョク見かけた奴がいるだろ?」

「あれ? 女なのか? 『黒銀』に拾われたのは大男だろ?」

「ああ、あれも規格外だろ、この間『オークの集落』で狩りまくってたぜそいつ」

「男の話は良いんだよ、重要なのは女だ! 美人三人組だろ!」

「私が聞いた話と違う……その美人ってサキュバスの二人組でしょ?」

「人数減ってるじゃねえか! しかもサキュバスって!」

「何だお前知らないのかよ? 一度娼館に行ってみろ、スゲエぜ! 美人だらけだ!」

「今の話と何の関係があるんだよ! ……凄いのか?」

「ああん? なんだ何も知らねえのか? 娼館にはサキュバスが居るんだよ、ってかサキュバスばっかりだよ! しかも料金が安い!」

「うわっ、男子ってサイテー、こっちくんな!!」

「うるせー! モテない男の辛さがお前に分かるか!! あそこのサキュバスは天使だ!!」

「いや魔族だろ? サキュバスなんだろ?」

「天使がヤラセてくれるか? サキュバスはヤレル!!」

「ウッわ、最悪、なにアンタたち、悪魔に手を出すほど飢えてるとかほんと最悪ね!」

「悪魔じゃねえ、魔族だよ、一緒にすんな!」

「似たり寄ったりじゃねえのか? それって憑り殺されたりしねえのか?」

「死んでねえだろ? 寧ろ絶好調だぜ!」

「なあ話が逸れてるだろ? 美人三人組の話は如何なった?」

「バッカおめえ、出来ねえ三人組よりも出来るサキュバスだろ!」

「サイテー、最悪! 男子って頭の中ヤルことしかないの!」

「無いね! 思春期男子嘗めんな!」


 若干情報が錯綜していたが、そんな噂を聞いてケイコは、


(ちょっと前まではカズミお姉さまの話題で持ちきりだったのに……なに? なんなの?)


その噂の多さに戸惑う……

 どうやら最近、見習い冒険者となったケイコの後輩に、噂になる様な者が多いらしい。


 ケイコは同時期に召喚されたカズミやキミコと共にパーティーを組んでいる。

 このパーティーは主にカズミの活躍により、この時期に召喚された女性の見習い冒険者の中では順調な、とても優秀な女性冒険者のパーティーとして有名だったのだ。

 

 だがそれを掻き消すほどの噂。


(カズミお姉さまよりも凄い新人? そんなバカな、あり得ない! 信じられないわ! だってお姉さまは天才よ?)



 この異世界でケイコの『お姉さま』となったカズミは天才だ。

 文武両道に於いてその天才ぶりを発揮し、そして聖女候補と言われる程の美貌と抜群のスタイルを兼ね備えた完璧超人だ。


 少し勝気で切れ長の瞳は意志の強さを感じさせる、そんな一見キツい冷たい印象さえ受ける美貌。

 しかし実際は常に優しげな微笑を浮かべているため、冷酷そうな印象を受けない。

 それを高貴な、優雅な印象に変えているのだ。


 頭身が高くスラリと伸びた長い手足に小さなお尻。


(カズミさんって本当に私と同じ日本人なの? 顔だちもそうだけど、ハーフ? それともクォーターかしら? 顔小さい、モデルさんみたい)


 ケイコがそう思うほど日本人離れした体型をしていた。もう少し背が高ければ間違いなく一流モデルにだってなれる。


 カズミは一目見れば聖女候補もさもありなんと誰しもが納得する、そんな女の子だ。


 長い髪を上品に纏め、緩く巻いた髪型、気品あふれる立ち姿、優雅に振舞うその姿はまさに皆の憧れるお姉さまだった。


 座学や実技も常にトップの成績で、非常に目立った存在。普通それだけ目立てば他の女子から嫌煙されて孤立する。

 だがカズミは全く孤立していなかった。そう、コミュニケーション能力が非常に高いのだ。

 全く自分を鼻に掛けず、誰にでも気さくに親切に対応し、小さな悩みでも真剣に聞いてくれる。そしてこちらから話しかければ気軽に話し返してくれ話題も豊富、だから男女問わず常に周りに人が集まる。

 そして特定の人物を贔屓することなく常に公平、なのに困っていれば助けてくれる世話焼き気質。


(なんてコミュニケーション能力! 多数の人に囲まれることに慣れてるんだわ。

 付け焼刃な感じじゃない……何かしら? すっごい頼りになるわ)


 不思議に思ってケイコがそれとなく尋ねると、


「日本に居た頃はこれでも生徒会長だったのよ? そうあのお嬢様学校。

 え? お金持ち? 違うわよ。うちは普通のサラリーマンよ。

 おばあ様があそこのOGでね、だから学園長先生と昔から知り合いだったのよ。

 その縁で入学させて貰えただけよ。

 学園長先生ったら小さいときから知ってるでしょ? その感覚で色々雑用を頼まれてね、いつの間にか生徒会に入ってて、そのまま生徒会長になってたわ。

 そうね、だから人の先頭に立って行動すること、それに大勢の人のお世話をすることには慣れているのかもね。

 ま、やってることはただの雑用だったのだけどね、そうね生徒会長といっても学園長先生の雑用係、お世話係ね」


 そんな話をしてくれた。


(いや雑用係って、その学園長先生もカズミさんのことを認めていたのだと思うわ。

 だからそう、色々と気にかけてらしたのね……けどあのお嬢様学校の学園長と知り合いって、小さいころから付き合いがあるって、それって普通のサラリーマンなの?

 ……大きな会社なら社長とかも一応サラリーマンになるのかしら?)


 だからだろうか? カズミは余り特徴の無い地味なケイコにも分け隔てなく親切に接し、召喚同期という事もあり何かと気に掛けてくれていた。


(特定の男子と仲良くすることがないのよね、男嫌いってわけじゃなくて、普通に男子と話してるのに、常に一定の距離を置いてる感じ、これが有るから他の女子からも嫌われないのね)


 ケイコはそんなカズミに憧れて、積極的にアプローチして何とかカズミのグループに入ることが出来た。

 コミュニケーション能力の高いカズミは、他のグループにも積極的に話しかけていたが、どうしても女子には取り巻きのグループが出来てしまうのだ。

 そのグループから弾き出されないよう、ケイコは必至だった。


(高嶺の花、それは分かってる、けど同性でも憧れるのよ、そうよ憧れは止められない! だってなんだかカズミさんってお姉さまな感じだものね……ああっ憧れのお姉さま!)


 ごく普通の地方都市の公立普通科高校、無論共学、そこに通う女子高生だったケイコは、某女子高を舞台にした百合小説に憧れていた。

 そう『お姉さま』に憧れる微百合少女だった。

 そんなケイコにとってカズミはまさに憧れの理想の『お姉さま』そのものに思えた。


 だがケイコは知っている、そんなカズミが蔭で人一倍努力している、そんな姿を知っている。


 ある日、普段よりも朝早くに目が覚めたケイコは何か飲み物でもと寮の食堂へ向かっていた。

 早朝過ぎて誰もいない、静まり返った廊下を歩いていると不意に玄関のドアが開く音がする。気になって玄関へ行くと、一人、見習い冒険者寮をジャージ姿で出ていくカズミを見かけた。


(こんな早朝にカズミさんどこに行くんだろ? まだ薄暗いよね?)


 連日の実技訓練に講習、そして実戦である迷宮での魔物相手の戦闘、皆疲れ果て泥の様に眠っている、そんな早朝に一人出かけるカズミ。

 単なる興味本位、そう好奇心が抑えきれずにケイコは着の身着のまま、その後を追った。


 しかし、そこでケイコが見たのは、重りを背負い、神殿の石段を駆けあがるカズミの姿だった。

 その後も誰も居ない境内で重いメイスの素振りを繰り返し、更に魔法の訓練までする。


 汗にまみれ、歯を食いしばり、髪を振り乱して一心不乱に訓練する。

 普段のカズミからは想像もできない姿がそこに有った。


 そんな無理な訓練をしていれば当然だろう、気を失いかけ倒れそうになる。

 すると慌ててポーションを取り出して一気に飲み干す。

 そして、また重りを背負って今度はスロープを駆け降り、寮に戻っていった。


 こっそりと隠れて覗いていたケイコは、そのカズミの姿に愕然としていた。

 普段のカズミは優雅に、そうスマートに何でもこなしていた。そしてもたつくケイコたちに優しくアドバイスをしてくれていたのだ。


(嘘……天才……そうよね? カズミさんは天才でしょ? なんで?)


 その早朝の訓練をケイコが覗いた日もカズミは何事も無かったかのように優雅に、スマートに自分達と同じ訓練メニューを熟し、講義を聞いていた。


 自分の目で見た早朝のカズミの姿が信じられないケイコはその日の夕食後、こっそりカズミの部屋の明かりが消えるのを待ってみた。


(確かに運動は努力、訓練も重要だわ。けど座学は? アレだけ早起きなのよ、きっと早く寝ている筈よ。自主勉強なんてしている時間は無いわ、やっぱりカズミさんは天才なのよ) 


 そう思い、カズミの寝る時間が気になったのだ。

 だが、ケイコが思わず寝入るまでカズミの部屋の明かりが消えることはなかった。

 そして翌朝慌てて起きたケイコは、その日の早朝も当然のように早朝訓練に出かけるカズミを目撃する。


(凄い……凄いわカズミさん、貴方はやっぱり天才よ、そう努力の天才だわ!!

 優雅に泳ぐ白鳥も、水中では必死で足を掻いている。

 それを本当にやって見せる人が現実に居るなんて……自分の目で見た今でも信じられない。

 益々憧れるわカズミさん!! いえ、カズミお姉さまっ!!)


 ケイコは別に凄い『天才』に憧れはない、素敵な『お姉さま』に憧れていたのだ。

 カズミのその姿は、その陰で努力し、決してその努力をひけらかさないその姿は、ケイコの憧れる『お姉さま』として何も問題なかった。寧ろその姿に共感さえ覚えたのだ。


 その日以来、ケイコは更に積極的にカズミに話しかけ、更に親しくなって行った。

 そして憧れの彼女に、お姉さまに少しでも近付きたくて、蔭でコッソリ自分も努力もした。

 昨日今日始めた訓練ではカズミにはどうやっても追いつけない! そんなことは分かっていた。だが諦めきれなかった。


(カズミお姉さまでさえあんなに努力なさってる、ならお姉さまに少しでも追い付く為に、もっと私が努力しないでどうするの!)


 早朝訓練でへとへとになってしまうことも有ったが何とか歯を食いしばって頑張った。


 その甲斐もあって、見事ケイコはカズミのパーティメンバーにキミコと共に選ばれた。


 その頃には既にカズミは、その才能を如何なく発揮し、『光と太陽の神』の神官となり『加護』を高め、魔法を使い熟し、自分で近接戦闘、防衛も出来る期待のルーキー、10年に一人、いや20年に一人の逸材と噂されるまでいなっていた。

 こんな訳の分からない異世界に来てもカズミは、全く怯むことなく、自らを高め、努力し続けていたのだ。


(私のカズミお姉さまよ、当然よね。

 お姉さま!! 尊いわ! 素敵!!)


 そんなカズミのパーティメンバーに選ばれるためには熾烈な女同士の争いが有ったのだ。


 この街の見習い冒険者達は大体最初は仲の良い同性同士のグループでパーティーを組んで行動する。そう自然と出来上がっていった召喚同期の女性同士のグループ、それが見習い冒険者としてのパーティになるのは必然、最初の1~2ヵ月はそんな感じで女性のみのパーティ単位でクエストを熟していった。


 だが女性の見習い冒険者達は直ぐに壁に突き当たる……女性だけだと前衛が脆い、魔物との戦闘において戦線が維持できないのだ。


 確かに女性も近接戦闘等を学ぶ、カズミやケイコもある程度は近接戦闘も熟せる。

 しかし、それでも足りない、それだけでは足りないのだ。


 魔物はどんどん強くなる、攻撃は益々鋭く激しくなり、その防御力は益々上がっていく、硬く、素早くなっていくのだ。

 体格・身体能力に劣る女性では攻撃力不足、防御力不足になる。

 攻撃が当たらない、当たってもダメージが通らない、攻撃を弾き返される。

 攻撃を受ければ防御しきれない、その攻撃に容易によろけ、膝をついてしまう、攻撃に押し負けて押し倒される。


 その為、女性の見習い冒険者は大抵が後衛、支援職や回復職、そして魔法による火力職を選択する。

 前衛を選びようがない、こればかりは仕方がない。

 しかし、そうなってくると女性だけではパーティーが成立しなくなっていく。


 故に、自然と見習い冒険者となって3ヵ月目位から、女性見習い冒険者は仲の良い三人組でパーティーを組み、それに男性のパーティー、3人~5人のグループが加わる形が、一般的なパーティーの形に成って行く。


 この女性三人組は6人パーティにおける一般的な後衛職の人数だ。幾らカズミ達女性が望もうと、それ以上、一つパーティに女性を加える余裕がない、必然から決まっている逆らい難い制約。


 そうその三人組の女子、カズミのパーティーの残り二枠に選ばれるためにケイコは努力したのだ。


 カズミは普段はとても優しく、人当たりが良い。しかし、戦闘においては非常に冷静に各人の動きや能力を観察し、能力の劣るものを切り捨てていく。


(カズミお姉さまって意外と……いえ意外でもないわね、負けず嫌いなのよね、一番になりたいのよ。

 そうよカズミお姉さまが人の下について、誰かに従っている、そんな姿は想像できないわ)


 カズミは積極的にこの街の師匠たちに教えを請い、それを吸収し、成長していた。

 尊敬すべき師匠にその頭を下げる、それに躊躇いは無い。

 しかしクエストなど、冒険者として行動する際に、誰かの下について行動することがなかった。

 カズミは優秀だ、そして美しい。既に見習い冒険者を卒業した、初級冒険者からパーティに誘われることもあったのだがそれをすべて断っていた。

 保護され甘やかされて、誰かの庇護下で冒険する。それを良しとしないのだ。


(お姉さまは経験を、自ら経験を積んで成長なさろうとしている。

 そう誰かに頼るのでなく、誰かに頼られる存在を目指してらっしゃる。

 その為には常に激しい戦闘をする必要性が有るわ! 強い魔物との戦いを経験して能力を高めて行こうとしてらっしゃるのよ!)


 無理はしない、準備も可能な限りするし、情報収集も怠らない。

 しかし、常により強い魔物と戦い、自らを鍛えることにカズミは貪欲だった。


(足手纏いを率いて、のんびり冒険をしていては強くは成れない。

 それをわかってらっしゃるのね、だからこそ、能力の足りない者と一緒にパーティーを組むことが出来ない……)


 魔物との戦闘、その勝負に懸けられているのは自分達の命だ。

 そこに甘えは許されない。そんな状況では足を引っ張る方も足を引っ張られる方もお互い不幸になるだけ。


(それが分かってらっしゃるから、こと戦闘においてはお姉さまは非情なのね……戦闘においては他人に厳しいお姉さま、けどご自身にはそれ以上に厳しいわ)


 カズミは決して後衛の立場に甘んじることは無い。

 チャンスが有れば積極的に攻撃に参加する。

 そしてそれだけの能力があった、確かに体格的に劣る女性。

 しかしこの異世界には恩恵が、加護、魔法、武技、元の世界にはない技術や奇跡がある。

 それを積極的に学ぶカズミの攻撃力は、他のひ弱な女性冒険者とは一線を画していた。


(ご自分を高めるための努力を怠らない、その苦労をいとわない……ああっ素敵!!

 こんな異世界でも自分を見失わない、目標を見失わないなんて!)


 カズミが何を目標としているのか、それはケイコにはわからない、ただカズミは貪欲に、上を、更に上を目指している。そのことだけは疑いようがなかった。


 そしてそんなカズミがパーティーメンバーに選んだのがケイコとキミコだった。


 キミコは支援系の魔法に特化しており、非常にその支援魔法が多彩で巧みだった。

 一見ケイコと同じく地味な見た目で、取り立てて美人ではない。

 だが醜いわけでもなく、普通、そう極普通の女の子だった。

 体形は悪く言えば太ってる、よく言えばぽっちゃりな女の子。

 更に眼鏡っ子という戦闘に向かない、鈍くさそうな女の子。


 だがしかし、実際の魔物との戦闘では鈍くささのかけらもなかった。

 急に魔物に襲われても、まるで騒ぐことなく、妨害魔法で足止めし、弱体魔法で敵の戦闘力を削ぎ、支援魔法で味方を強化する。

 大人しそうな見た目に反して非常に肝が据わっているのだ。


 又、最近『炎と戦いの女神』の神官となった。特に戦闘支援系の加護に優れた『炎と戦いの女神』

 キミコは更に支援系の手札を充実させて、新たに手に入れた『加護』を積極的に運用するなど、支援特化構成として存在感を発揮していた。


 キミコは後衛職における火力の面では劣っていたが、自らの火力は無くても、前衛の攻撃力を上げることでそれを補って余りある効果を上げていた。


 ただ近接戦闘はケイコよりも更に弱い。キミコの攻撃力ではカズミの選んだクエストで戦う魔物相手には、既にダメージを与えることが出来なくなっていた。

 それ故に攻撃の手段としては既に役に立たないメイスを捨て、スタッフを装備し、棒術を学び、支援魔法の強化と共に、防御を磨いていた。

 攻撃を受け流すことに特化して腕を磨いていたのだ。

 そして例え傷を負っても騒ぐことなく自ら治療し、常に冷静沈着に行動する。


 それがカズミのお眼鏡に叶ったのだとケイコは思っている。


 普段から無口で余り無駄な事は喋らないが、無表情ではない、笑うととてもチャーミングなのだ。

 可成り物静かな女の子だが、それが返って包み込む様な包容力を生み、ケイコもキミコが一緒に居ると何故か安心できた。


(何だろう、こんなことを思ったら失礼なのかもしれないけど、キミコさんって肝っ玉母さんって感じで、居ると安心するのよね)


 そんなケイコは『大地母神』の神官になり、癒しの加護を高め、回復役として何とかカズミのパーティーメンバーに食い込めた。


 近接戦闘も自己防衛程度は出来る程度に努力と根性で訓練した。魔物との戦闘は怖い、だがカズミと一緒に、お姉さまと一緒に居たい一心で心を奮い立たせ立ち向ったったのだ。

 最初に使っていたメイスは若干使い難かったが、カズミが見つけて来た可愛い女の子が店番をしている店で、持ち手が細く、若干柄の長いメイスを買ってからは随分と戦いやすくなった。



「此方のメイスは女性専用に作られているんですよ、だから柄が細いでしょ?

 それに打撃部分だけ太く、卵型、それで柄を長く細くすることで腕への負担を減らしているんです、お勧めですよ」


 武器屋の店番の可愛い女の子が自分に向いた武器は無いかと尋ねたケイコに、お勧めの武器を紹介してくれる。

 それは新体操のクラブの柄を長くした様な形状だ。


(メイス? クラブじゃないの?

 アレ? そもそもメイスとクラブってどう違うの?)


 因みに柄と打撃部位が別で作られた物がメイスで、一体で作られた物がクラブだ。

 このメイスは一見クラブの様だが、打撃部位が別で作られて後、柄と組み合わされており、打撃部位は硬く重い炭素を多く含む魔鋼、柄の部位は炭素の含有量の低い靭性の高い魔鋼と部位によって使われている材質も違う。


「けど若干、その打撃部分が小さくないですか? 今まで使っていた物よりも軽いわ。これでは攻撃力が下がりませんか?」


 そんなケイコの疑問に、女の子はにこやかに答える。


「その点も平気ですよ、柄が長めに出来てるでしょ?

 この武器の特徴です! ポールウェポンってほど長くはないですが、打撃部分が軽いから女性でもぎりぎり片手でも使えますし、もちろん両手でも使えます。だからとても取り回しが良いんです。

 そしてこの長めの柄で遠心力が利用できるから打撃部分が軽くても攻撃力が高いんですよ」


「確かに、とても扱いやすいわ、それに振った時の勢いが今までと違う!

 凄い、これ凄く良いです!」


「女性にはハンマーもお勧めですけど、あれはもっと積極的に攻撃する人用ですね。

 咄嗟に武器を防御にも使って敵の攻撃を受け流し、そのまま反撃もすることのある後衛の方には、攻撃する際に向きを全く気にしないで使える、このメイス『戦棍』はとても向いてると思いますよ」


「そうね、ケイコが今まで使っていたメイスは、私も使ってる棍棒、野球のバット型でしょ?

 確かに丈夫だけど、あれはね、私も最初に支給されたから使っているけど女性には向いていないのよね」


 カズミが支給されたメイスの欠点を上げる。ただこのメイスが最初に支給されるのには訳がある。

 まず耐久性が非常に高い、殆どメンテナンスの必要がないほどだ。

 故にお金がない見習い冒険者に向いている。

 そして重い、そうこれも女性の腕を鍛える為、腕力強化の役割も兼ねて訓練用に御誂え向きなのだ。

 このメイスも一見野球のバットの様なクラブに見えるが、腕への負荷を減らす為、持ち手を含んだ柄が木製、打撃部位が魔鋼製と組み合わされている。

 ただ木製故に強度確保の為、持ち手が太く、手の小さな女性冒険者に不評であった。


「カズミさんこの辺のトゲトゲしたのや、こうカクカクしたのはダメなのかしら?

 こちらの方が凶悪な見た目でとても攻撃力が高そうに見えるわ。

 お店の方が勧めてくださった戦棍も良さそうですが、少し大人し過ぎて弱そうに見えます」


 同じく武器を眺めていたキミコが確かに凶悪な、そして攻撃力の高そうなメイスを見つめて尋ねる。


「その辺も確かに悪くはないのですけど、その棘やエッジにはデメリットもあります。

 攻撃の際にある程度向きも気にしないとダメな事もデメリットですが、それよりも、鋭い棘は傷みやすくて耐久性がありません、どちらかというと柔らかい魔物用です。

 それにカクカクしたエッジタイプは棘よりは耐久性がありますがメンテナンスがし難いですね、なにせ形状が複雑ですから……こう隙間や溝に色々なものが詰まるので……

 そして何よりこの二つのタイプは魔物の装甲を砕いた際に、棘やエッジが刺さって抜けにくいんです。

 男性なら平気なのでしょうけど、腕力のない女性の場合、腕を持っていかれる事がありますから危険です。

 ですから女性専用に作られたこのタイプの戦棍は表面の引っかかりを無くして、衝撃のみを魔物に伝えるように出来ているんです」


 キミコにそう説明を返す女の子。


(この子の説明、とても分かり易いわ! そうなんだそんな理由があっての形状なのね、意味があるのね色々と、けどそうね、最初に勧めてくれたコレ、これが良いわ)


「カズミお姉さま、私、コレ気に入りました。私はこちらを買い求めようと思いますわ」


「お買い上げありがとうございます♪」


「ワタクシも少し良いかしら? 先ほど女性にはハンマーも向いていると言ってたわね?」


「そうですね、積極的に攻撃に参加されるのでしたら、柄が細く、打撃部分を先端に付けた、こちらのポールハンマーなどは、女性に向いてますね。

 長い柄が防御にも使えますし、遠心力を利用した際の攻撃力が素晴らしいです。

 それにこのポールハンマーは反対側にピックが付いているので、装甲に亀裂の起点を入れる際や急所を狙う際にはピックを使用、衝撃で確実にダメージを相手に与えたい際にはハンマーを、そして中距離で前衛の後ろから支援する際に相手を突ける先端のピックと、色々な状況に対応して使えるので攻撃の幅が広がります」


「そうなのね、先輩神官の方がそれと同じようなポールハンマーを装備してらしたから気になっていたのだけど、そんな理由だったのね」


「あら? お客様は『光と太陽の神』の神官様ですか? そうですね、あそこのテンプルナイトの方は大体ポールハンマー装備ですね。

 神官長様は結構緩い方ですけど、テンプルナイト団長の高司祭様は厳格な方ですからね、女性が刃物を嫌って、それでも攻撃力を求めるとやはりポールハンマーになりますねから、必然でしょうかね」


「他に何か似たような武器は無いのかしら?」


「そうですね、モーニングスターなんかも良いのですけど、やはりその重量がネックになりますね、腕力の無い女性には中々お勧めは出来ません。

 刃物の武器で有れば他にもあるのですけど、刃物はお嫌ですか?」


「そうね、刃物を使うと加護の力が弱まるのでしょ?」


「色々抜け道のある制約なので、そこらへんは大丈夫ですよ」


「あら? そうなの? けど……そうね、やっぱり今回はポールハンマーにするわ。

 あまり新人が規則を抜け道を利用するのはね、先輩冒険者の方に目を付けられるのも出来れば避けたいわ」


「ではこちらをお買上げですか?」


「そうねポールハンマーもいくつかあるけど最初に勧めてくれたそれが一番良さそうね、それを頂くわ」


「ありがとうございます」


「キミコ、貴方はどうするの?」


「私はスタッフですから、今のままでも暫くは大丈夫です。

 私は後衛の支援特化ですから……

 残念ですが私の腕力では魔物にダメージが通りません」


「支援特化……お客様は最初に支給されたスタッフをお使いですか?」


「そうです、アレでも攻撃を逸らす用途なら十分役に立つので」


「確かに武器として、その様な用途で有れば十分かも知れませんね。

 しかし、そうですね、敢えて買い換えるのだとしたら、魔法の触媒、魔法の補助器具として見た場合にコチラのスタッフをお勧め致します」


「?! スマートなデザインなのに魔法球が大きいですね。

 アレ? 魔法球が三つ??」


 差し出されたスタッフは先端に行くに従って広がるラッパ型、その広がった先端に大きな魔法球が嵌め込まれ半球を露出している、中程にも小さめの魔法球、そして更に柄頭にもう一つ。

 全体のデザインはシンプルでワンモーションの曲線、装飾は側面に魔法回路のルーンが刻まれた銅製の彫金のみ、本体は魔鋼製だろう薄っすらグレーだ。

 一見ワンドにも見えるが長尺な為片手で保持は出来そうに無い。

 その形状と材質からかなりの重量を予想したキミコだが、持ってみると意外にそこまで重く無い。

 ラッパ状に広がった先端の内部が空洞になっているらしい。


「コチラのスタッフは特に支援系に特化してまして、メインの魔法球は大きく、補助効果に優れます。

 一般的な照準補助、範囲設定補助だけでなく、追加で魔力消費軽減、魔法効果拡大、魔法効果時間延長と属性が付与されています」


「そんなに?!」


「驚くのは未だ早いですよお客様。

 更にこのスタッフの中程にある小さめの魔法球は耐久性向上でスタッフ全体を保護しています、そして更にメインの魔法球を包む物理障壁を発生させて魔法球へのダメージを防いでいます」


「確かに凄い付与だけど、そんなに付与したらそれでは魔力消費が大きすぎるでしょ?」


「そうですね、お客様の仰る通り普通は消費が大き過ぎてこのクラスのスタッフでは各付与効果が弱くなってしまいます」


「付与効果が弱いなら意味がないのでは?」


「そこで最期のこの柄頭の魔法球です。

 この魔法球は地脈からの魔力補給に特化した魔法球で魔法回路を通じて各魔法球に魔力供給を行なっています」


「可なり強引な設計に思えるのだけど……」


「そうですね可なり強引な設計です。

 ですからデメリットも有ります。

 魔法球が多いですから非常に成長が遅く、また使用者に馴染むのも遅いです。

 更に若干じゃじゃ馬気味で魔法の制御に繊細さが求められてしまいます」


「流石にメリットばかりとはいかないのね」


「ですが使い熟せば、そう使い込んでいった際には先の効果を発揮する為、術者の非常に心強い相棒になります。

 そうですね、こちらは容易とは申せませんが、その困難に見合うだけの実りを与えてくれるスタッフとなっております。

 後衛で支援特化であるお客様が初期スタッフから敢えて買い換える場合、このクラスのスタッフの中でお勧め出来るとしたらコレですね」


「お姉さん本当に商売上手……迷うわね。

 私に使いこなせるかしら?」


「キミコ、そこに自分が向上する可能性があるのなら、努力もせずに諦めてはダメよ!

 自ら前に進まない者に望んだ未来は訪れないわ。

 前に進むか立ち止まるか迷ったのなら前に進みなさい。

 停滞は後ろに下がっている事と変わらないのよ、そうでしょ?

 他の者が前に進んでいるのに立ち止まれば、前に進む者から見ればそれは後退よ」


「カズミさん……そうね私も貴方と供に居る決断をしたのだから立ち止まる訳には行かないわね、私もそちらをいただきます」


「はい、お買上げありがとうございます!

 お客様達はこの店は初めてですよね?

 なのでこれからご贔屓にして頂く御礼にメンテナンス薬液を6回分サービスでお付けしますね♪

 今後も当店のご利用よろしくお願い致します!」


(うわっこの子本当に商売上手! けどそうね、なんだか嫌な気がしない。

 流石お姉さまの見つけてきた武器屋さんね。前評判通りだわ、この子の選ぶ武器って本当に手に馴染む、とてもしっくりくるわ。

 お姉さまもキミコさんも気に入ってるみたいだし……

 『任せて安心な美人看板娘』か……確かにあの怖い店主さんが居ない時を狙ってきて正解ね)



 しっかりした武器を手に入れたケイコは、攻撃魔法も学んで魔法による火力を手に入れ、『加護』の修行に励み、後衛職として十分及第点に届くまでに成長した。


 あの店で買ったスタッフを使いこなせるようになったキミコと共に、他の候補者三人を抑えてギリギリパーティーメンバーに食いこめたのだ。



 それから更に1か月後、その頃にはカズミは神官から神官騎士となり、ポールハンマーを使いこなし中衛職もこなせるまでになっていた。

 更に『魔法』による攻撃や補助、『加護』による回復や支援とマルチに活躍するスーパールーキーとして彼方此方で噂になっていた。


 そんなカズミのパーティは常に男子たちに人気だった。


 パーティー募集広場で臨時のパーティーを募集すれば我先にと男子たちが群がる。


(そうよね、誰だってカズミお姉さまとパーティ組みたいわよね)


 確かにカズミは美しい、しかし、それだけでは無かった。

 大人しい見た目だが、委員長タイプで眼鏡に豊満な体と、一部男子に絶大な人気を誇るキミコ。


 そして妹タイプで自己主張はしないが、その健気にカズミについていく姿勢に、庇護欲をくすぐられる者も多いケイコ。


 ケイコ本人はカズミと比べて地味だと思い込んでいる顔立ちは、確かに目立ちはしないが、目立って悪いところもないのだ、少し小柄なところも相まって、妹キャラとしてこちらも一部男子に熱心なファンを獲得している。


 そんなカズミ達三人組だ、男子が放っておくわけがなかった。


 カズミはそんな男子たちを優雅にあしらい、最初の内は常に違った男子のグループと臨時のパーティーを組んだ。


「ねえ、カズミお姉さま、なんで毎回組む男子を変えるの? この間の4人組は結構良かったと思うのだけど?」


「そうよね? ケイコちゃんの言う通り、あの4人組は今回も居たのに……なんで今回はこの5人組なの?」


「二人とも、ワタクシとパーティーを組むのなら良く覚えておきなさい。

 相手の実力は見ただけでは判断できない、そうでしょ?

 まあ見た目からダメな男子は最初から除外する、けどね、そうじゃない男子に関しては見た目だけでは判断が出来ないのよ。

 今後見習いを卒業したら固定パーティを組かも知れないのよ。

 その時に後悔したくなければ、今は色々な男子とパーティを組んで、実際の戦いぶりを観察するの。

 そして自分の見極める目を養い、集めた情報を分析して、固定パーティのメンバーとなる男子を選抜するのよ」


「確かにそれはそうですね、先ほどの身の程知らずな三人組、あんなのは話になりませんものね。

 あんな風に見た目だけで地雷とわかれば良いけど、そうじゃなければ実際にパーティを組んで戦闘する姿を観察するのが確かに一番ですね」


「ああ、あのゴロウ君だっけ? タクヤ君だっけ? まあアレは明らかに残念な感じでしたけど、カズミお姉さまに声を掛けた勇気は中々……あの無謀さ、もしかしたらあの人達将来伸びたりしないのかしら?」


「将来人並み以上になれたのならその時に改めて此方からお願いすれば良いだけよケイコ。

 良い? 今は見習い卒業後に使える男子を探している重要な時期よ。将来性だけに期待して無駄な時間を使う余裕はないわ」


 カズミは戦闘については情を挟んだり、楽観視することがない。常に最悪の場合を想定しそれに備える。

 それはパーティメンバーに関しても同じだった。 

 そんな感じでとっかえひっかえ、パーティを組む相手を変えてカズミ達は迷宮で戦闘を繰り返していた。



 そう、それは丁度見習い冒険者生活5ヵ月目、『黒鉄鉱山』での魔鉄の採掘に先の5人組の男子達と来ていた時の事だ。

 それまで地下3階で順調に採掘をしていたカズミ達は大きなジャックポットに遭遇した。既に50匹を超える魔物がルームに溢れている。

 ルームにいる冒険者たちの殲滅速度が魔物の沸く速度に追いついていない。


「クソッ、何て硬さだ、攻撃が通らない!!」

「次が来る! 次が沸いたぞ!!」

「こっちは『大鉄クモ』で手一杯だ!!」

「くそ、毒を受けた!! おっ、解毒サンキュ! ケイコちゃん!

 『大鉄ムカデ』め! 何て硬い!」

「弱体化で動きが鈍っても、攻撃のダメージか通らなければ倒せない!!」

「防御力を下げる魔法は?」

「あれはワタクシ達見習いの使える魔法ではなくてよ、流石にキミコでも使えないわ」

「コボルトが沸いたぞ!! 数5!」

「4匹は他へ回ったわ、けど1匹こちらへ来ます!」

「他のパーティは何をやっている、こっちが大物は引き受けてるんだ雑魚を倒して救援に来いよ!」


 5人の男子は必死で魔物を押しとどめて居るが、苦戦していた。

 ジャックポットでしか沸かない3メートルを超す大型魔物『大鉄クモ』と『大鉄ムカデ』の2匹を引き受け、その強固な外殻に、攻撃のダメージが中々通らず、新たに沸いた魔物に対応する余力がない。


「他のパーティーもコボルトに『ジャイアントバット』、それに『クリスタルジェリー』の対応で手一杯だわ、泣きごとは後よ! 

 私も前に出ます。兎に角、男子は『大鉄クモ』と『大鉄ムカデ』を早く仕留めて!!」


 カズミはそう言ってポールハンマーを握り、コボルトに殴りかかる。


「クソ! こう接近されていては魔法による火力支援も無理か……ケイコちゃんどうだ?」

「射線が通りません! それに味方に当たる可能性が有るのでこの状況では魔法は使えません」

「クソッ、こんなのが沸いて来るとはな、剣ではどうにもならない!」

「俺たちも打撃系を用意してくるべきだったか?」

「今更言っても遅い! 今は手持ちで何とかするしかないだろっ!」

「あそこのパーティのアイツ、ウォーハンマーだろ?

 あれを借りるか、アイツを連れてくるかできないか?」

「無理だろ! あのパーティのメインは彼だ! 抜ける事なんてできそうにないし、武器を貸せだなんてもっと無理だろ」

「クソ、なんで俺たちは全員ソード系なんだ」


 状況は刻一刻と悪くなっていった。


「キミコちゃん、私も前に出ます、支援を任せるわ」


(ここは一匹でも数を減らすべきよ、私だって『ジャイアントバット』や『クリスタルジェリー』位は倒せる!)


 ケイコもそう思って前に出ようとすると、


「ダメよケイコ、貴方は回復役、このパーティの生命線よ。あなたがケガをして回復役が居なくなるとパーティーが崩壊します。

 私も魔物を捌くので手一杯よ、回復まで手が回らない、堪えなさい」


カズミがコボルトにポールハンマーを叩き込みながらケイコを止める。

 硬い毛皮越しでもポールハンマーの衝撃は確実にコボルトにダメージを与えている。


(流石はカズミお姉さま! あと数発ね、この手数でコボルトを倒せるなんて! 凄いわ!)


 だが、だからこそ、カズミにはコボルトの相手を任せたい、男子は『大鉄クモ』と『大鉄ムカデ』に掛かりっきり、そしてケイコにもキミコにも地下3階のコボルトの相手は荷が重い、あの硬い毛皮に攻撃が弾かれるのだ。


「しかしお姉さまっ!」


 ケイコが反論しようとした時、キミコが警告の声を上げる。


「カズミさん、新たに魔結晶が発生しそうです……これはっ、大きい!」


 魔素が集まりつつあった、それは魔結晶の沸く前兆だ。


「お姉さま不味いです。ここに新たに『大鉄クモ』か『大鉄ムカデ』が沸いたら支えきれません」


 既にルームの魔物は飽和状態だ、皆必死で戦って何とか冒険者と魔物のバランスが取れている、ここに追加で大物が沸いたらバランスが完全に崩壊する。


「撤退準備! 撤退準備だ!」

「これはもう無理だろ、一度詰め所まで戻ろう」

「クソッ、硬過ぎだろ! ダメージがほとんど通らねえ!」

「組み付かれるぞっ! 距離を取れ! ここで押し倒されたら死ぬ!!」

「撤退だ、それしかない、今ならまだ逃げられる!」


「ダメよ、今私達が抜けたらこのルームのバランスが崩壊するわ。そんな事になったら入り口に近い私達は良いけど中央付近のパーティは全滅よ」


 カズミは戦闘に関して非常にシビアだ、だがそれは利己的な理由ではない。

 何かあった際に、他者を救うため、他者を見捨てないためなのだ。

 非常事態に備えて余力を残すため、敢えて足手まといは最初から切り捨てている。


 その時初めてケイコはそれを理解した。


(ああ、お姉さま、お姉さまはやはり聖女だわ、こんな場面でも、ここまでの窮地でもその姿勢に変わりがない……なんて尊いの!!)


「だがなカズミさん、このままじゃあ俺達がヤバい、先ずは自分の身の安全が最優先だろ!!」


「ダメよ!! 貴方達は仲間を見捨てて逃げる気なの!」


 そうカズミにとってはたとえ他のパーティーであっても、同じ冒険者仲間、同じ見習い冒険者なのだ。

 このルームにいる他のパーティにも今までカズミがパーティーを組んだことのある仲間がいる。


「綺麗ごとは生きて帰ってからにしてくれ、男子は復活の首飾りが無い! 死ぬわけには行かないんだ!」


 復活の首飾り無しで死んだ場合、当然死体はその場に残り、その死体を魔物に食われる、ある程度肉体が残っていれば蘇生は可能らしいが、それでも大幅に力を失う、欠損部分が多ければ多いほど失う力も大きいのだ。

 男子が必死なのも理由が有る。

 

 カズミの行為は尊い、とても立派な行為だろう、しかし、それもこれも全滅しては意味がないのだ。

 

 ルームの中央に沸いた魔物を見てケイコは絶望と共にそのことを悟る。

 そして、


「お姉さま!! ルーム中央『大鉄クモ』2、『大鉄ムカデ』1!! こちらに向かってきます!!」


ケイコの叫びに、ルームの各所から悲鳴が上がる。

 この瞬間ルームのバランスが崩壊した事をこのルームにいるすべての冒険者が悟ったのだ。


 そんな絶望に包まれるルームに……


「あれ? ここも混んでるわね、どうするもっと奥まで行ってみる?」


 そんな場違いに気楽な声が響く、ルームの入り口通路から、女性三人組がルームに入って来ていた。声を上げたのは先頭を歩く小柄な少女だろうか?


(わぁ、綺麗な子、けど何で三人? え? 他にパーティメンバーは居ないの?)


 ケイコは自分達の危機的状況も忘れて、それを見て驚愕する、女性三人を先行させるパーティもどうかと思うが、そもそも続くパーティメンバーが居ない。


「地下3階は人気とは聞いてましたけど、どこも人が多いですね、ノリコお姉さまどうしますか?」


 こちらも魔物の溢れるルームを気にする風もなく、背の低い華奢な女の子が背の高い女の子に話しかける、どちらの女の子も目の覚める様な美人だ。


(どうしますも無いわ、逃げて! 地下3階に女の子だけ、しかも三人だけで来るなんて自殺したいの!!)


 この場に居た冒険者の心の声が一つになった。


 確かに自分達は危機的な状況だ。

 ほんのちょっと新たなパーティの出現に、期待もしていた。

 新たな戦力と協力すれば全員で脱出も可能かと希望が湧いたのだ。

 だが現れたのは女性の三人組! これでは戦力として期待が出来ない!

 失望が広がったが、それでもこの新たに来た綺麗な女性三人組に死んでほしいと思うほど人間が腐った冒険者も居なかった。


 だから思うのだ、『逃げろ』と。


「ねえ何だか魔物も多いわ、本当に地下3階は沸きが激しいのね……うーん、空きスペースがあっても採掘出来るのかしら? 余裕が余りないように見えるわ」


 小首を傾げる背高い女の子の言葉に、更に皆驚愕する。


(この状況で採掘なんてできるわけないでしょ!!! 貴方状況分かってるの!!)


 既にこのルームで採掘を続けているパーティなど居ない、皆必死で魔物を押しとどめて居る状況で誰が採掘など出来ると言うのか!


(なんて残念な子達なの、この状況が理解できないなんて、そもそもあんな人数で地下3階に来て、よく今まで無事だったわね……

 あんなに綺麗なのになんて残念な…………綺麗…………綺麗な三人組??

 あれ? 綺麗な三人組の女の子って? どこかで……)


「この程度なら平気でしょ? 移動ついでに少し狩って魔結晶を集めようか? 良いお小遣い稼ぎよね?」


「ダメですよメグミちゃん! 横殴りはマナー違反です! 他人の獲物を取るべきでは有りませんわ!」


「真面目ねえサアヤは、構わないでしょ? 移動してる時に襲い掛かってくる魔物は倒しても良い筈よ、タゲを維持できてないんでしょ? 文句を言われる筋合いは無いわね!」


「二人とも喧嘩しないで、ほらこっち、ルームの端を移動すれば迷惑は掛からないわ、それでいいでしょ?」


「けどさノリネエ、ちょっと観察して気が付いたんだけど、ここのルーム魔物と冒険者のバランスが既に魔物側に傾いてるわ、これ崩壊してるんじゃない?

 なら私達が好きに狩っても感謝こそされても文句は出ないんじゃないの?」


「言われてみれば、そうですね……どうしますお姉さま」


「そうなの? うーん、そうなのかしら? まあメグミちゃんが言うならそうなのかもしれないわね、けど一応声を掛けて許可を取った方が後々問題がないんじゃないかしら?」


 そんな事をのんびりと言い合っている三人組に、此方に向かってきていた『大鉄クモ』2匹が狙いをつけたようだ。

 進路を変えて三人組に向かっていく。

 更に新たに沸いたコボルトが4匹、声に引かれてそちらに駆けだす。

 男子が2・3人がかりでようやく抑え込んでいる、ジャックポットでしか発生しない大物魔物『大鉄クモ』、それが2匹も向かっている。この状況で更にそこへコボルトが4匹が追い打ちを掛けるべく向かう。


(不味いわ! あの子達殺される! なんてタイミングが悪いの!)


 『逃げろ』この三人組に向かってそう叫ぶべきだと、このルームの者は全員理解している。

 だが、叫べない、少しでも魔物が分散すれば、少しでも魔物を足止めしてくれれば、それだけ自分達の生き残る確率が上がる。

 だから誰も叫べなかった、このままでは彼女たちは魔物に殺される、それを分かって居ながら誰も叫べなかったのだ。


「貴方達! 何をしているの! 逃げなさい! 魔物が迫っているでしょ! 分からないの?!」


 カズミが叫ぶ。

 誰もでは無かった、一人いた……自らの不利を承知で『逃げろ』と叫べる、そんな人間が一人いたのだ。


(お姉さまっ!! この状況でもその心は気高さを失わないのですね……

 しかし、アレではもう……)


 果たして今から逃げて、逃げ延びることが出来るのか、『大鉄クモ』の足は速い。


 すると小柄なメグミと呼ばれた女の子が、


「あら? 何あの子! 結構可愛いわ! ねえ、美人さんよ!

 んっ? けど逃げる? なんで……ああ、少し魔物がこっちに来てるわね、『大鉄クモ』かな?

 確かこいつは買取単価が高かった筈、良い値段だったわよね? 丁度良いわ。


 ねえ!! そこの美人さん!! この辺の魔物狩って良いかしら? 少しお小遣いが稼ぎたいのよ!」


この期に及んで気軽に返事を返す。逃げ出す気配すらない。


(なっ!! 何言ってるのこの子!)


「申し訳ありません、マナー違反かもしれませんが、少し魔物を分けてください。

 既に此方に向かってきているので、これを倒したら直ぐに移動しますから」


 ノリコと呼ばれた背の高い、胸の大きな子がその横で頭を下げる。


「おい、カズミさん!! あんな頭の弱そうなやつらに構っている余裕はない!」

「チャンスだ、あっちにターゲットが分散した、今しか逃げ出すチャンスはねえ!」


「ダメよ! 今逃げたら完全にこのルームのバランスが崩壊する、あの子達が持ち堪えている間に今度こそ立て直すわよ!」


 カズミ達が方針を巡って言い争っている間にも、他のパーティがカズミ達のいる方、ルームの入り口に向かって移動を開始していた。

 その後ろからは50匹を超える魔物が追いかけてきているが幸いなことに取り残されたパーティーは居ないようだ。


(何にせよ、皆が無事に逃げ出すタイミングは掴めたわ、ここは貧乏くじだけど、あの子達がほんの少し耐えてくれれば)


 ケイコは既に撤退する気でそのチャンスを生かそうと思っていた。

 カズミはまだ立て直せる気でいるようだったが、既に他のパーティが逃げ出している、撤退は確定事項だ。


「ほらカズミさん、もう無理だって、他のパーティが逃げてきてる、無理だよ!」

「ここに留まっていると魔物に囲まれて嬲り殺しだ、他に選択肢はない!」


 流石にそれを確認したカズミは、


「くっ仕方ないわね、けどあの三人も逃がさないとダメ! 撤退を支援するのよ!

 『大鉄クモ』を押し付けるなんて! これではMPKじゃない! それだけは絶対にダメよ!」


 そう周りに声を掛けるが、男子にそちらに避ける余力はない。

 何とかしたいのは山々だが、取れる手段がない、完全に手詰まりだった。

 何か手がないか思案している間にも『大鉄クモ』は三人に迫る。


(もう無理、何をするにも間に合わない! どうしよう! あの子達ケガをするわ、下手したら……)


「ねえもういいでしょ? 一応声は掛けたわよ? 狩っちゃうからね?」


「返事が有りませんけど、あちらも大変みたいですし、良いんじゃありませんか? お姉さま」


「そうねお忙しそうだし、取り敢えず此方に来ている分だけでも狩っちゃいましょうか? ねえサアヤちゃんプリンちゃん達はまだ?」


「少し回収に時間が掛ってますわね……あっ今来ましたわ、回収は大丈夫そうですわ」


「じゃあノリネエは右のクモね、私は左をやるわ、サアヤはバックアップ! コボルトが流れてきたら始末して、流れてきたらね!」


「ああ、メグミちゃんズルい! コボルトも全部取る気ね!」


「まあまあ、サアヤちゃん落ち着いて、チャンスはまだあるわ、焦らなくても平気よ、じゃあ私も行くわね!」


「お姉様まで!! もうっ! 次は私の番ですからね!!」


(何を言ってるのこの娘達…… えっ!! 何で前に出てくるのよ!)


 ケイコは三人組の行動に唖然とする、この状況で『大鉄クモ』に向かって自ら距離を詰めるのだ。


シュパンッッ!!


 音が響く。


 ケイコには何をしたのか見えなかった、そう全く見えなかったのだ。

 メグミが『大鉄クモ』と交差した瞬間、メグミの姿が消え、『大鉄クモ』が地面に伏せた。

 ケイコにはただ『大鉄クモ』が地面に伏せたようにしか見えなかった。


(何? あのタイミングでジャンプするの? えっ? 『大鉄クモ』ってジャンプして攻撃してくるの??)


 あの巨体で飛び掛かられたら下敷きになった人は圧死確実だろう、そもそもあの巨体、あの重量で飛べるのか?


 だが『大鉄クモ』は動かない、地面に伏せたまま動かない。


(何? なんで動かないの? 狙いをつけてるの?)


 そして見失っていたメグミの姿をケイコの瞳が再びとらえた。

 メグミは『大鉄クモ』を無視して4匹のコボルトに向かって駆け出していた。


(え? ええっ? 何? 今何が起きたの?

 消えた……消えたわよねあの娘! 消えてまた突然現れたわ!!

 それになんでまだ『大鉄クモ』は地面に伏せてるの? 何で……動かないの?)


 ケイコが目から飛び込んでくる情報に混乱している中、今度はノリコがポールハンマーを構えてもう一匹の『大鉄クモ』に迫る。


(あっ! あ、あの子は馬鹿なの! 何で正面から突っ込むのよ!! あれじゃあ『大鉄クモ』に弾き飛ばされるわ!!)


ズドッッン!!!!


 地響きを立てて『大鉄クモ』が地面に叩きつけられる。

 あの巨大な『大鉄クモ』が冗談の様に、まるで人形のように地面に叩きつけられる。

 あの硬い大きな『大鉄クモ』が一撃で、頭から胸辺りまで粉砕され、更にポールハンマーは地面にクレーターを穿っていた。


「っっっはぁぁぁぁっ??? 一撃? 一撃だと!!」

「ありえねえ! このクソ硬い『大鉄クモ』だぞ!!」

「なんで吹き飛ばされない!! 重量比で言ってもあり得ねえだろっ!!」

「待て!! 先に伏せた『大鉄クモ』……あれ魔素に分解始めてねえか?」

「何だ? 何が起っている?」


 皆の視線が、そう逃げてくる他のパーティの冒険者たちの視線までノリコと『大鉄クモ』に集中する。

 その中でノリコは振り終わったポールハンマーを再び構えることなく、右手で杖のように持ち、笑顔で左手を振っていた。


「ああ、ノリネエも終わったのね、さて次はどうする?」


 そんなノリコに歩み寄りながらメグミが声を掛けている。


(ん? あれ? コボルトに向かってたよねこの子?)


 慌ててケイコが視線をメグミの歩いてきた方に向けると、そこには首を刎ねられたコボルトが4匹横たわり魔素に分解を始めていた。


「瞬殺? はっ? コボルト4匹を瞬殺?」

「おいよく見ろ、伏せてる『大鉄クモ』の横! あれ『大鉄クモ』の頭だろ?」


 そんな風によそ見をしていたのが不味かったのだろう、男子の一人が『大鉄ムカデ』に絡みつかれる。


「うわぁっ、クソッ、クソが!! 離せ!! 離しやがれ!!」


 全身に巻き付かれ、更に頭に噛みつこうとする『大鉄ムカデ』をその手の剣でかろうじて防ぐ、転倒していないのが奇跡の様だ。


「不味いぞ、逃げてきた連中を追いかけて魔物が迫ってきてる!!」


 逃げてきたパーティーは既にカズミ達の目前に迫っている、その後ろからは魔物の大群が迫る。

 直ぐにでも『大鉄ムカデ』の拘束を解かなければこの魔物の群れに飲み込まれる。


(ああ、最悪、最悪だわ! これじゃあもう逃げられない!)


「くぅ、離しなさい!! ああ、ダメ離れない、離れないわ!! 下手に攻撃したら味方に当たってしまう!!」


 コボルトを倒したカズミは、巻き付かれた男子の救援に駆け寄り、『大鉄ムカデ』を引き剥がそうと、『大鉄ムカデ』を攻撃をして自分にヘイトを集めようとしていた。

 そしてもう一人の男子も同じ様に反対側から攻撃している。

 だが既に獲物を捕らえた『大鉄ムカデ』はその男子から離れる様子がない。

 それにカズミ達は捕らえられた男子に攻撃を当てない様にする為思い切った攻撃が出来ない。


「キミコ! 『催眠』を! 眠らせて引き剥がすわ!」


「先程から数回試しましたが興奮状態なのか効果が有りません!」


「『麻痺』は!」


「抵抗されてしまいました! 『大鉄ムカデ』は魔法抵抗値が高いです!」


 『大鉄ムカデ』は地下3階の特殊魔物、その大きさだけでなくその他の能力も別格だ。


 キミコで無理なら誰がその抵抗を突破出来るのか?


(完全に手詰まりだわ! ああぁなんて事なの!)

 

 事態の悪化は加速する、そう更に、


「ぎゃあああああ、うわぁ!! 痛てええ!! 畜生!」


 『大鉄クモ』の相手をしていた男子の太腿に、『大鉄クモ』の足が深々と刺さり、そのまま引き倒される。

 その男子にトドメの一撃を加えようと、その杭の様な前脚を振りかぶる『大鉄クモ』、


(危ない! あれじゃあ躱せないわ!!)


 だがやはりキミコは冷静だ、焦るだけのケイコを他所に、キミコは咄嗟に『土蔦拘束』で『大鉄クモ』を拘束し、倒れた男子への追撃を防ぐ。

 その隙に仲間の男子が足を貫かれた男子を引きずるようにして『大鉄クモ』の前から救出し、ケイコの元に連れて来る。


「すまんケイコちゃん! こいつを任せる! 俺は直ぐに『大鉄クモ』の抑えに戻らないと!」


「了解です、任せて!」


 そう言って怪我をした男子を引き受けたが、その傷口を見てケイコは慄然とする。


(うっ、酷い、これ完全に貫通してる。

 『治癒』なら血は止まるでしょうけど……けどこの状態で『治癒』を使ったら、私に魔物のヘイトが集中する……

 魔物の群れが向かって来てる……この状況ではポーションと『手当』で応急処置、それしかできないわ!)


 魔物はその加護や魔法の力の放出を見て、冒険者を攻撃する優先度を決めている。加護、特に治癒系の加護を使う者は魔物の攻撃優先度が高い。ケイコは力の放出が低めの魔法の『手当』と攻撃優先度の低いポーションの組み合わせで応急処置することに決めた。

 魔物の群れが迫っている最中で、回復役が集中して魔物に狙われては、前衛も全力が出せない。少しでも生き残る可能性を増やすためにも前衛のライン維持は必須だ。

ケイコは手早く太腿の根元を縛って止血し、傷口をポーションで洗って、『手当』を重ね掛けして出血を止めようとする。

 ポーションの代金は痛い出費だが今はお金を惜しんでいる余裕がない。何とかその甲斐もあって出血が止まる。


(ふぅ、これなら出血死はしない筈、少し血が流れたけど、貧血になるほどではないわ)


 傷は太腿を貫通していたが、幸いな事に太い血管をギリギリで避けていた、出血が止まったことにケイコは安堵する。

 しかし状況は絶望的だった。

 

 最早この傷ではこの男子は走って逃げる事は不可能。

 出血は止まっても傷は筋肉と神経を貫通して切断している、ケイコの腕では例え『治癒』を使っても、この場でこれほどの傷を癒すことは不可能だ。

 再び走れるようになるには街の病院に連れて行くしかない。病院なら各神殿の高位の神官、治癒術師と呼ばれる、医療の専門家が居る。

 

 だが今の状況でこのケガではそこまで辿り着くことが困難だ。

 

 そして『大鉄ムカデ』に絡みつかれた男子も身動きができない。カズミは必死で『大鉄ムカデ』に絡まれた男子から、『大鉄ムカデ』を引き剥がし救出しようと今も奮闘している。男子に当たらない様に気を付けながらポールハンマーを叩きつけ、注意を自分に向けさせようとしているが、硬い『大鉄ムカデ』の甲殻はカズミの攻撃を弾く。


 この二人はもう逃げることが出来ないのだ。


 カズミのパーティーの他のメンバーは、自分達とすれ違い、その脇を逃げていく他のパーティーに縋る様な瞳を向けるが、逃げて来る冒険者は皆一様に目を背ける。


(みんな自分が死ぬのは嫌だものね、私達だって見捨てて逃げようとしてたんだから……しょうがないわ)


 この場にとどまり一緒に全滅するか、カズミ達を見捨てて自分たちが助かるか、そんな究極の二者択一を迫られているのだ。その気持ちはよく分かった。

 みっともなく救助を願った所で誰も助けてはくれない……それが理解できたのだ。


 カズミは最後の望みをかけて『大鉄ムカデ』に絡みつかれた男子を救出しようとまだ奮闘している。

 仮にその拘束から逃れることが出来れば、足を怪我した男子を引きずって逃げ出すことも不可能ではない。

 追いつかれるかもしれないが生き残れる可能性はある。

 そんなカズミの姿にケイコも覚悟を決めてギリギリまで粘ろうと決意する。


(逃げ出したパーティーは詰め所に駆け込む筈よ、ならお爺さん達が動いてくれるわ。

 もしかしたら詰め所からの救援が間に合うかもしれない……)


 間に合う可能性は低いが望みは零ではない、少しでも時間を稼ぐのだ。

 そんな悲壮な覚悟をカズミ達がしていると、そこに場違いに気軽な声が上がる。


「そうね……中央付近のパーティが移動してスペースは開いてるし、このまま狩っても良いけど……あの人、足を貫かれてるわ、ちょっと傷が深いみたい。

 ねえ、私としては先にあの方の救助に向かいたいのだけど良いかしら?」


 ノリコがケイコの方を、正確にはケイコの前で倒れ込んでいる足を貫かれた怪我人を見つめながらそんな事を言う、ノリコに向かって歩いてきていたサアヤと呼ばれていたエルフの少女が、


「お姉さま、この場で治療なさいますか? どうやら他のパーティはこのルームから逃げ出すみたいですけど?」


「え? じゃあアレ全部私が狩っても良いの? ラッキー、今日は割と儲かりそうよ!」


(アレ? あの子今『私達』じゃなくて『私』って言わなかった?

 そんなバカな……流石に聞き違いよね?)


 ケイコは場違いな会話に、場違いな疑問を持った。

 状況が絶望的過ぎて自分でも気が付かないうちに現実逃避していたのだ。


「メグミちゃんラッキーじゃ有りませんわ、素材集めに採掘に来てるんですよ! まだちっとも採掘できてないじゃないですか!」


「アレを狩ってからノンビリ採掘すれば良いだけじゃない? みんな居なくなるんでしょ? 何処でも掘り放題よ!」


「メグミちゃん! 他のパーティが居なくなるんですよ? ルーム内に沸いた魔物は全て私達に向かってきます、流石に採掘どころじゃないですわ!」


「あら? それは困ったわね、どうしましょう」


「良いのよノリネエ、それならそれで今日は狩りに集中すれば良いわ、狩り放題なんだし、収益的にはプラスでしょ? また明日採掘すれば良いだけよ」


「はぁぁぁーーっ、もういいですわ、メグミちゃんはそこの絡みついてる『大鉄ムカデ』と血を見て興奮して荒ぶってる『大鉄クモ』の始末をしてくださいね。

んふふっ! 魔物の群れは任せてください! 今度は私の番ですわ」


「なっっ! ズルい!! サアヤ、ズルい!! あの数を独り占めなの! 殲滅する気でしょ! 少し位残してよ!」


「メグミちゃん、怪我人の治療が優先よ、今回はサアヤちゃんに任せましょうね」


 そう言ってノリコはケイコの元に歩み寄ってくる、途中逃げていくパーティとすれ違うがそちらを見向きもしない。


「あーあ、折角の獲物なのに! 少しは楽しませてよね、まあ良いわ、次沸いたら私ね、全部『私』の獲物よ!」


 メグミも『大鉄ムカデ』に絡まれている男の子の元に向かって歩いて来ていた。

 この状況で二人とも普通に歩く……焦る様子が微塵もない。


 そしてそれはサアヤも同様だった。歩いて部屋の反対側の壁に沿って移動し、スタッフを手に魔法の射線を確保出来る位置まで来ると静止、魔法を放つ気の様だ。


「貴方達、何をする気なの? あの魔物の群れが見えないの? 逃げなさい!! 私達のことは良いから、逃げるのよ」


 此の期に及んでもカズミは変わらない。死を前に毅然とした態度を崩さない。

 その心の気高さが失われる事が無かった。


(お姉さまっ! なんて気高い……けどこの三人、少なくてもこちらに、救援に来てくれている2人は強いわ!

 間違いなくこの場に居る誰よりも強い!

 さっき『大鉄クモ』を倒したわ、彼女達が居れば生き残る可能性が上がる!

 時間を少しでも稼ぐには……ってよく見たらこの子達なんて装備なの!

 えっ? 防具は? 囲まれて攻撃されたら一瞬で死ぬわよ!!)


 そうカズミだって救援は嬉しい、この状況で、皆が見捨てて逃げて行く状況で自分達の救援に来てくれる。涙が出るほど嬉しかった。

 しかし幾ら単体の魔物相手に強くとも、この三人の防具ではこの群れの魔物の相手は無理だ、それを見て取っての先の言葉、それをケイコは理解した。


 タダのレザーアーマーに、神官服、下には精々鎖帷子位だろう。

 魔鋼とレザーを付与魔法で強化した鎧を着ている自分達でさえさほど保つとは思えない。


 こちらに向かって来ている魔物の群れには『大鉄ムカデ』もいる。

 この三人の装備であの鋭い凶器の様な脚に絡みつかれたら穴だらけだ。

 『大鉄クモ』も絶賛大暴れ中だ『土蔦拘束』を引きちぎろうとしている、今男子が魔鋼の鎧を貫かれたばかりだ、彼女達の装備で同じ攻撃を受ければ簡単に手足が千切れるだろう。


 自分達を助けようとしてくれる、その気持ちだけで十分だった。

 

 そう言いながらもカズミ自身は逃げる気は無い、仲間を置いて逃げる、そんな選択肢は、最初からカズミにはない。



 無事な三人の男子達も流石に自分の仲間を見捨てて逃げる気にはならないのか、どうやら覚悟を決めた様だ。

 最早騒ぐ事も無く『大鉄クモ』の攻撃を逸らし、『大鉄ムカデ』の注意を逸らしながら、魔物の群れに相対する。


 普段は落ち着いているキミコも今回ばかりは流石に震える声で、


「ねえ死んでも大丈夫なんだよね? 直ぐに生き返れるよね?」


そうケイコに尋ねて来る。

 ケイコはそんなキミコに励ましの言葉を掛けようとした時、


「はぁ? 逃げる? 何でよ? それにあんたのツレは足を怪我してるんだから逃げられないでしょ? 走れないわよ? 引きずって逃げてもどうせ追いつかれるだけよ?」


 メグミは『大鉄ムカデ』に絡まれた男の子の横で、そう言いながら腕を振る。

 カズミの忠告を聞かなかった様だ。この距離では今から逃げてももう遅い。


(この子達は女子だし、『復活の首飾り』があるから平気だよね? 痛いかも知れないけど生き返れるわ。

 皆んなで死ねば怖く……やっぱり怖いわ!)


 ケイコが死の恐怖に震えるなか、『大鉄ムカデ』が輪切りになって地面に転がる。


(えっ? えええええええええええっ!!! 何それっ!!)


 ケイコには腕が消えた様に見えた、振られた腕が消えた。

 その剣の残光すら見ることが出来なかった。

 絡みつかれていた男子は突然、『大鉄ムカデ』から解放され唖然として居る。

 何が起こったのか理解出来ない。その刃は魔物だけを正確に切り裂いていた。

 あの一瞬で何回切ったのか『大鉄ムカデ』は幾つにもの輪切りにされて既に魔素に分解を始めている。


「ああ、大丈夫ですよ、直ぐに治療しますから、心配する必要は無いわ。

 それにこの程度のケガなら直ぐに走れるようになるわ。後遺症の心配も有りませんからね。

 もうっ! メグミちゃんたら怪我人を脅してはダメよ?」


 メグミがアッサリ『大鉄ムカデ』を仕留めた事に、カズミ達は驚愕して青ざめているのに、どうやらノリコはメグミの言葉で勘違いをして、このケガが元で走れない体になることを心配して、皆青ざめているのだと思っている様だ。


「別に脅してないわよ? 事実を言っただけよ、治療しなきゃ走れないんでしょ?」


 そう言ってメグミは男子と対峙していた『大鉄クモ』へ向かって歩いて行き。

 その右横を通り過ぎる際に又、腕が消える。

 今度は右側の足、4本すべてが地面に落ちる。

 その太い足がバタバタと地面に倒れて行くのだ。

 右脚の支えを失い右に傾きながら地面に落下する『大鉄クモ』


ゴトリッ


 音がする。

 その音のした方向を確認すると『大鉄クモ』の頭が転がっていた。


「そうだけど、言い方って有ると思うわ。

 ああ、これね傷は、うん貴方、応急処置上手いわね、これなら綺麗に塞がりそうだわ」


「お姉さま治療は少し待って下さい。先に群れを殲滅しますわ」


 サアヤがそう言うと、サアヤの前から放射状に地面が凍り付き、無数の氷の杭が魔物の群れを刺し貫く。

 区別なく全ての魔物を串刺しにして行く氷の杭は『大鉄ムカデ』の硬い甲殻すらアッサリと貫通して縫い止める。


「ああ、良いですね、やっぱり範囲魔法は爽快ですわ! 中々この数を相手に放てませんからね、今晩気分よく眠れそうですわ♪」


「あーあ、これだけしか残ってない、サアヤだけズルいわ」


 そう嘆くメグミの周囲には既に此方に辿り着いていた魔物の死体が5体ほど魔素に返りながら転がる。


 ほんの僅かな時間、その時間でルームのパーティーが逃げ出すほどの数、70匹を超える数の魔物が全滅していた。


「どう? まだ痛むかしら? ちょっと動かしてみて? 違和感はないかしら?」


 カズミ達が魔物の殲滅劇に目を奪われている間にノリコの治療は終わっていた。

 刺し貫かれていた太腿の傷は塞がり、綺麗なピンク色の皮膚で覆われている。

 男の子は確かめる様に足を動かし、


「え? 何でだ? 全く痛くない……動く! 動くぞ! 足が動く!」


 そう言って飛び跳ねて喜んでいる。


(なんていう『加護』の力、このノリコって子はなんて『加護』の力が強いの! ……どう見ても見習いよね? そうなのよね?)


 ルームの入り口付近では逃げ出そうとしていたパーティーが、ルームで行われた殲滅劇に、茫然と立ちすくむ。


 ケイコの隣ではカズミが口元を押さえて震えていた。


「ソックス、ラルク、そっちの回収は済んだ? そうご苦労様、で、悪いけど、追加が大量に入ったから引き続きお願いね、こっちも拾うけど手が足りないわ」


(何? 犬? なのかしら? 魔物のペットよね? それに白くて丸い……豚かしら? 変わったペットを連れているのね)


 ケイコも緑色の魔道スライムをペットにしているが、今回は危なくなったので、既に転移魔法で帰還させている。メグミ達も赤い魔道スライムを連れているが、他のペットは名前も知らない種類の魔物のペットだ。


「メグミちゃん、魔結晶の回収はゆっくりで良いですよ、余り急に魔結晶を拾うとジャックポットが起こりますよ」


 サアヤがスタッフを背中に吊るし、手にショートソードを握って、歩み寄ってくる。途中沸いたコボルトの首を会話しながら刎ねる。


「願ったり叶ったりじゃない、良いわね、じゃんじゃん拾いましょう」


 そう言っているメグミも目の前に沸いた3匹のコボルトの首を会話しながら刎ねて屠る。相変わらず、その動きがまるで見えない。


 やっと何とか冷静さを取り戻したカズミが、


「ありがとう貴方達、今回は本当に助かったわ……あの……なんてお礼を言って良いのか分からないけど、このお礼は必ずするわ」


腰を折ってお辞儀をする。


「お礼? 怪我人が居たので少し手をお貸ししただけ、お礼なんて良いわ、気にしないで下さいね」


ノリコが微笑みを返す。


「けどそれでは余りにも、そうよ、何か、何かお礼をさせて、そうでないと私の気が済まないわ」


 カズミが食い下がると、横から、


「なにアンタお礼をしてくれるの? そうね、良いわねそれ、じゃあ今度体で払ってもらうわね!」


その会話を聞きつけたメグミがカズミを見ながら言う。いや、正確には体を嘗めまわす様に見て、緩んだ顔をしながら言うのだ。


「えっ???」


「メグミちゃん! 人の弱みに付け込んで無体な要求をするなんて! ダメよ! 許しません!!」


「お姉さま問題はそこでは有りませんわ、メグミちゃん体でって何を考えてますの!!」


「ふっ、子供ねサアヤ、体でお礼って言ったら決まってるでしょ! 見なさい、可愛いくて綺麗な子よ、そしてスタイルだって良い。

 そんな子がお礼をしてくれるのよ、しかも望みのままによ! こんなチャンス滅多に無いわ!」


「いえ、あの……望みのままに? いえ私はお礼をすると言っただけよ?」


「女に二言とは見苦しいわよ! さあ、さあ! 大人しくしなさい、大丈夫、痛くしないから~」


「メグミちゃんここは迷宮ですわよ、何をする気なんですか!!」


「メグミちゃんいい加減にしないと『ママ』に言いつけるわよ、ご飯抜きにされても知りませんからね!」


 その時漸くケイコは思い出した。


(規格外に強い美人三人組、間違いないわこの子達があの噂の三人組!)


 その後逃げ出した冒険者達は流石に気まずかったのかそのままルームを去り、カズミ達も十分お礼を言ってから休息の為に地下2階方面の詰め所に向かった。

 消耗が激しく、今日はもうその場に止まる余裕が無かったのだ。

 その三人組はそのままルームに残り引き続き魔物を狩ると言っていた。

 ルームを去る間際に様子を伺うと、


「ノリネエやったわ! あの逃げ出したパーティー、魔鋼の鉄玉を放置してそのまま行ってるわ! これ貰っても良いのよね!」


「放置してもコボルトに食べられるだけね、そうねこれは貰っても良いんじゃないかしら?」


「あのお二人とも、私の『収納魔法』の容量にだって限界が有りますからね?」


「良いじゃない、今日はもう魔法は打ち止めで良いでしょ? アイテムの回収が優先よ! 魔力全開でお願いね! それにサアヤ目的を忘れたの? 採掘に来てるのよ! ほらソックス! 回収回収!!」


「はぁぁ、今度『転送魔法』を覚えますわ、荷物運搬用のペットも居ませんし」


「『収納魔法』と『転送魔法』はどちらが効率良いの?」


「魔法消費量は微妙ですわね、同じくらいだと聞いてますわ。

 けど限界のある『収納魔法』よりは、魔力さえ回復すれば幾らでも使える『転送魔法』の方が、容量を気にしないで使えますからね、その分有利だと思います」


「そうなのね、私も覚えた方が良いのかしら?」


「任せてくれて大丈夫ですわ、お姉さま、無駄に魔力を消費するのは魔力容量に余裕のある、私の方が良いと思います」


「苦労をかけるねえ」


「それは言わない約束でしょ、おじい……じゃないメグミちゃん」


「ナイスノリよ! サアヤ! 後はツッコミ待ちね!」


「え? え? 私? 私なの? えぇ……」


 地下3階の広いルームに女だけの三人組、普通だったらあり得ない、普通だったらケイコも止める。


(あの三人組で危ない事なんて有るのかしら?)


 ケイコと同じくルームを振り返り、三人組を見つめていたカズミが、


「お姉さま……」


熱っぽい顔で呟いた。


(カズミお姉さま……今なんて?)


 しかし前を向いて歩きだしたカズミの顔は何時もどおりで、ケイコは自分の聞き間違いだと思うことにした。

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